仮面ライダーAIZEN 黎明篇      作:スケィス2

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昭和風タイトル「人喰いアルラウネ」


第四話 ~蒐集者の園~

 序

 

 

 ――ここ最近、騒がしいわねぇ。

 

 

 ――あの子―――『ALICE』が現れてからかしら……

 

 

 ――彼、ホントは結構好みだったんだけど、こうなっちゃあ仕方ないわねぇ。

 

 

 ――それよりも最近、素体の数が減ってきたらしいけど、ただでさえ素体として使える人間って少ないんだけど……困ったわねぇ。

 

 

 ――あ、そういえばこの間拾った『アレ』は……あぁ、あったあった!

 

 

 ――ん……『コレ』を上手く使えば素体を一気に集められるかも!

 

 

 ――そうと決まれば、早速準備しなくちゃッ!

 

 

 ――ふふ……せっかくだから、うん、と可愛い子を攫って来てくれないかなぁ……なんてね。

 

 

 

 

 

 

 1

 

 

 古今様々な国の緑の生命達が褥を同じくする植物園。遥かな記憶を内包したこの地は、人の心の時間を巻き戻す何かがあるのかもしれない。

「あの花、何?」

 姉らしき女性の手を引いた少年が、そう問いながら前方を指差した。その先にあるのは、地面から顔を出す毒々しい作り物めいた巨大な花。アクリル製の仕切り越しでも、異様さが良く解る。

「あぁ、アレ? アレはラフレシアって奴よ」

 女性が答えた。

「ラフ……レシア?」

 少年は首を傾げて女性の顔を見上げる。すると、少女は突然神妙な顔になって「ラフレシアって言うのはね……世界一で~~っかくて、くっさぁ~~いお花なのよ」と言った。

「せ、世界一でっかくてく、臭い……」

「そおよぉ。それに、近付いてきた虫をバクッ、と食べちゃうのよ」

 少年の身体はカタカタと小刻みに震え、顔は死人の様に青ざめていた。恐らく、彼の頭の中では何か恐ろしい光景が展開されているのだろう。それを嘲笑う様に世界最大の食虫植物は醜悪な己が姿を、これでもかと主張した。

「はは……あれっ?」

 苦笑する女性は、は巡らせた視線をある場所で止めた。

 温室の片隅に『アルラウネ』と書かれたプレートが取り付けられた鉄製のフェンスがあった。そして、その中にひっそりと佇む見慣れぬ巨大な植物があった。

「ん~~、こんなのあったっけか?」

 怪訝に思いながらも、女性は妖花に見入っている。どこか女性的な印象を与える花とも樹とも云えぬ見た目だが、人の心に作用する何かがこの植物にはあった。

 熱に浮かされたような、虚ろな眼差しで女性は一歩づつ『アルラウネ』と名づけられた異形の花に近付いてゆく。

 その時、柵の中の土が微かに蠢いた。

 

 

 

「世界一でっかくて、臭い……」

 姉の元を離れた少年は、先程の畏怖を意識の奥底に封じ込めながら一人植物園を回っていた。

 周りは見たことの無い花や樹木で溢れ、まるで別世界の様相を少年に見せている。

 薄ら寒くなった少年は、気持ち駆け足で姉の元へと戻った。

「あれ……?」

 少年は辺りを見回してさっきまで居た筈の姉を探してみた。が、視界に入って来るのは奇怪な異国の植物だけで人間はおろか動くモノの存在は感じられない。

 ふと訪れる――静寂。

 動体の存在しない世界には、不気味な程の静寂に満ちている。

 やがて耐えきれなくなった少年は、姉を探す為に再び足を一歩踏み出した。

 その時、

「キャアアアアッ!」

 植物園中に、女性の悲鳴が響いた。

「――姉ちゃんッ!?」

 少年は悲鳴の主が姉だと断じ、急ぎ声がした方へと駆け出した。

 

 

 

 

「姉ちゃんッ!」

 悲鳴の元へ辿り着いた少年の眼前で広がる光景は、混沌じみていた。

 少年の姉の四肢に、何かが絡み付いている。それは彼女の背後に聳える巨大植物の影から伸びる触手だった。

 手足に巻きつく影の腕に巻き取られて苦悶する女性の体躯は、彼女自身の影ごと巨大植物の影に飲み込まれてゆく。

「た……かひ、と」

「姉ちゃん!?」

「逃げ……て……」

 少年はショックの余り、腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。

「あ……ああ……」

 やがて女性は完全に影に呑み込まれ、その場には動けなくなった少年だけが取り残された。

 

 

 

 

 

 

 2

 

 

 翌朝。

 立花モータース店舗奥の事務室で皇 ゼオは、神妙な面持ちで新聞に目を通していた。彼の視線に先には、植物園で謎の連続失踪! と言う見出しの記事が、他の記事の隙間で縮こまる様に掲載されていた。

 ――まさか、奴らが?

 しかし、目的が読めない。改造素体の蒐集にしても、ばらつきが大きすぎる。それに、ここまで騒ぎが大きくなってるのに火消しが動く気配も無い。如何云う事だ?

