終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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 年度切り換えで仕事ばたばた………。
 とりあえず落ち着いたんで更新速度ましにしたい。




飛翔

 

 

 街道を逸れ、荒れた山道を行く八人。

 

 こんな表現をするとどうも時代劇っぽい、と馬鹿みたいな感慨を抱きながら、春也は落ち葉や枯れ木で悪過ぎる足場をひたすら踏みしめていった。

 

 人の手の入らない緑の中に、そのせいで伸び放題だったり朽ちた枝葉が這っている。

 そこをがさがさと揺らすのはそよぐ風と、羽虫と、時々獣。

 

 簡単に気配を感じられるのは、春也の感覚が鋭敏な為だけではなく、ウサギやネズミなどの小動物にとっても人間が警戒に値する相手ではないから、ということだろうか。

 それが深海棲艦によって食物連鎖の頂点の座から零れ落ちた人間の被害妄想なのかどうかは微妙なのだが、どのみち自然とは無縁の都会っ子だった春也には未だに新鮮な感覚だった。

 

「………ん?」

 

 そんな中で、ふと春也達の目の前の獣道にふらふらと野猿が飛び出たかと思うと、ぱたりと倒れ込んだ。

 いくら警戒心が無いとしても、毛もふわふわのまだ幼そうな小動物の挙動にしては不審過ぎて足を止める。

 

 そこで声を上げたのは、やはり山歩きに適さない緋袴を苦にする気配もなく前方を歩いていた扶桑。

 

「………?天龍、何やってるの?」

 

「メシ確保、兼、実験。

 が、ダメだな。いまいち上手くいかないし、食いでも無さそうだ」

 

 鋭く細めていた眼を一度閉じてから元に戻し、首を振る天龍。

 すると怯えた様子で子猿はよたよたと立ち上がり、ふらけた足で必死に脇道に逃げていく。

 

「………動物さんをいじめるのは、よくないのです」

 

「へっ」

 

「え、何、なんの話?」

 

「分からないなら、黙っていてください」

 

 ぼそりと呟く電に、小馬鹿にしたように肩をすくめる天龍。

 話の展開が分からずに目を白黒させる航輔に、それをぴしゃりと抑えつける不知火。

 

 そんなやりとりに無反応なまま、春也は別の感覚に気を取られていた。

 

「提督さん、どうしたの?」

 

「………いや、なんかこの感じ、久しぶりだと思って」

 

 何がよ、と姫乃が冷たい視線を送ってくるが、“感じ”たという曖昧な表現でもそれを共有する夕立には十分に伝わるので問題なかった。

 

「そういえば、このまま行くと夕立と提督さんが出会った方角っぽい!」

 

「ああ、どおりで見覚えがあると思った」

 

 木々の並びや地形をいちいち覚えているほど記憶力がいい訳ではないし、あれから時間の経過で植物の様子もある程度変わっている。

 しかし言われてみればこの世界に来たばかりで夕立と二人旅した時の道のりとどこか被っているように思えた。

 

 振り返ればかなりの距離を歩いて来ている訳で、荷物を引いていたとはいえ踏破に何日も掛かったあの時と比べ、まだ一日と少ししか歩いていない。

 これまでの戦いで着実に練度が上がり、足も速くなったことが実感できる。

 

「懐かしんでいるところ申し訳ないけれど、そろそろ目的の地点です」

 

「………!いや、ちょっと待て」

 

「―――ッ」

 

 春也が“それ”に真っ先に気付いたのは、おそらく見覚えのある景色だからこそ、不自然な異変がすぐに分かったからだろう。

 それを受けた夕立が弾かれるように、詳しく様子を見る為に駆けだす。

 

「いきなり、何っ?」

 

 小柄な体格を生かして半分以上木の幹を蹴りながらほぼ垂直に跳ねる彼女のすばしっこさに、慌てて追いかける一行の視線の先で――――夕立は一足早く、既に息絶えた黒い巨体の傍にしゃがみ込み、刻まれた砲撃の痕や倒れ込んだ時の体勢などを調べていた。

 

「夕立さん、どうし………、っ!」

 

「速いって……深海棲艦の死骸!?」

 

「――夕立、どうだ?」

 

「まだ撃ち込まれた砲弾が熱い……死んでからそんなに経ってないっぽい」

 

「「―――ッ!!」」

 

 普通の人間なら火傷は免れない温度を確かめる夕立が言い終わらない内に、不知火達は近くで戦闘があったばかりなのだと把握し、艤装を展開して構えた。

 

「「「…………」」」

 

 姫乃や航輔を護るように四人で四方を固め、腕や腰に構えた砲塔をいつでも撃てるように神経を集中させる艦娘達。

 緊迫感の中で嫌な風が吹き抜け、木の葉をざわめかせる。

 

 そして――――。

 

「……………何もない?」

 

