「遅れて申し訳ない」
模擬戦の時に着ていた運動着を着替え、急いで食堂へと駆け込む。
既に簪や先代楯無こと刃鋼(はがね)さんも着席している。
刃鋼さんが口を開いた。
「楯無はどうした」
「楯無はただいま茹蛸になっております」
「?」
刃鋼さんは理解できていないようだが簪は顔を真っ赤にしてうつむいている。
刃鋼さんが顔を真っ赤にした簪に気付いた。
「どうしたのだ簪。顔が真っ赤だが」
「いいいいえ、だだ大丈夫です!」
突然話しかけられたことに驚いたのか少し声が大きくなってしまった簪。そのことに気が付いたのか更に顔を朱くし
「す、少し熱いだけです…………」
とかなり苦しい言い訳で誤魔化す。刃鋼さんもまた納得していないようだがどうやら流すことにしたようだ。
少し遅れて
「遅くなりました」
楯無が来た。未だ顔には朱が残っているが部屋に着く前よりかは薄くなっている。
が、俺と簪の顔を見るとまたも顔を朱くする。
しかしそこは現楯無、何事もなかったかのように着席し料理を食していく。
食事を終え、食器を片していると刃鋼さんが話しかけてきた。
「銀君、後から私の部屋に来てくれ。楯無もだ」
「「はい」」
それだけ言って刃鋼さんはこの部屋を出た。
すると簪が寄ってきて
「何か事件でも…………」
「起こしてない!!信じてくれ」
「あ、いえ。その、事件でもあったんですか?」
「誤解して済まなかった。とりあえず事件は起こっていない…………と思う」
起こっていないとは言えない。俺が把握していないだけかもしれないから。
食器を片すと楯無に声をかける。
「楯無、行くぞ」
「わかってるわよ!!」
「簪、すまないが食器を洗っておいてくれないか?」
本来ならばこれは虚さんや本音の仕事なのだが現在2人は別の仕事で忙しく負担を更にかけるようなことはしたくない。
簪は快く承諾してくれた。
俺達は刃鋼さんの部屋へと歩を進めた。
コンコンコン
少し早いテンポで3回ノックする。ちなみにこのノックのテンポで刃鋼さんは扉の向こうの人間を当てることができる。俺も最近になってこの技術を習得した。
「銀君か入ってくれ」
扉を開けて入る。
「失礼します」
「失礼します」
失礼するつもりはないが。
「それで、ご用件とは一体」
「まあ、座りたまえ」
ソファーに座り、本題に入る。
「さて、今回お前達を呼んだ理由だが…………これだ」
1束の書類が出される。
そしてその表紙には
「IS学園、ですか」
「そうだ、来年度………とは言っても2ヶ月後だが。IS学園の警備を更識が担当することとなった。よって楯無、お前にはIS学園に入学してもらう」
2ヶ月後か。やけに急だな。
「なぜこんな急に?」
「最近、裏で勢力を強めてきた集団、『亡国企業』の存在を危惧してのことだろう」
俺もよく耳にするようになった名前。
目的が不明、規模も不明のテロ集団『亡国企業』。あちこちのIS研究所を襲撃しては、その情報とISを強奪していくその集団にIS学園が脅威を感じるのも無理はないだろう。
そして恐らく更識に警備の依頼をするキッカケは2日前のアメリカの研究所襲撃だろう。
世界1防衛機能の高い極秘研究所だったあの研究所が襲撃され開発中のIS1機が盗まれたあの事件はIS研究者達と防衛システムの開発者達を戦慄させた。
電力が止められても2日は防衛機能が働き、人識別カメラや対IS用攻撃システムが集結していたあの研究所からISが盗まれるということは、敵はそれだけの突破力があり、どこの国の研究所からもISを盗み出せるということである。
無論IS学園にも防衛機能はあるが襲撃を受けた研究所ほどの設備があるわけでもない。
