序
「ライダァァァッ、キィッ――」
あの時、俺は確実に奴を仕留められると確信していた。
事実、ライダーキックの矛先は満身創痍の怪人の身体を捉らえていた。
だが……
「――ッ!」
完全に油断していた。でなければ、怪人以外の気配に気付けないハズが無かった。
虚空に現れた鮮紫に輝く光輪に拘束された俺の身体は、為す術無く地上に墜とされた。
「拘束魔術!?」
自分の身体を縛りつける光の輪の正体に気付いた俺は、同時に背筋を冷たい物が這い回る様な嫌らしい感触を覚えた。それが何かを考えるよりも早く、頭だけを虚空に巡らせて、ある一点を睨みつけた。
「おや? 見つかってしまいましたか」
鈴の様な声が、俺の聴覚センサーに触れた。
声がした方を睨みつけた俺の眼に、薄闇の虚空を裂いて現れたアイボリーのローブを纏う小柄な影が刻みまれた。
「クニークルスッ!」
「お久しぶりですね。ALICE」
姿を現した影――クニークルスは、眼下の俺に得体の知れない怖気を喚起させる笑みを向けると、変わり果てて襤褸切れの様になった異形の怪人に視線を巡らせた。
「貴方とは、一度ゆっくりと語らってみたいのですが、残念ながら今はそうもいきません」
奴はそう言うと、自分の配下であるアサシンボーグに向けて右手を翳し、小さな指を鳴らした。
すると、アサシンボーグの身体から光の玉が飛び立ち、ふらふらと宙を漂った後、奴の掌に収まった。
「千裏眼、確かに本物の様ですね。本来ならば許し難い失態でありますが、今回だけは許して上げましょう」
そう言ったクニークルスとアサシンボーグの下方に鮮紫に輝く魔方陣が現れた。
「待てぇッ!」
それが転移魔方陣である事に気がついた俺は、もがきながら奴等を呼び止めた。
だが、そんな俺の叫びも虚しく、魔方陣はそれぞれの上に立つ者達を呑み込んでいく。
「貴様は……貴様等はソイツを使って何をするつもりだッ!」
わかっていた事だったが、俺の問いかけにクニークルスは答えなかった。が、魔方陣にその身を沈めきる瞬間、奴は妖しく、そして悍ましい笑みを浮かべた。
全てを飲み込んだ魔方陣が光の粒子となって弾け、跡形も無く掻き消えた。
一人残された俺は、自分の無力さを呪い、仮面の下で唇を噛んだ。
1
「……そして、その真壁とか言う男は変わり果てた姿になっていた、と」
パソコンに映る文字と数字が成す幾何学模様と睨み合っていた結城 明日香は、そのまま背後の壁に凭れかかっている銀髪の青年に尋ねた。
「ああ……で、どうなんだ?」
伏せていた眼を開けた皇 ゼオは明日香に聞き返した。
明日香は、椅子ごと向き直って言った。
「トンデモない代物。この千裏眼ってのは。下手な視覚干渉魔術なんか、コレに比べれば児戯よ。流石は、アーティファクトってトコね」
どこか嬉しそうな口調で語る明日香の表情は、新しい玩具を与えられた子供のそれとよく似ていた。所詮は、同じ穴の狢なのか。
「でも、どうせだったら本物を拝みたかったわ。こんな資料じゃなくてね」
そう言って、明日香は一枚のデータディスクを放った。真壁が後生大事に所持していた物だ。
「まぁ、こんなトコロまでわざわざ運んで来てくれたんだから、あんま文句は言えないんだけどね」
明日香がこんなトコロと呼ぶのは、世界有数の大企業の一つ、マルクトが脱走或いは放逐された他社の研究員を秘密裏に匿い、自由に研究をさせ、自社の利益としている存在しない研究所『ノーバディー・ラボラトリー』の事である。勿論、公に出来るモノでは無いので研究所自体は人気の無い山奥にひっそりと建てられており、研究員達は皆その存在を口にしない様に義務付けられている、らしい。ただ、明日香曰く「ここに居る奴らは自分の研究さえさせて貰えれば文句は言わない」との事。
