あの事件からひと月が経った。
俺は刀奈と、いや今は楯無か。
楯無と一緒に仮設IS学園へと続く通学路を歩いていた。
周囲からは羨望と動揺の視線が俺に集中する。
俺達を見る人達からは「あの二人凄い綺麗……」「文武両道で容姿もモデル並みのカップル……いいなぁ」「あれ?男なのにIS学園の制服?……もしかしてあの人が」といった呟きが聞こえた。
聞いているこっちが恥ずかしいようなことばかりを言ってくるな外野は。
「どうかした?」
「いや、どうもしないさ」
俺の左腕に抱き着いてくる楯無を撫でてやる。
ワシャワシャと撫でられるのが好きらしいので、今回もワシャワシャと撫でてやる。
「んふふ~」
ご満悦の表情。満足いただけてなによりだ。
彼女の抱き着いている左腕は、最終決戦で大きな火傷を負ったが、それも一週間前までの話だ。
対世界最強と天災を想定して改造を重ねられたこの体は傷の治りも早く、火傷の痕ももう残っていない。
本来はこの再生力をエネルギーによる細胞活性、簡単に説明するならば治癒細胞を強化させて一瞬で傷を修復する方法を取るのだが、調整をしたとはいえ万全ではないISはどんな不測の事態を起こすかわからないので、しばらくは自然治癒に任せる他無いのだ。
「ほら、学校が見えてきたぞ」
「ほんとだ!……って急がないと遅刻じゃない!!」
「生徒会長が遅刻とは生徒に示しがつかないからな」
楯無は駆け足になった。けれども俺はそれに悠々と追いつく。
この体は身体能力も異常なのでオリンピック選手と同等の力を発揮できる。
いくら楯無といえどもそんな存在には勝てる訳も無く、すぐに俺の後ろを追うような形になってしまう。
そして俺は一旦立ち止まる。
楯無が追い付くのを待って、追いついた瞬間。
膝と背に腕を伸ばしいれてお姫様だっこで学校までの道を駆け抜ける。
「やっぱり銀は足が速いわね。でもアッシーなんかにはしないわよ。だって銀は私の夫なんだから」
「それは嬉しいことだお姫様」
更に強く地面を踏みしめて一段加速した。
最終決戦が終わった直後は、それはもう混沌とした空間に閉じ込められたものだった。
俺の怪我を見た刀奈は楯無の権限を用いて俺を監禁したり、その空間で褒めと罵倒を繰り返されたり、挙句の果てには「私が貴方に依存してるように、貴方が私に依存するまで私、貴方の全てを管理するから」と言って、全身を拘束された俺の全てを管理し始めるといった暴挙にまで発展した。洗髪洗顔歯磨食事に始まり体調管理に血圧脈拍呼吸回数筋力低下防止運動、排せつ物の管理まで、それはもう老人ホームのような部屋に俺は閉じ込められていた訳だ。あれは過去の研究所を彷彿とさせ、俺の精神をかなり蝕んできた。
それを知った先代楯無の刃鋼さんが刀奈を止めようとしたのだが、ジャンケンでグーがパーに勝てないのと同じように、父が娘にかなうはずも無くあえなく撃沈。刃鋼さん自身もまた精神的に大きなダメージを負ってしばらく自室に引きこもったとか………
精神を蝕まれつつも粘り強く説得を続けた結果、数日前に漸く解放されたまでであった。
我が彼女ながら面倒で束縛の強い女だと思いつつも、そんな一面さえも愛おしいと感じてしまう俺もまた相当な異常者なのだなと痛感させられた。
ちなみにマドカにはいざとなったらここへ身を隠せと指示してあり、刃鋼さん達によってマドカの情報は隠蔽されていた。
監禁から解放された時に、マドカの無事を確認したのだ。
「おっと」
危険運転のトラックが、歩行者の俺達に気付かずの左折してきた。
もしも俺達が一般人だったとしたら確実に引かれ、あの世に逝っていたことだろうというほどの荒い運転のトラックだった。
しかし俺は先程よりも深く踏み込み、前方へと跳躍し、空中で一回転して着地した。
「今のトラック危なかったわね。銀じゃなかったらペシャンコにされてたわね」
「今の俺は楯無、お前を守る役割を担っているからな。死んでもお前を守らねばならないからな」
そんなこといって~うりうり~と肘で小突く我が姫。
まああの程度では怖くとも何ともないのだが。
ISの戦争の中心人物だったわけだし、つい最近も武闘派幹部のスコールと激戦を繰り広げた訳で、トラック如きは恐怖にすらならない。
「でも、死なないでね。貴方が生き返ることができるのだとしても、貴方の死が無くなる訳じゃないんだから」
「………ああ」
監禁された翌日から、どうして意識を取り戻すことができたのかを問い詰められた。
