終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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 やっぱり学生の頃と比べて更新速度は落ちる……。




落涙

 

 帰路は各人の消耗もあって往路よりも歩みが鈍い。

 どんなに少なく見積もっても鎮守府までは丸一日以上歩き続ける必要がある為、それだけの時間の間に話題として言及されない筈が無い疑問があった。

 

 というより、いきなり現れた羽黒が何故春也を提督と呼ぶのかは真っ先に問われた。

 

「伊吹春也、あなたいつの間に手持ちを増やす申請をしていたの?

 というよりまだ一応新米のあなたに新しい艦娘が支給されるものなのかしら?」

 

「姫が言えた義理じゃないけどな」

 

「茶化す場面ではないでしょう、天龍」

 

「……そんな申請があるのか?」

 

 羽黒が鎮守府から正規の手段で春也に与えられた艦娘ではないか、といきなり言い出す姫乃にぽかんとする春也。

 自分が複数艦娘を所持している経緯が父親の権限のごり押しとはいえその“正規の手段”とやらだった為か、まず発想が真っ当な手続きの方向に行ったらしかった。

 

 無論春也に誰かに「新しい艦娘が欲しい」なんてねだった覚えはないし、この異世界で自分に特別な便宜を図ってくれるような付き合いの相手にも心当たりは無い。

 というかそれならこんな戦場に放り出すような不確実な真似はしないで鎮守府で普通に渡してくるだろう、どこぞのGN電池じゃあるまいし。

 

「そういや、提督が艦娘を手に入れるのって、大体どんな形なんだ?俺と夕立みたいなのは、普通無いんだろう?」

 

「あれ?えっと、夕立さんは、どんな風に春也さんと出会ったのです?」

 

「言ってなかったっぽい?前の提督があっさり死んじゃって戦場に捨てられてた私を、提督さんが拾ってくれたっぽい!」

 

「ふふ。そうなんだ、よかったね夕立ちゃん」

 

「ええ。夕立ってば本当に運が良かったっぽい!」

 

「………っ」

 

 大人しげに微笑んで相槌を打つ羽黒を覗き見上げるように、夕立が横から微笑み返す。

 その後ろを歩いていた航輔が何故か二人の仲睦まじい様子を見て顔を歪め、速度を僅かに緩めた一方で、姫乃も別の理由で眉をひそめていた。

 

「つまり、偶然艦娘を拾って提督になったということ?少し信じがたいわね」

 

「……そう珍しい話でも無いですが、ね」

 

「そうなのか、不知火?」

 

「公言するようなことではありませんが、鎮守府の艦娘は実はそこまで厳格に管理されている訳ではありません」

 

 見た目の傷は癒えたのだろうが、どこか引き摺る様な足取りで土に痕を付けている不知火が、眠そうに主達の疑問に答える。

 歩きながら危なっかしいと思ったのは春也だけではないだろう、扶桑がすぐに不知火に肩を貸せる位置に寄り添っていた。

 

「艦娘にも意思があり、それが鎮守府の枠組みの中に居続けるのは、その方が自らの提督と居られる乃至出逢える為に一番確実だからです。

 艦娘は主に『鎮守府』で集められた資源をもとに『神社』で生産されますが、兵器として従うのは出資者でも生産者でもなく提督なのですから」

 

「鎮守府にしたって、提督無しじゃ戦力にならない艦娘を雑用で置いているだけより、さっさと主を見つけてもらってそいつごと自軍に組み込みたい。

 だから一般人が艦娘と接触することに、そこまで厳しい制限も掛けていないのさ」

 

 肩をすくめて補足する天龍は、だから“偶然の事故”みたいな形で艦娘と提督が出逢うのは、そこまで珍しい例では無いと言う。

 勿論無制限と言う訳では無いが、どのみち一度主を見つけた艦娘は、程度の差こそあれど基本的に自分の提督にしか従わない。

 

 故にその提督となった者達の方を破格の待遇で以て囲うことにこそ力を注いでいるのだとのこと。

 

