この話考えた時にね、艦娘って書いてエイヴィヒカイトって読むと無茶苦茶頭悪いよね、っていう発想があったんだ。
で、それ前作のあとがきで言っちゃったんだ。
別に自分だけがそんな斬新な発想してた俺すげえとか、自分以外にこんなの考え付く人がいる訳ないとか思ってた訳じゃないよ?ないんだけど。
……………あったよ他にも。艦これとDiesクロスさせて、艦娘を聖遺物っぽい扱いして書いてる作品。
サッドライプにその作品とその作者を馬鹿にする意図はございません本当に申し訳ありませんでした(土下座
「提督様じゃ、提督さまじゃあ!!」
「ありがたや、ありがたや……」
「ほんにありがとうございました……!!」
「てーとくさまー」
「…………何これ?」
「ちょっとついていけないっぽい……」
提督、伊吹春也とその艦娘、夕立。
着物の集団に跪かれ、手を合わせて拝まれていた。
着物と言っても、麻の質感が目に見えて分かるごわごわのそれで、何度も継ぎ接ぎした跡が誰のそれにもある。
その背景には彼らの住んでいるであろう、地震でも来れば簡単に倒壊しそうな木造のボロ家が、ちらちらと芽を出しつつある畑を挟んでまばらに建っているのが見えていた。
そんな、過疎の田舎集落―――あるいは、この世界ではこれが普通なのかも知れないが―――そんな場所で春也がお地蔵様よろしく奉られているのは何故か。
他でもない、つい先ほど深海棲艦から助けた子供が、山菜取りに出ていたこの村の有力者の子だったと、それだけの話だ。
「平太、もう一度提督様にお礼を言いなさい」
「…………提督のにーちゃん、ありが……ぅ」
「こりゃ、なんねぼそぼそと!それが人様に頭を下げる態度かい!?」
「―――っ」
生意気盛りの子供だろう。
平太少年は、自分より少し背が高い程度の母親の後ろから出ることなく、そして春也達……特に夕立と、というか主に夕立と目も合わせようとはしなかった。
気持ちは………分からなくもない。
深海棲艦に襲われ、助けられた後もしばらく震えて立ち上がれなかった彼を、春也は一応回復するまで待ってあげようと提案した。
だが、夕立が。
平太少年と見た目同年代で、彼より体格が小さく、そして田舎の山村の少年では見たことも無いくらいに可憐で垢抜けた美少女である夕立が。
平太少年にとって初恋の一目惚れになっても何も不思議なことはなかった夕立が。
「待つの面倒っぽい」
彼をひっくり返してうつ伏せにした後、腰に手を回してどさっと荷物でも運ぶように肩に掛けた時点で1アウト。
扱いの粗雑さは気絶した春也を負ぶさった時の丁寧さと比べるべくもない。
そして丁寧さ云々以前の問題として、男のプライドとかそういうものに夕立は完全に無関心なのがよく分かる無造作加減だった。
そしてそれこそ荷物扱いして置き去りにしていたリヤカーのところまで運び、資材―――“深海棲艦の死骸”を山積みしているそれに乗せて2アウト。
ついさっきまでのトラウマを直撃されて震える平太少年を本当に面倒そうに、彼が多少暴れても荷が崩れないように一部の中身―――重ねて述べるが、“深海棲艦の死骸”である―――を改めて体の上から置き直す追撃込みである。
そして、持ち方の都合上仕方ないのだが……くの字に折れるように、少年の腹を肩で支えていた夕立。
彼の股が触れていたセーラー服の二の腕部分の袖が、『アンモニア臭のする液体』で湿っているのに気付いて顔を顰めながら一言。
「………………ばっちい」
「――――!!??」
自分から担いでおいてこれである。
というか死にそうな目にあって漏らしたなど、仕方ないことなのだから触れないのがお約束だろうに。
満場一致の3アウトチェンジだった。
チェンジというかやり直しを要求したいくらいの処刑シーンだった。
