たぶんほかに類を見ない特典をもっての転生   作:osero11

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 前回の投稿から約4カ月……大変遅れて申し訳ありませんでしたぁ! こんなにも長いあいだ、お待たせしてしまってすみません……。

 今回もまさかのピクミンの出番なしです……。最近は、理央と彼女の養子となる少女にばかり焦点を当ててしまい、この小説の肝であるはずのピクミンを全く出せずにごめんなさい……。
 次回はどうにかして出すつもりですが、もしもどうしても出すことができなかったら、番外編などを書いてピクミンの活躍をお見せすることも考えようと思います。

 それと、個人的な事情で申し訳ないのですが、これからしばらくの間は執筆することができなくなると思います。執筆活動を停止する期間がどれほどのものになるか分かりませんので、次の更新がいつになるかも目処が立っていません……。ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありません。

 それでは、始まります。


第六話 進展/理央お母さん誕生なの?

 少女は、自分の手にある()()の扱いに悪戦苦闘していた。

 

 ほんの数日前まで少女は彼女を保護していた施設で、もっと扱いやすい道具――スプーンやフォークとかいう名前だった――を使って食事をしていたのだが、()()が保護施設から少女を引き取ってからは、()()を使う練習を食事のたびにさせられていたのだ。

 

 しかし、少女は、()()に対して悪い感情など抱いていなかった。むしろ、目を覚ましてから今まで優しく接してくれて、おいしい料理も作ってくれる彼女のことを慕っているくらいだ。

 ()()()()()()()()()()()()()服の着替え方やトイレでの用の足し方まで丁寧に教えてくれるので、少女にとって()()の存在はありがたかった。

 

 それでも、それでもである。少女が()()――箸というらしい――をうまく使うことができないことを知っているのに、食事のたびにそれを使わせようとするのは少し意地悪なんじゃないかと、彼女は思わずにはいられなかった。

 ちなみに今、その()()はトイレに行っているので、少女は()()に箸の使い方を教わることも手伝ってもらうこともできなかったのだ。

 

「……むぅ」

 

 少女は自分の手にある、その二本一対の棒を睨み付けた。彼女の目の前にあるのは、昨日施設で食べたハンバーグ。ほとんどの子供がそれを好むように、彼女もまた食べたときにハンバーグが好物になった。

 あの時はスプーンを使って楽々食べられたのだが、今では箸を持たされ食べるのも一苦労だった。

 少女は自分の好物をうまく食べられないことに少し腹を立て、忌々しいという雰囲気を漂わせながら箸を睨み付けていた。

 

 

 

 

 

「あら、まだ箸が使えないの?」

 

 

 

 

 

 そう少女に声をかけたのは、トイレから戻ってきた()()だった。()()に気がついた少女は、涙目になりながら()()に訴えかけてきた。

 

「前のほうが食べやすかった……」

 

「だ~め。仮にも日本人なら、やっぱり箸を使うのが普通でしょ? 手先も器用になるし」

 

「うぅぅ……」

 

 ()()の(少女視点で)残酷な言葉に、少女は目にさらに涙をためて泣きそうになる。

 

「はいはい、ちゃんと持ち方を教えてあげるから、そんな顔をしない。こんなの慣れちゃえばなんてことないんだから」

 

「……意地悪」

 

「意地悪で結構」

 

 そう言いあいながらも、()()は箸を持った少女の利き手に自分の手を添えながら、持ち方を手と言葉で教えていき、少女は素直に彼女のいうことをじっと聞いていた。なんだかんだ言いながらも、お互いに相手のことが嫌いなわけではないのだ。

 

「ほら、親指と人差し指と中指のあいだに一本挟んで……」

 

 ()()によって指を箸に添えさせられ、箸の正しい持ち方を教えられながら、少女は()()()()()()()()()()箸の持ち方を思い出していく。

 

「中指と薬指のあいだにもう一本挟んじゃえば……」

 

 そして()()が少女の手に箸を握らせ終えたときには、少女は完全に箸の持ち方を()()()()()()()()()()()()

 

「! できた! できたよ!」

 

「うん、よくできたわね。えらいえらい」

 

「えへへ」

 

 少女は、箸の正しい持ち方ができたことを満面の笑みを浮かべて喜んだ。()()、青葉理央はそんな少女の様子に笑顔になりながら、(少女視点で)困難なことを達成できた少女のことをほめてあげた。

 少女は理央に褒められて、さらに嬉しげな表情を浮かべた。

 

「でも、持てるようになっただけじゃだめよ? ちゃんと使えるようにもならないと」

 

「うっ! ……わ、わかってるよ~……」

 

「ほら、目をそらさない。使い方もちゃんと教えてあげるから、もう一度頑張りましょう」

 

「……うん! わかったよ、『お母さん』!」

 

 笑顔を理央に向けながら、理央の養子となった少女、『青葉(あおば)理紗(りさ)』は元気に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オンドゥルヤメスィマッツァンディサ!? ウァオブァイッツォリクスァ!?」

(訳→「本当にやめてしまったんですか!? アオバ一等陸佐!?」)

 

「ウゾダドンドコドーン!」

(訳→「嘘だそんなことー!」)

 

「オデノゴゴロハボドボドダー!」

(訳→「俺の心はボロボロだー!」)

 

 ちょうどそのころ、ミッドチルダ地上本部では局員たちが血涙を流しながら叫び声を上げていた。

 あまりのショックで情緒不安定になりすぎて、悲鳴を上げている局員全員の言葉がオンドゥル語に変換されてしまっている。ぶっちゃけ知らない人が見たら引きまくるレベルである。

 

 いや、頭を抱えたり、壁にガンガンぶつけたりしながらオンドゥルってるこの連中はまだマシなほうだと言えるだろう。なぜなら

 

「諸君 私はアオバ一佐が好きだ

 諸君 私はアオバ一佐が好きだ

 諸君 私はアオバ一佐が大好きだ

 

 赤ピクミンと戯れるアオバ一佐が好きだ

 青ピクミンと戯れるアオバ一佐が好きだ

 黄ピクミンと戯れるアオバ一佐が好きだ

 紫ピクミンと戯れるアオバ一佐が好きだ

 白ピクミンと戯れるアオバ一佐が好きだ

 岩ピクミンと戯れるアオバ一佐が好きだ

 羽ピクミンと戯れるアオバ一佐が好きだ

 

 本部で 現場で 街中で 自宅で 平原で

 草原で 凍土で 砂漠で 海上で 空中で

 

 この地上でピクミンと戯れるありとあらゆるアオバ一佐が大好きだ

 

 

 

 (以下省略)

 

 

 

 史上最萌のクーデレ(アオバ一佐)が数えることすら億劫なピクミンの山に埋もれて、そのアヘ顔をさらしているのを想像したときなど絶頂する(絶頂すら覚える)

 

 

 

 (以下省略)

 

 

 

 諸君 私はアオバ一佐を、ピクミンにデレたアオバ一佐を望んでいる

 諸君 私に付き従う地上部隊戦友諸君

 君たちは一体ナニを望んでいる?