 

「って話が逸れているわね」

 

「あー…ああ。なんで羽黒が俺の艦娘になってるか、だっけ?」

 

「今までの話とあなたの様子からして、正規の手続きで手に入れた訳では無さそうね」

 

「むしろ俺が訊きたいくらいなんだけど……」

 

 歩きながらだが、春也は羽黒の隣で速度を合わせ、その顔をまじまじ見つめてみた。

 春也の居た世界ではトップクラスとは言わないまでも、それなりに人気のあるヒロインだっただけに当然に可愛らしい。

 小動物らしくおどおどした仕草が良く似合う、庇護欲を誘う気弱げな輪郭。

 なのに長めの前髪から深い黒銅の瞳が主だけに向ける無償の信頼を込めて見つめ返してきて、そして嬉しそうに笑う。

 

「………えへへ」

 

「いきなりどうした…?」

 

「司令官さんが、わたしを見てくれてます……ぽかぽかします」

 

「むーっ、ぽいーっ!」

 

 屈託なく笑う羽黒。

 対抗してか二人の間で構って欲しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる一段背の低い夕立と合わせて一瞬和みそうになったが、夕立を片手で相手してあげながら話を進めることにした。

 

「なあ羽黒、いつ、どうして俺はお前の提督になったんだ?」

 

「………?」

 

 春也の問いに羽黒はきょとんとして首を傾げた。

 惚けているというより、質問の意味自体が分からないといった様子で、その無垢だがどこまでも深い瞳でじっと見つめてくる。

 一秒、二秒、………精神を吸い込まれて丸裸にされるようなその深さに、つい気まずくなって視線を外そうとした頃に、やっと答えを返してくれた。

 

「“いつ”も、“どうして”も………わたしが生まれた時から、羽黒の司令官は司令官さんですよ?」

 

「え?」

 

「だから、いっぱい寄り道しないといけなかったけど、ずっと司令官さんを探してました」

 

 それは羽黒にとっては切実なこれまでの過程だった。

 だが、春也達にとっては要領を得ない話でもある。

 

 そして、まともにヒトと話をしたのはこれが初めての羽黒に、要領よく自分を伝える術の持ち合わせなどない。

 いくらか問いを重ねて掘り下げても、その隔たりは埋まる訳もなかった。

 

「結局、どういうことかしら?鎮守府にも神社にも、彼女はそもそも一度も入ったことが無いって言うし………」

 

「あの、ごめんなさい」

 

「いや、羽黒が謝ることじゃないだろ」

 

「あ……司令官さん、優しい…っ!」

 

「当然っぽい!」

 

 いくら追及してもそれ以上は無駄のようで、話が止まる。

 しばらくそのままの状態が続けば、この疑問には答えは出ないと誰かが切り上げに掛かっただろう。

 逆に、ただの思いつきでも何か意見があれば話は引き延ばされた。

 

 羽黒が春也の艦娘になった理由などその程度の、興味を引かれるがただそれだけの軽い話題だったのだ。

 深海棲艦、艦娘、提督。

 崩壊する以前の世界を席巻していた科学的思考とやらではまるで説明できない、そんな超常の産物達が全てを左右し翻弄している以上、この世界では不思議な事を不思議なままに受け流すことが当たり前になっている。

 故にこの場で、あるいは永遠に“それ”が明らかになることは無かったのかもしれない。

 

 

――――電が別の視点から疑問を呈すことがなければ。

 

 

「そもそも、羽黒さんは神社で生まれた艦娘では無いのでは?それで生まれた時丁度そこに春也さんが居たとか」

 

「待ちなさい。『神社』以外の場所で艦娘が作られる、なんてことがあるの?」

 

「はい。あまり知られていないようなのですが、電がまさにそうなのです。

 初めて気が付いた時には、司令官と出逢った場所だったのです!」

 

「そんな……一体どうやって……?」

 

 

――――夕立が、その疑問に対する答えを得てさえいなければ。

 