故にこの対闇部用闇部である更識に警護を依頼したという訳だ。
「そう、ですか…………」
ただ、書類に目を通すと一つ、目に留まるものがあった。
『更識楯無
貴殿をロシア代表としてIS学園への入学を許諾(略』
つまり楯無は一般生徒としてではなく、世界最年少での国家代表として入学するのだ。
「それと楯無、お前にはロシアから専用機が送られてきている。申請さえすれば改造もいいそうだ」
もう既に整備室に運び込まれているとも刃鋼さんは言った。
楯無はこんな急な決定事項にも動じず静かに了承した。
刃鋼さんは2度、頷くと
「そうか。では専用機の調整に行ってきなさい」
「はい」
俺達はそういって部屋を出た。
しばらく歩くと、突然楯無がプルプル震えながら振り返った。そして口を開いた。
「き…………」
「き?」
意味不明、理解不能な単語を発した為、俺は聞き返す。
「緊張した~~!!」
どうやら成長したように見えたのは表面上だったようで、中身はまだまだ楯無のままだった。
滝のように汗を流し、小鹿のようにか弱く震える様子にすこし笑ってしまう。
それを見た楯無がプンスカと怒りながらガクガク揺らす。しかしそれでもまだ笑いは止まらなかった。
(だがこれは好機だ。楯無と簪の仲も修復できるかもしれないな)
そんなことを思いながらまた笑い出してしまった。
「簪、少しいいか?」
「…何?」
楯無の専用機の贈呈は2人の関係修復材としては最上級のものであった。これは好機だ。
どこかの老婆が「好機は貴方の目の前にぶら下がっております」と言っていたように気付けば俺の目の前にぶら下がっていた。
俺はその好機を逃さない為に、逃す前に行動した。
「あのね簪ちゃん、私、来年からロシア代表としてIS学園に行くことになったの」
「そう。おめでとう」
「ありがと…………ってそうじゃなくてね!!」
「?」
ああもう!!普段は殆ど動揺なんてしないくせに簪のこととなった途端にこんなにテンパってるんだよ!!どんだけシスコン拗らせてんだよ!!
仕方ない。ここは俺が。
「俺が話そう」
説明者が楯無から俺に代わる。
「楯無に専用機が渡されたが、これといった特徴が無さ過ぎたんだ。だから専用機の調整を簪に頼みたいんだが」
こういう話は簡潔に、逸らさずに終わらせるのが1番。解釈やら感想やらを言っていては好機を逃してしまう。
「何で私?」
「確かに虚さんや本音も整備の手際はいいが、プログラムに関しては簪の方が手際がいい。それにな」
「それに?」
「簪を選んだのは楯無なんだぞ?」
これは真っ赤なウソである。
「ちょ、ちょっと!?」
言った覚えのない言葉に楯無が反応する。
「え、お姉ちゃんが?」
「だから!!」
「そうだぞ?楯無だってお前と仲良くありたいんだぞ?」
楯無は何度も「ちょっと!?」とか「待って!!」とか「だから!!」とか言っていたが、しばらくすると諦めたのか拗ねてしまった。
一方簪は
「お姉ちゃん…………」
泣いていた。
「お姉ちゃんもそう思ってくれてたんだね」
「うっ、そうだけど………」
「私、お姉ちゃんの為にも頑張るからね」
楯無は困惑し、簪は決心した。それを俺はただ見守っていた。
あと楯無からメッチャ怒られた。けれど最後に小さく「ありがと」と言ったのを、俺は聞き逃さなかった。
楯無の専用機のプログラミングをするにしてもまずは楯無の望むスタイルにしなければならない。超近接オンリーか遠距離オンリーなのか、攻撃力重視なのか機動性重視なのかによっても大きく変わる。
何度もの相談によって楯無の望む形に限りなく近い専用機の設計図が完成した。
