仮面ライダーAIZEN 黎明篇      作:スケィス2

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第五話 ~戯曲『東京壊滅』~

 序

 

 

 ──例のモノの様子はどうか……?

 

 

 ──順調に稼働しておりますが、まだ出力に不安定さが……

 

 

 ──このままでは『術式』を発動させる事すら不可能、という訳か。

 

 

 ──残念ながら……

 

 

 ──ならば、仕方が無い。

もう少し『噂』を広めて人間共を誘い出せ。

 

 

 ──ですが、これ以上噂は『奴』に嗅ぎつけられるのでは……

 

 

 ──願ってもない。裏切者には死の制裁を下すのみ。

 

 

 ──……そう言う事ならば。

 

 

 ──……この作戦が成功すれば、また世界が変わる。その時、行く先には何がある?

 

 

 

 

 ──貴様には見えているのか、仮面ライダー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1

 

 

 動物園の檻の中と言うのは、案外大変なのかもしれない。

 一日中視線に晒され続け、息つく暇も無く、愛嬌のある仕種で戯けて見せなければならない。

 これでは、生きた心地がしない。

 立花モータースの近くの喫茶店。古色蒼然とした外観に違わぬ落ち着いた雰囲気の店内。

 そのカウンター席で皇 ゼオは取り留めの無い事を考えながらカップの中の紅茶を啜った。

「……なんだかなぁ」

 隣に座る初老の男性──立花 玄ノ助が周囲を見回しながらぼやく。ゼオも同じように視線を巡らせて、げんなりとため息を吐く。

 と言うのも先程から、妙な視線が彼等──と言うより、ゼオに向けられているのだった。

 居心地の悪さの原因は、多分コレのせいだろう。しかし、それ以上に視線の多くが女性からだと言う事が是王に要らぬ息苦しさを覚えさせる。

「何が面白いのかね。全く……」

 一部の男連中が聞いたら、間違いなく怒り狂うだろう台詞を我知らず零したゼオは、もう一度カップに口を付けた。

いつもより、苦味が強い様な気がする。

「意外と鈍いのね、貴方って」

 二人の背後から、呆れ混じりの冷めた声がかけられた。

 同時に振り向くと、そこにはノートパソコンを抱えた小柄な女性が立っていた。外見は十代前半程にしか見えないが、眼鏡の奥の擦れた目付きが少女のそれでない事を訴えている。

「貴様は……」

「なんで此処に、って顔ね。非番なのよ、今日は」

 小柄な女性──結城 明日香は是王の隣の席に座ると、抱えていたノートパソコンを開いて電源を入れた。

「あんなとこでも、ちゃんと休みとか取れるのか」

 玄ノ助が、意外そうに呟く。

 彼女の職場は、人里離れた山中にある存在を秘匿された研究施設である。研究員の大半も、既に死亡扱いになっているなどの理由で、この世には存在しないとされている者ばかりだ。

 そんな脛から傷どころか垂れ流して血みどろ汚物塗れになっている様な連中が、人並みの生活を送れている事を意外なのだろう。

 尤も、自分も他人の事は言えないクチだが、とゼオは腹の底で自嘲した。

「お上連中は、アタシ達みたいに『組織』から来た人間は手放したく無いみたいだからね。少し位の我が儘は、眼を瞑ってくれるのよ」

 マスターに注文を伝えた明日香は、パソコンのモニターを注視しながら、淡々とした調子で言った。

 旧人類のロストテクノロジーと新人類の魔導技術。この世界は、その二つの叡智によって回っていると言っても過言ではない。しかし、『組織』独自の改造人間製造技術はそのどちらにも属さない。

 倫理という枷に囚われぬ狂気の科学から産み出される悪魔の尖兵達──アサシンボーグは、既存のどのような兵器よりも強力で、恐ろしい。そして、そんな圧倒的な力は、時に人々を魅了した。

 ある富豪は、金に飽かせてアサシンボーグを買い集め、またある企業は『組織』出身の技術者を取り込もうと躍起になった。

 勿論、そもそもが大っぴらに出来ない話であるが故に、関係するあらゆる存在は徹底的に秘匿される事が多い。

 だから、我儘を通すなんて芸当は本当なら出来る筈が無いのである。

「ホント、図太いオンナだこと……」

「ところで、貴方達はなんで此処に?」

 ゼオの皮肉を、明日香は見事な程に華麗なスルーで受け流して見せた。

 この女は、ホントに……

「あれだよ」

 口の端を震わせながらも、ゼオは明日香の問いに、ある方向を指差す事で答えた。

 その先には、真新しいフリル付きエプロンを羽織った雑じり気の無いハニーブロンドのウェイトレスが居るのだが、その所作は明らかにぎこちなく危なっかしい。

 テーブル席に注文の品を届けようとしている様だったが、足取りはどうきも覚束ない上に、手に持ったトレイを今にも取り落としかねない程だった。

「あれじゃダメね……」

 直後、ウェイトレスは盛大にスッ転んだ。持っていたトレイも上に乗せたランチセットごと宙を舞って、約束された悲惨な結末を辿るかと思われた。

 が──。

「危なーーーーいッ!」

 猛スピードで滑り込んで来た別のウェイトレスが、間一髪、それを食い止めた。

「何やってんだ、アイツら……」

 一部始終を見ていた是王は、呆れた様子で呟いた。

 それしても、拍手が起こっているのは、どういう事だ?

「悪ィなケン。ウチの身内が迷惑かけて」

「なぁに、彼女は頑張ってくれて助かってるよ。それにあれ位元気がある方が良いじゃないか」

 口髭を蓄えた給使服のナイスミドル──カフェ・カサレリアのマスター・新谷 健一は、ウェイトレス達のやり取りを微笑ましく眺めながら言った。

 彼は立花 玄ノ助とは学生時代からの付き合いで、数年前まで大学で教鞭を振るっていたが、現在は趣味を兼ねたカフェのマスターとして日々を過ごしている。

「相変わらずだな、お前は」

「お前こそ」

 交わす言葉は少ない。だが、其処には長い年月の中で積み上げられた繋がりがあった。

「にしたって、随分繁盛してるじゃないか。静かにやっていければ……なんて言ってたろうに」

「人間ってのは、現金なモンだよ」

 新谷は、忙しなく動き回るウェイトレス達に再び視線を向けた。周りの席を良く見ると、男性客が多い。目当てはおそらく……

「バカよねぇ」

 明日香の一言は簡潔であったが、この上無く見も蓋も無かった。

 いつの世も、男は女に踊らされ──と言う事だろうか。

「まぁ本望なんじゃないか? 色々と」

「あっちも?」

 明日香は、視線だけを別の方向に向けた。追いかけてから、ゼオは少し後悔した。

 男性客が屯している辺りから、ドアを挟んで反対側。比較的日当たりの良い辺りには女性客が多く──と言うより、女性客しかいない。

「どうしてこうなったの?」

「さぁな、来る度にコレだ。しかも増えてる」

 目立つのは解るけど、にしてもなぁ……と呟きながら、ゼオは鋼銀色の髪を弄った。本当に何が良いんだか……

「刺されるわね、貴方」

 相変わらずな明日香の一言。どういう意味だ。ゼオは目を眇て、幼い横顔を睨んだ。すると、反対側から些か乱暴に肩を叩かれた。

「俺も嬢ちゃんと同意見だ。絶対恨み買うぞ、お前」

 神妙な面持ちで、弦ノ助が言う。

 おやっさんまで……今日は厄日だろうか?

 愈々うんざりしてきたゼオだったが、ずっと黙っていた新谷とふと目が合った。

 紳士然とした喫茶店のマスターは、微かに苦笑すると「そこまでだ、ゲン」と弦ノ助に釘を刺した。「良いトシして僻みなんて、みっともないぜ」

「んな訳あるか! テキトーかましてんじゃねえよ」

「どうかな? お前が大学時代フラれまくってたの知ってるぞ、俺は」

 またしても、下らない言い合いを始めた二人。明日香は冷めた顔で見ているが、ゼオはそんな二人が羨ましく思えていた。

 栓の無い事だとしても、或いはそう在れたかも知れない自分を夢想してしまう。

 そんな事を考えた後、今更過ぎる己の未練がましさに気付いて、ゼオは口の端を歪めるしか出来なくなっていた。

「にしてもよ、また変な物が増えたな、オイ」

 玄ノ助は、カウンターテーブルに備え付けられたショーケース──正確にはその中身を──眺めて言った。

 それを聞いた新谷は眉をひそめて、失敬な、と憤慨した。

「せめて骨董品(アンティーク)と呼んでくれ。骨董品(アンティーク)とな」

「骨董品ですか?」

「お、ゼオ君は興味あるみたいだね。誰かと違って」

「ほっとけ」

 先程までの不機嫌そうな表情から一転、少年の様に目を輝かせる新谷の剣幕に気圧されてゼオはえぇ、まぁと曖昧な返事をした。

「そうか、そうか。ならコイツはどうだい?」

 自分の世界に夢中になっている新谷は、嬉しそうに笑いながら、ショーケースに収められたある物を指差した。

「何ですか。コレ?」

 ショーケースの真ん中辺りに鎮座する黒い塊。塩化ビニール製の機械仕掛け。その何とも言えぬ見慣れない物体に、ゼオと玄ノ助は目を白黒させた。

 ただ、ゼオはそれに良く似たモノを見た事があった。確か、新人類の貴族の処だったか─

「電話ね」

「電話ァ!? あ、でも受話器か、コレ」

 玄ノ助は訝りながらも、電話──明日香曰く──の受話器を取って、持ち上げてみたりしていた。

「古の時代の一時期に、日本で普及したダイヤル式の電話機ね。黒電話とか呼ばれてたんだったかしら」

「ほう。お嬢ちゃん物知りだねぇ」

 新谷は純粋に褒めたつもりだったのが、明日香の方はそうは受けとらずに、微かに不機嫌な表情を浮かべた。

どうやら彼女自身、子供っぽい外見の事は気にしていた様だった。

「よぅし。ご褒美をあげよう」

 しかし、新谷が差し出した色とりどりのマカロンを見るや、また微かに表情を変えた。今度は嬉しそうに。

 だから子供扱いされるんじゃないのか?

 ゼオは明日香の普段見せない一面に、ほんの少しだけ薄気味悪さを感じた。

「マスター全部終わりましたぁ。

って、あら?」

 先程、見事なファインプレーをやってのけたウェイトレスが、新谷に配膳終了を報告しにやってきた。緩くウェーブのかかったセミロングの髪型が特徴的な若い女性だ。

「あ、ゼオ」

 セミロングのウェイトレスの背後に控えていたハニーブロンドのウェイトレス──皇 セレスがひょっこりと顔を覗かせた。頬が少し紅潮している。

「さっきの……見てた?」

「ああ、ばっちり」

「そっか」

 セレスが、穏やかに苦笑する。それを見て思うトコロがあったのか、ゼオは更に付け足した。

「マスターは褒めてくれてたぞ」

「そうなんだ」それを聞いたセレスは、嬉しそうにはにかんだ後、僅かに意地悪い調子で訊ねた「ゼオはどう思った?」

「ん……良かったんじゃないか? 緊張でガチガチだったのは別として」

「だよね……仕事だと思うと、どうしてもねぇ」

「でもまぁ、その辺は慣れだな。慣れ」

 穏やかな談笑。

互いに最も気心の知れた仲だからこそ、見せる表情だった。

「……何だろ?

