臨海学校2日目は、各国各企業の専用機パッケージテストを兼ねたIS訓練の授業が入っている。
しかしながら幸か不幸か天気は晴天、一夏は暑いと項垂れ、乙女たちは肌が焼けるのを気に掛ける。
砂場に集まると専用機持ちと一般生徒と別れる。
しかし何故か篠ノ之が織斑千冬に連れられ、専用機側に来ていた。
「篠ノ之、お前は今日から専用機が与えられることとなった」
その直後、
「ちーーーーーちゃーーーーーん!!!」
遥か遠くからそんな叫び声をあげながら接近してくる何かが見えた。
俺はその声を聞いたことがある。忘れることのできない、忘れるはずもない、忌々しい声。
「(篠ノ之…………束!!!)」
きっと今の俺の顔は狂気に歪んでいるのだろうが、俺は最後列に居るので誰もそれを知らない。
本当ならすぐにでも殺してしまいたいが、まだ時ではないと、己に制限をかけて、押さえ込む。
頭に機械的なウサギの耳を模したカチューシャを付け、洗濯の大変そうな、不思議の国のアリスが着ていそうなドレスを纏った篠ノ之束が織斑千冬に突撃する。
「やあやあ!会いたかったよ、ちーちゃん!さあ、ハグハグしよう!愛を確かめ――ぶへっ」
「うるさいぞ、束」
「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦のないアイアンクローだね」
これが人外の交流だ。怪力で篠ノ之束の顔にアイアンクローを加減なしでかます織斑千冬に、それを食らったまま笑顔でいる篠ノ之束。
人とはかけ離れたバケモノ。それが相応しい人間が、ここに集結した。
アイアンクローから解放された篠ノ之束は、自らの妹、篠ノ之箒に視点を変える。
「やあ」
「どうも…………」
最高潮に不機嫌な様子の篠ノ之箒に、構うことなく笑顔で話しかける。
「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかな?おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」
助平な女だ。
ガスン!!
すかさず篠ノ之箒は持ち前の木刀で打撃を与える。
「殴りますよ」
「打ってからいった~!!しかも木刀で!!」
つまり、初激は木刀で、次が己の拳ということか。そんなことせずに真剣で殺してしまえと願うのだが、その願いは聞き届けられることはなかった。
「束、自己紹介くらいしろ。生徒達が困っている」
「えー、めんどくさいな…………私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」
英雄色を好むというように、天災人を嫌う。そんな言葉が出来てしまうほどの他人への無関心さ。
狂っているように見えるほどの頭脳の持ち主は、狂った程の人間への興味の無さの持ち主。いい意味で頭の狂った人間は、悪い意味でも狂っている場所がある。
無論、織斑千冬も例外ではない。
「え、篠ノ之束って…………あの?」
「凄い!本物の篠ノ之博士だ!」
「イメージと全然違うな~」
騒がしくなり始めた女子を、織斑千冬が一喝し、黙らせる。
すると、意外なことに、今度は篠ノ之箒の方から話しかける。
「それで、頼んでおいたものは………?」
「うっふっふっ。それはすでに準備済みだよ。さあ、大空をご覧あれ!」
天空を指差す篠ノ之束。生徒たちは太陽光の眩しさを堪えながら指先が指し示す場所を眺める。
天空に何かの影が現れる。
影は大きくなっていき、やがてそれが大きな箱だということに気付くころには、凄まじい速度になっていて。
皆が防御態勢を取り、そして…………
ズドォーン!!!
