たまにはコテコテのテンプレをやりたかった。
いい感じにタグが厨二臭くて香ばしいぜ!
…………え、そう思わない?
形成
初めに感じたのは“希望”―――。
伊吹春也(いぶき・はるや)という少年は、平凡な一現代日本人の学生だった。
平凡、というには語弊があるのかも知れない。少なくとも凡庸ではなかった。
それなりに裕福な家に生まれ、父母の愛をよく受けて育った。
欲したものは度を越した我儘でなければ受け入れてもらえたし、大きな病に掛かったこともない。
運動も勉強も苦労するタイプではなく、どうしても届かない目標に挫折を経験するということもない。
敢えて言うとすれば、能力の高さの割に将来に大きな展望を描くでもなく、独立行政法人か地方官庁にでも潜り込んで悠々と暮らそう程度の地に足がついているのかふわっとしているのか判然としない構想をもっていたこと。
そして、その程度の能力くらいは持っていると過信ではなく自覚していたこと。
あとは、いわゆる二次元コンテンツを趣味としていて、現実の女性との付き合いにさして興味が湧かないくらいか―――ぽいぬが嫁、などと冗談の域を超えて断言することはない程度だが。
だが、それの何が悪い?と彼は思っている。
平平凡凡大いに結構、それで多分に幸せな自分の人生を彼はこよなく愛していた。
自分は恵まれている人間で、恵まれない人間なんて世の中には沢山いるだろう。
“だがそれはそれとして”、彼は信奉していた。
世界は希望に満ち溢れている、人生は輝いている………だからこの生きているということ、命は何よりも尊いと。
生きるなんてのは多大なエネルギーを消費する行為だ。
だからその収支がプラスマイナスゼロで収まるというなら、それは消費したエネルギー分だけの多大な幸せというプラスを得ているに“違いない”。
それが、真の幸福量保存の法則というものだ。
厳しい世間を知らない子供の発想?
そう片付けるには、あまりに深く深く彼は信じていた。
それに本来要領よく社会でも渡っていけるタイプだった彼の根源など、表出する機会なんて“ある筈がなかった”。
命より尊いものなんて有り得ない、あってはならない。
そうに違いない、そうに決まっている、そうでなければならない。
だから今――――春也は、気が狂いそうになるのを吐き気と共に必死に抑えていた。
目の前には地べたに投げ出された腕がある。
染みが目立ち、皺が寄り始めた、中年女性のそれだと推察できる………もしかしたら違うかもしれないが、確かめる術はない。
肩から向こうの持ち主がどこにいるか、知らないからだ。
爆風で吹き飛んだのか、瓦礫のどこかに埋まっているのか、それとも砲弾が直撃して粉々になったのか。
想像したくもないし、探しに行くなんて以ての外。
『KYYYYYYAAAAAA――――――!!』
「………っ」
今隠れている屋根の残骸から姿を現わせば、あの黒い怪物に見つかってひたすら残虐に殺される。
踏み潰され、食い千切られ、何度も何度も大地に叩きつけられ、蹂躙される。
その光景を、何度となく既に見せられていた。
(そもそも、なんで、こんなことに…………!)
友人と遊びに集合場所に向かうという、なんでもない日常の光景。
何の前兆もなかった―――見慣れた休日午前の街並みが、比喩抜きで瞬く間に急変したのだ。
無意識に瞼を閉じて開く、その程度の動作の間に変わり果てた光景に見覚えはなかった。
地面にアスファルトのアの字も見当たらない砂の路面なんて春也の住んでいた近所には公園や学校の運動場を除いて存在しないし、プレハブ小屋よりも雑で脆い作りの家が立ち並ぶ様はここが日本だとすら思えなかった。
日本人っぽい見た目のぼろい着物を着た住人達がなにやら此方を指差して変な服だの余所者だのと日本語を話していたようだったからとりあえず日本なのだろうが……それもすぐに阿鼻叫喚の奇声と悲鳴へと変わった。
ワゴン車ほどもある大きさの黒い怪物が現れ、暴れ始めたから。
体液か何かでぬめった気色の悪い体表と、まるで人間と同じような形の歯を持った大きな口。
水上生物が無理に地上に上がる為に取ってつけたような、腹をこすりながら―――肉食獣さながらの速さで巨体を運ぶずんぐりした後ろだけの二脚。
一応とはいえまがりなりにも生物の外観を持つくせ、背部に癒着した鉄の砲塔。
それが飾りでないのは、爆音が上がる度に端材で組み立てたぼろい家々が次々と崩れていく有り様が証明していた。
火薬の臭いと無機物が燃える嫌な臭い、それが粉塵に混ざって噎せそうになる中、春也は咄嗟にすでに崩れきってしまった屋根の隙間に身を隠した。
彼と違い、その怪物がいかなるものかを知っていた人々は、それ故にパニックになり―――現実感の無さも相まって落ち着いて行動した春也の代わりとばかりに目立っては殺されていった。
想像力の欠片もなくただ恐怖のままに泣き叫び蹲る幼子が肉塊へと真っ先に転じ、我が子を殺された親が狂乱して怪物に挑みかかって弾け飛ぶ。
瓦礫に挟まれた老人が更に上から踏み潰され、それらに目もくれずひたすら足の速さのみを頼って一歩でも遠くを目指した若者は……回り込むように別方向から現れたもう一体の怪物の餌と化す。
そう、怪物は一匹ではなかった。
確認できただけで、少なくとも三匹はいる。
一匹だけなら、その視覚に頼っているのかどうかも分からないぎらぎら光る眼に映る前に隙をついて逃げ出す道もあっただろう。
だが、あんな怪物が合計で何体いるのかも分からない、そんな中あても無くただ走るのは愚策でしかない。
(向こうに行け、行けよ!どこか遠くに、遠くの果てに………消えてくれよ、早くッ!)