アタシんちの近所のジーさん、バーさん見てるみたい」

 ゼオとセレスのやり取りを眺めていたもう一人のウェイトレスは、眇めた眼に困惑を映しながら、呟いた。

 

 

 地平線に沈みかけた夕陽が、モノトーンの店内の一部に紅色を落とす。今が逢魔ヶ刻であるならば、さしずめそれは魔物の通り道か。

カフェ・カサレリアの時計が、午後五時を示していた。かれこれ、三時間程は居座っている事になる。ゼオは、少し図々し過ぎやしないか、と思いながら、周囲を見回してみた。

 あまり居心地の良くない賑わいを見せていた店内も、今やゼオ達の他には数人程の常連客が居るだけだった。

「ゼオ君、幽霊劇場って知ってる?」

 日登美が、カウンター席で健一製の賄いを頬張りながら言った。本来の静けさを取り戻した店内で、彼女だけは相変わらず姦しい。

 と云うか、まだ仕事中じゃないのか?

「……怪談の時期は、まだだろう?」

「違うわよ。ウエストエリアの幽霊劇場。知らない?」

 本気で取り合おうとしないゼオに苛立ったものの、日登美は、落ち着いて整然と説明を始めた。

 彼女によると近頃、東京ウエストエリア郊外の廃墟と化した劇場で立て続けに怪現象が起こっていると言う。これだけならば、ただのありふれた怪談で終わるのだが、問題はその件の廃劇場の周辺で本当に行方不明者が何人も出ているとの事だった。

「確かに、怪しいと云えば怪しいな」

「でしょう。だからさ、ちょっと思ったの。ソイツの正体を暴きに行こうかな? ってさ」

 ゼオは、耳を疑った。

 正確に表現するなら、云っている事は理解出来た。が、些か正気を疑う様な内容だったので、強化されている筈の自らの聴覚を疑ってしまったのだ。

「本気なのか?」

 日登美は先日『組織』の陰謀に巻き込まれ、酷く恐ろしい体験をしていた。あの時の錯乱ぶりは、尋常では無かった。

 だと云うのに、今度は自分から厄介事に首を突っ込もうとしている。

「ええ。勿論」

「今から?」

 続けて、セレスが問う。

「いや、流石にそれはムリ。今週の日曜日がいいかな」

「で、誰が行くの?」

 さらに続けて明日香。

「マスターとオヤっさんは……無理ですよねぇ。となると、アタシとゼオ君とセレスと……あと、貴女!」

「え……」

 有無を云わさぬ勢いで、決められてしまった。こうなれば、もう断る訳にはいかない。仮に断っても、たった一人で行きかねない。吉河 日登美は、そういう女なのだ。

 だから、ゼオは腹を括った。

「行くしか無いか……」

「なんで私まで……」

 本当に、ただ巻き込まれただけの女科学者のぼやきは、他の誰にも届かずに虚空へと溶けていった。

 

 

 

 カフェ・カサレリアから十分程歩いた所に、その公園はあった。天然の草地と、バランス良く配された遊具。何処にでもある、ありふれた公園だった。昼間は大層賑わったであろう遊び場も、今は入り口付近を照らす街灯を除けば、あちこちに凝った闇を抱えた異界へと変わっている。

 街灯の下に設置された自動販売機に映り込む己の姿をゼオはじっ、と見つめていた。自らの容貌の異様さは、嫌と云う程理解しているし、それらに対する好奇の目と言うモノには、もう慣れているつもりだった。が、こうして突きつけられると、改めて自分が人間社会で異質な存在だと自覚せざるを得ない。

 胸像が怪人の姿に変わる、囁く──お前が異形の化け物だ、と。

「ちょっと」

 その声で、ゼオの意識は現へと帰還した。振り返ると、声の主である明日香が不服そうに眼を眇ている。良く見ると、両手で苺お汁粉の缶を抱えている。いかにも甘ったるい味なのが想像出来たので、ゼオは思わず「……太るぞ」と忠告してしまった。

「余計なお世話よ」云いながら、明日香は缶に口を付けた。

 既にカサレリアで大量のマカロンを貪り食べていた事を知っている身としては、流石に心配したくもなる。糖尿病になるぞ。

「ところで」缶を捨てる明日香。

 飲み切ったのか……と、ゼオは密かに戦慄した。

「あの日登美って子。いつもあんな感じなの?」

 明日香の視線は、公園と道路を挟んで丁度向かい側にあたる場所に建つ個人経営の雑貨屋に向いていた。店先で日登美とセレスが、手作りのアクセサリーを物色している。

 弟が居るからか、日登美は姉御肌とまでは行かなくとも、かなり面倒見が良い性格である。セレスがカサレリアで働き始めた頃から何かと世話を焼いてくれているらしい。

 正直、アサシンボーグに拐われて、酷く衰弱していた少女と同一人物とは思えない時がある。

「ヒドい目にあった筈なのに、今度は自分からロクでも無い事に首を突っ込もうとしている。ホント……大した神経だわ。アレはそう簡単にくたばらないクチね」

「同感だ」

 店の方では、二人が柔和な雰囲気の女店主と話し込んでいる。

 少女達は、屈託無く楽しそうに笑っている。

「……最近、思うんだよ。本当は俺が居ない方が良いんじゃないか、って」

 この地に居着いてから、セレスは良く笑う様になった。仮初とは云え逃亡生活から解放されたからか、もしくは良き友人に恵まれたか。

 どちらにしても、俺の力では、ついに成し得なかった事だ。それどころか、本来関わらなくて良い戦いに巻き込んでしまった。

 自分が居なくなれば、彼女は平穏に暮らす事が出来るんじゃないだろうか?

 そんな事を、最近考える様になった。

「なぁ、アンタはどう思う?」

「え?」いつの間にか、明日香は自販機の前に立っていた。手には、新しい苺お汁粉の缶。「ゴメン、聞いてなかった」

「まだ飲むのかよ」見てる方が、気持ち悪くなってきた。

「ッさいわね……アタシが云えたクチじゃ無いけど、ニブいのも大概にしときなさい」

 どういう意味だ。と、云わんばかりにゼオは明日香を睨み付けた。

 どうやら、相談する相手を間違えた様だ。

 

 

 

 

 

 2

 

 

 翌朝、カフェ・カサレリアは静かだった。出勤前か夜勤明けの会社員が二、三人程、軽い朝食を摂っている。スピーカーから流れる音楽は、ジャズの定番ナンバー。

 月と星々を翔る、愛の歌。

 何度訪れても、ここのコーヒーは良い、と玄ノ助は思う。当然ながら、自分が煎れたモノより遥かに美味い。

 やはり、持つべきは喫茶店を経営している親友だな。

「お前が静かにしてると、気持ち悪いな」

 カウンターの向こうに立つマスターの新谷が、気味の悪そうなモノを目の当たりにする眼で、玄ノ助を見下ろす。

「ウルセェ。俺の勝手だろうがよ」

「それだ。お前は騒がしい方が似合ってるよ」

 新谷が、年齢に見合わぬ悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 そう云えば、意外と悪童なんだよな、コイツ。

 良い様に弄ばれてると感じた玄ノ助は、八つ当たり気味にコーヒーを飲み干した。今のは、何杯目だったろうか?

「やっぱり、心配か?」

「ン? あぁ、何せ『向こう側』だしな」

「俺の知り合いにも『向こう側』で暮らしている奴が居るけど、色々大変だそうだ」

「まぁ、ゼオがついてるから大丈夫だと思うけどよ」

「お前、今……ちょっと父親っぽかったぞ」

「……俺がか?」

 新谷が、どこか感慨深そうに頷く。

 父親、と玄ノ助は口の中で呟く。それは彼にとって特別な意味を持つ言葉であり、忘れられない想い出の欠片でもあった。

 

 

 

 古の時代より、この地上に人類とは似て非なる別の種族が存在していた。

彼らは、世界の大気に溢れるエネルギーを取り込み、己が体内で『魔力』に変え、それを利用した自然界の摂理をもねじ曲げる外道の術である『魔術』を使用する事が出来た。

 人類は超越的な力を持つ彼らを恐れ、時に『魔女』と呼び、神の名の下に異端の烙印を押して、虐殺を行った。そうして積み重なった遺恨は、憎悪となって世界を包み、暗澹たる時代を招き寄せた。

 やがて憎悪は力をとなって、血を流し、数百年の長きに渡る戦乱の火蓋を切り落とした。熾烈を極めた戦火は空を汚し、森を焼き、大地を砕き、そして海を枯渇させた。

 漸く戦乱が終結した時、地球は疲弊し切っていた。荒れ果てた世界に絶望するかの様に、世界の表舞台から姿を消した。人類も破壊され尽くした大地の惨状を前に自らの行いを悔い、二度とこんな事を繰り返さないという願いを胸に、復興の道を歩き出した。だが──

 

 

 それから百年の時を越えて、彼らは戻って来た。遥か西方の地に、自分達の国を建てて……

 

 

 この時代、人類と彼らの対立の焔は、再び激しく燃え上がった。

 この世界を割った異種知性体を、人々は畏怖と侮蔑の意を込めて、こう呼んだ──呪われた血族、と。

 

 

 

「──と言うのが、この世界の簡単な歴史なんだけど……」

「だ~か~らァッ!」

 大変博識な科学者・結城 明日香による、ありがたく、そして可能な限り簡単な、今の世界に至るまでの歴史の解説。それを全く聞いていない者が、約一名。

「アタシ達は、ココを通りたいだけなのッ!」

 平均より少し小柄な女性が、眼前に聳える天に届かんばかりの巨大な門の前で叫んでいる。軽装の鎧を着込んだ守衛に食って掛かっているのだ。

 まぁ、この程度の歴史は義務教育の段階で学ぶ事なので、今更である。

 それよりも、ゼオは『呪われた血族』と云う呼び名に思考を巡らせていた。

 新人類とも呼ばれる彼等が、何故呪われているのか? それは、異なる次元に棲む生命の存在にあった。

 現在確立されている魔術の中には、異次元にアクセスする術式がある。一般的に、召喚術と呼ばれているモノだ。それらを駆使して喚び出されるのは、人間を遥かに超越した存在とされる生命体。時に精霊、時に悪魔、時に天使、そして神と呼ばれる者達。高位の魔術師は、彼等に己自身を差し出す契約を結ぶ事で、異次元由来の強大な力を手にする。その代わり、死した後の魂は召喚した存在の眷属と成り果て、永遠に捕らわれる事になる。

 一族そのものと契約を結ぶ場合もあり、そういった家系の子供は生まれた時から、魔術の素養が高い事が多い。

 契約とは、一種の呪い。血そのものに刻まれた外法の証。久遠の隷属たる異形の印。

 故に彼等は『呪われた血族』とも呼ばれるのだ。

 但し、新人類の中でも魔術を本格的に修めているのは一握りに過ぎず、そういった事情とは全く無関係な大多数の人々にとっては、蔑称以外の何でも無い。いい迷惑なのだ。

「ですから、許可証の無い方をお通しする事は出来ません」

「ぬぅ……こうなったら──」

 軽装鎧に身を包んだ守衛の取りつく島の無い態度に業を煮やした日登美が何かしらの強硬手段に出ようとした時、黒いロングコートが二人の間に割って入った。

「コイツでいいか?」

 そう云って、ゼオは懐からパスケースを取り出した。その中に収められているのは、顔写真の付いた証明書らしき物。

「えッ?」

 日登美は、ゼオが守衛に提示した物を見て目を白黒させた。

 彼が手に持っているのは、門の向こう──東京ウエストエリアへ行く為の通行許可証だった。

「……お通り下さい」

 ゼオの許可証を確認した守衛が、無機質な調子で云った。

「コイツらも一緒に連れてってもいいかな?」

 ゼオが、背後の三人を指差す。

 大鉄扉横に取り付けられたタッチパネルを操作していた守衛は、初めて驚きと言う感情を見せた。

「いえ、それは──」

「見ての通り、俺以外は女子供だ。……もし、何かあったら俺が責任を取る。それでどうだ?」

「……いいでしょう」

 守衛はまだ何か言いたそうだったが、これ以上の問答は無駄だと判断したのか、再度タッチパネルを操作した。

 やがて、施錠が外れる音が辺りに響き、世界を二つに分かつ扉がゆっくりと、地響きを上げながら、開いた。

 