地面に衝突し、爆風で巻き上げられた砂埃が生徒達を襲った。
砂嵐が収まり、皆の視線の先には、銀色の箱があり、バタンと音を立てて側面が剥がれ、倒れる。
そこにあったのは
赤の騎士。
鮮やかな赤の騎士がそこにいた。
「じゃ―ん!これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』!全スペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」
篠ノ之束が発した衝撃の発言。
全スペックが現行ISを上回っている。
これは、スペックだけの話であれば、勝利は不可能という事実。
そして、第4世代ISという事実であった。
「さあ!箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか!私が補佐するからすぐに終わるよっ」
硬く不機嫌そうな表情のまま、篠ノ之束の指示に従う。
しかし、これには生徒達から不満の声が出る。
「身内ってだけで専用機は、ズルいよね~」
「だよね~」
彼女たちの言うことも一理あるのだが、それゆえの苦しみだって篠ノ之箒にはあっただろう。
その声に対して言葉を発したのは、篠ノ之束だった。
「おやおや、歴史の勉強をした事が無いのかな?有史以来、世界が平等であって事など一度もないよ」
「「!!」」
そうなのだ。
世界は平等ではない。不利無く、不足無く、不条理無く、理不尽ではない、なんていうのは強者だけで、その強者ですら平等であったことなどない。篠ノ之束を除いて。
そう言っている間に調整が終わったようで、篠ノ之束の視線は一夏に変わる。
「後は自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるね。あ、いっくん、白式見せて。束さんは興味津々なのだよ」
「どうぞ」
「データ見せてね~。とりゃ」
白式にコードを差し込むと、空中ディスプレイが白式のデータを映す。
「不思議なフラグメントマップを構築してるね。何だろ?見た事ないパターン。いっくんが男の子だからかな?」
「束さん、どうして俺達はISを動かせるんですか?」
「何でだろうね?ナノ単位まで分解してみればわかるかもしれないけどー、やってみる?」
「止めておきます」
そんなやりとりの後、少し離れた場所で紅椿を駆っていた篠ノ之が攻撃を止める。
顔は嬉々としていて、まるで新しい玩具をもらった子供のようで。
「やれる!この紅椿なら!!」
「た、大変です!!織斑先生!!」
そんな中に、明らかに異常な緊張感の孕んだ顔をして、山田先生が駆け寄ってくる。
織斑千冬は冷静に対応する。
「どうした?」
「これを!!」
「これは!?現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機する事。以上だ!」
織斑千冬の号令に、生徒たちは動揺する。
特殊任務、緊急任務ではない。緊急性は無いが、情報を知らせるわけにはいかない内容であるということ。
雲行きが怪しくなっていくのを、一夏も感じたようで、不安そうに篠ノ之姉妹を見ていた。
「2時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」
旅館の奥の間、薄暗い部屋には畳の香りと、計り知れない緊張感、ディスプレイの僅かな明かりがあった。
織斑千冬が状況を説明する。
集められた代表候補生達は表情が硬くなる。
「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから2キロ先の空域を通過する事がわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処する事となった」
「教員によって一帯の海域は封鎖してありますが何があるか分かりません」
「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手するように」
織斑千冬は淡々と進めていく。
最初に挙手したのはオルコット。
「はい、目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「わかった。ただし、これらは2か国の最重要軍事機密だ。けして口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも2年の監視がつけられる」
「「「「「「了解しました」」」」」」
一同が返事をすると情報が表示される。
しかしまともな情報など載っているはずもない。開発中であり、実験中だったので実際よりも小さいスペックで記載されていることも大いに考えられる。
銀の福音は超機動力を持っている。だが零落白夜並みの火力も搭載している防御無視の機体だ。
攻撃は当たればダメージは通るだろうが、当てられるかが問題だ。
「これは白式の参加が第一条件だな」