 ゼオは、暫く物思いに耽っていたが、一先ず情報を整理するために、新聞を畳んで傍らにあった紅茶入りのティーカップに口をつけた。

 背後でドアが開く音がしたのは、その直後だった。

「ゼオッ!」

 柔らかな響きを宿した声が、ゼオの耳朶を叩いた。

「ん? セレスか――」

 脳裏に柔らかなハニーブロンドを連想したゼオは、何気なく振り返った。カップに口をつけたままで。

「ねぇ。どう? この服」

「!?」

 振り返った先には連想したハニーブロンドの長髪の少女が居る。

 しかし、彼女の着ている服を見るや、ゼオは思わず口に含んだ紅茶を勢い良く吹き出してしまった。

「ど、どうした? お前……」

 少女――皇 セレスの着ている服を見て、ゼオは絶句した。

 セレスが着ていたのは、俗に言う『メイド服』と云う奴だ。ただ、彼女が着ていたソレは胸元と肩の露出が強調された些かいかがわしい意匠のシロモノであった。

「今度、お店でこれを着て行くんだよ」

 セレスは嬉しそうに言って、その場でタ-ンした。何故か、彼女は嬉しそうだ。

「店……って、お前のバイトしてる? あ、でも喫茶店じゃなかったか。確か」

「うん。そうなんだけどね。でも、一緒に働いている子が『この格好の方が絶対ウケがいい』って」

 ――何だ。ソレ……

 是王は思わず頭を抱えた。誰かは知らんが、何を考えているんだ。ソイツは。

「……まぁ、いいや。ちょっと出掛けてくる」

 言いながらゼオは立ち上がる。頭の中が色々と吹っ飛んでしまった為、もう一度整理し直す為に、取り合えず行動を起こす事にしたのだ。

 ゼオは、近くのソファに掛けてあった真紅のロングコートを取って羽織った。裾が炎の様に翻った後、是王の引き締まった体躯を包んだ。

「留守の方を頼む。おやっさんも直ぐに戻ってくるだろうからさ」

「うん。分かった」

 セレスは明るい笑顔で答えた。

 経験上、ゼオはその笑みの裏にあるモノを知っていた。だからこそ、セレスに微笑を返してから事務室をあとにした。

「じゃあ、行ってくる」

 

 

 

 秋月植物園。

 立花モータースから南の秋月市にあるイーストエリア唯一にして最大の植物園である。エントランス館を取り囲む七つの別館と温室には、世界中の様々な種類の植物を展示されており、平日でも沢山の見物客で溢れている。因みに、ティーン向けの雑誌などではオススメのデートスポットとして紹介されているトカ、いないトカ……

 ――見たところおかしな所は無いか。

 ゼオは、件の植物館に訪れていた。

 最近、この植物館の周辺では謎の失踪事件が相次いでいた。何れも、状況的に人間離れした芸当で行われ、警察の捜査は早くも暗礁に乗り上げているらしい。

 ゼオは一連の事件の裏に『組織』の影を感じ取り、独自に調査を開始していた。

 ――行方不明になった人達は、皆ここで消えた……

 エントランスを抜けて昨日の事件が起こった温室へ行くや、ゼオは直ぐに周囲に探索の眼差しを向け、不可視の神経を張り巡らせた。事件の影響か、温室はやけに閑散としている。その所為かは解らないが、熱帯の環境を再現しているにも関わらず、肌を刺す様な冷気が滞留している。

 暫く歩き回ったゼオは、温室の向こうにあるモノを見つけて息を呑んだ。

 それは数多ある植物の中で異様な存在感を放つ、人間大の巨大で、奇怪な植物であった。

「お兄さん、アレに興味があるのかい?」

 声がした方を振り向くと、そこには清掃員らしき初老の小柄な男性がいた。何処にでも居そうな好好爺に見えるが、背筋はぴんと伸びている。

「え、ええ……まぁ」

「ありゃあの『ゼツメツキグシュ』とかなんとか言う奴でな、名前は……

『アルラウネ』とか言ったかの?」

「アル……ラウネ」

 老人の言葉を反芻したゼオは、他の植物と比べても明らかに異質な巨大な妖花を見据えて、眼を眇めた。周囲の空気が澱んでいる様に見えるのは、気の所為か?

「何でも、魔力の満ちた場所にしか咲かない難儀な花でのぉ。『血族』どもの間じゃあマンドラゴラとか何とか呼ばれてるらしいが、詳しい事はようわからん。三週間前にアレが来た時はえらい騒ぎでなぁ……」

 三週間前。それは、最初の失踪事件が起きたのと同じ……

 だとすれば、一連の事件は、意図されたものか。

 誰が、そうさせた?

 目的は、何だ?

 何故、此処なんだ?

 ゼオの脳裏に広がる思考の海で、様々な疑問が浮かんでは渦を巻く。

「やはり、あれは……」

 

 

 

 その日の夜。

 閉園時間を三十分ほど過ぎた後、見回りの警備員を待っていた用務員の老人は、何時まで経っても帰って来る気配が無い事に不審を抱き、マグライト片手に宿直室を出た。

 六つの別館と温室を順々に回った後、例の温室に脚を踏み入れた。

 瞬間、老人は大気の冷たさに慄いた。

 この温室は、気温の変化に弱い植物の為に常に一定の温度に保たれている筈だ。なのに、この冷え込み様はどう云う事か?

 厭な予感が背筋を走るのを自覚しつつ、老人は温室の奥へと進んだ。

 周囲を飾る植物は、昼とは違う顔を見せる。

 夜闇と溶け合い、異形の如く蠢く緑の影。彼の者等にとって、人一人の存在などちっぽけなモノなのだろうか?

 温室の最奥――妖花アルラウネが展示されているエリアで、老人はそれを見つけた。

 魔力を含んだ特別な土の上に、『衣服』が散らばっていたのだ。袖や裾、襟口から暗灰色の砂が溢れ出している。

 良く見ると、それは警備員の制服であった。

 何故、こんな所に……訳の解らない事態に、恐慌状態になる老人。

 それに、この砂は?

