貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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R.B.D特別小話 『金色さんの心休まらない休日-前編-』

****

 

 

「ねえ、オニイサン…バイトしない?」

 

里紗がつい…と思わせぶりな流し目を送った。

 

「バイト?なんの?」

「んふふー、何のでしょう?」

 

送られた方の秋人はレトロゲームをプレイ中。テレビの画面の向こうでは、ピンク色のキャラクターが敵を口に吸い込んでいる。

 

「なんのって、俺が訊いたじゃんか」

 

視線を画面に固定しながら嘆息する秋人。里紗は「だってー」と甘えた声を返しながら、グロスで艶っぽい唇を尖らせる。

 

んーっと考えるような仕草をすると

 

「…じゃあ、教えたらバイトしてくれる?」

「だから、どんなバイトなんだっての」

 

どこか色っぽく続ける里紗にも、秋人は視線を向けることはない。そっけない態度の秋人に里紗はますます唇を尖らせるが、瞳は猫のように笑っている

 

 

今日は日曜。

 

現在、時刻は午後1時20分。

 

クリスマスのこの日、秋人は居間のソファに腰掛けながら里紗と仲良く遊んでいた。

 

 

「今ね、アタシね、とぉ~っても困ってるの」

「へぇ」

「すごぉおおく困ってるんだけど。アタシってほら、素直になれない系の女子でしょ?」

「へぇ、そうだったのか。それは知らなんだわ」

「そそ。だからね、色々あって今とってもタイヘンなの。助けてほしいの」

 

里紗の深刻そうな呟き。

しかし、抱いたクッションに顔を埋めて秋人の顔をニマニマ見つめている。セリフと表情が全く合っていない

 

「助けるも何も、今のところ俺に入ってきた情報ゼロなんだが…」

「それはオニイサンが強情だから…バイトしてくれるよね?」

「バイトの中身が分からないとどうにも…――よっしゃきた!マイク!」

 

興奮気味の声に里紗もテレビの方を見る。外見の変わったピンクキャラがメガホンで何やら叫んでいた。

 

「ほぉー、"ぴんくちゃん"が叫んだら敵って消えちゃうのかぁ」

「グフフ!私はあと2回変身を残している」

「それを私は見てるだけ……オニイサンが産んでくれないから参加できない…グスン」

 

里紗はソファの上でコントローラーを握りしめたまま固まっている。お供プレイを自分から言いだしたものの、自爆して以降参加できていない(※ゲームの話です)

 

「…コピーできる敵が居ないんだからしょーがないだろ、我慢しなさいっての」

 

横目でチラッと見ながら秋人が言う

 

「ねぇねぇ、アタシねアタシね、あの石になるヤツがイイな♡」

 

やっと自分を見た彼に里紗は微笑んだ。肩に寄りかかって甘えてみる。

 

「無敵キャラだけど攻撃はめんどいやつか…」

「そうだったっけ?でも石になってれば死なないし…飽きたらまた自爆しちゃうし♡」

 

しかし、ゲーム途中の秋人は再びそっけなくなっていた。色気もそっけもある里紗の感触や甘い香りも効果なしである

 

「とにかく、働く気ないのは分かったっての。…今は居ないから諦めろ」

「むぅ…ていうか、アタシさっきから見てるばっかじゃん!つーまーんーなーいー!」

 

里紗がちょっとぶりっ子気味に不満を伝えても

 

「…5回も自爆する里紗先輩が悪いッス」

「だってなんか面白かったんだもん。ボンッ!ってのが」

「里紗先輩は怖いすなぁ、残虐すなぁ」

「そんなことないし!……あと1回くらいはするカモだけど」

「…やっぱり怖いのでお供にするのは後ってことで…」

「仲間にアタシがいると便利よ?チューで回復してあげられるし♡にしし」

 

色気たっぷりな照れ笑いを浮かべても、彼氏(・・)の反応は芳しくない。ゲームに夢中で彼女(・・)に見向きもしない。

 

それは倦怠期カップルのようで、これには自称"面倒見がいい&都合のいいお姉さん"である里紗も少しばかりムカついてくる。

 

