序
――やっぱり殺しは、
――喉を掻き切られた瞬間の相手の顔と感触が、最ッ高に堪らねぇんだ。女の肉体なんざ目じゃ無いあの全身を突き抜ける高揚感。狂った? 大いに結構! あの快感が得られるなら、いくらでも狂ってやるさ。
――……そう言えば、あの薄気味の悪い餓鬼。確か、スフィンクスとか言ったか。アイツは『殺し』を任務と割り切っている様だが、クク……俺に言わせれば、ああいう奴程、な。そうだろう? 仮面のダンナ。
CASE‐1
彼は家路を急いでいた。最近、残業が続き、家族――特に子供の顔をろくに見ていなかった。随分、寂しい思いをさせただろう。だが、それももう終わりだ。明日からは、ゆっくりと遊んでやれる。
鞄の中に仕舞った子供への土産を確かめながら、弾む気持ちで彼が角を曲がろうとした時――
視界が、倒れた。
突然の事に狼狽した彼は、周囲を見回そうとした。が、それは叶わなかった。何故なら、彼の首は胴体から切り離され、地面に転がっていたからだった。
それに気付いた時、彼の意識は漆黒の闇に呑まれようとしていた。
深闇に侵食されゆく彼の脳裏を最後に過ったのは、愛する家族の姿だった。
CASE‐2
彼女は憤慨していた。
久々の上玉だと思って、張り切っていたのだが、終わってみれば、大した稼ぎにはならなかった。
一通り、鬱憤を吐き出し切って、彼女は途方に暮れた。
最初は、単なる小遣い稼ぎのつもりだった。が、やっていくうちに『クスリ』などという厄介なモノまで、ちらつく様になり、しまいには先日、仲間が警察に捕まったと聞く。
この話を耳にした彼女は、足を洗おう、と考える様になり、今回ついに決心がついた。
やはり売春など、自分には向いていなかったのだ。
辞めてからの事はあまり考えていない。しかし、真っ当な仕事に就こうとは思っている。今更だが、親孝行にはなる筈だ。
思考の海に沈んでいた彼女の意識が、規則的な電子音によって、現実に引き戻された。
それを聞いた彼女は迷わずポケットの中を弄り、桃色の携帯端末を取り出した。タッチパネルに表示されていたのは、一番親しい友人の携帯番号。それを確認した彼女は、無償に嬉しくなって、涙を流しそうになったが、理性で何とか押さえ込んで通話ボタンを押した時――それは起こった。
携帯の液晶画面が暗転したのだ。
不審に思った彼女は、色々とボタンを弄ってみたが、反応は無い。
ふと、彼女は暗転した液晶を覗き込んだ。そこに映っていたのは――
真っ二つに両断された自分自身だった。
CASE‐3
煌々と輝く満月の下、桜並木を眺める街道に敷き詰められた花弁が、薄紅色の絨毯を成している。それは幻想的と云うには、あまりにも儚く、そして鮮烈であった。
桜色に煌く
「凄いもんだな……」
その光景に、皇 是王は感嘆の吐息を洩らした。
ちょっとした息抜きのつもりだったのだが、この場所を見つけたのは、まさに幸運と云える。
この世界には、こんなにも美しいモノがある。だから、守る。何の衒いも無く、そう思える光景だった。
これから散策の時は、必ずこの道を通って行こう、と是王は密かに誓った。
「だけど、凄いのはコイツも、だな」
呟いて、是王は桜並木から、今や自分の身体の一部になろうとしているマシンの計器類に視線を滑らせる。
「高出力の最新型魔導エンジン、全周囲型のシンクロ・アイ、練金術式擬態システム、そして人工精霊アテナ――まさに化け物の為のマシンじゃないか」
不安と歓喜の入り混じった感情を呑み込みながら、是王は市販車に擬態したメタルサイファーのハンドルを握り直した。擬態の為、車体にはリミッターが掛けられているが、それでも解る。この冷たいボディの下に眠る、忌むべき獣の息吹が。
暫く走っていると、ゆらり、と一つの影が是王の目の前に現れた。
驚いた是王は、咄嗟に急ブレーキを掛けてメタルサイファーを停めた。幸い、そこまでスピードを出ていなかった為、大事に至ることは無かった。
「危な――」
「久しぶりだなぁ、『スフィンクス』ゥ」