 

 さらにデレたアオバ一佐を望むか?

 ピクミンにデレまくったヌけるようなアオバ一佐を望むか?

 クーデレの限りを尽くし三千世界の男どもをヘブン状態にするアオバ一佐のアヘ顔を望むか?」

 

 

 

『アヘ顔! アヘ顔! アヘ顔!』

 

 

 

「よろしい ならばストライキだ」

 

 と、こんな調子でストライキを決行する集団まで現れる始末だからである。

 

 なぜ地上本部がこんな末期な状態に陥ってしまったのかを説明するためには、話は数日前にさかのぼる。

 理央は、少女を保護した次の日、出勤してきてすぐにレジアス中将の部屋を訪れた。

 レジアス中将は、事前の連絡もなしに訪れてきた理央の行動を疑問に思いながらも、話を聞いてみることにした。

 

「それで、いったい急に何の用だと言うのだ、アオバ一佐?」

 

「休ませていただきます」

 

「なに?」

 

「ですから、長くて1年、短くても数カ月くらいの休みをいただきたいと思います」

 

「い、いや!? 少し待たんか!? 全く理解が追いつかんぞ!?」

 

 レジアス中将は、いきなりの理央の『休みます』発言に混乱してしまった。

 無理もないだろう、ピクミンのカリスマ兼(ひそかに)アイドルとして、地上部隊で働く大勢の局員たちの崇拝の対象となっている理央が、しばらくのあいだ仕事はおろか職場に顔すら出さないといい始めたのだ。

 そんなことになってしまったら間違いなく暴動が一つや二つ起きる、というかマジヤベェ、と危惧したレジアス中将は、なんとか理央を説得しようと試みる。

 

「だいたい、なぜいきなり休むなどと言い始めたのだ!?

 貴様がいなければ、騒ぎを起こす局員が大勢いることぐらいお前なら理解できるはずだろう!?」

 

「私としては、もう彼らと顔も合わせたくないのですが……」

 

「!? ま、まさか……」

 

「いえ、正直それも休みの目的のうちの一つと言っても過言じゃないんですが、私がお休みをいただこうと思った最大の理由は別にあります」

 

「その理由とやらは、いったい何だというのだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「子供ができました」

 

「………………What?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、人事部のほうにはもう話を通しておきましたので、緊急の時以外は呼び出さないでくださいね。

 ああ、簡単な書類仕事とかなら家でもできますから、デバイスのほうに送らせていただいたらやりますよ。

 ただ、本部のほうに出勤することはしばらくないと思いますので、そのおつもりで」

 

「ま、待て! 聞かなければならんことが一気に出てきたぞ!?

 おい! 待たんか! 待ってくれ! アオバ一等陸佐! 頼むから待ってくれ!」

 

 そんなこんなで、レジアス中将には要点だけを伝えた後、理央は養子として引き取った理紗のために休みを取り始めたのだ。

 そして、理央が突然長期の休みを取り始めたという情報は人事部のほうからすぐに漏れ、その知らせを聞いた局員たちは血の涙を流して嘆き、悲しみ、失意のどん底に沈み、暴動を起こすまでに至ったのだ。

 

「どうしてこうなったのだろうな、オーリス」

 

「アオバ一等陸佐だからこそ、なせるわざなのではないでしょうか、中将」

 

 レジアス中将と、彼の娘であり秘書官でもあるオーリス・ゲイズはどこか諦めたような雰囲気を漂わせながら、血涙を流してオンドゥル語で叫びまくったり、もうアレな意味でヤバい演説をしたり、それを聞いたりしている局員たちの様子を黙って見ていた。ちなみに、演説している局員の階級は三佐であった。レジアスは彼の階級を下げることを決めた。

 

 そんな彼らが、さらなる地獄へ突き落とされると誰が予想できただろうか。

 外から帰ってきた一人の局員が、そんな地獄をもたらす爆弾を持ってやってきた。

 目と鼻と口からどうしようもないほどの量の透明な液体をあふれ出させ、もう何も信じられないと訴えてくるような絶望の表情をその顔に浮かべながらも、彼は魂の限り叫んだ。

 

「ち、ちくしょぉ……! こ、こんなこと……残酷すぎるぅぅぅぅぅ!! あのアオバ一佐に……

 

 

 

 子 供 が で き ち ま っ て い た なんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 その瞬間、(局員たちの)時が止まった。

 

 

 

 

 

 

「なん……だと……?」「アオバ一等陸佐が……ママさんになってただと……?」「嘘だっ!!」「中に誰もいませんでしたよ……?」「相手のクソ野郎はどこのクソ野郎だ!」「相手の男死すべし慈悲はない」「鬱だ……死のう……」「鬱だ……魔女化しよう……」「これがNTRというやつなのか……? ハアハア(*´Д`)」

 

 

 

 

 

「とりあえず、その子の父親は999%殺しでおk?」

 

「「「「「おっkぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」」」」

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダ……

 

 

 

 

 

 理央の相手(ということになっている男)のことなんて検討がつくはずもないのに、その場にいたほぼすべての局員たちはいずこへと走り去ってしまった。

 室内なのに、ヒュー……ともの悲しい風が吹き、レジアス中将とオーリスだけが、その場に取り残されていた。

 

「……もう、勝手にしろ」

 

 何もかもあきらめたような表情で、レジアスはぼそっとつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな地上本部の惨状とは全く関係なく、初の緊急出動から数日後を迎えた機動六課のほうでは、その数時間後、新人たちの午前の訓練が終わったところであった。

 

「は~い! じゃあ午前の訓練終了~!」

 

 なのはの掛け声とともに、その日の新人たちの訓練を担当していた、スターズ分隊の隊長なのは、副隊長のヴィータ、ライトニング分隊の隊長フェイトの前に、訓練を終えたばかりの新人たちが集まる。

 初出動前よりハードな訓練を受けた新人たちの誰もが泥だらけで、荒い息をしながら地面に座り込んでいた。

 

「はい、お疲れ。個別スキルに入ると、ちょっときついでしょ?」

 

「ちょっとと……いうか……」

 

「その……かなり……」

 

 なのはの言葉に、呼吸を荒くしたままティアナとエリオが答えた。

 以前の訓練は、なのはとの模擬戦やガジェット対策など、四人で協力しながら目標を達成する訓練が中心だったのだが、今では隊長や副隊長と一対一、もしくは一対二という状態で受ける訓練が主なものとなっている。

 訓練とはいえ、オーバーSランク、ニアSランクの魔導師、騎士を相手にしているので、四人で連携をとる内容ではなくなった分、以前と比べて非常にきついように感じるのは当然のことだろう。

 

「フェイト隊長は忙しいから、そうしょっちゅう付き合えねーけど、あたしは当分お前らに付き合ってやるからな」

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 ヴィータの言葉に、彼女の容赦ない指導を受けたスバルが顔をひきつらせながら答えた。

