仮面ライダーAIZEN 黎明篇      作:スケィス2

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昭和風タイトル「蘇る超マシン伝説!」


第二話 ~鋼の信念~

 

 序

 

 

 ──私は走っている。暗く険しい道を。

 

 

 ──背後から沢山の足音が聞こえる。誰かが追って来ているのが解る。

 

 

 ――でも、振り向く訳にはいかない。

 

 

 ──私は逃げている。黒く醜悪な影から。

 

 

 ──背後から圧倒的な気配が伝わる。何かが迫ってくるのが解る。

 

 

 ──でも、足を止める訳にはいかない。

 

 

 ──足を止めてしまったら、私は……

 

 

 

 

 ──姉さん……

 

 

 

 

 

 

 1

 

 

 街という場所は、人の心を映す鏡でもある。心豊かであれば繁栄の光が降り注ぎ、逆に心貧しければ凋落の闇に落とされる。

 しかし、人の心は摩訶不思議。清と濁、善と悪、そして光と闇。何時の時代も、相反する心を映し出す混沌の吹き溜まりが存在する。果たして、其処に棲むのは――何者だろうか?

 人気の無い路地裏で、銀色と黒色の二つの影が交錯していた。一つは、蝙蝠の様なシルエットを有した異形の『怪人』。そして、もう一つは光輝く装甲を纏った仮面の戦士。

 ある意味隔絶された空間で再び交錯する二つの影。その力は拮抗している様に思えた。が――

 幾度もの交錯の後、弾き飛ばされた黒影。勝ち目が薄い事を本能的に悟ったのか、慌ててビルの切れ間に覗く蒼空へと飛び上がった。

「――逃がすかッ!」

 銀影――仮面ライダーAIZENは偶々近くに停めてあったバイクに跨がった。

 誰かは知らないが……借りるぞッ!

 口の中でそう呟いて、エンジンに火を入れたAIZENは、逃げ去る影を追い掛けた。

 黒影は、オフィスビル街を抜け、住宅街に入り、終いには、何処ぞの山道へ飛び込んで行った。

「つうッ……なんてッ、所をッ、通るッ、んだ――ッ!」

 両手と一体化した翼を駆使して縦横無尽に飛び回る異形を追う内に、いつしか深い森の奥に迷い込んでいた。林立する樹木の中は視界が悪い上に、木の根が地面の上を縦横無尽に横たわっており、バイクを真っ直ぐ走らせるだけでも一苦労だった。しかも、AIZENの技術にマシン自体の性能がついて来れないらしく、眼前の木々をかわす度に耳障りな音を立てて軋んでいる。

 暫くして森を抜けた。その先に広がっていたのは、森を見下ろす断崖。だが、そこには蝙蝠怪人の姿は無い。

「ジャミング――逃がした、か……」

 苦々しく呟いたAIZENの姿が霧散し、銀髪の青年『皇 是王』へと変わった。端整な眉を歪め、怪人が消えていった方角を睨んだ彼は、口の中で小さく舌打ちした。

 

 

 

 鬱蒼と茂る木々の中で、彼はじっと息を殺していた。視線の先には、紅の外套を纏った銀髪の青年。瞬前に現れた黒影の逃げ込んだ蒼空を睨みつける様は、まるで『普通』の人間の様だった。聞いた話では例の『組織』の特殊部隊の出らしいが……

 そのあたりで、巡る思考が混沌じみてきた事に気付いて、彼は頭(かぶり)を振った。そんな事はどうでも良い。今自分が仕事を全うするだけ。そう断じた彼は深い森の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 2

 

 

『……未明にイーストエリア西地区第二小森団地で発見された多数の変死体について……』

 『立花モータース』の事務室に備え付けられた古いテレビから、画面の中のアナウンサーがの機械的に原稿を読み上げる声と事件現場となった団地らしき建物の空撮映像が流れている。テレビ前に椅子を置き、食い入る様にソレを見ていた立花 玄ノ助は堀の深い顔を僅かに青褪め、歯切れの悪い口調で隣の椅子に座るゼオに尋ねた。

 その問いに対し、銀髪の青年はテレビ画面に鋭く細めた眼を向けたまま、低い声で答えた。

「あぁ、間違い無い。奴の――」

「こらッ!」

「ッ!?」

 背後から頭を小突かれたゼオが、声の方へと振り返った。玄ノ助もつられて振り返る。

 彼らの視線の先に居るのは、飲み物が入ったコップを乗せたトレイを片手に、頬をぷぅ、と膨らませたハニーブロンドの少女――皇 セレスだった。

「是王。目上の人にはちゃんと敬語、使わなきゃダメだよ?」

「ん……」

 銀髪の偉丈夫に歩み寄ったセレスが、上目がちに端整な顔を睨み付けた。その真っ直ぐな眼差しに耐えられなくなったゼオは、気まずそうに後頭部を掻いた。

 そんな二人のやりとりを見ていた玄ノ助が、突然豪快な笑い声を上げた。

「無敵の仮面ライダーでも大事にしてる子にゃ敵わん、ってか?」

 それを聞いたゼオが右手で頭を押さえ、セレスは眼を丸くして首を傾げていた。それを照れ隠しだろう、と断じた玄ノ助はそれ以上あまり深く追求しなかった。

「……あ、そうだ。コレ」

 セレスが、思い出した様にトレイの上のコップを二人に差し出した。中身は冷えたオレンジジュース。先程まで機械の熱気に浸っていた身には、最高のご褒美だった。

「おぉ、すまねぇな」

「はい。ゼオも」

 セレスは、残った方のコップを是王に手渡した。

「ああ、ありがと……!?」

 ゼオが右手でコップを受け取った瞬間、安物の硝子製品は、耳障りな音を立てて砕け散った。慌てて駆け寄るセレスに続いた玄ノ助は、項垂れる青年の様子を伺った。

「ぜ、ゼオ!? 大丈夫?」

「……ああ」

 ゼオは、どこか哀しげな表情で掌を見つめていた。硝子に塗れの皮膚には傷一つ付いていない。

 玄ノ助は、この銀髪の青年が内包しているモノを改めて知った。

 生物の限界を凌駕した存在――改造人間。

 ゼオが云うには、一線を『踏み越えさせられた』怪物、だとの事。

 ――とは云ってもな、俺にはお前が怪物だなんて思えねぇんだよ。

 下げた掌を握り締めている青年の姿を見て、玄ノ助は口の中でそう一人ごちた。

 店の入り口の戸が開いた事を教えるベルが鳴ったのは、そんな時だった。客か、と踵を返しかけた所で玄ノ助は首を傾げた。妙だな、休憩時間はまだ終わっていない。こんな時間に来る客なんて……

