終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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 狂気が好き、重いの大好き、
 でもシリアス続けられない作者。

………ネタを挟まないと死んじゃう病、治る薬とか無いかなあ。




離脱

 

「やあやあおめでとう。これで君たちは晴れて見習い卒業だ。

 伊吹春也少佐。能登姫乃、紀伊航輔少尉。一人前になった証として、僕のおごりで宴でも開いてあげようかな?」

 

「謹んで全力で遠慮する」

 

 電を姫乃達に任せ、航輔を半ば引き摺るようにして遅れて鎮守府に帰還した春也達。

 気まずさを覚える暇もあらばこそ、三人の上司である雪兎に呼ばれ庁舎の一室で最終試験の合格を言い渡されていた。

 

 それは普通であればこれまでの日々を振り返り、互いに喜びと感慨を分かち合う良き節目となっただろう。

 始まりが険悪なものからだった三人―――おもに姫乃が原因だが―――も、片手の指では利かない戦場を共にすれば仲間意識が湧いていただけになおさらだ。

 

 だが、春也と夕立とはまた別の方向で密接な関係を築いていた航輔と電、この二人に深過ぎる溝が生まれたこのタイミングで。

 “卒業”という別れを想起させるような出来事を素直に歓迎する気には、春也も姫乃も、夕立や不知火達配下の艦娘でさえもなれなかった。

 

 そして、そんな彼らを見てにまにまと愉しげに笑う雪兎は……そういうことなのだろう。

 

 

「くっ、ふふふ……僕にとっても名残惜しいのだけどね、何せこれから君たち仲良し三人の中で、“一人は”別の場所に行かなければならないのだから」

 

 

「……どういうことでしょうか」

 

「なに、簡単な派閥のお話だよ。僕の所属する厳島中将率いる一派は『海』にも『陸』にも属さない中立派だ。

 中立というのは、ある意味両方から敵以上に嫌われる残念な立場でね。

 そんな中新人提督三人を持って行って自派に取り込めば酷い突き上げに遭うこと請け合い。だから、一人くらい余所の派閥に行ってもらわないといけない」

 

「………は。そこまで言えば“その一人”が誰か名指ししているようなものじゃねーか」

 

 悪態をつく天龍の言は的を射ていた。

 提督になった時点で異能を得ていた佐官、即ち狂気の祈りに身を浸し敵に回すと怖ろしいが味方にも居て欲しくはない――――“中立”という名の蚊帳の外に置くくらいが丁度いい春也。

 その春也に公衆の面前で無様な敗北を喫し、様々な利権が絡む父親から縁切りされているという、派閥争いをしている中で取り込むには面倒が多い――――“中立”に身を置くのが最も無難な姫乃。

 

 消去法で航輔を一人だけ別の部隊に送る、としか解釈のしようが無い。

 

「どうだい、何か希望はあるかい?」

 

 相手を名指しはしていないが、雪兎のその問いは確かに航輔に向けられていた。

 あれから一度も電と言葉を交わしていないどころか、艦娘も同席するこの場で電だけ一人別室で待機させている航輔に。

 

「…………」

 

 心ここにあらず、と言った気配の航輔は己の処遇に関わる話を聞いているのかどうかすら分からない。

 そんな今人生で最も迷いと戸惑いの中揺れているであろうにも拘わらず、これからも関わっていけるのか分からない友人に、春也はせめてやれることはやろうと助け舟を出した。

 

「俺は一度『海』の奴がこいつを勧誘しようとしたのを邪魔したことがある。

 そいつから航輔への心証は、あまり良くないだろう。

 代わりに駄目でもともとでいいから、『陸』の知り合いに面倒見るよう連絡を取っていいか?」

 

「君の知り合い………ああ、『彼女』かい?好きにするといいさ。

 上手くいかなければその時はその時で、面白そうなところ紹介してあげるから」

 

 ひらひらとどうでも良さげに手を振って、この場をお開きにする雪兎。

 それまで話に参加せず壁の華になっていた彼の艦娘である川内が、扉を押して退室しようとする主を追いかけつつ、振り返って春也に笑いかける。

 

「ふふっ、春也くん、責任重大だね?伝手を辿るのに失敗すれば、“雪兎にとって”とても面白い場所にその有り様の航輔くんが放り込まれるよ?」

 

「分かってるっつの」

 

「そう。じゃあ、健闘を祈る!」

 

「~~~っ、さっさと出て行くっぽい!」

 

 指をしゅっと振ってニヒルにポーズを決めた川内は、夕立に睨まれながら雪兎を追って部屋を去る。

 主を煽るような態度にいちいち不機嫌になる艦娘を宥めながら、善は急げと春也は航輔の肩の部分の服を引っ張って連れ歩き出した。

 

 その後ろ姿に、姫乃が呆れた声を掛ける。

 

「とんだお人好しね、あなた。

 紀伊航輔には酷だけれども、こんな展望の見えない面倒な状況で彼を見捨てても別に恨まれないと思うわよ」

 

「やって損は無いだろ。それに―――」

 

「―――姫も春也さんに付いていく気満々に見えますけど?」

 