 

 

 巨大な門を抜けると、どういう訳か薄暗い通路に出た。岩か鉄の様な奇妙な材質で覆われた道は、細く狭い。一列に並ばなければ、とてもじゃないが先へ進めなかった。

 ゼオは、大鉄扉の向こう側の景色が妙にぼやけていた事を思い出した。恐らく扉自体が魔術によって作られた幻影で、今通過している通路こそが真の出入り口なのだろう。

 何故そんな事をするのか。それは、旧人類に対する威嚇の為だ。永い時の中、幾多の争いを経ても両者は未だ歩み寄れないでいるのだ。

「後生大事にまだ持ってたのね。『偽造』パス」

「まぁ、な」

 最後尾のゼオの前を歩く明日香が『偽造』の部分をやけに強調して云った。ちなみに日登美は先頭、セレスはその後ろを歩いている。二人とも前方に意識が行っていて、こちらの会話には気付いていない様だった。

「よく使えたわね、ソレ」

「全くだ」

「えッ?」

「組織を抜けてから、一回も使って無かったんだ。

お陰で、さっき見つけ出すのに手間取った」

 実際、あの時は然程期待していなかった。これで駄目なら、日登美も諦めが付くだろうと踏んでいたのだが、真逆本当に通れる様になるとは思わなかった。

 偽造とは云え、組織の手による品。簡単にバレる様な代物では無いが、組織を脱走してから数年経っている。使えなくされていると思っていた。

「あの守衛君に感謝、かな」

 もしも、あの守衛が自分の仕事に対して極めて実直であったならば、こうは行かなかったかもしれない。自身に課せられた役目を適度にこなし、面倒な手順はなるべく踏まない。ありふれた役人相手だからこそ、ハッタリが上手く効いたのだ。

「とんだ悪知恵。ヒーローが聞いて呆れるわ」

「だとしても、アンタ程性悪では無いつもりだ」

「ヒドーイ、あたしまだこどもなのにー」

 なんと云うわざとらしい棒読み。子供扱いされた事が、そんなに不満だったのか。だとしたら、それこそ子供っぽいのでは無いだろうか。

「あッ、アレ出口じゃない?」

 先頭の日登美が指差す先に、微かな光が見えた。あの先が出口か。

 

 

 昏い道を抜けた先は、異界だった。

 

 

 東京ウエストエリア。

 門(ゲート)の向こう側に広がる古の欧州風の建築物が立ち並ぶ新人類達の街。そこはヒトが棲む現世でありながら、明らかに旧人類達の世界──東京イーストエリアとは違う様相を呈していた。

「うわ、すッご……」

 生まれて始めて見る壁の向こうの風景に、日登美は歓喜の声を上げ、傍らのセレスを引き摺って歩き回る。住人達の排他的な眼差しが、容赦無く二人に突き刺さっているのは言うまでも無い。

 この街のシンボルである時計塔の前ではしゃぐ日登美と振り回されるセレスを眺めながら、明日香はうんざりした様子で溜息を吐いた。

「……やっぱり駄目ね」

「何がだ?」

「何度も来た事あるけど、アタシはやっぱりココ苦手だわ」

 不本意ながらもゼオは、明日香の言葉の意味が良く理解出来たる。

 見上げると、巨大なゲートによって区切られた空が見える。此処から見える蒼は、旧人類区のそれとは若干色が違う。まるで油絵の様な色彩だ。この地を守る結界のエネルギーが、街中の景色を塗り替えているのだ。

 満ちるエネルギーは新人類区の住棲む生物にとっては特に害は無いが、そうでない者達にとってはあまり良いモノとは云えなかった。

 

 

 世界そのものが、余所者を拒絶しているのだ。

 

 

 だから、並の旧人類がこの地に居続ければ、居心地の悪さに苛まれ続ける事は間違い無い。仮に平気な人間が居るとすれば、相当精神力が強い人間か──

「ねぇ、みんなこれ見て!」

 ……相当に図太い人間のどちらかだろう。

「今度は何だ……」

 時計塔脇の本屋の前ではしゃぐ日登美にいい加減苛立ちを隠しきれなくなったゼオだったが、彼女が手にした一冊の絵本を見た瞬間、カサレリアを出てから徐々に蓄積されていたストレス──主に明日香が原因の──が跡形も無く吹き飛んでしまった。

「これって仮面ライダーの絵本じゃないの?」

 見覚えのあるタッチの表紙絵で──画家としても有名な絵本作家によるモノだった──題名は『仮面ライダーとじごくの悪魔』。

「ゼオ……」

「ああ」

 雄々しいタッチで描かれた表紙のイラストをゼオとセレスは、呆然と見つめていた。

 同じモノを、昔見た事があった。どこだったか。

「君達、ソレに興味があるのかい?」

 店の奥から、店主らしき年老いた男性が出て来た。老店主は日登美の手の中にある絵本を見て、嬉しそうに笑っている。

「こいつはこの店で一番人気のヤツなんだよ。僕も小さい頃によく両親に読んでもらったねぇ」

 老店主は、絵本に纏わる想い出を楽しそうに語り出した。皺だらけの瞼の奥に見える瞳が、まるで純粋な子供の様な輝きを放っていた。

「──そろそろ出た方が良いんじゃないの?」

 明日香がそう言い出したのは、店主が話し始めてから一時間程経った頃だった。流石に、長すぎる。

「そ、そうよね。もう行った方が良いよねッ!?」

 絵本に纏わる話から自身の半生へといつの間にかすり替わっていた老店主の長話に、いい加減嫌気が差していた日登美は、待ってましたと言わんばかりに明日香に同意した。

「もう行ってしまうのかい?」

「ごめんなさい。また今度来ますから」

 ここからが面白いのに、と呟いて不満気だった老店主もセレスの誠実な対応に「まぁ、いいか」と渋々納得した。

「あ、ちょっと待った」

 店の奥に引き返しかけた老店主が、最後尾のゼオを呼び止めた。

「キミ達『向こう側』の人間だろう?」

「……ええ」

「そんな恰好をする人は『こちら側』には少ないからね」

 老店主はゼオ達が『向こう側』──イーストエリアから来た事を見抜いていた。確かに、彼を含めた人々の服装まで古の欧州風であるウエストエリアでは、いかにも現代的なファッションの一団は嫌でも目立つ。特にゼオの黒いロングコートはかなり人目を引く。

「気をつけた方が良いよ。ココはやっぱりキミ達には危険すぎるかもしれない」

「そう、ですね。気をつけます」

そう店主に答えると、ゼオは先に出た三人を追って店の外へと戻って行った。

 

 

 

 予想はしていたが、あの老店主の忠告は正しかった。

「……まったく」

 面倒臭いったら、ありゃしない。

 あの本屋を出た少し後に、数人程の如何にもなチンピラ連中と出くわしたのだ。が、そんなに手強くは無く、ゼオ一人で全て黙らせた。

「ちぃッ……覚えていろ! 旧人類!」

 チンピラ連中は、お決まりの捨て台詞を吐きながら、逃げて行った。

 大方、そこそこな家柄の馬鹿坊っちゃん共だろうが、真ッ昼間からご苦労な事だ。

「あ~~びっくりしたッ! 何よもうッ!」

 日登美が逃げて行ったチンピラ達の背中に精一杯、思いつく限りの悪罵を投げつける。中には、年頃の女性には相応しくない単語もあったが、聞かなかった事にした。あ、中指立てるのは良くないぞ。

「あー、すっきりした。ホント、何処にでも居るのね。

あんなの」

 一通りの悪態をつききった日登美は、呆れた様にそう呟いた。

「何処もあんなモノ。覚えておきなさい。オンナは如何にオトコを乗りこなすかが肝心よ」

「……明日香さんって、やっぱりオトナの女なんですね。ちょっと憧れる」

「……それ程でも、ないわ」

 おや、珍しい。

「照れてる」

「ああ、照れてるな」

 真正面から褒められた事があまり無いのであろう。小柄な一行の最年長の意外な一面を見て、ゼオとセレスは無性に可笑しくなった。

 ただ、明日香本人も男女間の話に強い訳じゃないのは黙っておこう。間違いなく、怒られる。

 

 

「キャアアアアッ!」

 

 

 絹布を引き裂かんばかりの甲高い悲鳴が聞こえたのは、その時だった。

 声がした方を見ると、豪奢なドレスを纏った女性が時計塔を背景に宙を舞っていた。

 時計塔の最上階には、展望スペースが設置されており、見上げると人だかりが出来ている。どう云う訳か、あの女性は彼処から転落したのだろう。

「──ッ!」

 考えるより先に、ゼオは走り出す。しかし、時計塔があまり高くなかった為か、落下する女性の身体は、既に塔の半分以下にまで達してしていた。このままでは、間に合わない。

 ゼオは、一か八かで地面を蹴って跳躍した。

 ──間に合え……ッ!

 最悪の事態を予想した野次馬達は、各々目を反らしたり、閉じたりして身構えていた。

 直後、何かがぶつかり合う激しい音。

 やがて、野次馬の中の一人が恐る恐る眼を開く。その瞳に映ったのは、惨劇ではなく── 

「やったぁ! さすがゼオ君ッ!」

 茫然自失の女性を抱きかかえて、地上に降り立つゼオの姿だった。黒いコートを翻す韋丈夫の姿は、まるで天使の様にも、悪魔の様にも見える。

「怪我は無いか?」

 ゼオは女性を下ろすと、宥める様な口調で問い掛けた。

 着ているドレスから見るに、女性は上流階級の令嬢なのだろう。普段は美しいと云われるているであろう[[rb:貌 > かんばせ]]は、恐怖に歪んでしまっている。無理もない。

「……ァ……ッ……アァ……ッ!」

「どうした? どこか痛む──」

「──嫌ッ!」

 女性は我に返ると、是王の腕から必死で逃れようと身を捩った。

 突然の事で反応が遅れたゼオの下から、女性は逃げる様に離れて行く。その時、二人の眼が一瞬だけ交差する。

 ゼオが見た女性の瞳には、侮蔑、恐怖、嫌悪等を内包した負の淀みが凝っていた。

「ゼオ君!」

 動けなくなっていたゼオを心配する日登美達が、彼の下に駆け寄った。

 いち早く駆けつけたセレスが、俯く青年の顔を覗き込む。

「大丈夫? ゼオ」

「ん? ああ……」

 ──わかっていた筈だ。だが……

 例え大戦から永い時間が経ったとはいえ、旧人類と新人類――両者の根底には依然、憎しみが横たわっている。ゼオもそんな事は百も承知していたが、やはり後味の悪さは残る。何度目の当たりにしても、慣れるモノじゃない。

「さ、そろそろ行くわよ」

 沈みかけていた空気を察した明日香が、全員に行動を促した。

 その時、時計塔の鐘が鳴った。

響き渡ったその音色は声無き慟哭のように悲しい響きだった。

 

 

 

 

 

 

 3

 

 

「ここか……」

 四人の眼前には半ば廃墟と化した古びた洋館が、人目を憚る様にひっそりと建っていた。ウエストエリアのさらに西、人気の無い郊外、そんな場所に存在するのならば不気味な噂の一つや二つ、人々の間に流布するのも必然だと思えた。

「そ、噂の幽霊屋敷。雰囲気出てるでしょ?」

 ゼオの問いに、日登美は必要以上に明るく答えた。先程の出来事が影響か、普段の三倍程口数が多くなっていたが、明らかにカラ元気であるのがわかる。よりにもよってウエストエリアに初めて来たその日に、この世界に横たわる現実の一端を目の当たりにしてしてしまったのだ。知識として知っていたとしても、動揺するのも無理はない。揺れる心中を隠す為に明るく振る舞っているのは、彼女なりの抵抗なのかも知れない。