 跪く老人の頭上――『アルラウネ』の花が闇を吸って、妖しく蠢く。

 

 

 ざわり……

 

 

 温室内に篭ったざらついた冷気が、不気味に胎動した。

 

 

 

 夜闇に紛れて、眠りの苑へと忍び込む影が一つ……

「さて……」

 影――ゼオは辺りを見廻しながら、植物園、そして温室に入り込むと、静かに奥に座す巨大な妖花――アルラウネに近付いた。

 他の魔導由来の花と比べても、かなり巨大な花片から大量の魔力が滲み出ている。風の無い温室内では、滑る様に服の内側に入り込み、肌を粟立たせる。

 その感覚は、本能を剥き出しにした獣に良く似ていた。

「正体、現してもらおうか」

 そう云って、神経を研ぎ澄ませたゼオは、妖花の傍に落ちている砂に塗れた警備服と壊れたマグライトに気付いて足を止めた。不審に思って手を伸ばし掛けた刹那、超感覚が何かを察知し、咄嗟に地面を蹴って後方へと跳んだ。

「ギギィッ!」

 最前までゼオが立っていた場所に、影の群れが落下した。

 組織が使役する雑兵――アントソルジャーだ。

 着地した是王は、忌々しげにアントソルジャーを睨みつける。影の兵隊達は、不気味な声を発しながら、じりじり、とにじり寄って来る。

「……当たりみたいだな」

 ゼオは不敵に口の端を吊り上げた。同時に瞳の色が、漆黒から紅玉の如き冷たい真紅に変わり、狩人めいた光を孕む。

 アントソルジャーは巨大な鉤爪を振りかぶりながら、一斉に飛び掛かって来た。一方、紅瞳の狩人は、それを的確に受け流しながら一人ずつ仕留めていった。そして、最後の一人を圧倒的な力で組み伏せた。

「案内してもらおうか。貴様等のアジトに」

 ゼオは組み伏せた最後の一人に、アジトまでの道案内をさせようとした。物言わぬ兵隊だろうと、それ位は出来ると踏んだのだ。それに、いくら心を消されているとは云え、死の恐怖からは逃れられない。本能に訴えれば、アントソルジャーを御するのは意外と簡単なのだ。

 しかし、ゼオの目論見が叶うことは永久に無かった。

「――ッ!?」

 何故なら、アントソルジャーの胸にあるモノが刺さっていたからだ。

「これは……」

 それは硬質化した植物の蔓だった。真っ直ぐに伸びた蔓が深々と影の兵隊の胸部装甲〈ラング〉を貫き、心臓を抉っていた。

「チィ――ィ」

 ゼオは動かなくなったアントソルジャーを捨て、蔓が伸びて来た方へと振り向いた。

 視線の先、アルラウネの花があった場所、細く女性的な影がどこか儚げな雰囲気を纏って佇んでいる。

「ア……ァア……ァ」

 それは、妖花の姿を象った異形であった。

 アサシンボーグ――そう断じたゼオは、身構えて敵の動向を窺った。

「ッ……アアアアアッ!」

 植物の異形は両腕から伸びる蔓を鞭の様に操り、ゼオ目掛けて振り下ろした。

 ゼオは横に跳躍して避けたものの、連続して放たれる猛攻にひやりとしたモノを感じた。

「変身!」

 覚悟を決めた刹那、ゼオの腰に機械仕掛けのベルト――『テンペスター』が顕現した。そして、そのベルトを中心にして段々と彼の身体は異形を経て白銀の怪人――仮面ライダーAIZEN・シーリングモードへと変化していった。

 やがて、変身を完了したAIZENは襲い来る鞭を片手で受け止めた。

「今度は……」

 そう言ってAIZENは鞭ごと、植物の異形を引き寄せ――

「こっちの番だッ!」

 その顔面に、渾身の拳打を見舞った。骨格の砕ける鈍い音が、温室に響く。

 鋼鉄の拳をモロに喰らった妖花の異形は、大きくのけ反って、その場に倒れ込んだ。

 そして、そのまま動かなくなった。

「……?」

 あまりの呆気無さを訝りながら、AIZENは動かなくなった異形に近づいた。

 その時――

「何ッ!?」

 地中から新たな蔓が生え、AIZENの両足に絡みつく。

「っ!! これは……」

 絡みつく蔓はまるで獲物を絞め殺すヘビの様にAIZENの足を強く拘束し、動きを封じ込めている。

 もがくAIZENを尻目に、異形とアントソルジャーの残骸も蔓に飲み込まれて地中へと消えていった。

 一人残されたAIZENは、残された拘束を引き千切りながら忌々しげに舌打ちした。

 静寂が、再び眠りの苑に訪れた。

 

 

 

 

 

 3

 

 

「ただいま……」

「あ、お帰り」

 立花モータースに帰って来たゼオを迎えたのは、よほど気に入ったのか、今朝のメイド服を着たままのセレスだった。正直、どうにかならないかとも思わないでも無かった。が、こういう時に見る彼女の笑顔には不思議な魅力があり、いつもながら心底癒される。

「悪い、ちょっと飲み物頼めるか?」

「うん、わかった」

 ちょっと待ってて、と言って、セレスは二階へと上がった。立花モータースの二階はゼオ、セレス、玄ノ助達三人の居住スペースとなっている。従って、食糧品などの生活必需品の殆どは二階に置いてあるのである。一応、事務室にも小さい冷蔵庫が置いてあるのだが、どうやら中身は空になっているらしい。尤も、基本的に大した物は入ってないのだが。

「ふぅ……」

 大きな溜息をついたゼオは、事務室のドアを開けた。兎に角、一息吐きたい。あんなのが出張って来るのなら、考え無しの行動は命取りになる。慎重に――ならなければいけない。

