沢山キャラがいる場面だと、誰に喋らせるか色々難しいですよね。
その場に居るのに無言とかだとあれ?ってなるし。
読んでる人に違和感無ければいいけど……。
不穏
伊吹春也は“提督”である。
艦娘と魂を繋げ、超人的な能力を発揮しながら共に戦い、そして発現した異能で格上の化け物すら屠る存在。
異能はさておいても、この世界において提督というのは軍団の統括的な意味合いを持つ言葉ではなく、艦娘を戦力にできる人間か否かを識別する呼称に過ぎない。
兵卒だろうが指揮官だろうが等しく“提督”であり、そして一つの現実があった。
その職務意識が高いかどうかはともかく、極論提督という名のただの雇われ軍人は上の命令に従わねばならず、そして命令される仕事というものは得てしてその達成感を保証しない。
「最近なんか同じことばっかりやってる気がするんだよなあ」
「お前は何を言っているんだ」
初出撃の時の様な群れと連戦するようなことも無く、代わりに少しずつ鎮守府から離れた海域で少しずつ強くなっていく深海棲艦を狩っていく日々。
いつも通り航輔と姫乃と共に川内を監督役として出撃した春也は、不知火の砲弾で沈んで深海へと叩き還される最後の一隻を確認しながら、後ろで聴こえたぼやきに呆れた声を返した。
「いや、これでもこう、一度鎮守府に入る前に春也が怪我したの、俺のせいだってのは気にしてて………なんだっけ、汚名挽回?しようと思ってたんだけど」
「汚名を挽回してどうしますの」
「“汚名を被った状態”から挽回する、という意味なら日本語として間違ってはいないらしいけど。どのみち変な言葉だが」
「うるせー!とにかく気合というか戦ってやるぜー、って思ってたんだよ!」
「………あら」
視界内の敵艦を全て掃討していることを確認して、やや曇りがちな空の下、波の上を滑りながら雑談を交わす提督達。
姫乃も刺々しい敵意や居た堪れない失意を振りまく事はなくなったので、それなりに共に戦場で時間を過ごしたなりの関係が三人の間に出来ている。
航輔の発言にぱちくりと姫乃が目を開いて意外そうにしている辺り、彼女の航輔に対する評価はお察しだったが。
そんな雑談に、最低限の警戒体勢を続けている夕立を除いた艦娘達も近寄ってきて参加し始めた。
「言いたいことは分からないでもねーが。過剰気味な戦力で順当に勝ち進んできたから」
「常に敵より多くの戦力が整った状態で当たる。理想的ではあるのよね」
「しかしそれ故に惰性が生まれる。惰性は慢心を生み、慢心は敗北を生み、その結果は死です。
気を引き締め直すべきでしょう、紀伊航輔」
「何故俺を名指しした!?」
海上を往く為にタービンや排熱板などの海戦用の艤装を纏った艦娘達―――特に扶桑の自身の肉体よりも巨大な装備に迂闊に接触しないように皆気をつけながら、天龍や不知火が厳しさを含めた声音で航輔に向かって言う。
扶桑もまた憂いを込めた言い方だったが――――皆から距離を空けられていて空間に寂しい隙間が出来ていることも関係している、わけではない、多分。
「ふぁー。でも退屈なものは退屈なんだけどー。もう私の出番無いくらいになってるし」
そして惰性と慢心の権化みたいな仕草であくびをしている川内。
雪兎がいない状態で単独行動なのも、同じように退屈だから川内だけ寄越したとかそんな感じだろう。
触ったら負けだと知っている面々は平然と無視することを憶えていた。
もう川内が護らなくとも、電や扶桑達は己らの提督をカバーしながら戦う立ち回り方を学んでいっているので、何度かされた「お礼の言葉が欲しいなー?ねーねー」なんて弄られ方をされる心配も無い。
結果的には川内のウザさが成長を促したと見えなくもないが、それならそれで切り口を変えるだけの川内にそんな真意が無いことなど先刻承知だった。
「ていうか惰性も慢心も弱者の言い訳なんだけどね。春也くんや夕立見てみなよ、別に鋼鉄の神経持ってるとかでもなく自然体でいる」
