ちなみに後書きのセリフを喋ってるのは主人公です。
なんとなく言わせてみるシリーズ。
…………え、前話が酷過ぎる?
春也が前振りらしい前振りもなく世界を移動して、二日が経過した。
戦場で気絶して目を覚ますまで半日、それから夕立の案内で街道を行ったり山道を行ったりしながら歩き続けて、夜は適当な草葉の茂った場所を寝床にして。
現代の若者らしい生活を送ってきた彼にとって、完全に徒歩で丸一日移動し続けるのも、野宿をするのも初めての体験だった。
夕立と交代でリヤカーを引きながら街歩き用のスニーカーで舗装なにそれおいしいのみたいな道を数十キロ歩いたが、不思議と足に不調を覚えなかったのでそれはいいとしても。
あらゆる場面で最初に予想した通りに彼女に頼り切りになったのは、やはり情けない気持ちになった。
そもそも壊滅した名も知らぬ村から旅装や携帯食糧に水、野営道具一式などを原型を留めているかも判らぬ持ち主から拝借し、旅の準備を万全にしたのも夕立なら、それらの使い方をあれこれ教えてくれたのも夕立である。
二十分ほどどこかへ行って、野ウサギを仕留めて血抜きしながら帰ってきたり、それを捌いて丸焼きにしたり。
グロいのがどうこうはあれだけ人間の死体を見ておいて今さらであるが、頬に飛び散った血を擽ったそうに拭う夕立の仕草は妙に背中に来るものを感じた。
「「ごちそうさまでした」」
二回目の野営でたき火を囲み、まだ半分赤い空の下でこの世界でも変わらぬ日本人の食事後の挨拶を交わす。
糧となった食材に対する感謝と言われるこの挨拶だが、もしウサギに意思があったらふざけるなお前ら、と言われる気がしなくもない。
が、実際にウサギの声が聞ける訳でもない春也と夕立は、文字通りワイルドな食事を食べ終えた満腹感のまま和やかに会話を交わした。
「夜は、ちょっと冷えるな……もともと春先の昼間だったから、結構薄着だったし」
「今日が四月の七日。気温は、んー、毎年こんな感じっぽい?」
「マジか、少なくとも日付は一致してるのに………地球温暖化ヤベえ」
春也のこの世界に来た時の格好は、濃紺のジーンズに適当な英字がプリントされた黒の半袖Tシャツ、その上に厚手の半袖パーカーだった。
綿や麻の着物の中に紛れれば確実に変な服で浮くし、異邦人丸出しだろう。
この世界の暦や文化、気候などは少なくとも戦前日本のそれと類似のものなのは確認済みだが、深海棲艦のせいで文明が大正・明治から全力で後退し続けているこの世界に温室効果ガスの影響等はほぼ無いらしい。
春也のいた日本の都市部で陽気の下活動する為の服装ではちょっと寒過ぎた。
厚手の外套を羽織り直し、焚き火で十分体を暖めておく。
完全に夜になる前に火は消さなければならない。
野獣よりも深海棲艦がいるので、明かりをずっとつけているわけにはいかないのだ。
火を怖がるような殊勝さを持ち合わせていない化外にそれは「ここにいるから襲ってください」と言っているようなものである。
「~~~ぽいっ!」
「ゆ、夕立?」
「これなら暖かい、っぽい?」
ふと思いついたように隣にいた夕立が頭を低くして、春也の外套に潜り込む。
反応する間もあらばこそ、外套を下から伝ってもぞもぞと懐から顔を出した夕立がにぱっと笑った。
そして密着した体温を押しつけるように、すりすりと肌を擦り合わせて来る。
むにむに、女の子らしい柔らかい部分が付随するように春也に感触を一緒に伝えてきた。
「どう、提督さん?夕立あったかい?」
「暖かいっていうか……うあっ!?」
「ぽかぽかしてる…夕立、これ好きっぽいっ」
華奢でまだまだ幼い容貌なのにしっかりと膨らみを主張する胸や尻を無邪気に押しつけながら、嬉しさと恥ずかしさで頭に血が上って硬直する春也とのスキンシップに、夕立は喜び頬を赤らめる。
「提督さんっ」
「!!ちょ、待っ――――」
そして、より一層深くその感覚を伝え合う為に、ぎゅっと強く抱きついた。
暫く経って、日が完全に落ちて、火の代わりに木々の隙間から顔を出した星々を眺めながら、春也と夕立は語らいを続けていた。
ちなみに、慣れたというか開き直ったというか陥落してしまった春也は夕立を懐に抱きしめながら時たま頭を優しく撫で撫でしている。