「あのなぁ、『変な気分になってくるね…オニイサン』って毎回太ももを触られる俺の身になってくださいっての」

「むぅ…!なにその冷たい態度――って!あれってば殴るヤツじゃん!もうコイツでいいからコピって!」

「任せとけって、そりゃ!」

「ぎゃー!!消えちゃった!」

「フフ…!私はまだ最後の変身を残している!」

「ばか!ばか!さっさと私を産んでよコノヤロー!チョットはかまってよ!ダリャーッ!!」

「うるせぇ!耳元で真似すんなっての!」

 

「…騒がしいですよアキト、籾岡里紗」

 

さめざめとした声が響いた。

 

「…休日の昼間からゲームばかり…二人ともいい身分ですね」

 

振り向くと、キッチンへ続く廊下の角からヤミが顔だけ出している。

いつもの表情らしい表情のない(おもて)に浮かぶ不機嫌さ、むっつり押し黙った殺し屋が標的たちを睨んでいた。

 

「あ、金色さん、お疲れっす」

「ヤミヤミ、お疲れさまー」

「…。」

 

振り向いて片手を上げる標的達を半目でじとぉ…と睨むヤミ。壁から半分だけ顔を覗かせて、はっきり言って少し怖い。

 

西連寺家に同居している少女――"金色の闇"は妖精めいた美貌と白く珠のような肌、暗闇で輝く金髪が特徴の無愛想な美少女。……そして、銀河で名を轟かせる殺し屋である。

 

銀河のならず者達が恐れる"金色の闇"――彼女は身体のあちこちにチョコやナッツの欠片を張りつけながら、現在、ケーキと格闘中だ。

 

「私と春菜がせこせこ働いているというのに、旦那は他所(よそ)の女と遊んでいるわけですか…」

 

眼力では効果なしとみて近づいてくる。

ボールに入ったクリームをカシャカシャ泡立てながら、ヤミが恨みがましく続けている。

 

「だれが旦那だっての。誰が……ぷっ」

「…なんですか」

 

興奮気味に混ぜられるクリームは鈍色の半球内をくるりと踊り続け、一部はヤミの鼻へ着地していた。睨みつけるのに夢中な為かヤミはそれに気づいていない

 

「…何かおかしいことでもあるんですか」

「いや、なにも可笑しくはないですよ?…ぷっくくっ」

「怪しいですね…何か隠していますねアキト」

 

ゆっくり近づき、見下ろしてくる白いお鼻の金色さん…

 

「――かわいいな」

「!?なっ、なななんですかいきなり!」

「ん?あ、いやいや別に…なんでもないッス」

「きょ、今日はクリスマスパーティーなんですっ!色々準備がいるんです!アキトも手伝って下さいっ!」

「いてえっ!ボールで突くなっての!いてっ!あだっ!突くなってのに!」

 

パニックに陥ったヤミはボールで秋人をド突きまくった。

猛烈な勢いで秋人に攻撃を加えているが、チシャ猫はヤミの赤い頬もニヤけている唇も見逃さない

 

「痛いだろ!顎打ったっての!…それに料理はヤミたちが担当するって言ってたじゃねえか!あだあっ!?」

「そ、そうですが…気持ち的な問題ですっ!」

「いって…ったく、『お兄ちゃんと里紗が手伝ったら荒らされるから、テレビでも見て大人しくしててね』って妙に優しく言われただろ、俺…」

「………確かにそうでした………」

 

戦力外通告した春菜の冷たい笑顔を思い出し、ヤミは攻撃の手を止めた。

それから少しだけ拗ねたように問いかける

 

「………アキトは楽しみじゃないんですか、パーティー」

「楽しみだぞ、美味しいもの食えるし」

「大事なのはソコですか…」

 

今夜は結城家主催でクリスマスパーティーをすることになっている。フルーツケーキの準備はヤミと春菜の仕事、秋人と話に便乗した里紗は買い出しが仕事であった。

 

期待と違った答えにちょっと落ち込んだ様子のヤミ、秋人はニヤニヤ笑いながら

 

「まあ金色さんは楽しみだろうなぁ、ワクワクドキドキなんだろーなぁ」

「そ、そこまで楽しみとは言ってません!」

 

