「ねえ、吊り橋効果って知ってる?」
「『吊り橋から邪魔な女蹴落とせば、あとは心おきなくだーりんといちゃいちゃ出来る』って話ですかぁ?」
「…………」
「冗談ですよー?」
「……いや、怖いわよ」
美九にゃんはそんなこと言わないっ!!
それはさておき、更新遅れて申し訳ありませんでした。
年末年始で忙しかったのもありますが、ちょっと某修羅場スレ巡回してて気が付けば約三週間………。
話の繋がりもちょっと怪しいですが、お付き合いいただければ。
まず感じたのは『無常』――――。
能登姫乃は小さな頃、とてもとても怖いものがあった。
彼女は聡い子で、そして子供ですら気付けるほどに残酷なこの世界で、死という喪失にいつも怯えていた。
隣にいる人が、明日には物言わぬ骸になっているのかもしれない―――実際に誰の死に直面したという経験もないのに、夜な夜な形の無い不安に押し潰されては、優しい姉の布団に招かれ慰められていた。
姉は権力志向とプライドの高い父親の厳しい英才教育に曝されながら、凜として美しく、泣き虫の妹への優しさも忘れないとても立派な女性だった。
尊敬していて、大好きで、狭い世界に生きていた幼い姫乃には世界の全てと言って良かった。
そんな姉が―――ある日、深海棲艦に殺された。
よくある話だ。
“この世界”に真に安全な場所など存在しない―――そこで化け物が暴れてからそれを提督達が殲滅するまでの時間が長いか短いか程度の違いに過ぎない。
親が提督という限られた特権階級であった姫乃の家は、これ以上ないくらいに安全な部類に入る地域にあったが、敢えて言うなら運が悪かったのだろう。
完璧な人間に見えていた姉に唯一あった致命的な欠点、“生き続ける為の運が足りていなかった”。
故に、その日散歩に出かけていた姉はそのまま二度と帰らぬ人になった。
姫乃の怖れていた“死”、それも最も身近な姉に降りかかってしまった喪失に、当時彼女が何を感じたのか。
その後姉の代わりと言わんばかりに姫乃に対象を移したエリートたらんとする為の父の洗脳まがいの教育に染まる内に、もう思い出せなくなっている。
あんなに大好きだったことも、思い出せなくなっている。
存在しないものを、思い出せる訳がないのだが。
だってそうだろう――――死んでしまってもういない人間に、何の存在価値があるというのだ。
そんなものに割く思考も記憶も感情も、価値が釣り合わない、もったいない。
結局あの女は己の姉に相応しくない劣等だったのだという見下した思考で塗り固めたその下に蠢く、その冷酷さが能登姫乃の歪みだった。
「……………」
「おい、どうにかしろよこの空気……」
「どうにかって、どうするんだ?」
「よし、突っ込んでけ航輔。お前の役目だろこういうの」
「春也さん、そんなひどいこと言わないで欲しいのです………」
「ふーん。で、本音は?」
「突っ込んで自爆して結局何の成果もなくすごすご引き下がるのが目に見えて――――はぅっ!!?」
「―――たまには泣くぞ、おい」
「放っておいちゃダメっぽい?自業自得っぽい」
「正論だが。正論なんだが、それだとダメな時ってあるんだよなー」
春也に夕立、航輔に電、そして姫乃と配下三人。
八人も入って手狭には感じない程度には広い部屋の空気を重くしている姫乃から微妙に距離をとって、春也達は彼女をどうするのか話し合っていた。
昨日の刺々しさがまるで嘘のように静まり返っている姫乃は、視点の定まらない不気味な挙動で周囲に不気味な陰鬱さを漂わせている。
居心地が悪い空間で間を持たせがてら根本の原因をどうにかできないものかと話し合う春也達だが、そういうやり取りが聞こえていない筈はないのに反応する素振りも見せないあたり本当に重傷なのだろう。
そんな四人に加わるように、不知火が静かに歩み寄って頭を下げた。
「私たちからもお願いします。姫は、昨日の騒ぎの後、お父上に叱責―――いえ、縁切りを匂わせる罵声を浴びて以来、ずっとあの調子なのです」
「ふーん」