そもそもからして夕立が嫁だと冗談でも常から語っていた少年が押せ押せされれば、転げるのなんて一瞬に決まっていた。
「そういえば、夕立ってどういう風に生まれたんだ?」
いとも容易く勝ち得た至福を堪能していた夕立は、春也の疑問に緩んだ顔のまま応える。
「ぽい~。えへへ、夕立は……忘れたっぽい!!」
「ええっ!?」
「冗談よ。駆逐艦だから、他の艦娘と同じようにそこそこお手軽に作られて、適正があるとか言われた提督もどきにお試し品みたいに『ぽい』されたから、あんまり思い出したくないだけで」
その結果が戦場に放置である。
春也がいなければそのままスクラップになっていたかもしれないと考えると、地味に暗い過去だった。
「夕立……」
「でも、そのおかげで提督さんに会えたから、よく考えるとそんなに悪くないっぽい?」
「お、おう」
なんとなく抱きしめる腕の力を強くすると、夕立もそれに応えてぎゅっと春也にしがみついた。
「じゃあ……艦娘は、どうやって生まれるんだ?」
話題転換しているようなしていないような、そんな問い。
不器用な気遣いに乗って、夕立は明るく返す。
「夕立も良く分かってないっぽい!深海棲艦の部品をたくさん積んで、神社みたいなところでいっぱいお祈りすればなんか生まれるみたい」
「………アバウトだなー。大丈夫なのかそれで」
深海棲艦の怨念を浄化して、それを媒体に在りし帝国を護る為に尽くした艦と英霊達の魂が再び護国のため陽の気に転じた『艦娘』をこの世に産み落とすうんぬんかんぬん。
艦娘とは“艦っぽい娘さん”ではなく、“艦を親にした娘”なのだ、要約すればそんな感じのことをその“神社みたいなところ”は言っているらしい。
「だから深海棲艦(やつ)らの死骸はいいお金になるっぽい」
「それ、売りに行くのがとりあえずの目的だもんな」
艦娘の材料になるらしい、傍らのリヤカーの積み荷になんとなく目をやる。
星明りで輪郭しか見えない残骸たちが夕立と同じような存在になると考えても、どうにも実感が湧かなかった。
それでも艦娘を生産する場所で一月は遊んで暮らせる額を出してもらえるようだが。
「ひとまずお金、か……まだまだ学生の筈だったんだけどな、俺」
「今は提督っぽい?」
「………そういうこと」
おあとがよろしいようで。
生きて行くのにとりあえずお金を心配する、あと数年はあった筈のモラトリアムが消えたことに溜息をつく春也。
最初は深海棲艦の脅威に命の安全の心配をし、次はお金という生活の心配をする。
それが解決されても………次の心配が湧くのは、人生の宿命か人の悲しい性か。
「それで生活の目途が立ったら……そしたら、どうしよう?」
「夕立は提督さんについて行くっぽい!」
ここまでの指針をくれた夕立も、流石にこれ以上先導を期待して依存することはできないらしい。
意識してか否か、「あとは自分で決めろ」と元気よくぶつけてくる。
―――後ろで自分が支えるから、というエールを乗せて。
「ありがとな、夕立。………おやすみ」
「もう寝るっぽい?……ん、おやすみなさい、提督さん」
感謝の言葉と、最後に頭を一撫でして春也は歩きづめだった一日の体の疲れを休める為に、眠る体勢に入る。
目を閉じた闇の中で聴こえたおやすみの囁き声は、そっと包み込むように優しい声だった。
そして、翌日。
リヤカーが崩れないようにぐねぐねと回り道をしながら、森を抜けていく二人。
方向の目印にしている太陽が丁度南を指す頃、夕立がその顔を強張らせた。
「――――敵がいる」
交代に押していて、丁度夕立の番だった荷物を置き去りに駆けだす夕立。
一瞬躊躇するが、こんな人気もない山の中で盗難もないだろうと、春也も一呼吸遅れてその後を追いかけた。
そして数百メートルも走ったくらいか。
坂の上の高台になっている場所で見下ろせば、あの黒い怪物がその背中を晒している。
醜い造形、気色の悪い表肌。
最初に春也が見た奴らとの違いがあるとすれば、背中に砲塔を背負っていない代わりに、両横にそれより細い銃身を構えていることか。
「た、助け、誰か助けてぇーーー!!」