「俺に振るか?……っ、夕立!!」
「探知に感!潜水級がいるっ………ぽいッ!!」
「――――そして、そんな理由じゃ絶対に負けない。私もだけどね」
潜水艦……当然ながら陸上にはいなかったが、艦娘も深海棲艦も通常海上を進むのに、状況によっては海中から一方的に相手を攻撃できる厄介な艦種の深海棲艦が近づいていた。
そう声を上げる夕立にとって、しかし潜水艦は“カモ”だ。
夕立が水面を思い切り“踏みつける”――――それだけで、その敵襲は呆気なく挫かれた。
「不知火、どう?」
「確かに、潜水級の反応が一隻ありました。そして、今消えました」
「くす。身も蓋もないよねー」
「……あれが、私の目指すべき領域、か」
夕立の蹴りは当然ながら軽く人を殺して余りある威力がある。
そしてそれを放つ彼女の足には同じだけの反作用が返ってくる………ならば、その“殺意”を倍加反射すればその衝撃が水を伝って敵に直撃する。
要は海中の敵に対して、夕立は威力二倍の格闘戦を一方的に仕掛けられるのだ。
海上、もしくは地上の敵にやった場合は、せいぜい揺れて足場が悪くなる程度の手品だが。
潜るという機能にリソースを割いているせいか、通常の艦種より耐久性の低い潜水艦。
それが結局姿どころか攻撃する暇すらないままに一撃で轟沈する儚い事実に、複雑そうな視線を反応があった辺りへと送るのは、電だった。
「あれ?どうしたのデンちゃん」
「い・な・ず・まなのです!…………はぁ」
「……?おい、実際どうしたんだよ、電?」
装備した砲もいつでも動かせる体勢でいながら、どこか憂鬱げに目を伏せる電。
航輔が気遣うように問うと、素直に彼女は答えを返した。
「なんだか変なのです。深海棲艦が討滅されるのを見る度に何故か想いが強くなって」
「何の話?」
「――――沈んだ敵も助けたいって思うのは、おかしいですか?」
「「………」」
「えっと、もっかい言ってくれ?」
しかし、それがいまいち信じられない言葉だったせいか航輔は復唱を要求する。
それは春也にとっても原作の電の言葉だと知っているが、しかし“この”電が言うのは違和感しか感じない。
当たり前だ。
深海棲艦によって世界中の人々が殺され、もはや戦争とすら呼べない生き残りへの抵抗のような状態に入っているのがこの世界の人類だ。
そしてその人間の兵器である艦娘も、そして人間も。
春也でなくとも深海棲艦という殺戮生物に“憐れみ”を抱くなど、そもそも有り得ないのに。
「そういう風になるのも当たり前なのです。
はいとしか返事が来るわけもない。
――――沈んだ敵も助けたいって思うのは、やっぱりおかしいですか?」
「電……!?」
「沈んでない敵は?」
「沈めてから考えるのです――――はぅっ!!?」
「…………なんだ、いつもの漫才かよ、驚かせやがって」
一瞬奇妙な間に緊張が駆け抜けたが、春也がつい入れてしまった茶々ですぐに霧散する。
だが、電の様子に覚えた妙な違和感は、全員の中に確かに残っていた。
当然川内もそれを感じていて……彼女はその笑みを愉悦に歪めた。
「へえ、なるほどなるほど。
何故かは知らないけど、“アレ”の影響が残っちゃってる艦娘なんだ、電ちゃんは」
その一人勝手に納得した呟きを聞き咎める者は誰もいない。
せいぜいいつもの躁的なノリなのだと思うくらいだろう。
元々不審者なのを改めて不審に思う訳もないという理屈だが、本格的に崩れ始めた天気に帰投を始めた一行について行く形の川内が、戻り次第己の主に報告する内容。
予め知っておけば、というのは今の航輔達には無理な話だった。
――――。
提督や艦娘にとって、『鎮守府』から海に出る、あるいはその逆に際して、別段港やそれに類する施設を使用する必要性というものは存在しない。
荷物をさておけば身一つ意思一つで海上を航行できる彼らからすれば、浅瀬だとか崖だとか問題にするまでもなくその辺の海岸から沖に向かえば済む話だ。
