終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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 本作品では提督である人物以外に固有名詞を一切設定しておりません。
 そして判る人には判る痛みを恐れないっていうか痛さを恐れない黒歴史ムーブ………!





英雄

 

 

 見渡す限り青一色の大海原。

 

 途中嵐を避けて進路を曲げれば、その先で遭遇する深海棲艦にちらほらと空母級や戦艦級が混じる。

 羽黒の先制の一撃だけで問答無用に沈めるという訳にもいかなくなることがままあった。

 

 とは言っても春也の知識でいうエリートやフラグシップが出て来ることは稀で、そんな敵達に苦戦するほどではない。

 夕立と羽黒はもちろんのこと、姫乃配下の三人もここまで着実に練度を重ねている為危うげ無く戦陣を組んで異形達を返り討ちにしていく。

 

 当然ながら夕立と最初に演習をした時とは動く速さも射撃精度も判断力も見違える程の成長を遂げている不知火達。

 今なら異能を抜きにすれば夕立ともいい勝負を―――、

 

「―――できない気がする」

 

「ぽい?」

 

 陸上のそれよりは脅威でない人型の戦艦級の武装を『反射』と自前の砲撃で悉く潰し、しまいに組み付いて敵の頭蓋を素手で握り潰した彼女の姿を見ると、自分の艦娘ながらそうそう負ける相手が思いつかないのだった。

 血だか涙だか脳漿だか判らない黒くねばねばした体液と、それによって絡みつく“人に似ていたモノ”の頭部の破片を海水で洗う姿は慣れたものであり、夕立もまた不知火達同様―――いや同等以上の割合で成長を果たしていると判る。

 

 だが、それだけに更に上の実力というものもなんとなく見えるようになってくる。

 無論島風のことだが、――――いや、彼女の能力を測るのに定規の長短を論じたところで意味もないか。

 

 

「わたしの正義は“速さ”。じゃあ速さって何なのか、知ってます?」

 

 

 移動中、島風は春也にこう問うた。

 『一定の時間でどれだけの距離を進めるか』、春也が深くも考えずに返したのは学校で習うような学術的な定義だったが………島風は違う、と断ずる。

 

 波間に静かな波紋だけを残し、瞬間見失いそうになる彼女のほっそりした足は、巡洋艦級を盾にして後列に控えていた空母級の顎を閃光の如く撃ち抜いた。

 彼女はこれまで一発の弾丸も使っていない、構えて狙って撃って弾丸が相手に辿り着いて当たる――――そんなものを悠長に待つより、自分が近付いて殴って蹴る方が手っ取り早いから。

 

 敵が反応する暇も無い、目にも止まらぬ動き………だがそれそのものは『速さではない』と島風は断ずる。

 

「一瞬の内に時が止まったみたいにたくさん動ける?誰も触ることができない速さ?

 そんなの、何の意味も無いです」

 

 重要なのは、目的地を定め、いかにそこにすぐに辿りつけるかだろう。

 方向を定めなければその邪魔にすらなりかねない“加速力”には、島風は重要性をさして見出せない。

 

 そんなものよりも重要なのは、最短を進む為に邪魔なものをどれだけ排除できるかだ。

 そう、進路上の障害物は悉く砕き、目的地に他者がいればそれを抹殺し、『自分こそが先駆にして正統』と主張すること。

 

 そう、それこそが“速さ”。それこそが“正義”。

 

 

「速さって――――破壊力のことだと思わない?」

 

 

 空母級の首どころか上半身が、その盾となっていた巡洋艦級に前へ倣えして木端微塵に吹き飛ぶ。

 二体の巨躯がまるで無傷の島風とぶつかった結果がこれというのは、ある意味夕立のそれと近しいものがあった。

 

 まっすぐ突っ走れ、邪魔なものは全部ぶち壊せ。

 

 島風の信念、ひいては提督である厳島中将の祈りを体現した結果の異能。

 春也達に合わせて同じ程度のレベルで形成されている段階でのそれは、島風に“突破貫通”の性質を与えているのだった。

 

 

 

――――。

 

 何が言いたいのかというと。

 

 夕立と羽黒で十分過ぎるくらいなのに、そんな島風が加わったことで、深海棲艦ひしめく前線基地までの道のりも危うげなど無いのだった。

 どちらかというと戦闘よりも進路の計測に集中していた天龍の導きで、春也達一行は遥か南東の諸島に辿り着く。

 

 その中でもやや東寄りに位置する、長さ十キロメートル程の細長い島に前線基地はあった。

 熱帯の気候の中涼しげな服装が目立つが、人が行き交う頻度や雰囲気は『鎮守府』のものと大差は無い。

 物資も滞りなく輸送されているのか道行く人から感じられる士気も高い。

 

「暑いわ。ただこの暑ささえなければ、どこかで方角を間違えて鎮守府に逆戻りしたのではと思ってしまうようね」

 

「おいおい……他でもない姫が、この天龍の感覚を疑うってか?」

 

「いや、やっぱりここは前線なんだろうな」

 