確かに刀奈からすれば一番の疑問点かもしれないが、正直な所。
俺にとっては、俺を作り出した科学者や研究員からすれば、負ける可能性も考慮され、死から蘇生する方法を組み込むことは当たり前のことだった。
理論としてはISバックアップの手順と同じことであった。
ISNに最新のバックアップデータを保存し、コアに再読み込みさせる。簡単に説明してしまえばこうだ。
しかし刀奈は篠ノ之束の会話を聞いて誤解を抱いていたらしく、それだけでは納得してくれなかった。
よって俺は、より詳しい経緯の説明を始めた。
まずバックアップについて。
ISNには実際にはバックアップはあったのだが、瞬間的エネルギーの喪失によってバックアップにも様々な情報の欠落やエラーが起きてしまっていた。
しかしそれを知った他のISの意識達は、量産機や国家代表専用機の意識から情報を得るなどして欠落した情報を再構築し、エラーを消していった。
そしてバックアップデータを篠ノ之束に発見されることを避ける必要があった。
俺の肉体が消滅した際まで、篠ノ之束は敵であった。故に俺の痕跡を発見し次第に復活を阻止しようとすることは目に見えていたからだ。
その時にもISの意識達は強大な情報障壁というか結界を張り、篠ノ之束からのISNスキャンから俺を隠してくれたのだ。
それによって篠ノ之束は俺のバックアップデータの存在に気付けず、打つ手無と言ってしまったのだ。
そして最後、コアへの再読み込み。
これに時間がかかってしまったのには理由があった。
篠ノ之束の言う通り、多大なるエラー&バグは、肉体の維持さえも難しいほどに積み重なり、下手にエラーやバグを消そうがものなら他のバグやエラーが反応を起こし、コアそのものが再起不能となる可能性が高かったからだ。
そんな状態でも情報の更新をすることは可能で、更新によって少しずつエラーやバグに反応しないように元の情報を入れることはできた。
しかしながらそんな状態では更新できる量もまた極小であり、数年かかる可能性が98%だった。
そこへ篠ノ之束が一気にエラーやバグを消滅させてくれたのだ。
けれどもその時、コアが情報の再構築を自動で行い、別の人格が生まれてしまっていた。
その人格を下手に刺激すれば、やはり俺の意識がそのISコアに戻ることができなくなる可能性があった。
だから不本意ではあったが、新たな人格に気付かれないように情報末梢プログラムを侵入させ、抹消した後で情報の再読み込みをせねばならなかった。
まず末梢プログラムを入れ、タイミングを見計らい作動。そして再読み込み。
この工程に時間がかかり、想定以上の遅さで復活した訳だが、結果的に見ればうんと早く復活できたことになる。何とも正否の難しいところだが、刀奈を助けられただけでもそれは正しいことなので結果としては正しかったわけだ。
この説明をしたがいまいちりかいできていなかったらしいので、もう少し噛み砕いて教えると漸く理解したようだった。
「よう!!」
「おはよう」
道中で忘れるはずもない顔と遭遇した。
カルマとゾアだ。
二人の存在はすぐに明るみに出て、己の生まれや過去経緯を話すと、世界各国の極秘研究所やそれに加担したグループや人員が一瞬にして明るみに出た。
二人の国籍などの問題もあり、これもまたしばらくの間は保留ということで強制的に入学させられる羽目になった。
まあ強制入学であって登校は絶対ではないのだが、やはり根がまじめなやつらな所為か初日から制服で登校してきていた。
「あ、スケスケと星座男」
「俺はカズマだ!!カルマでもスケスケでもねぇ!!」
「星座男………まあ要所はつかめているな」
刀奈から直々に愛称をもらっておきながらこいつら!!と思ったが、ここは二人のまじめさと俺の友であることに免じて許すことにした。
「初日からまじめに登校とはな」
「だって女の園だぜ!?男の憧れだろ?」
「ハーレム、目指す」
前言撤回。
下心丸出しのクソ野郎だった。
俺の信頼を裏切った罰として二人の股間目掛けて足を振り上げてやった。
チーン……という音が聞こえた気がしたが、気のせいか。
「「ガッ」」
二人とも股間に手を当て、白目を剥き、口から泡を吹いて仰向けに倒れこんだ。
そして俺はそんな二人を見捨てて学校へと急いだ。
「銀、いいの?あの二人」
「気にするな」
俺達の存在が明るみにでると、女尊男卑の世界に抗議し続けていた男性たちや、人類平等をうたい続ける論者、そして男女差別をしなかった国が勢力を増し始めた。
