仮面ライダーAIZEN 黎明篇      作:スケィス2

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第八話 ~スカル・ウォーリア×レディ・ガンナー~

 

 ──あ゙~肩痛ぇ、腰痛ぇ。こうなるから、ビジネスクラスの方が良いって言ったのによぉ。あぁ、痛ってぇ……

 

 

 ──そういや、日本に帰って来たのは何年振りだったか? 俺には、やっぱ教会よりもコッチの空気の方が性に合うなかもな。

 

 

 ──さて、先ずは……って、そういえばアイツは何やってんだ? こっち着いてからは、姿が見えないな。

 

 

 ──しゃーない。一旦、飯でも食って来るか。それから捜しても遅くないだろう

 

 

 

 

 

第八話

 

 

〜スカル・ウォーリア✕レディ・ガンナー〜

 

 

 

 

 

 1

 

「人喰い鳥?」

 

 カフェ・カサレリアのスタッフルームで吉河 日登美から聞いた話は、皇 ゼオの興味を引く程のモノでは無かった。

 正直、いつもの悪癖──無謀な好奇心の類いだと思っていた。

「ああ、アレか? 新作のホラー小説か何か」

「違う、違う。 知らない? 今、あちこちで話題になってるヤツ」

 嬉々として語る日登美をよそに、ゼオは、このやりとりにどこか既視感を覚えていた。無論悪い意味で。

 確か、前にもこんな事あったよな。

「──って、聞いてるゼオ君!?」

「ん? ああ、悪い」

 全然聞いてなかった。

「もう、しょうがないなぁ」

 溜息混じりに言った日登美は、アイスコーヒーのグラスに刺したストローのずるずると啜った。

 昼休みに入って、彼女は大層暇を持て余していたらしい。だからと言って、タチの悪い酔っ払いみたいに客にカラんでクダを巻くのはどうだろうか、とゼオは思う。

「いい? もっかい云うよ。人喰い鳥ってのはね、ここ最近、巷で噂になってる謎の食人鬼の事よ」

「食人?」

 また随分と物騒な単語が出てきたものだ。都市伝説らしいと云えば、そうなのだが。

「そ。人喰い鳥は新月の夜零時頃に現れて人を攫うの。それから、街の外れにある海沿いの廃墟あるでしょ。そのどれかに連れ込んで──って云う感じの噂」

 日登美の話を聞いてゼオが一番最初に抱いたのは、違和感だった。大抵、この手の話はあまり具体的では無いものだが、この話は妙に詳細なディテールを有している。

 その辺りが、どうにも引っ掛かったのだ。

「あッ! 今、ちょっと胡散臭いなぁ、とか思ったッ!?」

 渋面を作って考え込んでいたゼオが自分の話を疑ってると勘違いした日登美は半眼になって、眼前の青年に迫った。

 物騒なその形相と迫力に、銀髪の青年は思わず上体を引いて両手を振りながら弁解した。

 アサシンボーグより、おっかないかもしれない。

「いや、思ってない。思ってないッ!」

「ホントに?」

「ホントに」

 日登美は訝しげな眼差しをゼオに向けていたが、暫くの後、渋々ながらも納得した、と言う風に息を吐いて椅子に座りなおした。そして、テーブルの上に載せられていた納豆チャーハンとチーズケーキを一口ずつ頬張った。

 下手喰いに片足突っ込んでいる気がするが、今は見なかった事にしておこう。

「でね」

「まだあるのか?」

「うん。ていうか、ココからが本題」

 そこで言葉を切った日登美は姿勢を正し、柄にも無く神妙な表情になった。

「実はね……一昨日、イーストエリアの臨海区にある廃ビルで大量の白骨死体が見つかったの」

 大抵の事には慣れているつもりだったゼオも、背筋に言い知れぬ寒気を感じた。都市伝説というベールに包まれた幻が、血腥い現実を介して実体を得たのだ。嫌でも不穏な気配を感じてしまう。

「白骨死体のいくつかは、ココ最近行方が解らなくなった人、らしいの。警察の方も魔術絡みの事件として見てるみたいだけど、あまり進展は無いみたい」

「そう、か……」

 そう呟いたゼオの脳裏に、忌まわしき幻影が過ぎった。

『組織』

『アサシンボーグ』

 件の話が孕む異常な気配は、彼がこれまでに経験してきた怪事件に通ずるモノがあった。だが、一つだけ腑に落ちない点があった。

 

 奴らの目的は──何だ? 

 

 今までに『組織』が関わってきた事件は、一見複雑怪奇に見えても、そこには必ず明確な目的が存在した。しかし、今回に限っては、何かが違う。

 特有の言い知れぬ不快さを孕みながら、全く別の何かが蠢いている様な……

 考えあぐねた末、ゼオは一つの結論に辿り着いた。一番シンプルで、最も信頼出来る答えに。

「行ってみるか」

 呟いてからゼオは立ち上がると、そのままカフェ・カサレリアを後にした。

 それと入れ替わりに、買出しに出ていた皇 セレスが裏口の方から帰ってきた。

「ただいま、日登美さん。あれ、ゼオは?」

「あぁ、ゼオ君ならさっき出てったわよ。なんかワケの解んない事ブツブツと喋ってたけど」

「そっか」

 セレスは、少し残念そうな表情を浮かべた。

 そんな彼女の様子を愛おしく思った日登美は、立ち上がって自分より小柄な肩をそっと抱き寄せた。

「そんな顔しなさんな。何時だって会えるんだからさ」

「そうですね」

 セレスは、日登美の温もりと言葉をかみ締める様に瞼を閉じ、頷いた。

「あ、そうだ」

 そして、彼女が思い出した様に声を上げたのは、その直後だった。

「さっき、マスターから日登美さんへの伝言を預かったんですけど」

「伝言?」

 アイスコーヒーのストローを咥えたまま、日登美は呟いた。

「チャーハンとチーズケーキとアイスコーヒーの分は給料から引いておく、との事です」

 屈託の無い笑顔から放たれた言の葉を、日登美は腹の中で何度も反芻した。取り敢えず意味はわかった。だが、それが理解出来たトコロで、今の彼女にはどうする事も出来なかった。

 カサレリアのマスターは、金勘定に関しては結構シビアな人なのだ。

 そうなれば、彼女に残された選択肢は、その一言を口にする事だけしか無かった。

 

「マジ?」

 

 

 

 

 2

 

 東京の地下は、現在『極東魔界』と呼ばれている。

 先史時代から悠久の時を生きてきた大都市の地下は、新旧メトロの線路や下水道、かつての大戦中に使われた急造の防空壕、更にはまつろわぬ者達を押し込めた集団墓地など、様々なモノが有機的に絡み合って行った結果、複雑怪奇な大迷宮と化した。

 その中の一つ──薄暗い小さな暗渠の奥に『ソレ』は居た。

 猛禽の特徴を色濃く残す嘴を巧みに使って肉を裂き、内臓を引きずり出して骸を咀嚼していた『ソレ』は、突如背後に出現した気配に感付いて振り返った。

「ジャ、バ、ウォッ、グゥゥゥゥゥ……」

 異形の眼に映ってたのは、暗中に佇む象牙色の影だった。

「グールコンドル」

「モット……モット……」

 ローブを纏った影──ジャバウォッグは、胡乱な言動を撒き散らす怪人グールコンドルに良い加減軽い嫌悪感を抱き始めていた。

「奴に言われるままに連れてきたは良いが……使えるのか、コイツは?」

 この野獣を押し付けてきた意地の悪い笑顔を浮かべる少女の事を思い出して、ジャバウォックは顔全体を覆う仮面の下で忌々しげに舌打ちをした。

 その時だった。

 陰湿な暗闇に満ちた空間に、彼ら以外の気配が現れたのは。

「こんな所に隠れていたのか」

 背後から声が響き、二人は振り返った。

 彼等の視線の先──暗渠の分岐入口付近に、漆黒のロングコートを羽織る銀髪の男が佇んでいた。

「随分、手間掛けさせてくれたな」

 銀髪の男──皇 ゼオは、獰猛な笑みを浮かべながら屍鬼の領域へと足を踏み入れた。

「貴様……」

「今度はお前か。ジャバウォッグ」

 ジャバウォッグは、悠然なる闖入者に向けて敵意を剥き出しにしていた。だが、ゼオはそんなモノなど気にも留めずに歩を進めた。その度に、彼の周囲を漂う大気がうねりを上げる。

「ヴゥゥ……ゥウ」

 グールコンドルは、啄んでいた子供の死肉を捨てると、獣の本能を剥き出しにしてゼオの方へと向き直った。

「真逆、そんな出来損ないまで引っ張り出すとは」ゼオの腰部に、硬質の輝きを孕む鋼鉄製のベルト──テンペスターが出現した。「だからと言って、加減してやる義理はないか」

