終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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扶桑「空はあんなにも青いのに………」




上下

 

 

 結局春也が曝した本音が好意的に取られたのか否かは分からない。

 

 あの厳島とかいう男は始終固い顔を崩すことなく、言葉少なに春也達を鎮守府の提督として認める旨と、「貴君らのこれからの奮闘に期待している」という定型句のみを告げて会談を終了させたからだ。

 後々で考えれば、航輔の志望動機(せいぎ)を聞きそびれていた辺り、何も思うところが無かったというわけではないのだろうか。

 

…………それとも、航輔の下心というか安直な動機は訊くまでもなく察せられたからだろうか。その可能性の方が高いかも知れない、彼と似たような理由で志願する人間も少なくないだろうし。

 

 そんな流れで、その後別室に連れられた春也達は、……微妙な暇を持て余していた。

 

 待っていてとまた案内役になった川内に言われて待機しているのだが、こういう応接室だか会議室によくあるように、特徴がありそうで無いような部屋だと何かに反応することも出来ない為にちょっと困る。

 

 興味を引くような要素はなくもないが、正直“趣味じゃない”。

 なので、夕立と軽く遊んでいた。

 

「お手」

「ぽい」

「おかわり」

「ぽいぽいっ」

「お手、と見せかけておすわり!」

「ぽい!?っぽい!」

「よくできました」

「ぽい~」

 

 代わる代わるの手でタッチした後、号令で慌てて椅子に座った夕立の頭を撫でると、ほにゃりと笑って嬉しそうに喉を鳴らす夕立。

 特に深い理由もなくぽいぬだからということで合図を仕込んでみたのだが、これがかなり楽しい。

 

 夕立も春也に構ってもらえてご満悦な様子で、そんな二人を冷たく睨む視線など気にも留めていなかった。

 

「―――呆れたわね」

 

 暖かみの無い視線と声の主は、電でなければもちろん航輔でも無い。

 

 春也よりいくらか年上であろう女は、会談の際に後ろにいた人物だった。

 羽織の裾と袖を動きやすいように短く改造したような変則的な服と、腰まで真っ直ぐ伸びた黒髪を束ねる布は、神社で見た人々のどれもより上等そうな生地に見える。

 そしてそれよりも注意を集めるのは、背後に三人の艦娘を引き連れていることだった。

 

 短めの髪を後ろで括り、容貌・服装共に女子中学生風の外見でありながらきびきびした所作を感じさせる駆逐艦・不知火(しらぬい)。

 モデルのような細身長身の体型を際立たせるシルエットの黒服を纏い、頭部を飾るアンテナが印象的な軽巡洋艦・天龍。

 巫女服のよく似合う白雪のような肌が何故か幸薄さと儚さを思わせるが、その瞳には確かな意思が宿る戦艦・扶桑(ふそう)。

 

「緊張感の欠片も無い、艦娘に鼻を伸ばして情けない男ね。

 恥ずかしいと思わないのかしら」

 

 自らの連れる艦娘達にも劣らない線のくっきりした美貌があるにはあるのだが、先ほど春也に対するのと同じノリで話しかけた航輔をすげなく「気持ち悪い」と一蹴したような、人を見下す態度と性格の悪さを秘めた鋭い目つきで台無しだった。

 航輔に関して言えば、距離感が近いのと馴れ馴れしくて空気が読めないのも悪いのだが。

 

 それでも、初対面の人間に嬉々として罵声を浴びせるのに社会的動物として『恥ずかしいと思わないの』はこちらのセリフである。

 

「で?あんた誰?」

 

「人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗りなさい」

 

「俺らの名前はついさっき聞いたばっかりだろうが。

 もう忘れたのか痴呆かてめえ」

 

「な―――――!?」

 

 好感を持てる筈もなく軽く煽ったのだが、それだけで顔を真っ赤にして二の句を失う女。

 更に棘で返されると思って待ち構えていたので逆に肩透かしなくらいだった。

 

 アドリブに弱い辺り根っからの毒舌家というわけでもないのだろうが、となると単純に敵意を持たれているということになる。

 心当たりなどある訳もないので首を捻っていると、部屋の扉が開いて先ほど厳島の後ろに控えていた男が入ってきた。

 

「ダメだよー仲良くしなきゃ。そこの能登姫乃(のと・ひめの)ちゃんも合わせて、君達三人同期なんだから」

 

「えっ?」

 

 背が高く視点を斜め上にした位置にあるにやけ面は、確かに先ほどの会談に居合わせたもう一人だ。

 そしてそれは見れば見るほど胡散臭くなるにやけ面だった。

 漫画だったら常に糸目のキャラだろう。

 前髪に掛かるさらさらの髪がまず鬱陶しいという印象を抱かせる辺り、本人も自らが相手に与える感じ方を理解しているのだろう、正直軍服が吐き気を覚えるくらいに不似合いだった。

