終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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 一話一ぽいぽいお休み。
 登場人物増えるとやっぱりなあ。



歪曲

 鎮守府において階級というものは、実力差はともかく権限としては絶対ではない。

 

 強ければ強い程に地位に伴う責任というものを必ず果たす望みが薄くなっていく人格破綻者の集まりが提督であり、そんな人間達に地位に応じた責任ある仕事を機械的に振っていけば破綻するのは目に見えている。

 その為、軍事的視点での意見や作戦立案など、実際に深海棲艦と戦っている者にしか任せられないような仕事をちゃんとやってくれる人間ならば、尉官であっても佐官よりしっかりした執務室などを与えられ、時には佐官への作戦行動の代理命令権を持っている者も多かった。

 むしろ尉官の方が人格的にはまともな者の比率が多い為、尉官だからこそと言った方が正しいのかもしれない。

 

 尉官は異能が形成出来ず、戦力としては劣る――――ある意味で権力を握れば握るほど自分が弱いと宣伝しているようなものであるのは、深海棲艦の脅威に曝され直接的な暴力の保持が求められるこの世界では皮肉というしかない。

 特に、実際にそのようなタイプの尉官達自身、それも長い間戦死せずに“尉官のまま”提督を続けているような人間達自身が最もそれを自覚している。

 

 その典型的な例として、能登瀧久(のと・たきひさ)という大尉がいる。

 名字から分かるように姫乃の父であり――――初出撃から戻ったばかりの娘を、己の執務室にて憎しみの目で迎えている男だった。

 

「二度と顔を見せるなと、言った筈だが?」

 

「ええ、ええ、言われてしまいましたとも。ですがせめて最後に『今までお世話になりました』と、お別れの挨拶をする義理くらいは必要でしょう?」

 

 目が血走らんばかりに睨みつける白髪交じりの男を嘲るように、美貌の娘は微笑み混じりに頭を下げる。

 

「仮にもお父様の娘ですもの、以前までは」

 

「ぬけぬけと………!!」

 

 もはや瀧久は姫乃を娘などと思っていなかった。

 “人から敬われる立場にいたい”―――人並み以上に高い功名心を祈りとして提督になり、そしてどんなに職務に熱心に当たり権勢を高めようとも……数々の人格破綻者達よりも“実力が劣る”と見なされ続けたコンプレックスの塊が能登瀧久という提督だ。

 そんな中で己の娘までもが“佐官の化け物(春也)に劣る”ことを大々的に鎮守府中に喧伝した時には既に発狂一歩手前であった。

 それまで本人が適合できたとはいえ無理を押して三隻もの艦娘を手配する程度には期待を掛けていた娘にあっさりと縁切りを突きつけ、失意に落ちる姿を見ても溜飲が収まらなかったというのに、早くもけろりとしてお別れの挨拶をしに来たと言うのだから瀧久の神経はヤスリで逆撫でされているようなものである。

 

 その激昂に任せてあらん限りの罵声を叩きつけようとして―――そんな彼を、唐突に猛烈な動悸と吐き気が襲った。

 肉体が内側から爆ぜるかのような激痛を伴って。

 

「ぐ……、がぁっっ!!?き、きざま゛…!?」

 

「あらあら“元”お父様。お歳なのですからあまり興奮しては体に毒ですわよ?」

 

「―――お嬢様、戯れもそこまでに。おいたはいけませんよ?」

 

「そうは言っても、私は何もしてないわよ、龍田?」

 

 瀧久の傍に控えていた彼の隷下の艦娘である龍田が、内臓全てが抉り出される寸前で碌に喋れない提督の代わりに姫乃に制止を掛ける。

 それに対しとぼけているかのように困った笑みを見せる姫乃だが、事実彼女は何もしていないと、龍田の姉妹艦であり背格好も似た天龍が補足する。

 

「“活動”し始めてる異能が暴走してるだけだ。相手が殺気だってるんで反射的に出ちまったな。悪い」

 

「い、の゛……ぅ…だと、……ぅげぇぁ!?」

 

「あら、天龍がやっているの?」

 

「暴走だって言ったろ?制御なんて利いてないさ」

 

「ぐ、ぁぁぁぁォォォッッ!!?」

 

「はいはい。だったら出てってちょうだいね、天龍ちゃん、お嬢様も。距離が離れれば収まるでしょうし」

 

「分かったわ。龍田、あなたにも世話になったわね。

 こんな形のお別れになるのが残念だけど」

 

 瀧久が悶絶している中で呑気なやり取りを交わす姫乃と、三隻の内で唯一最低限彼女の傍について来ていた天龍に、ますます殺意を覚え、それに反応して姫乃に芽生えかけの異能が防衛反応的に暴走してしまうという悪循環。

 この場をお開きにすることでそれを無くそう、という龍田の提案に従う姫乃だったが、出口まで歩き、扉を開け、優雅に一礼して行く時間はわざとらしいくらいにゆっくりだった。

 

「それでは、ごきげんよう。ご健勝であらせますことを」

 