ちなみに彼女も、かつて世界最大の規模を誇るファウスト・グループ傘下の研究所を脱走した末、此処に流れ着いたクチである。
「しかし『組織』も何考えてんのかしらね? こんなモノ、危なっかしくてそうそう扱えないわよ」
「いや………」
ゼオは眼を閉じて、昨夜の事を思い返した。
アサシンボーグにトドメを刺そうとした自分を拘束した小柄な影――
「クニークルスなら」
瞼を開けた紅の瞳はこの時、此処には居ないアイボリーのフードを幻視していた。
「確かに、魔導に関しては右に出る者はいないと言われてる彼女なら、アーティファクトでさえも楽に扱えるかもね」
「ああ。だが、肝心の目的がわからない。奴は一体アレで何をしようとしているんだ?」
ゼオは、口許に手を当てて考え込んだ。だが、いくら考えても現在の状況で結論が顔を覗かせる事は無く、一旦思考を切り上げようかと思った時、明日香が思い出した様に口を開いた。
「……目的の方はわからないけど、アーティファクトを手に入れた彼女が行きそうな場所は心当たりがあるわ」
ゼオは明日香に詳しい話を聞き、そちらに意識を集中させていた。その為か、陰に潜む者の存在に気付く事が出来なかった。
2
現世から隔絶された真の暗闇。そこに彼女は居た。
「どうやら『ALICE』は『此処』に感づいたみたいですね。貴方を潜り込ませた甲斐がありました」
舌足らずな口調で呟きながら、彼女――クニークルスは、手元の古めかしい書物の頁をと捲った。
「阻止する必要は無いでしょう」
頁をめくる手を止めたクニークルスは、姿無き対話者にそう言って、薄く紅を差した唇の端を艶然と吊り上げた。
「おびき寄せるのです。『此処』に」
クニークルスは書物を閉じて、手を離した。すると、それは一人でに虚空に留まった。その色褪せた表紙に記された題名(タイトル)は……
「この『無限回廊』で」
クニークルスの言葉と共に、書がまばゆい光を放った。その光は真の闇を禍々しい白亜へと染め上げていった。
明日香に教えてもらったその場所は、意外なほど簡単に見つかった。
ウエストエリア近くの小さな平原。そこでゼオは、眼前に聳え立つ石造の建築物を見上げていた。
「ココ、か」
苔むした外壁に夥しい象形文字。明日香が言うには、此処は組織が作った拠点の一つであり、主に魔術に関する儀式や祭祀を執り行う場所だと言うが、先史文明の遺跡、という方がしっくりくる様な外見だった。あの女の趣味か、もしくは本物の遺跡を流用したのかもしれない。だとすれば、物凄く罰当たりだと言えよう。
ゼオは黒瞳に遺跡の威容を刻み込むと、上げていた顔を正面に戻し、巨大な口を開けている異界への入口を見据えた。
異形の気配を吐き出す口の奥を見つめたゼオは、ゆっくりと瞳を閉じた。
一拍置いて開かれた瞳が紅に輝き、狩人のそれに変化した。
邪を狩る者となった男は深紅のロングコートを翻し、狂気渦巻く異界へと足を踏み込んだ。
その時、真一文字に結ばれていた唇が短く、一言だけ呟いた。何よりも強く、気高き言霊を。
「変身――ッ!」
遺跡の内部は意外と明るかった。
何故なら、壁一面に刻み込まれた幾何学的な魔術文字が弱々しく明滅を繰り返して、通路を薄緑色に染め上げていたからだった。
「これは……?」
周囲を見回していた仮面ライダーAIZENシーリング・モードは、些か困惑していた。
かつてファウスト直属の特殊部隊に身を置いていた頃は、この様な意匠の拠点は目にした事は無かった。
冒涜的な気配すら漂う光景だった。
「こんなトコロで、何を……」
引き続き、辺りを見回しながら呟く。
直後、突き当たりの通路を横切る白い影を、機械仕掛けの瞳が捉らえた。
訝しみながら、AIZENはその影を追って通路の突き当たりまで走った。だが、その時には白い影は幻の様に消え去っていた。
何だったんだ?