 冷静であれと律していても、脳裏に過ぎる最悪の光景が腹の中まで達して、鉛の様に重くなってゆくのが解る。

「おぉ、帰ってたのか」

 豪快な気質を容易に連想させる野太い声が、ゼオの耳梁を打った。振り向くと、ロマンスグレーが良く似合う壮年の男がソファに座っている。

「おやっさん――ん?」

 廻り込んだゼオは、視界の端に小さな影を見た。僅かに巡らせると、立花モータース店長、立花 玄ノ助の座るソファーのテーブル越しに向かい会うもう一つのソファーに誰かが居た。

 其処に居たのは、幼い少年だった。

 年の頃は、大体十歳位だろうか。本来は快活な印象が見て取れそうな顔には今、悲観や恐怖などの様々な感情が混ざり合った複雑な翳が差している。

「おやっさん、その子は?」

「ん? ああ。この子は、セレスのバイト仲間の弟なんだと」

「バイト仲間の? 何でまた……」

 ゼオは羽織っていたロングコートを小さく丸めながら、少年の扱いに悪戦苦闘する玄ノ助に尋ねた。

「いや、それが俺にもよく解らねぇんだ。いきなり此処に来てな……姉ちゃんがどうとか、植物園の花がどうとか……」

 ――花?

 少年の隣に座ろうとしたゼオの脳裏で、その単語が妙に引っ掛かった。真逆……

「ねぇ、君。名前は?」

 黙したままの少年に、ゼオは努めて明るく親しげに話し掛けた。他者の懐に入り込む技術は組織によって仕込まれたモノであるが、無理なくこなせるのはゼオ自身の性質から来る分が大きかった。

「……孝人。吉河 孝人」

 少年――吉河 孝人は、ゼオの方をちらちらと見ながら、消え入りそうな口調で少しずつ自己紹介をした。

「孝人君は、どうして此処に?」

「姉ちゃんが……行けって」

「お姉さん?」

 直後、孝人の瞳に昏い色が差した。その瞬間の事を思い出すだけで、恐怖に押し潰されそうだったが、なけなしの勇気を振り絞って続けた。

「姉ちゃん、近くの喫茶店で働いてるんだけど……」少年は、横目で戻って来たセレスを見た。「もし困った事があったら……立花モータースに行け、って……絶対力になってくれる人が居るから、って……」

「セレス」

セレスは、麦茶の入ったコップを並べながら、「多分、日登美ちゃんの事かも」

「誰だ?」

「同じ喫茶店で働いてる子。

弟がいるって言ってたし、苗字も吉河だったと思う」

「そうか」

 来訪した少年、植物園、花。頭の中で、バラバラだった単語が組み上がって最悪の光景を成して行く。ゼオは口中に広がる苦味を、冷えた麦茶で流し込んだ。

 願わくば、そうでなくて欲しい。そう思いながら、ゼオは孝人に問うた。

「孝人君、お姉さんがどうかしたのかな?」

「姉ちゃん、連れてかれた……」

「連れてかれた?」

 孝人はこくり、と頷いて「……植物園でアル、ラウネって花に……」

 最悪の予想とは、こうも当たる物か。ゼオは、居もしない神を呪いたくなった。

「お願い……姉ちゃんを助けて!」

 喪失を経験した少年の悲痛な叫び。それを目の当たりにしたゼオは、静かに立ち上がった。

「……おやっさん。も一回、行ってきます」

「え!?」

 呆気に取られている玄ノ助には目もくれず、ゼオはロングコートを羽織りながら事務室の戸口へと歩いていった。

 蛍光灯の光を浴びたコートが、ゆらりと光る。玄ノ助には、それが業々と燃える焔に見えた。

「孝人君」

 焔を背負うゼオは振り向いて、黙り込む孝人に優しく声を掛けた。

「お姉さん、もうすぐ戻ってくるから」

「えっ――?」

 それを聞いた孝人は、顔を上げて是王のいる方を振り返った。

 しかし、もう既にその場に彼の姿は無く、ドアの辺りに微かな焔の残滓が舞っている様な気がした。

 

 

 

 外に出たゼオは店に前に停めてあった漆黒のオートバイ──メタルサイファーが擬態した──に跨がり、エンジンに火を入れようとした。

「ゼオ」

 背後から声をかけられたのは、その時だった。

 振り向いた先にはセレスが佇んでいる。彼女は、先程出しそびれたらしいコーヒーの入ったカップを抱えていた。

「はい、コレ。さっきの」

「ああ、ありがと」

 そう言い、ゼオは受け取ったカップを一気に呷った。充分に暖められたコーヒーが、全身に行き渡るのを感じた。

「それじゃ、行って来る」

 空のカップを返した是王は、エンジンを指導させるべく、コントロールパネルに手を付けた。制限されていた機能が、次々と蘇る。

「あ……ゼオ」

「! ──どうした?」

 怪訝そうに聞いたゼオの眼に、不安げな少女の顔が映った。が、次の瞬間には、それは全てを癒す天使に似た笑みに変わっていた。

「……ううん。何でもない。行ってらっしゃい」

「……ああ」

 微笑みながら答えたゼオは、愛車と同じ黒のフルフェイスを被りバイクを発進させた。

 その姿は風となって夜の闇に紛れ、すぐに見えなくなった。

 

 

 