「あ……私、行ってきます」

「いや」

 少しばかり居心地の悪さを感じていた玄ノ助は、外に出ようとするセレスを止めて、俺が行く、と続く言葉を紡ごうとしたが、割って入る様に発せられたゼオの声によって遮られてしまった。

「俺が行って――」

「ダメだよ。ゼオ、怪我してるじゃない」

「だが……」

「大丈夫! いつまでも子供じゃないんだよ」 

 自信ありげに胸を張ったセレスは振り向き様に、ちらと是王の方を振り返りつつ、店に通じる扉を開けた。

 そのまま店の方へと赴く背中を見た玄ノ助は、少女の意外な聡さに少し驚いていた。彼女は気付いている。ゼオの『傷』が肉体ではなく、精神の――深い所に付けられた物だと。

 掌を握り締めて俯くぜオの顔を見据えて思う。もしかしたら彼の抱えているナニカは、自分が考えている以上に業の深いモノなのかも知れない。

 その瞬間、真一文字に結ばれていたゼオの唇が僅かに歪み、歯軋りの音が聞こえた気がした。

 

 

 

 店の入り口に立っていたのは、全身黒づくめの男だった。

 黒のスーツと黒のネクタイ、そしてオールバックにサングラスという出で立ちは、バイクショップという場所において明らかに浮いていた。あからさまに怪しく、正直関わり合いになりたく無かった。

 それ故に、セレスはどう声をかけようかと迷っていた。が、そんな事をしている内に、男の方から話しかけてきた。

「……失礼ですが、此処に皇 ゼオさんと言う方はいらっしゃらないでしょうか?」

「!」

 ――あ……この人……

 魂の一番深く、暗い汚泥が沈殿する場所からいくつもの影が浮かび上がる。それは、彼女がもっとも忌避するモノ共。この世に決して居てはならない存在。何故そう思ったのかは、自分でも良く解らない。が、確かに『そう思えた』のだ。そして、それは決して間違ってないとも思えた。

「皇 ゼオは俺だ」

 どうする事も出来ずに恐慌状態に陥りかけたセレスを救ったのは、事務室から姿を表したゼオだった。客商売としては、およそ誉められたでは無かったが、彼も一目見て男の怪しさに気付いたらしい。そのまま油断なく睨みつけたまま、男とセレスの間に入った。

 黒づくめ本人も、その事を自覚しているらしく、サングラスの下の薄い唇が苦笑の形に歪んだ。

「……私はこういう者です」

 ひどく機械的な仕種で、男は一枚の名刺を差し出した。

 それには、『マルクト・コンツェルン日本支社私設警備部 ジョン・ドゥ』と印刷されていた。

 セレスは、その名前に妙な既視感を覚えた。はて、どこで見たのか――

 隣で名刺を覗き込んでいたゼオが、くつくつ、声を押し殺してと笑った。

「ジョン・ドゥ……冗談にしては趣味が悪すぎるな」

「私もそう思います」

 思い出した。昔、是王に教えてもらった。教会領(アメリカ)辺りでは身元不明の死体をそう呼称する、と。

 『自称』名無しの死体(ジョン・ドゥ)は、ただおどけた様に肩を竦めたが、そこには一片の感情も在りはしない。ただ無機質であるだけ。

「……それで、そのマルクト様が俺に何の用なんだ?」

「単刀直入に言いましょう。ある方が、貴方に会いたがっているのです」

「マルクトに、知り合いなんていないハズなんだが、ね……」

 そう言ってゼオは顎に手を当て、考え込んだ。勿論、コレはポーズ。相手から少しでも情報を引き出す為の……小細工だ。

「その方はこう仰っておりました。私はアナタが必要としている力を持っている、だから取りに来なさい。と」

 ゼオが憮然とした表情で呆れ返っていた。無理もない。自分でも温厚な方だと自負しているセレスでさえ、この物言いは無礼だとわかる。

 ふとゼオの様子を伺ったセレスは、彼がまたも声を押し殺して笑っている事に気づいた。どうやら、ゼオは『ある方』とやらの正体に感づいている。

「そう、か……」低い笑い声の間を縫って、心底愉快そうな、それでいて殺気に満ちみちた声が大きく吊り上がった唇から漏れた。

「ジョン・ドゥ――さん、だったか?」

「はい」

「案内してくれないか? その『ある方』とやらが引き篭もっている場所に、な」

 

 

 

 

 

 3

 

 

 東京イーストエリアの南西の外れには、広大な森林地帯がある。欝蒼とした森は何時の頃か、自殺の名所として知られていた。生者の侵入を拒み、死の匂いがたゆたう場所は人々から忌避されて久しい。ましてや、直ぐ近くには『壁』がある。無闇矢鱈に足を踏み入れようとする者など居るはずが無い。

 夕暮れが過ぎ、夜に差し掛かった原生林の中は既に夕陽を拒み、黒々とした闇を纏っている。まるで途方も無く巨大な生物の腹の中を連想させる木々の間に、不規則な喘ぎ声が響いた。

「はぁ……はぁ……」

「ぜぇ……ぜぇ……」

「二人共……別に無理について来なくても……」

 ゼオは、後方で息を切らしている二つの影──セレスと玄ノ助に言った。森林地帯は遊歩道を一歩外れれば、自然の悪戯が作り出した高低差の大きい地形が広がっている。それに加え、自殺した人々のモノか、そこら中に漂う死臭が徐々に体力を奪っていく。それなりの訓練を受けているゼオやジョン・ドゥはともかく、セレスや玄ノ助には些か酷であろう。だが、それでも彼らは止まらなかった。