抗議しつづけた男達は
「ISの所為だ!!ISを作った篠ノ之博士を殺せ!!男を笑った女は罰を受けろ!!」
と喚き散らし。
口だけの論者は
「人類平等を目指すあらたな時代の始まりが来たのです!!互いに手を取り合いましょう!!」
と白々しく口だけの明るい未来を謳い。
差別の無かった国は
「我々こそが正しかったのです!!我々と同盟を組み世界を正すために力を貸してください!!」
と世界の権力の頂に立とうと目論む。
皆己の為に動いていた。
醜い我欲を隠すことなく、しかし勢力は増していくので世間でもニュースや雑誌で取り上げられるほどの影響力を持っていた。
起点がどうであれ、過程がどうであれ、結果として昔とおなじような世界に戻るのならば、好きなだけ俺達の存在を利用しろと、俺達はあえて何も言わないでいた。
「二人ともよく無事でいましたね」
学校長が心底嬉しそうに涙を零す。
騒動の発端である俺は校長に謝罪をしに校長室へと足を運んでいた。
けれども刀奈もまた俺と共にいると、一緒の罪があると言って付いてきた。
だが校長は責めはせず、俺達の無事を喜んでいた。
「俺が事の発端です。俺が悪いんです」
「いいんですよ。貴方は貴方が正しいと思うことをした
いえ、間違っていると思いながら動いたこともあったでしょう
けれども貴方の行いによって世界は変化をしようとしている
今はまだ正しさなんて分からないんです
私は、これからの未来がきっと正しいものであると信じています
貴方が正しさを世界に広め、導き、理解を深めることを望めば
自ずと結果はついてくるものです」
「校長……」
「さ、顔を上げて。皆に会いに行ってあげなさい。
心配してくれる仲間が、貴方をまっていますから」
「分かりました。ありがとうございました!」
失礼しましたと校長室を出る。
ここからは刀奈とは別の教室だ。
一時の別れを告げて、俺は、皆のいる教室へと向かった。
教室に辿り着くと、扉越しにでも聞き取れる人々のざわめき。
ガララと扉を開くと、そこには俺を待つ仲間達がいた。
「おっ、遅かったじゃんかよ」
「お前はいつも通りだな一夏。将来はハーレムでも目指してんのか?」
「なっ!?ちょ、んなことないぞ!?」
「冗談だ」
焦る一夏。
その反応に一夏を訝しみの目でみる一夏LOVEガールズ。
騒がしさが何故か懐かしく、どことない疎外感さえ感じる。
けれどすぐに再び教室の扉が開かれた。
「皆さんおはようございます。臨時仮校舎で何だか違和感がありますけど、いつも通り。
生徒の皆さんと揃うことが出来て、先生嬉しくて涙が出そうです……グスン」
大袈裟な山田先生のアクションにどっと笑いが起きる。
すると山田先生はすぐに表情を切り替え、次の報告に入った。
「突然ですが、今日。なんと3人も皆さんの仲間が増えちゃいます!!」
おおっ……と驚きの楽しみの喧騒が広がるが、俺は何となくその二人が誰かを察していた。
「さっさと入れ新入生!」
「ケッ、仕方ない。従ってやるよ」
「カルマ、耐えろ」
「二人、うるさい」
やはりというか、織斑先生に蹴り飛ばされて姿を現したのはカルマとゾアだ。
そしてのこる一人は、姿を暗ましたと思われていたマドカだった。
タイミングを見計らって山田先生が軽く紹介する。
「新入生の、カルマ君とゾア君、マドカちゃんです!」
「ども、カルマでーっす。絶賛彼女募集中だぜ!」
「ゾア……よろしく」
「織斑マドカ、よろしく」
俺は耳を塞ぐ。
刹那の高音の波。
女子生徒約30名による悲鳴の攻撃。油断すれば聴覚を持って行かれるていどの威力を持っている。
掌越しでもかなり五月蝿い。
そりゃそうだろう。
男子と触れ合う機会が少なかった女子生徒にとっては願っても無い獲物。
そしてそれ以上に元々人気の高かった織斑先生と瓜二つのマドカ。声量の大きさにも納得がいった。
二人とも不幸だな。狼のつもりだろうが、既に兎であることに気付けないとは。
「静かに!!」
織斑先生の一声で騒ぎは一瞬にして収まる。やはり軍隊だったんだろう?
俺としてはまだ教師を辞めていないことに驚きだが。
「3人は空いてる席に座れ。これより授業を行う!!山田先生、指示を」
「あっはい!それでは皆さん、教科書の―――――」
またこうして皆と、マドカと、刀奈と過ごせる。
そんな今に俺は初めて、生まれたことの幸せを感じた気がした。