終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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 鬱で続きが書きづらかったその反動というか……。
 ある意味これまでで一番頭の悪い回になります。




鬼姫

 

 

 極寒の吹雪が海上に吹き荒れていた。

 次々と白い粒が水面に落ちて結晶となり、小さな華を咲かせては溶けて消えていく。

 そこをしゃり、という音を立てて滑走するのは、ひどく場違いな半袖セーラー服の少女だった。

 

 雪にも負けない白さを持つ肌を素の手足から晒して水上を行くのは、当然ながら人間ではなく艤装と呼ばれる機関を装着したこの世界の超常の兵器である艦娘だ。

 駆逐艦・夕立ーーー雲の高さも判然としない白一色の景色に、頭頂部で一対に跳ねている仄かな赤みを帯びた金髪と、何より血のような紅い瞳を残光を残しながら浮かび上がらせる特徴を持つようになった彼女は、自分が他の『夕立』と一線を画す伊吹春也だけの所有物だと存在で示していた。

 

 その後ろを、流石に自分は防寒具で固めた主が同様に水上滑走で続く。

 

「改二……か」

 

 愛してやまない夕立の強化形態に、本来なら喜び小躍りしてしかるべき春也だが、その変化の起点の出来事を考えればそんな上向きな気持ちも湧いてこなかった。

 彼女と同じく自分を慕い従ってくれていた艦娘である羽黒の死ーーーその直前までの性能を継承し融合した結果の強化なのだから。

 

 とはいえどんなに深い傷であろうと、結局はうつろう情動で。

 一月あれば記憶に変わる。

 それが例え心を切り裂く痛みをもたらすものであることには変わりなくとも、やがては思い出に変わるのだろう。

 

 幸か不幸か深海棲艦の掃滅というより強くなった目的意識を抱くが故に、どんなに悲しくとも春也がその歩みを止めることはない。

 

「夕立……寒くないか?」

 

「大丈夫、っぽい!ーーー人を凍え“死なせる”寒さだもの、提督さんの祈りが護ってくれるわ?

 提督さんこそ、辛くない?」

 

「ちょっと、寒いな…。

ーーーーさっさと終わらせよう」

 

 風の音をも吸い込む静かな雪の中気遣いを交わし合う主従。

 常の元気さを絶やさない夕立の言の通り、彼女の周囲には更に低温となって反射された冷気が光を屈折・拡散させ、淡い極小のオーロラとなって煌めいている。

 自分の異能のことだ、温度変化が夕立にダメージにならないのは今更の話だが、それでも気遣ってしまうのは命の消えやすさを見せつけられてきたからか。

 

 本当は、ちょっとどころではなく、酷く寒い。

 背筋を間断なく小さく揺らされているような気分の悪さが気だるさを誘発している不調は確実に夕立に伝わっているのだろう。

 

 春也にだけ分かる程度に、白一色の海上を見据える紅眼が僅かに細まった。

 

「深海棲艦も異能を使えるーーー元が同じなら当然、か」

 

「……たとえ何が来たって、全部やっつけるっぽい!」

 

 羽黒が沈んで一月。

 つまり、春也がこの世界に来た日付からまだ半年も経っていないし、そんな季節のそれも海上でこんな天気は自然なものではあり得ないだろう。

 

 果たして、雪中を往く夕立と春也の前に“それ”は現れた。

 

 

『■■(帰レ)』

 

 

 髪も肌も衣服もあらゆる装いが白一色。

 白とは人間の本能に骨や髄液、即ち“死”を連想させる色だという。

 雪の海に溶け込むようなその不吉は、しかし外見だけならヒトのかたちを取っていた。

 

 『鬼』。『姫』。

 

 深海棲艦でもとりわけ実力が高く、何より明確な知性を有していることで知られている種類だ。

 

 知性とは、本能が要求する欲求や衝動から分岐し、時にそれら全てを超越しねじ伏せる意思と呼ばれるものの源である。

 祈りは意思から生まれ、それはすなわち渇望を有することに繋がる。

 そして艦娘の原料は深海棲艦――――かつてニンゲンだった残滓が色濃く現れれば、己自身を媒介として異能を表出することもあるだろう。

 