「ガ、アアアアアアッ!」

 しびれを切らしたグールコンドルが、ゼオに飛び掛った。

 本能の赴くままに繰り出されたその攻撃は尋常では無いスピードで銀髪の男に迫った。

 だが、それが届く直前、グールコンドルの身体は勢い良く吹き飛ばされ、数メートル程先に佇むジャバウォッグの足下に落下した。

 ジャバウォッグは地面に突っ伏した凶鳥(まがどり)を一瞥し、それから前方を見据えた。

 魔力を帯びて微かに発光する白煙が立ち込めている。そして、その向こう側に何者かの影が在った。

 やがて白色の帳が大気に溶け、向こう側の景色が明瞭となった。帳の奥──暗黒の舞台に立つのは、もう一人の異形。醜い屍食鬼(グール)に立ち塞がるかの様にその姿を現した。

 黒色の肉体を銀色に輝く装甲で包んだ飛蝗怪人。

 彼の名は、仮面ライダーAIZEN・シーリングモード。

 

 

 

「あー、あー、こちら、“ウォーリア”聞こえるか? “ガンナー”」

 光無く音をも喰らう暗がりで静かに息を潜めながら、彼はメット内に備え付けられた通信機に声を吹き込んだ。

『こちら“ガンナー”もう少しやる気出したらどう? “ウォーリア”』

 返って来たのは、氷刃の様に冷たく鋭い女の声。それに答えた彼の声は、およそやる気の籠らぬ気怠げな口調であった。

「そうは言ってもよぉ、本当に居るのかどうか解んねぇ奴を探れって言われてもな」

『それが私達の仕事』

「マジメなこって……て云うか、お前何処行ってたんだ?」

 その問いに対して、女は更に冷たさを増した無機質な口調で返した。

『仕事。あと無駄口叩かない』

「りょ~かい」

 そのやりとりを最後に通信は終わり、相棒の声は聞こえなくなった。後に残ったのは、他者との交わりを遮る絶対的な虚と静かに孤独と戦う男一人。

 纏わり付く闇が、隙を見せようモノなら容赦無く這入り込まんと舌舐めずりをしている。

 眼から鼻から口から耳から毛穴から。あらゆる入り口から、闇は恐怖を連れて来る。

 鬱陶しいそれらを振り切りながら、彼はヘッドギアのバイザー越しにある場所を見つめた。

 あらゆるモノを塗り潰す泥の様な大気の中で、微かに揺蕩う微風の源──

「さぁて、どう相成りますやら……」

 そう呟いた時、視線の先──風の源──暗闇を抱えた暗渠の向こうから黒いロングコートの人影が現れた。

 

 

 

 底知れぬ暗闇の中で、二体の異形が刹那の閃きを散らしながら、幾重にも渡る交錯を重ねていた。

 幾度目かの衝突の後、拮抗していた両者が少しずつ均衡が崩れ始めた。

「ガアアアアアアッ!」

「グッ……」

 次々と繰り出される本能剥き出しの凶撃。闘争本能を剥き出しのアサシンボーグと戦っていた鉄仮面──仮面ライダーAIZEN・シーリングモードは、その一連の攻撃に違和感を覚えた。

 ──何だ、コイツは? 

 アサシンボーグは通常、徹底した脳改造により、自我と理性を保ったまま『組織』の忠実な尖兵と化す。だが、現在ライダーと対峙しているアサシンボーグには、獣性しかない様に見える。

「ガアアアアアッ!」

 その異形からは、『組織』への忠誠心はおろか最低限の理性すら感じられなかった。

「ライダァァァァ──」

 埒が明かないと断じたライダーは、迫り来る異形を必滅の魔拳で迎え撃とうと、右腕の装甲を展開させた。

 

 その時だった。両者の間に『何か』が飛び込んで来たのは。

 

 それは、対峙する両者の丁度中間辺りに到達すると、濃密な闇の世界を白く灼いた。

「くッ!?」

 白色の暴光は、その場に居た者達の視力を一瞬、剥奪した。その刹那の間に、新たな気配が其処に現れるのをライダーは感じ取った。一人、二人……いや、もっと居る。

 

「止まりなさい」

 

 暗渠の入り口付近から響いた冷たく静かな警告に、異形達は一斉に振り返った。

「全員、今すぐ手ェ上げな! 大人しくしてれば、手荒なコトはしない」

 先程の声とは反対側の方──もう一方の暗渠の奥から、威嚇調子の大音声が響く。

 ライダーは、声がした方を交互に瞥した。

 入り口の方にいるのは、女だった。華奢な体躯を黒色のタイトな装束で包み、右手に大型の回転式拳銃、白金色(プラチナブロンド)の髪の下に嵌め込まれた怜悧な翡翠の瞳。まるで、限界まで研ぎ澄まされた刃の様な印象の女だった。

 そして、反対側に居たのは男だ。全身を黒いスーツとプロテクター、髑髏を模したフルフェイス型の仮面、右腕に装備した長大なブレード。死神の如き風貌だが、不思議と気味の悪い雰囲気は感じられなかった。

 その二人の胸元には、十字架と×の字状に重ねた剣を組み合わせた紋章が刻まれていた。

「騎士団ッ!? 教会の狗か」

 新たな気配の正体に気付いたジャバウォッグは忌々しげに呟き、右手をグールコンドルに向けて翳した。すると、怪人の足下に金色の魔方陣が顕れ、その異形の体躯を足下から呑み込んでいった。

「待ちやがれッ!」

 いち早くそれに反応して走り出した黒装束の髑髏騎士が、右腕のブレードを半ば魔方陣に身を沈めたグールコンドル目掛けて突き出した。が──

「何ッ!?」

 渾身の力を込めて放たれた一撃は、異形には届かなかった。何故なら彼の眼前に立ちはだかったジャバウォッグが、左手で作り出した金色の魔方陣で特殊合金製の刃を受け止めていたからだ。

「何て障壁(シールド)だ──ッ!」

 数十人の高僧が祈りを込めた特別製なんだぞ、と口中で呟いた髑髏騎士は、眼前の敵の底知れぬ力に戦慄し、全身の皮膚が粟立つのを感じた。

 その一瞬が、隙になった。

「ハッ!」

 髑髏騎士が見せた綻びを見抜いたジャバウォッグが、障壁に魔力を注ぎ込んだ。すると、両者を分かつ魔方陣が金色の輝きを放ち、爆発した。そして、その衝撃をまともに喰らった髑髏騎士の身体は勢い良く吹き飛び、数メートルほど後方へと転がった。

「ケントッ!」

「ジャバウォッグ、貴様ッ!」

 ライダーは、多くの異形を葬った必殺の闘技──ライダーキック──を放つべく、右脚に魔力を集中させた。

 一方のジャバウォッグは、死刑宣告にも等しい敵手の行動に一分の動揺も見せず、静かに語り出した。

「今、貴様らに構っている暇は──」ジャバウォッグが、黄金色に輝く両腕の装甲を展開させる。「無いッ!」

 魔獣の名を騙る怪人が、黄金色の魔力が渦巻く両拳を勢い良く打ち鳴らした。すると、獰猛な獣の咆哮の如き唸りと共に、黄金光が彼の身体から発せられた。

「チイ……ッ!」

 やがて光が収まり、再び闇に覆い隠された世界には魔獣の姿は無く、怪人を呑み込んだ転移魔方陣も消失していた。

 ライダーは急いでセンサー類を作動させて敵の行方を追ったが、その足取りを掴む事は出来なかった。

 ──駄目か。

 そうと解れば、もう此処には用は無い。ライダーも、早々にその場から立ち去ろうとした。

 しかし──

「待ちなさい」

 彼女達は、それを許してはくれなかった。

 

 

 

 暗渠の入口付近に陣取っていた女銃士が、ライダーに大型回転式拳銃(リボルバー)を向けていた。地下空間の僅かな光を受け、鈍く輝く照星が猛獣の眼の様に見える。

「さすがにアナタまで逃がす訳にはいかないの」

「大人しくしててくれよ」

 反対側では、いつの間にか復活していた髑髏騎士が魔力光の揺らめくブレードを構えていた。

 前門の龍、後門の虎、とでも云うべきか? 

 相手が並の兵士なら、多少強引でも突破する事は容易である。が、この二人相手では、恐らくそうもいくまい。

 じりじりと迫る二人を交互に見遣りながら、ライダーは打開策を練っていた。

 ──相手は騎士団の中でも上の方の実力者だろう。

 となれば、下手な真似は命取りだ。かと言って、正面から相手をするのも論外。

 そんな事を考えつつ、ライダーは現状を打破出来る策をを引き当てようと、頭の中の手札を今一度確認した。

 眼前の騎士達と戦わずに此処から離脱する方法。それを為せる札。ただ一つだけあった。

 それは……

「メタルサイファ──ッ!」 

 高らかに謳われた言霊に呼応するかの様に獣の咆哮が響いた。直後、暗渠を流れる濁流が盛大に爆ぜた。

「ウゥッ!」

 丁度真横に居た女銃士が、突如発生した暴力的な水飛沫に呑まれかけて、思わず踏鞴を踏んだ。

 汚水を裂いて現れたのは、ライダーの愛機にして相棒の高機動スーパーマシン──メタルサイファーだった。

 白銀の騎馬は纏わり付く汚泥を物ともせず、猛獣の如き咆哮を上げると、車体後部に装備されたスモークディスチャージャーから勢い良く白煙を吹き出した。

「うわッ!?」

「クッ!?」

 メタルサイファーが吐き出した煙幕は、彼等の視界を奪うには充分だった。

 その僅かな隙を逃さなかったライダーは、マシンに飛び乗り、その場から急速離脱した。

 

 

 

「ハァ……ハァ……グッ!」

 暗闇の中を驀進するメタルサイファーの上でライダーは苦しげに呻いた。異形の怪人によって身体のあちこちに穿たれた傷が水銀の血液を滴らせながら、鈍く疼いている。

 

 あのアサシンボーグは──強いッ! 