「じゃあ、行くぞ」

 ゼオが押した洋館の門扉は、耳障りな音を立てて、荒れ果てた庭の様相を一行に曝し出した。

「うわ……」

 セレスが思わず声を漏らす。雑草が生え放題の上に、色々な破片や残骸やらがあちこちに散乱している。

 屋敷の中は、更に酷かった。エントランスは埃が積もり、白く染まっている。木材が腐敗しているのか、辺りは饐えた臭いで充満していた。そして、かつては豪奢だったであろうな手摺りや階段の装飾等は、大部分が老朽化の果てに崩れ落ち、最早見る影も無くなっている。

「酷いな、コレは」

 人が住んでいた過去が想像出来ない程荒れ果てた惨状に、ゼオは思わず眉を顰めた。

「……さて、どうするんだ? 例の噂の真相とやらを調べるんだろ?」

 気を取り直したゼオは、日登美にこれからの行動について尋ねた。

「うん。 それじゃあ、まずは屋敷の探索から始めよっか」

「だな。じゃあ手分けして、さっさと――ッ!?」

 日登美が別行動を取ろうとしたゼオのコートの襟を掴んで、己の方に力一杯引き寄せた。

「こんな不気味なトコに女性を一人にするのは、どうかと思うんだケド」

「ぐッ……別に一人ずつとは言って無いだろ。なんなら、そっちは三人でも構わないだぞ?」

 ゼオが単独で行動したいのには、理由があった。

 一つは、時間短縮。外観からも想像できたが、この屋敷は広い。固まって探索していたら、時間がかかるのだ。

 もう一つは、変身の事だ。この中でゼオが仮面ライダーである事を知らないのは、日登美だけだ。何も関わりの無い彼女を、不用意に巻き込む訳にはいかない。だから、彼女の前で変身する様な事態は、絶対に避けなければならない。

 侃々諤々と議論を戦わせる二人を見ながら、少し考え込んでいたセレスが、ふと両手を合わせた。

「だったら四人一緒に行こうよ。その方が楽しいと思うよ」

 いい加減、頭が痛くなった。

 こんな時に呑気な……とも思ったが、意外なトコロからパスが飛んで来た。

「まぁ、楽しいかどうかは別として、その方が良いかも知れないわね」

 セレスの意見を補足する様に明日香が、

「うん、そうね。セレス。アンタ良い事言うじゃないの」

 日登美も、うんうんと首肯しながら同意した。

 多勢に無勢。こうなれば、もう決まったも同然である。

「仕方無いな」

 はぐれるなよ、と云ってゼオは先頭を歩いた。

 ゼオの背中に何かが、そっと触れた。振り返ると、セレスが指でつついている。

「ゴメンね、ゼオ」

 彼女のの柔らかな笑顔を見ると、毒気が抜ける。

 こういう時、つくづく痛感する。一番強いのは、優しい奴なんだ、と。

 元々、早く済ませようと考えていたゼオは、つい効率的な方法を選ぼうとしていた。それによって彼女達に危険が及ぶかもしれない可能性を、些か軽視していた面もある。それを察知したセレスは、友人達の身を案じて敢えて間抜けな振舞いを演じて見せたのだ。結果、大して揉めずに方針が決まった。

 取り敢えず、今回は自分の未熟さを知る良い機会になったと思う事にした。あと……

「これで結構、強かなヤツなんだよな」

 オンナはやっぱり手強い、と改めて思い知った。

 

 

 

 調査を進めるうちに、この幽霊屋敷と呼ばれる廃屋が色々と訳アリだと言う事が判明した。

 かつて、この館の主だった男が、あらゆる魔術の中で禁忌とされ、最も外法の術と云われている高位黒魔術に傾倒していた事。その後、とある召喚儀式に失敗した代償で狂気に取り付かれて、家族もろとも自殺した事。所謂心中だ。

 そう云った事実から、主を失った屋敷が今までの狂気めいた逸話と共に幽霊屋敷と呼ばれる様になったのが、容易に想像出来た。

「きゃあッ!」

日登美の鼻先を、何かが掠めた。その拍子で彼女は思いきり尻餅をついて、衝撃で床に積もっていた埃が辺りに舞い上がる。

「ケホ、ゲホッ……こ、今度は何ッ!」

強かに打った尻を摩りながら、日登美が喚く。

「魔力矢……簡単なトラップね」

明日香が、壁に突き刺さった白光の矢を見上げながら言った。淡い光を放つそれは、細い棒状に凝縮された魔力の塊だった。

「普通の矢なら兎も角、コレが当たってたら死んでたわね。確実に」

「いや、普通の矢でも死んでたわよ」

顔面蒼白の日登美が、抜けた足腰を何とか立たせようと奮闘していた。

ツッコむだけの余裕はある様だ。

「これも壊れてるな」

 壁面にその身を埋めた魔力矢発射装置と反対側の壁面に牙を突き立てた魔力矢を交互に見た是王は、半ば呆れが混じった声で呟いた。先頭のゼオや後ろを歩いていたセレスでなく、そのさらに後ろに居た日登美に反応したのは、単純に経年劣化による故障だろう。

 だが、それ以前に屋敷の主は、何故こんなトラップを仕掛けたのか。

「ココの主、相当用心深くて小心者だったみたいね」

「だとしてもやりすぎよ。どうかしてるわ」

 漸く立ち上がる事の出来た日登美が言う。

 確かに彼女の言う通り、この屋敷は異常だった。ここに来るまでに、ゼオ達は壊れた侵入者徐けトラップと云うありがたくない歓迎を何度も受けた。中には、確実に命に関わる様なモノもあった。大方、噂の怪奇現象の正体も、この狂った番人共なのだろう。だが、それが判明した事によって、この屋敷に渦巻いている何者かの意志を感じ取る事が出来た。

 狂気と怨念、あとは……

「ま、好きで黒魔術に傾倒している奴なんて大体がマトモじゃないでしょうし、ソイツが仕掛ける物もまた然りってトコね」

「だろうな……。だが、それでこそ隠れ蓑には持って来いの場所だ」

 そう呟いたゼオの両瞳が一瞬、紅く輝いた。

「何か言った? 皇君」

「いや、何も」

 次の瞬間には、ゼオの瞳は元の黒色に戻っていた。

「流石にもう充分だろう。これ以上の探索は、危険すぎる」

 頭だけを巡らせて、ゼオは日登美に言った。これだけの目に遭えば、流石に怖じ気付いてるだろう。

「うーん……」

 日登美が、視線を中空に漂わせて逡巡している。予想通りの反応だ。

このまま、押していけば……

 その時、小さな悲鳴と何かが作動する様な音が辺りに響き渡った。

「何、今の?」

「[[rb:真逆> まさか]]ッ!」

 猛烈に嫌な予感のしたゼオは、音の聞こえた方へと急いで振り向く。

「セレスッ!」

 ゼオの予感は当たっていた。それも、最悪の形で。

 いつの間にか、他の三人より少し後方を歩いていたセレスが、朽ちたカーペットの僅かな撓みに躓き、その場に俯せに倒れ込んでいた。おまけに転んだ拍子に、トラップを作動させてしまったらしく、天井から何かが彼女目掛けて落下してきた。

「チィ……ッ!」

 頭で反応するより早く、ゼオの体は動き出していた。

 既に自分の目線位まで到達していたトラップの下に滑り込み、セレスの身体を抱え込みながら、そのまま掻い潜った。

 その直後、死神の鎌は鋭い音を立てて、最前までセレスが居た場所に突き立てられた。

「ギ、ギロチン?」

 日登美と明日香は、トラップの正体を見て絶句した。

 床にその身を突き立てていたのは、断頭台のそれに似た巨大な刃だった。良く見るとあちこちに黒ずんだ汚れが見て取れた。それが何かは、あまり想像したくない。

「生きてる?」

 明日香が鉄刃の向こう側に声を掛けると、そこから唸る様なゼオの返事が聞こえた。

「……立てるか? セレス」

 ゼオはコートに付いた埃を払うとショックで足腰が笑い、へたり込んでいたセレスを立たせようと手を差しのべた。その時──

「なッ!?」

「えッ!?」

「!?」

「うそッ!?」

 鉄刃を中心に床が割れ、そこから全てを飲み込まんとする暗闇がその顔を覗かせる。

「くうッ!」

 ゼオは咄嗟に落とし穴の縁に手を掛け、なんとか落下を免れた。しかし、セレス達三人は為す術も無く、暗闇の奥底へと呑み込まれていった。

「ゼオッ!」

「セレスッ!」

 二人の叫びは薄闇の帳に包まれた屋敷の中に虚しく響いた。

 

 

 

 

 4

 

 

 昏い微睡みから抜け出したセレスの翠瞳に最初に飛び込んで来たのは、湿った暗灰色の天井だった。

「気がついた?」

「う……日登美さん?」

 続けて視界の中に入ってきたのは、半泣き状態の日登美の顔。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになって、愛嬌のある顔立ちが台無しになっている。

「良かったぁ。なかなか目を覚まさないから心配したよぉ」

「日登美さん。ここは?」

「わからない。けど……」

 涙に塗れた顔を拭いながら、日登美はセレスの背後の空間を視線で示した。

 そこには、大勢の人間が狭い空間の中で、肩を寄せあってひしめき合っていた。良く見ると、彼らの殆どはウエストエリア出身者だった。

「あんまり良い場所じゃ無いみたい……」

 陰鬱な表情で言った日登美の頬が、不安と恐怖で青褪めている。

「ゴメンね、セレス」

「え?」

「アタシのせいでこんな事になっちゃってさ……」

 先の見えぬ恐怖よりも、友人達を巻き込んでしまった事を、日登美は悔いていた。

 最初は軽い気持ちから始まった遊びだった。けれども、それは意図せず虎──否、悪魔の尾を踏んでしまったのだ。

「あ、そう言えば明日香さんは?」

 かける言葉を見つけられずに居たセレスは、話題を変えようとしてもう一人の同行者の姿を探した。

「明日香さんなら、なんか知り合い見つけたみたいでどっか行っちゃった」

 

 

 

 当たって欲しくない予想程、的中するらしい。

「お久しぶりです」

 暗灰色の部屋の隅で、襤褸切れの様な姿で蹲る女性に明日香は、声を掛けた。彼女の姿を見た時、明日香は今回の件に組織が絡んでいると確信した。

 何故なら、その襤褸切れの女は、嘗ての明日香と同じ──『組織』の研究員だったからだ。

 ゆっくりと上がった女性の顔は、涙や鼻水、煤汚れで元の人相がわからなくなっていた。

「私です。キャロル・ピッコロニーミ博士」

「あ、貴女──ッ!」

 濁った瞳に明日香の姿が映った時、女性──ピッコロニーミの眼が微かに震え、見開かれた。

「い、生きていたの? 結城博士」

「おかげさまで」

 興奮の余り、感情を剥き出しにするピッコロニーミに対して、明日香の態度は普段以上に酷く静かで、冷めきっていた。

「貴女こそ、どうしてこんな所に?

