貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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R.B.D番外編 「きんいろデート」

 

 

――それは、確かに”デート”だった。

 

 

 

「…遊園地、ですか?」

 

 

 

朝食のタコさんウィンナーを咥えながら、ヤミは首をかしげる。

 

 

「うん、遊園地。彩南に新しくできたんだって」

 

「…そういえば、美柑もその話をしてた気も…」

 

 

 

ぱくん、

 

 

タコさんを飲み込みながら、ヤミは美柑の話をぼんやり思い返した。美柑がやたら饒舌に遊園地”デート”の良さについて語っていたことも。

 

 

「たくさんイベントがあってね、面白いらしいの。ヤミちゃんも行ってみない?」

 

 

兄の茶碗に甲斐甲斐しくご飯をよそいながら答える春菜。

 

ヤミが視線をずらして見れば、秋人に驚いた様子はない。突然の提案だと思ったが、おそらく知らないところで打ち合わせていたのだろう

 

 

……私だけが知らなかった……面白くありませんね…

 

 

「面白いアトラクションもたくさんあって、とっても楽しいみたいだよ」

「遊園地、ですか…」

 

 

少し考えるようにヤミが言う。仲間はずれにした二人をちょっと困らせたくなったのだ。

 

 

「あん? 何だよ、遊園地はキライなのか?金色さんは」

 

 

当てが外れた秋人は不満げに口を挟んだ。白いご飯がこんもり乗った茶碗を受け取りながらヤミを見つめる。少しだけ咎めるような眼差しは「どうせ行きたいクセに」と語っていた。

 

 

「…行きたくないワケではありませんが、遊園地といえば爆弾を処理したり裏切り者の同業者を気絶させたくらいで、あまりいい思い出はありません」

 

「それ、遊園地の楽しみ方じゃないからな?」

 

 

秋人は今更ながらにヤミが凄腕の殺し屋だったことを思い出す。たまに出てくる殺伐とした話題がたまらない。

 

およそ普通の女の子が過ごさない日々をヤミは過ごしてきたのだ。ようやく今は普通の女の子として暮らしているのだから、平凡な幸せを味わってほしい。

 

 

 

すぐに兄と同じ思いに至った聡明な妹は、真剣な表情でこう告げた。

 

 

「ヤミちゃん、あのね、”世界のたい焼き物産展”があって、遊園地の中に出店が…」

 

「行きます」

 

気がつくとヤミはそう答えていた。ちょっとはごねてやれと思っていたが…

 

「じゃあ決定ね。」

 

手を一つ叩いて春菜が笑う。

 

ニッコリ笑ったその表情は『計画通り』と物語っているが、子どっぽい仕草に邪気はない。いっそ可憐ですらあり、同性から見ても微笑ましいものだった。

 

 

「むふふ、春菜たんは相変わらず天使すなぁ」

 

シスコンの秋人は案の定デレデレと妹に見惚れ、ヤミはそれをテーブル越しにジトッと睨む。

 

こうして、西連寺家のささやかな家族会議は終了した。

 

 

「それじゃあ、私はララさんと買い物だから、ヤミちゃんはお兄ちゃんと二人で楽しんできてね?」

 

「ふっ、ふたりで行くのですか!?」

 

 

 

――それは、確かに”デート”だった。

 

 

 

1

 

 

 

そして、日曜日。

 

「…アキト」

 

「お、金色さ――」

 

「…今度は何を企んでいるのですか」

 

「いきなりですな、金色さん」

 

入り口前で落ち着かない様子の金色少女。逆に秋人はニヤニヤとした笑いを隠せないでいる。

 

「先に家を出て、後から私に来いとは……さては、何かトラップを仕掛けましたね?」

 

「仕掛けてないってのに……いや、ある意味仕掛けたかもな?」

 

「…貴方を少しでも信用した私がバカでした。いっぺん死んで下さい」

 

「可愛いカッコしてそんなコワいこと言うなっての」

 

「かっ、かわいい…ですか」

 

急にしおらしくなった金色少女は視線を彷徨わせてドレスの裾をつまむ。今日のヤミはいつもの戦闘衣ではなく、ゴシックロリータなドレスに身を包んでいた。

 