「!」
是王の言葉を遮る様に影は、彼が嘗て背負わされた――忌まわしき名を口にした。
一瞬、たじろいだ是王だったが、気を取り直して影を観察した。
短く切り揃えられた髪の毛、安物のシャツとジーンズ、履き込んだスニーカー……どう見ても、どこにでもいる普通の青年にしか見えない――異様に、虚ろな瞳を除けば。
「貴様――何故、その名を……」
「あら? わからないのか。俺が。あ~、まぁ、この身体じゃあ確かにわからないわな……よし、わかった。『スフィンクス』、今から三十分後、ここから東にあるオフィスビル街に来い。俺は其処で待っている。あ、それと、もし来なかったら、お前が大事にしているあの女だが……ククッ」
青年が、下卑な声で笑う。同時に、その身はぼろぼろと崩れ落ち、笑い終わる頃には物言わぬ肉塊と化していた。
メタルサイファーから降りた是王は、暫く散らばった肉塊を見つめていた。
誰が、何の為に、こんな下らない真似をしたのか。静かな怒りが、熱き血潮となって是王の全身を駆け巡る。
怒りの炎を胸に、是王は何も解らぬまま殺されたであろう青年に、短い祈りを捧げた。それから、焦燥の滲んだ声で呟いた。
「セレス……ッ!」
1
立花モータース店主の立花 玄ノ助は、閉店時間をとっくに過ぎたカウンターから、店の外に広がる桜並木を眺めていた。
去年の今頃だったら、とっくの昔に散っていたであろう薄紅の花々が、商店街の中央をを横断している。今年は温暖な気候の所為か、まだ咲いている樹が多かった。
だからなのかは解らないが、此処何年も花見なぞしていなかった身に、その日の夜桜は新鮮に思えた。
「ん~~、やっぱ、呑むんだったら、夜桜に限らぁな」
などとのたまう酔っ払い――立花 玄ノ助――は、手元の一升瓶を豪快に喇叭飲みした。冷蔵庫の奥から引っ張り出した逸品だ。
普段は、商店街の燻し銀で通っている面相も、今や赤ら顔の山賊にしか見えなくなっている。
「かあ~~ッ! んっ、めぇ~~ッ!!」
その時だ。店の扉が勢い良く開き、泥酔していた玄ノ助が、驚いて椅子から転げ落ちたのは。
「おやっさん!」
ショックで、幾分か酔いの覚めた玄ノ助は、のっそりとカウンターから這い上がり、声がした方を振り向いた。そして、その正体がわかると安堵の息を漏らした。
「何だ、お前かぁ……」
声の主は、深紅のロングコートを羽織ったくすんだ銀髪の青年――ゼオであった。
彼は、酷く狼狽していた。玄ノ助が知る限り、こんな姿を見るのは初めてだった。
「どうしたんだ? そんなに慌てて――」
「セレスはッ!? セレスは何処にッ!?」
恐る恐る訊ねてみた。が、掴みかからんばかりの剣幕に、玄ノ助は思わず腰を抜かしそうになっていた。意思の強そうな瞳が揺れ、微かに紅い光が揺蕩(たゆた)っている。
これは……非常に、マズいんじゃないか?
「な、何だよ? いきなり。あいつぁ今日、バイトに行って……あれ? そう言や、もう帰ってきてもいいハズ……」
「――ッ!」
それを聞いた是王は、カウンターから弾かれる様に走り、そのまま店を飛び出した。ドアに取り付けられたベルが、虚しく鳴り響く。
「何なんだ? 一体……」
カウンターにしがみついていた玄ノ助は、呆然と呟いてから、先程見たゼオの眼を思い出した。
紅い光――それは、是王の『もう一つの姿』を象徴する輝き。
粟立つ気を落ち着かせる為に、一升瓶をもう一度呷った。
今度の酒は、あまり美味く無かった。
店を飛び出した是王は、ふと、過去の記憶に意識を向けた。
かつて『スフィンクス』と呼ばれていた時の忌まわしき記憶に……
2
超鋼合金で固められた居心地が悪くなる程無機質な通路。そこをただ一人、まだ人間であった頃の皇 是王――コード『スフィンクス』が足音を立てず、己の存在を希薄にしながら歩いていた。
「――なぁ、アンタ」
完全に埋没していた筈の少年を、何者かが呼び止めた。
スフィンクスは立ち止まり、視軸のみを巡らせて声の主を探した。
