終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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 変態は強い(理不尽)

 という前提を抜きにして場面だけ見ると、なんか今までで誰より主人公してる瑞鶴さんがいる気がする、不思議!




実力

 

 

 突然のことだった。

 

「あ――――これ、ちょっとまずいかも」

 

「提督ッ!」

 

 二十分ほど進んだだろうか、急に声を張り詰めた『瑞鶴』が全力で土を蹴り……加速した。

 『領域』の外側から押し寄せていた深海棲艦の一団、それを人里から余裕を見て離れた地点で迎撃する為に向かっていた所だった筈が、『瑞鶴』の向かう先はその人里の方向。

 突然、かつ風の如き素早さで方向転換した駆け足に反応できたのは第六感の繋がった配下である翔鶴だけで、航輔も電も一瞬惚けてはその間に置き去られそうになっていた。

 

「な、何なのです……!?」

 

「………、ッ」

 

 慌てて後を追う―――拗れていても同じ判断を咄嗟にした主従は、全力疾走しても擬似姉妹の後ろ姿を見失わないようにするのが精一杯だったが、息せき切らせて後を追う。

 道ならぬ道で草木をかき分け、小さな森を抜ける。

 障害の多い道のりに疲労感を覚えながら、しかしそれとは別に心臓が不規則に脈動する感覚を航輔はその時感じていた。

 

 それは、まがりなりにも戦場の空気に慣れ、異形の理由なき悪意と殺意という形のない感覚を何度も経験したからだろうか。

 あるいは――――この世界ではありふれた“惨劇”を体験した記憶が予感を身につけ、警鐘を鳴らしているのか。

 

 段数の少ない地層の露出した岩壁を一息に駆け上がり、開けた視界に移る村の有り様を見た時、驚きという感情だけは何故か存在しなかった。

 

 

 

…………この世界では、提督となり得ない一般の民衆は重い代償を支払いながら『鎮守府』の庇護を受けている。

 

 至極単純な制度―――税金を納めているから、共同体に守られる、という仕組み。

 やり方さえ知っていれば誰にでも作れる程度のものしか作れない製造業や、ただの農民、そんなものでは食うや食わずの生活しかできなくなる程度の租税が『守るべき民衆』で居続ける為に要求されている。

 納めないのであれば異形蔓延る外界へ追放かスラムの仲間入り。

 それを非人道的と見る者が居るとすれば単に育ちの問題であろうが、安全をカネで買うと解釈すれば貧しさをよしとする者達が大多数である。

 

 だが、その買い物の値段設定が適正か否かなど誰も知り得ない。

 殊に払うことの出来る金額によって『領域』の中でも住める場所が変わってくる制度が採られている以上、その最も外側という危険地帯――というよりいざという時の肉盾に配された者達を慰めるのは、「民衆でさえ居られなくなった奴らと自分は違う」という哀しい虚勢だけだったのかも知れない。

 

 今日ここで死んだ者達の内心など――永遠に判るはずもなかったが。

 

 

「―――っ!」

 

 貧しさに耐えながら今日まで生きていたのだろう、スラムの人間と大差の無いボロ切れを被った人々の骸を飛び越えながら、『瑞鶴』と翔鶴は駆ける。

 垢で黒ずんだ皮膚は赤みも青ざめもしない呪わしき死に化粧、以前に何時洗ったかも知れない縮れた髪は移し世への未練が手繰る切れる定めにしかない糸。

 惨めな屍を踏み抜かないように二人が注意しているのは、冒涜しないようにという心遣いではどちらかといえばなく、不衛生さから来る生理的嫌悪により忌避したのでもない。

 

 戦場で不安定な足場を踏むのを避けた、それ以上でも以下でもなかった。

 

 獲物を探して徘徊する鈍重な巨躯や、獰猛な肉食獣がより威圧感を増して跳躍する圧巻の光景、そしてそれらが身に付けた火砲の発射音。

 ありとあらゆるモノが焼け漕げる臭いが血臭に混ざる空気を裂いて、『瑞鶴』の操るミニチュアの戦闘機が飛翔する。

 