 無。

 その世界を一言で表すなら、これが相応であろう。何者もの存在を認められないこの世界に唯一存在できるのは、静寂だけだった。

 暫くして、世界の一部が矩形に切り取られて光が入り込んだ。そして、そこからアイボリーのローブを纏った何者かが虚無の世界に足を踏み入れた。

 己が身を静寂と同期させるその影は、まるで幽鬼の様だった。

「気分はどぉ? ミステスぅ」

 女の声が響く。成熟した艶かしさを持つ猫撫で声だ。

「…………」

「あァ、貴女喋れないんだったっけェ?」

 ローブに隠れて表情は解らぬが、女の口調はどことなく愉しそうであった。

「ところで貴女、『仮面ライダー』に出くわしたらしいわね」

「…………」

「この分じゃまた来るわね、多分。まァ、すぐにってのは流石に無いと思うけど、その時になったら……ねェ?」

 女は、愉快そうに朱く染めた唇を吊り上げる。

「それと、後で素体を何体かラボの方に運んで来てちょうだい。前のが全部オシャカになっちゃったのよ」

 やや気怠げに肩をすくめると、女は音もたてず静かに身を翻した。

「そういう訳だから、頼むわねェ」

 言い終わると影は鼻唄を唄いながら、虚無の世界から姿を消した。

 世界は再び、虚無の静寂に包まれた。

 ──ドクンッ

 何かが妖しく胎動する。

「……アア……あ……」

 絶対なる虚無の世界。その中において妖花の異形──ミステスアルラウネの存在は虚に等しかった。

 

 

 

 

 

 

 4

 

 

 是王は、確信していた。『組織』が何処に潜んでいるのかを。

「またえらく堂々と……」

 自嘲気味に笑いながら、是王は秋月植物館の裏手にある貯水タンクを調べた。

 考えてみれば、至極簡単な事だ。謎の失踪事件、アサシンボーグの襲撃、それらはこの場所が『組織』の息のかかった場所だと結論づけるには充分すぎるものだった。その証拠に、この秋月植物館の建造にはあのファウスト・グループの傘下の企業が関わっていたのだ。

「お、これだ」

 貯水タンクを調べていた是王は、タンクから伸びるパイプの中にコントロールパネルらしき機器を見つけた。どうやらパスワード式らしい。

「……仕方ないな。」

 腹を括った是王は、貯水タンクに腕を突っ込んだ。改造人間である是王にとって、この程度の事は造作も無い。

「フンッ!」

 そうして出来た小さな穴を、まるで巨大な紙を引き裂くかの様に押し拡げた。

「ホント、堂々としている……」

 耳障りな音を立てて捲れた貯水タンクの中には、水の代わりに闇が貯められていた。そして、その闇は地の底へと続く口腔を不気味に晒している。

 それはまるで、冥界へと続く黄泉比良坂の様だった。

 

 

 

「う……」

 無明の闇の中で、吉河 日登美は目を覚ました。

「ここ……は……?」

 辺りを見廻した日登美は、自分が何かに腰掛けた状態で手足が拘束されている、という事までは解ったが、それ以外は闇に阻まれて何も解らない。

 数瞬後、何処からともなく声が聞こえて来た。

『あら? 一人起きちゃったみたいねぇ』

 艶かしくも妖しい――女の声であった。

「だ、誰……?」

『私? 私は、貴女の未来の御主人様……かな?』

 

 

 

 そこは、まさに冥界であった。

 辺りは暗く、得体の知れない気配と精神を破壊せんとする障気がたゆたっている。常人ならば、あまり長時間は居られないだろう。

「……趣味の悪い」

 暗闇をものともしないゼオの眼が、通路の所々に点在する首無し騎士や堕天使などを模した不気味な美術品を捉えた。

 ふと、ゼオはかつて同じ様な光景を見た事と、其処に佇むある人物の事を思い出した。

「もし、奴が一枚絡んでるとなると――厄介だな」

 周囲を見回したゼオは、忌々しげに一人ごちながら歩を進めた。

 長い通路を抜けると、広い空間に出た。

 円形の空間、そして壁面を彩る額縁――どうやら美術館の様だ。

 周囲に警戒の眼を向けながら、ゼオは中心部まで歩を進めた。

 そして中心部に到達した瞬間、周囲から不穏な気配が湧き上がっていくのを捉えた。直後、そこら中に安置されていた美術品の影が盛り上がり、形を成していく。

 具現化した影はやがて人形になり、俯き気味の顔を上げるや、紅い光が二つ、点るのが見える。

「やっぱバレてたか」

「――!」

 影──アントソルジャーは敵手の姿をその双瞳に映すと、一斉にゼオへと跳び掛かった。

 ゼオは、真上に跳躍して迫り来るカギ爪の雨を凌いだ。

 アントソルジャーも続いて跳躍し、爪による斬撃を加えようとする。

 ゼオは空中でそれを避けながら、アントソルジャー達を次々とねじ伏せていく。彼が着地した頃には、全てのアントソルジャーは地面に突っ伏して動かなくなっていた。

「これで全部……な訳無いよな」

 呟いたゼオは、ミュージアムの出口にあたる場所を睨んだ。

「ア……アァ」

 戸口の向こうから生者とも死者とも言えぬ呻き声が聞こえて来た。それは黄泉の国が如きこの場所においては、至極自然なモノなのかもしれない。

 やがて、今にも倒れそうな覚束ない足取りで妖花の異形──ミステスアルラウネが戸口の落とす影から姿を現した。

 敵手の姿を捉らえたゼオの紅玉の瞳の中で、激しい闘志と静かな殺気が焔の如く燃えあがっていた。

 敵手を正面に迎えたゼオは、大きく息を吸いながら、眼前で両腕を交差させた。

「ン――ッ!」

 気合いと共に両腕を腰まで引いて、空手の型の様なスタイルを取る。すると、光が腰部を一回りし、『テンペスター』として発現した。

「変――身ッ!!」

 特定のモーションによる変身プロセスを経たゼオの体から発せられた強烈な光とエネルギーに晒されながらも、ミステスアルラウネは下腕と同化した鞭状のツルを前方に振り下ろした。

 ──ピッシィィン!