『お前など私の娘ではないわ!』とか言って失態を犯した血縁を見捨てる……なんて、あまりにテンプレートな展開があったらしいが、そのことにむしろ感心すらしてしまった春也は、真剣な表情で頭を下げる不知火に気の無い返事を返す。
お決まりのパターンとしては、今までヨイショしてくれていた周囲も掌を返し、味方が一人もいなくなって失意のどんぞこ、みたいな感じに続くのだろうか。
正直こちらを陥れようとした―――とまではいかなくても悪意を持って最初に突っかかってきたのは姫乃の方なので、同情する気は起きないが。
なんとかしないと、というのはそんな彼女と一緒の空間にいて居心地が悪いのと“今後”に不都合が出そうだったというだけの理由で、会話から分かるように真剣な検討なんて殆どしていなかった。
「勝手に可哀相ぶられても、先に売ってきたのはそっちだろ。
死体蹴りの趣味は無いから別にこれ以上追い打ち掛けるつもりはないけど、なあ?」
「っ、…………」
死体、という言葉のところで一瞬ぴくりと反応した姫乃だが、それを何か行動に出すまでは行かずに無気力に伏せる作業に戻る。
若い娘子がそんな仕草をしていれば人によっては庇護欲を買えるのかもしれないが、経緯を考えれば夕立の言った通り確かに自業自得であった。
だから、そういう理屈を通り越したところで意見を述べた航輔はらしいというべきか何なのか。
「むしろ、なんであんたらが俺たちに頼みごとするんだ?
落ち込んでたら自分らで励ませばいいんだし、その為のあの子の艦娘(相棒)なんだろ?」
「「「…………」」」
「……なんだよお前らその顔」
「航輔がまともなことを言ってるっぽい………っ?」
「司令官、正気に戻るのです!!いつものダメダメ司令官はどうしたのですか!?」
「建前ぶん投げ過ぎだ、電ェ………」
「うわぁっっ、酷い、酷過ぎるぞお前らッ!!」
「あ、泣いた」
「ああっ、よしよし、それでこそ電の司令官なのです。泣き虫で情けなくても、電はそんな可愛い司令官の味方なのです―――」
「…………マッチポンプより酷いナニカを見た」
航輔を泣かせた毒舌の根も乾かぬ内にその背中をさすりながら慰めを発する鬼畜艦から目を逸らし、春也は不知火に向き直る。
複雑な表情で夕立と電に視線を交互に写す彼女に、頭痛を堪えながらも話の軌道修正を行った。
「まあ、あれは参考にしてはいけない例としても、原因の俺らに頼ることじゃないだろ?」
「…………私たちは、道具です。少なくとも姫にとっては。
道具に人の感情は説けはしない、良くて気の利く家畜程度の存在にしかなれません」
だから励ますことも自分達には出来ないのだと、感情を押し殺した声で不知火は続ける。
甘えんな――――と叱ってやる義理もまた春也にはなく、どうしたものかと天井を見上げながら溜息をついた。
「だから負けたんだよ、君たちは」
水月雪兎―――胡散臭い長身の男が陽気に声を張り上げながら部屋の扉を勢いよく開き、蝶番の悲鳴をバックに乱入してきたのはそんな時だった。
「愛、友情、絆………素晴らしきかな、互いを思う気持ちがこの世界では真に理不尽に立ち向かう力となるのさ。
もう少し人を信じてみたらどうなんだろうね?」
「とりあえず信じられた端からそいつの背中を突き飛ばしそうな奴に言われたくはないと思う」
「あれ、なんで知ってるのかな春也くん?確か六年は前の話だったと思うけど」
「…………」
実際に誰かの背中を突き飛ばした、なんてことはなく、適当な冗談なのだとは思うが断言はできない。
そんな風ないちいち言い方が白々しいのに一面を捉えているアドバイスといい、つくづく性格の悪さを隠そうともしない男だった。
一見爽やかに見えなくもない表情をしているだけにちぐはぐさが際立っている。
それはさておき、と雪兎は部屋を一度見回して揃っている面々を確認し、大袈裟に満足げな頷きを返し言った。
「君たち新人の同期三人には、暫くの間組んで任務に当たってもらう。
軽易な作戦で練度を確保しつつ経験を積んでもらおうって訳だね」
「…………はあ」