居た。スキンヘッドで鋭い目つき、さらには腰のベルトに大量のナイフを提げた、いかにも危険人物といった感じの男が壁に寄りかかってシニカルな笑みを浮かべている。
「そうそう、アンタだよ。確か……『スフィンクス』とか言ったか? あ、俺は『スコルピオ』ってんだ」
スキンヘッドの男――スコルピオはスフィンクスに近付くと、口許を心底愉快そうに歪めた。
「早速でナンだが、アンタ……俺と取引しないか?」
「何だと?」
スフィンクスは、訝しげにスコルピオの顔を睨んだ。笑ってはいるが、何故か意図が読めない。微笑の仮面で、巧妙に本心を隠したある種のポーカーフェイス。それだけで、この男が相当の手練だと解る。
「そんなに固くなりなさんな。何、簡単なハナシだ。アンタが今、受け持っている『殺し』のシゴト――そいつをオレに譲ってくれ。当然、俺はそのシゴトをまっとうする。だけど、手柄とアガリは全部アンタのもん、だ。どうだい? 悪い話じゃないだろ」
「……断る」
瓢々として、捉らえどころの無いスコルピオの出した提案を、スフィンクスは感情の篭らぬ無機質な声音で返した。
少年の返答が予想外の事だったのか、スコルピオは眼を丸くしている。とは云え、三白眼の所為で少々解り辛いが。
「驚いたな……正直、アンタなら自分から譲ってくれるんじゃないかと思ったんだけどなぁ」
「この任務は、俺に与えられたモノだ」
「そりゃ、ごもっとも」
スコルピオは観念した、と言う風に両手を広げて肩をすくめた。所作が一々大仰で、癇に障って仕方が無い。
「お前さん、見かけに寄らず頑固なんだな」
スフィンクスの肩に手を置いて、呆れた様な調子で言った。
「でもまぁ、当然か。何てったって『問いかけられた者は必ず命を落とす』って云われるくらいにゃ仕事熱心な御仁なんだもんなぁ」
「……知っていたのか」
自身のコードネームの由来を知った上で尚、こうも馴れ馴れしい男に警戒感を抱く少年。
問いかける獣――スフィンクス。
不本意ながら、その名は部隊内では有名になっていた。余計な尾鰭、と云う忌々しいオマケ付きで。詳しくは知らないが、碌でも無いのは確かだろう。
「あぁ、そうだ」スコルピオは、手を下ろすと先程までの嫌味ったらしい笑顔を引っ込め、代わりに神妙な表情を引っ張り出してスフィンクスに問うた。「一つ――聞いても良いか?」
スフィンクスは、答えなかった。代わりに、その黒瞳で眼前のギラつく三白眼を真っ直ぐ見据えた。スコルピオも、同じ様にスフィンクスの眼を見つめ返していた。
「アンタ、このシゴト楽しいか?」
「どういう意味だ?」
「どうもこうも無いさ」スコルピオは苦笑しながら頭上を胡乱気に見上げた。「楽しいか、楽しくないか、それが聞きたいだけさ」
「……さぁな」
スフィンクスは僅かに目を伏せ、素っ気無く云った。心の奥底で、何かが疼いた様な気がした。
そんな少年の内心を悟ったのか、男はどこか納得した様に頷いたが、次の瞬間、人の持ち得る表情とは思えない程の凶悪な笑みを浮かべた。
「……愉しいね、オレは」
まるで大衆に向けて一席打つかの如く、スコルピオは両腕を広げて、自身の想いを語った。
「喉を掻き切る瞬間のあの感触ッ! 肉を抉り取る瞬間のあの感触ッッ! そして、事切れる瞬間に見せる色々な感情に彩られたあの顔ッッッ! アレがよ、たまらなく良いんだ……ッ」
熱に浮かされたかの様な語りは、おそらく世界中のどの為政者の言の葉よりも情熱的で、扇情的で、そして狂信的だった。
「ホント愉しいゼ、生きてて良かったって腹の底から思える程にナァ」
身を仰け反らせ、嬉々として演説するスコルピオ。スフィンクスは、狂人たる男の身が更に熱を帯びて行くのを、ただ静かに見つめていた。そんな彼の黒瞳を、蠍の名を背負う男は瘴気を孕んだ眼差しで覗き込んだ。
「何が言いたいってか……簡単さ、お前も同じって事だよ……」
3
意識を現実へ戻した是王は静かに舌打ちした。よりにもよって、何故こんな事を思い出す!? 忌々しい事この上無いッ!