 平和ボケした春也の世界では十人中十人がよくできた玩具と判断する大きさでしかないそれらは、しかし黒い鋼鉄の表皮を食い破る凶器をどれもが備えている。

 内蔵する機構がそれぞれ一斉に火を噴き、秒間に幾多も吐き出される弾丸がその発射音を絶え間なく掻き鳴らした。

 

 直上から、死角から、あるいは正面から、嵐の中千々に乱れる雨粒の如く機銃掃射が空間を支配し、深海棲艦達は断末魔を上げることすらできずに脆い関節部からばらばらに解体される。

 

――――否。そもそも声を発する機能があったのか、と。脆かったのは、本当に関節部だったか、と。

 

「何かが違う。………これは、本当に“生きて”いたのですか?」

 

「そもそもこの私がこれだけの集団の移動を見逃したっていうのも変な話だったし………となると『内側から湧いて出た』、って考えないといけないのかなあ」

 

 戦闘機の銃弾だけでフネを何隻もスクラップにしたと考えれば無茶苦茶なことをしでかした『瑞鶴』は、そんな非常識は当たり前だとして目の前の別の非常識に対応すべく考えを巡らせる。

 これまでその腕前で何百何千と葬って来た異形と比べて、この村を襲っているモノ達の空気や反応が違うのは歴然だった。

 果たして、その意味するところとは―――、

 

「――――提督ッ!!?」

 

 爆閃。

 

 隙有りと言わんばかりに、首だけになった陸上種巡洋艦級の咢が独りでに跳ね、思考するその頭を丸呑みにせんと猛然と噛みついて来る。

 この世界には無いものだが、まるでホラー映画染みた真似……しかし翔鶴の心配を余所に無造作に操った艦載機の急降下爆撃であっさりと“はたき”散らし、そのまま振り返った『瑞鶴』は確信ありげな瞳を向けて言った。

 

「そこの所どうなのかな?隠れてこそこそしてる腰抜け提督さん……?」

 

「………ッ!」

 

 安い、というより乗る敵など居ないだろうと軽く繰り出した挑発に、その相手は乗って砲弾で屋根の陥没した廃墟の影から姿を現した。

 背丈で言えば従えている駆逐艦の少女よりも一段ほど高いだけの子供だった。

 

 ただ、提督の見た目など内心や能力の判断基準には全く役に立たないというのは『瑞鶴』自身が最たる例である。

 それでも提督である少年が隈の走った容貌に浮かべる狂相と、陰鬱げに視線を落としがちな艦娘の少女という対比しやすい構図からは不吉な予感を覚えるものだろう。

 

 しかし骨の髄まで演技根性のその変態は、軽い口調を一切崩さずに問い掛けた。

 

「春也くん達から聞いてるよー?練度欲しさに提督を襲う提督がいるんだって。

 なんでも死体を操るとか………いくら深海棲艦が化け物だからって、首だけで動いたりはしないと思うんだけどな?」

 

「……………伊吹、春也」

 

「で、なんで今度はふっつーの人達を殺して回ってるのか訊いていい?獲物の提督をおびき寄せる、っていうにはちょっと賭けなやり方だと思うけど?」

 

「…………」

 

 艦載機の素となる矢を三本ほど指に挟んで弓の弦を弄びながら、つらつらと『瑞鶴』は話し続けた。

 この世界において提督の絶対数が少ないというのはそもそも敵となる深海棲艦の数が多過ぎるというだけの話で、探せば見つからないほどではない。

 こうして拠点を襲い、それに対処しに来た提督を狙う―――なんてイレギュラーが起こりかねないやり口より効率的なやり口など阿呆でも思いつくだろうと。

 

 そう遠回しに馬鹿にしながら言葉を投げられ、少年が返したのは嘲弄の笑みだった。

 

「く……ふふっ、ははは!!お前ら提督はやっぱり知らないんだな!?偉そうにしてる癖に口だけでさ!

