バス移動中の俺は、視覚を瞼で、聴覚をイヤホンから流れる電子音で遮断し、ただひたすら動かない。
傍から見れば寝ているようにも見えるだろうが実際は寝ていない。
すると、瞼越しでも光が強くなったのを感じた。
その直後、女子の誰かが叫んだ。
「海っ、見えた!!!」
俺達は、臨海学校のためにバスで、目的地へと移動しているところだ。
光が強くなったのはトンネルから抜けたからだろう。
有名な本の中に、「トンネルを抜けるとそこは」という一文があった。それになぞらえるならこれは、トンネルを抜けるとそこは炎天灼熱地獄でしたってところだろう。
「シロー、海見えるよ~?見ないの?」
「興味ない」
海なんぞ、見ようと思えばいつでも見られるだろうに、どうしてこうも騒がしくなるのか?
まあそれが学生が過ごす、眩い青春ということで納得させる。
しばらくすると織斑千冬が声を放つ。
「もうすぐ旅館だ。ちゃんと座れ」
すると俺を除いた全員が姿勢を正す。ここは学園であって軍隊ではないはずなんだが…………
目的地の旅館『花月荘』に到着すると、バスから降りる。
旅館の前には1人の女性が立っていた。恐らく旅館の女将さんだろう。
「ここがお前たちが3日間お世話になる旅館だ。挨拶しろ」
「「「よろしくおねがいします」」」
某数学オリンピックの日本代表になり損ねた少年のように「よろしくおねがいしまーす!!」などと口走りそうになったが何とか堪えた。
「はい、こちらこそ。ふふっ、皆元気で羨ましいですね」
女将はこちらを向くと少し驚いて、
「あら、こちらが例の?」
「織斑一夏です」
「更識銀です。これからご迷惑をお掛けすることとなりますが、どうかよろしくお願いします」
「いえいえこちらこそ」
女将は生徒達の方に向き直ると
「それじゃあ皆さん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に訊いてくださいまし」
「「「はーい」」」
そういっていい返事を返す。
とりあえず初日は自由行動なので皆水着に着替えに移動したり、荷物を置きに行ったりとしているが、一夏はどちらでもなかった。
どうした?と聞いた。
「いや、俺の部屋が書いて無くて」
「織斑の部屋は私と同室だ」
「あ、そうなんだ。じゃ、俺は荷物を置いてから着替えるぜ」
「そうか」
それだけ言って、一夏と別れる。俺は部屋に荷物を置きに行くとそこにはすでに、先客がいた。
誰かと同室というわけではないが誰だ?
「あ、銀さん」
「シロー遅い~」
「簪、本音、どうしたんだ?」
先客の正体は本音と簪だった。
荷物を降ろすと2人はポケットの中から何かを取り出す。
「「これをやりに来たの」」
「PSVULM(プレイングステイツヴルム)か?」
これは簪が買うと言ったので布仏姉妹、更識姉妹、俺と皆で買ったゲームだ。
虚さんは仕事でいそがしいのであまりやっていないが、俺達4人はかなり遊んでいる。
「で、何をやるんだ?」
「PSO2(ファンタズマストライクオンラインセカンド)」
「あの無料で配信されてるやつか」
しかし珍しい。簪がアクションゲームをやるとは。
「中々難しくて、ここはネットに繋がるから」
「分かった。やろう」
俺達は、昼過ぎになるまでゲームをしていた。
しかし本音の腹の虫が唸るので、俺達は外にでて、食糧を買ったのだが…………
ドサッ
「「「!?」」」
「大丈夫ですか新村さん!!」
「多分熱中症だ!!日陰で休ませろ!!」
焼きそばを作っていた人、新村という人が倒れた。
熱中症らしいので俺は氷水に浸かっているアク○リアスを購入してその人に差し出す。
「すまねえ…………」
そういってぐったりしたまま手渡したアクエ○アスを飲んでいく。
屋台の方を見ると1人では中々効率が悪そうだ。
「手伝いましょう」
「そうか、助かる!焼きそばが焦げ付かないように炒めててくれ。いらっしゃい!」
店員は会計に回る。続々と客が入ってくる。
すると簪と本音が出てきて
「わ、私も手伝う」
「私も~」
「嬢ちゃんたちもか!だったら会計頼んでいいかい?」
「「はい」」
「助かるぜ!!」
簪と本音が会計に回ると焼きそばの行列が更に伸びた。
仕事の量が増えるが、焼きそばの係りが増えたので何とか保っていられた。
そこで俺は2人に、とある知恵を与えた。
「250円になります」
「熱中症対策に、こちらの飲み物はいかがですか~?」