「へへ……いいじゃ、ねえか……なんか、面白そう、だしよ……」

「ゼオが、行くなら、私も、行く……」

 息を切らし、今にも倒れそうな二人。そんな彼らの様子を呆れながらも一瞥したゼオは、前方の黒づくめ──ジョン・ドゥへと視線を滑らせた。自らに向けられている視線に気付いた彼は何かを含んだ笑顔で、こう答えた。

「私共としては、別に構いませんが?」

「そう、か」

 ゼオは右手を側頭部に添え、溜め息をついた。何故だかこめかみがきりきり痛んだ。

「あぁ、そうだ」ふと、ある事に気付いたゼオは、ジョン・ドゥに尋ねた。「あんた……一応、マルクトの人間なんだよな?」

「ええ……それが何か?」

「今、向かっている所の事なんだが……」

 ゼオはそこで言葉を一旦区切り、黒ずくめのサングラスの向こう側を見据えた。光を透かさない真っ黒いレンズの下は、改造人間の眼をもってしても伺い知る事は出来ない。しかし、ゼオにはその下の瞳が薄く細められたのが解った。

「真逆『第零』じゃないだろうな?」

 黒ずくめは問いには答えず、代わりに軽く肩を竦める。是王には、それだけで全てを理解した。

 それから暫く昏い森を歩き続けた。同じ様な風景の連続に無限の迷宮を彷徨う錯覚を覚え、苛立ちがこみ上げ始めた。

 それから更に歩き、見晴らしの良い場所に出た。

「――着きました」

 黒ずくめが前方を指差した。その先には、檻の様に等間隔に聳え立つ原生林。そして、それらに囲まれる様に鎮座する建造物が在った。

「あれがマルクト・コンツェルン日本支社第零秘密研究所――通称ノーバディ・ラボラトリです」

 ――……やはり、な。

 ゼオは、口の中でそう呟いた。その紅瞳には確信の様な、諦めの様な、混沌とした光が漂っている。

「ん~~、研究所って言うより、何か刑務所みたいだな……」

 玄ノ助は首を捻りながら、呻く様に呟いた。彼の言うことも尤もだった。前方の建造物は高いコンクリート塀と沢山の木々に囲まれていて、研究所というより、監獄という印象だ。

「そろそろ陽が沈みます。急ぎましょう」

 そう行って先に進んだ黒ずくめの跡を追って、ゼオ達も研究所へと向かった。どこからか響くカラスの鳴き声が、不気味に木々の間を駆け巡っていた。

 

 

 

 施設の中は、全くの別世界だった。真っ白い特殊合金製の通路に満ちた独特の空気は、今居る場所が研究施設だと言う事を教えてくれる。

 エントランスを通過してから何度か研究員とすれ違ったが、どいつもこいつも生気の無い表情を浮かべてゆらゆらと過ぎ去ってゆく。薄気味の悪い想いを抱きながらも暫く歩くと、待合室の様な部屋に通された。一緒に居たハズのジョン・ドゥはいつの間にか居なくなっており、簡単なテーブルと安物のソファが置かれただけの味気無い空間にゼオ達は取り残された。

「静か過ぎて、気味悪ィや……」

 ソファーのど真ん中に腰を下ろした玄ノ助は、落ち着かない様子でしきりに身体を揺らしながら、辺りを見回した。

 彼の反応も、至極当然だった。この場所には、人が生きている場所にある筈の――言うなれば生活感、の様な――モノが感じられないのである。多くの生者が蠢いているにも関わらず。

 ――否……

 玄ノ助は思い出す。この部屋に来るまでにすれ違った研究員らしき人間の屍色の顔。あんな奴らばかりなら、それも当然か。

 どうしようも無い吐き気を覚えたものの、なるべく外へ出さない様に努めた。

「……それだけ職務に忠実って事ですよ。おやっさん」

 反対側に座っていたゼオが、柔らかな微笑を浮かべている。ごく自然な表情の様だが、どこかぎこちないのは気の所為か?

 玄ノ助は、尚も据わりが悪そうに唸った。

 ──まぁ、此処が異常だと言うのは確かだな……

 そんな事を考えながらゼオは、意識を隣の席にに移した。其処には、彼に密着する様に身を寄せたセレスが居る。小柄な身体は、一目ではわからない位小刻みに震え、伏せられた顔からは血の気が引き、青ざめている。

 悲痛な眼差しで、怯える少女を見つめたゼオは、天井を仰いで口中で呟いた。

 ――やはり、似ている。

 そう、此処はよく似ているのだ。……あの悪鬼どもの遊び場に。

 ゼオは尚も震えるセレスの身体を、宥める様にそっと抱き寄せた。一瞬落ち着いた様に思えたが、彼女を蝕む震えは、依然として止まらない。

 暫くして、スライド式の自動ドアが開き、そこから小柄な女性が入ってきた。

 ブカブカの白衣に包(くる)まれたその姿は、背伸びしたい子供、といった印象だった。

 幼い顔立ちを飾る結い上げた赤茶色の髪と、その下に嵌め込まれた猫の様な大きな吊り目がちの瞳が目を引く。

「こ、子供……?」

 だらしなく開いた玄ノ助の口から、そんな言葉が零れた。そして、無駄の無い所作でソファに腰掛ける女性を見るや、訝しむ様に眼を眇めた。

 当然の反応だ。彼女の風貌はこの血の通わぬ施設には似つかわしく無いのだから。

「久しぶりね『スフィンクス』いえ……今は『ALICE』と呼ぶべきかしら?」

 訝る玄ノ助の視線を受け流し、口を開いた女性の声色は酷く無機質だ。起伏が乏しく、温もりを一切感じられない。彼女の物言いは、脳裏に忌まわしい過去を呼び起こすのに充分であり、ゼオは無性に怒りを覚えた。そして、気付いた時には、吐き捨てる様に否定の言葉を投げつけていた。