 

 

 

 一方、地下空間に取り残された二人の騎士は、現場の惨状に絶句していた。

「ヒデェな、こりゃ」

 髑髏騎士は仮面の下でその(かお)を嫌悪の形に歪めていた。

 最前まで戦場だった場所の片隅に、身体のいたるところを喰い千切られた死体が堆く乱雑に積まれていた。屍の山の中には、幼い子供らしきモノも多く混じっている。

 仕事柄、死体には慣れてしまったものの子供のソレだけは、何時見ても、どうにも駄目だ。慣れない。

「まるで屍食鬼……厄介ね」

 無表情のままでそう呟いた女銃士は、愛用している骨董品のフィルムカメラで凄惨な骸の一つ一つを撮影していった。どの様な状況でも冷静に、ただ必要だと断じた行動を取る。

 彼女は、そういう質の女だ。

「亜人なんてモンじゃねぇな。アレは」

 標的を逃した悔しさを紛らわす様に、髑髏騎士は壁面に拳を叩き付けた。うねる怒りが拳の痛みを麻痺させる。

 亜人はまだヒトの理屈で対処できる。だが、アレは最早ヒトでは無い。正真正銘の──怪物だ。

「改造人間」

 ぽつり、と無表情の仮面を被ったまま呟く女銃士。

「肉体の大半を多機能の人工物に置き換えた生体兵器」

「報告書で大体は理解してたつもり、だけどよ」

「教会で認可された医療ベースのサイバネティクスとは根本的に異なる異形の技術。大昔には、主力兵器として使用していた組織がいくつも存在したらしいけど」

 本国を発つ前に、何度も頭に叩き込んだ情報。あの時は内容の悍しさ故に、胸糞の悪さが暫く残り続けた。

 その後から、今までの人生で培ってきたモノに照らされていた足元が一気に昏くなった様な気がして、髑髏騎士は暫くの間酷い悪夢に悩まされた。

 そんな彼に追い討ちをかける様に女銃士は、更なる情報を告げた。

「その改造人間だけど、どうやら件の組織が絡んでるみたい」

「……だな」

 次々と呑み込み難い事実を受け止め続け、いつの間にか項垂れていた髑髏騎士だったが、相棒の口から零れた『組織』と云う単語が焼けつく胸の奥を更に重くした。そろそろ胃の方が保たなくなっている。

「あのローブの男は、少なくとも幹部クラス以上。ただ、それよりも……」

 続く言葉を飲み込んだ女銃士は、暗渠の深奥へと続く濃密な闇を見つめた。その向こう側に消えていった何者かを探るかの様に。

「あの銀色か?」

「ええ。同胞と戦う改造人間。報告通り」

「仮面ライダー、か」

 この暗渠に充ちる鬱屈とした空気に、いい加減辟易し始めていた髑髏騎士は、聞き慣れた単語を独りごちて我知らず安堵めいた吐息を吐いていた。

 仮面ライダー。

 それは、この時代に残る伝承の中で語られている英雄の名前である。誰だって、子供の頃に一度は耳にした事だってあるハズの名前だ。

 髑髏騎士自身も幼少の頃、仮面ライダーを題材にした特撮テレビドラマに夢中になったクチだ。変身ベルトの玩具を買ってもらった事もある。

 実在していた、と云っても千年以上前の話だ。現在に至るまで生き永らえていたなど、あまりにも荒唐無稽過ぎる。有り得ない。

 だとすれば、今になって何故姿を現したのか。そもそも伝説上の存在と同一の存在なのか。

 わからない事だらけだ。

「……取り敢えず、今のトコロはやれる事をやるしかないな」

「なら罠を張っておきましょう。

 まだ終わっていないのなら、どちらかが必ず動きを見せるハズ」

 鉄面皮を地で行く女銃士が、パートナーの苦悩に気付く事も無く淡々と言った。

 コンビを組んで結構経つが、彼女が人前で笑顔を見せた所を滅多に見たことない。そのせいか、周りから氷の女だの冷血女だの言われているが……当の本人は気にしていない様だった。

 それに、彼女はむしろ──

「取り敢えず、此処は任せておいても問題無いみたいね」

 暗渠を駆け回る部下達を見て、女銃士が言った。確かに化物共が消えた今、荒事に長けた自分達が居なくても問題無いだろう。

 女銃士が、胸元を飾る十字架を手に取った。

「忙しくなるわね。ケント」

 その言葉に、髑髏騎士──龍堂 剣人は仮面の下の唇を獰猛な笑みの形に歪めて、答えた。

「上等だよ。リコリス」

 剣人の力強い答えに、女銃士──リコリス・エルシュタインは、彫像の如き端正な貌に嗜虐的な笑みを浮かべながら、十字架──通信デバイスを口元に近付けた。

 

 

 

 

 3

 

 立花モータースの客層は、昔からの常連客が主であった。

 その大半は玄ノ助と新谷の昔からの知り合いで、どこにそんな蓄えがあるのか、来る度に、そこそこ高い買い物をしていく妙に金払いが良い者達ばかりだった。

 だから、三人分の食い扶持位は苦もなく稼げていた。何なら、結構余裕もある。

 家主に多大な苦労を掛けている身としては、常連の方々には頭が上がらない、と居候の一人はそう語っていた。

 

 

 

 ゼオはその日、仕事終わりの合間に出来た時間をスタッフルームのソファーに身体を沈めて休息する事に費やしていた。

「思ったより早かったな……」

 神妙な表情で虚空を彷徨う彼の意識の中を巡っていたのは、昨日(さくじつ)の暗渠の戦いに乱入してきた二人の戦士の姿だった。

 あの時、ジャバウォッグは騎士団と口走っていた。

 となれば……来るべき時が来たと云う事だ。

 いつかは、こういう日が来ると思っていた。が、思っていた以上に早かった。

 此所に転がり込む前、一度騎士団及びその上層部に接触しようと試みた事がある。だが、脱走した改造人間と被験体と云う身の上は、組織を不倶戴天の敵としている彼らからすれば、様々な意味合いを孕んでいた。結局、己の力を持て余していた当時のゼオは、まだセレスが幼かった事もあり、騎士団との接触を断念したのだった。

「どうするかな」

 組織が隠蔽しているとは云え、怪人絡みの騒動が短期間に幾度も起これば、騎士団が出張って来るのは容易に予想できた。そして騎士団にしてみれば、組織と対する仮面ライダーに接触しようとするのは当然の話だろう。

 要するに、敵の敵は味方、と云うヤツだ。

「……マズいよなぁ」

「何がマズいんだ?」

 何の警戒もしていなかったとは云え、背後に立つ気配に気付かなかった己の迂闊さに、ゼオは愕然となった。

 組織の刺客だったら、間違い無く殺られていた。不覚にも程がある。

 慌てて振り返ると、立花モータースのオーナーである立花 玄ノ助が怪訝そうな表情を浮かべて立っていた。

「おやっさん」

「どうした? 難しい顔してよ」

 些か深刻な顔で心配してくれている玄ノ助に、ゼオは申し訳無さそうに軽く頭を下げた。

 予想以上に深刻な面持ちを目の当たりにした玄ノ助は、小さな溜息を吐いた。

「で、何があった?」

「ええ、まあ」

 眉間を歪め、行き場無く視線を巡らせていたゼオだったが、やがて覚悟を決め、酷く重く感じる唇を動かして語りだした。

「今回の事件──どうやら『教会』も絡んでるみたいなんです」

「キョーカイって、あの『教会』か」

 問う玄ノ助に、ゼオは重く頷いた。

『教会』──正式な名称は『人類救済派』

 古の大戦の後、生き残った人類の内、聖職者や上流階級の人々が中心となって創り上げた結社がその発祥と言われている。一説には、かつての世界三大宗教の一つが母体になっていると云われているが、今となっては本当のトコロは定かではない。

 彼らは戦禍によって大半が死滅した人類を纏め上げ、打倒血族と云う福音を掲げる事で着実にその勢力を伸ばしていった。結果、現在では北米大陸に本拠を置く世界最大の人類救済機関として君臨するに至った。

「騎士団を送り込んで来る辺り、彼方も本気なんでしょう」

「騎士団?」

「聖十字騎士団。教会が保有する戦力の中でも、最強の部類に入る精鋭部隊です。小規模ながらも都市一つなら容易に制圧できる戦力を有している上に、隊員一人一人の戦闘力だけだったら、恐らく俺の古巣と同等、もしくはそれ以上かもしれません」