かあっと頬赤らめ、ヤミは必死に否定した。家族である秋人にはウソだとバレバレである。里沙でさえもニヤニヤと笑っていた

 

「俺はエンジェル春菜たんと一緒だったけど、去年のクリスマスは金色さんずっと一人ぼっちで…一人で寒い公園でたい焼き食って、一人で寝たわけですし…」

「……………確かにその通りですが…………わざわざ言われると腹が立ちますね。ケンカを売ってるんですか」

 

怒りのボルテージをゆったりと上げるヤミの背中に、チシャ猫が抱きついた。

 

「ヤミヤミー!ちょっと聞いてよ!ヒドいの!オニイサンがヒドいのよ!かくかくしかじかもみもみ」

「………なるほど。事情は分かりましたが…なぜ揉むのですか」

 

自称"面倒見がいい&都合のいいお姉さん"の里紗はヤミの怒りがMAXになる前に話題を変えた。この辺は流石の手管である、デリカシーはないが

 

「なんとなく♡ふふ、鼻にクリームついてるよ?」

「……………。」

 

ヤミは無表情を装いつつ、顔を拭いた。チラッと秋人を睨むのも忘れない。

 

「それよりヤミヤミってば!今日はブラしてるじゃん!」

「…………………アキトに買ってもらいました(ウソ)」

「わお!オニイサン、ヤミヤミにそんなエロい事してあげたの?」

「なぬ?」

 

秋人へ復讐のつもりか、嘘色のヤミが無表情のままニヤニヤしている。

 

秋人たちと暮らすようになって、ヤミはずいぶんと図太くなっていた。殺し屋の無表情に女の子らしい感情をミックスさせる術を学んでいた。―――器用な娘である。

 

秋人は持ちかけたコントローラーをそっと置いて

 

「ああ、まあな…下着くらいは買ってやるさ(ウソ返し)」

「……ム。」

「ふぅーん、一緒に住んでるだけあって進んだ関係だったんだねぇ」

 

慌てると思っていた秋人がしれっとヤミの嘘にのったことで、里紗も話を信じてしまった。

 

ヤミは罪悪感を覚えつつも、"進んだ関係"と言われて悪い気はしない。それにブラは嘘にのった秋人と後から買いに行けば嘘にならない、とまで考えていた。―――したたかな娘である。

 

「実はヤミヤミともラブラブだったのかぁ~ふぅうん」

「…ええ、まあ、不本意ですが」

 

見ればヤミの口もとが花びらみたいに綻んでいる。無表情のままでも恐ろしいくらい美人なヤミだが、笑った顔は一幅の絵画のように可憐だ。里紗も思わず見惚れてしまう

 

「ほぉ~!ヤミヤミがそんな笑顔するなんて、ホントっぽい!」

「……コホン、まあ、本当のことですし(ウソ)」

「ほぇ~それでサイズとかってヤミヤミ分かったの?カップいくつだった?(にやにや)」

「…………Cカップです(見栄)」

「わお!成長したねぇ!」

「ああ、確かそんなもんだったな(優しさ)」

 

秋人は嘘を重ねるヤミへ"援護しといてやるぞ"とアイコンタクトを送った。しかし、なぜかヤミに不機嫌そうな目を向けられる。乙女心は複雑なのだ

 

「まさかヤミヤミがブラを付けるようになったとはねー、それもCカップ(・・・・)の…ふむふむ」

「…邪魔になりますので、休みの日につける程度です。」

 

ヤミは淡々と誤魔化しているが、しかし目の前でチシャ猫の笑みを浮かべる人物は、一部では"教祖"と呼ばれ称えられる存在である。それも、胸部の(・・・)

 

嘘や見栄は"揉み丘教"の教祖さまには通用しない。唯や春菜をはじめ、伊達に美少女の大きいや小さいを揉んできたわけではないのだ。

 

しかし、里紗は年上のお姉さんの笑顔で

 

「ヤミヤミの胸には夢と希望がいっぱい詰まってる!ってことよね。真実なんてどーでもいいわよねー」

「…なんの話ですか」

 