「そ、そうだな。じゃあこれください!」
「合計で400円です」
とある知恵とは飲み物を進めてみるということだがこれが案外効果を発揮した。
隣で焼きそばを炒めていた店員―――名札を見ると海塚さんだということが分かった―――が肘で俺を小突いて言った。
「ヘッヘッヘ、お主も悪よのう」
「ただの知恵ですよ」
その後は焼きそばも、飲み物も順調に売れていったが、飲み物の方が先に切れた。
「本音、あっちの箱持ってきて中の飲み物を氷水に浸してくれ」
「りょ~かい~」
「お?銀、何やってんだ?」
俺に声をかけてきたのは一夏だった。その後ろには一夏に思いを寄せる5人がいた。
「ちょうどいい。本音を手伝ってやれ」
「へ、あ、おう」
一夏は本音の作業を手伝う。残っていた箱の中身を全て氷水に浸すと本音は会計に戻る。
「一夏、すまなかった。後ろの5人が待ってるぞ?」
「そうだった。ゴメンな銀!」
一夏は再び5人のもとへと去っていく。
その後も、俺達は売り上げを伸ばしていった。
「いや~すまんかったな!」
熱中症から新村さんが復活したのはそれから2時間後の午後2時くらいのことだった。
「ほれ、こいつぁ手伝ってくれた礼だ」
「「「ありがとうございます」」」
手渡してきたのは焼きそば3つとコ○コーラ2本と、ペプ○1本だった。
そして俺達は、遅めの昼食にありついた。
「もうダメ…………疲れた」
「少し疲れたね~」
「2人ともお疲れさん」
焼きそばは完食したが疲れはとれていないようで、簪はうつぶせに倒れ、本音も椅子にもたれかかっている。
まあ簪はあまり人との接し方がうまくないから余計に疲れたのだろう。
俺はただ2人にお疲れと言う他なかった。
夕食は刺身。生徒全員が浴衣。
魚類は嫌いではないはずなのだが、食欲が沸いてこない。昼のアレで夏バテでもしたんだろうか?
隣にいる本音と簪が俺の箸が進まないことに気付き、話しかける。
「どうしたの?」
「腹痛?」
「いや、どうも食欲が沸かなくてなあ」
「「夏バテ?」」
「かもなあ」
原因が分からないこの状態で、確定した答が出せないので、曖昧な答えを返す。
「本音、食べるか?」
「いいの?わ~い」
「銀、大丈夫?」
「食欲が無いだけだ」
ま、1日2日食事を抜いたって死んだりはしない。
今晩は抜こう。ココだけ見ると、かなり卑猥な方向な言葉にも見えるのだが、ただ食事を抜くだけだ。
一方の一夏は呑気に刺身を頬張っている。無論その近くには恋する乙女が5人。一夏から見たら平和なのだろうがその裏は違う。
デュノアと篠ノ之、鈴は気にしていないようだが、オルコットは顔が真っ青になり、ボーデヴィッヒは正座を軽い拷問と考え、耐えている。
一夏、気付いてやれよ。
「~~~~~!!!」
デュノアが山葵をそのまま口に入れて悶絶しているが
「ど、独特な風味だね…………」
壮絶な辛さとの戦いがあっただろうに笑顔(少々歪んでいるが)を作って美化した感想を言うデュノアは、本当に優等生なんだろうなと思う。
皆それぞれトラブルや災難にあっているようだ。
食後…………あ、いや食後か?少しとはいえ食したわけだから食事か。
ともかく食事の後、生徒には温泉への入浴許可を出されている。ということで俺も温泉に浸かっているわけだが。
体を洗ってから入ったはずなのにもう汗をかいている。
仕方ない、もう1度洗い直すか。
体を洗い直して、そして湯に浸かって、汗かいて、洗い直してを5回ほど繰り返したところで一夏が入ってきた。
「お、入ってたか」
「よう一夏」
「いやー暑い暑い。凄い汗だぜまったく」
一夏は風呂桶に湯を汲み頭から被ると、風呂椅子に座る。
「一夏、髪を洗ってやろう」
「おお、サンキュー」
洗髪料を掌に塗り付け、一夏の頭をワシャワシャと洗う。
爪で引っかかないように、指の腹で押しながら髪を余す所なく、泡に塗れさせる。
目や顔に着かないように、垂れないように前髪辺りで手で壁を作って泡の進撃を阻止して、一夏に聞く。
「痒いところはあるか?」
「いや、ない」
そう返されると今度は、
「目を瞑っておけ」
「おう」
湯のたまった風呂桶を傾ける。
泡が流れ落ちていくのを見ながらそれを3度繰り返す。
「動くな。ついでに背中を洗ってやろう」
「…………ホントお前どうした?」
「聞きたいことがあるからな」
タオルに洗体料を染み込ませて背中を洗う。
「お前、鈴とのデートはどうだった?」