「マジか…………」

 信じられない、と言った表情で玄ノ助は天井を仰いだ。

 かつて、ゼオが所属していた『組織』傘下の特殊部隊についてはある程度の事は本人から聞いていた。そのおかげで、非常識な物事に対しての耐性が多少なりとも備わっているつもりだった。だからと云って、現実離れした事実をすぐに呑み込める程、彼の脳は柔軟ではなかった。

「あー……もう何が何だか」

 半ば、放心状態で思考停止に陥った玄ノ助。ゼオは、沈痛な面持ちで顔を俯けた。

 騎士団が日本に投入されたのは、この国が『組織』の活動が活発な地域であるからだろう。その中には、逃亡者たるゼオ達の奪還、もしくは抹殺も含まれていたのは想像に難くない。『教会』がそれらを承知で彼らを送り込んだのならば、それはこの地を戦火に巻き込んでも構わないと云う事に他ならない。

 やがてゼオは、絞り出す様に腹の中の苦悩を吐き出した。

「……すいません、おやっさん。全部俺の責任です」

「何だよ、いきなり」

 突然の告白に対して、我に返って眼を丸くしている玄ノ助を前に、ゼオは淡々とした調子を崩さぬまま続けた。

「本来だったら、俺達はすぐにでも貴方の前から姿を消すべきでした」

 呪われた逃亡者である自分達が長期間一所に留まり、剰え安寧を享受するなど、決してあってはならない。それは、周りの人々の生命を脅かす事態を招く事になるからだ。

「なのに、ここまで巻き込んでしまって──」

「待て」

 苦悩の末の告白は、玄ノ助の一声によって遮られた。その声音と表情は普段以上に強く硬い巌の様であり、揺るがぬ意思に充ちていた。

「お前らを受け入れると決めた時、正直大変な事になったと思ったよ」

 玄ノ助は、ゼオの両肩を掴み、その瞳をじっ、と真っ直ぐに見つめた。

「けどな、俺はもう腹括ってんだ。行けるトコまで行ってお前達の戦いを見届てやる」

「おやっさん……」

「余計な事考えてるヒマあんなら前を向け。背中くらいは俺が支えてやれらァ」

 玄ノ助が古樹の様な自身の腕を誇示しながら云った。

 そうだ。こう云う人だから、俺達は此処に居られるんだ。

 恩師の想いに触れ、心の奥底に穏やかな暖かなモノを感じたゼオは、ほんの僅か、誰にも気付かれないだろう小さな笑みを零した。

 壁に置かれた時計が鐘の音に似せた電子音を発したのは、その時だった。

「もうこんな時間か……そろそろ、上がろうぜ」

 長年に渡る様々な汚れが染み付いた作業服の背中。そこに内包された想いを今一度噛み締めながら、ゼオは応えた。

「はい」

 

 

 

 

 4

 

 その日の夜。

 街が眠りに落ちる頃。繁華街に繋がる小さな通りを、上質な毛皮のコートを纏った若い女性が一人、歩いていた。

 すらりと伸びる足を飾る装飾過多気味な鮮紅のパンプスやコートの間から覗く派手なドレスは、夜の淫靡さを連想させる出で立ちだった。

 仕事帰りであろうその背中を、夜天の彼方から見つめる輝きが、二対。

「クゥゥゥ──」

 人ならぬ呻きを伴ったそれは、瞳であった。その奥底に、狂気と言う名の妖火が静かに揺蕩っている。

「──アァァァァッ!」

 おぞましき咆哮が夜気を切り裂き、異形の怪人の全容を露わになる。

 肉体を覆うアーマーに猛禽の面影を宿す怪人は、腕と一体化した翼を翻して地上へと急降下した。

「ッ!」

 迫り来る異形の気配に気付いた女性は振り向き、その姿を鳶色の瞳に映した。

 そして、すかさず左肩に掛けたバッグに右手を突っ込み、その中にある物体を取り出して異形へと突きつけた。

 それは巨大な改造拳銃だった。

「ギッ!?」

 黒鋼の銃口より放たれた『祝福の弾丸』は、異形の眉間にその牙を突き立てる──筈だった。が、それは咄嗟に身を翻した標的から僅かに反れ、翼の装甲を数枚毟り取るだけに終わった。

 バランスを崩した怪人が地上へと墜ちたと同時に、周辺のビルや家屋、木々の間から白装束の集団が現れ、対象を包囲した。彼らの装束には、所々に黒い十字が刻まれ、さながら法衣の様であった。

 改造拳銃の照準器(レーザーサイト)を怪人に向けたまま、女性は黒髪のカツラを外し、美しく輝くブロンドを夜闇に放った。

「聖十字騎士団、シスター・リコリス・エルシュタイン。

 貴方を十七件の殺人及び死体損壊等の容疑で拘束…………って、言葉通じてるの?」

 ふと、生じた疑問に僅かの意識を傾け、その一瞬が隙になった。好機と断じた怪人が、傷付いた翼を羽ばたかせて天高く飛翔した。

「ッ! しまっ──」

 強化された肉体から生み出される脅威的なスピードを前に、リコリスは勿論、周囲を固めていた騎士団員達もついていく事が出来なかった。

 だが、しかし──

「オオオオオオオッ!」

 虚空の向こうから、雄叫びが訪う。

 もし誰もが反応出来なかった事態に対する事が出来る者が居るとすれば、それは──

「──りゃあッ!」

 始めから、この状況を予測していた者だけだ。

 突如、眼前に現れた影が振るう急所狙いの拳撃をまともに喰らった怪人は、再び地上へと墜とされた。

「貴方、何処行ってたの?」

 怪人より数舜遅れて着地した髑髏装束の騎士──龍堂 剣人に、リコリスは呆れた様に問うた。

「念の為、ってヤツだ」

 顔を合わせるなり飄々とした態度で宣う同僚に、リコリスは肩を竦めながら諦観めいた溜め息を吐いた。デキる奴なのは承知しているのだが、もう少し周りと相談して欲しいとは思う。

「で、だ。訓練の時、いつも云ってたよな。俺」

 次の命令を待っていた騎士達に、剣人は冷気を帯びた態度を以て相対した。

 普段はウザったくなる程の熱血漢である男が向ける冷たい眼差しに、騎士団員全員反射的に身体を強張らせた。

「常に二手先、三手先を考えとけ。一手目なんざ破られて当然なんだからよ」

 次からは気を付けろよ、と消沈する騎士達を励ました剣人は、墜落した怪人を確認しようと地面へと視線を走らせた。その時──

「うわああああああッ!」

 夜気を引き裂く悲鳴が、辺りに響き渡る。

 それは、墜ちた怪人を監視していた騎士の一人の口から発せられた声だった。

「な……ッ!?」

 眼前で繰り広げられる異常な光景に、剣人は絶句するしか無かった。

 実は先程の攻撃の際に剣人はガントレットに特別製の拘束具を仕込んでおいた。聖釘と呼ばれるそれは、大型の獣すらも大人しくさせる代物であり、その威力は改造人間相手でも発揮されていた。

 だが、怪人は起き上がり、たまたま近くに居た騎士に頭から喰らい付いていた。

「シャアアアアアアッ!」

 動かなくなった騎士の頭を一心不乱に咀嚼していた怪人は、悍ましい叫びを上げると、異形の翼を大きく羽ばたかせて再び漆黒の夜天へと舞い上がって行った。

「……四手目、考えておくべきだったわね」

「全くだ」

 非常識かつ狂気じみた光景に誰もが呆然となる中、いち早く正気に戻ったリコリスが発した自嘲めいた呟きに、遅れて我に返った剣人が苦悶を滲ませつつも、そう返した。

「すまない」

 髑髏騎士は、頭部を喰い散らかされ事切れている騎士に謝罪と共に祈りを捧げた。己の不注意で死なせてしまった生命を、生涯忘れない。そう云う男なのである。

 そんな髑髏騎士を尻目に、金髪の女銃士は怪人が飛び去った先を視線で追った。

「兎に角追いましょう。その為に張った結界なんだから」

 暗い虚空を睨んでいたリコリスの貌に、見るものを震え上がらせる嗜虐的な笑みが張り付いている。こう云う女なのである。

 

 

 

「ガアァ……」

 従来の改造人間より本能を優先する様に再調整されたグールコンドルにも、理性から生まれる情動は僅かながら残っていた。

 それは、先程の女銃士によって魂に刻まれた屈辱、とでも云うところだろうか? 怒りなのか、憎しみなのか、黒く凝った負の感情が、グールコンドルの精神の深奥で業々と燃え上がっていた。

 そのせいか。強化された超感覚であれば簡単に気付けたハズの異常を、その時に限って感じ取る事が出来なかった。

 それに気付いた時には既に遅く、怪人はリコリス・エルシュタインが事前に張っておいた街の一部を覆う結界の壁に頭から勢い良く突っ込んだ。

「ギャアアアアアアッ!」

 現世と異界を分かつ境界に衝突した凶鳥は、結界を維持する膨大な魔力に体躯を灼かれた後、襤褸屑の様に眼下に建っていた建造物へと墜ちていった。

 

 

 

 教会の屋根を突き破り、明かり一つ無い屋内に落下したグールコンドルは、ダメージに軋む身体を奮わせ、どうにか立ち上がった。

 怪人は、周囲を見回した。

 建物の大部分を占める広い部屋。礼拝堂か。かつては祈りを捧げる人々で溢れていたであろう場所は面影は、時の流れの彼方に去り、今やその面影も遠く、完全に朽ち果てるのを待つだけであった。