「その名は両方共捨てた。今の俺は――」

「皇 ゼオ、そして仮面ライダー」

「……知っていたのか」

 ゼオは意外そうに眉を顰めた。少なくとも、自分が知る彼女は研究以外に興味を持った事など、ただの一度も無かった。全てに対して無感情――それが目の前の女だったハズ。

「あ、あのぉ~」二人のやり取りを黙って聞いていた玄ノ助が、よそよそしく間に入った。「失礼だが、あんた一体何モンだ? コイツとは知り合いみたいだが……」

 それを聞いた女性は黙って姿勢を正し、玄ノ助と向き直ると慇懃だが冷淡な口調で語りだした。

「自己紹介が遅れました。私は結城 明日香。若輩ながら、この第零研究所の所長を勤めさせて頂いてます」

「えッ!?」

 大袈裟に驚愕した玄ノ助は、酸欠気味の金魚の様に口をぱくぱくと動かしていた。

こんな子供が、とでも言いたかったのだろう。

が、混乱して思考停止状態に陥った脳が舌を麻痺させてしまったらしい。

「コイツは、かつて俺と同じ『組織』に居たんです。尤も、コイツが居たのは『本社』の方でしたが」

「ほん、しゃ……?」

「おやっさんはファウスト・グループを知ってますか?」

「あ、あぁ結構、有名、だしな」

 玄ノ助はまだ先程のショックが抜け切れて居らず、呆然としていた。が、すぐに気を取り直して、額に手を添えて唸った。

「ファウストって、アレだろ? 確か世界第二位のシェアを誇るっつー軍需企業の……あ、でも洗剤なんかも出してたっけ?」

「それは、一部門に過ぎません。ファウスト・グループは世界有数の規模のコングロマリット。即ち――経済の力で世界に干渉する事が出来る限られた存在」

 事実だけを伝える声音で、白衣の女が淡々と語った。

「俺はそのファウスト・グループが保有する私設戦闘部隊『シェイド』の兵士として、コイツは技術者として社の庇護の下で改造人間や兵器開発、技術研究に携わっていたんです」

 白衣の女の語りを遮る様に、ゼオは言葉を継いだ。

 玄ノ助は今度こそ、声すら出せない程に驚いた。これは、当然の反応だろう。誰しも、まさか自分に身近、そして生活に根差した存在が実はトンでも無くキナ臭いモノだったなど、夢にも思うまい。

「……信じられないのも無理ないわね」

「ですが、これは事実です。それに何もファウストだけじゃない。何処もかしこも、大っぴらに出来ない様な手段で『利益の種』を蒔いて、育て、そして、刈り取る。それが……俺達の居た世界です」ゼオはそこで言葉を切りると、結城 明日香の能面の様な貌を見据えて再び口を開いた。「此処(ノーバディ・ラボラトリー)だってそうなんだろ?」

「まぁね」

 明日香が鉄面皮を保ったまま目を伏せた。ゼオは、そんな彼女に更に問いを重ねた。少々辛辣かもしれないと心が痛んだが、この位で落ち込む様なタマでもないだろう。

「ところで、何故、俺をこんな所に呼んだんだ? 昔の話をする為じゃ無いんだろ?」

「……そうだったわね」そう言うと明日香は静かに立ち上がり、「ついて来て。貴方に見せたい物が有るの」と感情の篭らない声で云った。

 

 

 

 白一色で構築された廊下に、硬質な足音が二つ、こだまする。機密漏洩を防ぐ為、あらゆる透過光線を防止する特殊素材の空間には、ゼオと明日香以外、誰も居なかった。否、この長く連なる分厚い壁の向こう側には居るのだろうが、矢張り明瞭(はっきり)と気配を感じ取れない。

 まるで、幽霊だ。

 ――幽霊……言い得て妙、だな。

 先程、玄ノ助にはココの研究員は熱心だといったが、本当はそんな言葉で収まる様な奴らでは無い。熱心であるのは間違いないが、それが行き過ぎて狂気と呼べる粋に達している。そして、彼らは例外無く人間性を捨てている。己がエゴの為に。

「例のアサシンボーグ――どうやら見境無くを襲っている訳じゃない様ね」

 先を行く明日香が、淡々とした口調で語った。超感覚を以ってしても読めない彼女の在り様は、ゼオを無性に苛立たせた。

 答えが返って来ないのにも構わず、明日香は続けた。

「最初は、保養所、次は教育施設、最後は集合住宅。一見、無差別に襲ったように見えるけど、それらには、ある共通点がある。それは……」

「全て、難民血族の受け入れ先」

 ゼオが先回りする様に、結論を述べた。

「そう、公にはされてないけどね」

 忘れようとしていた汚泥の腐臭に、ゼオは思わず眉を顰める。

 道理で、警察の動きが鈍かった訳だ。

 お偉方にとって、長年頭を悩ませていた問題を有耶無耶にするには、今回の事件はうってつけだった。だから、意図的に警察の捜査を遅らせた。

 要は、怪人の犠牲になった人々は国に見殺しにされたのである。

 確かに『血族』絡みの話がデリケートであるのは、百も承知している。が、それを呑み下せるかは、また別の話だ。

 人の世の歪みと云う奴は、何処に居てもついて回るのものか、とゼオは密かに嘆息した。

「そう云えば……連れて来なくて良かったの? あの二人」

「あの二人は勝手について来ただけだ。

それに、セレスは大分参ってるみたいだからな」

「……そんなに厭だったの? 彼女」

 平然と話す明日香に、是王は無言の圧を返した。そうだった。この女は、此処の――ノーバディ・ラボラトリの所長。つまりは、人間を辞めた奴らのボスだ。愛や情の類いなど、欠片も持ち合わせては居ないのだ。

「まぁいいわ……それにしても、よくジョン・ドゥについてくる気になったわね。

アタシが云うのもナンだけど、怪しいじゃない、彼」

「……伝言だ」

「伝言?」

 頭(こうべ)を巡らせた明日香が問い掛ける眼差しを向けてきた。正直、眼を合わせたく無いし、口も利きたく無かったが、それも何か悔しい気がしたので、感情を押し殺した声で答えた。