『メルヴェイユ』に居た筈では」

 明日香の口から『メルヴェイユ』と言う単語が出た瞬間、ピッコロニーミの肩が小さく跳ねた。その後、何とか気を取り直して、震える声で小さな質問者の問いに答えた。

「数ヵ月前にこの国に来たの。でも……もう限界だったの、かも」

 ピッコロニーミの声は自嘲気味だった。

「私は研究が出来れば何だって良かった。幸せだったわ。『組織』では表の世界では出来ない様な事が何でも出来た。だから、彼処は科学者である私にとって、唯一信じる事の出来る絶対の神だったの」

 ピッコロニーミはそこで一旦、言葉を止めた。俯けた顔を覗き込むと、噛み締めた唇から血が出ている。

 科学者にとって『組織』は神。『組織』の一員だった明日香には吐き気がする程、良く理解出来た。

 ある意味で神と言う存在に唾を吐き、背中を向ける立場にある科学者にとって、自分達とその研究が例えどんなに外道、異端と呼ばれ、蔑まれようとも理解し、守ってくれる存在は慈悲深い神にも等しい存在なのだ。

「でも、貴女のお姉さんの事があってから、私の中で『組織』に対する不信感が少しずつだけど、確実に募っていったわ。そして、この今回の事を知った時、私は上層部に中止を進言したの。だけど……」

「上層部は聞く耳持たず。それどころか反逆者として投獄されて、処分を待つ身。って、トコロ?」

 ピッコロニーミは、無言で首肯した。青みがかった黒瞳は暗く淀み、今や虚ろになっている。もはや失望はおろか、絶望すら存在していない。

「ガラにも無い事するからよ。貴女は貴女らしく、研究だけしていれば……」

 その時、明日香の脳裏に何かが引っ掛かった。それが何か、彼女にも一瞬わからなかった。が、脳内の検閲が急速に目的のモノを探し当てた時、小さな唇は自然と動き出していた。

「今、何て言ったの?」

「え……」

「いいから答えてッ!」

 本来の無愛想ぶりからは、想像出来ない明日香の剣幕に気圧されながら、ピッコロニーミは自分が言った言葉を記憶の海から引き揚げた。

「えっと、私の中で不信感が募って──」

 ピッコロニーミの言葉を明日香は顎に手を添えながら、黙って聞いていた。何が──引っ掛かっている?

「今回の事を知った時──」

「それよ!」

 勢い良く、明日香は顔を上げた。彼女の中で引っ掛かっていたモノの正体が判明し、頭の中の靄が急速に晴れてゆくのを感じた。

「奴らは、ここ何をしようとしているの?」

 ピッコロニーミは一瞬躊躇う素振りを見せたが、一拍置いてから意を決した様に話し始めた。

 

 

「東京沈没作戦。彼らは、この東京を壊滅させるつもりよ」

 

 

 ピッコロニーミの告白を聞いた時、明日香は自分の身体の血の気が一斉に引いてゆくのを感じた。

 

 

 

 明日香とピッコロニーミの様子を眺めていた日登美が、ふと力無く呟く。

「アタシ達、無事に帰れるのかな……」

 普段の元気が嘘の様な声音だった。

 本来、彼女は精神的に強い方では無い。

辛い事、恐ろしい事を目の当たりにした時、肉体を感情に縛られてしまう。そんな普通の人間なのだ。

 不安を抱える日登美を気遣う様に、セレスは彼女の手を取った。

「大丈夫だよ。きっと、助けが来る」

 精一杯の明るい口調で励ましたお陰か、日登美も少し持ち直していた。

「セレス。アンタって強いね」

「え?」

「こんな時でも、いつも通りなんだからさ。アタシにゃ、無理だわ」

 自嘲気味に云う日登美に、セレスは静かに首を振ってから答えた。

「そんな事無い。私だって、怖くてたまらないよ。だけどね、ゼオが絶対助けに来てくれるって信じてるから……」

 その言葉が強がりで無い事は、日登美には良くわかっていた。セレスは仕事の合間、事ある毎にゼオの話をしている。それはもう、聞いているコチラが飽きる程に。それが根拠と云うには些か弱いかもしれないが、信じてもいい。そう思った。

「ごちそうさま」

 少し呆れ気味に呟いた日登美の言葉の意味が解らず、セレスは小首を傾げたが、何者かが近づいてくるのを感じ取り、そちらへと顔を向けた。日登美も一緒に、同じ方へと振り向いた。

 二人の視線の先に居たのは、頼りなさげな風貌の若い男だった。艶やかな黒髪の下の整った顔立ちは、薄暗い中でも良く解る位、目を引く。

「やぁ」

 男は周りを気にしながら、二人に小声で話しかけた。見た目の印象より幾分か高い声も相まって、現実離れした印象を与えた。

「君達……もしかして向こう側の人?」

「え? あー……」

「もしそうなら、その事は隠しておいた方が良いよ。面倒な事になるからね」

「は、はい」

 微笑む男に、セレスは曖昧な返事を返した。

 長年、ゼオと共に逃亡生活を続けていたセレスも、危険に対して常人よりも遥かに鼻が効く。だから、この男がただ者ではないと解るのだ。

「僕はレイ・ヒメヤ。君達は?」

「セレス・スメラギです」

「……吉河 日登美。ちなみに、あそこに居る小ッさいのが、結城 明日香」

 レイと名乗った男は、白々しい程に友好的な態度で接してきた。胡散臭さの割りに不快感を感じなかったのは、その奥に誠実さが見えるからだろうか。

「……レイさんはどうして此処に?」

 警戒を解かぬまま、セレスは問うた。

「あ、うん。友達に連れられて来たんだけど、トラップあるよね? アレに引っ掛かっちゃってね」

 苦笑するレイに、セレスは少しだけ同情した。彼女達も似たようモノだったからだ。

 ああ、ゼオは大丈夫かな?

 その時だった。こちらに近づいてくる規則正しい複数の足音が聞こえたのは。

「な、何よコレ?」

「奴らだ」

 好青年然とした印象から一転、レイが忌々しげに呟く。

 足音は次第に大きく鮮明になっていき、間近に感じられる様になった所で、それはピタリと止んだ。

 そして、セレス達の正面にあたる壁面の一部が左右に割れ、そこから異形の集団が現れた。

「これより人員の補充を行う」

 そう宣言したのは、異形達の先頭に立つ蟷螂の様な姿をした怪人だった。

 怪人は、ベースになった生物の特徴を色濃く残した頭を、牢獄中に巡らせた。

「まずは貴様」

 怪人は身を寄せ合う人々の中で怯えている一人の男に、視線を向ける。複眼の間の三つの単眼が、不気味に蠢く。

 その直後、怪人の後ろに控えていた黒づくめの異形達が男を取り押さえ、壁の向こうへと連行して行った。

「貴様と貴様もだ」

 続けて指名された二人も、壁の向こう側へと連れていかれた。

 怪人はそれを確認すると牢獄の中を歩き回り、誰かを探す様に単眼を巡らせている。

「ピッコロニーミ博士」

 目的の人物を探し当てた怪人は、先程とはうって変わった慇懃な口調で語りかけた。

「そろそろ、考え直して頂けないでしょうか?

我々には、貴女が必要なのです」

「何度来ても同じ……私は、もうアナタ達の言いなりにはならないわ」

 衰弱しきったピッコロニーミの声はか細く掠れていたが、其処には、強い意思が込められていた。

「そうですか」

 怪人は意外な程、あっさりと引き下がってピッコロニーミに背を向けた。

「まぁ、最悪、脳髄さえあれば充分ですが」

 そう言って、怪人は異形共を引き連れ、暗い牢獄から立ち去っていった。

 

 

 

「ふぅむ……」

 取り残されたゼオは屋敷の至る所を調べていたが、セレス達の行方に繋がるモノは何一つ見つける事が出来ないでいた。

「ここも駄目、か。クソ、どうすればいい……」

 ゼオは半ばヤケクソ気味に、後頭部を掻きむしりながら吐き捨てた。増改築を繰り返したらしい屋敷は、外見以上に複雑な構造をしており、単独での探索は時間が掛かり過ぎる。

「早くアイツ等を見つけてやらないとな」

 そう呟き、辺りを見回したゼオは、微かだが冷たい感触が肌を撫で、身体を通り抜けるのを感じた。

「これは……」

 屋内を戯れ抜ける微風。それも、窓や穴、通気孔とは全く違う方向から吹く風。それが意味するのは──

「成程な」

 風の出所を見つけたゼオは、唇を弧の形に歪めた。

 彼の視線の先──床に嵌め込まれたレリーフには、人を喰らう蟷螂の悍ましい姿が彫られていた。

 

 

 

 その頃、セレス達は厄介な事に巻き込まれていた。

「も、もぅ嫌だぁ!」

 閉じ込められていた内の一人が恐怖の余り、恐慌状態に陥ったのだ。かつては小綺麗だっただろう身形から、上流階級の子弟だと思われた。

「何で俺がこんな所に閉じ込められなきゃいけないんだよ!」

 半狂乱で喚き散らす男の姿には、もはや貴族としての在り様は無く、その者自身の根底に根差しているであろう醜い部分を無様に晒していた。

「落ち着いて!」

 レイを含めた何人かが男を取り押さえようとしたが、彼はそれに抵抗し、掌から放った光の矢を目茶苦茶に乱射した。

「アレってッ!?」

 光矢を放つ男を見た日登美は、困惑気味に気味に叫んだ。

「光の矢。子供でも使える簡単な魔術ね」

「あれが……」

 初めて現実として目の当たりにした魔術を食い入る様に見つめていた日登美は、ある事に気がついて周囲を見回した。

 いつの間にか、セレスが居なくなっていたのだ。

「あそこ」

 明日香が指し示した先、喚き散らす男の腰にセレスがしがみついていた。

「な、何やってんのよッ!」

 それを見た日登美が顔面蒼白になりながら、蹲っていた身体を立ち上がらせた。

「落ち着いて下さい!」

 セレスは、男にしがみついて必死に説得を試みた。しかし、正気を失っている男に彼女の想いは届かない。

「煩い!」

 しがみつくセレスの存在を疎ましく思った男は、彼女を引き剥がそうと拳を振り上げた。それを見たセレスは眼を瞑って、来たるべき苦痛に備えた。

「やめろぉッ!」

 凛とした大音声が、暗い監獄の中に響き渡った。

「…………?」

 覚悟していた衝撃が訪れない事を不審に思ったセレスは、恐る恐る閉じていた瞼を開けた。

 彼女の視界に映ったのは、振り上げられた男の腕とそれを掴んでいるもう一つの腕だった。

「大丈夫? 皇さん」

 そう言ってセレスに微笑んだのは、レイだった。彼は男を睨みつけ、乱暴に腕を放してから、諌める様に自らの言葉をぶつけた。

「高貴なる身分である自覚があるならば、そんなみっともない真似は止したらどうですか?」

 レイの言葉に、男は顔を真っ赤な噴怒の色に染めた。言い返す言葉を見つけられずに口元を震わせていたが、すぐに引き攣った笑みを浮かべると、セレスを指差して叫んだ。

「し、知ってるぞ! この女は向こう側から来たんだろ!?」

 男の言葉は今の状況において、見苦しく的外れな戯言に過ぎなかった。が──

「不味いわね」

 明日香が、微かに眉を顰めた。

 旧人類が居ると言う事実は、恐怖に晒され、我を失いかけた新人類が大多数を占めるこの牢獄内に最悪の事態を呼び込んだ。

 ──向こう側だって? あの子が…………

 ──なんで我等の街に…………

 ──嫌だ、汚らわしい。

 狂った視線を一身に受けたセレスはたじろぎ、後退るが、レイが彼女を守る様に間に立った。

 そのお陰で緊張がいくらか緩和されたセレスは、我知らず安堵の息を吐いた。

「いい加減にしてください!」

「貴様、同胞の癖にコイツらを庇うのか?」

「今はそれどころじゃないでしょう! 皆で力を合わせなければ、此処からは出られないんだ!」

 レイの訴えは一個人では無く、牢獄にいる全ての者に向けられていた。

「黙れ! 我等は選ばれた新人類だ! そんな弱者達と力を合わせるなど──悍ましい!」

 その場に居た殆どの人間が動揺する中で、最初から狂乱していた男が、尚もみっともなく喚き散らしていた。

「全く──見苦しいですね」

 薄闇の中で、錆びた刃物の様な声が響き渡る。

「──ァッ!」

 同時に、男の首筋に細く鋭い光が走った。

「あぁ……」

 光が消えた途端、男の首が勢い良く刎ね飛び、血の噴水が周囲を鮮やかな真紅の色に染め上げた。

「汚らわしいモノを、斬ってしまった」

 首を失った男の体が頽れ、その後ろから蟷螂の怪人が現れた。

「すいませんねぇ、皆様。お見苦しいものを見せてしまって」

 蟷螂の怪人は、言葉とは裏腹に愉しそうな笑いを上げる。それから腕に装備した鎌を振って、刃にこびり付いた血を払いながら、ピッコロニーミの方へと近づいた。

「やっと全ての準備が整いました。博士。就きましては、立案者である貴女に是非とも全てを見届けていただきたいのです」

 尚も愉しげに、眼を細める怪人。その眼差しが、言外に拒否権は無いと語っている。直後、怪人の背後の壁が開き、そこから大量の黒い異形が湧きだした。

「何よコイツらッ!」

「離してッ!」

 黒い異形の波は、恐れ戦く人々を容赦無く呑み込んでいった。セレスや日登美達も、それに抗う事は出来なかった。

 