 見上げると、磔にされた聖者の像。忘れられた偶像は色褪せ、埃を被り、所々破損している。が、自らが存在する理由だけは覚えているかの様に、今もなお荘厳な雰囲気を纏っていた。

 それに魅入られていた為か、偶像の下に佇む何者かの気配に気付くのが遅れた。

 常人の数倍の視力を有する改造人間の眼には、暗闇の中でもその姿がはっきりと見えている。

 白銀色の髪、黒地と銀ラインのロングコート。グールコンドルは、その後ろ姿の正体を知っていた。

「……こんな生き方してるとな、神頼みってヤツはどうにも気が引けるんだ」

 闇色の背中は、頭上の神像を見上げて溜息混じりにそう呟いた。それから踵を返し、ゆっくりとグールコンドルの方へと近寄って来る。

「グゥゥ……」

 脅えた様な呻き声を漏らし、グールコンドルは半歩後退る。何故そんな行動を取ったのか、自分でも解らない。解らなかったのだが、腹の底に潜む獣の本能がこう告げていた──奴は危険だ、と。

「それにさ」

 闇の中で、紅の瞳が爛々と──

 その妖光に当てられ、グールコンドルの片隅に残されていた僅かな理性の箍が完全に外れた。

 半ば錯乱状態となった怪人は爪と牙を振り翳し、眼前に佇む恐怖の根源に飛び掛った。

「グゥ、ガァァァァァァァァッ!」

 屍食鬼(グール)コンドルは、その名の通り目の前の存在を頭から喰らい付き、噛み砕いた──かに思えた。

「ッ!?」

 怪人は驚愕した。

 獲物の(こうべ)を確実に粉砕するハズの牙が、影が翳した『別の何か』に喰らいついていた

 それは(かいな)だ。白銀色の装甲に覆われたそれは、人間のモノでは無く、むしろグールコンドルに近い異形の腕だった。

 唖然となるグールコンドル。そんな彼に、痛烈な一撃が放たれた。

 鳩尾に突き刺さった蹴撃により、怪人の身体は大きく吹き飛んだ。

「──俺は神サマに相当嫌われてるらしい」

 礼拝堂の天井に開けられた大穴に、夜天の雲に隠れていた冷たい月の光が差し込んだ。その天然のスポットライトは、硬質な銀の装甲を纏ったもう一人の異形──仮面ライダーAIZEN・フォースモードの姿を美しく照らしていた。

 

 

 

「堕ちたぞッ!」

 結界の境目に激突して、そのまま落下する凶鳥の姿を見つけた剣人は、ペースを早めて走る速度を上げた。

「ちょッ、待ちなさいッ!」

 隣を走っていたリコリスは、離されまいと必死に脚を動かした。が、魔術で肉体を強化している剣人の脚力は常人の比では無く、何とか離されない様にするのが精一杯であった。ちなみに彼等の後方を走っている騎士達は既に遥か後方、もはや姿が見えなくなっていた。

「何言ってんだ!? 早くしねェとアイツに逃げられちまうッ!」

「だからって、突ッ走って良い理由にはならないッ!」

 かなりのハイペースで走りながら口論しているにも関わらず、二人の息は全く上がっていない。聖十字騎士団のエースと称されている両名だからこその離れ業である。

 故に彼等が持つ感覚の鋭敏さも、常人の比では無かった。

「──ッ!」

 二人は同時に足を止めて、身構えた。

「……おい」

 剣人は右腕の可変武装デバイス『トランスアーム』を軽く振った。すると、アームのスリットから白く輝く片刃が顕れた。

「解ってる」

 相変わらずの調子でそう言うと、リコリスは腰のホルスターから二挺の拳銃を抜いた。自動式拳銃(オートマティック)回転式拳銃(リボルバー)

 戦闘態勢に入った二人は、周囲に感覚の指を伸ばし、張り巡らせた。彼等は、取り囲む様な形で闇の中に潜む影達の気配を捉えていた。

 どうやら部下達とは分断されてしまったらしく、遠くから銃声や剣戟の音が聞こえる。

「さて──どうするの?」

 リコリスが弾倉を確認している──どうやら、問題無い様だ。

「決まってる」

 腰を低くして構えた剣人は、仮面の下で歯を剥き出して、獰猛な笑みを浮かべた。

「正面突破ッ!」

 剣人が、弾かれた様に走り出す。

 向かうは正面に見えている紅い光点──蟻の双眸の群れ。

 後方に陣取ったリコリスは、回転式拳銃をの標準を走る剣人の背中越しに定めた。

 リコリスは無機質に思える程に冷徹な意思を弾丸に込めると、拳銃の銃爪をほぼ同時に引いた。

 朱色のマズルフラッシュと共に吐き出された鉛の牙は、前衛の髑髏騎士を追い越すと、妖しく蠢いていた光点の内の二体に喰らい付いた。

「──!」

 闇の中からくぐもった呻きが漏れ、何かが倒れる様な音がした。その直後、凝った闇の向こうから三体の影が飛び出して来た。

「焦ったか!」

 交錯の瞬間、剣人はアームのブレードを翻した。

 影達は何が起きたのか解らず、困惑していた。

 そんな彼等に背を向けたまま、髑髏騎士はブレードを無造作に振った。すると、身体を斬り裂かれていた三体の影が一斉にくずおれ、地面に伏した。

「舐めるなよ」

 剣人は仮面の下で得意気に笑い、そう呟いた。そんな彼を、抜き身の刃の様な声が呼んだ。

「ケント」

「ん? うわッ!」

 剣人が振り向くと同時に、彼の眼前に突きつけられた鋼鉄の塊から破邪の熱を帯びた凶悪な鉛塊が吐き出された。

 殆ど零距離で放たれたにも関わらず、剣人はそれをギリギリのトコロで避けた──と言うより、寸前でリコリスが僅かに銃口を反らしたと言う方が正しかった。

 地面に尻餅を着いた剣人は、未だに何が起こったのか把握しきれていなかった。

 この銃撃の張本人、リコリスはそんな相方の事など気にも留めず、弾丸が飛んだ先を注視した。そこには、黒ずくめの怪人が仰向けに倒れていた。眉間には小さな(あな)が穿たれ、そこから血とも脳漿とも取れぬ黒く不気味な液体が流れ出していた。

「おい」すぐに正気を取り戻し、現状と自身の身に起こった事を把握した剣人は、すぐさまリコリスに喰って掛った。「殺す気か」

 剣人はヘルメットの側面に穿たれた傷痕を指差しながら詰め寄った。そんな彼に、リコリスは平淡な口調で返した。

「言ってる暇が無かったのと、アタシが動かした方が早いと思った。それに……」リコリスが表情を崩さぬまま続ける。「アンタなら絶対かわせるでしょ」

 コンビを組んで以来、仕事以外の事を多く語らぬ相棒の口から、滅多に出ない信頼を表すの言葉を聞いた。これでは、怒るに怒れないではないか。

「そもそも、貴方が油断しなければ良かったんだけどね」

 その一言で、剣人は身体の深奥から失せたはずの熱が徐々に戻っていくのを自覚した。やっぱり、コイツはこう云う女だ。一瞬でも絆された気になっていた自分が馬鹿だった。

 憤懣やるかたない髑髏騎士は、更に湧いて出た黒づくめの兵隊達を睨み付けた。最早、八つ当たりだ。

「まさに兵隊蟻(アントソルジャー)兵隊蟻(アントソルジャー)と言うべきかしら?」

 空になった弾倉を片手で交換していたリコリスが、淡々と呟く。本人にしてみればユーモアのつもりなのだろうが、如何せん面白くはない。

「……慣れない事はするなよ」

 思わず気が抜けてしまった剣人の指摘に、リコリスは沈黙で答えた。どうやら自分でも似合わないと理解しているらしい。

 そうこうしている内に、兵隊蟻共が武器を構えるのを視界の端に捉えた剣人は、トランスアームを拳の形態に変えて自身が最も得意とする戦闘スタイル──空手ベース──の構えを取った。

「来るぞッ!」

 敵が一斉に踏み込んでくると同時に、相棒が戦闘態勢に入ったのを背中で感じ取った剣人は、トランスアームに意識を集中させた。

 その時だった。

 剣人達から見て高台の上に位置する教会の方から、人のモノとは到底思えぬ絶叫が聞こえてきたのは。

 思わず振り返った彼等の眼に映ったのは、勢い良く吹き飛ぶ扉と、放り出された異形の怪人、そして、それを追う銀色の疾風(かぜ)

「奴だッ! けど……」

 剣人の視線は、後から現れたもう一体の怪人に釘付けとなっていた。

「またアイツ!?」

 再び目の前に現れた白銀の闖入者を忌々しげに睨みつけたリコリスは、我知らず舌打ちをしていた。ややこしい事になったと云わんばかりに。

 傍らに居た剣人は、眼で白銀の怪人を追ったまま周囲を牽制している。機を失して攻めあぐねている様だ。

 前回の暗渠とは違い、今夜は煌々と輝く月がもう一体の怪人を照らし、その姿を二人の騎士の眼に深く刻み付けた。

 黒色の特殊スーツを纏った身体を白銀に輝く装甲で包み、飛蝗によく似たその仮面は精悍さと不気味を等しく孕んでいる。そして、首元から伸びる闇を裂く紅の輝きは見る者に熾烈かつ鮮烈な印象を与えた。