そして、春也より数歳ほど年若い子供に殺意を燃やし、腰を抜かすその子を死肉に変えようと歩み寄っていた。
「………っ!!」
その光景を見て、胸の中から燃え立つような何かを感じる。
知っている、これは怒りだ―――命という至高の価値を奪い去るゴミに対する、抑えきれない嫌悪と憎悪だ。
「―――夕立、俺はどうすればいい?」
具体性を欠いた質問、その曖昧な真意を迷いなく夕立はつかみ取る。
即ち―――あれを潰す為に、どういう風に戦えばいいのか、と。
どこか凶暴にも見える笑みを浮かべ、夕立は簡潔に返した。
「とりあえず殴り飛ばすッ!!」
「分かりやすくていいな、それ――――――ッッ!!!」
迷いはなかった。
自分より何倍も大きなその怪物に、駆け、跳びかかり、そして、勢いのまま力一杯込めた拳で春也は横合いから殴りつけた。
この世界に来た当初、怯えることしか出来なかった化物に。
提督(超越者)になる前、震えて隠れるしかなかった深海棲艦に。
餓鬼の喧嘩も殆どしたことのなかった現代の優等生が――――その拳で、数トンは下らない体躯を揺るがす。
出来ない気がしなかった。
吹き飛ばす、とまではいかないものの―――確かに苦悶のままに転がっていく丸い巨体。
土を巻き上げ、木をなぎ倒し、十メートル分は山を荒らしただろうか。
『KYAOOOO――――ッッッ!!?』
少しふらつきながら起き上がり、黒い怪物は声なき声で春也に向き直る―――その前に立ち塞がったのは、夕立。
「艦娘と繋がった提督は、それと同じだけの力を得ることが出来る。
今はまだ“この程度”………でも、こいつらを倒して、その魂を吸収して夕立の練度を上げれば、もっともっと強くなる」
『KYYYAAAAAAAAAAA!!!』
不意の邪魔者目掛けて殺意を膨らませ、そして爆発させる怪物。
側面の銃身を暴れさせる―――秒間に何十発も鉛玉を吐きだす、機銃だった。
そして次の瞬間、その複雑な機構が誤った方向に威力を発揮したのかと思うほど、派手に破片を散らしながら銃身が爆散する。
僅かな間のみ吐きだされていた音速を超える弾丸の群れの動きを、人間としてはおかしいことだが春也はかろうじて見ていた。
夕立の小さな体に触れるか触れないかの瞬間、彼女の肉体を貫通して無残な姿へと変えようとしていた弾丸達がその向きを180度転換し、さらに“倍の速度で”返っていった。
時折後からきた銃弾とぶつかりながら、しかしやがてはブレた発射口へと吸い込まれ―――暴発。
内臓した火薬が、両側から黒い怪物を襲い抉ったのだ。
「……凄いな、それ。倍加反射―――俺も使えるのか?」
「ううん、これは夕立にしか使えない。
―――提督さんの祈りを受け止めた、“この”夕立だけの力。
大丈夫、これがあれば提督さんは、すぐに、どこまでも強くなれるわ!!」
得意げで、そして嬉しそうな笑顔で右腕を前に付きだす夕立―――虚空から現れた砲台がその腕に装着され、そして火薬の炸裂する砲音を高らかに撃ち鳴らす。
内側から自身の威力を喰らった苦悶にのたうつ深海棲艦にトドメの砲撃を叩きこんだ夕立が振り返って笑いかけてきた。
(俺の、祈り―――)
思い出す、最初に夕立に手を伸ばした時、自分は何を感じていたか。
恐怖?勇気?違う、そういう感情があったのは確かだが、その根源は。
―――許せない。認めない。
―――この世の何よりも尊い命という至高が、こんな風に奪われていい筈がない。
―――そんなことをするような何の価値もないゴミが存在している事が許せない。
―――そんなことをするような何の価値もないゴミが勝手を働くなど、認めない。
存在を許さない排除の意思と。
勝手を認めない防斥の意思と。
“ゴミ掃除”は効率的にやるものだ。
ならば、二つを両立し合一した形で出現したこの異能は、必然の産物だった。
春也は己の手にした力、そして夕立という艦娘の提督になったという事実の意味を再確認した。
そして、夕立のものと同じ、凶暴性を孕んだ笑みを返す。
「改めて、白露型駆逐艦『夕立』よ。よろしくねっ!」
「伊吹春也、お前の提督だ。改めてよろしくな、夕立」
「人の命を大事にしない奴なんて大嫌いだ。死んでしまえ!!」