念のため言っておくと、夕立に悪意はない。
それどころか、他の深海棲艦も近くにいる可能性を考え、早く自分の家に送り届けた方が安全だという至極合理的かつ善意に満ちた対応である。
ちょっと、そうほんのちょっとばかり無垢無邪気無頓着で、将来は好青年になるだろう目鼻立ちのすっきりした顔をくしゃくしゃに歪めてぐすぐす泣きじゃくりながら運ばれる平太のことを、深海棲艦に襲われたのがそれほど怖かったのだろう、と勘違いする純粋さ具合が問題だっただけなのだ。
思い返すだけでも涙が出そうになる、平太に対してひたすら不憫としか言えない春也。
母親に怒られて小さくなっているその息子の平太を、春也は庇わざるを得なかった。
「なあ、平太君も大変な目に遭って疲れてるんだ……ッ。頼む、休ませてやってくれよ」
「っ!?提督さま、なんと慈悲深い方なのだ……!」
「え?」
「当然っぽい!それが夕立の提督さん!!」
我ながらちょっとばかり感情を込め過ぎてるだろ、と思うくらいに情感たっぷりに言うと、ちょっとだけ良さげな着物を着ている平太の父親が膝をついてそれを汚しつつ、何故か涙を流さんばかりに身を震わせながらこちらを仰ぎ見ていた。
そして夕立が悪ノリ……いや、純粋に春也が良い評価をされて喜んでいるだけかあれは。
更にざわざわと村人達が小声で何か話すと、やがて更に腰を低くして拝まれた。
なんか念仏っぽいものを唱えだす者までいる。
このまま適当に深そうなことを言っていけば教祖にでもなれそうだった。やらないけども。
「……………とりあえず、今晩寝るとこどっか貸してくれない?」
いい加減カオスな空間をどうにかしようと、春也は溜息を吐きつつ平太の父親に願い出たのだった。
…………。
寝床だけ、と言わず。
村一番大きな平太の家で、宴会を開いて春也と夕立はもてなされた。
出された食事はよく分からない山菜と老いた家畜の肉という忌憚なく言えばあまり積極的に味わいたいとは思わない代物だったが、この村では精一杯のごちそうになるのだろうと考えて、空気を読んで舌鼓を打っているふりをしておいた。
酒も勧められたが春也は未成年なので、飲めないのだと断ると二度目は勧められなかった。
代わりにじゃあ俺が飲む、と言い出すおっさん村人が何人かいたが、彼らはそのまま末席に酒と一緒に隔離されていく。
その際粗相をするなよ、という小声だが鋭い警告が聞こえてきた。
それらを含めこれまでの経緯を振り返って、村人―――というよりこの世界の一般人に、“提督”がどれだけ敬われかつ畏れられているのか、なんとなく分かった気がする。
春也以外の提督、というものが会ったことがないのでよくイメージできないが、要は化け物を狩るそれ以上の化け物染みた力を操る存在と考えれば、村人達の対応も決して大げさではないのだろう。
虚栄心も名誉欲もあまり持ち合わせていない春也にとって、そんな下に置かない扱いをされても嬉しくもなんともなかったが。
そういう意味では、平太の母親の態度だけが唯一安心した。
一言だけ改めて息子の命を救ったことに感謝を述べ、あとは礼を失せず春也と向かい合って話し相手を勤めていた。
必要以上に萎縮することもなく、かと言って馴れ馴れしくもなく。
若い頃は綺麗だったのだろう、そこに少しずつ苦難や経験を皺という形で刻んで来たという印象を受けた。
縒れた髪を手拭いで束ねてきびきび動くいかにもな肝っ玉母ちゃんながら、不意に物腰から伺える育ちの良さが――――どことなく、春也の母に通じるものがある。
「母さん、父さん―――心配してるんだろうな」
切りのいいところで宴の席を辞し、宛がわれた空き家。
三日ぶりの風呂―――初めて入るドラム缶風呂―――を上がって、火照る肌を冷ます。