ナノマシンによる水の操作と、それを水蒸気爆発や防御に利用するという、正に変幻自在(自称)の楯無に相応しい機体だ。それ以外にもガトリングランスや蛇腹剣を搭載している為、近接戦でも十分な力を発揮できるようになっている。
そしてつけられた名前は『霧纏の淑女(ミステリアスレイディー)』。
「…………」
だが楯無は目の前でそわそわと落ち着かなそうにしている。
「まあ仕方ないって。楯無以上の技術者達の手伝いとかできるわけないだろ?行ったって足手まといになるだけだ」
「それは理解してるけど…………うう~」
自分が何もできないことが歯痒いのは分からんでもないがそれくらい割り切ってほしいものだと溜息を吐く。
楯無は更識の長として大人な振る舞いをしている(らしい)がやはりまだ子供である。まだ14である。少女である。仕方ないのである。
物陰から気配を感じ、そちらを振り返るとそこには楯無と同じようにそわそわした刃鋼さんがこちらを覗いていた。刃鋼さん…………
それからしばらく経って、楯無の専用機が完成した。
技術者達は完成が近づくに連れて睡眠時間が減っていき、完成7日前からは徹夜だったはずなのだがどういうわけかいつもより健康そうにみえる。俺の目がおかしくなったのか?ちなみに簪はちゃんと睡眠をとっていた。
「それじゃあ最終チェックお願いしまーす」
「ハーイ」
楯無が『霧纏の淑女』に触れる。途端、光を放ちながら楯無を包んでいく。そして光が消えるとそこにはレイディを纏った楯無がいた。
少しの間を空けて、
「せ、成功だ!!」
技術者の責任者兼監督役の男が叫んだ。それがトリガーとなって次々に歓声が沸きあがる。
楯無は空中を自由自在に飛び回ったり搭載されたガトリングランスを具現化してみたりと機体の感覚を掴もうとしているが今の所、エラーや不具合などは発生していない。完成だ。
技術者達に混じって更識の物も涙を流していた。簪もその1人だった。
この『霧纏の淑女』の設計改造計画は楯無と簪の仲を修復するにはとても都合がよかったのだ。おかげで2人の関係は昔以上に修復されたらしい。楯無も簪も積極的にお互いに近づいたからというのもあるだろう。簪に飲み物を差し入れたりした楯無に、自分が持てる全ての技術を使って楯無の専用機を作り上げた簪、2人の勇気がこうして結果へと繋げたのだ。俺はその2人の勇気に拍手を心の中で送った。
「簪ちゃん」
楯無が簪の元へと降りてきた。そして…………
ギュゥッ
力一杯抱き着いた。そして不覚にも「イイ……」と思ってしまった。
楯無は涙を零しながら言った。
「簪ちゃんありがとう。ありがとう」
「お姉ちゃん…………」
「こんな私をまたお姉ちゃんって呼んでくれて、私に力を貸してくれて、ありがとう!!」
「ううん、私もありがとう」
2人は泣きながら抱き合っていた。そしていつの間にか周りの人達は静かに撤収していった。空気をよんだのだなとその時は思ったのだが後から話を聞いたところ、更識の人達は「一緒にいると泣きそう」と言う理由で技術者達は「用が済んだから」だそうだ。
「銀」
「銀さん」
楯無と簪に呼ばれて2人の方へと近づく。
「銀、私達がこうして仲直りできたのも貴方のおかげだから言わせて。ありがとう」
「銀さん、私からもありがとう」
「俺は何も…………」
何もしてないと言おうとした。だが、何もしてないというウソをつけなかった。更識や技術者達に協力を要請したり、簪に差し入れをするように言ったのは他の誰でもない俺なんだ。2人の感謝の気持ちを無下にしたくなかった。だから俺はウソを取り消した。
「いや、どういたしまして。かな」
俺は、ニコリと笑顔を浮かべてそういった。
そして、その数ヶ月後に楯無はIS学園へと入学した。