黒を基調としたダークな雰囲気のワンピースだが、同時にリボンやフリルが装飾されていて可愛らしさを演出している。胸のロザリオが厳かな雰囲気を、ぴっちりした黒のニーソックスと白い腿のコントラストが危うげな魅力を漂わせていた。

 

着こなすのが難しそうなファッションだが、ヤミにはバッチリ似合っている。長い金髪を2つに分けたツインテールも妖精のようなヤミの可愛さをブーストしていた。

 

 

「……うむ、よく見てもかわいい。似合ってる」

 

「ほ、褒めても何もでませんから!」

 

「別に何もいらないっての、ホントによく似合ってるぞ」

 

実はこの衣装は秋人が今日のためにプレゼントしたものだ。突然の贈り物にヤミは始め困惑したが、デート用の服に散々頭を悩ませていたこともあり結局は着てくれた。

 

「少し動きにくいので格闘戦は心配ですが………がんばります」

 

「がんばらんでいいっての! 何と戦う気なんだ!」

 

ナナメ上へテンションを上げるヤミに秋人は頭を抱える。遊園地へ入る前からこれでは先が思いやられるというものだ。

 

「とにかく、入ろうぜ?」

 

「…アキト、油断は禁物です。入り口をくぐったら其処は無法地帯なんですから」

 

「お前の遊園地に対する誤解ってどうも固いよな…」

 

「! アキト!悲鳴が聞こえてきます!あちらにターゲットがいるようです!」

 

「ジェットコースターの悲鳴だっての! ある意味お静より偏見あるよな、金色さんって」

 

週末のデートとは思えない物騒な会話をしながら、遊園地の中を歩く二人。周囲は家族連れや若いカップルで賑わっていて大変な混雑だ。

 

「…人が多いですね。それに子どもがやたらたくさん…地球人は実は好戦的だったのでしょうか」

 

「たぶんな、アレのせいだろ」

 

「…アレ?」

 

秋人はニヤリと笑って野外ステージを指さした。

 

ヤミが目を向けると、遊園地の広場に設置されたステージには既に人だかりができている。子どもが大半だが若いカップルもちらほら混じっていた。

 

「トレインがんばれー!クリードにまけるなー!」

 

「姫っちもがんばれー!!」

 

聞こえてくる歓声にゴスロリ娘は目を細め、じっとステージを観察する。

 

ヤミは真面目に警戒しているようだが、フリフリの服にその表情はどう見ても間抜けだ。秋人は思わず吹き出しそうになったが何とか堪える。

 

「…なんですか、あれは――」

 

エキサイトするちびっこ達の視線の先、舞台の上で金髪の少女が必殺技のセリフを叫んでポーズを決めている。

 

派手な効果音と鮮やかなライトの下、ゴシックな黒いドレスが翻り、2つに結われた金髪が靡く……どこかで見たような金髪ゴスロリ少女だ。

 

「…あの黒い方は私にそっくりですね…」

「おや! ホントですなぁ」

 

「服装も同じ…ですね。」

「やや!なんと!さすが金色さん…お気づきでしたか!」

 

「トランス…と叫びましたが?」

「奇遇なこともあるものですなぁ、ハハハ」

 

「アキト、バカにしてるのですか?」

 

振り向きながらニッコリ笑う。その笑顔は思春期男子を1発で恋に突き落とせるほど甘く、愛くるしい。

 

しかし、どこまでも冷ややかで、無情で、斬首刀のような鋭い殺意が漲っている。

 

「…アキト、私にアニメのコスプレをさせて、笑いものにしていたのですね」

 

「まあ、割と普段からコスプレしてるようなものですし…問題ないかと思いまして」

 

「なるほど、わかりました」

 

ゴスロリ美少女は静かな微笑みを浮かべる。すべてを包み込むような慈悲深く優しい表情だったが、笑顔の裏には鎌を持つ死神を宿していた。

 

「ちょっぴり痛いめに合うのと、土下座で謝るのと、どちらか選びなさい」

 

「すみませんでしたっ!!」

 