「……ただの好奇心よ。春也の伝手とは何かってことと、これからどうなるかが気になっただけ」

 

「はいはい」

 

 上品な仕草で袖で口元を隠しながら苦笑する扶桑。

 それに顔を背けながら、姫乃も加えてもう暫くは無いであろう同期三人が揃う最後の道中を往くのだった。

 

 

 

 

 

…………。

 

「意外なほどに上手くいきましたね。そもそも水月少将に伊吹春也の行動が認められないと思ったくらいだったのですが」

 

「後者に関しては、そうでもないわ。アレ、春也にも『彼女』にも根本的には無関心だもの」

 

「そうなのですか?」

 

「相方の川内はともかくとして、人が落ちぶれるのが大好きなあの男にとって、自分が墜ちていようが昇っていようが大してやることが変わらない春也みたいな存在は放置一択しかないもの。

 無関心な相手には、当たり障りの無い対応で面倒が無い限りは放置するのでしょう」

 

「………そういえば、何の脈絡もなく増えた羽黒には一言も触れられませんでしたね」

 

 航輔の面倒を見て欲しいという頼みごとの目的を終えて、宿舎脇のスペースでそんな話をしている姫乃や不知火達。

 そこから少し離れて壁にもたれ掛かった航輔の隣に春也が近付いた。

 

「部隊の移動が決まって、お前の部屋は引越しだろう?今電が片付け作業してると思うが?」

 

「うるせえよ。関係ないだろ」

 

「いや、大アリだろ……一人だけサボり相方はせっせとその世話を焼く。

 なんだ、相変わらずじゃねーか」

 

「………ッ」

 

「まあ、そのアレだ……がんばれ航輔」

 

「っっ!!!」

 

 打撃音が短く鳴る。

 

 頑張れ。

 その励ましは相手の精神状態によってはこれ以上なく危険な言葉なのだが、それをわざと使った春也の頬を、航輔の拳が張り飛ばした。

 咄嗟に目を鋭く細める夕立と羽黒を手振りで抑えると、頬の赤みが何でもないことのようににやりと笑う。

 

「一発は一発だ。昨日はぶん殴って悪かったな。これから先機会があるか分からないから、今の内に謝っとく」

 

「―――っ!?」

 

 電に突っかかった時に彼女に手を挙げそうになった航輔を止める為の一発の話だと、すぐには分からなかった。

 だが、じわじわと理解すると共に航輔の中で、電に対する複雑なそれとはまた別の薄暗い感情が頭をもたげていく。

 

「なんで、お前はそうなんだ……っ」

 

 その名は、惨めさ。

 

「なんでお前はそんなに強いんだッ!?それに比べて俺は、俺はこんなに…っ!」

 

「………」

 

「嘲笑えよ。嘲笑えばいいだろ!分かってるんだよ、電が俺の為に色々やってくれてきたこと、それがあるから俺は今いいもん食っていい服着て布団で寝られるんだ。

 こんなクソみたいな世界で、父さんも母さんもくれなかったものを、電のおかげで!」

 

 航輔の出身、まともに税金が払えない為提督達の哨戒網から外れた村、どの道いつ滅んでもおかしくなかった場所の生まれで、それがどんなに奇跡的な話なのかも分からないほどの馬鹿ではなかった。

 直接滅ぼした原因が電の元々の姿だったと知った今でも、確かに感謝の念は航輔の心にある。

 

「分かってるんだよ……!」

 

 それでも憎しみもまた消せない。

 事実を淡々と並び建て、そのメリットとデメリットで全てを評価する……そんなことをして電への蟠りを捨てることも出来ない。

 

 板挟みになった感情達が出口を求めて溢れるように、涙と共に表に出て来る。

 その涙も、今の航輔には情けなさの証明だった。

 

「俺は弱い……。お前と違って泣き虫で、何かに立ち向かう勇気も根性もなくて………くそぉォッ!!」

 

「………俺が強い、か。どうだかね」

 

 春也にとっては、航輔の言う精神的な強さに関しては“強い”のではなく単に“必要な程度に鈍感になっている”だけだと思う。

 情報(ノイズ)が飛び交い過ぎる現代では嫌でもそうなるし、この終末世界ではそうしなければとてもではないが前を向いて戦えない。

 

 春也自身は、こうして他人の深刻な悩みを聞いたり励ましたりするのは初めてで勝手も分からない、二十年も生きていないただの若造だ。

 少なくとも自分ではそう思っていて……だから、適当に借りた言葉しか言えなかった。

 

「泣いていいんじゃないか?流した涙の回数分、人は強くなれるって岡本さんが言ってたらしいし」

 

「………岡本さんって、誰っぽい?」

 

「水樹さんも言ってた気がする」

 

「みずき……さっきの人ですか…?」

 

「多分違うっぽい」

 

「…………」

 

 邪気のない自分の艦娘二人の言葉に変な所で滑ってしまったことに苦い顔をしながら、そんな軽い言葉でも無いよりはマシと友人に投げかける。

 

「どう考えても負け惜しみの類だけどな。泣く奴と泣かない奴じゃ強いのは泣かない奴に決まってる」

 

