やっぱり戦闘シーンは書いてて楽しいんだよなあ………。
目まぐるしく黒の飛行物体が視界360度を飛び回る。
硬質の翼で風を掻き切り、乱れに乱れた気流をあちこちに生みだしていく。
絶え間なく乱射される機銃、投下される爆弾、特攻してくる黒い飛獣。
巻き添えを食った周辺の木々が穴と抉れた跡でズタズタになっている中、それと同じ目に遭わない為に一行は必死に駆けずり回っていた。
熱を帯びた死線が頬を掠め、火薬の炸裂する音が鼓膜を強引に揺さぶる中、ほうほうの体で航輔が駆けずり回る。
「ひ……うわぁっ!?」
「さすが司令官、無様な逃げっぷりがいい囮――――そこっ!!」
「考え無しに追い掛けてる奴らを鴨撃ち、ってか。気分は?」
「最ッ悪なのです……!!」
凶暴さと反比例して知能は低いのか、練度と共にそれなりに瞬発力も脚力も上がっている航輔を捉える為に直線的に加速する飛行物を電が機銃で着実に撃ち落とす。
当然ながら示し合わせたコンビネーションなどである筈が無いが、周囲を飛び交う脅威の数を減らすには悪くはない作戦と言えなくもないだろう。
主を危険に曝している電の顔色は相応に悪く、それを相手と己への怒りの形相で赤くして相殺していた。
そのストレスを減らす為、ではないが春也達もそのサポートに回る。
銃弾の雨を掻い潜りながら体勢を低くして疾走、すれ違いざまに拳を叩きこんで迂闊に近付いた一体を殴り墜とす。
もう何回も打撃に使用したせいで左の手の感覚は完全に麻痺しているが、常人であれば骨ごと手首をそっくり食い千切られているような凶暴な鴉共を相手するのに使える防具など都合よく持ってはいない。
身を固めるより素手で殴った方が早い―――超人たる提督であるが故の歯痒い現状である。
夕立から錨を借りる手も無くはないが、あんなデカブツを振り回したところで素早く小さな敵群相手では隙を曝すだけだ。
「だぁっ、くそ………飛んでけッ!!」
その辺に落ちていた事切れた艦載機の死骸を掴んで力任せに投げつける。
斜め上を飛んでいたお仲間に激突し、団子になって錐もみしながら墜ちていくのを見届けることなく、航輔の頭上に迫る影に叫んだ。
「夕立っ!!」
「ちょっと肩、失礼するっぽい!」
ぐきっ。
「い、~~~~~~~っっっってえ!!?」
忍びさながらに倒木を跳び移りつつ、器用にも全力疾走している航輔の左肩に着地した夕立は、関節とその持ち主が嫌な悲鳴を上げるのを黙殺して踏み台にし、更に高く跳躍。
周囲の敵を両腕の対空武装で牽制しながら、航輔の頭蓋を天から貫こうとした敵機の進路上にその身を割り込ませる。
夕立は航輔をその身を呈して庇い………当然ながら無傷。
その速さ故に彼女に激突した相手はその倍の逆加速度を受けて、原型すら留めない潰れた饅頭と化す。
そして重力によって地面に落下する、その空隙すら惜しんだ夕立は虚空から換装を行った。
駆逐艦の彼女からすれば大口径の主砲を肩口から直上に向け、爆音と共に三連射。
反動と武装自体の重みで勢いよく土に降り立った夕立は、そのまま傍らで痛みに蹲る航輔を蹴飛ばした。
「ゆっくりしてる暇は無いっぽい」
「くぅ……ものすごく納得しにくいけど、ありがとう……!」
動きを止めた航輔を狙っていた砲火の的、その大部分から乱暴に弾き飛ばされ、それでも避け切れない攻撃は自身の異能ではね返している夕立に、脂汗を流しながら律義に礼を言う航輔。
主同様に助けてもらった感謝と共に、もうちょっとやりようがあるだろう、と怨む複雑な気持ちを電は唸りながら吐きだした。
「夕立さん、あとで覚えとくのです」
「ぽい?何の話………あ~~、この人さっき、夕立のスカートの中下から見たっぽい!?」
「航輔ェ!てめえあとで覚えとけよ!!?」
「そんな余裕無かったのに、理不尽!?」
「何をやっているのよ、彼らは………」
ぎゃーすかと揉める、言いかえれば軽口を叩けるくらいには敵の艦載機の数が減少し、余裕が暫し生まれる。
しかし天空を睨む姫乃の眼には、悠々と上空を旋回しながら新たにまた何体も子のような敵機をその口から吐き出す翼持つ人型深海棲艦の姿が映っていた。
どうやら一度に戦線投入できる艦載機の数には限りがあるようだが、それは同時に相手の補充戦力には余裕があり、なおかつその底をこちらが把握できないということでもある。
「本体を叩かないとダメね……扶桑、どう?」
「申し訳ありません……先程から何度も狙っているのですが、距離も角度もあり過ぎてやはり容易く躱されてしまいます」
『Cyyy----』
「馬鹿にして………!」
青空をバックにして高らかに発する奇怪な鳴き声は酷く耳障りで、相手はこちらを嘲弄しているように思えてしまう。
無性に苛立ってしまう姫乃を宥めるように、敵の攻撃を手にした刀で捌きながら天龍が進言した。
「本体は上空で手が出せない。なら艦載機相手にネタが尽きるまで根競べでもするか、姫?」
「………不知火は、やれそう?」
「ご命令と、あらば……ッ!!」
血を吐くような―――いつ実際にそうなってもおかしくないように見える、不知火の短い返答。
