貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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R.B.D小話⑩ 『平和な西蓮寺家~Let's meet again sometime!~【END】』

 

 

夏の南風は晴れ。

 

西連寺家の朝は早い。

 

ピンポーン

 

―――それは、突然のことであった。

 

「…?こんな時間に来客ですか」

「ふぁあああ…まだ眠いぞ春菜、誰か呼んだりとかは?」

「えっ、私は誰も呼んでないよ?」

 

秋人のパンへバターを塗りながら、よくできた妹は不思議そうに瞬きする。

今日の朝食はスープにサラダ、目玉焼きやウィンナーといった洋風メニュー、カゴに盛られた豊富なパンは春菜が手ずから焼きあげたもの。簡素な料理に見えて実は結構な手間がかかっている。西連寺家の朝が早いのは新妻も同然の妹、春菜が家事をこなすからであった。

 

「もしかして、骨川先生かな?――はい、お兄ちゃん」

「おお、骨川センセか。お年寄りだから朝が早いんだな………ん。うまい!」

「…家庭訪問の時間にしては早すぎでは?まだ朝の7時ですよ」

 

そう、今日は家庭訪問。

西連寺家へ秋人の担任教師の骨川先生がやってくるのだ。当然ながら春菜も秋人も骨川先生を知っていたが、過去あれだけ迷惑をかけていたヤミは「…ホネカワ?何ですかそれは」と訝しむだけだった。

 

ピンポーン

 

「はーい!いま行きます!お兄ちゃん、お願い」

「仕方ない。俺が行くか、骨川センセは大事にしないとな………ヤミ?」

「…気配なら探知ずみ、問題ありません」

「そうじゃないっての。骨川センセは大事にしろよ?」

「?誰かは分かりませんが、気をつけま()

 

ヤミはジャムを塗りながらしれっと答える。リスのように頬を膨らませ、焼きたてのパンに夢中であった。仏頂面で間抜けな事をするヤミは実に平和で微笑ましい。

 

――ちなみにジャムを塗ったパンは秋人のおかわり分。来客よりも実は渡すタイミングの方を気にしてる殺し屋だった

 

ピンポーン

 

「骨川センセー!勝手にカギ開けて入ってきてくれー!」

「もう、ちゃんと返事しないとお兄ちゃん怒られちゃうよ?」

「…アキトはいつも怒られてるから平気でしょう………ン。」

「うるせ。怒られてないっての……ム!コレもうまい!」

 

仲のいい西連寺家は普通のマンションに居を構えているが、甲斐甲斐しい春菜をはじめ居住者たちは普通ではない。

 

妖精のような神秘的容姿とは裏腹に、いざとなれば変身(トランス)で地球さえ輪切りに出来るヤミをはじめ、清楚で落ち着いた美貌をもつ春菜もリミッターが外れたら大ごとになる。そしてそんな二人の引き金となる秋人。

 

宇宙でも稀な特異人物たちが住まう場所…――そこへ再びToLOVEるの起源が襲来していた。

 

ガチャッ

 

「おはようございます。骨川センセ朝早いです……ね…?」

「おはようアキト、ちゃんと早起きして偉いわね」

「んなっ!?な、なんでまたココに…」

「今日は貴方の家庭訪問でしょう?保護者が同席しないのはいけませんもの、ね?」

 

ニッコリ

 

秋人の母であり銀河一美しいチャーム人の末裔、セフィの微笑みが朝日に輝いた。

 

 

1

 

 

「いつもアキトがお世話になっております先生、アキトの母セフィ・ミカエラ・サイレンジ(・・・・・)です。」

「いえいえ、アキトくんは手がかからない良い子ですから…腰痛の骨川先生の代理で参りました、ティアーユ・ルナティークです。よろしくお願いします」

 

教師と保護者が顔を合わせたら、まず行うだろう会話を交わすセフィとティアーユ・ルナティーク。色々様子がおかしい(・・・・・・・・・)大人たちの、表面上は和やかな会話を見守る秋人、春菜、ヤミの三人…

 

「どうぞ、粗茶ですが…」

「ありがとう、春菜さん」

 

皆にお茶を配り、給仕をしている春菜は最初のうちは泡を食ってあたわたしていたが、色々(・・)のせいで通り越し冷静になっている。ヤミは初めからずっと静観の姿勢だ。お茶をすすっている

 

「あの、失礼ですがセフィさんはもしかしてデビルーク王の…?」

「いえいえ、よく似ていると言われるんですが全くの他人なんです」

「あら、そうでしたか!失礼しました」

「いえいえ(ニッコリ)」

 

(嘘つけ…)(ウソツキ…ティアもなに簡単に納得してるんですか)(あれ?そうだったんだ)

 

「……それより、誰もツッコまないから俺が聞いてもいいか?」

「まあアキト、ツッコむだなんて…発情したのかしら?寝室に行く?」

「母さんはともかく、ティアーユ先生はなんでそんな(・・・)服なの(無視)」

「そんな服って…?これは正装だってミカドに聞いていたけれど…」

 

ティアーユ先生はニットワンピースを着ている。生地は普通で、地球製だ。色も派手なものではなく灰色と普通で平凡だ。

 

「地球の正装って布が小さくて、とっても着にくいのね。それに伸びちゃうし…」

「…………………………………コホン」

 

しかし、全身のラインがはっきり出るそれは肩部分に布がない。腕にもない。背中にもない。けど、無意味に長い紐はある。

 