そう言ってヤミの頭を撫でた。

訝しげに見上げても、黙ってされるがままのヤミはどうしようもなく母性本能をくすぐる。親友の春菜や唯がなにくれと面倒を見たがる気持ちが分かる里紗だった。

 

「別になんでもないわよ、ヤミヤミには後でいい体操(・・・・)を教えてあげよっかね。」

「体操…よく分かりませんが、お願いします」

「オケオケ!おけまる。頑張ろね」

「…おけまる?」

「"オッケー"って意味。ヤミヤミもJKなんだし、色んな言葉を覚えたらどう?楽しいわよ」

「なるほど………おけまるです」

 

頷きながら小さく微笑むヤミと猫のように笑う里紗。

微笑みを交わし合う二人を見て、見守る秋人も心が温まるようだった。もしも里紗に妹や弟がいたら、きっといい姉になっただろう

 

「ところでヤミヤミ、さっきの話だけど…バイトしない?」

「…内容と報酬によります」

 

ヤミの優しい表情がサッと仕事モードに変わる。ブランクはあっても殺し屋だった頃のクセは抜けていなかった。

 

「それは後から話すからさ、とりあえずおけまるじゃない?」

「…それは出来ません。迂闊な契約は死に繋がりますから」

「ちっ、コッチもしっかりしてやがったか……」

「先輩、さっきまでの優しいお姉さんイメージどこに落としたんスか?拾ってきたほうがいいッスよ?」

 

悪党まっしぐらな表情の里紗に秋人も呆れてしまう。二人で遊んでいた時もしつこく勧誘していたが、そこまでしてバイトさせたい深刻な理由でもあるんだろうか――でも訊いたらドツボにハマる気もするし…

 

「ヤミちゃん、生クリームの泡立て具合だけど………皆、どうかしたの?」

「あ、春菜ぁ♡」

 

先程のヤミよろしく、春菜が廊下からひょっこり顔を覗かせた。まさに、ひょっこりと言う言葉が似合いな挙動は傍から見て微笑ましい。家族になると行動も似てくるようである

 

「あのね!春菜聞いて、タイヘンなの!」

「?どうかしたの」

「実はぁ、ちょ~っと手伝ってほしいことがあってぇー…にしし」

「ちょい待ち!ウチの春菜を騙そうったってそうはいかねえぞ!」

「騙そうって失礼でしょオニイサン!ミオの助っ人を募ってるだけじゃん!バイトが激務すぎて今にも倒れそうなんだからっ!」

「…っ!大変、未央は大丈夫なの……?」

「ぎゃふん!ウチの箱入り天使がもう騙された!」

 

チシャ猫のズルさを持つ里紗に、人を疑うことを知らない春菜がまんまと騙される。安心して見守ることも許されない程の優しさに、秋人は天を仰いだ。これはもう止められない

 

「今日は忙しすぎて特に人手が足りないみたいで……春菜、手伝ってくれる……?」

「うん、私で良かったら力を貸すよ」

「さんきゅうう!さっすが春菜!持つべきものは優しい親友よね~!」

「もう、調子いいんだから」

 

そして春菜がこうして承諾した以上、義理堅い殺し屋の"金色の闇"氏はこう答えるワケで…

 

「…春菜が行くというなら私も付き合います。」

「えっ、ヤミちゃんはお家で待ってていいんだよ?ケーキなら焼き上がりまで時間かかるし…」

「力仕事であれば私が居たほうが早く終わります。それに今夜のクリスマスパーティー、楽しみです…」

「ふふ、そうだね。早く終わらせてウチでパーティーしなきゃだもんね」

「…はい」

 

そして天使と殺し屋が笑顔でこう答えた以上、兄である秋人に退路は残されていなかった。

 

「お兄ちゃん、未央も困ってるみたいだし……皆で手伝いに行っちゃダメかな…?」

「…アキト、貴方も当然手伝いますよね?イヤとは言わせませんが…」

 

「……………………………………………………………………………………行きます」

 

 

春菜とヤミにダブルで迫られて秋人はがっくり項垂れた。

 

 

 

つづく

 

 

 




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2018/01/18 一部改訂

2018/01/20 一部改訂

2018/03/13 一部改訂


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