「ああ、大丈夫だったよ」
俺と刀奈が水着を買いに行った日、一夏と鈴はデートに行っていて、俺はその結果を聞く。
「告白はどうした?」
「受けたよ」
「そうか」
一夏にはデートの数日前に、鈴が持ちかけてきた恋愛相談の音声を、聞かせた。
我ながら卑怯だとは思う。ただ、一夏は自分の知らないところで苦労する幼馴染のことを知った。
「鈴の気持ちを知って、ちゃんと向き合おうと思ったんだ」
「それはいいことだ。だがお前に恋心を抱いているのは鈴だけじゃないんだ。そいつらにもちゃんと向き合えよ」
「分かってる」
「ほれ、洗い終わったぞ」
湯をかけて泡を流してやる。
俺は立ち上がり、風呂桶に湯を汲んで、体にかけると風呂から出ようとした。
俺は出る直前、一夏に声をかける。
「遅れたが、おめでとう一夏」
「ありがとう」
それだけを伝えて風呂から出た。
「また俺が1番だな」
「また~?シローは大富豪強いね~」
「ホント」
「アンタ、ズルしたりしてないでしょうね?」
俺は風呂から上がると知ってるやつを集めて大富豪(人によっては大貧民と呼ぶ場合もある)をやっているのだが、ここ3連続で俺が1位である。
「ルールが何もなければただの運ゲームだが、特殊なルールを入れれば戦略ゲームになるんだ」
集まったメンバーは簪、本音、鈴だ。
俺は鈴に聞いた。
「織斑千冬に報告はしたのか?」
「ううん、まだ。言うタイミングが無くって」
「何の報告?」
「一夏との交際についてのだ」
「「え!?」」
簪と本音が驚く。
「貴女、一夏と付き合ってたの?」
「ホントなの~?」
「うん。銀と楯無さんに相談しながらね、告白したらOK貰えたの」
「つい最近のことだ。知らなくて当然だろう」
2人は驚いたあと、
「おめでとう」
「おめでと~」
鈴を祝福する。
鈴は照れたように、顔を朱に染めて
「ありがと」
その鈴の姿に、本音と簪は、同性ながらドキッとしたそうだ。
所変わって一夏と織斑千冬の部屋。
そこに集まった合計8人の女性と、少年少女達。
それぞれ飲み物を渡され、口に含んでいく。それを見届けると織斑千冬は冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
これは授業であって授業中だ。なのに堂々とビールを飲むとは。
「で?一夏、何か言うことがあるんだろう?」
「分かってるよ…………」
一夏は腹を括り、鈴以外の他代表候補生たちは耳を傾ける。
息を吸い込み、口を開く。
「えーと、先週より俺は、鈴と恋人の関係になりました!」
「……………………は?」
案の定、皆が間抜けズラを晒す。以外にも織斑千冬までもが驚きで口を開けている。
鈴は恥ずかしさからか、顔を真っ赤にしている。
織斑千冬が恐る恐る聞く。
「それは本当か?」
「いや知らなかったのかよ!?」
「私はてっきり気になる女ができたのだとばかり思っていたのだが、まさかそこまで進んでいるとはな?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら鈴を見て言う。
一方で一夏に思いを寄せている少女たちは未だ現実を受け入れられていないようだ。
その中から、最も復活が早かったオルコットが発言する。
「冗談ですわよね?」
「いや?」
「そ、そんな…………」
オルコットを筆頭に次々と項垂れる。
そんな中織斑千冬は咳払いをする。
「まあ意外ではあったがそういうわけだ。コイツのことは諦めろ」
バッサリ切る織斑千冬に項垂れていた4人は絶望した。
その後、一夏と鈴だけ退出してもらうと、織斑千冬が4人に話しかける。
「さっきはああいったが、チャンスが無いわけでは無いんだぞ?」
「どこがですの?」
「お前たちがアタックし続ければ、一夏も揺れるかもしれんぞ?付き合ってまだ日が浅いうちがチャンスだ」
「!!」
織斑千冬がそう言うと、4人は急いで部屋を出て行った。
さて、と言って立ち上がり、部屋を出ようとすると、織斑千冬が威圧感を纏った静止の声をかける。
「何ですか?」
「お前、何者だ?」
一瞬気付かれたかと思ったが、続いた言葉でその可能性は消える。
「更識の兄弟ではないことは分かっている。お前にはISが反応する。一体何者だ?」
「楯無に拾われた、哀れな捨て子ですよ」
それだけ言って部屋を出た。
明日、何かが起きる。
確信は無かったが、何故かそう思えてしまった。