「あとは援護と移動方法ですけど…………ちょうど本国から高機動パッケージが届いていますわ」
移動でエネルギーは消費したくない。しかし迅速に接近する必要がある。
「となるとオルコット、超音速下での戦闘時間は」
「20時間です」
「そうか、では―――」
「ちょぉっと待った!!!」
声が背後からしたので反射神経で横蹴りを入れてしまう。
「とう!」
それを鮮やかに避けたのは篠ノ之束だった。
「ちーちゃん!ここは断然、紅椿の出番なんだよ!!」
「何故だ?」
「紅椿はパッケージなんて無くても超高速機動ができるんだよ!!」
「どれくらい時間がかかる?」
織斑千冬はあろうことか一般生徒であったはずの篠ノ之箒を利用する方針でいくらしい。
オルコットは抗議するもインストール時間で紅椿が採用される。
だがそれではダメだ。
「異議あり」
「何だ更識」
「時間は確かに肝心ではありますが、未熟な一般生徒だった人間に任せると?時間をかけてでも安全を取るべきでは?」
「だが時間が」
「それはここに最も近くなる時間であって日本への上陸までの時間ではありません。日本上陸まで考えると教員の足止めがあればもう30分はとれるはずです」
「…………」
俺の発言に黙り込むが、出した結論は変わらず、
「被害は最小限に―――」
「作戦が失敗してでる被害の方が大きいと思われます。時間をかけてでも勝率の高い作戦にすべきではと提案しているのです。貴女は理解していますか?」
「では作戦があるのか?」
「はい。オルコットにも高機動パッケージをインストールしてもらい、全戦力を投入して戦うべきだと」
具体的には、オルコットと篠ノ之が一夏を運搬し、篠ノ之とデュノアは防御に専念、鈴とボーデヴィッヒは攻撃支援、簪とオルコットは遠隔支援という作戦だ。
これを説明すると皆これが最善だと言った。
しかしそこで反対の声を上げたのが篠ノ之束だった。
「紅椿はそこまで弱くないよ。むしろ単機でも倒せるだけの能力があるよ?」
「それは操縦者次第だが、篠ノ之箒では戦闘経験が不足している」
「それ以上に性能が―――」
「では今回は更識の案を採用する。更識は旅館の護衛だ」
「ちーちゃん!?何で!?」
「被害も、負傷者も、最小限に抑えるべきだと判断した。物は直せても死んだ者は戻せないからな」
「…………そう」
篠ノ之束は作業に取り掛かり、30分後、作戦が開始された。
ただ、これから来る激戦は想像を絶する物だった。
作戦が開始され、代表候補生達がそらへと飛び立っていく。
俺は、言われた通りに、旅館の警護に当たる。
カサササ…………
草むらを掻き分けて何かが近寄ってくる。
そこから出てきたのは…………
その30分後だった。
旅館が騒がしくなり、遥か遠くの空から皆の姿があった。
しかし、作戦が成功した様子ではなかった。
まず篠ノ之とオルコットに抱えられた一夏とボーデヴィッヒが医療班の持ってきた担架に乗せられ連れて行かれる。
その2人には全身に大火傷を負っていた。
他の5人はというと、篠ノ之は小破、オルコットも同じく小破、だが鈴と簪は近接武器が2つに折れる中破、殿を務めていたデュノアはシールドが意味を成しておらず大破。
俺達は一旦、治療室に当てられた部屋に移動した。
「一体何があった」
「それが…………」
治療室でオルコットから話を聞いた。
オルコットの話によると、最初は順調だったらしい。
一夏を主とした特攻隊が攻撃し、逃げ道を塞ぐように支援隊が銃撃、防御隊が特攻隊を護衛し、福音を追い詰めていった。
しかし、そこで計算外が3つ起きた。
福音が中破したころに、篠ノ之が攻撃に転じたことだ。防御せずに速攻で落とすと、特攻したらしい。
そしてその時に、密漁船が来たことが2つ目。
一夏は船を逃がそうとしたが、その時に篠ノ之が超高威力全方位攻撃を食らいそうになったところにデュノアがそれをかばって大破。
その後はボーデヴィッヒがAICで固定し、止めを刺した。
だがそれだけでは終わらなかった。
福音が2次移行したのだ。
性能が更に上昇した福音に、負傷者がいる状態ではなく、一時撤退を一夏は指示したが、篠ノ之がそれを無視して特攻。
それを止めさせようと篠ノ之に一夏と、一夏を止めに行ったボーデヴィッヒが接近した時に、一夏とボーデヴィッヒもまた全方位攻撃を食らってしまったのだ。
これがことの顛末だ。
「2次移行に命令無視が大きな敗因か」
「…………」
答えることはしなかった。
それは事実だが、仲間であるので篠ノ之だけを責める訳にもいかなかったからだ。
厄介だ。
「装備の換装とエネルギー再充填を考えても10分、主力と防御の3人が欠けている状態で突撃するのも危険だ」
これは織斑千冬が出るしかないんじゃないのか?
「私達は一度、織斑先生のところに報告してきますわ」
「そうか」
オルコットは退出し、残ったのは篠ノ之と鈴、俺と簪の4人となった。
鈴と簪は打撲だったため、保冷剤で冷やしているところだったが、鈴が立ち上がり、涙を流し続ける篠ノ之に近づいて行った。
パァン!!