 

 

 廃墟内に作られた中世欧州のそれと酷似した様式の小劇場。その舞台の中央、照明に切り取られた空間に佇む影共が在る。

 一つはアイボリーのローブを纏った韋丈夫。

「マンティスレイヤー」

 ローブでも隠しきれぬ彫像の様な体躯から発せられたのは、それに違わぬ低く響く重厚なバリトンだった。

「お呼びでしょうか? シュヴァリエ」

 男の背後でそれに答えたもう一つは、蟷螂の怪人──マンティスレイヤーだった。

「準備の方は?」

 韋丈夫──シュヴァリエは、振り返らずに淡々とした口調で尋ねた。

 それに対し、マンティスレイヤーは恭しく答えた。

「万事抜かりはありません。電池、増幅器共に安定しております。今すぐにでも発動させる事が出来ましょう」

「そうか……ところでアレは?」

「今、増幅器に組み込んでおります……が、宜しいのでしょうか?」

 その言葉を遮る様に振り返ったシュヴァリエの殺気を孕んだ眼光が、真っ直ぐマンティスレイヤーに突き刺さる。一瞬はたじろいだものの、怪人は尚も続けた。

「あんな事をして、万が一の事があったら……」

「ああすれば、奴は必ず姿を現す。それに、これは“主”の勅命でもあるのだ」

 “主”という言葉を聞いた途端、マンティスレイヤーは己の躯を巡る人工血液が全て凍り付いた様な気がした。

 動揺する怪人を、既に意識から除外したシュヴァリエは眼を伏せ、敵手である白銀の改造人間の姿を幻視した。

 

 

「来い、仮面ライダー」

 

 

 

 組織の研究者の趣味の悪さを再確認した明日香は、己にしか聞き取れない位、小さな溜息を吐いた。

「古代の拷問とかの方が、まだ優しいかもね」

 彼女がそう思うのも、当然だった。

 少し前にこの場所に連れて来られてきた時、既にソレはあった。

 あの怪人が増幅器と呼んだソレは、無数のコードに繋がれた制御装置らしき物の上に、十字架状の拘束具を備え付けた異形のオブジェだった。そして、その十字架には今、セレスが罪人の様に磔られている。

 明日香は、そのどこか神秘的でありながらも悍ましい光景を暫く見つめた後、周囲を見回した。すると、コードの先の暗闇に凝った影がいくつか確認出来た。

「あれは……」

 その影の正体は、蹲った人間達だった。

恐らくは、捕まっていた人々だろう。

 しかし、その額から後頭部半ばがごっそり消失し、代わりにコードの付いた機械の冠を剥き出しの脳に直接被せられていた。

「ッ……!」

 悲惨無惨の類いは慣れているつもりでも、ついさっきまで生きていた筈だった人間の変わり果てた姿は流石に報える。それから、ふと顔を上げた先に天窓の様な光を見た彼女は、ここが奈落の底だと言う事に気付いた。

「相当、マズイわね。これは」

 呟いた明日香は、牢の中で聞いたピッコロニーミの話を思い出していた。

 

 

 

「超広域参式魔術。知っているでしょう?」

 明日香は、ピッコロミーニが紡いだ言葉に愕然となった。

 超広域参式魔術。

 広い範囲に効果を発揮する通常の参式魔術の数十倍の規模と威力を誇り、かつての戦争では、新人類側の秘密兵器の一つとして使用されていた。しかし、発動の際に膨大な呪文と、二人以上の魔術師を必要とするというデメリットと破壊以外に使い道が無かった為、戦争の終結と共に使用を制限され、いつしか禁忌の術の一つとされていた。

「奴等はね、その超広域参式魔術をこの場所、東京でやろうとしているのよ」

「あれは、禁忌とされる程の滅殺術式。そんなモノをここでやったら……」

「東京は壊滅するわ。確実に」

 どういうつもりだ、と明日香は未だ正体の掴めぬ黒幕の幻影に問うた。人間社会の影に潜み、見えざる意思として全てを操ってきた組織にとって、今回の様な目立つ企みは不都合でしかない。下手をすれば、組織の存在が白日の下に晒される事になる。一体、何を考えている……?

「……一つ良いですか?」

 答えの出ない問題を取り敢えず保留した明日香は、ピッコロミーニに問い掛けた。

「姉さんの事について」

 その問い掛けに、ピッコロミーニは肩を大きく震わせた。自分でも、何故今こんな事を聞いたのかわからなかったが、構わず明日香は質問を続けた。

「姉さんの友人だった貴女に聞きたいんです。あの人が最期まで何を願っていたかを」

「妹の貴女の方が、良く知っているんじゃなくて?」

「私は……姉さんが苦手でした」

 明日香は哀しげな輝きを瞳に孕みながら、自嘲気味に呟いた。

 ピッコロミーニはそんな明日香を気遣いつつも、古い記憶の輝きを懐かしむ様に語り出した。

「貴女のお姉さん、結城 咲夜は最期まで……誰もが幸福である事を願っていたわ」

 

 

 

 記憶の海から現実へと意識を引き戻した明日香は、かつて嫌と云うほど見た背中を幻視した。

 今でも姉の考えは、青臭い理想論でしかないと思っている。どう転んだトコロで、私達は結局悪魔に魂を売った外道なのだ。そんな奴らに、夢を見る資格なんて在りはしない。

 だから、私はあの人が苦手だ。理想の為に、家族を残して勝手に行ってしまうなど……大馬鹿者のやる事だ。

 明日香は、再び増幅装置を見上げた。狂ったオブジェを見据えて、胸の奥である決意を固めた。

「やってやろうじゃない」

 もう理想を純粋に貫ける程、ガキじゃない。だが、組織に唾を棄ててきた身だ。せめて、己の心には従ってやる。

 だから……良く見てなさい、姉さん。

 最後の一言を声に出さずに呑み込んだ明日香は、増幅装置の制御パネルに歩み寄った。

 その時、生贄の如く磔にされた少女の口から、今にも消えそうな程に小さな言の葉が零れ落ちた。

「ゼオ……」

 

 

 

「あ……」

 屋敷の地下へと続く隠し通路を駆け抜けていたゼオは、誰かに呼ばれた様な気がして辺りを見回した。

「今のは……」

 確かにセレスの声だった。しかし、耳を澄ませてみても濃密な闇が充ちた地下通路では、人の声はおろか自分の声や足音すら聞こえない。かと云って、気のせいだと切り捨てる事も出来ない。

 自分を呼ぶ声を信じたゼオは、静かに目を閉じ、共に戦う相棒の名を思念に乗せて遥か彼方へ飛ばした。

 直後、入口の方から獰猛な獣の様な咆哮が響く。

 それを確かめたゼオは通路の先を、その向こうで待ち構えているであろうモノを幻視した。

「行くぞ……」

 静かに呟いたゼオの瞳が紅に燃え上がり、腰部には機械仕掛けのベルトが光を孕みながら顕現した。

「変身ッ!」

 白銀の光が、闇に溶け込んだ地下通路を眩く染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 5

 

 

 地下劇場の奈落の底では、禁忌の言霊が紡がれようとしていた。

 

 

 ──我が体躯を流るる魔導の血潮よ

 

 

 増幅装置の部品と化して機械に繋がれた者達の唇から、無機質な呪文が滔々と流れ出す。

「魔力ブースト!? やってくれるッ!」

 十字架の下の制御パネルに張り付いていた明日香は、呪文を唱えるだけの抜け殻達を見渡しながら、吐き捨てる様に呟いた。

 機巧仕掛けが動き出し、奈落がせり上がり始めた。事態は絶望したくなる位、最悪の状況に転げ落ちている。

「うぅ……」

「くッ……」

 十字架のオブジェがセレスだけでは飽きたらず、装置の回りに集められた新人類達の魔力を吸い上げる。人々が、次々と倒れていく。その光景を前に明日香は、どこかで見ているであろう今回の黒幕とやらを殴り倒したくなった。

 彼らは、いわば使い捨ての電池だ。その命を吸い尽くされた後は、ゴミ同然に捨てられる。己が人の事を云えたクチでは無いのは百も承知しているが、それでも叫びたくなる。

 人間を何だと思っている、と。

 装置の周囲に集められた人々が倒れてゆく度に、床に刻まれた魔方陣の放つ土色の狂光が、輝きを増していく。

「ねぇ、コレってマズいんじゃ……」

「わかってるわよッ!」

 日登美の弱気な問いに、明日香はらしくない程の苛立ちが混じった怒声で答えた。そうしている間にも、魔方陣は狂った輝きに満たされようとしている。

「これだけの新人類の力を必要とするなんて──」

 光を湛えた魔方陣の上に超広域参式魔術の齎すモノを幻視した明日香は、その不可視の異様に戦慄し、恐怖を覚えた。

 

 

 ──来たれ、大地の牙

 

 

 這い寄る恐怖と必死に戦う明日香に、さらに追い撃ちをかける様に部品達は無機質な新たな呪文を唱え出す。

 

 

 ──我等を阻む彼の者共を屠り滅ぼせ

 

 

「クッ……呪文の進行を止められない」

 明日香は、制御パネルを操作して超広域参式魔術の発動を阻止しようとした。が、無機質に紡がれる言霊は明日香の仕掛ける障壁を次々と掻い潜って行く。

「無駄よ」

 もがき苦しむ血族達を虚ろな空洞の様な瞳で眺めていたピッコロニーミが、無感動な調子で呟いた。

「もう止められないわ」

「そんな事──ッ!」

「いいえ、貴女にはわかるハズよ。

今更、何をやったって……」

「ウルっサいわねッ!」

 普段の彼女からは考えられない怒号が、せり上がる奈落に響き渡った。まだ意識を保っていた血族達が一斉に明日香の方を振り向いた。勿論、日登美とピッコロニーミも。

「まだ終わってもいないのにウダウダ言わないでよッ!」

 叫んだ明日香は、パネルの上に置いた手を強く握りしめた。

「此処まで来て諦めたく無いのよ、アタシはッ! でなきゃ、組織を抜けた意味なんて……」

 

 

 ──震えよ……母なる大地

 

 

 明日香の心からの叫びを嘲笑うかの様に奈落が上がり切り、滅びを司る最後の言霊が紡がれた──その時だった。

「オオオオォォッ!」

 劇場の出入り口の扉が爆音と共に吹き飛び、そこから闇を引き裂く白銀の旋風が現れたのは。

「ギッ!?」

 光は闇に紛れていたアントソルジャー達を客席ごと吹き飛ばしながら、魔方陣へと一直線に突き進んで行った。

「ゼ……仮面ライダー!」

「えッ?」

 明日香の漏らした歓喜を孕んだ呟きは、ピッコロニーミや日登美、そしてまだ持ちこたえている新人類達の頭を一つ残らず風の方へと巡らせた。

「仮面、ライダー?」

「アレが?」

 伝説として語られている英雄によく似た仮面ライダーAIZENの姿、それを目の当たりにした新人類達の反応は様々だった。畏れや驚き、敵視とまでは行かなくとも、好意的な眼差しは少なく思えた。