正面からはティアーユ先生の柔らかそうなメロンが溢れそうに揺れ、後ろからみれば真っ白な背中と黒い下着の線が丸見えだ。

 

――こんな童貞を軽く瞬殺できるハレンチセーターが教師の正装だとしたら、彩南高校は血の海になってるだろう。さすが殺し屋(ヤミ)の母…

 

「…先生、ソレ、あの闇医者に騙されてますよ…」

「ええ!?やっぱりそうだったの!?ここに来るまで凄くいっぱい視線を感じて…もしかしたらそうなのかしらって…」

「…なぜその時気づかないのですか、ばか」

 

心底呆れたと言うようにヤミがジト目で睨んでいる。ヤミはティアーユ先生にとても厳しい。逆にティアーユ先生はやわやわ…違う、ヤミに弱々だ。今もヤミに「ごめんね、イヴ」と謝っている

 

「ティアーユ先生は別の惑星から来たのですから、勘違いは仕方ありませんわ」

「あ、ありがとうございます…」

「アキト、お母さんの服はどうかしら?ヘンじゃないかしら?」

「…いいんじゃないか(どうでも)」

「あら、今日のアキトはSなのね。そんなアキトも素敵よ」

 

くすくす妖艶に微笑うセフィ。薔薇のような唇を上品に手で隠し、目を細めている。銀河一美しい王妃はセクシーさが尋常じゃない。あとテーブルで隠れて見えないからって太腿を撫でるのはやめろっての…

 

ちなみに今日のセフィは豪華な王妃ドレスではなく、腰のくびれを際立たせるハイウエストの暗色スカートに白いブラウスという出で立ち――清楚でありながら色っぽくセクシーだ

 

ぱっと見ればパン屋の店員でありそうな服だが、上質製のそれを絶世の美女が着ている。

腰のくびれもブラウスの清純な雰囲気も、乳袋もエロいボディラインも全力で俺を殺しに来ている――春菜、美女二人がかりでお兄ちゃん大ピンチだってばよ!

 

ずずっ

 

俺の視線を無視して、春菜は美女二人の揺れる横乳を見ながら、お茶をすすっている。とてつもなく冷静な眼差しで談笑するセフィとティアーユ先生の胸を見つめている。まるで悟りを開いた坊さんのようだ。ウチの春菜は大丈夫なのだろうか

 

「…大きい(・・・)人が二人もだなんて、お兄ちゃん大変だね。頑張ってネ」

「金色さああぁぁんっ!ウチの春ちゃんが冷たいっ!棒読みだしぃ!」

「…春ちゃん………初めて聞きましたよアキト」

「ねぇ、お兄ちゃん…。堺の右では多くを持った人がいて、左では持たない人ばかり…それはどうして?」

「なにやら賢者モードだしぃ!なんとかしてよぉ!金色さあぁんっ!」

「…やれやれですね」

 

金色さんにシッシッと冷たく手であしらわれる。セフィとティアーユ先生が来てから金色さんまでも冷たい。今もティアーユ先生の胸を親の敵のように睨んで―――お前の母ちゃんじゃないのか

 

「アキト、どうやってお母さんが金色の闇の監視を欺いたのか…分かるかしら?」

「分からん…そういえばどうやったんだ?」

「まず、ドアの前にサ()ーちゃんのパパみたいな頭をした変態を設置」

「設置て」

「そして私のカワイイアキトが出てきたら、遠くから監視していた私と場所を入れ替えるの。地味な魔法だけれど、役に立ったわ」

「魔法!?それのどこが地味なんだよ、壊れ性能じゃねえか」

「あら、これでも地味な方なのよ?他にはアキトが私の事を"春菜だ"と認識する魔法も開発していて、他には『ママ』としか喋れなくなったり…」

「怖すぎる!絶対使うなよ!?」

 

ヴェールを外したセフィの笑顔は言葉に出来ないくらい美しく、キラキラと目の前で輝いている。こんな綺麗な笑顔でコワイことを言わないでほしい

 

「ふふっ、アキトくんとお母さんは仲がいいんですね」

「ええ、アキトは子どもでまだ甘えん坊なので…昨日の夜もまるで赤ちゃんのように私の胸を」

「捏造するんじゃないっての」

「とにかく、アキトは落ち着きのない子ですから、いつも心配してましたが…先生のお話を聞いて安心できましたわ」

「うふふ、私も娘がいるので分かります。いつも心配してましたけど、幸せそうで安心しました」

「…心配かけているのはドジっ子のティアの方でしょう…」

「あら、どうかしたのかしら金色の闇?」

「…いえ、なんでもありません。」

「うふふ、心配してくれてるのね。ありがとうイヴ」

 

ついと視線を向けるセフィ、ニコニコ笑顔で見守るティアーユ先生。母性的な優しい視線を二人から向けられて、ヤミはプイッと目を逸らした

 

それからというもの、セフィとティアーユ先生を交えた和やかなお茶会となっていた。

 

セフィは普段の生活を春菜に聞き、春菜はそれに微笑みながら語って答え、ティアーユ先生がにこやかに頷き、秋人とヤミが混ぜっ返す――と穏やかに時間は進んでゆく

 

「ところで先生、本当にアキトは学校に迷惑をかけていませんか?例えば、備品を壊したりなどはありませんか?」

「ご心配なさらずに、それはありませんよ」

「…女子生徒の着替えを覗いたりなどは?」

「ええ、それもありませんよ」

「下級生の女子生徒を脅して身体を要求したり、女子高生の上履きをコピーしたりなどは…?」

「それもありません、大丈夫ですよ」

「そうですか、アキトが迷惑をかけていないようで良かっ…」

「オイ、ちょっと待て!さっきから聞いてれば俺ってどんなやつなんだよ!特に最後のは何だ!」

「……アキト、貴方はとってもとっても手のかかる子どもです。貴方が『おしっこ高価買い取り中』と書いたチラシを女子高生に配り、採取するため三角フラスコやタッパーなどを持ち歩いたらどうするんですか?お母さんは貴方が誤った道に走らないか心配なんです」

「ンなことするかッ!!」

 

真剣な表情で諭すように言うセフィ―――こんな事をしれっと言える母親の方が心配だっての!