「………っっっででいけぇ!!!」

 

 発声にすら苦しみながらも憎しみを込めて投げつけた叫びは、閉じた扉に跳ね返る。

 だがその寸前、姫乃の瀧久に向けたわけでもない小さな呟きが、その耳にするりと入ってやけに鮮明に聴こえた。

 

 

『異能の兆候、か。嬉しいのだけど、尉官のお父様にあの程度の利き目では春也や水月小将、深海棲艦相手には現時点だと全く役に立ちそうにないわね』

 

 

「…………ッ」

 

 更なる怒りに襲われる瀧久。

 姫乃が実際に立ち去っているのか次第に苦痛は収まるが、煮えたぎるような憎しみは減ずるどころか積もる一方だった。

 

「虚仮にしたな……!!」

 

 己の顔に泥を塗った娘が、異能に目覚めかけているという。

 長年の提督業の中で己に幾度も屈辱を味あわせた化け物達に、遠くない未来に仲間入りするというのだ。

 姫乃と春也との演習の件が無ければ娘の強化を己の地位の為に利用する算段も付けられたが、今となってはプライドが許さずただ疎ましいだけ。

 

………もっとも、春也との出会いが無ければ姫乃も凡百の尉官で終わっていたかもしれないので、何とも言い難い話である。

 

 ともかくその皺が寄り始めた手を震えさせながら、瀧久は鍵の付いた机の引き出しから一枚の書状を取り出す。

 封の解かれた白い便せんには、“水月雪兎”の署名があった。

 

「…………木浪(きら)総帥の暗殺、か。化け物の思惑に乗るのは業腹だが、あやつはまだ話が通じる狂人だ」

 

「提督、お言葉ですが―――」

 

「もはや私は手段は選ばぬ!!間違っているのだ、こんな“世界”は!!」

 

 龍田の提言を訊きもせずに跳ね退ける瀧久。

 その眼には、濁った妄執だけが浮かんでいる。

 

 どれだけ話が通じようが、狂人は狂人だ。

 そんなことにすら頭が回らない程に頑迷となっている主を見て、龍田は細い眉をハの字にして溜息を吐く。

 

「ままならないものよね、色々と」

 

 暗澹とした未来を憂う声は、誰に届くでもなくただ彼女自身の気鬱を加速させただけだった。

 

 

 

 

 

 そんな鎮守府からさほど離れていない、しかし唯人の足では半日を掛けて進む道中の山道。

 もはや夕日も落ちかけた黄昏の中、おぼつかない足で男は腐った葉を踏みながら歩いていた。

 

 死んだ子の墓と我が家をただ往復するのみの生きた屍だった男―――そうであった筈なのに、男はともすれば息子が死んだと聞かされた時以上の失意に打ちのめされていた。

 

 あの墓には主はいない、だが海へ出ることを喜び誇りとしていた息子を弔うには、海がよく見えるあの場所しかありえない。

 遺骨などなくとも、それがどれだけ危険であっても、どの道自分の命などどうでもいい心境となっていた男はせめてもの慰めとしてあの墓を作った。

 

 

 それが、いともたやすく打ち壊された。

 

 

 男は憤らなければならなかった、春也の暴挙に敵わずとも抗わなければならなかった。

 惜しくない命ならば、提督という超人に対して歯向かうことも躊躇いなく出来た筈だった。

 

「…………っ、ぅっ!」

 

 だが、寒気が止まらない。

 もう墓の方向へ足を向けることすら全身の震えが邪魔をして、がたがたと行き場を無くす手で頭を抱えてその場に立ち止まる。

 

「ああ、ああ、…………ああああああああああああぁぁぁっっっっ!!!?」

 

 理屈のつかない、春也に感じた恐怖を吐き出すように男は叫ぶ。

 吐き出す傍からそれ以上の勢いで湧き出でる、あの錨を突き立てる男に感じた恐怖を自覚する。

 

 それは連動して麻痺していたあらゆる正常な恐怖をも呼び覚ます。

 痛いのが怖い苦しいのが怖い死ぬのが怖い怖いのが怖い嫌だ嫌だ避けたい避けたい――――例え大事なものを捨ててでも。

 

 そして正常な恐怖を取り戻しても、皮肉にも正常な判断を取り戻したわけではなかった。

 

『KYY??』

 

「ひぎっ!?」

 

 人殺しの化け物が闊歩する地にて、あのような大音声など愚の骨頂。

 常人の身ではここにいるから殺してくれと言っているようなものだった。

 

 案の定熊よりも巨大で醜悪な黒い異形が、男に狙いを定めて木々の隙間から顔を出す。

 

 ただでさえ震えた体にトドメの形ある脅威を浴びせられ、男は立っていることも出来ずに尻もちを突いた。

 死にたくない死にたくないとありきたりな衝動と願望が今さら湧き上がり、しかし逃げることも叶わない。

 

 そんな滑稽な、しかしこの世界ではよくある最期で男はその生を終える――――筈だった。

 

 