春也はただ見つからないように必死で祈りながら物影で震え、その暴虐が過ぎるのを待っていた。
粉塵と煙に乗って立ち込める死の気配が、己にも迫っている。
非現実的な状況に置かれて、それでも“生命の終わり”という現実は確実にそこにある。
嫌でも実感せざるを得なかった。
……………“だからこそ”。
怒りを感じていた。
恐れよりも怯えよりも、何よりも怒りでその身を震わせていた。
許せない。認めない。
この世の何よりも尊い命という至高が、こんな風に奪われていい筈がない。
そんなことをするような何の価値もないゴミが存在している事が許せない。
そんなことをするような何の価値もないゴミが勝手を働くなど、認めない。
(なんて……くそっ、畜生!)
それでも、少なくともこの時点ではただの平凡な人間である春也に出来たのは……土埃に塗れながらも奇跡的に無傷で気を失い路上に横たわっていた誰かを見つけ、自分の隠れている場所へと引き込もうとするくらいだった。
それはかなり危険な賭けだ。
“誰か”は春也から見て僅か数メートルの位置だったが、その短くて限りなく遠い数メートルを詰める為に一度姿を晒す必要がある。
だが遮蔽物もなくいつ気付かれるか分からないような場所にこのまま寝かせておけば、いずれ嬉々としてあの怪物はその眠りを永遠のものへと変えようと襲いかかるだろうし、そうなれば直近にいる春也も危ない。
何より………救える命がそこにあるのなら、これ以上失われるのを見るわけにいかない。
「~~~しっ……!!」
気合を入れる為に少しだけ息を強く吐き、駆けだす一歩。
すぐさま渾身の力で大地を蹴り、跳ね跳ぶ二歩。
まだまだ高校生の自分より一回り小さなその体をすぐさま抱えようと、着地ざまに屈みこむ三歩。
そして。
「え………?」
「素敵な提督(ごしゅじんさま)、見ぃつけたっ!!」
“誰か”に触れた途端に春也の意識が一気に遠くなり、その体の上へと倒れ込んだ。
そして春也を逆に抱き止めて支え、上体を起こす“誰か”―――少女。
淡く輝く長髪を粉塵の中軽やかに舞わせ、体表の汚れが自ら厭うように霧散する。
“抜け殻”の春也を体格の割に肉付きのいい胸の中に受け容れ、彼の意識を自らの内に染み渡らせ―――その幼けで愛らしい顔に、朗らかな笑みを浮かべた。
「あはっ」
感じる、分かる、流れ込んで来る。
“この世界”の人間に現れ得ない暖かな祈りに、揺れた。
理由はどうあれ、彼女を救うために奮った激情に、痺れた。
それでもできるのはこの程度だと、抱えた無力感に、疼いた。
そして敵………深海棲艦へと集束したドス黒い殺意に、濡れた。
「あはははははははははっっ!!」
惚れた――ッ!!