 

「大体な、俺がそんな事するわけないだろーが!近所で評判のお兄ちゃんで通ってるんだからな!」(※悪い評判です)

「…どうしても採取したいと言うなら、お母さんなら構わないのだけれど…」

「いるかっての!」

「"親の心子知らず"――アキトが他の女の子に迷惑をかけないか…ちゃんと監視()ておかないとお母さんは心配なんです」

 

春菜に目をやると無言でうんうん頷いている。ヤミもうんうん頷いている。内なる唯も腕組みしながら頷いている。チキショウ、コイツラ…

 

「アキトくんが学校に迷惑をかけていないことは、私が保証します」

「そうですか、これで安心できましたわ」

「骨川センセは急に腰痛になってしまって、私が代わりに来ることになりましたが…その、お義母さまにご挨拶(・・・)ができて良かったです」

「まあ」

 

ぽっと頬を赤らめ俯く"大人ヤミ"なティアーユ先生。セフィも口に手を当て静かに驚いている。ティアーユ先生が潤んだ目でこっちをチラチラ見てくるが…なにか粗相をしただろうか?それに何を驚いてるんだ?ヤミも春菜も―――

 

「先生、ちょっとアキトと失礼しますね」

「ちょっ!引っ張るなってば!……イキナリなんだっての!?」

 

突然セフィに手を引かれ、部屋から連れ出される。セフィの無言のプレッシャーに気圧され、そのまま俺の部屋へ連れ込まれてしまった。

 

「はぁ、アキト…いつの間に先生まで毒牙にかけたのですか。母子会議です」

「はあ?なんの話だよ」

「トボケて…まったくこのコは……モテすぎるのも考えものです」

 

二人っきりの部屋で溜息をつくセフィ。「私に似たのかしらね」と肩を落とし、胸の()で腕を組んでいる。なんでココまで呆れられているのかまったく謎だ

 

…にしても、唯や凛に怒られる時もこんなポーズをするのだが、胸が重いんだろうか。だからってこうして向かい合って突き出してくるのはハレンチだと思います

 

「破廉恥ではありません。これは"おっぱいアピール"です。たしかに胸が重いのもありますけれど、アキトの前ではワザとやっています」

「…心を読むんじゃないっての」

「私がこのような清楚かつフェミニンでセクシーさも併せ持つ服を着ているのは、"おっぱいアピール"をする為です。腰回りのクビレもえっちぃ身体のラインも明らかでしょう?」

「こっちは自覚してる分だけ質が悪い…」

「ですが、"童貞を殺すセーター"のティアーユ先生は強敵。アキトと二人っきりで個人授業など言い出されては堪りません…!こうなったらアキト、"作戦弐"で行きますよ」

 

毅然とした口調で勝手に盛り上がってるセフィ、台詞に似合わない真剣な表情だ。男心をくすぐる台詞だが、"作戦弐"ってなんだ?初耳だぞ

 

「なんだその作戦?知らないんだが」

「作戦弐というのは隙をついてベッドでアキトに突いて(・・・)貰うことです。」

「…そういう下ネタはオジサンっぽいというか…」

「アキト、いいお天気ですし、これからキノコ狩りに行きましょうか」

「唐突すぎる」

「あら、こんなところに松茸が?」

「もう完全にオジサンの下ネタだろソレは…」

「ではお母さんっぽく、いいお天気だから洗濯物を干そうかしら…あら?こんなところに物干し竿?」

 

綺麗で涼しい顔して下ネタ連発する銀河の王妃セフィさま。

セフィの瞳の奥にハートが見える。熱っぽい吐息も溢してるし、"良き母"の仮面を捨ててしまったようだ。これ以上ハッスルしたら危ない、危険すぎる―――よし、逃げよう

 

「おっと、礼拝の時間だ!ではこれで失礼します」

「お待ちなさいアキト」

 

セフィに周り込まれた!逃げられない!

 

美の女神(ヴィーナス)を見たことがありますか?目の前にいますよ、祈っていいです」

 

ピカーッ

 

セフィが後光を放っている。天上の調べのような心安らぐ声といい、美しすぎる完璧スタイルといい、煌めくピンクブロンドといい本物の美の女神だが、脳までピンクに染まっていて話は通じない。

 

「オオ…ワタシ、ガイコクジン。アナタ、ナニイッテルカ、サッパリワカラナイデス(敬語)」

「あら?」

「トニカク、オチツイテクダサイ(敬語)」

「あらあら?アキトと共通言語でお話してたはずなのに…お母さん困っちゃうわ」

 

話が通じない美の女神には話の通じないフリで応じればいい。案の定セフィも困っているようだし、このまま穏便に部屋へ戻ろう

 