 世界を塗り替える異界の法、それすらも提督達の専売特許ではないと突きつける正真正銘の化け物であり、陸上覇種の『人型』もどきすらも一蹴する最悪の敵。

 

 頽廃と厭世、狂気と残虐が同居する気配を振りまきながら、その外見だけは見目麗しい美女と言えなくはなかった。

 蟲惑を通り越して戦慄を感じさせる肉付きの肢体をシルエットがはっきり分かる薄布で締め、振り乱す長髪は凶悪なまでの凄絶な色気を放っている。

 

『■■■■■■■■■■■。■■■■■■(殺戮ニモハヤ興味ハ無イ。去ラバ追ワヌ)』

 

 そして、老婆の様に悟り切った声色は、少女の様に鈴を鳴らすような声音で紡がれる。

 その内容もまた、深海棲艦の本能を逸脱するふざけた内容だった。

 

 存在全てが圧巻。

 その場に存在しているだけで天候すら四季を固定する能力を持つ凍土の女王。

 一度それに最接近すればしんしんと舞い降りる雪はあらゆる音を掻き消し、波のうねりすら静寂の中で行われる。

 まっとうな神経をしていれば発狂してしまいそうな無音の中で、その怪物の声は聞く者によっては女神の福音の如く響くのかもしれない。

 

 音を掻き消す雪――――『彼女』にとって人間を殺戮せよと響く雑音(ノイズ)は、それを遮るもう一つの世界で周囲を覆うほどに煩わしいものであったのか。

 そしてその世界をかき乱すなら、氷雪に埋もれて酷冷の海に沈んで行けという殺意が空間そのものから感じ取れた。

 

 

 そんな、あの混沌種に勝るとも劣らない桁違いの相手を前にして彼らは思った。

 

 

 

 どうでもいい。

 

 

 

「夕立。―――潰せ」

 

「 廃 棄 ( ぽ い ) っ ♪ 」

 

 

 

 汚物の美しさ?

 汚物の奏でる音?

 汚物の秘める性能?

 汚物の醸し出す気配?

 

 汚物は汚物だろう。

 そんなものを鑑賞する為にこのクソ寒い中遥々航海などする訳があるか。

 

 というよりも。

 そもそも今の伊吹春也は………汚物(ヒトゴロシ)の容姿を人間の造形だと、口から漏れる音を人間の言葉だと認識できない。

 一見、そして当人の自覚としてはまともだと考えているが、羽黒の死の結果それくらいにキレてしまってもう接ぎ直すことも出来ない。

 夕立にもそんな主に対する敵の言葉をわざわざ通訳してやらなければならない義理も無い。

 

 ただ黒いもの。煩いもの。汚いもの。吐き気のするもの。

 今の彼にとって敵とはその程度の記号である。

 

――――他の奴らの手に負えないゴミがあるらしいので、片付けに来た。

 

 表層だけで見れば“その程度”の理由で、空気の振動の停止した致命の結界に耐えるどころか悠々と声すら発してみせることで、強大な化物の見逃してやる旨の言葉を完全に無視し。

 そして夕立が無造作に右腕に出現させた単装砲を発射するのを、麗しき異形は開戦の号砲と認識した。

 

 普通の艦娘や深海棲艦からすればそれは神速の抜き撃ちだったが、所詮は駆逐艦の砲撃。

 音速すら超えられぬ程度で、そう簡単に自らのレベルに当たる訳がない。

 

 自らの異能である『凍止』が碌に機能しない相手である以上警戒はしているが、彼女はこの攻撃を小手調べ程度のものと認識し、脳天目掛けて飛来する砲弾を最小限の首を傾ける動きのみで躱そうとした。

 

 

 そんな『姫』の脳天目掛けて、砲弾が空中にて倍の速度で反射する。

 

 

『■■ッ!?』

 

 流石に不意を突かれるも、何が起こるか分からない提督との異能戦という認識から咄嗟に身を捻り、更なる回避運動を行おうとする。

 

 この程度が手品なら、ぬる過ぎると――――、

 

 

 そんな『姫』の脳天目掛けて、砲弾が空中にて倍の速度で反射する。

 そんな『姫』の脳天目掛けて、砲弾が空中にて倍の速度で反射する。

 そんな『姫』の脳天目掛けて、砲弾が空中にて倍の速度で反射する。

 

 