「っぽい?」
溜息に反応しどうしたの?と見上げてくる夕立に首を横に振り返しつつも、予想が当たっていたことに気分が暗くなる春也。
明らかに春也達と仲良くやっていけそうもない姫乃を一緒の場に置き続けて、実際にいざこざがあっても距離を置かせようとしないのは、雪兎の性格の悪さもあるだろうが一番の理由は“必要性”があるからだろう。
例えば、新人はそういう風な規則になっているとか。
敵を倒せば倒すほどレベルが上がる、なんて仕組みのある提督達の中で、極端にそのレベルに差がある人員同士を組ませても何の意味も無い。
コンテニューや蘇生魔法は無いのだから、組織としては実力に見合わない戦場で一撃死、なんて間抜けなリスクをわざわざ貴重な人材を使い潰す覚悟で犯したがる訳もないだろう。
だから、同じような練度の提督でチームを固めて、安定した狩り場で新人を育てていく。
(―――――そう考えると、妙にゲームちっくなんだよな、この世界)
春也が大雑把に予想していたのとあまり違わない説明をする雪兎の話を半ば聞き流しながら、一定の時間を過ごして来たことで得たこれまでの情報を整理することで感じた違和感で妙な気分になる。
“ここは艦隊これくしょんの世界”、そう一言で片づけられれば楽なのだが、世界一つをそう簡単に表現出来るのなら誰も苦労はしない。
確かに『艦隊これくしょん』は公式に確定された設定というものが多くない作品だが、その範疇を明らかに超えているが故の違和感だった。
確かに艦娘がいる、深海棲艦がいる、自分は艦娘を従える提督になった―――その一方で。
陸上で活動する深海棲艦がいるのはどういうことだ、人が死に過ぎて艦これらしいと言える世界観では絶対にない―――何より、艦娘が提督の祈りを汲み上げて異能を発現するなどという、原作にはありえない明らかなジャンル違い。
解釈や考察が下手な三流作家が、コンピューターゲームをプロット無しで伝奇小説に無理やりぶちこんだようなちぐはぐな違和感。
そもそも異世界という慮外の代物で、考えても仕方ないといえばそうなのだが、中途半端に艦これのようでそうでないこの世界の仕組みが妙に気になってしまう春也。
「――――という訳で出撃だ。四半刻後に港に集合、忘れ物には気をつけてね?」
「………了解」
「了解なのです」
「はい」
もやもやする思考の袋小路を切り返し、ひとまずその違和感には蓋をする。
これからするのはゴミ掃除―――命を懸ける危険な仕事なのだから、集中しなければいけない。
「…………」
「さあ、姫、歩きましょう」
「………」
「こっちだ、足元気をつけろよ?」
「本当に、どうするんだよこれ……」
命令受諾の応答さえ艦娘任せにして、扶桑と天龍に要介護者みたく連れ引かれている、集中とは正反対の精神状態にある姫乃と同行ということに不安が膨れ上がるのは、どうにもならなかったが。
☆設定紹介☆
※練度
いわゆる経験値。
己の内にどれだけ魂を溜めこんでいるかによって、現出する異界法則の強さを高めることが出来る(=現実への干渉力、つまり異能の支配力や素の能力値が上がる)為、提督の強さを測る要素の一つになる。
深海棲艦から得られる魂は当然だが実力に比例し、強い敵だったのに経験値がしょっぱい、ということやその逆はまずありえない。
練度を上げるには出来たての死骸から抜けていく魂を無意識に吸い込むようなイメージで、特段カニバったりする必要は無いお手軽仕様。
なお、お手軽過ぎて提督か艦娘であれば戦闘に参加していなくても深海棲艦が撃破される場所に居合わせるだけでおこぼれに与れるどころか、有限の戦果の魂を折半することになるため、電と航輔は人型撃破の際にかなりがめついことをやっていたことになる。
この世界の艦娘は水銀製ではないので、提督が「おなかすいたよぅ…」とかいって食いたがりの衝動に襲われるなんてことはない。
つまり春也の深海棲艦への殺意は完全に素。
………なお、溜めこむ魂が深海棲艦のものでなければならないとは限らない模様。