 

「それから、ライトニングの二人は特にだけど、スターズの二人もまだまだ体が成長していく最中なんだから、くれぐれも無茶はしないように」

 

「じゃあ、お昼にしようか!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 フェイトの思いやりのある言葉となのはの一言に新人たちが返事をして、それから七人は訓練場から隊舎の方へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「あっ! みんなお疲れさんや~」

 

 隊舎の前まで戻ってきた七人にそう声をかけたのは、シャーリーやリインとともに車に乗り込もうとしていた八神はやてだった。

 

「はやてとリインは外回り?」

 

「はいです、ヴィータちゃん!」

 

 はやての部下であり、家族でもあるヴィータの質問に、リインが答える。

 

「うん、ちょうナカジマ三佐とお話してくるよ。

 スバル、お父さんやお母さん、お姉ちゃんになにか伝言とかあるか?」

 

「あ……いえ、大丈夫です」

 

 はやてからの質問に、ナカジマ三佐、という単語に思わず反応してしまったことに気づかれたスバルは少し苦笑いしながら答えた。

 そんな話をしながらも、はやてたち三人は車に乗り込み、エンジンをかけた。

 出発の準備を終えたはやてに、なのはとフェイトが彼女を送り出す言葉をかける。

 

「じゃあ、はやてちゃん、リイン、いってらっしゃい」

 

「ナカジマ三佐とギンガによろしく伝えてね」

 

「うん、わかった」

 

「いってきまーす!」

 

 そして、なのはたちに見送られて、はやてとリインを乗せた車は陸士108部隊の隊舎へと出発していった。

 

 

 

 

 

 場所は変わって、ここは機動六課隊舎にある食堂。

 はやてたちを見送った後、新人たちとシャーリーはここに移動して昼食を摂っていた。

 

「なるほど……。スバルさんのお父さんもお母さん、それにお姉さんも、陸士部隊の方なんですね」

 

 フォークに巻いたスパゲティを口に運びながら、キャロはそんなことを言った。

 

「うん、八神部隊長も一時期、父さんの部隊で研修してたんだって」

 

「へぇ~……」

 

 スバルはスパゲティをどんどん口に運び入れながら、キャロにそう返した。

 ちなみに、彼女と横にいるエリオの皿に盛られているスパゲティの量は他のメンバーより多く、前線に立つ彼女たちがいかに体力を使う役割を担っているかがよくわかる。

 

「しかし、うちの部隊って関係者つながり多いですよね。

 隊長たちも幼馴染同士でしたっけ?」

 

「そうだよ。なのはさんと八神部隊長は同じ世界出身で、フェイトさんも子供のころはその世界で暮らしていたとか……」

 

 ティアナからの問いかけに、シャーリーがパンを食べながら答えた。

 数年間、執務官補佐としてフェイトとともに仕事をしてきたシャーリーは、彼女たちの関係についても詳しく知っているのだ。

 また、シャーリーほどではないが、彼の保護責任者でもあるフェイトから話を聞いていたエリオも会話に加わる。

 

「え~と……たしか管理外世界の97番でしたっけ?」

 

「そうだよ」

 

「97番って、うちの父さんのご先祖様がいた世界なんだよね」

 

 目の前にある大皿からスパゲティを自分の皿に移しながらスバルは言った。

 

「そうなんですか?」

 

「うん、そうなんだよ」

 

 エリオの質問に答えながら、スバルは少なくなっていたエリオの皿にもスパゲティを盛りつけ始めた。

 エリオはスバルに軽く会釈し、あることに気づいたキャロが再び話に加わる。

 

「そういえば、スバルさんの名前の響きとかなんとなく似てますよね、なのはさんたちと」

 

「そっちの世界には、あたしも父さんも行ったことないし、よくわかんないんだけどね。

 あっ、でも同じ世界出身の理央さんが、ときどきその世界のお土産を持ってきてくれたりしてくれるんだよ」

 

「あんたがその話をもう少し早くしてくれれば、あたしもアオバ一等陸佐にもっと早く会えていたでしょうにね」

 

 そう言って、ティアナはじとーとした目でスバルを睨んだ。

 自分がアオバ一等陸佐に憬れているのを知っていて、なおかつその人と交流があるくせに、紹介しようという考えをつい数日前まで思いつかなかったことを、ティアナはいまだに根に持っていた。

 相棒に刺すような視線を向けられているスバルは、アハハ……と苦笑いを浮かべることしかできず、ほかのメンバーもそんな二人の様子を苦笑しながら見ていることしかできなかった。

 

 微妙な雰囲気をどうにかしようと、スバルはエリオに話題を振ることにした。

 

「そ、そういえばエリオはどこ出身だっけ?」

 

「あっ、僕は本局育ちなんで」

 

 エリオのその一言で、彼の事情を知っている者やなんとなく察してしまった者は表情を歪めるが、スバルは全く気づかず、無神経にもさらに話を続けてしまう。

 

「管理局本局? 住宅エリアってこと?」

 

「本局の、特別保護施設育ちなんです。8歳までそこにいました」

 

 そこまで聞いて、さすがにスバルも聞いてはいけないことを聞いてしまったことに気づき、やってしまったという表情に変わった。

 

《バカ!》

 

《うあぅ……》

 

「あ、あの……気にしないでください。

 優しくしてもらっていましたし、全然普通に、幸せに暮らしていましたので」

 

「ああ! そうそう、その頃からずっとフェイトさんがエリオの保護責任者なんだもんね」

 

「はい!」

 

 念話でティアナに責められながら、申し訳なさそうな顔をするスバルを気にして、エリオは当時の生活は苦しいものではなかったから気にする必要はないと語り、シャーリーはそれに続けるように、彼の保護責任者になったフェイトのことを話題に出す。

 

「もう物心ついたころから、いろいろとよくしてもらって、魔法も、僕が勉強を始めてからは時々教えてもらってて、本当に、いつも優しくしてくれて……」

 

 彼女の話をするエリオの表情はとても輝いていて、執務官という忙しい役職についていながらも、フェイトが時間の合間を縫って、どれだけエリオに愛情をもって接していたかがわかるようだった。

 

「僕は今も、フェイトさんに育ててもらってるって思っています。

 フェイトさん、家庭のことで子供のころにちょっとだけ寂しい気持ちをしたことがあるって……。

 だから、寂しい子供や悲しい子供のことをほっとけないんだそうです。

 自分も、優しくしてくれる、あったかい手に救われたからって……」

 

 10年前、愛していた家族に傷つけられ、絶望のどん底に叩き込まれた彼女もまた、孤独にさいなまれる子供たちを救う存在として成長していたのだ。

 そう、拒絶されても必死になって呼びかけ続けて、かつて自分を立ち直らせてくれた少女と同じように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん、これからどこに行くの?」

 