「イイカラモドリマショウ、モドラナイト、ハルナトヤミガウルサイデス…コラ、ムネヲサワラセルンジャナイ!」

「胸の感触でも戻らない…困ったわ」

「サア、モドリマショウ」

「それより先に、アキトを正気に戻しましょう…"ラッキーマン"」

「…ラッキーマン?」

「"コーヒー"」

「コーヒー?」

「"ライター"」

「…ライター?」

「では、それを続けて言うと?」

「ラッキーマンコーヒーライター…………………………………………。」

「ふぅ………、満足しました♡」

「小学生か!」

 

頬を赤らめるセフィ、熱っぽい吐息を溢してうっとりしている。顔もなんだかツヤツヤしてるしホントに満足したらしい

 

―――この人って確か頭脳明晰、スーパークレバーな王妃で、銀河が平和を保ってるのもこの人のおかげなんだよな……大丈夫なのかデビルーク統治

 

「さあ、アキトも正気に戻りましたし、そろそろ部屋に戻りましょう?」

「確かに俺が始めたことだけど、納得いかねぇ…っ!」

 

 

2

 

 

「お待たせしました。夫婦(おやこ)会議終了しました」

「親子だよな?なんか違う漢字使ってないよな?」

「ラッキーマン?」

「もうそのネタはいいっての!あんまりヘンタイな事言ってるとポリスメン呼ぶぞ!?」

「…アキト、私をこの星の法で裁けるとでも…?」

 

ズオッ

 

表情は変わらない笑顔だが、一瞬感じた威圧感はラスボス級

今のセフィに口答えしたら危険だ!俺の本能が警告している。セフィは誰にも止められないだろう――ってなにこの無法地帯?!

 

「…法で裁けないというなら、私があなたを()きましょうか?」

「フフ…素敵な目ね、"金色の闇"」

「…アキトと部屋でナニをしていたのか知りませんが、あまりはしゃぎ過ぎないように」

 

セフィの威圧感に全く負けてない金色さん。超コワイ!なにこの無法地帯!

ウチではたい焼き食ったりゴロゴロしながら絵本読んだり、春菜と料理したりたい焼き食べたりぼろぼろ溢したりしている金色さんのクセに!

 

「さて、ウチのアキトに恋してる"金色の闇"を初めとする皆さん」

「なっ…!」

 

ガタッ

 

焦ったように立ち上がるヤミ達3人………………………………………って3人?

 

名指しされたヤミは勿論、春菜もティアーユ先生も顔を赤くして立ち上がっている。

そして内なる唯がそんな3人を冷酷に見つめている――これはアレだ、唯のツンギレだな

 

「貴方達がウチのアキトを婿にほしいというのは分かりました。3人とも綺麗で素敵な方ですし、アキトと結婚も問題ありません。母の私が許可します」

 

ポロッと爆弾を投下するセフィさん。権力も何かも持ってるセフィが言うと、説得力が違うというか、本当に実現してしまいそうでコワイというか…―――ってちょっと待て!

 

「いや、待て待て待て!俺の意見はどうなる!」

「あ、アキト!べっ、別に私はあなたに恋なんてしてませんからっ!」

「アキトくん…ううん、パパ。イヴと家族3人、手を取り合って幸せに暮らしましょうね」

「ちょっ…!ティアーユ先生まで!?おおおお兄ちゃんはダメですっ!」

「だから待てって、俺の意見はどうなる!」

「で、でもっその、淫乱親ピンクの言うこともあながち間違ってはいませんっ!アキト、貴方が望むなら男女の仲になるのも吝かではないというかむしろその…っ!」

「三つ指ついてっと…これからどうぞよろしくお願いします……これで合ってるかしら春菜さん」

「あ、あってますけど!先生!胸が!服から胸が溢れちゃってます!!!」

「きゃあっ!でもパパになら別に見られても…?」

「ううっ…どうしてこんなに大きさが………」

「私は春菜とあなたの仲を壊したくはないですしっ!美柑のことも友として応援してますから!ただその愛を分けて貰えればそれで…っ!」

「ククク、それはもう愛人の台詞だな金色…ネメちゃんもいるよ♡」

「だから俺の意見はどうなるのってばよ!」

 

「はいはい、皆さん、落ち着きましょう」

 

王妃だからか言い出しっぺだからか、カオスを招いた張本人が手を叩いて場を収めた。なぜか胸元から杖を取り出している

 

「いきなり結婚で混乱するのは分かります。そこで"新妻仮免許"を取得した貴方たち3人へ、本試験を行います。それでは試験会場へGO~♪」

「唐突すぎる―――わっ!」

 

 

♡♡♡♡♡

 

 

「ここはどこだ…ってウチじゃないか。場所変わってないし……ミスったな」

「いいえ、ミスっていませんよアキト」

 

振り返るとセフィがいた―――というよりセフィ以外の三人が居ない

 

「新婚さんいらっしゃ~い♡……というワケで、まずは私とアキトが新婚の場合です」

「セフィはさっきの3人に入ってなかったと思うんだが」

「ではまず、始めに簡単なルール説明をします(スルー)」

「スルーしやがった…ルールだと?」

「制限時間は1時間。アキトの心拍数を最も高めた妻…もとい、ドキドキさせた者が勝者、新妻本試験合格です」

「新妻本試験合格…すごい言葉だな」

「なお終了後は勝手に次の候補者へ入れ替わりますので、あしからず…以上、補足説明でした。アキト、これをいい機会として正妻くらいは決めてしまいなさいね」

「めちゃくちゃ言うなこの母親…」

 

