終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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 人によってはかなり不親切設計な回。
 が、分かる人には大体の世界観設定が把握できてしまう回。

 設定を次々考えるのは仕方ないとして
、明かす順序とかやり方とか工夫しないとアレですよね。
 創作って難しい。

 とりあえず舞台裏で頑張ってる子がいます、くらいの感じで読んでいただけると。




裏側

 

 

――――まず感じたのは『不信』。

 

 人は嘘を吐く。人は裏切る。

 いかな荘厳な言葉で取り繕ったところで、いかな綺麗な理屈で誤魔化したところで、それは否定しようも無い事実だ。

 人が人として知性と理性を持ち、言語という間接的な手段でしか意思を交わせない以上、そこに純粋な真実のみが居座る余裕はどこにも無い。

 

 大人、人格者、聖人ぶってみたところで背信と無縁でいられる者など何処にも存在しない。

 

 それは、抱える疑心が晴れる日は永遠に来ないという不条理を意味していた。

 

 苛立ちしか覚えない。

 

 一樽のワインに一滴でも汚泥が混じれば出来上がるのは一樽の汚泥だという。

 思い遣りだの誇りだのと人間の美徳をどれだけ並べ立てても、同時に他者を欺き踏みにじる悪意があるのならば“それが人間の真実”だ。

 

 

――――なのに何故人間はそんなに綺麗な皮を被っている?

 

 

 美しいあなたを見て恋をした。

 真剣な君の顔を見て信用する。

 利発そうな子で期待が持てる。

 

 汚泥なら汚泥らしく、おぞましい化け物の姿でもしていればいいのだ。

 なまじ無害そうな外見と繊細で脆い肉の体が、その内に秘めた黒いものを見誤らせる虚飾となる。

 

 小賢しい。癪に障る。

 何よりも害悪なのは見た目を取り繕うその殻だ。

 

 だから自分は真実を写し出す鏡となろう。

 衆生須らくその悪意を解放しろ、己の認めるのは一切の御託の介さぬ純粋な闇なのだから―――。

 

 

 

 それはかつてこの終末世界そのものを包み込んだ渇望(いのり)であり、そして『神座』から彼自身が蹴り落とされた原因たる敗着点だった。

 

 

 

「祈りに貴賤は無い。正も善も、渇望を測る概念としては不的確。

 だとしても――――徒に誰かを踏みにじり、無為な涙を流させるのならば、貴方は邪悪に他ならない」

 

 光届かぬ深海。

 生半な存在ではその身に襲い掛かる圧力で自身を保つことすら儘ならないこの空間は、殺人の異形達の本拠と呼ぶべき場だった。

 

 邪神がいる。

 

 海をどれだけ航行してもたどり着けない、純粋な現実とは言い難いその空間。

 それを埋め尽くす小さな星と見紛わんばかりの巨体は、生理的嫌悪どころか常人が見れば比喩抜きで目が腐って発狂しかねない濁々とした黒を体表に貼り付けている。

 規則性など欠片も無くあちこちから不恰好に蠢く触腕を生やし、その末端からは毒とも瘴気ともつかぬ黒い何かを水中に撒き散らしていた。

 

 そして異形の長に相応しいその不定形に従い控える様に、見るからに凶悪な砲や重厚な船体装甲を備えた人型の深海棲艦が漂っている。

 

 全て叩き伏せられ、残骸となって漂っている。

 

 空母も戦艦も泊地も、肩書きに興味は無いとばかりに悠然と佇み、一人堂々と邪神に相対する艦娘がそこにはいた。

 艶やかな桜の装いが似合う黒髪乙女、戦艦・大和。

 大掛かりな砲身をすらりとした両腰に備え、並の男を上回る長身の存在感がそんな艤装に負けずむしろ見事な威風堂々を体現していた。

 

 万人の目を惹く美貌に反し、彼女を観測し得る者など当然ながら敵ただ一人。

 お互いにその事実に何ら思うことがありよう筈もなく、“何万度目かの”激突を再開する。

 

「己が意に沿わぬ全てを奪い、喰らわんとする邪悪。故に―――――」

 

『――――――!!』

 

 黙した襲撃………持たなかったのは発声に必要な器官か、理性か、それとも意思か。

 触れるだけで数百の尉官級の艦娘を死に至らしめる暗黒の瘴気を纏った触腕が大和を襲う。

 直径だけでも彼女の身長を優に超える猛毒の質量を………羽虫とまるで変わらない無造作さで振り払った。

 

 幾多ものうねる黒条が次々と振るわれるが、海水を猛烈に撹拌しながら目にも止まらぬ速度で迫る猛威は大和の細い眉一つ動かすことが叶わない。

 見切り、捌き、弾き、さらりと掴まれては即座に捻り切られる。

 目眩がしそうな質量差と裏腹に、圧倒しているのはどう見ても等身大の艦娘である大和の方だった。

 

 それでも“鬱陶しいと思わせる程度のことは出来た”のか―――彼女の腰に備え付けた砲が轟炎を噴き上げる。

 

 直撃。三光年の彼方へ、深海を突き抜ける。

 