だが、鎮守府の海に接した部分には出入りの為のゲートの様な施設が置かれた一角がある。
艦娘達が持ち帰った資源の荷仕分け、あるいは出発帰還の記録管理などの目的として出入り口を指定するのは、利便性として有効な話ではあるだろう。
だがむしろ命懸けの戦いに赴き、あるいは生還する、そこに対する見送りと出迎えや本人の心の整理などの精神的な意味合いも十二分にあるのではないか。
「それも良し悪しよね」
「まったく……」
呆れたように肩をすくめる姫乃と春也の視線の先、帰り着くなり小用で席を外した航輔が、川内と別れ移動に支障が出ない程度の量を持ち帰った資源(死骸)を担当の人員に引き渡しても戻って来なかったので軽く覗いてみたところ、トイレから十数メートルといったところで誰かと話している彼の姿があった。
戸惑い気味の航輔と顔をしかめて警戒している電、そして彼とはおよそ関わりが想像できない上から下まで黒ずくめの無表情な男が相手とくれば、絡まれているのだろうというのが当然の推理の帰結だった。
「順調に実力を上げているようだな。そうだ、本来成り立てでなくとも全ての提督は練度の上昇に何よりも重きを置くべきなのだ」
「は、はあ……?」
「まして狩りによって資源の蓄えも行える。だというのに――!」
「申し訳ありません、何が言いたいのですか?」
近寄って話を窺ってみると、何やら思想を航輔に説いているようだった。
その口元は首に巻いた唯一白い剣錨巾に隠れがちで見えにくいが、そこから出る声は硬質で断定的、弁論には便利そうという印象だ。
そして近付くまで影になって見えなかったが、傍らに寄り添うように真っ直ぐな黒い長髪と気まじめそうにきりりと整えた表情が印象的な少女、艦娘『朝潮』の姿があることからしても、提督であることは間違いないだろう。
その男は苛立ったような電の問いに彼女を一瞥すると、演説に入りそうだった話をやめて航輔に逆に質問した。
「紀伊准尉。お前は周囲の人間が強い方が安心できるだろう?」
「え?確かにそりゃ、もちろ―――」
「はいそこまで。航輔、“何も言うな”」
道端で悪質な勧誘をされているようにしか見えない友人を止める為、春也がそこで強引に断ち切る。
「必要も無いのに何かを訊いてくるよく知らない人間の問いには、“肯定も否定もしちゃいけない”。
そうやって取った言質を使って、誘導された思考をさも己で考えた理屈かのように相手に錯覚させる―――詐欺師や詭弁屋の常套手段だぞ?」
「っ、ご挨拶だな」
「………!」
「ぽしゅるるる……!」
春也の言い草には流石に無表情を崩した男と、主を貶された朝潮に睨まれる。
それに対抗して威嚇を始める夕立の頭を一撫でして、春也は逆の手で航輔を手招きした。
ほっとしたように情けない顔で嬉々として戻ってくる航輔とそんな主をにこにこと見ながら付いて行く電に溜息を吐きながら、話をそのまままとめに掛かる。
「ま、このバカに話がしたいって言うなら止めはしないけど、勧誘や頼みごとで長話に付き合わせるっていうなら、相応のやり方があるだろ。
せめて菓子の一つ二つくらいは用意して、アポ……時間の予約確認くらいは最低限の節度だろうに、こんな道端で絡んだらそりゃ言われてもしょうがないさ」
「………ふん、帰るぞ、朝潮」
「はい」
睨み合いになりかけ、しかし反駁も無しに黒ずくめの男は背を向けて歩き始める。
角を曲がるまでそれを見送った後、疲れたように春也は呻いた。
「おい、なんなんだ、アレ」
「さあ……名前も聞いたけど、いきなり過ぎていまいち憶えてないし」
「派閥争いよ」
二人の困惑と疑問に答えるのは、意外にも姫乃だった。
「彼個人のことなんて知らないけれど。
分かりやすく言えばね、『鎮守府』と『帝都』の中で二つの意見を持つ集団が対立しているの………それで新人を引っ張りこんで自分達の味方を増やそうとしたんじゃなくて?」