セフィがルールブックを片手に説明してくれる。随分分厚い辞書みたいな本を持っているが、聞かされたルールは少ない。もう俺はツッコまないからな

 

「まあツッコむだなんて…アキト、ついに発情したのね?ここでしちゃう?」

「してません、しません。あとナチュラルに心を読まないで下さい。」

「あら残念…それではアキト、ヨーグルトを食べましょう?」

「セフィはいつもいきなりだな…食うけども」

 

「お隣の源さんからお土産に貰ったのよ」と付け加えながら、冷蔵庫を開けるセフィ。色々細かい設定があるらしい。冷蔵庫を漁りながらこっちへ腰を突き出しているのはワザとだろう

 

「あら、どこにしまったかしら…見つからないわね」

 

ぴっちり張ったスカートが大人の色香と重量感のある尻のラインを型どっている。豊かな丸みを帯びた尻が蠱惑的に揺れている

 

黒タイツが魅せる細い脚のラインといい誘ってるのは明らかだが――見てないからな、チラッとしか!

 

「あらあら、こんな奥にあったわ。はい、どうぞアキト……きゃあっ!」

 

やっと取り出したヨーグルトを容器ごと床へ落としてしまう、ヨーグルトの真っ白な塊が床で弾け、セフィは足を滑らせた

 

ドサッ

 

「あいたた……ごめんなさいアキト、ヨーグルトが…」

「お、おいおい大丈夫か、セフ…………………………………………。」

 

黒タイツの光沢の上で、真っ白な半固体が弾けている。白いブラウスはヨーグルトが染み込み透けていた。

 

「ん…っ、べとべとになっちゃったわ。大事なヨーグルトが身体に…」

 

勢い良く転んだせいで胸のボタンは弾け飛び、セフィの豊か過ぎる谷間はおろか膨らみの上半分からブラジャーまで見えてしまっている。折り曲げられた脚の間から薄っすら見える、黒スト越しの色は白――

 

「あ…っ、冷たい♡」

 

セフィの綺麗な顔も桃色の髪も白でべっとり汚れてしまっている―――無修正で

 

「ってなにが無修正だっての!そうだ!これはセフィじゃない!ちょっと大きくなって!アイテムで成長した大人のララであって、ララは純粋な気持ちで俺にヨーグルトを食べさせようとしてくれただけだ!不純なものはない!ないったらない!ララはお子様で純粋だからヘンな想像しないの!はい論破!」

 

ピンク色に染まりかけた思考をなんとか追い出した。セフィの甘い誘惑はララの面影を重ねることで回避できるのだ。

 

「ふぅ……ほら、大丈夫か?立てるか?タオル持ってきてやるからココで待ってろよ」

「これでも手を出さない…―――なるほど、私をララと見ていた理由(ワケ)ですか」

 

セフィはきょとんとしたまま秋人を見つめ返した。顔についた半固体(ヨーグルト)を指で掬い取る。

 

脱衣場へと向かう秋人を見送りながら、セフィは「残念だわ」と呟いて淫靡にペロリと指を舐めた

 

妙に艶めかしいちゅぱっ、という音が秋人を一番ドキドキさせた。

 

 

♡♡♡♡♡

 

 

「…アキト、見ていましたよ。」

「ヤミ?あれ、セフィは?」

 

タオルを取って戻るとセフィは既に消えていた。照明の消えた部屋の中、ヤミだけが静かに佇んでいる。気のせいかもしれないが、空気が重い。床へ押し付けられるような強いプレッシャーを感じる

 

「…春菜や美柑に手を出すならまだしも、よりにもよってあの年増に……覚悟しなさい」

 

暗い部屋の中、凍てついた表情と緋色の眼光が尋常じゃない。視線と殺気だけで殺されそうだ。見慣れているはずの戦闘衣(バトルドレス)が闇の中で妖しく光る。本気の"金色の闇"がそこに居た。

 

「世話になった礼です。ひと思いに逝かせてあげます…動くと苦しみますよ」

「おい待てヤミ…ッ!?」

「オヤスミナサイ、アキト…」

 

片腕の刃が首筋へ迫る、逃げることも回避も不可能―――春菜!わりぃ、俺死ん…………

 

「…でない」

「…当たり前です。貴方に死なれては困ります」

 

変身(トランス)の刃は首筋ギリギリで止められていた。そしていつの間にかヤミに押し倒された格好になっている。殺し屋の本気は凄まじい迫力だった。

 

「…コホン、どうでしょう。少しはドキドキしましたか?」

「…なに?」

「アキトをドキドキさせれば良いのでしょう?そんなのはお茶の子さいさいです。年増から聞いた時、正直、勝ちは貰ったと思いました」

「…。」

「少し張り切ってしまいましたが…アキト、ドキドキしたでしょう?」

 

目の前でヤミがニヤニヤほくそ笑んでいる。

とても珍しい笑顔だ。髪の毛先を指でクルクル巻いていじってる仕草も含めて普段見たことはない。本気の殺気をぶつけた奴がする表情とは思えない程ダラシなく緩みきっている。

 

ゴチッ!

 

だから、思い切りヤミの頭を叩いた。

 

「…いたッ?!なにするんですか!」

「アホか!心臓止まるかと思ったわ!!ドッキリでも殺そうとしてんじゃねぇ!お前のうっかりで殺されたらたまんねえだろうが!」

「あ、アキトをドキドキさせるためだったんですっ!仕方ないでしょう!?それにちゃんと首のギリギリ2センチで止めました!」

「怖すぎるわ!怖すぎて背筋が瞬間冷却されたわ!」

「??では、ドキドキは…?」

「ドキドキなんかするかっての!…むしろなんか冷静になった」

 

ガーン!