ぺたんこの布団をくるまる様に羽織りながら、隙間風で熱が逃げる感覚の中、春也は物思いに耽った。
「提督さん、帰りたいっぽい?」
「………そりゃな。帰れるなら帰りたいさ」
傍らで不安そうに眉尻を下げながら問う夕立に、誤魔化すことは出来ないだろうと正直に答える。
絵に描いたような幸せな家庭だった。
大企業の管理職として立派に働きながらも随所で休みを取り、春也とたくさん遊んだり学校行事などを欠かさず見守ってくれた父。
春也に甘くて、ひたすら優しくて、しかし家のことはしっかりこなして家庭を守り続けていた母。
愛されていたと何のてらいもなく断言できるし、息子の贔屓目を抜きにしても立派で尊敬すべき二人だった。
「でも、きっと帰れない」
“だった”。
そう―――過去形だ。
何の準備も心構えもなく唐突に投げ出された異世界、そこから元の居場所に帰れる可能性を、春也は敢えて無いものと考えていた。
来たのだから、帰れるに違いない――――そんな理屈は、十割が願望で出来た妄想の産物だろう。
この世に可逆の変化と不可逆で一方通行の変化、どちらの割合が圧倒的に多いかなど考えるまでもない。
この望まぬ転移が都合よく前者の稀少例であるなどと、儚い希望を抱き続けることも。
そうであることに賭けて、この生きづらい世界で試行錯誤する諦めない意志も。
放棄してしまうのが一番簡単で、早い。
ある意味現代の若者らしい怠惰さと理屈で、割り切った。
「帰れないんだ………っ!!」
「提督さん………」
割り切った、ことにした。
震える声で、悲しそうな声でせめて寄り添おうとする夕立を乱暴に掻き抱く。
世界は輝いていた。
人生は希望に満ち溢れていた。
両親だけじゃない、あの恵まれた贅沢でそれ以上を何も望まない日々を。
失った心の隙間を、埋めようとせめて求める夕立の熱。
「だ、だったら、夕立なら!提督さんはっ、夕立を―――――」
「提督さま、おられるか!?」
「「―――っ」」
………どんどんと扉を強く叩く、焦った様子の村人がその空気を裂いたのは、“春也にとっては”良かったのかもしれなかった。
あのままであれば。
割り切ったのに、割り切ったから悲しいことなんて何もないのに。
何故か泣いてしまっていた気がした。
そして受け入れてくれる夕立に甘え、暴走していたかもしれなかった。
「…………ぽい~」
自分の気持ちが移ってしまったのか、しゅんとして涙ぐんでいる夕立を離し、応答して村人を招き入れる。
平太の父親だった。
息子とやはり共通点の多い髭を整えた精悍な面は、しかし息が整わないらしく赤く染まりながら震えている。
その雰囲気通りに余裕が無いのか、春也に妙に近い距離までずいと詰めてまくし立てた。
「村の者が、こちらに近づいている深海棲艦どもを見たというのです!提督さまの力を、お貸しくださいませんか!?」
意訳すればちょっと戦ってこいという話。
そう意味を吟味しながら春也が至近距離にある彼の目を何とはなしに見返す。
するとふと、追い詰められた者が救いに縋る以外の、どこか余裕が見えた気がした。
――――あれだけもてなしたのだ、持ち上げたのだ、まさか断るまい?
邪推かもしれないが、そんな心の声が聞こえた。
「…………まあ、いいけどさ」
だが断る―――などとネタに走るより、“ゴミ掃除”に勤しみたい気分だった。
なにより、人が死なないに超した事はない。
「行くか、夕立」
「ぽいっ!」
「ああ、そう言ってくださると信じていました!このご恩、きっと一生忘れません!!」
だから、春也は深海棲艦退治の依頼を断ることもなく。
結果として相手の打算通りにその話を受けたのだった。
「俺、ゴミ掃除は案外好きなんだよ。
――――世界が綺麗になると、気分がいいもんな」