心中でそう吐き捨て、ある事に気が付いた。
――そう言えば、さっきの奴の口調……
是王の脳裏で、バラバラだったパズルの断片が、一つになろうとしていた。
「そうか……そういう事か」
全てを理解した是王はメタルサイファーを加速させ、月明かりに照らされた路を風の様に走り抜けた。
立花モータースのある商店街から二キロ程東――街外れに建つ廃ビルの一室。
虚ろになって久しい空っぽの空間に、刃物を擦り合わせる耳障りな音が不気味に響いている。
「スコルピオ」
金属同士を削り合う硬質な音を打ち消す様に、低い冷気を孕んだ声が薄暗い空間を掻き回す。
「嬉しいなァ『スフィンクス』ゥ。ちゃんと来てくれてよォ」
暗闇の奥に身を潜めていた抜き身の刃の様な禿頭の男――『スコルピオ』は、直前まで擦り合わせていたナイフを仕舞って振り返る。
邪悪な光を孕む眼差しが、をゼオを射抜く。
「あれだけ、派手に識別信号(シグナル)を打っていれば誰だって気が付く」
「ヒャハハッ! そりゃそうか。その分じゃ、俺の正体にも察しがついてたんだろ?」
「あんな趣味の悪いやり口……貴様以外に誰が居る?」
「……違ェ無え」
『スコルピオ』は立ち上がって腰掛けていた瓦礫の上から飛び降り、音も無く着地した。
「目的は何だ?」
ゼオは、邪な眼差しを跳ね退ける様に、相手を睨み返した。それが、『スコルピオ』の倒錯した嗜虐心に火を付けたらしく、歪んだ翳が彼の貌(かんばせ)に張り付く。
「なんてことはねぇサ。任務だよ、任務。ある女を殺せって――なッ!」
『スコルピオ』が、殆ど予備動作無しで右腕を振るった。刹那、銀色に光るモノが禿頭の男の掌から滑る様に飛び出し、是王の顔の横を行過ぎた。
大気を裂くソレは、塗料の剥がれたコンクリートの壁に深々と突き刺さった。
大型のファイティングナイフだった。怜悧な刃が割れた窓から差し込む月明かりを反射し、あるモノの姿を闇の中より浮き上がらせる。
「――ッ!」
ナイフが切り取った闇の中で眠っていたのは、ゼオの良く知る人物。かつて自分と共に『組織』から脱走した少女――皇 セレスだった。
驚愕するゼオを愉快そうに眺めて『スコルピオ』は言った。
「その女……セレスとか言ったか? そいつを『殺せ』との事だ」
「何……?」
「おいおい、そんなに驚く事か? ……まぁ、確かに組織としちゃあ何としてもあの女は生け捕りにしたいんだけろうけどな。俺のボスは――そうでも無いらしい」
身を屈めた『スコルピオ』は、俯くゼオの顔を覗き込んだ。翳に覆われた面(おもて)からは、何の感情も読み取れないが、背中から何かが燻っている様な気配は感じ取れたらしい。
瞬後、顔を上げたゼオの眼が紅色に光っていた。狙った獲物を逃さず、容赦無く噛み砕く狩人の眼だ。
それを目の当たりにした『スコルピオ』の奥底に潜む本能が恐怖し、全身の筋肉を萎縮させた。
痙攣を続ける顔面の筋肉が、歪んで……
「……クク……それだ。それが見たかったんだ」
吊り上った口許から零れるのは、狂気を孕んだくぐもった笑み。それはまるで、獲物を玩(もてあそ)ぶ獣の様だった。
「正直な、任務なんぞ如何でも良いんだ」
顔を上げた『スコルピオ』は、右手で左側の顎を掴んだ。
「何だと?」
「俺もな……上がったんだよ」
力任せに引き剥がした『スコルピオ』の皮膚と顔の間から、死の色の瘴気(ガス)が吹き出して部屋中に満ちた。
「お前と同じ――土俵に、な」
「……毒ガス!?」
ゼオは咄嗟に口元を隠し、瘴気のカーテンに身を包んだ『スコルピオ』を見据えた。
己が姿を覆う死のヴェールを脱ぎ捨て、現れたのは、『スコルピオ』と云う人間――だったモノ。
「よォ……」
蠍と人を強引に溶け合わせたか様な異形の怪人――ヘルスコーピオンが気怠そうに左手を掲げた。
ハサミ状になっている右腕がゼオの方へと向けられた。開かれた甲殻の内側より、無骨な鋼鉄が見える。
一目で、それが何かを察したゼオの本能が戦慄した。