 

金色さんがショックで固まった。そして落ち込んでいる。『終わった、』とその目が物語っていた。この世の終わり、絶望まっしぐらな表情(かお)

 

「まあ、その、元気だせよヤミ。アホなのは治るってたぶん…たい焼き食うか?」

「……いりません……」

 

重症だ。まさかヤミがたい焼きを食べない日があるとは…

 

「そうか、じゃあ後で買いに行くかな春菜の分も…ヤミは留守番よろしくな」

「…。」

「せっかくだし、"アイスたい焼き"を試しに食ってみるかな。」

「…ゴクリ」

「"二色たい焼き"もいいかも。2つの味って贅沢で美味いよなぁ~」

「………………………………私も行きます。」

 

チョロい。

 

さっきまでの"落ち込み絶望顔"がウソのようだ。いつもの冷静な表情に戻り、雰囲気も明るい。言うとまた落ち込むだろうから、口のヨダレは見なかったことにしてやる

 

「家にいるのも飽きたし、外行こうぜ。時間までは傍にいるんだろ?」

「…付き合いましょう。嫁としてたい焼きも食べたいですし」

「そこで嫁は関係あるのか?」

 

 

こうして俺とヤミは外へ出た。

 

 

♡♡♡♡♡

 

 

「いい天気だな…っていうか今は秋か?涼しげだな」

「…そうですね」

「彩南はヘンタイの街だが、今日はヘンなの無いな…『私のアキトが世界で一番ユニバース』とかのワケわからん広告以外は。なんだあのアドバルーン」

「彩南には面白い人達がいっぱいだから、こういう広告やチラシも普通なのかしら?」

「いや普通なワケは……なんだよ、いやに大人しいなヤミ……?」

 

隣を見ると、ヤミが"ヤミさん"になっていた。

 

This way(こっちよ)………パパ」

 

あのヤミが信じられない程グラマーなボン・キュッ・ボンになっている。静かな雰囲気は変わらないが、全体的に柔らかな丸みを帯びた理知的な美女―――" 金色の闇(大人ver)・瞬殺セーター仕様"

 

「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!俺は小さいヤツと一緒に家を出たと思ったら、いつの間にかセーターの中でメロンが揺れていた…」

「はい?」

 

ゆさゆさ

 

立派に育ったヤミは無防備すぎる。そんな布面積の小さい服に大きな胸は暴力でしかない。

 

「何を言っているのか分からねえと思うが、俺も何をされたのか分からなかった…」

「…パパは何を言ってるの?」

「……もっと恐ろしい呼び名を味わってるぜ……」

「?」

 

黙って小首を傾げるティアーユ先生。その仕草に見た目だけでなく、内面の繋がりも感じる秋人だった

 

「オホン!…ヤミは時間切れでティアーユ先生と交代した、という訳ですね。あまりにも普通に入れ替わってたからビックリしました」

「ふふっ、イヴとバトンタッチしたの。パパ(・・)、よろしくね?」

 

ぽやぽや

 

おひさまのようにニッコリ笑うティアーユ先生。柔らかな頬を長い金髪が縁取っている。優しい瞳に包むような母性を感じる。安らぎとか優しさとか…そういう感じだ

 

「それにしても良いお天気…、こんな風にのんびり歩くのって気持ちいいのね」

「そっスね。にしてもどうやって入れ替わったんですか」

「セフィさんの開発した魔法なんじゃないかしら?」

「ああ、校長と入れ替えたあの…」

「たぶん一様でない空間の曲率を変えて、質量自体が空間の構造に影響を与えることを利用して…」

「は、はあ…」

 

突然ティアーユ先生の"誰も分からない物理学教室"が始まってしまった。目を爛々と輝かせ興奮気味に語っている。宇宙語すぎて何も分からない…さっき感じた優しい母親のような先生はどこへ行ったんだろう…そういえばヤミもたい焼きと絵本にはうるさい

 

「…はっ、ごめんねパパ。つい力説しちゃった…テヘ」

「いえ、大丈夫っす。全く分からなかったので」

「…そう?じゃあ今度イヴも交えて最初から説明するわね。特別に補講をします」

「おふっ………分かりました」

「…そういえば、私とパパはどこに向かってるの?」

「まあ行くところが決まってるワケじゃないんですけど…ってそのパパっての、やめませんか先生…恥ずかしいッス」

「うん?そうね。今はイヴも居ないし、夫婦水入らずだから……アキトくんでいいかしら」

 

ぽやぽや

 

はんなり柔らかく微笑むティアーユ先生、頬が少し赤い。なんだかズレた答えが返ってくるが、穏やかな口調と優しい空気につい口を噤んでしまう

 

「そういえばパパは…アキトくんはお休みの日はイヴと何をして過ごしているの?」

「絵本読んだり、ゲームしたりテレビ(時代劇)見たり…たまに外に工場見学行ったりとかも」

「工場見学?」

「お菓子を作る工場を見学したりとか、ヤミは機械の動きを見るのが好きらしくて」

「まあ、それは知らなかったわ!」

「『こういう単調に動く機械を見ると落ち着きます…』って言ってました」

「あの娘ったら…まだ昔のことを気にして……」

 