「仮面ライダー!? マジで!?」

 そんな中でも、日登美が好意的かつ、かなりハイテンションなリアクションを見せた。まるで、人気アイドルのミーハーファンの様だ。

「ちょっとアンタ!」

「へ?」

 明日香に呼びかけられた日登美は、振り向くと同時に胸倉を掴まれた。訳が解らなくて、反論も出来ないでいた。

「伏せてなさい!」

「ンギャ!?」

 そのまま倒れ込む明日香に引っ張られ、日登美は舞台の木目と勢いよ口づけを交わした。

「行くぞ、サイファー」

 舞台上の人間が全員頭を伏せたのを確認したAIZENは、朽ち果てた客席をジャンプ台代わりにして、濃密な闇が充ちた虚空を翔けた。

 メタルサイファーが猛々しい咆哮を上げる。装甲の上を流れる白銀の光が前面に集中して行き、テールとマフラーに内蔵されたブースターが朱焔を噴いた。

「マァッハ……ブレェェェェイクッ!」

 加速による運動エネルギーを上乗せした白銀の機獣は、その獰猛な牙を制御装置に突き立てた。

 

 

 

 瞬間、光が爆ぜた。

「──ッ!」

「ぅぶッ!」

 直後に巻き起こった衝撃波と紛塵と破片の波に揉まれ、舞台上の人間の咳き込む声が木霊する中、静かな、それでいて明瞭と力強い足音が響き渡った。

「ライダー……」

 濁った塵霧から姿を表した仮面ライダーAIZEN・シーリングモードは、明日香達の下へ歩みを進めた。

「頼む」

 鋼の腕の中で静かな寝息を立てる少女を明日香に託すと、AIZENは破壊された客席の方へ振り返った。

 刹那、乾いた音が人々の耳梁を打った。

「見事だ。ALICE」

 頭を巡らせたAIZENの機械の複眼が、アイボリーのローブを纏った屈強な影を捉らえた。布地の隙間から覗く石膏像の様な手で、拍手をしていた。

「流石は、最高の改造人間と言ったところか」

「シュヴァリエ……」

 屈強な影──シュヴァリエは、その外見通りの重厚な声音でくっくっ、と押し殺す様に笑った。

「あぁ……」

 シュヴァリエの姿を見た日登美は激しく狼狽え、血の気の引いた顔は酷く青褪めていた。そんな彼女の尋常ならざる様子に、明日香は不審そうに眉を寄せた。

「どうしたの?」

「この前見た奴にそっくりだったの。

それで、ちょっとね……あ、でもアレは女だったかも?」

 ──女? クイーンの事?

 この時、シュヴァリエの出現が何を意味していたのか、真に理解出来ていたのは明日香ただ一人だけだった。

「大幹部クラスが二人も動くなんて……」

 世界の影で暗躍する組織の実質的なトップである大幹部が、この短い期間に二人も姿を現わすなど、かつて組織の汚泥に浸かっていた身には考えられない事だった。

 何かが──起ころうとしている?

 震える声で自問した明日香は、客席に堂々と佇むシュヴァリエを改めて見つめた。

「また大幹部のお出ましとはな。覚えめでたいみたいで光栄だね。」

 AIZENは場の空気にそぐわぬ軽口をシュヴァリエに投げ掛けたが、それの返答が返って来る事は無かった。それでも引き続き、彼は挑発を投げつけた。

「それとも──お目当てはこの身体の方か?」

「マンティスレイヤー」

 シュヴァリエの大気を震わせるバリトンに応え、一体の影が客席を駆け抜ける。

「シャアアアアアッ!」

「クッ!」

 影──マンティスレイヤーの高速斬撃を右腕で弾いたAIZENは、ガラ空きになった異形の脇腹目掛けて鋭い蹴りを放った。

「ガッ!」

 吹き飛ばされたマンティスレイヤーは体勢を立て直すと同時に、破壊を免れた座席の一つを蹴り跳んで、再び鎌を獲物の首にかけようと振りかぶった。

 対するAIZENも敵手目掛け、低空の跳び蹴りを放った。

「甘ァいッ!」

 マンティスレイヤーが右腕の鎌を横一閃に振るう。すると、横一文字の真空の斬波がAIZENを切り裂かんと、大気を断って迫り来る。

 AIZENは、斬波を回避しようとした。が、背後に大勢の人間が居る事を思い出して足が止まった。

「クッ……」

 あの斬波を喰らえば、いくらオリハルコン・アルファの堅牢な装甲といえど、無傷と云う訳にはいかない。かといって、回避などすれば、舞台上に居るセレスや明日香、日登美達を始めとする大勢の人々を危険に晒してしまう。

 それは、駄目だ。

「死ねェッ!」

 マンティスレイヤーの昆虫を模した顔が勝利を確信し、醜く邪悪な笑みの形に歪んだ。

「──だったら」

 跳び蹴りの体勢を崩したAIZENは、斬波に対し構えを取った。

 刹那、闇を孕んだ大気がうねりを上げる。それと同時にフェイスガードが真っ二つに弾け、体内で暴れ回るエネルギーが余剰となり、そして銀色の蒸気へと姿を変えてから全身から放出された。

「ライダァァァァ………」

 全神経を集中させた右腕の装甲が展開し、白銀色の魔力光が腕全体を覆う。

「パァァンチッ!」

 そして、間合いに入った斬波に超新星と化した剛拳を叩きつけた。

 瞬間、膨大なエネルギー同士の衝突の余波が地下劇場中を嬲り、駆け巡った。

 衝撃波が吹きすさぶ中、シュヴァリエは四つの紅光が怯む怪人に迫るのを見た。

 紅光がマンティスレイヤーの眼前に至った刹那、異形の深緑の身体は客席を巻き込みながら吹き飛び、背中から壁に激突した。

「な、何が……?」

 状況が把握しきれていないマンティスレイヤーは先刻まで自分が立っていた場所に視線を向けた。

 その場所に佇んで居たのは、紅の巨大な複眼と額の第三の目、そして風にたなびく様に闇を切り裂く深紅光のマフラーでその身を飾った白銀の戦士。その名は──

「仮面、ライダー」

 

 

 

 異形同士の戦いが始まってから、十数分程経過した。

 二つの影のぶつかり合いは、激化の一途を辿っている。

「ひ、日登美、さん」

人知を超えた戦いに見入っていた日登美は、背後から弱々しい調子の声をかけられた事に中々気付けなかった。漸く気付いて振り返ると、上半身を起こしたレイが客席で繰り広げられている光景に眼を丸くしていた。

「あれは……?」

 見るからに衰弱し切っていたレイが、色を失くした唇で息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。どうやら、彼も体内の魔力を吸い取られていた様だ。

「あれは、仮面ライダーです」

「仮面ライダー!? 仮面ライダーって、あの御伽話の?」

 日登美の言葉を聞いたレイは信じられない、という風に眼を見開いた。当然だろう。この時代を生きる者にとって仮面ライダーというのは、絵本や寝物語の中の存在でしか無いのだ。日登美だって、この眼で見るまでは、そう思っていた。

 眼前で繰り広げられている異形の戦いに気付いた人々の間に、どよめきが走る。その中で、疎らながらも子供の声が多い事に日登美は苦笑した。

 やはり仮面ライダーは、子供達にとって憧れである様だ。

「頑張って、仮面ライダー」

 日登美の呟きは、誰にも聞き取られる事無く大気に溶けて霧散した。

 一方、異形同士の戦いは雌雄が決しようとしていた。

「は、速いッ!?」

 マンティスレイヤーは驚愕した。

 彼には、高速戦闘に特化アサシンボーグとしての自分のスピードに絶対の自信を持っていた。しかし、今対峙している敵手のスピードはそれを上回っていた。否、そうではない。トップスピードはマンティスレイヤーの方が僅かに上だ。ならば、何故こうも先手を取られるのか。

 何度目かの背後を取って今度こそと飛び掛かった時、いつの間にか敵手が正面を向いていた。

 刹那、漸く悟った。奴は、自分より速いのでは無い。常に自分の行動を予測、先回りして先手を取っているのだ。

 マンティスレイヤーは、彼我の間に圧倒的な経験値の差を見た。一体、どれだけの戦いを……どれだけの同胞を屠れば、こんな戦い方が出きるのだ。

 怪人の抱いた戦慄をよそに、制約から解放されたその敵手、仮面ライダーAIZEN・フォースモードは交錯の瞬間、昆虫然とした緑鋼の身体に確実にカウンターを当てていく。

「ハアッ!」

 それから更に何度目かの交錯の後、AIZENは白銀の左脚を突き刺す様に床に置いて急ブレーキを、かけると、それをそのまま支点にして一八十度ターン。マンティスレイヤーの背中に遠心力を加えた右の蹴りを見舞った。

 天高く放り上げられた蟷螂の怪人の身体は一方的な攻撃を受け続けて、あちこちに血と火花の華が咲いていた。そこには最早、鋭利な刃物の様な雰囲気を纏っていた高速戦闘用アサシンボーグの面影は無かった。

「終わりだッ!」

 裂帛の気合と共にAIZENの右脚が展開し、噴き出した白銀色の光が脚全体を包み込む。

「タアッ!」

 跳躍したAIZENは、虫の息の怪人に向けて輝く右脚を突き出した。

 

 

「ライダァァァッ、キィィックッ!」

 

 

 邪を払う白銀の弾丸はマンティスレイヤーの身体を貫き、打ち砕いた。

 AIZENが着地した一拍後、紅蓮の爆炎が暗闇を裂き、朱く広がった。

 片膝立ちの体勢からゆっくりと立ち上がったAIZENは、一部始終を見届けていたシュヴァリエの方に向き直った。

 静かに視線を交錯させるAIZENとシュヴァリエ。やがて、屈強な身体を包みこんだローブは霞の様に闇に溶けて、鍛え上げられた剣の様な重厚で鋭い気配は完全に消え去った。

 AIZENはすぐさまセンサー類を働かせて周囲を見回したが、それらが捉えるのは、再び噴き出した闇と舞台上の人影だけだった。

「逃げた……訳じゃないよな」

 ぽつりと呟いたAIZENは、再び舞台に頭を巡らせた。

 人々は、AIZENに複雑な視線を向けていた。好奇、憧憬、疑念、畏怖とそれは様々であった。

 やがて、皆自分達が助かった事を悟るとAIZENの事など忘れ、一斉に歓喜の声を上げた。

 それを見届けたAIZENは、誰にも悟られ無い様にひっそりと劇場を後にした。

 

 

 

 館の外へ出た時には、陽は既に地平線の向こうへと去り、闇の帳が空に降りていた。

「あ~、ヒッドイ目にあったぁ~」

 約半日ぶりに外気に触れた日登美は溜め込んでいた鬱憤を吐き出してから、力尽きた様にその場にドカッ、と座り込んだ。下着が見えていようが、お構い無しである。

「そうね」

 同意した明日香の方は、大きな溜息を吐いていた。

「あんまり、嬉しそうじゃないですね」

「そうかしら?」

 心外だな、と思いつつも、明日香はレイの言葉に淡々と答えた。

 あ、こういうトコロか……

 レイの疑問の理由を悟った明日香だったが、だからと云って二十数年モノの性分など今更どうしようも無いし、今はどうでも良かった。けど……

「姉さんは叱るだろうな」

 その時、地べたに座り込んでいた日登美が思い出した様にレイに訊ねた。

「そう云えば。レイさん、お友達は見つかったんですか?」

「あ、うん」

 尋ねられたレイは、俯いて表情を曇らせた。受け止めきれない重荷を、どうにかして背負い込んでいるかの様だった。

「見つかったには見つかったんだけど、ダメだった」

「あ……」

 彼の言葉の意味を理解した日登美は何も云えず、ただ意味無く口を蠢かせる事しか出来なかった。

「アレの一つが貴方の友人だったのね」

「うん。間違いなく彼だった」

 あの地下劇場で魔力ブースターに改造されていた人々は、魔力を生命力ごと吸い取られていた為、一人残らず命を落としていた。もっとも、あの様な狂った姿に変えられた時点で、人間としては既に死んでいるに等しい。