 手応えはあった。ミステスアルラウネは最早虚ろでしかない眼差しを滑らせて、鞭の先を見た。そして、次の瞬間には、ほんの少し残された感情が揺らぎ、全身を駆けた。

 閃光を帯びた白銀色の腕に、自らの一撃がいとも簡単に受け止められてしまっていたからである。

 やがて、光が消え、エネルギーの奔流が止まった頃、最前まで『皇 ゼオ』が立っていた場所に、全く異なるモノが佇んでいた。

 白銀の鎧を纏った異形の戦士─仮面ライダーAIZEN・シーリングモードは右手で受け止めていた蔓を振り払うと、前方に跳躍してミステスアルラウネに鋭い飛び蹴りを放った。

「ッ!?」

 まともに喰らったミステスアルラウネは、上体をのけ反らせた。が、即座に両腕の蔓を操って、空中のAIZENの身体を巧みに絡め取る。

「クッ……」

 全身を絡め取られて自由を失ったAIZENを、ミステスアルラウネは地面に繰り返し叩きつけた。

「ガッ! ――グッ!」

「アアアアアアッ!」

 続けてミステスアルラウネは、巻きつけたツルでAIZENの身体を締め上げる。

 いくら強固なオリハルコンの装甲であろうと、これまでの戦いにおけるダメージの蓄積にはどうしようも無かった。

 装甲のあちこちが悲鳴を上げ始め、銀色の仮面の下からもくぐもった呻きが零れた。

「くそッ……!」

 このままでは、マズイ。

そう判断したAIZENは、全身の神経に意識を集中させた。

 テンぺスターによって変換されたエネルギーが、強化された全身の筋肉を軋ませる。声無き唸りに呼応する様に、周囲の大気がうねりを上げる。

「――オオオオオオッ!」

 AIZENの咆哮を引き金に、空間が大きく振動した。

 フェイスガードが弾け、首から一筋の紅光が伸びる。

「ゥンッ!」

 弾けた余剰エネルギーが、絡み付いた蔓ごとミステスアルラウネを吹き飛ばす。

 慌てて体勢を整えたミステスアルラウネは、驚愕のあまり瞳孔の白濁した眼を瞠った。

 眼前の『それ』は、一歩一歩彼女に近付いて来る。

「アアアアッ!」

 ミステスアルラウネは、右腕に残った蔓の一本を繰り出した。

 蔓は『それ』が翳した右腕に巻きついて――

「…………」

 羽虫払うかの如く、無造作に引き千切られた。

「アァ……ウアァアァアアッ!!」

 圧倒的な威圧。それを目の当たりにし、得体の知れない恐怖に駆られたミステスアルラウネは、残りの蔓全てを眼前の存在に殺到させた。

 だが、『それ』は臆する事無く、蔓の豪雨をかいくぐり、刹那のうちにミステスアルラウネの懐に飛び込んだ。

「破アッ!」

 『それ』はミステスアルラウネの鳩尾目掛け、拳撃を放った。

 もう一撃。

 更にもう一撃。

 そして、その勢いのまま連撃を放った。

 最後に放った渾身の一撃は、華奢な身体を吹き飛ばすのに充分すぎるパワーであった。

 地面をのたうち回ったミステスアルラウネは、仰向けになってそのまま活動を停止した。

 動かなくなった異形を『それ』は暫く眺めていたが、やがて踵を返して出口へと向かって行った。

 

 

「……ァアァ……」

 

 

 消え入りそうな程の微かな声だった。が、『それ』の強化された鋭敏な聴覚は、はっきりと捉らえていた。

 咄嗟に巡らせた視界には、異様な光景が映っている。

「ウゥ……ァァァ……ウゥア……」

 倒れていたミステスアルラウネの身体が、異常な変容を開始したのである。

 ほっそりとしたシルエットが、不気味な呻き声を上げながら、徐々に変化していく。

 放出された全て蔓が妖艶に、醜悪に、狂的に異形の肉体を包む。

 全身が狂悪なまでに変貌したその異形の姿は、『妖花の魔女』と呼ぶに相応しかった。

「アアアアアアアア!!」

 常人ならば簡単に押し潰されてしまう程のプレッシャーを放ちながら、妖花の魔女は吠えた。

「……暴走か」

 呟くと『それ』――仮面ライダーAIZEN・フォースモードは妖花の魔女と向き合い、改めて戦闘態勢に入った。

 

 

 

「――――――!」

 見たことの無い不思議な紋様を彫り込んだ手術台らしきモノ。その上に寝かされた男が、異様な叫びを上げながらもがき苦しんでいる。

 少し離れた場所で、同じ様な手術台に寝かされていた日登美は、その光景に恐怖を隠しきれなかった。

「あ……!」

 手術台の紋様が放つ妖しい輝きが強くなるつれて、徐々に人外の異形へと変化していく男。その姿を目の当たりにした日登美は、堪らず顔を背けて、それを見ない様にした。

 紋様が更に輝いた。直後、もがいていた男の身体が大きく反り返る。一拍おいて、男はぐったりと崩れる様に力尽きた。

『これも駄目、か。まさか、この程度の『選別』にも耐えられないなんてねぇ……あ、ソレ捨てといてね』

 女の声が、気怠げに命じる。すると、どこからともなくアントソルジャーが二体、姿を現した。

 二体の影鬼は人とも獣とも知れぬ死骸を、床の片隅に放った。辺りをよく見ると、あちこちに半異形の骸が転がっている。

 影鬼はその地獄絵図の中を平然と歩き、再び闇の中へと消えていった。

『さぁて、と……次は、貴女の番よ』

「……ッ!」

『あはは、大丈夫。痛いのは最初だけよ。多分、ね』

 女の言霊が、毒の様に日登美の体を蝕み、全身を麻痺させていった。

「助け、て……」

 日登美の意識は狂気の言霊に呑まれ、視界は暗転した。

 