 

((あ、こいつ川内の提督だ))

 

 一目見るなり春也とへこんで座り込んでいた航輔の頭を抱きしめている電の心の声が一致する。

 それを肯定するように、耳にざらつく声でその男は川内を呼んだ。

 

「川内ー、持ってきたかい?」

 

「はいよー提督」

 

 主に遅れて入室した川内が、三切れの白い布を春也と航輔、姫乃の三人に配る。

 生地や大きさ形状からして手ぬぐいと言うのが正しいのだろう、春也が受け取ったその細長い布地の中心には青い錨に銀色の剣を添えた紋様の刺繍がしてあった。

 

「入隊おめでとう。僕は君達三人のひとまずの上官ということになる水月雪兎(みづき・ゆきと)だよ。

 そしてその布は入隊証だ。なんで、とりあえず体のどこかに判るようにつけておいてくれ。

 僕も、制服を着ていないときはそうしている」

 

「………」

 

 言われた様に三人は各々の体に白い布を巻きつけていく。

 春也は腕に、航輔は腰に、姫乃は髪を束ねる布を交換という形で。

 一応紋様が見えるように結び方には気をつけた。

 

「うん、それで一応の身分証明にはなる。いやあ前線に出る提督じゃいつ無くしたりするか分からないし、砲撃を浴びて自分は無事でも服はボロボロとか普通にあるからさ、なるべく簡易にしてるんだよ。

 申請すれば予備や紛失分の支給もしてるから、他人にあげないようにだけ気をつけてね」

 

 黄巾党かよ、と一瞬思ったが、服に贅沢出来るような世界ではないので仕方ないのだろう。

 寧ろ後方指揮ではなく前線で殴り合うような提督へ支給するものに、刺繍が一枚一枚されているだけ遥かにましか。

 

 そんなことを考えながら、ふと姫乃の方に視線が引き寄せられた。

 

「提督さん、似合ってる!かっこいいっぽい!!

…………あれ、どうしたの?」

 

「はは、ありがとな。……いや、あいつも新人なんだな。

 艦娘三人も連れてるから、それなりに提督やって長いのかと」

 

 ただ布を巻いただけなのに目を輝かせて黄色い声を聞かせてくれる夕立に笑いかけながら、同じタイミングで“仲間の印”を身につけたことで同期と実感した女に疑問を感じたことを明かす春也。

 この世界での基準はまだ分からないが、戦艦の艦娘までいるのは多分異例ではというその疑問に答えたのは雪兎だった。

 

「姫乃ちゃんのお父さんも提督でね。

 彼も期待したんだろうねー、自分の娘も提督になれるなんて鼻が高いだろうし、奮発したんじゃない?」

 

「相当無理通したみたいだけど、投資の価値は当人にとってはあったんだろうし。

 本物のお嬢様ってことだねー」

 

「父の名に恥じないよう、恵まれた環境に驕ることなく精進しますわ

…………ふふっ」

 

 匂わせる程度に生々しい系の事情を付け足した川内と雪兎には気付いてかお上品な笑みを見せ、その後春也や航輔を見て含み笑いに変える。

 「羨ましいか?」か「あなた達とは違うの」か、いずれにせよ挑発の意味がそこに含まれているのだろうその笑みに食ってかかったのは、航輔だった。

 

「なんだよ、大事なのは数じゃなくて質だっての。俺達の艦娘は凄いんだって、すぐに見せてやるぜ!!

―――――春也が!」

 

「おい」

 

「質、質……ね。夕立に電、どっちも駆逐艦じゃないの。

 教えてあげるわ、こちらの艦娘には、戦艦がいるの。

 扶桑よ、覚えておきなさい」

 

「はぁ………。ご紹介に与りました。扶桑型戦艦一番艦、扶桑です。よろしくお願いします……」

 

 今まで無表情に黙ってただ控えていたのに、なんだか面倒な話の流れになってきた気がする、そんな溜息を吐き出しながら仕草だけは優雅に一礼する扶桑。

 この能登姫乃という女が初対面の自分達に敵意のようなものをぶつける理由もなんとなく分かってきた春也も、完全に同感だった。

 

 要は相手との上下関係をはっきりつけておかないと気が済まないタイプの人間なのだ。

 

 上と認めた人間に頭を下げるのは構わないが、出来るならばより上の立場に立っておきたい。

 引き連れる艦娘の数と恵まれた生まれというアドバンテージがある以上、積極的に生かさない手はないし、威圧しても問題ない相手なら怯ませた者勝ちだ。

 