 大規模戦闘が近いからであろう、ぴりぴりと神経に触れかけてくる少し張り詰めた空気を感じながら、しかし春也は別の観点から『鎮守府』との差異を指摘する。

 

「おーおーいるいる。長門に武蔵、大井に大鳳、加賀も……向こうなんか雪風が三つ子みたいに並んで歩いてて超シュールなんだが」

 

「あっちは、五航戦っぽい?まっとうな艦娘の………たぶん?」

 

「云われの無い鶴姉妹の風評被害について、と」

 

 『鎮守府』に比べて、細かい砂の敷かれた道を歩く艦娘達の比率として戦艦や空母の占める割合が高いのが一目見て判る有り様だった。

 駆逐艦や巡洋艦にしても、春也の知識の中で同艦種別で性能をランク付けするなら上半分に入るような艦娘が殆どになっている。

 

 性能は正義――――普段色々な提督と共同で戦うような機会は無い為つい忘れがちだが、異能持ちの春也は圧倒的少数の側だ。

 異能を持たないなら、モノを言うのは艦娘の純然たる兵装としての性能。

 初めて出会った時に姫乃が戦艦の扶桑をこれ見よがしに自慢していたのも決して故なきことではない。

 

 辿り着くことにすら幾多の戦闘を強いられるこの前線基地に詰めるような提督達は、自然と己の配下も“精鋭”でまとめることが当たり前になっているのだろう。

 あるいは自然な淘汰と餞別の結果と言うべきか。

 

 もはや艦娘達が目の前を歩いているのも見慣れた光景であり今さらなにか感慨を覚えることも無いが、新鮮な顔ぶれを見回す春也は別の感想を呟いた。

 

「しかし、やっぱ中将って偉い人なのな。顔をぱっと見ただけで全員が道を空けて敬礼するのか」

 

「何を言うかと思えば、あなたねえ………厳島中将と言えば、今の人類の生存圏の基盤を造り上げた正真正銘の英雄でしょうが」

 

「英雄?」

 

「『厳島の奇跡』―――“かしこき方”を含めた約一万八千人の避難を指揮し、現在の鎮守府のある要害の地に防衛戦線を張った主導者。

 彼無くして今の人類はあり得ず、そしてその実力と公正さからも全ての提督の模範たるべき存在とされているわ」

 

 この前線基地に到着するなり、先方の責任者に挨拶すると言って島風を連れて別行動を取った男。

 結局深いコミュニケーションは取らなかったが、何やら御大層な経歴を持つ傑物であるらしかった。

 そんな“常識”を丁寧に教えてくれる姫乃は、しかし話の内容の割に気の入らないどうでもよさげな口調である。

 

「教えてくれてどーも。で、何か含むところでもあるのか?」

 

「特には。あったとしても、こんな往来で堂々と言う訳ないでしょう?」

 

「それもそうだ」

 

 むしろ特に何も含むところが無いからこその態度なのだろう。

 そう同僚を分析する春也に、彼女とは違うベクトルで抑揚の少ない声が掛かる。

 

「少し気になったのですが」

 

「あ?どうした不知火」

 

「伊吹春也、あなたはどういう身の上なのですか?誰もが知る常識を知らないようで、様々な艦娘を一目見ただけでその名を言い当てることができるなど、不思議な偏りが見えます」

 

「………私も、少しだけ気になります。無論、過去を詮索するつもりは無いので、答えたくなければ結構ですよ?」

 

 常日頃から声に感情が乗らないよう注意している、その結果の静かな口調の不知火に、扶桑が同意する。

 どう答えたものか、と春也は一瞬考え込んだ。

 

「提督さん……」

 

「あ、あの、司令官、さん……!」

 

 そして、事情を知っていて萎れた声で見上げてくる夕立と、まだ胸の奥で確かにある痛みを共有したのか何かを言いたくて言葉に出来ない羽黒の声と。

 それで郷愁の念を無いモノとして扱うのに十分過ぎた。

 

―――だからもう、笑って誤魔化せる。

 

 

「そうだな。『天国から来た』って言えば、信じるか?」

 

 

 それはこの地獄〈イセカイ〉に対する、精一杯の皮肉でもあったけれども。

 

 

 

 

 

――――。

 

 厳島は、春也達に休息の自由時間と余裕を見た集合時間を言い渡し、この基地のリーダーである男との会談に臨む。

 事実上の“海”派閥のトップでもあるその男、だが知己である彼に気負うことなどなかった。

 

 近くに寄ったから挨拶と雑談、ついでに援軍としての形式的な代表の面通しという程度の話合いである。

 そして向こうからすれば、その“ついで”として扱うことすらどうでもいいものであるらしかった。

 

「厳島龍進中将、以下少佐一名少尉一名、今回の深海棲艦迎撃作戦に参加させていただく。

 今後我が臨時小隊は――――、」

 

「ったく相変わらずだなてめーは。いいっての、祭りなんだから好きに楽しんで来いや」

 

「……自由裁量権を与えられたと解釈する」

 