 

 

 闇の中を縦横無尽に駆け回る蔓の鞭に、AIZENは次第に圧倒されつつあった。

「くッ……」

 見境い無しに吹き荒れる蔓の嵐の中、AIZENはじっと反撃の機会を窺っていた。オリハルコンの装甲は傷だらけだが、まだ耐えてくれている。

 奴を倒すまで――倒れるわけには行かないのだ。

 そんなAIZENの闘志を嘲笑うかの様に、妖花の魔女は嵐の勢いを強めた。

 AIZENは来るべき脅威を脱するべく、跳躍して上から攻撃を加えようとした。

「――ッ!?」

 だが、それは叶わなかった。

 何故なら、妖花の魔女が頭上のAIZEN目掛けて『吠えた』からだ。

「ぐうッ!?」

 体内で幾重にも反響、増幅されて放たれた魔女の声は、破壊超音波となってAIZENに容赦無く喰らいついた。

 そして、超音波は美術館の壁という壁に反響し、展示されていたあらゆる美術品を破壊していった。

「が……ああああッ!」

 限界を越えたオリハルコンの鎧のあちこちに、亀裂が入り始めた。

 頭の中で、生体コンピューター化した脳から送られる大量のエラーメッセージのイメージが飛び交う中、AIZENは必死に打開策を模索した。

「くッ……」

 万事休す。

 鉄壁の鎧も砕かれ、打開策を見出だす事をも出来ず……

 正に絶対絶命と言える状況であった。しかし、それでもAIZENは諦める訳にはいかなかった。

 ──お願い……姉ちゃんを助けて!

 あの少年──吉河 孝人の為にも、諦める訳にはいかない。

 改めて決意したその時――

 

 

 ──助け……て……

 

 

「!?」

 AIZENは、己が耳を疑った。

 いくら聴覚が強化されているとは言え、この様な状況ではっきりと、あんなに微かな声が聞き取れる筈が無かった。

 有り得ない。

 だが――今はそんな事、どうでもいいッ!

 助けを呼ぶ声に、小さな祈りに、応えない訳にはいかないッ!!

「うぅ、おおおおおッ!!」

 力尽きかけていたAIZENの双瞳が、真紅に輝く。その輝きは、無限とも思える暗闇の中で圧倒的な存在感を放っている。

 態勢を整えたAIZENは、右腕に全神経と魔力を集中させると、それを受け取った右腕の装甲が展開し、銀色のエネルギーが吹き出した。

「ライダァッパァンチッ!」

 振り下ろした超新星の拳が、妖花の魔女の脳天を砕く。

 続けて、妖花の魔女の身体を足場にして跳躍したAIZENは天井の梁を利用して反転した後、銀光を孕んだ右脚を敵手に向け、突き出した。

 

 

「ライダァァァッキィィックッ!!」

 

 

 魔を滅する白銀の弾丸と化したAIZENは、妖花の魔女が築いた蔓の防壁ごと彼女を貫いた。

「アアアァアアァアッ!!」

 闇を揺らす断末魔は、燃え爆ぜる紅蓮の焔に消えた。

 着地したAIZENはそれに見向きもせず、先へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 5

 

 

 同時刻、最後の一人になった日登美は改造素体選別の儀に掛けられようとしていた。

 昏倒状態で手術台に拘束されている日登美の周りを、ロボットアームが無機質な動きで徘徊している。

 その中の注射器を携えた一体が、彼女の首筋辺りで停止する。そして、震える首筋に針をつき立てようとした。

 その時だった。

 外に通じる特殊鋼製の扉が、勢い良く吹き飛んだ。そこから、鮮烈な紅光を放つモノが現れた。

 突然の事で呆気に取られていた影鬼達も、慌てて侵入者に向かって行く。

 だが、侵入者──仮面ライダーAIZENの前では、量産型のアサシンボーグ等、何の障害にもならなかった。

 影鬼共を蹴散らしたAIZENは、手術台の日登美を拘束から解放した。

「よし、後は……」

『残念、その娘以外はみぃ~んな死んじゃったの』

 どこからともなく、艶かしく間延びした女の声が聞こえた。それは、AIZENの良く知る人物のモノだった。

「貴様か――ハート・クイーンッ!」

『あら、覚えててくれたのォ? やン、お姉さん嬉しいわァ』

「……ッ!」

『あはは、怒らない怒らない。っていうか、いつもクールだった君がこんな無鉄砲なマネをするなんて、もうお姉さんビックリ!』

 神経を逆なでするハート・クイーンの口調に苛立ちながらも、AIZENは尋ねた。

「貴様程の奴がわざわざ出張ってくる必要は、無かったハズだ。目的は何だ?」

「ん~~、暇つぶし?」

「な――ッ!?」

「あはは。ジョーダン、ジョーダン。……てのが半分。後の半分はあの子──え~と、ミステスアルラウネだったかな? ──アレの使いドコロの見極めトカね。拾ったはいいけど、ど~しよゥかと思ってたのよねェ」