そう思いながら、AIZENは来た道を引き返そうと踵を返した。が――
「何だ……ッ?」
そこに道は存在せず、淡く輝く石壁だけが視界を埋め尽くしていた。
「どう云う、事だ?」
AIZENは細心の注意を払って石壁に触れた。しかし、それは何の変哲も無い只の石壁。ただ其処に存在しているだけのモノだ。
勿論、
では、先程まで確かに存在した通路は一体何処へ消えてしまったのか?
思考の海に意識を投じたAIZENは、今の状況の正体を突き止めるべく、海の中を揺蕩う知識を片っ端から拾い集めた。
そんな時だった。
――ようこそ『ALICE』お待ちしておりました。
舌足らずな声が辺りに響き渡ったのは。
それを聞くや、AIZENは頭を巡らせて周囲を探ったが、スピーカーやそれに類する物は見当たらない。つまり先程の彼女の声は、念話によって直接AIZENの脳に送り込まれたモノだったのだ。
――どうですか?
我が
クニークルスは、愉しげに笑っていた。
「迷宮?」
――ええ。古の魔導師が世界中に存在するありとあらゆる迷宮の事を記し、そして封じ込めた魔導書。それがこの『無限回廊』
AIZENの周囲の景色が、前衛的な絵画の様に歪み始めた。
「なッ!?」
――無限の迷宮は、一度入れば二度と出られない。
私が
「何だと!?」
迷宮は歪み続ける。世界は混沌と化していく。
――ですが……
このまま貴方がただ朽ちゆくのは、私としては面白くありません。なので、ここは一つ、ゲームをしましょう。
クニークルスが言い終わると同時にAIZENの眼前で何かが弾け、白煙が溢れ出した。それが徐々に霧散してゆくと、白い靄の向こう側に小柄なシルエットが浮かび上がるのが見えた。
「これは……」
現れたのは、大きな懐中時計を抱えた白いウサギ。
――此処は魔導書によって作られた魔力の迷宮……
人形の様に硬直していたウサギが、耳と脚を小刻みに動かし始める。
――それを維持し続けるには、特定の物体を魔力の媒介にしなければなりません。
続いてウサギは、ウォーミングアップをするかの様に四肢をブンブン振り回す。
――もうおわかりですね? 『ALICE』
クニークルスのゲーム。AIZENはその概要を理解した。それは、このふざけた迷宮から抜け出すには、白ウサギをどうにかする以外、方法は無いと云う事だった。
――では、始めましょう。
歪んだ迷宮に、指を鳴らした様な渇いた音が響いた。その直後、白ウサギが勢い良く跳び跳ねた。
あまりのスピードに対応しきれず、呆然となったAIZENを嘲笑うかの如く、白ウサギは歪んだ通路を縦横無尽に跳ね回り、奥深くへと続く暗闇に飛び込んでいった。
――どうしたんですか? 早くしないと迷宮自体が崩壊してしまいますよ。
「何ッ!?」
――おや? 言いませんでしたか? 一定時間経過すると無限回廊は魔力を失って崩壊してしまうのですよ。
それを先に言え! AIZENは、姿を見せない魔術師に心中でそう毒づいた。
――それでは、精々頑張って下さい。
それきりクニークルスの声は聞こえなくなった。
後に残されたのは、白銀の改造人間と迷宮内を跳ね回る白い時計ウサギだけだった。
「待てッ!」
逃げる時計ウサギ。追い掛けるAIZEN。そんな構図が確立されてから、どれだけの時間が経過しただろうか?