「昔、お母さんがいろいろとお世話になった人のところよ。

 お母さんが、理紗のお母さんになるために必要なことを教えてもらいに、ね」

 

「?」

 

 午前中は勉強などをしながら過ごして、昼食を食べ終えた後、理央は理紗をパジャマからよそゆきに着替させていた。

 着脱衣もまだおぼつかない理紗の着替えを理央が手伝いながら、二人は会話していた。

 

 着替えが終わり、外出の準備をすっかり終えた理央は、理紗を連れて家を出た。

 いつもならこのままバイクに乗って出かけるのだが、今日はバイクに乗せるにはまだ幼い理紗を伴っての外出なので、バスや電車などの公共交通機関を使いながら目的地を目指すことにした。

 

「初めてのお出かけだけど、迷子にならないように手をしっかり握っててね」

 

「うん! お母さんも迷子にならないでね」

 

「フフッ、わかったわ。

 じゃあ、親子初めてのお出かけに、しゅっぱーつ!」

 

「おー!」

 

 曇りのない笑顔を浮かべて会話をする二人は、彼女たちの容姿が非常によく似ていることも相まって、本当の親子のようだった。

 満面の笑みを顔に浮かべながら歩く理紗の手を引きながら、理央は最寄りのバス停へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー陸士108部隊 隊舎 部隊長室ー

 

 

「新部隊、なかなか調子いいみたいじゃないか」

 

「そうですねぇ、今のところは」

 

 陸士108部隊の隊舎にリインとともにやってきたはやては、部隊長室でゲンヤと話をしていた。

 一緒に来ていたリインは、今は六課でのスバルの様子などを話題にギンガと話していた。

 

「しかし、今日はどうした? 古巣の様子を見にわざわざ来るほど暇な身でもねえだろうに」

 

「うふふ、愛弟子から師匠へのちょっとしたお願いです」

 

 二人で軽口をたたきあっていると、部屋に入室者を知らせるブザーが鳴り響いた。

 

「おう、入っていいぞ」

 

 ゲンヤが入室を促すと、自動ドアが開いた。ドアの前にいたのは、急須と茶碗を乗せたお盆を持ったギンガとリインの二人だった。

 

「失礼します」

 

「ギンガ!」

 

「八神二佐! お久しぶりです!」

 

 久しぶりに顔を合わせた二人は、顔をほころばせた。はやてに挨拶をしながら部屋に入ってきたギンガは、テーブルの上に茶碗を置き、ゲンヤとはやての茶を入れ始めた。

 

「おう、悪いな」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 にこやかに交わされる、そんな親子のやり取りをはやてが見ていると、またもや入室を知らせるブザーが鳴り響く。

 ゲンヤはブザーの音を聞き、今日ここにもう一人来ることを思い出した。

 

「あー……そうだった。今日は『アイツ』も来るって言ってたなぁ」

 

「アイツ?」

 

 はやてとリイン、それにギンガは、ゲンヤの言う『アイツ』が誰なのか全く分からずキョトンとした顔を浮かべた。

 ドアの向こう側にいる人物に、入っていいぞ、とゲンヤが声をかけると、自動ドアは開いた。その先にいたのは……

 

「お久しぶりです、ナカジマ三佐。それとギンガに、リインにはやても」

 

「こんにちは~!」

 

 先ほど家を出た、理央と理紗の青葉親子だった。

 そう、この親子は家を出た後、バスなどを乗り継ぎながら、ここ、陸士108部隊を目指していたのだ。

 

「リオさん! この前の教導依頼ですね! お久しぶりです!」

 

「理央さん! 久しぶりに会えて、リインはとっても嬉しいですー!」

 

 ギンガとリインは、久しぶりに見る理央の姿に笑顔を浮かべた。

 特に長いこと理央に会っていなかったリインは、本当に嬉しそうな顔をして理央の周りを飛び回り始めた。

 そんなリインの喜びようを、理央は顔に微笑を浮かべながら黙ってみていた。

 

 しかし、はやてだけは理央の姿を見たとたん、表情がひきつったものへと変わっていた。

 それも無理はないだろう。なにしろ、この前彼女から送られてきたプレゼントの一件をいまだに引きづっているのだから。

 それが無くとも、本局と対立しているレジアス中将の部下だったり、昔いっしょにお風呂に入った時のスキンシップ(過剰)以来、自分に対してかなり意地悪になったりなどの理由から、青葉理央は八神はやてにとって苦手な人トップ3に入る人物なのだ。

 

 それでも、それでもである。例え相手がすっごく苦手な人物だとしても、自分は本局で彼女は地上本部だとしても、はやては二佐で理央は一佐……つまり理央ははやての上官である。

 仮に理央が私的な用事でここに来たとしても、挨拶ぐらいはしっかりしておくというのが礼儀というもの。そう覚悟を決めて、深呼吸してから、はやては理央に話しかける。

 

「ほ、ほんま久しぶりやなー。元気だったかー、り、理央ちゃん」

 

 かなり引きつった笑顔だが、久しぶりに会った友人(だったらいい相手)への挨拶としては及第点な出だしで、はやては理央に話しかけた。

 はやてから話しかけられた理央は、顔に微笑をたたえたまま、はやてのほうを振り向いた。

 

「ええ、ほんとに久しぶりね、()()()()()

 

 

 

プツン

 

 

 

「誰が子狸やぁぁぁぁぁ!!

 久しぶりに会った友人に言うセリフやないやろぉぉぉ!!」

 

「いや、ちょっとした愛称のようなものじゃないの」

 

「何が愛称や! 悪意に満ち溢れた呼び名やろ!

 この前のプレゼントも悪意満載なものばっかりやないか!」

 

「は? 狸の置物はともかく、DVDに関してはあなたが勝手に気にしているだけでしょ? 自業自得じゃないの」

 

「きいいいぃぃぃぃぃ!!」

 

「は、はやてちゃん! 落ち着いてくださいですぅ!」

 

「八神二佐! お気を確かに!」

 

 今にも理央にとびかからんとしているはやてをギンガが羽交い絞めにして抑え込み、リインとともに必死になだめていた。

 ゲンヤはそんな理央たちの様子にため息をつくと、理央の方を向いて話を始めた。

 

「で、今日は午後からクイントのやつを借りたいんだっけか?」

 

「はい。この子を引き取るうえで、子育て経験者のクイントさんから、ミッドチルダの育児について、いろいろと教わっておいた方がいいと思いまして」

 

 そう、ミッドチルダで理紗を育てるうえで必要なことをクイントから教えてもらうために、理央は今日ここに訪れたのだ。

 ミッドチルダに住んでから一年がたち、地球にはない家具や電化製品の使い方や交通ルールなど、生活に必要な知識はだいたい身に着けた理央であったが、いかんせん子育てとなると、子供用の服はどこで買った方がいいのか、仕事に出かけるときにどこに子供を預けた方がいいのかなど、知っておくべきことを彼女は全く知らないのである。