 ああ、バカだバカだ、バカばーっか!あははははは!!」

 

「っ、この……!」

 

「はい落ち着いて翔鶴姉。で、そこまで言うなら語ってみたらどう?今明かされる衝撃の真実ってやつを」

 

 子供の戯言………やっていることを見ればそれでは到底済まないが、それでもむっと来ている翔鶴を押し留め、『大人のお姉さん』のように続きを促す。

 無駄口だろうがなんだろうが語りたいのなら語らせればいい、少年の優越感と無知を見下す視線からして、蘊蓄や話のタネになる程度のネタは教えてくれるかも知れない。

 

 無関心さからくる寛容を受けた少年はつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「ふん。人間の死体でも使いではあるんだよ」

 

「だ……め…!」

 

「相棒の艦娘ちゃんは止めてるみたいだけど?」

 

「――――うるせえよ。こいつは俺の能力を使うための家畜だ。

 本当ならいるだけでも目障りなのに、口答えなんか誰が聞いてやるか!!」

 

「あっ、ぐぅ………!?」

 

 肉が土に叩きつけられる嫌な音。

 おもむろに口調を荒げた少年は自らの艦娘の髪を鷲掴みにし放り捨て、二三ほど蹴りつける、慣れた様子で振るう衝動的な暴力。

 

 普通なら“兵器”と分かっていても哀れさをもたらすその場面に、しかしそれがあの提督と艦娘の関係性なのだろうと今しがたの話以下の関心しか『瑞鶴』は持たない。

 だがタイミングとしてはその暴力がこれ以上振るわれる前に助けるような形で、さっさと続けてと促した。

 

「それで、死体をどうやって使うっていうの?」

 

 

 

「――――――自分で考えろ、ばーか」

 

 

 

 返答は、それこそ子供のような生意気さと、そして死体。

 

 死体、死体、死体、死体死体死体死体

死体死体死体死体死体死体死体死体死体

死体死体死体死体死体死体死体死体死体

死体死体死体死体死体死体死体死体死体―――――。

 

 土がぐずぐずと崩れるような不快な光景と共にめくれあがり、黒い表皮に覆われた生物のようなナニカが壊滅した村のいたる所に現れる。

 四脚なのか二脚なのか、首がどちらに付いているのか砲そのものになっているのは足なのか手なのか、もはや深海棲艦と呼ぶべきなのかも分からない文字通りの異形達が三百六十度どちらを見回しても湧き出している。

 

 数だけなら海で春也達が見たものと変わらない、凶悪な死体の群れ。

 死体故に声を発するでもないのに、どろりとした黒い靄がまとわりつくように重苦しく精神を圧迫してくる光景。

 

「て、提督………これ、まさか、元は――――あ、ぅ」

 

 そしてその群れを占める大半が、陸上種駆逐級よりもさらに小さい“等身大”の大きさであることに、おぞましい想像に行き当たった翔鶴が青ざめる。

 足の力が急激に抜けて、そのまま膝から崩れて思わずへたり込んだ彼女の頭を優しく撫でると、………崩れぬ笑顔の中に確かな怒気を交えて、『瑞鶴』は弓に矢を番えた。

 

「そうなると……うん、衝撃の真実っていうのが何かもなんとなく分かった。

 

 

――――でも、どうでもいい。そんなことよりキミ、いま翔鶴姉を悲しませたよね?」

 

 

「てい、とく………?」

 

 その声音に、自分が初めて知る“提督”がそこにいた気がして、戸惑いながら見上げた先にはやはり超然と『理想の瑞鶴』を演じる主の姿があった。

 

 それは、傍から見ればもはや何百体にもなるバケモノに囲まれ自棄になっている小娘にしか見えないかもしれない。

 事実少年はにやにやと馬鹿にした表情でそれを眺めていた。

 

 駄目押しとばかりに傍らに継ぎ接ぎだらけで身体のあちこちがズレた、いつぞやの人型空母の死体を控えさせている以上、それは過度な慢心とも言えない。

 もはやその折れた翼で飛翔することはできないだろうが、『瑞鶴』が操る艦載機の倍以上の数の凶鳥を吐き出すことは可能なのだから。

 

 だが。

 翔鶴は確信している。

 

 なのに。

 少年は予想だにしなかった。

 