瞬間、秋人は土下座していた。金色の闇の”ちょっぴり”は全く信用ならない、卑屈なお調子者は広場の真ん中で平身低頭する。

 

「つい、出来心だったんです! 金色さんなら似合うと思って!」

 

「うっ、…まさかホントに土下座するとは…」

 

ちょっと困った顔でヤミは全力土下座少年を見下ろす。

 

「…アキト、あなたにプライドはないのですか」

 

「プライドではお前に勝てん!!」

 

不退転の決意に満ち溢れている秋人。卑屈だが、妙に自信たっぷりである。

 

「どうか許してください金色さん!」

 

「…そ、そこまで全力で謝られては断るわけにもいきませんね。それに、この光景では完全に私が悪者の図です。」

 

こほん、と咳払いをしながらゴスロリ娘は赤面する。二人は周囲のカップルや家族たちからも視線を集めていた。

 

「まあ、今回はトクベツに許してあげます。この服も気に入りましたし…」

 

「ありがとうございます!」

 

「い、いいから、早く立って下さい! 劇を見ますよ」

 

助け起こそうと手を差し伸べて、ゴスロリ娘は小さく微笑う。その笑顔は秋人でさえなかなか見れない、楽しげで優しい表情だ。言うほど怒ってなかったらしい

 

「というより、ヒーローショーは見るんだな」

 

「同じ服の人物に興味があります。戦闘時の立ち回りの参考になるかもしれません」

 

「変なところで真面目だよな金色さんって…」

 

「人の動きを見るのは良い刺激になりますから…ほら、今いいところです。アキトちょっと静かに」

 

「夢中になってるじゃん!」

 

ヤミは真面目にヒーローショーを楽しんだ。

 

 

***

 

 

「ふぅ…、なかなか悪くありませんでしたね。」

 

「ほとんど全力で楽しんでたよな、金色さん」

 

てかてか顔のヤミに秋人は思わず苦笑い。ショーを見終わった子どもたちもヤミと同じく満足そうに余韻に浸っている。

 

「ところでアキト、次はどこへ行くのですか?」

 

「そうさなぁ…金色さんはメルヘンちっくなメリーゴーランドとか意外と気にいるかもな」

 

「めりーごーらんど…?」

 

ヤミは小さく首を傾げる。

 

「…いや、待てよ。後学のためにお化け屋敷でも…」

 

「おばけやしき……村雨静の家ですか?」

 

「それを出されると急に怖さから遠のくな…、よし!それじゃあメリーゴーランドから制覇するか!」

 

「めりーごーらんど…分かりました。どんとこいです」

 

子どものように手を引く秋人、照れたように微笑むヤミ。流れからこうして手を繋いでいるが、二人はどうみても学生カップルだ。園内を笑いながら歩く恋人たちと何も変わらない

 

「…ところでアキト、”めりーごーらんど”はどのようなターゲットですか」

 

「ターゲットではないし、危なくもない。 馬が回ってるやつだぞ」

 

「…馬が回る……なるほど、新しい回転寿司ですか。馬を仕留めて捌くのですね。まったく、アキトの食い意地には困ったものです」

 

「金色さんの偏見すごいな! 予想外過ぎて何も言えん!」

 

 

カップルたちの賑やかな声が高い青空へぬけていった。

 

 

 

2

 

 

 

「それではアキト、 宇宙マウンテンの後は波飛沫マウンテンに行きましょう。」

 

「…あのな、金色さん…そろそろジェットコースターじゃなくて、違うのにしようぜ?」

 

「なぜですか? どちらも中々楽しめましたよアキト」

 

「そう言ってさっきもその前も全力で楽しんでただろ!大雷マウンテンなんて何回乗ったと思ってんだ!」

 

「…5回ほどでしょうか? あと10回は乗りたいですね。」

 

「体力おばけかこの人…」

 

無愛想な顔で得々と語られ、秋人はその場にぐったり項垂れた。

いくつかのアトラクションを周ったことでヤミの固い偏見と誤解は解けたが、代わりに別なものを目覚めさせてしまった。

 

「ところで、物産展のたい焼きは食べなくていいんスか? あそこで売ってるけど?」

 

「食べます。」

 

即答と共に頷くヤミ。

 