「そう、だよな……」

 

「それでも――、」

 

 涙を流して俯く航輔。

 くしゃくしゃに崩れて醜くなった顔面に、何故か覚えたのは羨ましさ。

 

「―――負け惜しみさえ言えなくなったら、終わりだろ」

 

 色々と世話をかけさせる相手ではあるが、春也に航輔を友としたことに後悔は無い。

 この世界で初めて出来た友人が彼で良かったと思っている。

 

 絶対に言ってはやらないが。

 代わりに、せめてもの手向けを贈った。

 

「前言撤回だ。一発は一発の筈だったんだけどな、弱っちいお前のパンチじゃ全然効かないわ。

 もうちょい気合入れて出直して来い」

 

「なんだよ、それ……」

 

――――弱いなら、強くなれ。

 

 そのメッセージは、果たして届いたのか。

 本格的に提督として活動を始めるということは、これまでのように航輔と毎日のように顔を突き合わせる機会がなくなるということだ。

 友が成長するのかそれとも失意のまま墜ちて行くのか、春也がそれを見届ることは出来ない、予感だがなんとなくそんな気がしていた。

 

 

「………『彼女』?がうまくやってくれるように祈るしかないか」

 

「提督さん、あの人そんなに信用していいっぽい?

 赤の他人の為に親切にする風には見えなかったっぽい」

 

「まあ、間違っても善人ってタイプじゃないが……水月雪兎と同じだよ。

 どうでもいいから冷遇するとは限らない。

 無価値だから邪険にするとは限らない。

 好きの反対は無関心じゃない、やっぱり憎悪だ」

 

「?……つまり、どういうことですか……?」

 

「演技をするなら観客が要る、端役が居る。

――――確かに目的が歪んだ自己陶酔(ナルシズム)だとしても、そういう意味で異能持ちの中ではかなり人当たりは良い方だろ、あれで」

 

 

 

 

 数日後。

 

 引越しを終えた航輔と電は、頑なに目を合わせない男と見た目相応におどおどして怯える女という、もはやその状態で定まったかのように重苦しい空気で新しい部屋を満たしていた。

 広い鎮守府の中でかなり離れた兵舎に移動した為、もう春也も姫乃も気軽に顔を見られるなんてことはない。

 二人きりの時間が長くなった中でお互いに解決への一歩を踏み出すこともない中、ただただ沈黙だけが仲の良かった主従の間を支配している。

 

 日本特有の蒸し暑さが侵蝕し始めた締め切った部屋の扉、その新居に航輔と電を閉じ込めていたのは、そう長いことではなかった。

 

『おーい、紀伊航輔ー。もう引越し終わったんでしょー?お姉さんがおそば食べに来たよー?』

 

「…………」

 

「……応対してくるのです」

 

「勝手なことするな」

 

「っ……、はい………」

 

『あれ?無視?居留守?駄目じゃない、先輩相手にそういうの。

 そんな悪い子は――――、

 

 

―――――爆撃しちゃうぞ☆」

 

 

「「――――ッ!!?」」

 

 爆音と共に、住み始めて数分の住処の玄関が吹き飛ぶ。

 ばらばらに木片を飛散させ、見るも無残にその存在を消失させた扉の向こうに立っていたのは。

 

 剣呑な炸裂音に何事かと廊下に出て来た隣近所の提督達にぺこぺこと頭を下げる空母艦娘、翔鶴。

 そしてそれを微塵も気にした様子のない同じく空母艦娘、瑞鶴―――の演技をしていると当人は頑なに信じている変態。

 

 

「改めてよろしくねっ、今日から私、瑞鶴が先輩兼上司として、航輔くんの面倒をびしばし見てあげるから☆」

 

 

 部屋に巨大な風穴を空けて後輩のプライベートを開始数分で無いも同然にしたばかりの、春也曰くの“異能持ちの中ではかなり人当たりは良い方”の提督。

 前提知識が無ければ確かに親切そうな、愛嬌たっぷりの笑顔を振り撒いていた。

 

 




☆設定紹介☆

※『瑞鶴』〈艦娘?〉

 まさかの再登場。

 本人の願望は『愛する人の色に染め上げられたい』であり、基本的に“己が演じる瑞鶴”以外のものについては知らぬ存ぜぬどうでもいい。

 が、春也の指摘するようにそれは他の存在を一切排除することを意味する訳ではなく、むしろNTR厨の翔鶴に空虚な親愛を向けてあげているように、本人基準で善意を振り撒いている。

 演技するなら観客がいなければならない……と言い切る程ではないが、他人に横暴な振る舞いをするような姿は“愛する瑞鶴”のそれではないということだろう。

………居留守されてドアを吹っ飛ばすくらいは愛嬌というやはりどこか狂った判断基準なので、迂闊に安心すると痛い目を見る羽目になるだろうが。

 ちなみに己と翔鶴以外誰も居ないことも珍しくない海上で寂しく戦うより、陸上で人を守り感謝された方が瑞鶴カワイイを堪能できるので、派閥としては『陸』寄りである。

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