 それ以前に、自分の出身世界である地球での子育ての仕方と、ミッドチルダでの子育ての仕方が全く同じという保証はないのだ。自分の勘違いでのちのち困ったことが起こることを考えたら、頭を下げて教えてもらった方が何倍もいいだろうという結論に落ち着き、こうしてクイントに教えを乞いにやってきたのだ。

 

 ちなみに、地球で育てることも一応考えたのだが、もしも理紗に何かあった時のことを考え、自分の仕事場があるミッドチルダで育てることに決めた。

 

「まあ、今日の午後からクイントのシフトは空いてるから構わねぇぞ。

 しかし、お前さんも母親になる日が来るとはなぁ……」

 

「あはは……やっぱり私って、母親って柄じゃないですよね……」

 

「いや、確かにお前さんが母親になるイメージは全くわかなかったが……」

 

「おかあさ~ん!」

 

 ゲンヤガが話している最中に、理紗が理央の足にギュッと抱き着いてきた。よく見ると、さっきの(はやて)の怒り様が怖かったのか、目に涙がたまっている。

 理央は怖がって自分に抱き着いている理紗を優しく抱き上げると、大丈夫よ、声をかけながら、背中をゆっくりと撫でてあげた。理紗は、母親のあたたかなぬくもりを感じることで落ち着きを取り戻し、その表情は安心したものへと変わっていった。

 

 そんな親子の様子を見て感慨深い気持ちになりながらも、言葉を続ける。

 

「……実際になってみると、案外しっかりした母親になれてるじゃねえか」

 

「それほどでもないですよ」

 

 ゲンヤの言葉にそう返しながらも、少し照れた様子を見せる理央。そんな理央に抱っこされながら、理紗は幸せそうな表情を浮かべている。二人の姿は、まさに親子のそれだった。

 

 一方、そんな二人の様子を、理紗が母親に抱き着いた時ぐらいから、はやてとリインの二人はポカンとして見ていた。理央が養子縁組で理紗を自分の子供にしたことを知っているギンガは、彼女たちの姿と昔の自分とクイントの姿を重ねているのか、目に浮かんでいた涙を手で拭っていた。

 事情を知らなリインは、いまだに思考停止している自分のマイスターの代わりに、近くにいるギンガに聞くことにした。

 

「え、えーと……あの子って、理央さんのお子さんなんですか?」

 

「あ、はい。なんでも、ほんの少し前に家族のいないあの子を娘さんとして引き取ったそうです」

 

「家族がいない? 親戚の子とかじゃないんですか?」

 

 リインは、瞳の色を除いて、理紗と理央の顔がこれ以上ないと言っていいほど似ていることから、理紗は理央の親戚だと思っていたが、ギンガの話からどうやら違うみたいだと察する。

 リインから質問された途端、ギンガの顔に陰りができる。

 

「いえ……私も父から少ししか聞いていませんが……どうやら、理央さんの遺伝子情報をもとに作られた人造魔導師だそうで……」

 

 そこまで聞いて、リインの表情も暗くなり、思わずといった様子で理紗を見つめた。

 人造魔導師が生み出されるのは、だいたいの場合兵器として利用するためだ。

 人と違う生まれ方をし、理央に拾われなければおそらく兵器としてその命を使いつぶされていただろうその少女に対し、心優しいリインは憐憫の気持ちを抱いたのだ。

 

 そんなリインの視線に気づいたのか、理央は理紗を抱きかかえたままリインに近づくと、右手の人差し指で軽くリインの頭を小突いた。

 

「あうっ!」

 

「そんな顔しないで。生まれ方がどうであれ、この子はちゃんとした人間よ。

 お腹を痛めて産んだ子じゃなくったって、どう生まれたかなんて本人も周りもまったく気にしない、立派な大人に育て上げてみせるんだから」

 

 そう笑顔で宣言する理央の顔を見て、リインは改めて彼女の洗練された人間性を実感した。

 生み出されてから、はやて、なのは、フェイトと、人格・魔導師としての資質共に優れた魔導師を長年見てきたリインだったが、中でも理央は断トツに優れた人物だと思っていた。

 

 確かに、彼女自身の魔導師としての資質は決して高くないが、ピクミンを指揮することに関しては他の追随を許さず、わずかな数のピクミンしか連れていなくとも、合体魔法やその頭脳を駆使することで、なのはやフェイトといったSランクオーバーの魔導師とも互角に渡り合える理央は、リインにとって輝いて見えたのだ。

 

 さらに、三人と同年代とは思えないほどの落ち着きを常に備え、困っている人がいたらさりげなくフォローを入れる彼女の人柄もリインが憧れる要因の一つだった。

 生まれてばかりのころのリインにとって、そんな理央の姿は自分が目指すべき「大人」の象徴であるかのように思え、それ以来憧れの象徴にもなったのだ。

 

 リインが理央のことを輝いた目で見つめ、はやてがいまだに思考停止する中、理央はゲンヤやギンガと二、三言ことばを交わすと、理紗を連れてクイントのもとへ向かったのであった。

 

 

 

 

 

「……養子とはいえ、理央ちゃんに子どもができてるなんて、ホンマびっくりしました」

 

「まあ、俺も最初聞いたときはマジかと思ったけどな」

 

 理央たちが出ていき、リインたちも退室した後でようやく思考が再起動したはやては、疲れた表情を浮かべてお茶を飲んでいた。そんなはやての様子を、ゲンヤはおもしろそうに眺めていた。

 

「それで、愛弟子から師匠へのお願いっていうのは何なんだ?」

 

「あ、はい。お願いしたいんは、密輸物のルート捜査なんです」

 

 そう言いながらはやては席を立ち、空中に電子画面を出現させる。画面には、機動六課で数日前に回収したものと同じロストロギア、レリックが映されていた。

 

「お前んとこで扱っているロストロギアか」

 

「それが通る可能性の高いルートが、いくつかあるんです。

 詳しくはリインがデータを持ってきていますので、後でお渡ししますが……」

 

 はやてからの答えを聞き、お茶を一口すすってから、ゲンヤは話を再開する。

 

「まあ、うちの捜査部を使ってもらうのは構わねえし、密輸捜査はうちの本業だ。

 別に頼まれてもいいんだが……八神よぉ、他の機動部隊や本局捜査部じゃなくて、わざわざうちに来るのは何か理由があるのか?」

 

「密輸ルートの捜査自体は彼らにも依頼しているのですが、地上の事はやっぱり地上部隊が一番よく知っていますから」

 

「まあ、筋は通ってるな」

 

 そう言って、ゲンヤはお茶をもう一口飲んで、はやてに答えを聞かせた。

 

「いいだろう、引き受けた」

 

「ありがとうございます」

 

 その返事を聞いたはやては笑顔を浮かべ、嬉しそうにゲンヤにお礼の言葉を述べた。

 

「捜査主任はカルタスで、ギンガはその副官だ。二人とも知った顔だし、ギンガならお前も使いやすいだろ?」

 