「くくっ。くっそまっじめー」

 

「提督。提督が楽しそうで榛名は何よりですが、あまりご友人に煽るようなことをするといつか怒られてしまいますよ?」

 

 戦場に立つ者には一見見えない線の細い優男、だがその目つきだけが餓えた獣のように研ぎ澄まされている友人を、彼の隷下……というより秘書艦なんて言われて彼の基地の長としての裁量を全て丸投げされている戦艦・榛名が窘める。

 厳島にとっては相変わらずのやり取りに、心なしかその鉄面皮も一瞬和らいだ。

 

「構わない。こうして私に着飾る事の一切無い言葉を投げるのは今や貴公くらいのものだ。

 とはいえ、着飾らなさ過ぎるのも問題ではあると思うが」

 

「そっちも相変わらずみたいですね!」

 

 周囲を見回すまでもなく人が十人も入れば何もできなくなるような部屋。

 『鎮守府』で厳島が使っている部屋とは似ても似つかない簡素な作りのそこが今の会談場所となっている。

 窓が開け放たれて風通しがいい、それだけがこの南の島で重宝されている理由なのだろう。

 

 そしてホストである友人も、その衣装は綿生地で袖や襟の広いラフで簡素な着物。

 中将を示す金の剣錨巾は榛名に持たせ、それで時折甲斐甲斐しい汗拭きをさせる正真正銘の手拭いとして使っている有り様だった。

 この部屋で客の厳島と島風を除けば、一番華やかなのは飾り紐などで装飾を施された巫女服としなやかな黒髪を整える金属の髪飾りが目映い榛名で、むしろ唯一の異端と言えるほどだ。

 

「相変わらず、はお互い様だろ。英雄様も大変だなァ?」

 

「………」

 

「また新人連れて探求ごっこか。それで答えは見つかるのか?」

 

「さあな」

 

 英雄。

 厳島の両肩に幻想を乗せ、背中に憧憬を浴びせる肩書の実態を、その原因となった事件から今自分が何を求めるようになったかまでこの男は知っている。

 そして同様に、この友人のことを厳島は知っていた。

 

 刹那的、享楽的、命のやり取りが何よりも好きで、野卑野蛮。

 健気に彼を慕う榛名やこの場にいない他の艦娘達を、時に苦しめ時に弄んで気儘に愉しむ歪んだ性根。

 

 だがそれだけでも無いことを、厳島は知っていた。

 

「―――おい、龍の字。今回の祭りだが、要は最後は派手に燃え尽きようってことなんだろうぜ」

 

 突然の端折った言い回しは、自分の為の忠告なのだとすぐに理解できる。

 

「……時間が無い、と?」

 

「つーかよく保った方だ。もともと虫の息の『餓鬼道』が巻き返す目なんて有り得なかったしな」

 

 双方ともに常人より頭の回転は良い部類の為、一部を省略して外から聞くと意味の通じにくいやり取りを交わす。

 だがその重大さは、交わす視線が鋭く空気を張り詰めさせる様子を見れば伝わるだろう。

 

 二人が語るのは、そう遠くないこの“終末世界”の辿る道について。

 

「だから急げよ?お前の探す答えが永遠に見つからなくなる日も、このままだと近いぜ?」

 

「敗残の邪神は完全に消滅し、今上天の理は完成する。そうなれば――――」

 

 

―――伊吹春也は、この世界のちぐはぐさに違和感を覚えることが何度かあった。

 

 だが、確かにこの世界の名は『艦隊これくしょん』だ。

 いまだ不完全、と但し書きが付くだけで。

 

 そして―――この世界が完全に名実を共にした場合どうなるかに考慮が及ばないのは、無意識にそれを避けたがっていたのは、致し方ないだろう。

 

 

 

「――――その時提督ではない人間は、全て滅される」

 

 

 

 そう、この世界が真に『艦隊これくしょん』であるのならば。

 提督と、艦娘と、深海棲艦………それ以外に登場人物〈ヒツヨウ〉など無いのだから。

 

 

 





☆設定紹介☆

※提督(巡恋歌)

 鎮守府内の“海”派閥のトップとされている人物。
 実態は神輿であり、本人は深海棲艦相手に殺し合いができればなんでもいいので無頓着。
 そして真面目に人類を憂いた結果、深海棲艦への攻勢を主張する下の者たちにも無頓着。
 このままだと提督以外の人類全部消えるんでそれ無意味だから、と言ってあげないのはただの悪趣味。

 “この世界の真実”に気付いているのは厳島龍進や水月雪兎など異能を深いレベルで扱いこなし、その状態で長く生きている一部の者に限られるのだが、こいつはこいつで何か異界の理とかそういうレベルじゃない異次元の法則で動いている。
 だが、それ故に彼が物語の本筋に関わることは一切ない。
 関わる気も一切なく、仮に人類滅びても本人は毎日楽しくヒャッハーしていることだろう。

 指揮する艦娘は榛名、金剛、瑞鶴、鈴谷、曙、雷、夕立、そして――――。

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