「あんな偉そうなセリフを吐けるのは、俺が知っている限りでは貴様くらいだからな」

「成程」

 明日香は、可笑しそうに薄く笑った。

 暫くすると、二人は巨大な鉄の扉の前へ辿り着いた。その扉には鎖や様々な種類の呪符、そして大型の南京錠等が幾重にも巻き付けられている。

「此処、か?」

 ゼオは、無骨そのものと云う風な扉を見上げながら言った。

 同じ様に頭を上げていた明日香が、無機質な口調で語った。

「堅牢な物理封印と、強固な魔導封印で幾重にも固めた破壊不可能な牢獄。

『危険な猛獣』を閉じ込めるにはうってつけよ」

「猛獣?」

「ええ、そうよ」明日香の口の端が大きく吊り上がった。普段の彼女からは信じられない位、その表情は嬉々としている。「それこそが、貴方に見せたいモノ、よ」

 何時の間に取り出したのか、手の甲の部分に魔方陣を刻んだ鋼鉄製の篭手を着けた明日香が軽く手を添えると、重厚な鉄扉が魔獣の呻きの様な腹に響く音を発しながら開いた。

 その向こうに広がっていたのは闇と冷気の空間。暗くて解り難かったが、岩を削り出した様な暗色の床や壁面にはドス黒く変色した大量の血飛沫が刻まれている。

「寒いな……」

 足を踏み入れて最初に感じたのは、想像以上の気温の低さだった。外界はまだ春に入ったばかりだというのに、この空間だけはまるで逆――真冬を通り越した極寒だ。吐気も白くなっている。

「案外、冷気って効くのよ」

 そう言った明日香が、前方を指し示した。それを辿ったゼオの眼が、凍える世界の中で微かに振動する物体を捉えた。

「あれは……?」

 闇と冷気の中で蠢いているのは、幾多の拘束具と鎖によって押さえ付けられた白銀色の機械――バイクだった。光なき世界に在っても、それは己が存在を主張するかの様に冷たい輝きを放っている。

「あれが貴方に見せたかったモノ……ファウストの技術部が総力を挙げて造り上げた科学の怪物――『ALICE』専用マシン、名付けて『メタルサイファー』」

「俺、専用……?」

 呆然となるゼオを尻目に、封印領域へと歩み寄った明日香が、霜が降り積もった銀色の装甲を軽く撫でる。すると、黒いビニールテープで封じられたライトから光が漏れ、眠りから覚めた鉄の獣がその冷たい肉体を震わせた。

「そう、ファウストが貴方の為に製造した最高の強襲戦闘機馬……のはずだったんだけど――」

 明日香は軽く息を吐くと、忌々しげな皺が寄った眉間を指で押さえた。

「俺が、組織を裏切った」

「そう……貴方の裏切りによって、ファウストでは貴方に関する様々な計画が危険と見做され、次々と凍結されたわ」

「コイツもその一つ、という訳か」

 是王はメタルサイファーを見据えた。白銀の機体は、未だその身を震わせている。まるで怒り狂っているかの如く。

「この子――メタルサイファーは貴方が脱走する前にはもう組み上がっていたの。だけど……」

 メタルサイファーを縛りつけていた拘束具が、冷気を切り裂きながら次々と弾け飛んだ。その度に、エンジンから発せられる獣じみた唸りが大きくなっていく。

「その後、俺が組織を脱走。そして、俺専用に造られたコイツも処分されようとしていた」

「迷惑な話よね、ホント」

 明日香が軽く肩を竦めると同時に、メタルサイファーの拘束具がまた一つ弾け飛ぶ。

「そして、処分が決まる直前、私はメタルサイファーと共に組織を脱走した」

「愛着でも湧いたか?」

「さぁ?」

 のらりくらりと追及をかわす明日香に、ゼオは違和感を感じた。以前の彼女は、冗談や軽口の類などは一切吐かぬ正真正銘の鉄の女だった。だが、今は違う。人間らしい、と言うべきだろうか。

「……で? 俺はどうすれば良い」

 違和感を抱えたまま、ゼオは、その感情を隠す様に本題にを踏み込む。

 明日香は無表情のまま、視線だけを是王の方に向けた。

「だから、俺はアイツに何をすれば良いんだ? その為に呼んだんだろう」

「何も」

 しなくていい、と言いたげな態度だった。

「――?」

「するのは、あの子の方だから」

 直後、メタルサイファーの鼓動が一層大きくなり、新型魔導エンジンの生む咆哮が辺りに衝撃を撒き散らす。

「つ――ッ! 何なんだアレは!?」

「あの子――メタルサイファーには、独自の魔導理論によって産み出された人工精霊『アテナ』を封じ込めているのよ。でなければ、あんな風に縛りけたりなんかはしないわ」

「正に、怪物だな」

 是王は改めて、メタルサイファーを見据えた。身体に触れる大気がびりびりと震えているのが解る。鋼のボディから発せられる覇気が空間ごと大気を揺らしているのだ。

「だから貴方専用なのよ。実際、過去に幾人ものテストドライバーが挑戦したけど、皆あの子にやられているわ」

 そう言って、明日香が部屋中にこびりついた血の痕を見回した。犠牲になった者達の死を悼んでいるのだとしたら、もはやゼオの知るかつての彼女は存在しないのかもしれない。

「俺でもダメかもしれんぞ?」

「その時は、その時よ」

「……そうか」

 ゼオは、無意識に口元を笑みの形に歪めながら、メタルサイファーに向かって歩き出した。上等だ。俺の為に造り上げられたと言うのなら、それくらいでなければ困る。

 ――聞こえるか、メタルサイファー。

 ゼオが近付くにつれ、メタルサイファーは更に強く眼を輝かせ、更に大きく吼えて威嚇した。怒りか、憎しみか。純度の高い悪意を受け流し、機獣の鼻先まで歩み寄ると、白銀色のカウルにそっと手を添えた。