「はい。うちの方はテスタロッサ・ハラオウン執務官が捜査主任になりますから、ギンガもやりやすいんじゃないかと」

 

 そう言いながら、はやてもゲンヤの向かい側のソファに座り、お茶を口に運んだ。

 茶碗をテーブルに置いてから、はやては再び話を切り出した。

 

「スバルに続いてギンガまでお借りする形になってしもうて、ちょっと心苦しくはあるのですが……」

 

「なぁに、スバルは自分で選んだことだし、ギンガもハラオウンのお嬢と一緒の仕事は嬉しいだろうよ

 しかしまあ、気がつきゃお前も俺の上官なんだよなぁ。魔導師キャリア組の出世は早いなぁ」

 

「魔導師の階級なんて、ただの飾りですよ。中央や本局に行ったら、一般士官からも小娘扱いです」

 

「だろうなぁ……おっと! すまんな、そういえば俺も小娘扱いしてたな」

 

「ナカジマ三佐は、今も昔も私が尊敬する上官ですから」

 

「……そうかい」

 

 はやての言葉にゲンヤが少し微笑を浮かべたところで、通信が入ってきた。

 

『失礼します、ラッド・カルタス二等陸尉です』

 

「おう、八神二佐から外部協力任務の依頼だ。ギンガ連れて、会議室でちょっと打ち合わせしてくれや」

 

『はっ、了解しました』

 

 画面の向こうにいた短髪の男性がゲンヤに返事をして、通信は切られた。

 

「……っつーこった」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「打ち合わせが済んだら、飯でも食うか。女房のほうも、後で合流できる時間で用事が終わるらしいしな」

 

「はい! ご一緒します!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸士108部隊で協力任務に関する会議が行われている時、理央と理紗、それにクイントはクラナガンでも有数の多彩な品ぞろえを誇るデパートで買い物をしていた。

 

「いやー、子育てに必要なものが思った以上に地球と変わらなくて安心しましたー」

 

「ふふ、子供たちが必要とするものぐらい、世界が違っても皆ちゃんとわかってるってことかしらねー♪」

 

「違いないですねー♪」

 

 理央は理紗に必要なものが思った以上にすんなり揃えることができて、そしてクイントは、あまり時間を気にしないで自身の娘であるツバメのための買い物ができてご機嫌だった。

 クイントは両手に、理央は左手を理紗とつないでいるため右手に大量すぎるくらいの数の買い物袋を抱えているのだが、魔力で強化している二人にとって全く問題はなかった。

 

 一通りの買い物を終えた三人は、近くにあった公園のベンチに腰を下ろして休憩することにした。

 

「おかあさ~ん、おやつほしいよ~」

 

「はいはい、ちょっと待っててね」

 

 そう言うと理央は、買い物袋の中からさっき買ったもののひとつであるシュークリームを取り出し、理紗に渡した。

 

「はい、どうぞ。クリームがこぼれないように気をつけてね」

 

「わーい♪ おかあさんありがとう~♪」

 

 理央にお礼を言って、おやつをもらって笑顔になった理紗はビニールの包み紙を破いていった。そんな娘の様子を、理央は微笑みを顔に浮かべて眺めていた。

 

 

 

 しかし、そんなほほえましい親子の姿を、クイントはいつになく真剣な顔でじっと見ていた。

 

 

 

 そして、そんな二人が織りなす光景を見て、この数日間ずっと理央に聞きたかったことをこの瞬間に聞こうと決意し、クイントは理央に話しかける。

 

「理央ちゃん、ちょっとお話ししてもらってもいい?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 クイントに話しかけられた理央はクルリと顔を彼女の方に向けたが、彼女の顔がいつもと違いひどくまじめなものであることに気づき、理紗の方に向けていた体の向きも直すため、ベンチに座りなおした。

 

「理央ちゃん、今から一つだけ質問をするから……真剣に、正直に答えてくれる?」

 

「……はい」

 

 理央の返事を聞き、クイントは一つ深呼吸をしてから、理央に問いかけた。

 

 それは、理央が自分のクローンである少女を、養子として、わが子として引き取ると聞いてから、ずっと彼女に聞きたかった事。

 

 それは、かつて自分が選んだ道と同じ道を進もうとするからこそ、確かめておきたかった事。

 

 それは、なにより……自分が『母親』だからこそ、彼女に問いかけなければならないと、強く心に感じた事。

 

「理央ちゃん、あなた……」

 

 

 

 

 

 ――あの子の一生を、背負う覚悟はある?

 

 

 

 

 

 クイント・ナカジマは、かつては子供ができない体の女であった。

 そのことで何度涙を流したか本人にも分からないし、そんな体の自分を、それでも愛してくれるといった旦那の愛情と優しさに何度うれし涙が流れたかも知らない。

 ともかく、自分は妊娠することができない体だから、母性というものとは一生無縁だろうと、クイントはそう考えながら日々を過ごしていた。

 

 

 

 しかしある日、そんな彼女の人生にも転機が訪れる。

 

 

 

 それは、とある違法研究所で、二人の子供を保護したことから始まった。

 二人は、彼女たちの母親がお腹を痛めて産んだ子ではなかった。そもそも、生物学上の『母親』というものが、彼女たちの場合は誰に当たるのかすらもあいまいだった。

 

 彼女たちは、戦闘機人であった。機械が埋め込まれた超人兵器を作り出すために、生まれる前から機械をその身に受け入れられるように遺伝子に調整が加えられ、人工的に生み出された生命体。

 いうなれば、彼女たちは『人』ではなく、『兵器』としてこの世誕生したのだ。

 

 のちにクイントの提案で彼女たちをナカジマ家の養子に迎えたのだが、正直この時の行動に深い理由があったわけではない。

 しいて言うなら、彼女たちの身の上に同情したのかもしれないし、わずかにわいてきた『母親』というものへの憬れが、そういう行動をとらせたのかもしれない。

 理由はどうであれ、顔つきとか髪の色とかが似てるから、と言いながらクイントとゲンヤは彼女たちを娘として引き取り、「ギンガ」と「スバル」という名前を付けた。 

 

 正直、出産したこともない彼女にとって育児は初めての経験であった上に、一度に二人も引き取ったこともあり、その日から始まった子育ては困難を極めた。

 着脱衣や食事の仕方などはもちろんのこと、大人であるクイント達は知っていても子供であるギンガたちは知らない、社会のルールや常識を覚えてもらうのも一苦労だった。

 苦労はそれだけにとどまらず、ギンガとスバルの二人が些細なことで喧嘩したとき、初めのころはどう対応すればいいのかクイントもゲンヤも全く分からずおおいに動揺したし、苦手なものが入っていたという理由で自分が作った料理を拒絶されたときなど、クイントはひどく落ち込んだ。

 