「あれは……」

 銀色の怪人の全貌を目の当たりにした剣人は、直感でアレが自分達の敵ではないと悟った。否、正直な所、それは願望だ。

 何故なら、その怪人の出で立ちは、あまりにも伝承通り──かつて憧れた英雄の姿によく似ていたのだから。

「リコリスッ! アイツは仮面ライダーだッ!」

「何をッ!?」

 剣人の訴えに、リコリスは微かに首を傾げた。

 仮面ライダ──―伝承の彼方に生きる英雄。

 しかし、彼女らが所属する聖十字騎士団にとっては、その名前には別の意味があった。

 彼女達──人類救済派にとっての『仮面ライダー』──それは、日本において唯一『組織』と戦う正体不明の存在を意味していた。

 今日、何回目か解らない軽い混乱状態に陥ったリコリスだったが、すぐに正気を取り戻して、傍らに居た相棒に視線を向けた。

 リコリスと同様に、剣人も目まぐるしく繰り広げられた出来事に対し、翻弄されていたものの、そのダメージは軽く、立ち直るのも早かった。

 リコリスは、そんな彼の神経の図太さを頼もしく思った。

「貴方ってホントにタフね」

「悪いかよ」

「そうは言ってない」

 剣人の問いにリコリスは肩を竦めて笑って見せた。が、直ぐにそれは冷たい鉄面皮へと戻った。

「それよりも……」

 今、二人を取り巻いている状況は仮面ライダーが出現する前と然程変わっていない。四方八方を黒の兵隊達に囲まれ、逃げ道すら無い戦場は彼等にとって圧倒的不利に思えた。

 しかし、背中合わせになった二人の騎士の瞳には、絶望の影など一切無かった。

「わかんない事だらけだけど、今はコッチが先」

「みたいだな」

 それが合図となり、二人は同時に地面を蹴り、兵隊蟻の群れへと突っ込んで行った。

 

 

 

「ハアアアアアッ!」

 裂帛の気合いを乗せた白銀の拳撃が、凶鳥の鳩尾目掛けて放たれた。

 しかし、怪人はバックステップでそれを回避すると、着地した勢いを利用してライダーへと飛び掛り、右肩に牙を突きたてた。

 押し倒された拍子に地面に倒れ込んだライダーは、背中で弾ける衝撃に呻きながらも、外装のオリハルコンラングごと首筋に喰らい付くグールコンドルを引き剥がそうと身を捩った。

 が、怪人も屍食鬼(グール)の名に相応しき貪欲さを遺憾無く発揮し、一度捕らえた獲物を離そうとしなかった。

「だったらッ!」

 現状を打破するべく、ライダーは自由な両の(かいな)でグールコンドルの身体を押さえ込んだ。

「牙には──」飛蝗の強靭な顎を模したクラッシャーが大きく展開した。「牙をだッ!」

 ライダーは凶悪な輝きを宿す超鋼の牙で怪人の肩に噛み付いた。

「ガッ!」

 敵手の意外な反撃に怯んだグールコンドルの力が緩み、一瞬の隙が生じた。ライダーはそれを見逃さず、がら空きになった腹を蹴った。

 怪人は不気味な叫び声を上げて、数メートル先の地面に蹴り飛ばされた。

「ッ──クッ……」

 身体のバネを使って飛び起きたライダーは、右肩の傷の様子を確かめた。傷口から止め処無く血が溢れ、装甲を暗い紅に染めている。気休めにもならない事は解っていたが、取り敢えず傷口を手で押さえて流れゆく血を遮った。

 その時、殺気と憎悪に満ちた気配の接近に気付いて、ライダーは顔を上げた。

「飛べるんだったな、お前」

 どこか感心したかの様に、素っ気無くライダーは呟いた。

 月のたゆたう漆黒の夜空。冷たい光を背に、腕と一体化した翼を広げた血塗れの屍食鬼が、燃え滾る憎悪を宿した瞳で地上の敵を見下ろしていた。

 

 

 

 異形達の戦いが激化の一途を辿る中、半壊した教会の屋根の上から戦場を睥睨する者が居た。

 彼は暫くの間、戦場全体を見回していたのだが、やがて、一つの戦い──仮面ライダーとグールコンドルの戦いのみを注視し始めた。

 猛獣を模した仮面の奥の紅瞳には、空中から絶え間無く降り注ぐ攻撃をかわし続けるライダーの姿が映っていた。

「クッ……」

 その光景を眺めていた彼は、不満げに唇を歪めた。

「あの程度の相手に、何を手こずっている」

『ALICE』、と苛立ち紛れにそう呟いた鋼鉄の魔獣──ジャバウォッグは、ローブの下から覗く黄金色の拳を強く握り締めた。

 

 

 

「グゥゥ……」

 半ば暴走状態の怪人が繰り出す攻撃は、確実にライダーを追い込んでいた。

「このッ!」

 幾度目かの交錯の瞬間、ライダーは殆ど苦し紛れの拳撃を繰り出した。だが、そんなモノが高速で動き回る凶鳥に当たるハズも無く、空しく大気を切り裂くだけに終わった。

「チィッ!」

 思う様に戦えない苛立ちが、ライダーから徐々に余裕を奪っていった。

「グエエエエエッ!」

 そんな敵手を嘲笑うかの様に、空中で反転したグールコンドルは、ライダーの背中目掛けて渾身体当たりを仕掛けた。

「ガッ!」

 定められた最大戦速を越えたスピードにより生み出された一撃は、強固な装甲を纏った肉体を軽々とはね飛ばした。

 地面を転がりながらも、何とか態勢を立て直したライダーは、尚も超高速で周囲を飛び回る凶鳥(まがどり)を捉える方法を模索した。

 さっきの様な捨て身は、もう通用しないだろう。かと言って、正攻法ではとてもじゃないがマトモに戦えない…………

 様々な可能性を頭の中で篩にかけ、現状で実行しうる最善の策を求め、そこから導き出された答え。それは──

 ライダーは、両腕から力を抜いてだらりと下げた。

 闘気も覇気も感じられないその姿は、身体中に刻まれた傷痕も相まって、見る者に今にも頽れてしまいそうな印象を与えた。

「ガアアアアアアアッ!」

 勝利を確信したか、グールコンドルは急降下して、再度ライダーに体当たりを仕掛けようとした。しかも、今度は先程のモノとは比べ物にならない位のスピード、かつ鋭い脚の爪を繰り出さんとする必殺の一撃であった。

 これを喰らってしまえば、タダでは済まない事は確実だった。

 だが、それでもライダーは動かない。

 凶鳥へと姿を変えた死神の鎌が迫る。

 徐々に両者の距離が縮まって行く。

 そして──

 

 交錯。

 

 その刹那は、異様な程静かだった。

 風の音、木々のざわめき、鳥や虫の歌声。その全てが息を潜めたかの様な静寂が、辺りに立ちこめていた。

「グ、エェェ……」

 

 最初に声を発したのは、グールコンドルだった。

 

 獲物を砕くハズだった嘴と爪は相手には届かず、苦しげな呻きが零れた。

 鳩尾には、白銀色の鋼腕が突き刺さっていた。

「捕まえたぞ」

 凶鳥の耳元で白銀の怪人が(わら)う。

 グールコンドルの強靭な胴体を貫いたのは、ライダーの右腕だった。

 縦横無尽に飛び回る凶鳥の圧倒的なスピードには、まともに対抗できないと判断したライダーは、自らの瞬発力に全てを賭した。

 敵の攻撃が自身を捉える刹那、全神経を集中させた捨て身を越えた瞬光の一撃を敵の急所に放ったのだ。

「まだだッ!」

 その雄叫びに呼応するかの様に、深紅の双眸が光を放ち、装甲を展開させた右腕から銀光の奔流が溢れ出した。

 

 

 

 異形達の戦いを見下ろしていたジャバウォッグは、ライダーの放った一撃を見て、ほんの僅かだが、仮面に隠された紅の瞳を瞠った。

「発勁──いや、寸勁かッ!?」

 

 

 

「オオオオオオオッ!」

 雄々しき咆哮を上げたライダーは、右腕に精神を集中させた。

 開放された腕装甲から発生した荒れ狂う白銀の魔力光が、狂暴な奔流となって怪人の体内に流し込まれる。

「ガアァ、ァァァァ」

 苦悶の呻きを漏らすグールコンドル。その異形の体躯からは、収まりきらなかったエネルギーが幾筋もの閃光となって異形の肉体を喰い破った。

「ハアッ!」

 最後にライダーが身体ごと気合を乗せた拳を押し出した瞬間、崩壊しかかっていた凶鳥の肉体は内側から弾け、紅蓮となって月光る夜天に散った。

 

 

 