 ――お前は、殺したい程俺が憎いんだろうな。だが、

 ゼオの黒瞳が、深紅を宿した。肉体の内奥に潜んだモノがじわり、と滲み出す。

 ――俺には、力が必要なんだ。これからも奴らと戦っていく為に……生憎、まだ死んでやる訳にはいかないんだ。

 ゼオから湧き出したモノに反応したのか、先程までの状態が嘘の様にメタルサイファーが大人しくなった。まるで、己より強き者に恭順する獣の如く。

 その一部始終を見ていた明日香は、相変わらずの無機質な声で、メタルサイファーの新たなる主を労った。

「やったわね」

「みたいだな――ッ!?」

 その時、ゼオの脳裏に『何か』が過ぎった。虚空を飛び回る果てしなく黒い衝動、それは――

「どうしたの?」

 異変に気付いた明日香は、恐る恐るゼオの顔を覗き込んだ。

「奴だ……」

「え?」

「アサシンボーグ……ッ!」

 ゼオは明後日の方向を見つめ、言った。

 改造を施され、常人を遥かに上回る超感覚を持つ彼の意識は、隔壁の遥か向こう――外界に居るハッキリと異形の姿を捉らえていた。

 ――とは云え、大分薄れているな……

 しかし、長く組織の調整を受けていないせいか、その超感覚も少しずつ薄れていた。完全に消えてしまうのも、時間の問題だろう。その事を自覚しつつも、どうにも出来ないもどかしさ故に、口の中で沸き上がる悔しさを噛み締めた。

「どうするの?」

「……決まっているさ」

 

 ……だとしても、自分のすべき事は変わらない!

 

 ゼオは眼前で腕を交差させた。

「――ハアッ!」

 気合いと共に交差した腕を引き、腰溜めに構える――

 

 ――ドクン……

 

 その直後、腰部から紅光と衝撃を伴って銀色のベルトが現れると、両腕をベルトの前で交差させた。ぎりぎり、と人工筋肉が軋む。

 それから、右腕を左上に、左腕を右下に翳し――

 

 ――ドクン……

 

「変……」

 身体の深奥で胎動するモノを知覚しながら左右両の腕(かいな)が少しずつ回転させ、水平の位置に置く――

「……身ッ!!」

 最後に、握り込んだ両の拳を一気に身体の前で打ち鳴らした!

 一連の動作が終わると、ベルト中央の紅色の石が強く輝きを放ち、次の瞬間にはゼオの肉体は、異形の怪人へと姿を変えていた。それから一拍も置かぬうちに、怪人は銀色の鎧を纏った異形戦士――仮面ライダーAIZENへと変貌していた。

 

 

 

 

 

 

 

 4

 

 

「キャアアアアッ!」

 人気の無い夜の倉庫街に、恐怖を孕んだ女の悲鳴が響き渡った。

 使われなくなって久しい寂れた廃倉庫の一つ、その奥でニつの影が蠢いている。一つは、腰を抜かした赤いスーツを着た女性。そして、もう一つは女性ににじり寄る黒翼の異形。

「あ、ああ……」

 黒翼――蝙蝠怪人は、耳障りな声(ノイズ)を発しながら、極めて嗜虐的かつ邪悪な笑みを浮かべて女性ににじり寄った。

 怪人の腹の内で血に対する欲望が渦を巻き、吸血衝動へと転化する。そして、それが頂点に達すると同時に、腕と一体化した翼を広げて俊敏な動作で女性に飛び掛かった。

「イヤアアアァッ!」

 女の悲鳴が闇に谺した時、天井近くの窓を突き破り、更なる影が乱入してきた。星明りを背にした影は蝙蝠怪人を飛び越えると、両者の間に割って入る様に着地した。

 折角の楽しみを邪魔された怪人は、憎悪に満ちた視線を前方の闖入者に叩き付けた。

「『ALICE』ゥ……!」

 蝙蝠怪人は、女性を庇う様に立つ影の正体が自分の知る中で最も忌むべき存在だと気付き、本来は言葉を発する事の出来ないハズの喉を震わせ、忌まわしきその名を呼んだ。しかし――

「違う……」

「ッ!?」

 破壊された窓から射し込む冷たい星光が、影を照らした。身に纏っていた闇が削ぎ落とされ、荘厳なる白銀の装甲と無骨そのものである仮面が露となった。

「俺は、仮面ライダー……仮面ライダーAIZENだッ!」

 

 

 

 同じ頃、立花 玄ノ助は待ちくたびれていた。

 あれから大分経ったが、是王達が戻って来る気配は一向に無い。痺れを切らした彼はだらり、と天井を仰ぎ、ボソボソ、と何事かを呟いた。

「……ったくよぉ、一体何やってんだよ? アイツ――」

「彼なら、さっき出て行ったわよ」

 背後から響く無機質な声に、玄ノ助は思わず飛び上がりそうになった。

気配など全くしなかったのに。

慌てて振り返った彼の視界に入ったのは、幼さを残した赤毛の女の仏頂面だった。

「何だ、あんたか……」

 声の主の正体がわかった玄ノ助は、我知らず安堵の息を吐いた。そんな彼を尻目に、明日香は両手に抱えた沢山の書類をテーブルの上にぶちまけた。ちら、とそれらを覗き込んだ玄ノ助は、ぎっちりと詰まった活字の群れに、そんな愚かな行為に走った事を後悔するハメになった。難解すぎて吐き気が込み上げてくる。

 明日香がソファーに腰掛けようとした時、何かに気付いたらしく、ほんの少しだけ声のトーンを落として玄ノ助に訊ねた。

「ねぇ」割と大きめの鳶色の瞳が滑り、玄ノ助の隣で体を丸めている少女を捉えた。「彼女、寝ちゃったの?」

「ん? ああ、一寸前にな」

 そう言いながら、玄ノ助は傍らのセレスの頭を優しく撫でた。先程の怯え様が嘘のように、少女は穏やかな寝息を立てて眠っている。

「ところで、あんたさっき、アイツ――ゼオは出て行ったって言ってたけどよ。一体、何処に?」

 玄ノ助の問いに対し、明日香は乱雑に置かれた書類の一つに眼を通しながら、答えた。

 

「……貴方、『仮面ライダー』って知ってる?」

 