「な、ん――――?」

 

 

 戦闘開始―――五分。五分間経った。五分間もあった。

 

 

 殺到・蹂躙・圧殺、その操作を全ての死体に行き渡らせ、当然の勝利を予期していた彼に対し、『瑞鶴』は一歩も動かなかった。

 

 “動かすことができなかった”。

 それどころか、座り込んだままの翔鶴共々、かすり傷一つつけることが叶わなかった。

 

 結果だけを言われても何も分からないだろう。

 だが、過程をその目で見ていた少年にも何が起きたのか分からない。

 

 絶え間なく襲う異形の群れは、穿たれ爆ぜられ例外なく殲滅される。

 積み上げられたその肉片すらも障害となり、爪の先も刻むこと能わず。

 

 潜伏させ、至近距離に突然出現させた死体が、そちらも紙一重のところで何もできなかった―――まるで「紙一重のところまでなら近付くのを許してやる」とまで言わんばかりの余裕の表情を浮かべる相手に。

 

 痺れを切らし、人型空母から吐き出した数十の艦載機からの一斉射撃・爆撃――――それさえも、寸毫届かないッ!!

 

「なんなんだよ、お前はッ!!?」

 

 魔法か、それこそ異能染みた魔の五分。

 

 だが、『瑞鶴』の異能はその姿への変身であって、スペックのみの戦闘能力で言うなら空母艦娘の枠を逸脱することは無い。

 である以上、それは純然たる実力だった。

 

 何百もの敵の中で脅威になるものを優先順位をつけて全て見極める反射と判断力。

 文字通りの死兵かつ奇形の存在が構造的に無力化する部位を、一瞬で射貫く掌握と制御能力。

 一歩も動かぬまま敵をいいように誘導し、射線を塞いで盾にもする予知にも似た戦術と思考能力。

 

 死体を“操る”少年は、艦載機を“操る”瑞鶴と実力差があり過ぎた。

 ちょっとばかり数が多く、応用が効き、便利な手が打てるというだけで―――それでも同じ“操作”という土俵に立っている以上、技量の差が介在する余地というものが存在してしまう。

 その差が理想の〈無敵の〉女の子になりきることを追究した『瑞鶴』とかけ離れ過ぎていて、その場から動かない相手に傷一つ負わせられないまま自分の操作する手駒が溶けるようにその数を減らしていくのに、何をどうされたのかを理解することもできなかったのだ。

 

「数ばかり多くても、ね。

 玩具の使い方を間違えたおこちゃまに、瑞鶴ちゃんが一つ教えてあげるっ」

 

「………!?」

 

 その時、『瑞鶴』はやっと一歩動いた。

 双房に分けた髪を翻し、片目を一瞬ぱちりと瞑り決めポーズを取る、その為だけに呆気なく。

 それは見た目だけなら愛らしいのだろう――――ここが虐殺のあったばかりの村落で、それを行った死体を操る外法者を相手にしていると考えなければだが。

 

 ターンを決め、びしっと真っ直ぐに相手を指差して、そのプライドを踏みにじるように意趣返しを突きつけた。

 

 

「バカって言った方がバカなんだぞ☆」

 

 

 





☆設定紹介☆

※内向きの祈りを持つ提督とその艦娘

 こんな芸当をかます五航戦(?)に六隻がかりで演習を挑まされた挙句惨敗して、川内に煽られて涙目になった一航戦がいたらしい。

 それはさておき、『自分がこうなりたい』系統の渇望を持つ提督は異能も提督側に効果を与えるものが多く、制御権を提督が持っている場合も多い。
 しかも強力な異能であればその分提督の我も強い傾向にある為、ともすれば戦闘時に艦娘が異能の媒介以外にすることがない置物と化す事例も発生する。

 兵器としては本末転倒というかアイデンティティがクライシスな気もするが、艦娘の真価は異能の発現だからというフォローができるかは………人というか艦娘それぞれか。

 幸せな事例は(性質というか性癖の残念さを無視すれば)ヒロインムーブしてる翔鶴姉、不幸な事例は今回の敵に家畜扱いされている娘。


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