いつもはヤミの食い意地をからかう秋人だが、今は話題の変更にホッと胸を撫で下ろしている。休憩をいれないと明日はベッドから動けない自信があった。

 

「じゃあちょっと行って買ってくるザマス。」

 

「では、あそこのベンチで待ってます。財布を渡しますので、無駄遣いはダメですよ」

 

「へいへい」

 

クマさんポーチの小銭入れを受け取り、秋人は出店へ向かう。

 

今日のお小遣いは西連寺家の財務大臣、春菜が特別に支給してくれた。なぜ財布をヤミに預け、なぜ兄に持たせないのかは疑問だったが秋人は防犯上の都合だと解釈している。

 

「ふーむ、やっぱり今日はお子様が多いな。あのヒーローショーがあそこまで人気だったとは」

 

ヤミと秋人が見たヒーローショー午後の部が終わったのだろう、子どもたちがわらわらと束になって歩いてくる。出店に並ぶ秋人の傍を通り過ぎ、思い思いのアトラクションの方へ向かっていた。

 

もちろんと言うかなんと言うか、ちびっこたちがコスプレ娘の存在に気づかないはずがなかった。

 

「あー!イヴがいるー!なんでー?」

 

「ホントだ!姫っちだー!」

 

幼稚園児や小学生ぐらいのお子さまがわらわらとヤミの周りに集まってくる。

 

実は二人でショーを見た時はヤミが気付かれないよう秋人がそれとなく庇っていたのだが、ベンチに一人で座っていては発見されても仕方がない

 

「ほんもの?ほんものだよね?」

 

「ばーか、ニセモノにきまってんじゃん。」

 

「ほんものだよー!ほんものだもん!」

 

「じゃあトランスできんのかよー?できねーだろどーせ」

 

たちまちコスプレ娘はちびっこたちに囲まれてしまった。

 

本人そっちのけで言い合いを始めるちびっこたち。その数ざっとみて30人はいる。ヒーローショーを見た子どもたちが殆ど流れてきたようだ。

 

少々のことでは動じない元・銀河の殺し屋もこれには面食らったらしい。なんどか瞬きをした後、周囲をじっと見渡す。

 

「おまえなあ、トランスなんてアニメだけだぞ?できるわけねーだろ!」

 

「できるもんー!ホントのほんものだもん!」

 

「ほんものがこんなとこにいるわけねーだろ!」

 

「いるじゃんここにー!」

 

エスカレートしていくちびっこたちの口論にヤミは小さく溜息をついた。なにやら小さく言葉も呟いている。遠くから見ている秋人にはヤミが何かを覚悟したような気がした。

 

そして、ヤミは顔を上げて叫んだ。

 

「わたしはイヴ、あなたの命を奪いに来た掃除屋よ…!」

 

ヒーローショーのセリフそのままに、だが存外気迫のこもった声で”掃除屋イヴ”こと金色のヤミさん(彩南高校1年)は身構えた。

 

「やっぱりほんものだよ!ほんもの!」

 

「えっ!? ちょ、まじか!?」

 

「かっこいい!姫っちかっこいい!」

 

ちびっこは大喜び。周りで見守る保護者たちからも拍手が湧き起こっている。ギャラリーの反応に気を良くしたコスプレ娘はノリノリだ。

 

「あなたたちはボルネオの刺客ですね。いいでしょう、相手になってあげます!」

 

あからさまな挑発だったが、ちびっこは大はしゃぎだ。男の子を中心に何人かが掴みかかってきた。

 

「やっつけてやる!」

 

「まけないぞ!」

 

ちびっこたちの必死の攻撃をひらりひらりと華麗なステップで躱す。元・銀河の殺し屋だった少女にとっては朝飯前以前の芸当だ。

 

「やっ!」

 

それだけでは物足りないと思ったのか、少女は地面を蹴って宙返りで飛び退いた。ゴシックスカートを翻し、空中でクルクルと回転。着地と同時に5回のとんぼ返りで距離をとる。

 

「なかなかやりますね…!ですが、そんな攻撃ではわたしは倒せません!」

 