「ああ、気にしないで。君達が助かっただけでも良かったんだから」

 悲壮さの見え隠れする微笑を湛えながら、レイは背中で静かな寝息を立てている少女に眼を向けた。

「あの場に居た人達全ての魔力を一身に受けていたのに、この程度で済んだなんて……

奇跡としか思えないよ」

「奇跡、ね」

 明日香はそう呟いて、静かに眼を閉じた。

 違う。奇跡なんかじゃない。彼女は普通とは違う。特別なのだ。

「お~~い!」

 呪われた領域に達しかけた思考を遮ったのは、少々間の抜けた男の声だった。アイツだ。

「遅かったじゃない」

 振り返ると、闇に溶けかけた洋館の方から埃を頭から被ったゼオが走って来た。銀髪と黒装束が頭の天辺から爪先まで、真っ白に染まってしまっている。

「皇君!? 一体いままで何処に居たの?」

「あー、隠し通路を見つけたまでは良かったんだけどさ。

そのあと奴らに捕まりそうになってたのを仮面ライダーに助けて貰ったんだよ」

「えッ!? 仮面ライダー!? マジで!?」

 ゼオの口から零れた仮面ライダーと言う単語に日登美が耳敏く反応した。

此処まで来れば、最早本物だ。

「ねぇ、いつ!? 何処で!?」

「あ、いや、すぐどっかに行っちゃったんけど」

「え~~ッ! そんなぁ……」

 ゼオの胸倉を掴んでいた日登美は、それを聞くなり、へなへなと地面に座り込んだ。

「何だ、一体?」

「気にしないで。ただのビョーキよ」

「え?」

「知らなくても良い事よ。……早く行ってやりなさい」

 明日香が視線で示した先──レイの背中におぶわれたハニーブロンドの少女の姿を見つけたゼオは、すぐさま駆け寄って声をかけようとした。しかし、レイが人差し指を口許に当てたのを見て、紡ぐ筈だった言葉をすんでの所で呑み込んだ。

「君が皇 ゼオ君だね」

「あ、ああ」

「セレスさんから聞いてたよ。『ちょっと間が抜けてるけど、とても強くて優しい人』だって」

 間抜けは余計だ、とゼオは心の中でで毒吐いた。

「どうかしたの?」

「あ、いや、何でも……」

「でも、わかる気がするよ」

「え?」

「君を一目見た時、思ったんだよ。君には誰かに力を与える事が出来る何かがある、って。だから、セレスさんもあんなに頑張る事が出来たんだね」

 違う。俺は、そんなんじゃない。

 レイの言葉が入ってくる度に、ゼオの脳裏にこびりつく暗く禁じられた記憶が蘇る。

 何度も何度も振り切ろうとしても追い掛けてくる欲望の汚泥と、悪魔だった頃の忌まわしき己の残影。

 

 腐臭を孕んだ吐息。

 

 肉体を撫で回す舌。

 

 恐怖に歪む顔。

 

 無惨に転がる死体。

 

 それらが、レイの言葉を口々に否定する。そしてその口で、ゼオを罵る。

 お前は怪物だ、と。

「俺は──」

「ふぁ……」

 溢れそうになった是王の感情をすんでの所で留めたのは、可愛らしくも間の抜けた小さな欠伸だった。

 セレスが眼を覚ましたのだ。

「あ、おはよう。是王」

「あ、ああ」

 傍から見れば随分とアホらしいやり取りだったが、当事者であるゼオは内心ホッとしていた。彼女のお陰で、自分の中に有る凝ったモノをさらけ出してしまわずに済んだのだから。

「セレス」

 不思議そうに首を傾げる少女に、是王は心からの言葉を贈った。

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 結

 

 

 一週間後。カフェ・カサレリアにて。

「この前は、散ッ々だったわねぇ」

「同感」

「でも結構楽しかったよね。途中までは」

 昼下がりの喫茶店で、奇妙な女の友情が芽生えていた。

「あの三人、いつの間に仲良くなったんだ?」

 ボックス席で友情を確かめ合っている女達を、玄ノ助が不気味なモノを見る眼で見つめていた。隣に座っていたゼオは、苦笑しながら、「色々あったんですよ」と云った。

 ただゼオも談笑する娘達を見て、やっぱり冗談じゃないだろうかと思ってしまう。元々仲が良かったセレスと日登美は兎も角として、自他共に認める鉄面皮女の明日香が自然に混じっているのが、未だに信じられない。あの館で、何があった?

「良いじゃないか。あれも若さの成せるワザって奴だよ。多分ね」

 カサレリアのマスター、新谷は達観した微笑を湛えて三人を見守っていた。この辺りは余裕は、玄ノ助には無いモノだ。彼ならではのものだろう。

「ゼオ君。ウエストエリア、大変だったみたいだね?」

「……ええ」

 新谷の問いを受け、ゼオは思考を過去に向ける。

 あの地で見たのは、この世界に横たわる境界線。当たり前過ぎて誰も気に留めないが、確かに存在するモノ。そして、本来ならば在ってはならない業の証。

「にしても、どこも静かなモンだな。

そんな大事件が起こったってのによ」

 玄ノ助が、カウンターに置かれた新聞を一瞥する。今日に至るまで、あの事件の事は一切報道されておらず、ありがちなスキャンダルが一面を飾っている。ネットやテレビでも、触れられる気配は無い。

まるで、そんな事件なんて最初から起こっていなかった、と示し合わせているかの様だった。

「報道関係は、奴らと関係しているエラい方々に抑え付けられてるんでしょう」

「けど、実際に被害者は居るだろ? ソイツらが、警察とかに駆け込めば……」

「難しいでしょうね。多くの人は恐怖から眼を反らす為に口を閉ざし、そうでない人々に対しては様々な手段で口止めが図られる。万が一、事件の始終が報じられる事があったとしても、趣味の悪いゴシップとして片付けられるのが関の山です」

 云い終えたゼオの表情に暗い陰が差すのを感じ取った玄ノ助は、再度セレス達のいる方を振り返った。

「アイツはさ、行って良かったってよ」

「え?」

「セレスがな、良い人に会えたって言ってたぞ」

 ああ、思い出した。

 玄ノ助より少し遅れて振り返ったゼオの脳裏に、牢獄でセレス達を気にかけてくれた青年の姿が思い浮かんだ。

「それに、ホラ」

 玄ノ助が、懐から小綺麗な封筒を取り出して、ゼオに差し出した。

 受け取ったゼオは封筒裏の差出人の名前を見て、微かに眼を瞠った。

「これは……」

 差出人の名前はレイ・ヒメヤ。あの事件で出会った青年の名だった。

 封筒を開けて、中に手紙が入っている事を確認したゼオは、綺麗に折り畳まれていたそれを取り出して開いた。

 

 

 

 ごきげんよう。あれから一週間経ったけど、みんな元気? 僕は両親に怒られて、一週間外出禁止って言われちゃったよ。だからこの手紙も家で書いているんだ。こっちの方では、あの事件について皆口を閉ざしてるよ。聞いても、話そうとしない。まぁ、そのお陰で変な噂が立たずに済んでるんだけどね。

 少し話がそれちゃったかな。ここからが、本題。僕は、近いうちに家を出ようかと思っている。その後、新人類と旧人類の共存を唱える運動に参加するつもりだ。君達もあの場で見た通り、両者の確執は深刻だ。憎しみが憎しみを呼んで、負の連鎖を生み出している。こんな事が続けば、いつか共倒れになってしまう。だから僕は、そうさせない為の方法を見つけようと思っている。どんなに時間がかかってもね。

 実は、この事はまだ誰にも話してない。最初に君達に知ってもらいたかったんだ。

 あの地獄で出会った、勇気ある人達にね。

 

 

 

 手紙にはその後これからどうするか等、色々な事が書かれていた。

 読み終えた手紙を畳んだゼオは、玄ノ助が呆気に取られた表情を此方に向けているのに気付いた。

「どうしたんですか?」

「いや、お前、良くそんなの読めるよなぁ」

玄ノ助の言葉に、ゼオは納得した。レイからの手紙は、流麗な筆跡の外国語で[[rb:認 > したた]]められていた。

「彼らの言語は仏語をベースにした欧州圏のモノですからね」

 尤も、あのレイ ヒメヤは日本語も話せたみたい様だった。にも関わらず、この様な手紙を出して来たのは何らかの意図があるのか、それとも単に文章にするのは苦手なのか。

「はぁ、これがインテリって奴か」

 玄ノ助のズレた感想を、ゼオは苦笑を湛えて受け止めた。

「ゲン。お前も見習ったらどうだ?」

「ウルセェ」

 素直な感嘆に水を差された玄ノ助は、新谷に噛み付いた。

 そんな光景を微笑ましく見つめていたゼオに、背後から声がかけられた。

「ぜ・お・くぅ~ん」

 酷く寒気のする猫撫で声だった。

ああ、気持ち悪い。

 振り返ると、日登美が下手糞なしなを作りながら、ゼオに迫って来ていた。実に不気味だった。

「な、何だよ」

 猛烈に嫌な予感がするも、何とかそれを呑み込んだゼオは、恐る恐る聞き返した。

「実はねぇ、今回孝人に黙って出て来ちゃったのよぉ」

 まとわり付く嫌な予感が、確信に変わった。ちなみに、孝人とは吉川 日登美の良く出来た弟の事である。

「でねぇ、それで相談があるんだけどぉ」

「断る」

「ちょ、まだ、なにも言って無いんだけど」

「言わなくてもわかる」

 キッパリと言われた日登美の表情には、落胆よりも早く恐怖の色が浮かぶ。そのせいか、猫被りから素に戻っている。

「いや、だって、怒った孝人って結構怖いのよ!?」

「俺には関係無い。弟のご機嫌取りなぞ自分で何とかしろ」

 それに、一寸だけ興味がある。アイツ、割りと大人しいから。

「孝人、キミに結構懐いてるのよ! だから、キミの云う事だったら素直に聞くと思うのよぉ」

 最後の方で再び媚びた猫撫で声を絞り出していたが、もう色々遅い。

 「そもそも何なんだ、ソレは。気持ち悪いぞ」

 一寸酷い言い方だったか、とゼオは自省したが、当の日登美本人は特にショックを受けた様子も無く眼を丸くしている。それから、ややぎこちない動きで頭を巡らせた。彼女の視線の先には、二人の娘が座るテーブル席がある。

 赤毛の女は、ノートパソコンに眼を落として我関せずを貫いている。そして、もう一人のハニーブロンドの少女は、明後日の方を向いて紅茶を嗜んでいる。

 ああ、そういう事か。

「騙されたな」

 一見無害そうに見えるセレスだが、実は結構イタズラ好きだったりする。二人で放浪していた頃、ゼオも良く被害に遭っていた。

 意外とタチの悪いヤツかますんだよなぁ。

 述懐しながら、ゼオは立ち尽くす日登美を見上げた。ここからでは良く見えないが、耳が朱く染まっているのを見る限り、相当なな表情を浮かべているのは想像に難くない。

 あれだけの醜態晒せば、な。

 その後に起こる事態を予測したゼオは、黙って耳を塞いだ。

「セレスーーーーッ!」

 強化された聴覚が、心底恨めしかった。

 

 

 

 

 

.

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