 育児の専門書を買いあさり、一つ一つ問題を解決していきながらも、クイントの心には常に不安が付きまとっていた。

 母親を名乗ってはいるけど、私はあの子たちのことをちゃんと分かっていないのではないのか。こんな調子で、本当にあの子たちを立派に育て上げられるのか。やっぱり、自分は母親に向いていないのだろうか。

 そんな憂鬱な思いが、母親となり、スバルとギンガという二人の命の責任をその身に背負うようになった彼女を苦しめていた。

 

 それでも、彼女は二人を、自分の子どもとして育ててよかったと心の底から思っている。

 専門書や、人生の先輩である子持ちの同僚から学んだことを、子育てにうまく活用できたときは本当に嬉しかったし、幼い二人が少しずつ成長し、出来ることが増えていくたびにクイントの胸の内は喜びに満ち溢れた。

 なにより彼女は、二人とともに過ごす日々が、二人の笑顔が、自分たち夫婦にも無限に笑顔を与え、幸せをもたらしてくれていることを実感し、もし二人がいなかったら知ることもできなかっただろう、この彩りにあふれた暖かい世界をくれた自分の子どもたちに深い愛情と感謝の想いを抱いているのだ。

 

 だがしかし……いや、得られるものが果てしなく大きいからこそ、子どもを育てるということは並大抵の苦労で済むようなものではない。

 なにせ、その子がどう育つかは、親の努力と根性、それに心構え次第なのだ。ほんの少しの間違いでも子どもの人生は大きく変わり、堕落につながり、最悪の場合、死を招く結果になることもありうる。

 親が背負っているものは、子どもの過去であり、現在であり、未来であり、人生そのものなのだ。

 

 だからこそクイントは、自分と同じように子供を引き取り『母親』となろうとする理央に対し、その子の人生を、命という重荷を背負う覚悟があるのか確かめずにはいられなかった。

 もし理央が、たんなる同情や、自分をもとに作られたクローンだからという理由で生じた責任感、罪悪感などであの子を育てるつもりなら、あなたが育てるべきではないと厳しく諫めようとクイントは考えていた。

 

 子どもを育てるということは、あなたが思っているよりもはるかに大変で、その身に重い責任を担うものだ。覚悟もなく……いや、あったとしても、中途半端な覚悟で子どもを引き取るのは、あの子の将来に破滅をもたらすだけだ。そんな思いだけで育てるつもりなら、あなたみたいな人間は母親になるべきではない。

 たとえ、どんなに辛辣な言葉を吐いたとしても、あの少女のため、そして生半可な意志で母親という道に入りかけている彼女のため、クイントは理央を説得しようと思っていた。

 

 だけどもし、理央がそれでも母親になると言うのなら、精一杯支えてあげようとも思っていた。

 母親になってくれるという人物がいるだけでも、親も兄弟もいない人造魔導師である少女にとっては十分幸運なことなのだ。ここで理央から無理に引き離された結果、頼りになる人が現れるかどうかもわからない孤児としての生活を少女が送ることも、クイントは危惧していた。

 子どもを育てる責任がどれほど重いものなのかは、頭のいい理央なら育てているあいだにきっとわかってくれるだろうし、だからといって彼女がその責任をほっぽりだすような人柄でないことはクイントも知っている。

 

 子育てをした経験のない理央が十分な覚悟をしているとは思えないが、それは最初のころの自分も同じ。

 だったら、ここでちゃんと自分がしようとしていることを理央にはっきり意識させ、そのうえで予想以上の育児の大変さに困窮する彼女を自分がサポートすればいいのだと、クイントはそう考えていた。

 

 クイントは、母親としての並々ならぬ思いを込めた自身の問いかけに対し、しばらく彼女の目をまっすぐ見つめたまま沈黙を保っている理央を、真剣なまなざしで見つめ返していた。

 理央は一度深く目を閉じ、静かに、ゆっくりと息を吐きだし、そして再び目を開いた。

 

 

 

 

 

 ――その目を見た瞬間、クイントの全身にぞっとした感覚が走った。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 理央のその目に戦慄したクイントは、驚いた表情で理央の顔を見つめる。

 クイントはなぜ、こんなにも動揺しているのか? その理由は他でもない。

 

 

 

 

 

 理央のその目に、尋常ではないほどの覚悟が込められているのを見たからだ。

 

 

 

 

 

 

 理央は子育てに対し、それに見合うだけの覚悟を持ってはいないだろうと考えていたクイントにとって、これは予想外すぎることだった。

 これまで子どもを育てたことがないはずの理央が、自分の問いかけに対して、なぜここまでの覚悟をその瞳に映すことができるのか、クイントにはまったく理解できなかった。

 

 理央の目に込められた途方もない覚悟にあっけにとられているクイントに対し、普段の彼女からは想像もできないほど研ぎ澄まされた雰囲気を纏い、理央は口を開く。

 

「……確かにきっかけは、『あの子は自分のクローンだから』という責任や、その事実からきた罪悪感かもしれません」

 

 厳かな様子で言葉を紡ぎだしていく今の彼女には、いつものようなクールさはまるで感じられなくて、

 

「ですが、あの子を育てるということがどういうことなのか、理解していないわけではありません」

 

 周囲の人間に「友人はいるが、愛しているのはピクミンだけではないのか」とすら言われることもあるほどのピクミン好きであるはずの、いつもの彼女の姿は全く見られなくて、

 

「あの子を育てるということは、きっと大変なのでしょう。辛い時もあるのでしょう。

 この体にのしかかる命の重責に耐え切れず、なにもかもを捨て去りたい気持ちになってしまうような、最低の人間に成り下がるかもしれません。

 ……それでも、あの子を立派な人間に育てるって、自分とあの子に誓ったんです」

 

 その時の『青葉理央(理央)』は、いつもの『青葉理央(彼女)』とはまるで違うのに、確かに『青葉理央』という人間なんだと感じられて、

 

「私があの子を導いて、立派な大人になるための道を歩ませます。

 私があの子と同じ目線に立って、将来について相談できる人間になります。

 私があの子の踏み台になって、未来に向かって羽ばたく手伝いをします」

 

 ただ一つだけ、今の理央に言えることがあるとすれば……

 

 

 

 

 

「そのための覚悟は……理紗の人生を背負う覚悟は、とっくの昔にできています」

 

 どうしようもないくらいに、『母親』の顔をしているということだ。

 

 

 

 

 

「まあ……これくらいの覚悟で十分なわけないんでしょうけどね、子育てって……」

 

 突然、真剣だった顔に自嘲めいた笑みを浮かべた理央はそう言って、さっきまでの自分の勢いをごまかすかのように、買い物袋の中からもう一つのシュークリームが入った包み紙を取り出した。

 理央がもくもくとシュークリームを食べ始める中、先ほどまでの理央の尋常ならない様子に気圧されていたクイントは、ようやく思考を再開することができた。

 

(……一体この子は、どうしてここまでの覚悟ができるの……?)