 

「特に何もしてなくても、放置された深海棲艦の死骸から艦娘が生まれるってことは、あるらしいっぽい?」

 

 

「…………、え?」

 

 

 当然ながら夕立に悪意など欠片も無い。

 羽黒の登場で言い出す機会を逸していた怪しげな提督の情報、真偽すら定かでは無い敵の言葉を話の種として持ち出しただけだ。

 

 有り得ないと一蹴される可能性もあったその種は、しかし思考という栄養を得て突然に芽を出し茎を伸ばし狂い咲いた。

 

「待って、夕立さん、今、なんて……だって、電が生まれた場所は、あの時……」

 

 電は、元来頭のいい艦娘ではない。

 駆逐艦の幼げな容姿相応の精神で、―――しかし愚鈍で俗で愛しい主が快適に生きていけるように常に全力で物事を考えている。

 自分達の置かれている現状がどうなっているのか、その中でどう立ちまわれば流れの中で主が優位にいられるのかを。

 その為に春也に思考の隙間を縫うように本音を訊かれるとつい漏らしてしまう残念さはあるが、その成果なのか“事の推移を把握する”ことに関しては大人顔負けの思考力を持つ。

 

……それが今この場に限っては、仇であった。

 

「――――なあ、電」

 

 航輔は、生来頭のいい人間ではない。

 難しいことや厳しい現実が苦手で、ついつい楽な方に走り、心配ごとがあってもなんとかなると根拠も無しに放り投げることもしばしば。

 鈍い、とすら言えるだろう。

 

 だが、電と第六感は繋がっている。

 提督と艦娘のこの超感覚の共有は、決して互いの心に思ったことを正確に読み取れるほどの代物では無い。

 だが、演繹的または統計的にほぼ確定して訪れることが推察される凶事に対して“嫌な予感がする”と表現されるように、直感と論理思考とは相反するものではなくむしろ一体としてある存在だ。

 故に、電が“嫌な予感”を覚えれば航輔もまた同じ結論へと、その直感によって思考が導かれる。

 

 

「お前が生まれた場所は、俺の居た村だ。

 人型の深海棲艦が一匹で暴れて、俺の家族を殺して、そして斃されてその死体だけが転がってて……っ!」

 

「っ、それは………!」

 

「は、はは……まさか。まさかだよな。電お前、おまえが……ッ!!」

 

 航輔は、笑っていた。

 常にお気楽に撒き散らせていた陽性の気をどろりと濁らせ、その瞳の光を憎しみに侵食されるように曇らせながら。

 

 呻くように、唸るように、意味を為さない呟きを――――爆発させる。

 

「電――ァッッッ!!!!」

 

 土を蹴り、遅れがちだった為に離れていた一行との距離を獣じみた速度で詰め、乱暴に電のセーラー服の襟元を握りつぶす。

 今まで戦場ではその電の後ろに隠れて震えていた紀伊航輔は、そこに居なかった。

 

「く、…けほっ、司令官、苦し……!?」

 

「答えろ……!お前が、俺のっ、俺をッッ!」

 

 咳き込む電にも構わずに、その小さな体を力任せに揺さぶる。

 ぎらぎらと見開いた眼の中で、……電は返す言葉を持たなかった。

 

 電の中で生まれた、自分は航輔の□□□□であるという仮説を否定し切れないから。

 

 違う。

 

 もともと夕立が何の気なしに漏らした言葉をそのまま鵜呑みにしてやっと出て来るような話。

 たとえそれが事実であったとしても、今さら検証のしようのない泡のような因果だ。

 言い訳も、反証も、煙に巻くことも、航輔相手なら能力的には難しいことでは無い。

 

 違う。違う。

 

 そんな風にその場しのぎで誤魔化そうと思えるような相手なら。

 なあなあにして流して、取り繕っておけばいいと思えるような相手なら。

 

 

(こんなに胸が痛くなったりしないのです……!)