瞳を涙で潤ませながら、ティアーユ先生がしんみりしている。たぶん感傷的になってるヤミを想像してると思うが、ヤミの台詞は『それに、こうして…もぐ、無限にお菓子を作ってくれますし』と続くことはこの際黙っておこう

 

「昔は色々大変な目にあったけれど、今はあの娘が幸せそうで……とても安心しているわ。ありがとう、アキトくん」

 

あなたにずっとお礼を言いたかったの、とティアーユ先生は優しく笑った。

 

まだ殺し屋になる前、実験体扱いのヤミが唯一心を許していたのは、このティアーユ先生だ。その理由は―――…言葉にしなくても分かった

 

ヤミが大人になったら、きっと優しいティアーユ先生のようになるのではないだろうか。クローンだからではなく、好きな人に似て子どもは育つという。そういえばいつかヤミもこんな風に笑って礼を言ってた。

 

「…イヴはいつもこんな気持ちなのかしら?」

「?なんのことですか」

 

ぼうっとティアーユ先生の笑顔を見つめていたら、先生の顔が赤い。熱っぽく見つめ返されていた

 

「ふふっ、なんでもないわ……あ、ここに公園があったのね。向こうでちょっと座りましょうか!行きましょ、アキトくん」

「ちょっ!先生っ!走るとイロイロ危ないですよ!?」

 

急に童心に帰ったティアーユに手をひかれながら、秋人も芝の上を走り出した。

 

―――それから、しばらくの間、秋人とティアーユはベンチへ座り話し込んでいた。

最初のうちは盛り上がっていた西連寺家の話もやがて落ち着いてくる。話題に尽きたのではなく、ティアーユが眠たそうにあくびをして秋人がソレに続いたせいである。

 

心地よい風。いつもより優しい太陽光―――柔らかで優しい何かに包まれる感触…

 

「…これからもイヴをよろしくね、パパ。出来れば、私の事も……」

 

肩へ寄りかかり、寝息をたて始めた秋人の頭を優しく撫ぜながら、ティアーユも瞳を閉じた。

 

 

*****

 

***

 

**

 

*

 

ふわり

 

水面へ浮上するように、ゆっくり意識が浮かび上がってくる。

街が朝日に染まってゆくように、雪が溶けてゆくように。少しずつ、少しずつ意識が覚醒してゆく………

 

なでなで

 

けれども、心地良い感触がやんわりそれを押し込めていた。まだ起きたくない。

撫でられるのは気持ちいい、春菜やヤミがねだる気持ちも分かる。枕も柔らかいし、顔は柔らかいものに押し付けられているし、息苦しいけど、気持ちいい―――これ、なんだ…?

 

「ん…くすぐったいよお兄ちゃん」

 

顔をぐりぐり押し付けると、枕がぴくぴく揺れる。なんとなく当たりをつけながら、手伸ばして触わってみることにする。うむ、柔らかさもありハリもあり、素晴らしいお尻だぞ春菜

 

「……お兄ちゃん、起きた?」

「ぐーすかぴー」

「…そっか、まだ寝てるんだね。それじゃ、起きてね?」

 

それって理不尽じゃないか春菜…

 

にしても、我が妹ながらスカートが短い。清楚な春菜はスカートの下に、こんな凶悪なお尻を隠し持ってたとは…

 

「ひあぁっ!?お、お兄ちゃん恥ずか……んん…っ!」

 

まろやかな曲線で構成された春菜のヒップはぴったり手に吸い付くようだ。厳しい自己管理とたゆまぬ部活動で春菜の肢体はモデル顔負けの均整を誇っている。それも決して不自然な造形美ではなく、健康美あふれるプロポーションだ。ふむふむ、触ってみても非の打ち所がない

 

「…お兄ちゃん。これ以上お尻触って寝たふりしてたら、お兄ちゃんの部屋を片付けてキレイにします。特にベッドの下あたりを念入りに…」

「おはよう、ハニー。今日もいい朝だね」

「…おはようダーリン、起きてくれて嬉しいわ」

 

ぽこっと頭をはたかれる。目を開ければやっぱり春菜に膝枕されていた。お腹に顔を埋めていたらしい

 

「ハニーの膝枕は最高だ。いつから居たんだい?」

「時間は分からないけど、来た時にはダ…お兄ちゃんは眠ってたよ。もう呼ばないからね」

 

赤い頬を膨らませ、春菜がジトッと睨んでくる。さっきのやりとりが少し恥ずかしかったらしい。こんなやりとりに軽く付き合える余裕が今の春菜にはある。昔の春菜は甘い声で"ダーリン"なんて決して言わなかっただろう

 

――今の春菜はコスプレもすれば、妄想の中で"Sっ気妹メイドプレイ"をしてたりもする…たくましい妹だからな

 

「…なんか失礼な褒められ方されてる?お兄ちゃん、ヘンなこと考えてるでしょ」

「オホン!気のせいだぞ春菜」

 

膝枕から起き上がる。訝しんでいた春菜から缶ジュースを手渡された。この辺の気配りは流石、優しく気遣いのできる春菜だ

 

「起きたら一緒に飲もうと思って、あそこの自販機で買ったの」

「サンキュ、春菜!ん?"ウルトラピーチヴィーナス味"?」

「キャンペーン中みたいで無料で買えたの。美味しそうだったから」

「怪しすぎる。誰かに毒味させるか」

「ダメだからね、お兄ちゃん。めっ」

 