 何の脈絡も無く出たその言葉に玄ノ助は少し面喰らったが、すぐに己の記憶の水底を浚い回した。確か、何処かで聞いた様な気がする。何処だったか。

「え~っと……あ、思い出した。確か『時代が望む時、必ず甦る』だか『炎の風』……子供の頃、良く聞かされたぜ――

あれ? そう言えば、アイツも……」

「そう」

 溜息混じりに漏らした明日香の表情に、一抹の哀しみが浮かび上がる。気にはなったが、それを追及する気には、どうしてもなれなかった。

 

 

 

「行くぞ、メタルサイファー」

 力強い口調で言ったAIZENが、鋼の騎馬に魂を吹き込むべくスロットルを回そうとした。しかし、明日香はそれを止めて、ある問いを投げ掛けた。

「待って。一つ、聞いても良いかしら?」

 AIZENが振り返った。髑髏じみた仮面は、何時見ても気後れしてしまう。だが、明日香は深呼吸して気を落ち着かせ、発するべき言葉を、頭の中で一言ずつ纏め上げた。

「――貴方は何の為に……誰の為に戦うの?」

 その問いこそ、彼女がゼオを此処に招いた最大の理由だった。

 『ALICE』が日本に逃げ込んだ――その報を聞いた時、最初に浮かんだのは疑問だった。彼は何故『組織』を裏切ったのか。そして、あの人は何故同じ道を選んだのか。

 どうしても、知りたかった。

 AIZENが一瞬、面を食らった様な意外そうな反応をしたが、構わず話し続けた。

「私が知っていた貴方は、護るべきモノ、愛する人も……何も無かった。なのに何故?」

「護るべきモノなら有るさ――いや、違うな……『見つけた』んだ」

 明日香の問いに答えたAIZENが、漆黒の隔壁を仰いだ。冷たさを孕んだ無機質な複眼の奥に、純粋な感情が揺らめいている気がした。だから、何の迷いも無く、明日香は尋ねた。

「見つけた、って?」

「さぁ、何だろうな?」

 それ位自分で考えろとでも言いたげな、ぶっきらぼうな物言いに反して、その声からは穏やかさが滲み出ていた。だから、彼女は確信した。今、目の前に居るこの異形の戦士にメタルサイファーを託したのは間違いでは無かった、と。

「それじゃ……行って来る」

 続けて紡がれたAIZENの言葉は、素っ気無い。だが、其処には一寸の迷いも無く、力強い意志と揺るぎ無い信念が在った。

 

 

 直前までのAIZENとのやり取りを思い出していた明日香は、書類に埋め尽くされたテーブルを眺めながら、誰にも聞こえない位の小声で呟いた。

「――何故、貴方が『仮面ライダー』を名乗ったのか……

漸く理解出来たわ」

「ん、何か言ったか?」

「いえ、何でも」

 書類の一枚を手に取った明日香は眼を合わせぬまま、玄ノ助の問いかけに返しを入れた。流石に無礼かと思ったが、どうやら、あまり気にしていないらしく、幾つかの書類を難しい表情で睨んでいた。

「そっか……で、この書類は?」

 玄ノ助が、散乱した書類を眺めながら訊ねてきた。先程から終始渋い顔をしている所を見ると、彼はこの手のモノが苦手らしい。まぁ、気持ちは解らなくも無いが。

「始末書」

「……は?」

「だから、始末書よ。当然じゃない。上に無断で貴方達と接触して、最高機密まで渡しちゃったんだから……減給は確実ね。あぁ、それに……」

 止めどなく溢れてくる愚痴に、明日香はこういう時ですらも回転の早い己の頭を恨めしく思った。

「なんて云うか、苦労、してるんだな」

 同情と憐憫がない交ぜになった声が玄ノ助の唇から零れた。正直ちょっと頭に来たが、それを表に出さず、淡々と言葉を紡いだ。

「そう思うんだったら手伝ってくれない? この中で、手が開いているの貴方だけなんだから。あの子は駄目みたいだし」

 言われるままに書類を読み始めた玄ノ助が、チラチラと哀れみの眼差しをこちらに向けてきたが、明日香は今度こそソレを無視する事にした。

 

 

 

「ハアッ!」

「キ、キイイイイッ!」

 AIZENの拳をまともに喰らったコウモリ怪人が、満身創痍の肉体を一気に急上昇させて天井を突き破った。その姿が、闇夜へ溶けていくのを見たAIZENは、すぐに振り返って襲われていた女性に駆け寄った。

「ヒッ……」

 影を孕んだAIZENの姿を見た女性は身を震わせ、後ずさった。無理も無い。彼女から見れば、自分も奴等と同類なのだろう。

「――早く逃げろ」

 だとしても、やるべき事は変わりはしない。静かに忠告したAIZENは踵を返し、近くに停めてあったメタルサイファーに跨がって廃倉庫から走り去った。

 怪人の気配は、まだ遠くない。

 

 

 

 夜天に舞う黒影――蝙蝠怪人スナッチバットは焦っていた。

「チィィ……『ALICE』ゥ……」

 十分に任務を遂行出来無かった上に、天敵たる『ALICE』に発見されてしまった為である。

 取り合えず血に染まった思考を払い除けて後の事を思案していたその時、スナッチバットの強化された聴覚がある音を捉らえた。

 その音は聴覚から否応無く内奥に入り込み、遂には意識を現実に引き戻した。

「ッ!?」

 視線を向けた先には、自身と同じ白銀の鎧に包まれたバイクに乗って、自分を追う『ALICE』――仮面ライダーAIZENの姿が映っている。

「今度は――逃がさんッ!」

 そう叫ぶAIZENのフェイスガード越しに見える紅の輝きにスナッチバットは慄いた。

 だが、奴は所詮地を這う虫けらに過ぎない。天を往く此方に手も足も出ない筈――だと云うのに、何故こうも恐ろしいのか!?

「飛べえッ! メタルサイファーーッ!!」

 AIZENはテール部分のブースターを展開させながらメタルサイファーをウィリーさせた。直後、メタルサイファーがテールノズルに真紅の焔を孕ませながらコウモリ怪人目掛けて飛翔する。

 スナッチバットは、その光景を一瞬、理解出来なかった。

 虫けらが――飛んだ?