鋏状の装甲からせり出した砲口より放たれた超高温の火炎弾が、大気を喰らいながらゼオ目掛けて疾(はし)った。
「……ッ!」
火炎弾はゼオの足下に着弾、爆発した。
床一面に紅蓮の華が咲き乱れ、焔が青年の肉体を飲み込む。
ヘルスコーピオンはしばらくの間、その光景を見つめていたが、やがて声にならない笑みを漏らした。
「それが今のお前か、『スフィンクス』――いや、仮面ライダー」
ヘルスコーピオンがに愉しげに笑う、と焔の中より、銀色の鎧殻をその身に纏った異形の戦士――仮面ライダーAIZEN・シーリングモードが姿を表した。
敵手と相対したAIZENは悠然と構えを取り、戦闘体制に入る。焔に照らされた鎧が、静かに燃ゆる闘志を表すかの如く、紅く煌いた。
「シャアッ!」
ヘルスコーピオンが、弁髪状の頭部ユニット『ホリックテール』から大量の呪毒液をばら撒く。
AIZENはそれらの軌道を見極めて、高速で前進しながら回避――間合いを詰めた。
「避ける時も前、ってか!」
殊勝なこった、と嘯く怪人との間合いを十分に詰めたAIZENは、がら空きの甲殻装甲に覆われた鳩尾へと渾身のアッパーを放った。が、それは怪人が咄嗟に添えた右手によって逸らされて、蠍の装甲を掠めるだけで終わった。
「チィぃッ!」
急いで腕を引き抜いたAIZENは、勢いのまま後方へ跳んで間合いを測り直そうとする。
が――
「そォらァッ!」
この状況を好機と見たヘルスコーピオンは、腰の装甲に収納されたナイフを数本取り出し、滞空中の敵手に投げつけた。
AIZENは、両腕を組んでそれらを防ぐ。
ガードを解いたAIZENは、すぐにヘルスコーピオンの姿を探した。が、しかし、先程までそこにいた筈の異形の姿は煙の様にかき消えている。
「――ッ!」
怪人の姿を探していたAIZENは、背後に邪悪な気配を感じ取り、振り向く。直後、胸部装甲に何かが押し付けられた。
それは、血の様に紅い甲殻の鋏――正確には、内蔵された砲口――だった。
こんな狭い場所で――正気か、と戦慄した瞬間、爆ぜる朱色の焔が肉体ごと意識を押し流した。
まともに食らったAIZENは厚いコンクリートの壁に激突、そのままの勢いで隣の部屋にまで吹き飛ばされた。
ヘルスコーピオンはそんな壁に開いた大穴を見て、つまらなそうに呟いた。
「おいおい……どうしちまったんだよ。昔のお前は、もっと骨があったぜ」
怪人は、拍子抜けした様に肩をすくめる。腑抜けちまったか、とAIZENにしか聞こえぬ声で漏らした。
「……まぁ良い。だったら、この女(コイツ)を使うまでだ」
壁に刺さったナイフを回収していた怪人は、ある方へと向けた。一瞬、身構えたAIZENだったが、夜気を裂く刃の切っ先が捉えたモノを見て愕然となった。
冷気を孕んだ鋼光が、眠る少女の鼻先を照らしている。
刹那、魂(こころ)が灼熱を帯びてゆく。
衝動のままに瓦礫から飛び出し、気付いた時には甲殻装甲の背中を間合いに捉えていた。
「ッ!?」
殆ど反射的に背後に回したであろうヘルスコーピオンのハサミに、AIZENの上段飛び廻し蹴りが突き刺さる。それを契機に、超接近戦での格闘が始まった
打撃と先読みの応酬。拳が飛んできたかと思えば受け流し、ナイフが迫れば切っ先を逸らす。蹴りが入る寸前、身を捩ってやり過ごし、カウンターを狙う。互いに最も得意とする距離であり、実力も拮抗している故に、いずれ千日手になるかと思われた。が、実際はそうならなかった。
AIZENの攻撃スピードが、徐々に増している。速く、鋭い攻めは次第にヘルスコーピオンを追い詰めてゆく。
やがて、AIZENの顔半分を覆っていたフェイスガードが弾け飛び、頸部ノズルから、深紅のマフラー状の光が顕れた。
「オオオオオオッ!!」
咆哮と共に放出された余剰エネルギーが部屋中に満ちる。露になった双瞳に紅い光が宿る。
「ッつぅ……!」