 既に複数の提督が何らかの理由でその行方を晦ましている場所。

 否応にも跳ね上がる警戒心と裏腹に、何かがいる気配も何かが現れる様子も察知することはできなかった。

 

 ゆっくりと武器を下ろす彼女達とは別に、木々で見えにくいがぽつりぽつりと動かない黒い影が散在しているのを確認していた春也。

 

「他にも深海棲艦の死体がいくらか転がってる。調べながらもう少しこの辺りを探ってみようぜ」

 

「一体何が起きて……?」

 

「さあな」

 

 

 

 

 

 ヘンゼルとグレーテルよろしく殺されている深海棲艦の死骸を辿っていけば原因に行き着く、と簡単にいければ良かったのだが、残念ながらそんなことはなく。

 辺りに他に手掛かりがないかを探して歩き回ることになった。

 

 どんな脅威があるか分からず、迂闊に戦力を分散することも出来ないので一団のまま視界の利かない森の中で、ここまでの旅程よりも気疲れする時間が流れる。

 それに対し不平を述べる風ではないが、航輔が疲れの混じった声を上げた。

 

「なあ、深海棲艦って同士討ちもするのかな?」

 

「………聞いたことは無いわね」

 

「奴らは基本的に人間しか襲わないとされています。

 無論、その他の種に対して慈愛を持つ訳でもないようですが」

 

 提督の原因不明の失踪、とは言うがこの場の誰もがその原因が深海棲艦であるという見解で一致していた。

 だが、その場所で深海棲艦が何体も倒されている、というのがどうにも腑に落ちない。

 

 聞く限りの知識でも、あるいは実際に提督として相対した印象としても、深海棲艦は知性の低い種ですら集団行動が出来ないなんてことはなかった。

 それどころか、ある意味人間以上に規律的に上位種に従い随伴していたと言っていい。

 

 そして、奴らは人間以外の生物を積極的に殺そうともしないし、まして深海棲艦同士で争っていた、なんて誰も見たことも聞いたこともなかった。

 

「あれをやったのは深海棲艦なのか、それとも………」

 

「行方不明中の提督がなんとかやっつけた、とかは?」

 

「あれだけ堂々と落ちてる資源の補給もしないで?それができるのに未だに鎮守府に連絡を取ろうとすることもできないのか?」

 

「色々無理があるな………」

 

 ああでもないこうでもない、と皆で意見を交わす中、未探索の森の中を行く春也達。

 

 その歩みが進むにつれ、特定の方角に近づくほどに少しずつ辺りの空気が重くなっていくのをふと感じる。

 湿り気の高い空気が重く張り付いて、肌が汗ばむのがはっきり分かった。

 

「……なるべくなら戦いたくは、ないですね」

 

「戦うのは嫌いか。勝つのは?」

 

「大好きなのです――――――はぅっ!!?」

 

「はいはい。それにはちょっと、頑張らないといけないっぽい」

 

 一行が視線を向ける先、窪んで泥水が溜まっている空間。

 そこに蹲っている人影があった。

 

 背中と肩を露出し、黒を纏った――――異形。

 青白い肌をぬめぬめした材質で最低限だけ鎧うような、生理的嫌悪著しいニンゲンの真似事。

 

 その頭部はぎらぎら光る眼に、縦に大きく裂ける口から涎を滴らせ、耳の代わりに四メートルはあろうかという体長よりも更に長大な翼が生えている。

 

「――――人型っ!!?」

 

『p,p,p,pCyaaa-----------』

 

 全力で警鐘を鳴らさせる第六感。

 鋭く刃で構成された、硬質でおよそ飛行の為のものとは考えられない翼で、それでも勢いよく空中へと浮かび上がった戦慄と激しく鬩ぎ合う。

 

「陸上覇種……それも、空母級」

 

「ああ、“空”母だから空を翔びますってか―――――ふざけんな」

 

「に、逃げよう!」

 

「もう、遅いっぽい!!」

 

『PCCCyyyyA!!!!!』

 

 あっと言う間に天高く見上げる位置まで舞いあがった巨体が、その大きな口から何かを吐きだした。

 一瞬にしてその母体の頭部と同じくらいに膨れ上がったサイズはまるで肥え太ったカラスのようだが、その速さは鳥のそれでは到底ない。

 

「ぽいっ!」

 

「汚ぇ……!」

 

「姫、伏せて!!」

 

 目にも止まらぬ速度で旋回し、無茶苦茶な軌道を描きながら突っ込んで来る飛行物体。

 敢えて定義するなら“艦載機”は、当然一つ二つではなく、次々と敵空母はその口から吐き出してくる。

 

 四方八方から襲い掛かり、またあるものは備え付けた機銃を乱れ撃ち、あるいは爆弾をぶつけて。

 呆ける暇もなくその数は幾十にも膨れ上がり、一瞬にして死の雨で空間が埋め尽くされた。

 春也はステップを踏んでぎりぎりの回避をし、夕立はそのいくらかを異能でもって反射し、不知火が艤装を対空兵装に切り替えながら主である姫乃の盾になり、などと各自必死の反応でそれを潜り抜ける。