ひとめぼれどころか、彼の笑った顔すら見ていない。
それでも優しく優しく懐に抱く名も知らぬ少年に、愛を覚えた。
そんな少女の哄笑に、当然その存在を察知した黒い怪物が勢いよく飛びかかる。
火照った顔を少女が上げる頃には、既にその巨体の影が二人の全身を覆うまでになっている。
一目瞭然の質量差という、明確な脅威。
このまま数秒後には少女と春也は押し潰されて無残な肉塊へと変わるだろう、そんな安易な結末。
迫る暴威、重量という名の単純にして凶悪な武器で、残虐な怪物はバッドエンドを狂った視界に移さんとする。
それは未来予知?………否、ただの、妄想だ。
「邪魔」
だから、拉げ波打ち無理やり変形させられて叫ぶ鉄の悲鳴が劈きかき消した。
少女は、ただ白魚のように滑らかな肌の、小さな手をかざしただけ。
当然、そんな細い指と腕で受け止めようなどと誰が予想し得たか。
だが少女の掌に触れた途端、怪物は見えない壁にぶつかったかの様に―――むしろ“殴り返された”かの様に、前面から醜く圧潰した。
そして、空中でその速度を完全に消失させ少女の眼前に墜落する。
「ん……しかも大当たりっ。ろくに活動もできない提督もどきの初陣に駆り出されて、案の定戦場でプツンって逝った時は最悪だって思ったけど、っと」
なにやら呟きながら、春也を左腕に抱えたままバランスを取りつつ立ち上がった少女。
そののんびりした動きに忘れそうになり、また彼女も忘れている様に見えるが、そこは未だ戦場である。
仲間が死んだことか、それとも少女が己らの天敵かつ怨敵であることか、そのどちらを嗅ぎ付けたかは怪物自身も預かり知らぬ。
もとよりそんな知能のある個体達ではない。
しかしこの町を襲撃した時と同じく、示し合わせた様に一斉に怪物達は少女の方向目指し駆けた。
隠れる素振りも無い少女は容易く視界に捉えられ、そして己の武装の射程に入るや否や怪物達は躊躇いなくそれを解き放つ。
「………うるっさいなあ」
不満そうに唇を尖らせ警戒する雰囲気など欠片も見せない少女は、しかし不意に、空いている方の腕を大きく振るった。
ぶん、ぶん、ぶん………都合三度。
軌道も無茶苦茶で、おざなりにしか見えない無造作な動作は、しかし常人には眼にも見えない速度で風を切り裂く。
そして、それに合わせて爆音が三つ。
正確に刻めば、少女が腕を振る前に鳴った砲弾の発射音と、直後の爆発音の六回。
鈍く物騒な轟音の割に、いっそ滑稽なほど小気味いいリズムで空気を震わせた。
そして少し離れた場所で、怪物達が三匹、背の砲塔のあった場所が抉れながら炎上し、のたうつ。
肉と鉄の同時に焼ける、名状しがたい複雑な臭気は―――既に怪物達が暴れたことで発生していた。
最期に自分達もそれに混ざった、ただそれだけのこと。
―――天よ、自ら殺す者を殺せ。
自らの放った殺意を叩き返され、今度は無残に潰される弱者へと転がり落ちた怪物達。
そんな理屈を理解できた理性など無い怪物達はただこれまで通り暴れようとするが、その体躯は僅かに震えるだけで、最早用を為さない。
次第にその震えも微細になり………完全に動きを止める。
見える範囲の敵の行動停止と共に、周囲にあの凶暴な怪物の瘴気の気配が無いことを確認すると、少女はその小さな体で眠ったままの春也をおぶさって歩き出した。
「大勝利、夕立ってばほんとついてるっぽい!それに提督さんとの相性最高っ!」
黒と赤のリボンからなるセーラー服、その短い丈のスカートをふわふわと舞わせながら、提督(あるじ)と認めた自分よりも体の大きい少年を背に軽やかに跳ねる。
霊式祈願転航兵装、通称『艦娘』―――その中で駆逐艦『夕立』の銘を持つ兵器は、そんなことを感じさせない明るい笑顔で肩に乗せた春也の横顔を優しく見つめていた。
「提督さん、きっとすぐに起きるっぽい。そしたら褒めてくれるかな?」
辺りは当然ながら怪物が滅んでも人の死体が撒き散らした血と臓物が、土をどす黒い泥だまりに変える地獄のままだ。
この世界では珍しいことなどでは決してなくて………そんな中を、純真そのものの、見た目は少女の兵器が歩き続ける。
この未だ火が燻り続ける廃墟の町で生きている“人間”は、異邦人かつこの日より夕立という艦娘を従える超越者、『提督』となった伊吹春也ただ一人。
今はまだ何も知らず、ただ凄惨な悪夢をリフレインしながら眠り続けていた―――――。
「役者が凡人なら芝居は三流か。人の生き死にを歌劇と一緒にするんじゃねえよ」