そして響いた破裂音。
見ると鈴が篠ノ之に平手を食らわせていた。
篠ノ之の制服の胸元を掴んで、涙を流しながら、叫ぶように言った。
「何で命令を無視したの!?ねえ!!答えなさいよ!!!」
「落ち着け鈴」
「落ち着いてる何て出来ないわよ!!アイツの所為で一夏が!!」
「確かにアイツが原因だ。だが今の俺達が問い詰めたところで、現状は変わらないんだ。戦力は足りない、時間も足りない、この状況は変わらないんだ」
「だからって…………だか、らって」
鈴の涙は止まることなく、次第にその量と大きさが増えていくばかりだ。
鈴の叫ぶような言葉に、篠ノ之は俯き、手と歯を食いしばり、涙を流す。その様子に鈴が泣きながら叫んだ。
「アンタ、泣いて後悔するくらいなら…………最初からそんなことしないでよ!!!ねぇ!!」
言葉を返さない篠ノ之から視線を外して、近くの椅子に腰かけ、項垂れる鈴はまだ泣き止まない。
「一夏ぁ…………何で庇ったりなんかしたのよ…………」
「一夏はそういう奴だろう。ほれ、タオルだ」
「そうだけど……そうだけど…………!!」
タオルを受け取る鈴に俺は言った。
「理解しても納得はしないんだろう。それは俺も良く知っている。けどな、俺達にはどうすることもできないことだってあるんだ。今がその時なんだ」
泣いても、叫んでも、後悔しても、問い詰めても、何ら変えることはできないんだ。
そんなことで状況が変わるのなら、俺がここに来ることなんて無かったはずなのだから。
コンコンとノックが響き、オルコットが入ってきた。
「皆さん、一度作戦会議室に来てください」
「何だ?」
「第2次攻撃作戦についてです」
「わかった。行くぞ」
俺達はその部屋を後にした。
「第2次攻撃作戦に関して、意見のある者は挙手しろ」
同じように会議が始まる。
しかしそこには3人がいないのが違いだろう。
そして最初に挙手したのは簪だった。
「このような戦力不足の状況で、また攻撃するのですか?」
「いや、今回は時間稼ぎだ。各国からの応援が来るまでの」
「何分稼ぐんですか?」
「最速でも応援がくるのに30分、主力攻撃隊がくるまでには50分かかる」
この戦力ではそれすらも不可能に近いのは知っているだろう。だがそれを知っていて尚時間稼ぎというのだ。
1人は戦意喪失、2人は負傷で満足に動けるのは1人しかいない状況で、それは不可能に近く、成功しても死者が出ることだって大いにあり得る。
足止めしていた教員達が乗っていた訓練機は全てが大破し、使えるのは2機しかないらしい。
八方塞だ。
そんな暗い雰囲気に、ドタドタと慌しい足音が近づいてきて、勢いよく襖が開かれた。
「千冬姉!!(教官!!)(皆!!)」
「一夏!?」
そこから出てきたのは一夏だった。
そしてそれに最も早く反応したのは鈴だった。
「一夏!!」
一夏の名を叫びながら抱き着く。
「一夏、怪我は!?」
「起きたら治ってた。そんなことより千冬姉!!その作戦、俺も行くぜ!!」
「お、織斑君!?」
「よかろう。ただし、同じ失敗はするなよ」
『はい!』
再び攻撃作戦が発動し、同じメンバーで福音の殲滅に向かった。
作戦発令から20分後、1つの伝令が入った。
「作戦完了!!負傷者無し、福音操縦者救出完了!!」
教員達歓声がワァッと沸きあがった。
一夏達が帰還すると、待っていたのは織斑千冬の説教だったらしいが、俺はそれに参加しなかったのでどんな内容かは知らない。
説教が終わったタイミングで俺は治療室に入った。
「そういえば俺、不思議な夢を見たんだ」
「奇遇だな嫁よ。私もだ」
「僕もだよ」
「一夏さん、どんな夢だったんですか?」
皆は楽しげに談笑していた。
「気付いたら知らない砂浜に座ってて、女の子が歌ってて、歌が終わると騎士っぽい人が出てきて、目が覚めた」
「私は、銀髪の女性に一夏を助けてあげてと言われて目が覚めたぞ」
「僕もラウラと同じような感じかな」
「へぇ~不思議な夢ね」
一夏は知らない。その砂浜が白式のコアが生み出した架空世界だということを。
一夏は知らない。少女がISコアの意識だということを。
一夏は知らない。騎士は白騎士の意識だということを。
俺はそこから離れた。
俺は夜の月光に照らされながら、砂浜を歩く。
「決着をつけようか」