「クソッ!」
AIZENは、通路の壁に眼を向けた。隙間無く刻まれている魔術文字が輝きを失い始めていた。おそらく崩壊が近いのだろう。
無慈悲に突き付けられた事実は、AIZENの心を焦燥で包めようとする。
早くしなければ、この迷宮は崩壊してしまう。そうなれば、二度と外界へと出られなくなってしまう。命の保証すら危うい。
「……冗談じゃない」
まだ死ぬ訳にはいかない。奪われたアーティファクトを、何としてでも取り戻さなければならないのだ。それに、奴等の好きな様にさせる筋合いも無い。
しかし、それらを為すには、先ずこのふざけた迷宮を脱け出さなければならないのだ。
どうすればいいのかは、もう解っている。
精神を研ぎ澄ませ、練り上げた魔力を全身に行き渡らせた。やがが臨界点に達する時、白銀の戦士は真の姿を現す。
「ハァッ!」
裂帛の気合いに共に、爆裂した魔力。
それと同時に、頸の装甲から一筋の真紅の光が疾り、弾け飛んだフェイスガードに隠された本来の貌があらわになった。
仮面ライダーAIZEN・フォースモードは、気化した魔力の残滓を振り払いながら、一歩前に出た。
「
AIZENは、自身の超感覚を駆使して遺跡内を見回した。
様々な魔力の流れが、色鮮やかな奔流として映し出されるスーパーマルチアイの視界。その中でただ一つだけ不規則で無軌道、かつ有機的な軌道を描く模様があった。
「見つけた」
呟いたAIZENは、石の床を力強く蹴り、逃げ回る獲物を追いかけた。
純粋な魔力の集合体である時計ウサギに、意思や感情は存在しない。だから迷宮が崩壊する事になっても、決して動じる事は無く、ただそれを受け入れるだけである。
そんな心を持たない人形がふと、後方を振り返った。
紅く彩られた硝子玉の瞳に映ったのは、光を失くしつつある壁面と、ぽっかりと口を開けて獲物を待ち受ける様な暗闇だった。
「……」
その光景を無感情に眺めていた時計ウサギだったが、暫くすると、無機質な動きで前方に向き直った。
その時だった――
「捕まえた」
時計ウサギの前方――分かれ道になっている通路の壁面。そこに、仮面ライダーAIZENがしゃがみ込む様に『張り付いていた』
時計ウサギをその深紅の瞳で睨み返したAIZEN。
その周囲を漂う大気がうねり始めた。
それは、時計ウサギに本来備わっていないハズの感情を揺り起こし、魔力で出来た肉体を震えさせた。
「ハアッ!」
AIZENは壁を蹴り、時計ウサギ目掛けて跳んだ。
時計ウサギは急いで方向転換しようとしたが――もう遅かった。
「喰らえッ!」
振りかぶった右腕の装甲が展開し、白銀色の光が溢れ出す。
「ライダァァァッパァァァンチッ!!」
光輝く白銀の拳は、超新星の鉄槌となって哀れなる人形へと振り下ろされた。
砕ける世界。
消えゆく光。
破滅の途を辿る狂歪の迷宮の中、右手に纏わり付く銀光の残滓を振り払いながら、AIZENは呟いた。
「……俺の勝ちだ。クニークルス」
――お見事。流石ですね。
刹那、小気味の良い音が響いた。クニークルスが指を弾いた音だ。直後、迷宮の崩壊が加速度的に進行し、やがて、硝子が割れる様な甲高い音を立てて砕け散った。後に残ったのは、遺跡本来のただっ広く薄暗い石造りの広間と、その中央に佇むAIZENだけだった。
――ですが、ゲームの勝敗はまだ決まってませんよ。
その時のクニークルスの声には、普段の舌足らずな調子の奥に、どこか悍ましさを想起させる響きが篭っていた。
「どういう事だ?」
クニークルスを問い質すAIZEN。しかし、そのせいで頭上から迫り来る殺気に対応するのが、一瞬だけ遅れた。
突如飛来した万力状のアームが、AIZENの両腕を掴んだ。
「これはッ!」
「シュシュシュ……」
この笑い声は――ッ!