びしっとポーズを決めながら掃除屋イヴこと金色のヤミさん(彩南高校1年)は声を上げる。華麗なアクションと完璧なコスプレに周囲から大きな歓声が湧き起こった。

 

(ノリノリじゃないですか…金色さん…)

 

ヤミの大活躍を離れた所で眺めながら、秋人は少し驚いていた。

 

確かにヤミはノリの良いところがあるが、それは気を許した相手にだけだ。少し前のヤミなら人目につくのはイヤだったろう

 

(まあ、イイことだよな。今は昔とは違うんだし)

 

依頼を達成する為だけに銀河を彷徨っていた殺し屋。ヤミはそんな人生とはもう無縁なのだ。普通の女の子として今の生活を楽しんでほしい。それが秋人と”春菜”の心からの願いだった。

 

『ヤミを遊園地に連れて行ってほしい??』

 

『ヤミちゃんには楽しい思い出をいっぱい作ってほしいなって…たぶん、遊園地には行ったことないと思うから』

 

『ふぅーん…まぁ、いいけど』

 

『ありがと、お兄ちゃん。あ、遊園地には二人でね?』

 

『あん? 春菜は行かないのか?』

 

『私はまた今度でいいよ』

 

『なんでだよ?』

 

『その方がヤミちゃんは楽しい思い出になると思うから』

 

『?』

 

『ふふ、女の子のカンだよ、お兄ちゃん』

 

(やっぱウチの春菜たんは天使だよなぁ、イキナリ言われた時はびっくりしたけど…案の定ヤミも楽しんでるし…それも全力で)

 

優しい妹の気遣いにしみじみ耽りながら、秋人はたい焼きをかじった。向こうの方ではヤミが見得を切っている。

 

「仕方がありません…!わたしのトランスの力を見せてあげます!」

 

秋人が考え事をしている間に、ヤミの寸劇はだいぶ進行していたらしい。コスプレ娘は自信たっぷりに言い放つと、不意に秋人へ向かい直った。

 

「ちびっこたち! わたしの奥義を見るがいい……です!」

 

ひゅっ!

 

前動作なしで軽々と跳躍。ゴスロリのスカートを翻し、ヤミは一陣の風になった。

 

「え? んなっ、ちょっ…!?」

 

ゴスロリ少女が飛んでくることに秋人は慌てるが、ヤミはお構いなしに金髪を無数の拳に変身させる。

 

「トランス! 黄金の連弾(ゴールド・ラッシュ)!」

 

「ぐぎぼぁおゃっ!」

 

容赦なく襲い来る拳の連弾に、意味不明な叫びと共に秋人の身体が宙を舞う。ジェットコースターでも味わえない強烈な衝撃に視界が揺れ、木の葉のように弾き飛ばされた。

 

きりもみしながら地面に着地した時には、コスプレ娘は肩越しに振り返っていた。金色の髪を風に踊らせ、片目だけを覗かせる少女がクールな笑みを浮かべている。

 

「私のたい焼き……勝手に食べるからです。」

 

「そ、そんなりゆ…………げふっ」

 

ばったり倒れ込む秋人。薄れゆく意識にヤミを称える歓声と万雷の拍手が聞こえてくるのだった。

 

 

3

 

 

「…キレイですね。」

 

「そうだな。遠くまでよく見えるし、夜景もほんとにキレイだ」

 

「ふ…、ここでは地上がまさに下界ですね。」

 

「…まださっきの役が抜けてないの?言い方コワいよ?」

 

ゆっくり上昇していく観覧車の中で二人は楽しげに談笑していた。肩を並べて座りながら次第に広がってゆく景色に感嘆する。

 

遊園地をたっぷり楽しんだヤミと秋人は最後に観覧車へ乗り込んだ。辺りはすっかり暗くなり、街が黄昏に包まれている。遊園地の喧騒からも遠ざかり、ゴンドラの中はまるで別天地のような静けさだ

 

「…アキト」

 

「なんだよ?」

 

「今日は”楽しい思い出”をありがとうございました。春菜にもお礼を言っておいて下さい」

 

「! 知ってたのか」

 

「貴方たち兄妹の考えることなど、バレバレです。」

 