 

 

 だから、誰にももはや状況を考察している余裕などなかった。

 

 

 この敵艦が、人型とはいえこの深海棲艦が同胞を撃つような奇特極まりない種ではないこと。

 体表だけは僅かな時を置いてなんとか回復したとは言え、浅からぬ負傷をその内側に抱えたままであること。

 その為に、隠れるように窪みの地形に身を潜めていた理由。

 

 苛烈な攻撃は、反対に追い詰められていることの証左だった。

 

 取り巻きをあっさりと蹴散らし、大空を自在に飛翔する自身と艦載機を悉く“回避不可能の攻撃で”滅多撃ちにし、無様な撤退へと追い込んだ―――忌々しき狩人に気取られることをその高い知性で理解しながら、せめてもの悪意を撒き散らす為の悪あがき。

 

 

 当然に悪意は、この人型空母が今何よりも恐れる天敵へと届く。

 

 

 軽く二十キロは離れていただろうか、清らかな流れの河原で水浴びをしていた少女が、その裸体を震わせた。

 

「あれ、これさっき取り逃がした……?」

 

 その凶悪さ故に遠方からでも察知を受けてしまうのは正に弱肉強食の摂理だろうか。

 ぷかぷかと仰向けに浮かんでいた体勢から上体を起こしたことで、濡れた黒髪が滴を弾く肌に張り付き、くびれた悩ましげな曲線を描く肢体を水が滴り落ちる。

 そんなたおやかな美しさと儚さを兼ね備える少女は、しかし内側を塗りつぶされた祈りによってその実態は化け物を狩る化け物だ。

 生まれて初めて知ったのは人の温もりではなく、視界を拓く光ですらなく、深海棲艦への殺意。

 

 故に染まった己の存在意義通りに、気負いすらなく少女は見つけた深海棲艦全てを撃滅せんと彷徨い歩く。

 

 艦娘にとって己の提督は羅針盤だ。

 揺れず、曲がらず、絶対の標(しるべ)―――辿っていけば見つからないなんて有り得ない。

 なのに少女が未だに己の主を見つけられなかったのは、探知した深海棲艦は無造作に全滅させながらふらふらしていたから。

 

 だが、それも今日までの話だ。

 

「ゴミは―――お掃除しないと」

 

 一糸纏わぬ裸のままを隠すこともなく川底を軽く掌で押し、飛び跳ね体勢を返して片膝立ちで“水面の上に”座り直した少女。

 着水までのその僅かな間に深海棲艦の体表とは似ても似つかぬ清冽な黒衣を纏い、ずぶ濡れの髪はその水分を全て振り払いさらさらと風になびいている。

 

「でも、何かな、これ………胸がふわふわします。ほっぺた、熱い……」

 

 予感が告げている、その時が近いと。

 だが生まれて一月と少し、その間殆ど深海棲艦を狩りながら歩きまわっていただけの少女に自覚は無かった。

 

 期待に踊る心も、自らが初めて微笑みを表情に浮かべていることも。

 よく分からないけれど、悪いことではないと思う……そんな程度の感覚だ。

 

「とりあえず、ゴミ掃除ですっ!」

 

 浮かれた気分のまま、勢いよく蹴った足が河原の水をひっくり返す。

 その大波を置き去りに、少女は殺意渦巻く戦場へと駆けだした。

 

 かつてないくらいに軽い己の体で、練度の高まった艦娘の脚力ということを差し置いてもなお、景色を置き去りにしてなだらかとは言えない地形をいとも容易く蹴飛ばしていく。

 

 早く、早く―――そう急かされるのは、求めるものが進む先に確実にあると、無意識のうちに分かっているから。

 

 

 少女――かつて夕立に撃破された深海棲艦から生まれた艦娘、羽黒。

 その夕立の主を、否、“自分だけの”主を狂おしい程に求めながら、重巡洋艦という種別の響きからは考えられない速度で山中を駆け抜けていった。

 

 

 






☆設定紹介☆

※深海棲艦の生態

 食性、繁殖、一切の習性が謎。
 陸上種で人間を丸のみにする個体もいるが、仮にその様子を悠長に観察できたならばそれは捕食ではなく殺戮の一手段でしかないとすぐに分かるだろう。

 他の生物には目もくれず、ただ人間を惨たらしく殺害する、その為に群れ、その為に徘徊し、そもそもその為だけに存在しているようですらある。
 中には人語を解する程知能の高い深海棲艦もいるが、根本的にその行動原理は変わらない。

 外見的特徴から不気味な怪獣が火器等の兵装をその身に宿しているような印象を受けるが、あるいは殺人兵器が生物の形をとって己の役割通りに暴走し始めただけ―――そう考えた方がいいのかもしれない。
 そしてそういう意味では、深海棲艦の骸から生まれる“艦娘”も、あるいは同じ―――。


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