頭上から聞き覚えのある耳障りな笑い声を拾ったAIZENは、石造りの天井を仰いだ。
平面だったハズの無機質な天井に、立体的な影(シルエット)浮かび上がる。
――今までのはいわば余興。ここからが本番です。
薄暗い空間に、クニークルスの静かな笑い声が響いた。
位相迷彩を解いて完全にその姿を表わした緑色の異形――ガイストカメレオンは、紅い光を孕んだ感情の篭らぬ瞳をAIZENに向けた。
それを見たAIZENは、思わず息を呑んだ。
「再改造ッ!」
前回の任務で瀕死の重傷を負ったガイストカメレオンは、肉体の修復と同時に更なる脳改造を受けていた。それはガイストカメレオンと言う『個』を消し去り、完全なる戦闘機械と変えた。どのみち任務に成功しようが、失敗しようが、敗北を喫した時点で彼に未来は無かったのだ。
「シャアアアアッ!」
ガイストカメレオンが天井を蹴り、此方へと向かって来る。
「クッ!」
AIZENは、それを横に跳躍してかわした。
着地したガイストカメレオンはすぐさま振り返り、肘までしか無い腕を振り翳した。すると、AIZENの身体が何かに引っ張られた様に前のめりにつんのめった。
「ワイヤードアームッ!?」
自身の両腕に噛み付いている万力アームと異形の怪人を交互に睨んだAIZENは、先程自分を引っ張った物の正体を悟った。
普通の人間には視認出来ない程の超極細のワイヤーが、アームと怪人を繋いでいる。ガイストカメレオンは、それを巻き上げる事でAIZENの体勢を崩したのだ。
「ッシャアアアアッ!」
強化された獣性を剥きだしにした咆哮を上げながら、ガイストカメレオンは紅色の槍を吐き出した。
「チィッ!」
これ以上動きを封じられ、嬲り殺しになる訳にはいかないAIZENは、前屈みになって殺意の篭められた槍を回避すると、そのままガイストカメレオン目掛けて走り出した。
「ハアッ!」
怪人の懐に飛び込んだAIZENは、鳩尾に強烈な中段蹴りを叩き込んだ。
「ガアッ!」
その一撃は、異形の怪人の身体を吹き飛ばすには充分過ぎる威力を持っていた。しかし、怪人もタダでやられる程間抜けでは無かった。
無茶な体勢のままでも、正確な狙いでガイストカメレオンは紅の槍を放ってくる。
それをスウェーでやり過ごしたAIZENは、起き上がりの反動を利用して跳躍。そのまま空中回転で勢いをつけた踵落としをガイストカメレオンの脳天に叩き込んだ。
「ガァ…………」
「まだッ!」
ガイストカメレオンに立て直す暇を与えずに、AIZENは追い撃ちをかけようとした。が、巻き上げられた不可視のワイヤーに引っ張られて再び体勢を崩してしまった。
「シャッ!」
隙だらけになったAIZENに、容赦の無い刺突の奔流が襲いかかった。
「チ……イイッ!」
次々と放たれる紅の刺突をAIZENは無茶な姿勢ながらも、何とかかわし続けていた。だが、全ての攻撃を捌くのは流石に不可能だった。いくつか攻撃が肩の鎧と脇腹、そして太腿辺りを掠めていた。
「舐めるなッ!」
何とか体勢を立て直したAIZENは、右手で迫り来る真紅の舌槍を受け止めた。
両者の力は拮抗し、膠着状態に陥った。
AIZENは、この状況を打破する方法を模索していた。
ライダーキックやライダーパンチは、あのアームがある限り、おそらくは使えない。しかし奴を仕留めるにはその二つと同等の一撃が必要だ。
強化された舌槍は前回の様に千切れる事は無く、尚も不気味な音を立てて軋んでいる。
奴にアームを使わせない為の必殺の一撃……となれば、アレしか無いッ!