 

 

 滲んだ電の視界の先で、狂相の航輔が拳を振り上げた。

 これまで深海棲艦との戦いで受けたどんな傷よりも痛い、そんな衝撃を彼女は頬に予想して。

 

 肉が肉を打つ、本能的に忌避を覚える鈍い音。

 殴打され強かに地面に身体をぶつけたのは、………航輔だった。

 

「………春也、てめえ」

 

「頭冷やせ。この大馬鹿」

 

 顔面めがけて思い切り振り抜いたばかりの拳を解いてぱたぱたと振りながら、春也が倒れた航輔を見下ろしている。

 殴られた頬の熱が反射的に怒りを春也の方に向けさせた。

 

「他人事みたいに……引っ込んでろ!これは俺と電の―――ッ、」

 

「―――ああ、航輔と、“電の”話だ。他人事だからな、お前よりは物が見えてるつもりだよ」

 

「なんだと……!?」

 

 切れた唇から荒い息を不規則に吐き出しつつ喚く航輔に、春也は冷たく言い放ち、くいと指し示した。

 つい釣られて航輔は視線をそちらに向ける。

 

 春也にも向いたせいで一度分散してしまった激情。

 それによってほんの少し冷えた頭で見上げた先に。

 

「ぁ………」

 

 自分が他でもないその相手から暴力を受けそうになったばかりだというのに、航輔を心配して反射的に手を伸ばし。

 けれど拒絶されるのが怖くて震えて、踏み出せなくなって。

 

「しれい、かん……」

 

「――――」

 

 一筋、ただ涙が頬を伝う、悲しみに染まった電の顔が見えた。

 

 その瞬間、自分が何を感じたのか航輔は全く分からなかった。

 ただ溢れ出さんばかりの激昂はその方向を捻じ狂わせ、恐慌と混乱の渦へと墜ちていく。

 

 

「ぁ、ぅ、うああああああぁぁぁ―――――っっっっ!!!??」

 

 

 電に掴みかかった時以上の速さで、気がつけば走り出していた。

 いつもと同じだ。

 

 逃げたい。辛いのは嫌だ。そんなの当たり前だろうと言い訳をして、自分を正当化しながら。

 とにかくこの場所に居たくない、その一心で、航輔はいつもと同じように逃げ出した。

 

 そうやって脇道の木々の向こうに消えていく航輔の背を、今の電が追える筈も無い。

 ただひたすらに、これが慕う主との決別になるのだという恐怖に襲われて、認めがたいそれに呑まれないようにもがくのに精一杯で。

 

「な、泣いてない……」

 

「電……」

 

「泣いてなんか、ないのですっ……!!」

 

 誰に問われた訳でもないのに挙げる必死の否定は、主の逃げ出した艦娘に残った、最後の建前(つよがり)だった。

 

 

 

 






☆設定紹介☆

※電<艦娘>

 属性は『現在(イマ)を肯定する者』、表性は『適応力・諦めない意思』、対性は『惰性・楽観論』。

 かつて暴虐の限りを尽くした果てに討ち斃された深海棲艦の死骸を材料として生まれ、その犠牲者の骸に取り縋って泣いていた少年の下に現れた。
 そして自分がその少年の家族の仇となる存在から生まれ、見方によっては仇そのものと言えるという自覚のないままに彼を主とする。

 常に死が身近に存在する狂った世界で人間として自然に湧き上がる感情に素直に行動できる少年―――航輔は、適者生存という意味で異邦人の春也以上にこの世界にそぐわない存在だったのだが、そんな在り方こそが電との相性が良かった為に生き延び春也と出会ったこともあってこれまでやってきた。

 だが、感情に素直過ぎて基本的にはダメな方向にしか進まない主とそれを喜んで世話する奇矯な趣味の女ということで、周囲に気の抜ける笑いを提供してきた二人。
 そこに突きつけられた残酷な現実を否定する術を持たないことが、航輔と電がこの瞬間肯定せざるを得ない現在となる――――。


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