「いたぶる趣味はありませんが、敗者の定めです。

 全てを奪おうとした代償は、………何も為し得ないまま、全てを奪われ朽ちることのみ」

 

 肉眼で観測するなどという考えが鼻で笑われる程に吹き飛ばされた邪神に、しかし尚も精密無比な弾道が掠める。

 邪神の表面と触腕のみを削り取る火炎の帯が、刹那の内に都合二十八。

 その数と同じだけ筋状に剥ぎ取られた邪悪の殻が、いっそ哀れな姿を晒しながらも歪に再生し元の形に戻ろうとしていく。

 

 それを大和は、開いた距離を浮遊した体勢のまま、光よりは遅い程度の速さで詰めながらも更なる追撃は行わなかった。

 

………スケールが違う。

 

 上下左右に果ての無い深海という矛盾した特異の地点にて、一撃一撃が数多の星を砕く神威を何億回でも繰り出す“戦艦”大和。

 表層の世界において繰り広げられる殺し合いをまるで蟻だと嘲笑うような規模の戦いは、しかし■■した主の渇望の恩恵による異能によるものではなく、ただただ彼女に許されたスペックを発揮しているに過ぎなかった。

 

 それはかつて世界を地獄に叩き込んだ邪神を単独で敵に回しても尚圧倒的優勢を保っている。

 

………当然の話ではあるのだが。

 

 邪神は一度敗北し貶められたから邪神なのだ。

 新たな理が異形を『深海棲艦』という型に嵌めることで許容しているから、防衛に特化している訳でもないそれが未だに存在できている。

 しかし敗者の烙印を押されている以上、“生まれ直し”でもしない限りは勝者の側にある大和に利があった。

 

 だが、それが故に。

 

『―――――!!』

 

「てぇっ!」

 

 着弾点を疎らになるようにしながら、副砲を連射する。

 煙とばたつく触腕を悲鳴の代わりにする標的を、“殺してしまわないように”注意を払う必要があった。

 

 邪神を殺すということは旧世界の名残を完全に消し去るということ。

 そうして完成する新世界は、『人間』は誰一人として生命を紡ぐことの出来ない地平にある。

 

 それは、大和の主が望んでいる事ではなかった。

 

 邪神が勢力を巻き返して旧世界の地獄を再来させることの無いように叩き続けながらも、過大な神域の力を制御して相手を仕留めきることが無いように、生かさず殺さずの戦いを何十年も繰り返す。

 それによって表層の世界の均衡を保つという繊細で気の遠くなる業を背負い続ける理由は、提督の願いに寄り添う愛情と忠誠心、そしていたわり。

 

 己を追い詰める艦娘の大和にかつての邪神が疑った嘘偽りが露ほどにも無いのは、どこか皮肉めいている。

 

「まだまだ………この大和、運命(さだめ)の許す限りお相手しましょう。

――――もっとも、そう先のことではないようですが」

 

 主との繋がり一つで長き闘争に浸り続けた彼女の独白には、どこか愁いが混じっていた。

 正真正銘、神の力を振るう大和ではあるが、それは全能を意味している訳ではない。

 そもそもこの世界の『神』というシステムがそんなに便利な代物ならば、あらゆる意味で現状の事態にはなっていない。

 

 殺さないように手加減しても、殴り続ければ衰弱するという当たり前の理屈。

 

『――――』

 

 そして、隙あらば逆転を狙おうと身を削って瘴気を発散し、『深海棲艦』を活性化させる邪神の行動自体が消耗を加速させている。

 深海の中で立ち昇り世界に拡散していく悪意を見送り、また暫く提督達と深海棲艦の戦いが激しくなることを理解しつつも、大和は己の戦場に向き直った。

 

 邪神との戦いと言ってもやっているのは所詮時間稼ぎ、いつか破綻を来し敵を殺さざることを得なくなるのが分かっていながら、彼女の心には一点の曇りも無かった。

 

 

「それでも、大和が絶望に屈する事はあり得ない。

 提督ある限り、決して折れません!」

 

 

 何十年、顔を見る事すらできていなくとも、その存在こそが彼女を構成する全て。

 だから、大和は主が望むままの大和で在り続ける。

 

 残酷な世界ながらも多くの人々が生きる均衡を保ち続ける影の功労者。

 見返りなどどこにもなくとも、彼女は望まれた“憧れの正義のヒロイン”を貫き続けていた。

 

 

 





☆設定紹介☆

※大和(艦娘)

 『この世界の』“メインヒロイン”にして全ての艦娘の原型。
 彼女のみ同名の別艦娘が存在しないオンリーワンであり、性能・在り方・存在価値などあらゆる面で最も恩恵と優遇を受けている。

 属性は『頂点に立つ者』、表性は『勇気・愛情・忠誠・仁慈』、対性は――――『存在しない』。

 有象無象の艦娘・深海棲艦と文字通り次元の違う領域にいる完璧超人だが、彼女と互する、或いはその見込みのある艦娘を有する提督のみ元帥から“大将”の階級というか称号が与えられる為、現状『鎮守府』では中将が事実上の最上位となっている。

 インフレ極まっ………もとい世界の特異点にてラスボスをトドメ刺さないようにフルボッコし続けている為、暫く再登場はあり得ない。


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