服は破け、白かった肌は煤だらけ、肩の武装の一部が煙を上げながら動作を停止させているのにそれを放置しているのは、その余裕が無いからなのだろう。
扶桑と天龍も少なからず損害を負っているが、三人の内最も高い機動力で、最も低い耐久性で、姫乃を最優先で庇い続けた結果が現状だった。
面々の内無傷なのは、能力の関係上そうなって当然の夕立のみ。
春也や航輔達とて消耗は否めず、先の見えない持久戦を仕掛けたところでいつ致命的な失策を起こすか分かったものではない。
その結果は―――それこそ致命、死だ。
「…………」
死。
能登姫乃にとって、それは如何なる偉人も愛すべき者も無価値に貶める、最悪の魔の手だ。
あんなに大好きだった姉ですら、死ねばゴミ以下の存在価値―――彼女にとってそれは忌避すべき自身の人格の歪みではなく、この世の真理そのもの。
だからこそ、大切なものがそんな状態に貶められるのは、我慢がならない。
自分自身、そして自分の艦娘(どうぐ)はもちろん………出会いは最悪で、人格的に尊敬することは不可能な、“それでも”自分を受け入れてくれる春也や航輔といった仲間も。
己が価値あると見なしたもの、それを無価値へと置き換えられる。
それは敢えて表現するならば、強奪される、という言い方が姫乃にはしっくり来た。
その不安、転じて苛立ち、嵌め込んで―――――祈り。
奪わせない、“絶対に離さない”。
泥棒猫(しにがみ)に目移りなんかさせないわ、遠くに行っちゃダメ、ずっと私の手の中にいなさい?
「天龍。…………“斬りなさい”」
「御意」
暴走して定まらなかった異能が天龍という“艦娘”を介して型へと嵌まる。
呪い染みた引き寄せ、拘束―――それが、擬似的に対象との距離をゼロにする。
天龍が気合一閃、袈裟に刀を振り下ろす。
戦艦・扶桑の主砲ですら捉えることの叶わなかった天翔る空母―――その醜い片翼をいとも容易く斬り飛ばした。
天龍は地に足を据え、一歩も動いていない。
だが切り離された翼はその足元に転がり――――そして上空でバランスを崩した人型が真っ逆さまに落下していた。
「ようやく成功、と―――、…っ!?」
「天龍!」
残心も待てず、立ち眩みを起こしたように膝をつく天龍。
未だに数を残す艦載機達は本体の窮地も知らぬとばかりに彼女に襲いかかり、扶桑が慌ててカバーに入る。
姫乃自身も、あらゆる距離感が一瞬ゼロになった弊害で空間把握能力を完全に狂わされ、途轍もない酔いに苛まれながら。
それでも、“自分達”の勝ちを確信していた。
(お膳立てはしたわよ。伊吹…春也………ッ!)
「決めてこい、夕立――――!!」
「立て直させない、一気に沈めるっぽい!!」
上段に振り上げた春也の足と蹴り合う事で、猛烈な跳躍を行い一直線に人型深海棲艦めがけ加速する。
片翼を失っているというのに、空中で早くも体勢を取り戻そうとしていた敵艦。
そうはさせじと夕立は鎖のようなものを虚空から取り出し鞭のようにしならせ巻きつけた。
鎖のようなもの―――確かに鎖、ではあるのだが。
その表面に等間隔に括りつけられた爆雷が接触の衝撃に負けて起爆する。
その爆発で両隣の爆雷が起爆。
それによって更に次の爆雷が起爆。
一つ、二つ、四つ、六つ八つ十――――。
それぞれが夥しい熱量を秘めた焔の花を咲かせ、連なる。
次々と誘爆し、被拘束対象を文字通り爆炎の渦に“巻く”。
空中に描かれた紅と朱は、さながら昼間ですらその輝きを図々しく主張する美しくも無粋な花火のような光景だった。
連鎖爆雷(チェーンマイン)。
至近距離での爆発を苦にしない夕立しか扱えない武器は確かに敵艦の息の根を止める。
「―――――ぽいっ!?」
だがその反動と爆風は、ただでさえ跳躍の慣性を残していた夕立の小さな体を、鎖で繋がったままのズタズタの死骸ごと明後日の方に吹き流すのだった。
☆設定紹介☆
※姫乃の異能(未満)
死んだ人間には価値など無い―――だからこそ生きている価値ある人間をそんな状態に貶められることが許せない。
生と死の境界線の向こうへ連れ去ることなど認めない。
命を奪うという行為に関して、殺される側へと注目が向いているという点において春也のそれと類似であり対照的な祈りは、艦娘・天龍を媒介にして目的物を引き寄せる、所謂アポーツ能力として発芽する。
暴走状態では姫乃に敵意を持つ人間への防衛反応として内臓を引き寄せて破裂させようとしていたが、姫乃の意志がある程度統一されたため抑えることができる様になった。
これを利用すればどんなに離れていたり素早く動く敵にも必ず全力の一撃を与えることが出来るが、反動として認識するありとあらゆる距離感が狂うため、暫くまともに五感が機能しなくなる。
デメリットが酷すぎることから分かる様に、この使い方はそもそも本来の在り方から外れているが。
あくまで暴走を抑えそれによって副産物的な使い方が出来たというだけで、異能そのものを自在に使いこなせている訳ではなく、未だに春也よりも一つ下の位階を抜け出ていないため、それこそ羽黒の下位互換的な能力なのは致し方ない。