「………殺しちゃ、ダメですよ?」

 

 

 吹き飛ぶ深海棲艦、そして“その後に”鳴り響く火薬の炸裂する音。

 その音源を辿れば、暗い瞳を前髪から覗かせる少女がその側面に鋼の砲を構えて立っていた。

 

 夕闇の中にぼやけそうなくらいに儚げな雰囲気を漂わせながら、その場に充満している冷たい圧迫感故に注目せざるを得ない。

 

 その圧迫感をどう形容すればいいか、最初男には分からなかった。

 なにせ怒りも憎しみもない――――なのに“殺意に満ちている”状態なんて、まっとうな精神の持ち主に理解出来るはずもない。

 

 だが彼女にはそれが不思議でもなんでもない、当然の己の在り方だ。

 

 

「人殺しはダメなんです。そんなことするゴミは、悪さをする前に処分しないと」

 

 

 深海棲艦がまた吹き飛ぶ。

 砲身から硝煙が立ち上る。

 弾を発射した轟音が響く。

 ダメなんです、と言った。

 

 

「え……?」

 

 何が起こったのは分かった、だがその瞬間男は何がなんだか分からなかった。

 曲がる世界、捻じれる因果。

 それは吐き気を催す酔いにも似て、男の精神を即座に混沌へと叩き落とす。

 

 そして、もう一度。

 

『KKKYyyyAAAA!!???』

 

 その艦娘を脅威と見て、備え付けた砲を構える深海棲艦。

 迎え撃つ―――その潰れた砲塔で。

 殺意の弾丸を放つこともできずに砲塔は炎を上げながらへし曲がり、そして着弾に悲鳴を上げる音が鳴る。

 

 そしてその後に、やはり少女の方から火薬の炸裂する音と硝煙。

 

「あ、ああ……?」

 

 男は自分の常識が目の前の異様に侵食されていることに気付くことすら出来なかった。

 

(戦いとは、敵に攻撃が当たって、いや、その前に敵が吹き飛んで、そして攻撃する音が鳴って、その後攻撃しようと思う前に攻撃攻撃攻撃こうげき………あれ?でも、攻撃が攻撃で攻撃になって)

 

 ゴミが人を殺す前に殺す。だから攻撃する前に殺し、防御する前に殺し、躱す前に殺し、故に死んだ後に殺さなければ。

 そんな彼女の弾丸は、その総てが因果を遡る魔弾。

 

 

「はい、ゴミ掃除おしまいです」

 

 

 少女の餞の言葉は、既に“一瞬後に撃ちのめされて”“今既に死んでいる敵艦を”“殺す事が確定している”“弾丸を発射する前に”放った言葉であった。

 

 そんな少女はいくらかすっきりした様子で殺意を収めると、男に向き直ってはにかんだ笑顔を見せた。

 

「あの、ごめんなさい。羽黒の司令官、知りませんか?」

 

「ぇぁ………?」

 

「あなたは違うと思うんですけど」

 

 錯乱一歩手前で、とても返事ができる状態ではない男は意味を為さない呻きしかしなかったが、少女はそれを気にした様子もない。

 その純粋なまでに無造作な仕草で―――いつのまにかその手に、艦娘には無用の携行銃の先端に取り付けるような銃剣をその滑らかな白い指に挟んでいる。

 

「でもなんだか不思議な感じがするんです」

 

 

 だからちょっと確かめさせてください――――。

 

 

 すっ、と豆腐を切るような簡単さで、男の顔に真一文字の赤い線が引かれる。

 無造作ながら鮮やかな斬線により男の意識は断ち切られ、そんな崩れた男に構わず少女は刃に付着した赤い血を検めるとその気弱そうな表情を泣きそうに歪めた。

 

「やっぱり違った………ぅぇぇ、羽黒の司令官さん、早く逢いたいのに……」

 

 そのままふらふらと男も深海棲艦の死骸も見向きもしないで、羽黒はその場を歩き去る。

 向かう方角は奇しくもその日春也達が戦っていた鎮守府近海域だったが………既に求める人物がそこにはいないことを、彼女が知る由も無かった。

 

 

 

 

 





☆設定紹介☆

※羽黒の異能

 どっかの誰かの「命を脅かすモノの勝手を認めない」という祈りが極端に攻撃的な形で表れた異能。
 人を殺す奴が人を殺す前に先に殺せばそいつが人を殺すことはないよね、という正しいのか外れているのか微妙な理屈である。
 その攻撃は敵のあらゆる行動に割り込んで絶対的な先制となり、相手に何もできないままこの世から消えてもらうべく威力を発揮する。

 例えば「あらゆる攻撃を反射する」特殊能力を敵が持っていたとしても、それにすら概念的に割り込みを掛けて先制を行うため、羽黒の攻撃を無効化することは事実上不可能である。

………よく分からない?うん、作者もいまいち分かってない。

 要は心臓を刺さない超省エネゲイボルク。ただし防御すらできずに艦娘の砲撃なんぞ喰らったら普通心臓ごと木端微塵である。

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