ふふん、と鼻を鳴らすようにヤミが秋人を見つめる。悪戯好きの猫のように目を細め、驚く少年を見下した。

 

「春菜も貴方も、隠すならもっと慎重になるべきです。気づかないフリをしてあげたんですから」

 

「ぐぬぬぬ…!金色さんに言われるこの屈辱…!」

 

得意げな顔で笑うヤミに歯噛みする秋人。しかしヤミは言葉ではバカにしているが、それは言葉の上だけだ。

 

ヤミは二人の真価を知っている。秋人も、春菜も、自分が到底持ち合わせていない強さがあると。

 

二人のおかげで今があると。

 

 

「しかし意外だ、金色さんは何も知らずに楽しんでると思ったけどな。」

 

当てが外れた、と秋人が笑う。

 

「…まあ、それは楽しみましたけど。そこそこですが」

 

いつもの平坦な口調でヤミが言う。

 

「いやいや、全力で楽しんでただろ」

 

「ふふ、そうかもしれませんね」

 

少し照れたように微笑むヤミ。漆黒の闇を街灯が瞬きながら輝いていた。

 

地上の喧騒から離れ、今は二人きり。二人はそれきり眼下の夜景を眺めた。

 

ゆっくり上がってゆくゴンドラの浮遊感と揺らめいている光りの輝き。灯りが瞬くビルの街並みは幻想的で、狭い密室には甘いムードにあふれている。

 

遠くに見える美しい夜景も、静かなこの場所も遠い非日常の世界のよう――

 

(不思議なものですね…ドキドキしているような、ふわふわしているような…感じたことない気持ちです)

 

ヤミは自分の胸にそっと手を当てた。

 

(言葉にならない気持ちはどう表せばいいのでしょうか…本にはありませんでしたが…)

 

トクン、トクン、と動く心臓の音はとても穏やかでいつもと何も変わらない。しかし心はあたたかく、高鳴り、どこまでも広がってゆく――信頼、安心、今ならどんなことでも出来る気がした。

 

(この気持ちが『幸せ』と呼ぶものなのでしょうか…)

 

このあたたかい気持ちが何かは分からない。けれど、ヤミはそれでいい気がした。

 

言葉にはならない気持ちが自分のものであるのは確かだから――

 

 

(…アキト)

 

 

ふいにガラス越しに目が合う

 

 

気づけばヤミは、見ていた景色にも映らない想いを言葉にのせていた。

 

「アキト、貴方には感謝しています。普通に学園生活を楽しめるのも、友達と一緒に笑えるのも…全て、貴方のおかげです」

 

皮肉でも冗談でもない、ヤミの心からの笑顔。

真摯に想いを伝える少女は下からの夜景に照らされ、幻想的な輝きに包まれていた。

 

「…だから、これはただのお礼です」

 

瞬く街灯りをバックに金色少女は少年へ飛び込こんだ。

 

頬に当たる長い髪の感触。顔を包む、冷えた手のひら。鼻をくすぐる甘やかな少女の香り――

 

一瞬のうちに二人の唇は重なり、やがて離れた。

 

「…あ、あまり長くすると興奮してダークネス化してしまいますから」

 

赤い顔で早口に言う金色少女は、もういつものヤミだった。先程の神聖的なまでの雰囲気はもうない、まるで変身(トランス)の幻かのように消えている。

 

「…ダークネスって、コントロールできるとか言ってなかったっけ?」

 

「たまにどうでもよくなる時があるじゃないですか。何もかも破壊し尽くしてしまいたくなるような時が…」

 

「いや、ないですけど…」

 

「とにかく、そういう気持ちの時は難しいんです!アキトには分からないかもしれませんけど!」

 

「え、なんで俺怒られてんの?」

 

「知りません!」

 

いつもの自然体で言い合いになる二人。ゴンドラが地上に着くまであと半分ほどあったが、もう景色は見ていない。ヤミは秋人を、秋人はヤミだけを見つめている。

 

 

甘い雰囲気はなくとも、向かいあう顔は笑顔、笑顔。

 

 

――それは、確かに、”デート”だった。

 

 




ヤミの特別編終了、お読み頂きありがとうございました。

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