 父の仕事の付き合いで知り合う同年代の資産家の子供達の中に何人かは居た、実際はそれって獣の価値観だろうと突っ込みたくなるエリート気取りのボンボンタイプだと見ていた。

 

「はいはいよろしく。まあこれから一緒に戦うんだ、“それなりに”仲良くやっていこうぜ」

 

 釘を差しつつも話を曖昧に流せば、上位者である雪兎の存在もあって無茶を通しはしないだろうという思惑で春也は話をなあなあにしようとする。

 そんなタイミングで。

 

 電がいつもの仕返しをしてきた。

 

 

「―――で、本音は何なのです?」

 

「取り巻き連れて喧嘩売って来るとか、完全にチンピラだよなあ。

 エリート気取りのチンピラとか、ほっといても向こうから絡んでくる一番嫌なタイプだし。

 あーあ、面倒くさ――――――――はっ!?」

 

 

「言ってくれるじゃない……!!?」

 

「うわお、一触即発ぅー」

 

 怒りで逆に表情を無くす姫乃と無責任に口笛を吹いて煽る川内。

 慌てて取り繕おうと無駄な努力を試みるが、雪兎もこの状況により楽しそうな笑みを浮かべている時点で事態が行き着くところまで面倒になってしまったことに変わりはなかった。

 

「あー、今のはな?」

 

「水月小将。確かに私はこの二人と同時期にこの鎮守府に志願したことになりますが、同格ではない筈です」

 

「うんうん。そうだね、姫乃ちゃんと春也くんじゃ、格が違うね。

 “比べるのがかわいそうになるくらいに”」

 

「いや、聞いてくれ」

 

「ふん。認識の足りない彼らにはそのことを、一度はっきりと形として分からせる必要があると思います。

―――演習の許可を下さい」

 

「待って、待てってば」

 

「僕としては、将来的に面白くなりそうなのがいきなりポキっと折れるのは、いまいち趣味に合わないんだけどなあ」

 

 まあ、いいよ。

 

 そんな軽々しい一言で、春也達の着任最初の任務は初日からの同期との模擬戦闘になるのだった。

 

 

 

 

 

 演習。

 

 『鎮守府』では、もっぱら再起不能にしない範囲での実弾を用いた艦娘同士の集団戦闘を指す。

 資源は必要になるものの、逆に言えばそれだけで大きな損傷を受けても修復する艦娘が実戦に近い経験が積めるということで、それなりに重宝されている訓練形式であった。

 

 波が間断なく揺らす海上に、百メートルほどの距離を空けて夕立と不知火・天龍・扶桑が対峙している。

 何気に春也も艦娘が海の上にいるのを初めて見るのだが、本当に人型が姿勢にぶれもなく水上に直立しているので、下に仕掛けでもあるのかと常識的に疑いたくなってしまう。

 その常識も、「提督になった自分も同じことが出来るような気がする、あとで試してみよう」と考えてしまう辺り大概怪しいが。

 

 彼女らを見つめる視線は、春也とあの部屋に居た面々だけではない。

 演習は一つのイベント扱いなのか、沖に面した防塁に腰掛ける人々が開始を待ちながら何百人も楽しそうに談笑している。

 軍服や白布を巻いた提督と思しき者達から、一般兵なのか簡易的に揃いの上着や作業服を纏った者達まで、ある意味で壮観ではあった。

 

 そんな彼らよりも特等席の波打ち際の堤防で、姫乃が電に問う。

 

「電は夕立に加勢しないのかしら?」

 

「弱いものイジメの現場に居合わせる趣味はないのです」

 

「くす。お仲間にまで見捨てられて、この男もそれに従う夕立も哀れなものね」

 

「…………」

 

 春也も聞こえる位置にいるのを知っていて、わざとらしく嘲る姫乃。

 そんな彼女のことを気にするでもなく、ただ春也は夕立と一緒に戦うことが出来ないことにふてくされていたが。

 

 提督はいくら回復力が優れていても資源でインスタントに修復できるものではないので、演習に参加できないのは仕方ないといえば仕方ないのだが。

 一方で姫乃は当然のようにそれを受け入れていた。

 

 提督が死ねば艦娘も動けなくなるのだから、いくら艦娘と同等の身体能力を得ても提督が直接戦うのは最後の最後の手段。

 演習で特別に鍛えるようなことではない、と。

 

 合理的で、一般的な考え方だ………やはり姫乃と春也では格が違う、と電は改めて思った。

 

――――提督とその艦娘の強さを決める要素は、三つある。

 