重みを増してゆく鋼鉄の拳撃を受けきれなくなったヘルスコーピオンの身体が、大きくのけぞった。すかさず繰り出された追撃の拳が、異形の仮面に突き刺さる。
その瞬間、ヘルスコーピオンは確かに見た。真なる白銀の異形――仮面ライダーAIZEN・フォースモードの姿を。
「……ととッ、イイじゃないかよ」
直前で後方に跳んで拳撃を威力を受け流していたヘルスコーピオンは、愉しげに笑いながらハサミ状の右手を振ってレーザー・ソードに変形させた。
対するAIZENは、迎え討つ様に一歩踏み込んだ。
「今の俺は、『スフィンクス』でも『ALICE』でもない」
蠍の怪人が、鮮烈な翠光の尾を引くレーザー・ソードを振りかぶる。
「俺は、皇 是王ーー仮面ライダーAIZENだッ!!」
裂帛の気合を込めた蹴りが風を切り、振り下ろされるレーザー・ソードよりも早く怪人の鳩尾に突き刺さる。
まともに喰らった怪人の胸部装甲は砕け、勢いのまま壁を突き破り、屋外へと弾き飛ばされた。
月の光が降り注ぐ地面に打ち墜とされたヘルスコーピオンは、激突時のショックで一時的に、身動きが取れなくなっていた。
「ちぃッ……」
それでも怪人は、何とか頭だけを動かし、自分の身体が突き破った壁の穴を見た。
そこに佇んでは、右足に銀色の光を孕ませ、地面に伏せる怪人を睥睨する白銀の怪人であった。
AIZENは怪人を見据えたまま跳躍。その瞬間、AIZENの身体は白銀の月光に照らされ、神々しいまでの輝きを放っていた。
「ライッダァァッ、キイック!!」
銀色の奔流を包まれたAIZENの右足は、魔を祓う弾丸と成り、悪魔の如き異形の怪人を貫いた。
結
「敗けたゼ、スフィ――いや、AIZENか」
ライダーキックの直撃によって、下半身を丸ごと失った蠍の怪人は、血の塊を吐き出しながらも愉しげに、傍らに立つゼオへと話しかけた。
「それでこそ……お前を釣った甲斐があったってモンだ」
最早、残骸と化した怪人を、ゼオを冷たく見下ろす。その眼差しは、かつて『スフィンクス』と呼ばれた存在のそれに酷似していた。
「でも、勿体無ェなぁ……」
異形からヒトの姿へと戻ってゆく『スコルピオ』は、血の混じった笑い声を上げながら、ゼオを見た。
「そんな、凄ェ力をよ……命を護る、なんて……つまらねぇ事、に使う、なんて……」
「何?」
「そうだろう、よ。今の、お前の、生き方にゃ……何、の……甲斐……も……」
言い終わる前に、『スコルピオ』の眼は閉じられ、狂気と共に生きた男は静かな眠りに就いた。
最期を看取ったゼオの紅玉の瞳がほんの僅か揺れていた。
その事を知る者は――誰も、居ない……
闇の中で少女が最初に見たのは、見知った青年の顔だった。
「……ゼオ?」
少女の無事を確認した青年――ゼオが、大きく安堵の溜息を吐く。それを見たセレスは、心の奥底に蟠っていた恐怖が霧散して行くのを感じた。
「此処は……?」
「……帰ろう。おやっさんが待ってる」
セレスはゼオの表情が一瞬曇った事に気が付いたが、敢えて其処には触れず、ただ静かに首肯した。
助けを借りて何とか立ち上がったセレスは、先を歩くゼオの背中を追った。いつもと変わらぬ、紅いコートを羽織った背中。だけども、今日は何かが違う。
決して大きくはないその背中は少女の知る限り、常に何かを背負い込んでいた。だからこそ、彼は強かった。何者にも負けぬ意志を持っていた。でも、今は少しだけ頼り無さげに揺れている。
小走りで是王に駆け寄ったセレスは、包み込む様に彼の手を握った。ゼオが、ほんの僅か顔をセレスの方に向けたが、すぐ正面に向き直る。
今は、見ちゃいけない。直感的にゼオから視線を外したセレスは、夜天を仰いだ。崩れ落ちた壁の遥か上方、漆黒の天上では、白銀の満月が全てを浄化するかの如く、煌々と輝いている。
少女は、祈った。いつか……孤独な戦いを続ける魂に、ほんの少しでも安らぎが訪れる事を……
~fin~
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