覚悟を決めたAIZENは、右手で握った舌槍を手放した。
絶妙なバランスの上で保たれていた力の均衡が、AIZENの行動によって崩された。反動をまともに喰らったガイストカメレオンが、思わず数歩後退る。
その隙にAIZENは、異形目掛けて走り出した。
何とか頭だけを動かしたガイストカメレオンは、持てる力を振り絞って妖しく輝く紅槍を、迫り来る敵手に向けて放った。
対するAIZENは左腕を疾く、鋭く、一閃させた。
刹那、不可視の風刃が、異形の槍と極細のワイヤーを切り裂いた。
突然の事態にガイストカメレオンは何が起きたのか把握する事が出来ず、幾度も頭を巡らせた。
「……!?」
ふと頭を上げた時、禍々しく血の色に染まった瞳はしっかりと捉らえていた。
虚空に踊る白銀の影を。
影は右腕に銀色の光を纏わせ、煌めく刃へと変えていた。ライダーキックより疾く、ライダーパンチより鋭い。神速に迫る必殺の斬撃を、狂気に呑まれた異形の怪人に振り下ろした。
「ライダァァァッ、チョォォォップ!」
視界を埋め尽くす銀色の闇と、ひび割れて砕け散る世界。
それが、ガイストカメレオンが最期に見た光景だった。
「今度こそ、俺の勝ちだな」
ガイストカメレオンとの戦いに勝利したAIZENは、姿を見せぬ相手を射抜く様に虚空を睨みつけた。
――ええ。そのようですね。今度こそ、間違いなく貴方の勝ち。ですので……
AIZENの目の前の空間にボウッ、と淡い光が出現した。彼はそれに向けて手を伸ばすと、光はひとりでに飛び回り、やがて鋼鉄の掌の中に吸い込まれる様に収まった。
――それは貴方のモノです。
光が溶ける様に霧散して、その中から一対の眼球が現れた。『千裏眼』である。
――では、私はそろそろ。縁があったらまた会いましょう。
「待てッ!」
AIZENの静止も空しく、姿無き魔術使いの邪兎(うさぎ)の気配は、現世から完全に消失していた。
結
翌朝。アーティファクトを取り返したゼオは、太陽が昇る前に明日香の下を訪れていた。
着くや否や、直ぐにかつてメタルサイファーが封じられていた区画へと通された。
「またここに来る事とはな……」
闇に覆われ、果ての見えぬ高い天井を見上げながら、ゼオはポツリ、と呟いた。
「そうね。私もそう思うわ」
打ちっぱなしの床に置かれた鉄箱を中心に、人工血液を染み込ませた筆で魔方陣を描いていた明日香が無愛想に同意した。
赤黒い床に描かれた紅の魔方陣は、闇色の空間の中でも、尚禍々しい。
「でも、わからないわね。いくら遊戯(ゲーム)に勝ったからとは言え、彼女――クニークルスはどうして、そんな簡単に千裏眼(それ)を渡したのかしら?」
それはゼオも疑問に思っていた事だったが、かつて噂に聞いていた『クニークルス』と云う怪人の評判を考えたら、理由を捜すだけ無駄だ、という結論に至った。
「さぁな。奴が頭の中で描いてる事なんざわからないし、知りたくも無い」
消化されかけていた怒りと苛立ちが再び沸騰しそうになるのを自覚したゼオは、話題を変えようと乾き切らない血の魔方陣に視線を落とした。
「ところで、どうやってソイツを封印するつもりなんだ?」
ゼオの疑問に、魔方陣を書き終えた明日香は、彼の方に向き直って答えた。
「
「大丈夫なのか? メタルサイファーの時とはワケが違うぞ」
「技術は日々進歩するものよ。発動デバイスの状態は良好――いくわよ!」
魔方陣(マジックサークル)の周囲に乱雑に設置された機材の状態を確認した明日香は、インカムの小型マイクに封印の言霊を吹き込んだ。
明日香の唱えた呪言はマイクを通して、異言へと変換されてゆく。
人間世界とは全く違う法則によって支配された世界の言霊。
それを機械的に再現した疑似封印魔術によって魔方陣の内側の空間に歪みが生じた。時間が経過するにつれて、歪みは一つ、二つ 、と数を増やして空間全体を覆い、やがて喰らい尽くしていった。
そして魔方陣の内と外を境にして空間にズレが生じ始め、徐々に肥大してゆき、遂には魔方陣内の空間は、一瞬の光と共にこの世界から『どこか別の場所』へと完全に隔離された。後に残されたのは、何も無い黒々しい打ちっぱなしの床だけだった。
「……こんなのをアイツにもやったのか」
かつて鉄箱が在った空間に視線を固定したまま、ゼオは明日香に尋ねた。
「ええ。もっとも、あの子にはあまり効果は無かったわね。自力で封印を破ろうとした位だし」
そう言って、明日香はインカムを乱暴に取り外した。
「でもまあ、これでもう二度とアーティファクトが持ち出される事は無いわ」
「そうか。助かったよ」
ゼオは祈った。もう二度と禁忌の聖遺物が目覚める事の無い様に。
外道の力に満ちた忌まわしき過去の遺産に振り回されるのは、己だけで充分なのだから……
~fin~
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