“提督は全て深海棲艦を狩って強くなり、資源を集めて艦娘を増やし、戦力を増強させていくべき。故に海上にてより深海棲艦への攻勢を深めるべき”。
“人民を護るのが提督の本義であり、また人口増加による提督の絶対数確保が艦娘の余りがちな現況には必要である。故に、陸地における人間の生息圏の防衛と拡大を本義とすべし”
おおまかにまとめてくれた姫乃によると―――便宜上前者を“海”、後者を“陸”と呼ぶとして―――そういうことで先程の男は“海”の立場であるらしかった。
「え?いや、まだ分からねえ。どっちも正しいんじゃないの?」
「「「………」」」
「お前は本当に変な所で核心を突いてるよな。けど―――」
「そういう意見は、日和見と言われるわ。確かに限りある戦力をどこに充てるかで揉めるのは当然なのだけど」
誤解されがちだが、政治の場においてはどんな高邁な思想や崇高な理念であろうが、それを主張する人間はそれが正しいから主張しているのではなく、それが己の政治基盤(民主政治なら本来は国民)にとって利益になると思っているから言っているのである。
その為、主張の内容など極論“何でもいいしどうでもいい”、どっちが真理かなんて問題にもならないが、どっちも正しいなんて結論だけは存在しないのだ。
利益が衝突する相手が白と言えば、別にそう思っていなくとも黒が正しいのだと言い、隙あらばそれで押し切ろうとする。
傍から見ると実にくだらないが派閥とはそういうものである。
下っ端の人間を熱意で動かす為に、尤もらしくその正当性は糊塗されるが。
そして、派閥の無い組織など存在しない。
三人集まれば派閥が出来る、というのは何百年も前から言われ続けている人の習性だった。
「いがみ合っているからいがみ合う為の理由付けをして、その理由はいがみ合えればなんでもいい………別段この追い詰められた世界にはそんなものが存在しない、なんて馬鹿なことを考えたりはしてなかったけど」
「面倒っぽい……」
ネタではなく「海軍としては陸軍の意見に反対である」という状況になっていることに対する溜息はどうしても止まらない。
そんな春也に、ずっと情けない顔のままの航輔が申し訳なさそうに声を掛けた。
「悪い春也」
「どうした?」
「漏れそう………そういえば便所行く途中だった」
「さっさと行け!!」
すぐそこに見えているトイレを指差して叫ぶ。
つくづく真面目な話の続かない航輔に頭を悩ませる春也を、姫乃と後ろの艦娘三人が同情の目で見ているのがなんだか皮肉だった。
☆設定紹介☆
※提督や艦娘に働く物理法則について
以前想像上の異なる異界法則を展開していると言っても、想像上だからこそ異能を抜かした物理法則の基本的な内容自体は変わらない、と本文中で述べたが、語弊がある。
ちゃんと自分を含めた周囲全ての動きに逐一物理演算をしている変態とか、そもそも全ての物理法則をいちいち把握している存在など居る訳がない以上、異界法則の中で働いている自身の動きの根拠は“感覚での物理法則”に拠っていく。
その為「自分は身体能力が高いからできそうだ」と思った動きの場合、それが壁走りでも十傑衆走りでも空中二段ジャンプでも、本来現実にはありえない動きでも行えてしまうのだ。
そして、本人にありえないことをしたという自覚は無いし、誰かがやると同類は皆真似し始めて実際真似できてしまうので、ある意味超常ではあるのだが、この現象については異能と呼ぶべきではないのだろう。
つまりは気合次第で作用反作用の法則とかエネルギー保存の法則とかいくらでも気付かない内に狂っているのだ。
演習で夕立が自分より明らかに重い扶桑(あ、姉様ごめんなさい)を錨で引っ張ったケースがその一例だし、あるいは深海棲艦や艦娘、提督が海上を滑っているのもこれによるものなのかもしれない。
ま、よーするに車で轢ねられただけで重量差でぽんぽん吹き飛んじゃう獣殿とか見たくないよね、ってこと。