「トオオォ!!」

 AIZENは飛翔したメタルサイファーを踏み台にして更に高く跳んだ。

 スナッチバットと同じ高さにまで至った時、フェイスガードが吹き飛び、深紅の複眼とマフラーが顕現――紅く輝いている。

「ギギッ!」

「終わりだ……ッ!」

 振りかぶったAIZENの右腕の装甲が展開して白銀の光を放出した。

 

「ライダァァァァッ! パァァンチ!!」

 

 新星の輝きの如き白銀色の光を帯びたAIZENの拳が、怪人の胴を貫く。一瞬のノイズ――そして暗闇。それがスナッチバットの見た最後の光景であった。

 

 

 

 AIZENと蝙蝠怪人が、激突する異形の戦場から数百メートル程離れた高層ビルの屋上。そこからは、銀色の光と朱い焔が天に向かって伸びるのがよく見える。アイボリーのローブを纏った彼は、暫くその光景を無感情な瞳で眺めていた。

「スナッチバット……やはり、あの程度か」

「あら、あれだけ出来れば十分じゃない。完璧とは言えないまでも、ここまで新人類の血を集められたんだから?」

 彼の傍らで事故防止用の鉄柵に腰掛けた女が、魂にそっと触れる様な猫撫で声で言った。

「……そうだな」

「そうそう。だからもう帰りましょうよぉ。それに……」

 女が口の端を吊り上げて笑った。彼は物凄く嫌な予感を感じつつも、横目で楽しそうに笑う女を見た。

「朝から何も食べてなくてねぇ。お腹空いちゃったのよぉ」

 貴方もどう? などと抜かす女に、彼は吐き捨てる様に、言った。

「悪食が……!」

 

 

 

 

 

 結

 

 

『終わったのね』

「ああ」

 戦いを終えたAIZENは、メタルサイファーの通信機の向こう側にいるであろう無愛想な女に向けて、素っ気なく答えた。

 それから暫くして、今まで頭の片隅で考えていた問いを投げ掛けた。

「……なぁ」

『ん?』

「あの時、もし俺がお前の問いにアレ以外の答えを出していたら……お前はどうするつもりだったんだ?」

『さぁね、答えにもよるわ……』

 明日香が、やや投げ遣りにそう答えた。しかし、継いで発せられた彼女の声は、恐ろしく冷たく、そして鋭かった。

『けど、もしも貴方があの子を危険な目的で扱うつもりだったら……私はあの子ごと、貴方をあの場で破壊したでしょうね』

「……笑えんな」

 彼女の事だ。間違いなく本気だったんだろう。まだ何か言いたげな気配を察したAIZENは、通信を強制的に遮断してメタルサイファーのハンドルに手を掛けた。

 

 

 

 携帯電話を耳に当てたまま、明日香は硬直していた。その眉間には、いくつもの皺が寄っている。明らかに不機嫌だ。

「……切りやがった」

 物理法則をも越えた殺人的な冷気を孕んだ声に、玄ノ助は思わず震え上がった。大の男が声だけで恐怖を覚えるなど情けないにも程があるが、この時の彼女は本当にそれだけの雰囲気を発していたのだ。いつの間にか書類を繰(く)る手を止めていた玄ノ助は、顔を上げた明日香と目が合ってしまい、こんどこそ肝を潰した。

 しかし、正面を向いた明日香の表情は、驚く程穏やかだった。

「……お疲れ様。とても助かってるわ」

「そりゃどうも」

 無愛想な口調になったのは、明日香の事がまだ信じきれなかったからだ。自分でも器が小さいと思ったが、『組織』絡みでは仕方あるまい。

「つつ……昔は結構こういう事もやってたんだがなぁ……歳はとりたくねぇや」

 何気なく肩を回した玄ノ助は、関節回りにコリコリとした塊があるのに気付いた。筋肉が凝り固まっている。歳だろうか。

「まったくね」

「まったくって……お前さんは、まだまだ若いじゃないか」

 我知らず、玄ノ助は苦笑した。少なくとも、彼女くらいの年齢の人間が言う様な台詞ではない。ところが、彼女の返答は玄ノ助の予想とは全く違っていた。

「私、これでも一応成人。あと仮面ライダーより年上なの」

 心なしか、彼女の声色に不満気な感情が混ざっていた。

 今、彼女はなんと言った? 仮面ライダーより年上、と言う事は、ゼオよりも年上と言う訳だ。確かアイツは、今年で二十歳だとか言っていたか。つまり、目の前の彼女の年齢は……

 玄ノ助は何か言おうとしたが、引き攣った頬と声帯が発したのは意味の為さない音だった。

「は」

 世にも間抜けなその声は、狭い部屋の中で虚しく反響し、消えた。

 

 

 

「――ん?」

 メタルサイファーを駆り、夜の街を走るAIZENは、ふと顔を上げた。

 ――何か、聞こえた様な……

 念の為、聴覚センサを最大に絞って辺りを探ってみたが、結局何も拾う事は出来なかった。

 気の所為と断じたAIZENは、再び前方に意識を向け、グリップを通して鋼の機馬に神経を張り巡らせた。が、掌に跳ね返る様な感覚を覚えた。

 しかし、直ぐにその正体を悟ると仮面の下で苦笑した。

「あっさり恭順したんで変だとは思ったが、やっぱりな」

 鋼鉄の肢体から発せられる反逆の意志は、今にも牙を剥かんとする誇り高き猛獣の殺気に良く似ている。それを一身に浴びて尚、AIZENは恐れを見せなかった。それどころかどこか嬉しそう笑い、「言ったろう?」と語りかけた。

「俺はまだ死ぬ訳にはいかない――が、もし全てが終わったら……その時はお前に付き合ってやる。だから……」

 AIZENは燃料タンクを軽く叩き、「それまではお前の力を頼りにさせてもらうぞ」と、気軽に、それでいて挑発するように云った。

 光に彩られた夜の街に、獰猛な獣の咆哮が響き渡った。

 

 

 

 

 ~fin~

 

 

 

 

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