 異形達の戦いの結末を見届けた金色の魔獣ジャバウォッグは、唯一露出した口許を微かに歪めた。

「そうだ。それでこそだ」

 歓喜の吐息に乗せた言の葉は、夜気に溶けて霧散した。しかし、悍ましい歓びの残り香は彼の周囲を渦巻き、何時までも漂っていた。

「貴様は誰にも負けてはならない。貴様を倒すのは──俺だ」

 そう謳った金色の魔獣の姿は一瞬の内に消え去り、後に残されたのは夜の闇と(よこしま)なる歓喜の残り香だった。

 

 

 

 群がる影の兵隊達を、粗方屠った剣人とリコリスは、急いでアサシンボーグと戦う怪人の下へと走った。

「見てッ!」

「アレはッ!?」

 その途上で彼等が見たのは、夜天に溶ける朱焔──異形の凶鳥グールコンドルの最期の姿だった。

「本当に倒したのか、アイツを」

「みたい、ね」

 直接対峙した二人だからこそ、あの凶鳥がいかに危険な存在だったかが解る。だから、それを倒した銀色の怪人が内包する力の強大さを嫌と云う程実感してしまう。

 暫くして、人外同士の死闘が繰り広げられたであろう戦場に辿り着いた二人は、そこに佇む異形の人影を見つけた。

 夜の丘陵に差す月明かり。冷たいその光に照らされた白銀色の鎧。風無き中でたなびく紅光のマフラー。その二つが人外の異形たる者に、浮世離れした美しさを醸し出していた。

 どこか神々しいその姿に魅入られていた二人だったが、怪人がこちらを振り向くと同時に、そろって現実に帰還した。

 それから、彼らが取った行動はまるで正反対だった。

 リコリスは怪人に銃を向け、

「待て」

 剣人はそんな彼女を制止すべく、鈍く輝く銃口の前に腕を翳した。

 既に銃爪に指を掛けていたリコリスは、突然射線上に現れた相棒の腕に、静かに怒りを露わにした。

「どう云うつもり?」

 底冷えする程に冷たい相棒の問いを受け止めた剣人。彼は怪人に瞳奪われたまま、言葉を継いだ。

「待ってくれ」

「何を」

「まず対話だ。力づくは、その後でも遅くないだろ?」

 甘すぎる。リコリスが剣人と組んで以来、何度そう思ったか。

 いくら憧れのの英雄とやらに似ていようが、奴がアサシンボーグであると言う事実は変わらないし、ましてや味方なのかも解らない。

 そんな事は、彼だって理解しているハズだ。

 思考を巡らせるリコリスを尻目に、剣人は怪人に向けて、叫んだ。

「なぁ、アンタッ!」

 怪人は剣人の呼び掛けに答えず、ただ立ち尽くしている。

「アンタ…………仮面ライダーなんだろ?」

 剣人が放ったその一言に、怪人が微かに身動ぐ。

 そして、(こうべ)だけを剣人達の方へと向けた。

 剣人は、溢れ出でる興奮を押さえ付けながら、更に言葉を継いだ。

「俺は──ガキの頃から仮面ライダーを知ってる。正義の味方──ヒーローだって」

 言い訳の効かない私情と隠しきれぬ喜色を湛えながら語る剣人を前に、リコリスは呆れつつも構えた銃を下ろしていた。

 奴が危険かもしれないと言う認識は、変わっていない。変わってはいないのだが、話が通じる素振りを見せた以上、お人好しの相棒のやり方に賭けてみるのも良いだろうと判断した。無論、もしもの時に備えて、即座に弾丸をブチ込める様に銃爪に指をかけたままだ。

 その間にも、白銀の怪人への対話の試みはは続いていた。

「アンタの名前を、教えてくれないか?」

 暫くの間、両者は見つめ合ったまま動かなかった。互いに顔を反らさず、相手の真意を探り合うかの様に、彼等は対峙していた。

 やがて、白銀の怪人の身体が燐光を放ちながら機械的に溶け出し、夜の大気に霧散していった。

「仮面ライダーAIZEN──」

 溶けて行く硬質の肉体の奥から、全く別の人影が現れ出でた。

「──皇 ゼオだ」

 そう言った銀髪の青年の(かんばせ)は、目が醒める程に美しく、とても穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

 結

 

 

 廃教会での戦いから二日後の昼下がり。

 剣人とリコリスの二人は、立花モータースを訪れていた。

 あの戦いの後、任務を終えた実働部隊の半分が、本国に帰還。竜堂 剣人、リコリス・エルシュタインと十名程の団員は日本に残り、仮面ライダーと組織の監視を救済派の日本支部と協力して行う事になった。

 辞令が下された時、この人数で何が出来るのか、と思ったが、どうせ聞いても教えてはくれまい。騎士団上層部の秘密主義は、これが初めてではないのだから。

 下っ端の悲哀。それを感じてしまった二人は、揃って嘆息した。

「アンタら、話聞いてたのか?」

 応接テーブルを挟んで向かいに座る男の低い剣呑な声音で、二人は現実に引き戻された。顔を上げると、銀髪の青年──ゼオが半眼でこちらを睨めつけている。

「……聞いてるよ」

 意識が別の方に向いていたとは云え、話自体はちゃんと聞こえていた。こんな器用な真似が出来る様になったのも、踏んできた場数のお陰かもしれない。

 隣に座るリコリスは、鉄面皮を崩していない。彼女もそうなのだろう。

 この時、ゼオが語っていたのは、この地で起こり、かつ彼等が関与してきた出来事の一部始終。

 組織の刺客との戦い。脱走者との出会い。大幹部との遭遇。等々……

 既に調査書類にも記されていた事が大半であったが、それだけでは解らなかった詳細も知る事が出来たのは収穫だった。だが……

「アンタら二人、此処に来る前は何してたんだ?」

 彼は、この地を訪れる前の過去について話そうとしなかった。そこに触れそうになると、露骨に話を逸らす事が何回かあった。

 そうまでして、彼は過去を語りたくないのか。

「それは──」

 そうだとしても、知っておかなければならない。

 これからは、状況によっては共同戦線を張る事になるかもしれない。だからこそ、個人としてなら兎も角、騎士団の看板を背負っている身としては、何も語らぬ者に信を預ける事など出来ない。

 たとえ組織と敵対していたとしても、彼も改造人間。あの怪人達の同胞てもある。不本意であっても、あらゆる可能性を考慮しておくに越した事は無い。

 剣人とリコリスは、対面のソファに座るゼオの表情を注視した。俯き気味の顔に影が差していて、どんな感情が現れているのかは窺えなかった。

 暫くして顔を上げたゼオの顔には、どこかぎこちない微笑が浮かんでいる。

「……すまないが、その話については待っていてくれないか」

「何故?」

 リコリスが淡々とした調子で尋ねる。

 こういう時において、彼女は頗る頼りになる。

 理より情が先行しやすい剣人と違って、しなくていい遠慮はしない。

「……俺の事は兎も角、アイツに関わる事はまだ話せない」

 ゼオの云うアイツ──セレスと呼ばれている少女。彼女については、組織の実験体だった事しかわかっていない。

「どうしても?」

「いつか必ず話す。その時まで待っていてくれ」

 そう云ってゼオは、頭を下げた。

 昨日見た仮面ライダーと今、目の前で頭を垂れている男。本当に同一人物なのかと疑う程に雰囲気が違う。どっちが素顔で、どっちが仮面なのか。

 矢張り、どうにも煙に巻かれている様に感じて、肚の中の据わりが悪い。

「……いいわ。約束する、とまでは云えないけど、上の方にはそれで話を通しておく」

「感謝する」

「あくまで上が重要視しているのは、貴方と組織について。

 彼女の事は眼中に無いみたいだから」

 淡々とリコリスが語った話は、一部事実では無い事が混じっている。

 救済派の上層部の中には、件の少女に着目している連中が居る。奴等は、彼女に何らかの秘密があると睨んで、組織に対抗する術を確保する為に、こちら側に引き込もうと画策しているらしい。

 ただ剣人自身も、その辺りは噂レベルでしか知らず、実際の所はどうなっているのかは把握出来ていない。

 最近騎士団に対する上からの圧力がキツくなったらしく、団長らが矢鱈苛立っているのは良く見かけたが。

「……そうか」

 ゼオは目を伏せて独り言の様な調子で答えた。

 鵜呑みには……してないだろう。

 残念な事だが、現時点で彼からの信頼を得るだけのモノが自分達には無い。利害が一致したからこそ、こちらの要求を呑んだに過ぎない。そういう意味では、お互い様か。

 何にしても、これから積み上げていくしかない。

 前途多難とは正にこの事。一瞬、貧乏籤引かされた己の不運を呪ったが、すぐに考え直した。

 こんな考えは彼等に失礼だろう。それに今の状況は、考えようによっては幸運と云えるかもしれない。

 眼の前に居る男のもう一つの姿は、仮面ライダー。

 幼い頃からの憧れの存在。それと極めて近い存在と共に戦えると云うのは、剣人個人としては光栄余りある。それだけで、嫌な仕事にも張り合いが出ると云うモノだ。

 剣人は、最後に聞いておきたい事をゼオにぶつけた。

「もし俺達が約束を反故にしたら、アンタはどうする?」

 傍らのリコリスが、正面を向いたまま微かに目を見開いている。こういうのは、大体彼女の役目だったからだ。

 相対するゼオは、暫くの間穏やかな表情のままでいた。やがて、小さく頷いた彼は、口を開いて剣人の問いに答え──

 