 ケラケラと囀るハート・クイーンの笑い声を、AIZENは黙って聞いていた。が、その周囲からは、爆発寸前にまで達した怒気のオーラが滲み出ている。

『……って、こんな事してる場合じゃ無かったわ』

 ハート・クイーンが、思い出した様に呟く。直後、指を弾く乾いた音が部屋中に響いた。

 すると、辺りの電子機器が次々と小爆発を起こし始めた。

「これは!?」

『こーなった以上は、ちゃんと証拠とか消しとかないと色々マズイのよねェ。ま、そーいう訳だから、生きてたらまた会いましょ~ね。それじゃ、バイバ~イ』

 それきり声は、聞こえなくなった。

 忌々しげに舌打ちしたAIZENは、急いで手術台に横たわっていた日登美を担ぎ上げる。

「メタルサイファー!」

 AIZENの喚び声に答える様に、鉄騎の雄叫びが彼方より響いた。

 

 

 

『──秋月植物園で起きた謎の爆発事故について──』

 事務室のテレビ画面の中で、男性キャスターが早口で原稿を読んでいる。彼の背後で、スタッフらしき人物が慌しく駆け回っていた。

 普段ならグルメ情報を放送している様な時間帯に差し込まれた臨時ニュースを見た玄ノ助は、唖然となった。

「お、おい。コレって……」

「どうしたんですか?」

 備え付けの流し台で、洗い物をしていたセレスが尋ねる。

「あ、ああ。アイツが――是王が行ったって言う植物園が……」

 セレスは未だ呆然としている玄ノ助の肩越しに臨時ニュースを見て、一瞬驚愕したが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ。」

「へ?」

「ゼオは必ず帰って来ます。日登美さんと一緒に。だから心配いりません」

 そう言ってセレスは笑った。

 根拠は無かったが、不思議と玄ノ助は納得した。彼女は皇 ゼオと、長い時間を共に過ごしてきた。きっと自分には想像の出来ない固い絆で結ばれているのだろう。

 そんな彼女が、心配ないと云っている。何を疑う必要があるのだろうか?

「あれ? そういや、あの坊主は何処行ったんだ」

「孝人君なら、外で日登美さんが帰って来るのを待ってますよ」

「そうか……よっぽど心配だったんだな」

「でも、もう心配無いみたいですよ」

 セレスが窓の外へと視線を巡らせた。

 遠くから、オートバイのエンジンがでる獣の咆哮じみた重低音が聞こえた。

 

 

 外に出た玄ノ助とセレスが目にしたのは、白銀の鉄騎馬に跨がる仮面ライダーAIZENとその背中に眠る様に寄り掛かる吉河 日登美。そして、それを見つめていた吉河 孝人の姿であった。

「だ、誰……?」

 AIZENは孝人の問いに答えず、黙したままメタルサイファーから降り、眠る少女を抱き抱えた。

 そして、そのまま玄ノ助に歩み寄り、眠る少女を預けた。

「……頼みます」

 それだけ言うと、踵を返して再び白銀の騎馬に跨がった。

「あ……」

 孝人は去り行くAIZENに声を掛けようとしたが、その前に騎馬は走り出して暗闇の中へ消えていった。

 孝人は、暫し呆然としていた。

「孝人君」

 傍らから聞こえた優しい声。

 セレスが身を屈めて、孝人と視線を合わせている。

「あの人はね、仮面ライダーって言うんだよ」

「仮面――ライダー?」

 その名前には、聞き覚えがあった。そう、確か小さい頃に読み聞かせてもらった本にそんな名前が……

「うん。悪い人達から私達を守ってくれる皆のヒーロー、ですよね?」

「ん? あ、ああ。そうだな!」

 突然、話を振られた玄ノ助は少し慌てたが、胸を張って自信満々に応えた。

「仮面ライダー……あれが」

 噛み締める様な少年の呟きは誰の耳にも届かず、黒々とした大気に霧散して消えた。

 

 

 

 

 

 

 結

 

 

 明けて、翌朝。

 立花モータースのガレージの中でゼオは開店準備を進めていた。

 ふと振り返ってみると、開け放たれたシャッターの向こうにランドセルを背負った子供達の姿がちらほらと見える。

 店の前の路地は通学路である為、朝は専ら小学生を中心とした学生達で賑わっているのだ。

「ゼオさん!」

「?」

 呼びかけられたゼオは、声がした方を向いた。そこには、ランドセルを背負った吉河 孝人の姿があった。

「あー……孝人君、だっけか。これから学校?」

「うん! ……あ」

 何かを思い出した様子の孝人に、是王は尋ねた。

「どうした?」

「あの後、セレスさんから聞いたんだけどさ、是王さんと仮面ライダーは知り合いって、ホント?」

「えッ!? あ、ああ。まぁ、ね。ははは……」

 ──余計な事を。

 腹の底でセレスに毒づきつつ、ゼオは笑顔で応える。不自然な程に口許がひきつらせていたが、孝人がそれに気付く様子は無かった。

「じゃあさ、仮面ライダーに伝えといて。姉ちゃんを助けてくれてありがとう、って」

「……ああ。伝えておくよ。その代わり、俺が仮面ライダーと友達だと言う事は内緒にしておいてくれないかな?」

 ゼオは笑いながら、人差し指を立てて唇に添えた。

「どうして?」

「仮面ライダー(彼)にそうしてくれって頼まれてね。あとは、男同士の約束って奴かな?」

「うん! 解った。約束する」

「そうか」

 答えを聞いたゼオは満足そうに笑い、孝人の頭を撫でた。

 照れくさそうにはにかむ少年の顔は、昨夜の取り乱し振りが嘘の様な快活さに満ちている。これが、本来の彼なのだろう。

「あっ! もうすぐ学校が始まっちゃう……またね!」

「ああ、また!」

 駆けて行く孝人の姿を、ゼオは暫くの間見つめていたが、再びガレージの中で開店準備を始めた。

 平和な一日が始まる事を祈って――

 

 

 

 

 

 ~fin~

 

 

 

 

 

.

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