困り顔の春菜に叱られる。母親のように叱る春菜に俺はなんだか笑ってしまった。笑い顔を誤魔化すようにジュースを呷る。ウチの春菜は優しげな雰囲気に似合わず、たまに思い切った行動に出ることがある。あまり誂うとベッドの下を念入りに掃除してしまうかもしれない

 

「おお、普通に美味いぞ。ちゃんと味がするな」

「ほんとだね、凄く美味しい…どんな素材使ってるのかな?」

「えーっと、なになに『原材料名、母の熱い想いとソレ以外の何か』……一気に飲みたくなくなったな」

「ふふ、セフィさんなりの冗談だよきっと。」

「そ、そうか…?そんなにセフィのこと信じてるのか、ウチの箱入り天使が騙されないかお兄ちゃん心配になってきたぞ」

 

目を線にして春菜が笑う、そしてポテっと肩に頭を預けてきた。俺に膝枕をしていて、春菜も昼寝したくなったのかもしれない。

 

「なんだか、のんびりって感じだね」

「そうだな、暖かいし」

「ぽかぽかだね。日陰だから、ちょうど良いね」

 

暖かい空気と春菜の体温。どっちがどっちなのか俺には区別がつかなかった。

 

公園のベンチの影が、何時の間にか足元から長く伸びている。俺はその影のずっと先、遥か空を漂う雲を見詰めながら、春菜と結婚したらこんな毎日を過ごすんじゃないか、と未来(さき)のことを考えていた。

 

「ねえ、お兄ちゃん……結婚ってどうしてするのかな」

 

それは春菜も同じだったようで―――不安そうな声音で問いかけられる。

 

俺は不意に答えを必要としている春菜の心に触れた気がした。それは、満たされなかった過去思い出の面影か……

 

「デートの時待ち合わせしなくていいように…とか?」

「ぷっ、なにそれ…」

 

面倒くさがりなお兄ちゃんらしいね、と春菜は笑った。秋人もなんだか照れたように笑う。

 

笑う秋人に目を細めながら、春菜は不意に一つの思い出にぶち当たっていた。

 

膝上で眠る秋人を眺めていた時、蘇りつつあった過去の記憶が今頃になって再生される。春菜は瞳を閉じながら、その思い出が自分の当ての無い心を落ち着かせてくれると悟った。

 

 

*****

 

 

***

 

 

**

 

 

*

 

 

一人で生きて行ける。

 

そう思っていたのは、確か冬の日だった。

 

一人暮らしには慣れていた。

 

幼い頃からしっかり者として育ち、何でも卒なく出来る自信がある。毎日の料理、掃除、洗濯も苦ではなかった。

 

両親には家を任されている。結婚してから何年経っても熱々の二人は、娘を放ったらかしにして隣町へと引っ越してしまった。それでも毎日のように電話をくれる優しい父と母でもある。

 

もう一人居た大事な家族は、どこか遠くへ消えてしまっていた。

 

でも大丈夫、一人で生きて行ける。

 

そう思っていたのは―――確かに、冬の日だった。

 

いつも通り進む日常に軽く絶望しながら、外を舞う雪を眺めていた。

 

街が一面の白に飲まれている。凍える氷点下の世界、氷の世界。

 

でも大丈夫、私は一人で生きていた。

 

鏡へ変わったガラスに映る少女は哀しげだった。

 

大丈夫なはずがなかった。私一人で生きていたから…

 

『―――お願いだから目を覚まして!お兄ちゃん!』

 

気づいていて、ずっと誤魔化していたこと。

 

いつかどちらかが死んでしまった時、残った方の心や身体が死んでも構わないと誓える程、ずっと一緒に居たかったこと。

 

 

そう気づいた時、唇は彼の熱を奪っていた。

 

 

それは確か―――…春にしては熱い日だった。

 

 

*****

 

 

***

 

 

**

 

 

*

 

 

「ねえ、お兄ちゃん…」

 

追憶から戻った春菜は、秋人に身を預けた。肩にそっと寄りかかったまま

 

「なんだよ、眠いのか春菜」

「うん…ちょっとだけこうしてていい?」

「仕方ねえな…ウチの春菜は甘えたがりだからな」

「お兄ちゃんだって、いつも甘えてばっかりじゃない」

 

眠りの世界へ抱かれる感覚がある。触れ合う部分から伝わる体温、ゆったりした呼吸、時折吹き抜ける優しい風―――春菜にとっての全てが此処にあった

 

秋人は春菜の髪を撫でる。優しい風が髪を靡かせているのか、眠る春菜には区別がつかない

 

「一人で生きていけるはずなんて、ないのにね…」

 

腕に抱かれ、何時の間にか寝息をたて始めた春菜の髪を優しく撫ぜながら、秋人もこれに同意する。

 

「…おやすみ春菜。今度は俺が起こしてやるよ」

 

ふたりを暖める陽熱はただひたすらに優しかった。

 

 

 

 

その日公園で眠りこけていた二人を発見したのは、ずっと家族を探していた金色の少女だったのは間違いない。

 

 

そして、果たして勝者は誰だったのか。

 

 

――――これからも、西連寺家は平和です。

 

                                      【END】




小話集、最終話です。

最後はかなりの文章量になりましたが、最後までお読み頂きありがとうございます。

今後の励みになりますので、宜しければ感想・評価をお願い致します。


2017/09/06 一部改訂

2017/09/07 誤字修正等

2017/09/13 一部改訂

2017/09/20 一部改訂

2017/09/23 一部改訂

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