 

 

「何やってんの、お前ら?」

 バックヤードの戸口に、玄ノ助が立っていた。

 長年の汚れが染み込んだツナギを着た初老の男は、ゼオら三人に不審げな眼差しを向けた。

 聞かれていたか? 剣人とリコリスは、馬鹿馬鹿しいイージーミスを冒した己の不注意さを呪った。内容は大したモノでは無いが、迂闊であった事に変わりは無い。

 どうしたものか、と逡巡していた剣人らを尻目に、最初に話しかけたのはゼオだった。

「おやっさん」

「お前、さては俺の知らんトコで色々話進めてんじゃないだろうな」

 呆れた様な調子で、玄ノ助が云った。この様子なら、何か聞かれていたか訳ては無い様だ。剣人は、一息ついて胸を撫で下ろした。

 一方、図星を突かれたらしいゼオは何も云い返せず、目を伏せて項垂れていた。

「……すンません」

「気ぃ遣ってくれるのは嬉しいけどよ。蚊帳の外にされんのは、あんまりじゃねぇか?」

 言葉とは裏腹に、見た目程怒っておらず、むしろゼオを案じている様に見えるのは、彼がゼオの意思を汲んでいるからだろう。

 立花 玄ノ助。仮面ライダーと組織の諍いに巻き込まれた一般人──と聞いていたが、どうやらそれだけでは無いらしい。

「関わった以上は、知らん顔出来んからな」

 かなり気持ちの良い気質は、剣人好みであるは。だから、ゼオが彼を巻き込みたくない気持ちもわかる。が、今の自分達の状況において、こういう協力者の存在は貴重だ。

「……わかりました。次からはおやっさんにも話を通します」

「悪ぃな」

 諦観の混じった吐息を漏らしたゼオは、渋々ながらもそう云った。彼自身、協力者の重要性は承知しているのだろう。

 暫しの間、申し訳無さそうにしていた玄ノ助だったが、ゼオと剣人らを見回した後、努めて明るい声を出した。

「で、何の話してたんだ?」

 ふと剣人は、先程の問いの答えをまだ聞いていなかった事を思い出した。

 だが、いくら何でも玄ノ助の前でそれを聞くのは気が引けた。どう考えても、明るい話題では無い。

 答えに詰まった剣人は、ふとゼオを見た。彼は剣人の逡巡に感付いたのかそうでないのか、穏やかな表情を浮かべた顔を玄ノ助に向けると、

「大した事じゃないですよ、今のトコロは」

 と、云った。

 

 

 

 大通りを挟み、立花モータースのある区画を見下ろせる位置にある三階建て集合住宅。その最上階の内の一室が、剣人らの拠点となる騎士団所有のセーフハウスである。

 何の変哲も無いありふれた一室に、剣人とリコリスを含めた常時三人が交代制で詰めている。残りの人員は、この辺りの哨戒と国内における組織の動向等を探っていた。

「っと、まだタリスマン持たせてンのか?」

 双眼鏡で眼下の大通りを眺めていた騎士団員が、苛立ちを滲ませたぼやきを漏らした。

「確かか?」

 団員の背中越しに、大通りを覗き込んだ剣人が問うた。

「ああ、店主がさっき外出したんだが、首から認識阻害のヤツを下げてやがった」

 問いに答えた団員が危ねェ見逃すトコだった、と一人ごちながら監視を続けた。

 確か、組織から抜ける際のドサクサに紛れて、結界等の使えそうな魔導具をかっぱらったと云っていたか。それ以来、行く先々で調達していたらしいが、言外にそろそろジリ貧だと云いたげでもあった。

「それでも、出し惜しみはしないってか」

 そんな時に鳴ったインターホンの電子音が、その場に居る全員の意識を強制的に切り替えさせた。無言のまま、互いの顔を見合わせる。応援を呼んだ覚えも、来客の予定も無い。監視行為自体がバレたかと思ったが、流石にそんなヘマはしない。

 だとすれば──何者だ? 

 誰からともなく、彼らは動き出した。重く張り詰めた空気の中、細心の注意を払って足音立てずに廊下へと進む。

 先行してドアまで辿り着いた剣人は、そっとドアスコープを覗き込んで──

「え?」

「どうしたの?」

 剣人は相棒の問い掛けに答えず、目を眇めて円く歪んだ外界を注視した。

 先ず、ふわりと広がったハニーブロンドと、少々垂れ気味な幼さを感じさせる鮮緑の瞳が目を引いた。首に下げた古めかしいタリスマンがどこか非現実的な彼女の印象を更に引き立て、より儚なげな印象を与える。

 ドアの向こうに立つ彼の者を、剣人は知っていた。

 そして、気付いた時には剣人は扉を開けていた。あまりにも無用心な行動に、後ろの二人が唖然となっているのが気配でわかる。

 俺だって驚いてるよ。

 現在の時間帯では日陰になっている廊下においても、その鮮やかさを失わぬ甘い金色の髪の少女。

 皇 セレス。仮面ライダーと共に在る謎めいた少女。

 お偉方が彼女を欲していると云うが……

「こんにちわ、えっと──龍堂さん?」

 この少女の何がそうさせるのか、剣人にはさっぱり解らない。

「どうしたんだ? いきなり」

「差し入れです。ゼオとおやっさんから」

 そう云って彼女が差し出したのは、小さめの紙袋。相手に気取られない様に警戒しつつも、こっそり覗き込んで中身を確認した。

 紙袋の中に3個ほどのタッパーが縦に積まれた状態で収められていた。

「……これは?」

「商店街の東側にお惣菜屋さん、ありますよね?」

「ああ」

 先日、立花モータースを訪ねた時に、ちょっと目に止まった店だ。和風惣菜がメインだったので、懐かしさを感じていたのだ。

 救済派のお膝元である北米で生まれ育った剣人だが、故郷では日本出身の父の影響か、様々な日本の文化に触れる機会は多かった。そう云う事情もあって、出先で日本のモノを見かけると、つい気になってしまうのだ。

「店長さんがサービスしてくれたんですけど、流石に三人だけじゃ多かったんで、おすそ分けです」

「剣人」

「……悪いけど、そういうのって受け取れ無いんだ」

 今回は事情が異なるとは云え、護衛対象者から提供される物品を受け取るのは基本御法度だ。万が一、食物等に何かが混入されていたりなどしたら色々と厄介だ。

「あ、変なモノは入れてないですから、大丈夫ですよ。何だったら調べてもらっても構いません」

「貴女ね──」

 そろそろ業を煮やしたリコリスが、前に出ようと足を踏み出した。もう一人の方は、いつの間にか監視に戻っている。逃げたな、アイツ。

「あー、わかったわかった」リコリスの怒りが深刻化する前に、剣人はセレスの差し出した紙袋を受け取った。「アリガトな。

 コイツは後で頂いとくよ」

「どういたしまして」

 任務の性質上、可能な限り面倒や、向こうからの信用を損ないかねない事態は避けたかった。今後に活動に響くのであれば、致命的だ。だから、多少の無茶は呑み込まなければならない。

 それに、ちゃんと調べれば問題ないだろう。多分。

 尤もらしい詭弁と割りとしょうもない食欲に屈した男は、そう断じて半ば強引に事を収めようとした。

「あ、私そろそろ……」

「アイツにも宜しく云っといてくれ」

 そう云って、剣人は背後から冷たい眼差しを向けられているのを感じながら、客人を送り出した。

 別れの挨拶の後、踵を返した少女は軽やかな歩調で歩き出した。が、五歩程進んだ所で、その足取りが何事かを思い出したかの様に止まった。そのまま振り返らず、後ろ向きのままで元の場所に戻ってきた。なんて器用な。

 剣人の前で立ち止まったハニーブロンドの少女は、辺りを伺うかの様に視線を巡らせた後、背伸びして此方へと顔を近づけた。

 華やかさは無いが、現実離れした美貌が視界一杯に迫る。

 相棒や家族のお陰で美人と云われている女性には慣れているが、彼女みたいに柔らかな雰囲気を持つタイプとは殆ど接した事が無かった。

 だから、ほんの一瞬どうして良いか解らなくなってしまった。

「……ゼオって、怒るとすっごく怖いんですよ」

「へ?」

「だから、気をつけて下さいね」

 些か神妙な表情と調子でそう云った少女は、律儀に頭を下げると今度こそ去って行った。

 日差しを反射して煌めくハニーブロンドを見送った男は、彼の少女の真意が掴めず、呆然とした表情で玄関先に立ち尽くしていた。

「なぁリコリス」

「何?」

「やっぱり俺達、とんでもない奴と組んじまったのかな」

「……今更」

 溜め息混じりの呆れとも怒りともつかぬ感情は、行き場を得られぬまま大気に混ざり、やがて溶けていった。

 

 

 

 

 

 

〜Fin〜

 

 

 

 

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