 一つ目は撃破し喰らった敵達の魂の数、練度。

 二つ目は提督の性質と艦娘の属性との相性。

 

 三つ目は、提督の祈りの深度――――言い換えれば、己の信条にどれだけ殉じているか、つまりは狂気。

 

 提督の祈りを汲みあげて異なる法則を現実に昇華させる、それが霊式祈願転航兵装たる艦娘の真骨頂である以上、合理的だの一般的だの“現実の法則に屈した”考え方など提督としては弱さに他ならない。

 合理主義者を自認する春也が、確かにそう見えたとしても決して合理主義者足り得ない理由であった。

 

 ついでに言えば、二つ目の相性については今さらあの全力で主に心酔する従僕と全力で従僕を可愛がる主を疑うまでもないし、一つ目についても――――“人型”を昨日撃破したばかりだ。

 あれ一体倒すだけで、果たして何十体分の深海棲艦を倒した換算になることか。

 

 ついでに言えば、これらの要素は足し算ではなく掛け算として計算してほぼ間違いが無い。

 

 艦種の違い?三倍の数?

 提督になれた時点で超人ではあるのだが、それでもその程度のまっさらな撃破数ゼロの新人では、こんなハンデなどものの足しにもならないだろう。

 

「演習、能登姫乃隷下、不知火・天龍・扶桑と、伊吹春也隷下、夕立。

 これより………………はじめ――――ッ!!」

 

 川内が号砲を鳴らす。

 弱いものイジメ開始の合図を。

 

「が、がんばれー、夕立ーっ!!」

 

「見てるからなー、勝ったら何でも一つ言うこときくぞー!!」

 

 合わせて声援を送る航輔と春也の声を聞きながら、電は春也に一言だけ礼を言った。

 

「春也さん、ありがとうなのです」

 

「?よく分からないけど、どういたしまして。

――――おし、夕立、一気に決めろ!!」

 

 ああ、春也が航輔の“ともだち”になってくれて本当に感謝する。

 もし航輔が一人で志願していたら、あの姫乃に挫かれて下風に立たされ、居心地の悪い提督生活を送っていたかもしれない。

 

 だが、ここで春也が姫乃を挫けば、春也と仲の良い航輔もなし崩し的に姫乃の“上”に立つ。

 

 人間関係というのはその面では曖昧でいい加減だ。

 そして一度決した上下関係というのは、崩れることは稀であるという融通の利かなさもまた、人間関係の一面だ。

 

 大体昨日にしたって、人型に遭遇するという最悪の事態を春也と夕立のおかげで切り抜けられたし、その場に居合わせたというだけで同じだけの練度の上昇というおこぼれに与れた。

 

 色々と悪くない方向に進む現状をもたらしてくれた春也と夕立に打算半分本気半分の感謝を贈る電の視界、演習近海域。

 

 

「扶桑、大破!戦闘不能!!」

 

 

 開始早々背中の巨大な艤装に深々と鋼の錨を乱暴に噛み込ませられ、伸びた鎖を手繰り寄せることで一気に懐に飛び込んだ夕立にどてっ腹への単装砲の接射を三発受けた扶桑が崩れ落ちる。

 騒ぐ聴衆と唖然とする姫乃はさておき、そんな驚くに値しない試合運びを眺めながら、電は柔らかい表情で微笑むのだった。

 

 

 

 






☆設定紹介☆

※艦娘の武装

 簡単に言えば召喚方式。
 どこから召喚しているのかなど本人達も知らないが、使いたいと思った武装が虚空から現れ装着される。

 補給した資源が尽きない限りは撃ち放題でリロードも必要ないが、機銃や魚雷発射管を体のいたるところに装着してヘビーアームズよろしく全弾発射ァ!!みたいな真似とかは出来ないらしい。
 どこが誘爆するか分からない全身火薬庫状態で足を止めて攻撃する隙を曝すのが怖い(ロマン全否定)だけで、やってやれなくはないようだが。

 使える武装の内容も、艦として使えるものには個体差があり、戦艦の艦娘は魚雷が使えない傾向にあったり、駆逐艦の砲塔はあまり口径が大きくなかったりする。

 砲塔に関してはサイズがデフォルメされているだけで、見た目通りの口径の威力ではないが、基本的には戦艦になるほど扱えるその大きさに破壊力が比例する。
 爆雷に関しては手榴弾。相手にぶつかると勝手に爆発する起爆装置要らず。
 魚雷に関しては泳ぐ水が無い場合、地面を走る。夢の自走式地雷。
 錨(スラッシュハーケン、時々ノリで大鎖鎌)に関しては…………フネだし、当たり前だけど標準装備だよね!!



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