 

 クイントは、理央が子育てに対して抱いている覚悟は、大したことないものだと思っていた。子どもを育てた経験がないはずの理央が、子育てがどれほど大変で、責任の重いものかを知っているとは到底思えなかったからだ。

 しかし、理央の覚悟の大きさは、クイントの想像をはるかに上回るものだった。クイントは、子どもを育てたことのない理央が、なぜそこまで強固な意志であの子を育てようとすることができるのか、少しも分からなかった。

 

「おかあさ~ん……」

 

「ん? 理紗? どうしたの?」

 

 クイントが理央の覚悟の深さについて考えさせられていると、理紗が不満げな声で理央に声をかけてきたため、理央は手にシュークリームを持ったまま彼女のほうを向いた。

 声と同じく、理紗の顔も不満気な様子であり、その手には一口かじられた跡があるシュークリームが握られていた。そのかじられた跡からは、中に入っている白い生クリームが見えた。

 そのシュークリームを持った理紗が、理央に不満げな様子で声を上げる。

 

「この中のクリーム、おいしくない!」

 

「…………え?」

 

「そっちはおいしいかな?」

 

 その言葉にあっけにとられる理央の手から、理紗はシュークリームをひったくってかぶりつく。

 「あっ! ちょ、ちょっと……」と理央は慌てるが、そのシュークリームを食べた理紗の顔に笑みが戻る。

 

「こっちはおいしー! そっちのはお母さんにあげるよ!」

 

「…………え? だってそっちはカスタード……あれ?」

 

 混乱する理央の手に、理紗は生クリームの入ったシュークリームを置く。

 手に生クリームの入ったシュークリームを乗せられたまま絶賛混乱中の理央をよそに、カスタードクリームが入ったシュークリームを、理紗はおいしそうにパクパクと食べるのだった。

 




 これにて、今回の話の本編は終了です。ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

 今回は、理央の子育ての様子や、それに対する彼女の決意を中心に書いてみました。といっても、どちらかというとクイントの子育てについて書いたような……。
 偽善的な部分もあって気に食わないと思う人もいるかもしれませんが、書きたくて書いてしまいました。申し訳ございません。

 リインは理央のことを尊敬していますが、はやては理央のことを苦手としています(笑)この小説のはやては、理央に(いろんな意味で)勝てないということでわかっていただけると幸いです。

 え? 地上本部が荒れすぎですって? ナ、ナンノコトデスカー? 
 まあ、彼らが999%殺しにするような男はいないし、これから現れることもないでしょうから、大丈夫でしょう。たぶん、きっと、メイビー。

 それでは、おまけのほうもよかったらどうぞ。





おまけ① ピクミンの新作ゲーム?



 ――それは、平和なミッドチルダに起こった大事件であった。



 ある日、時空管理局が今まで認知していなかった世界からやってきた、ロボット軍団を操る悪の企業がミッドチルダに進行してきた。
 その企業が持つ、管理局すらもその存在を知らなかったオーバーテクノロジーによって、ミッドチルダの機械類はすべて制御が奪われ、瞬く間にミッドは支配されてしまった。

 この事態にピクミンだけでは対処しきれないと判断したアオバ一等陸佐は、敵が所有していた「インベーダーアーマー」という兵器を奪取し、これをもとに開発した「ピクミンアーマー」をピクミン一匹一匹に装備させ、戦力の強化を図った。
 さらに自身も、自ら製作した「メカカアーマー」という強化メカに乗り込み、自分自身の戦闘力を大幅に強化した。
 昔は科学者だったという、いつもはまるでストーリーに関係ない主人公の設定が活かされた瞬間であった。

 オーバーテクノロジーを持った悪の企業と、超常の頭脳を持つ理央とピクミンたちの戦いが、今始まろうとしていた――!










 『星のピクミン メカカプラネット』絶賛発売中!

「今なら特典で、『ピンク色のなんだか丸い物』もついてきますよー!」

「ポヨ♪」

「おいばかやめろ」



おまけ② 完全に時期逃した……orz

 パン、パパンと決行花火が打ち上げられる音が響き渡る……。
 これから競技が行われるであろうグラウンドには多くの選手が集まり、そしてその周りを囲むように設置された観客席には、数え切れないほどの人々が座って、開会を待ちわびている。

 そう、これから行われるのは、4年に1度しか行われない祭典。各世界から集められた競技者たちが、メダルを、いや……全世界の頂点を奪わんがために熾烈な戦いを繰り広げる、歴史に名を残す祭。

 そして開会式が始まり、今まさに開催の号令が会場に響き渡る――!










『ただいまより、第1回リオ・ピクミンオリンピックを開催いたします!!』



――ウオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!



 そう、これはリオ・ピクミンオリンピック。全世界で一番ピクミンの扱いがうまい者を決めるための戦いである――! (理央は除く)










「……なんだ、この夢……?」

 無論、ある日の理央の夢の中の話であった。



おまけ③ 完全に時期逃した……orz その2

 パン、パパンと決行花火が打ち上げられる音が響き渡る……。
 これから競技が行われるであろうグラウンドには多くの選手が集まり、そしてその周りを囲むように設置された観客席には、数え切れないほどの人々が座って、開会を待ちわびている。

 そう、これから行われるのは、4年に1度しか行われない祭典。各世界から集められた競技者たちが、メダルを、いや……全世界の頂点を奪わんがために熾烈な戦いを繰り広げる、歴史に名を残す祭。
 ちなみに、ピクミンは出ない。絶対に出ない。

 そして開会式が始まり、今まさに開催の号令が会場に響き渡る――!





『ただいまより、第256回リオ・春光拳オリンピックを開催いたします!!』


――ウオオオオオオオオオオオォォォォ!!










「……マ、ママァー!」

 無論、リオ・ウェズリー(6)という少女が見た、奇妙な夢の中の話である。



おまけ④ 名前

 あの事故現場にいた少女を引き取ることを決めた理央だったが、実は一つ悩みがあった。

「う~ん……なんていう名前にしよう……」

 そう、あの少女の名前である。本人に聞いてみたところ、あの少女には名前がないそうなので、引き取り手となる理央が名前を決めることになったのだ。
 
 どんな名前にしようか悩む理央は、ベッドで寝ている少女を見ながら考えることにした。

「う~ん……瑠璃という名前は……なんだか微妙だ……。
 青葉……桜……。いや、それはないな。これもなんか微妙だ。
 星奈……は、どっかで使われているような気がする……。
 アルトリア……は、外国人の名前だし……ていうかなんでそんな名前を考えついたんだ、私は」

 激しく悩み理央だったが、不意に『理紗』という名前が思い浮かび、ピンときた。
 そして理央は、眠っている少女に顔を近づけ、優しく話しかける。

「ふふっ、あなたの名前、決まったわ。い~い?




















                  『君の名は。』




















 青葉理紗。
 ……なんなの、今の間は……」

 その頃どこかの宇宙で、とあるサ○ヤ人と界○神の体がチェーーーーンジ!!していた。


お☆し☆ま☆い

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