――――それ以降は、ただでさえ常軌を逸するほどに鋭い感覚が臨死の境地が引き延ばされ、それでもなお覚えた驚愕を面に出す暇も無かった。

 

 

 脳天目掛けて、砲弾が空中にて倍の速度で反射する。

 脳天目掛けて、砲弾が空中にて倍の速度で反射する。

 脳天目掛けて、砲弾が空中にて倍の速度で反射する。

 

 脳天目掛けて、砲弾が空中にて倍の速度で反射する。

 脳天目掛けて、砲弾が空中にて倍の速度で反射する。

 脳天目掛けて、砲弾が空中にて倍の速度で反射する。

 脳天目掛けて、砲弾が空中にて倍の速度で反射する。

 

 

 

 脳天目掛けて、砲弾が空中にて倍の速度で反射する。

 

 

 

「―――夕立、何回“跳ね”た?」

 

「ぽいっ。えーと、ひの、ふの、………12回」

 

「4096倍か。せめて5ケタは安定して出せるようになろうな」

 

「うぅ~~、頑張るっぽい!」

 

 

 童子の戯れ、石で水面を切った回数を問うような気軽さで、春也は従僕の叩き出した砲火の威力を推し量る。

 脳天どころか並の深海棲艦数千を束ねたよりも頑健である筈の『姫』の上半身だけをそっくり吹き飛ばし、置き去られた間抜けな衝撃波が凍った海を荒れ狂わせ下半身を呑み込ませる、そんな光景には特にコメントすることも無かったから。

 

「…………羽黒の分まで、提督さんの敵は全部やっつけるっぽい」

 

 夕立からしても、いつか見た鎮守府最強と同じ位階に達した羽黒の存在を吸収した自分が“この程度”、なんて満足できる訳がない。

 まして、自らの主もまた“こんな程度”で止まる器ではないのだから。

 

 夕立の内心を兆すように、元凶の滅殺をもって空を閉ざした雪雲が退いていき、僅かに陽光が射し込む。

 その頃には激しく揺れる波も落ち着いたが、解放された莫大な練度を蓄積し強化されていく感覚の中で主がふと小さく笑うのを感じた。

 あれ以来暗い表情が多く精神の均衡も危うかった春也の笑みに少しだけ安堵を覚えながら、夕立はその理由を問う。

 

「提督さん、どうかしたっぽい?」

 

「いや、まあ。……現実にこのセリフを言う機会があるとは思ってなくてな」

 

「ぽい?あ、提督さん、気付いてるっぽい?」

 

 気付いたのは『姫』を倒してからだが、何者かの自分達に向けられた視線の存在を感じる―――見られている。

 それを色々省略して暗に伝えると、このやり取りもだな、と何故か苦笑が深くなった。

 

 そして、海面を改めて踏み直した春也は少しだけ恥ずかしそうにしながら声を張った。

 

 

「出てこいよ!いるんだろ」

 

 

「厨二乙――――なんてね。それともあなたにはもっと別の挨拶の方がいいかな、異邦人?」

 

 

 それに応えたのは、夕立ではなかった。

 目を離した訳でもないのに、本当にふと気付けばというさり気なさで一人の少女が春也の眼前に立っている。

 

 そう、海面に立っている―――艦娘か提督ということだ。

 そして夕立よりも僅かに幼いながら繊細に整った美貌、青い瞳に銀の長髪、電と同じセーラー服に黒い帽子とくればその判別に困る訳もない、一部例外を除くが。

 その一部例外のこともあり、いつぞやと同じように春也は誰何(すいか)した。

 

「ついでだ、これも言っとくか。

 お前、一体何者だ?」

 

 対して、少女は目を細めて首を僅かに振る。

 

「それは多分あなたの方が知っているよ。

 ただ私も、お約束のセリフを返す必要はありそうだ」

 

 そして、立ち姿を修正する。

 艦娘の艤装を展開し、僅かに重心を後ろに傾けながら横目気味にこちらを見る………酷く既視感を覚える。

 

 

「なっ……!?」

 

 

「響だよ。

 その活躍ぶりから、不死鳥の通り名もあるよ」

 

 

 別にこの世界じゃそんな通り名は無いけどね。

 

 僅か数秒保たずに前言を翻しながらも、くすりと笑うその艦娘は。

 春也の知る電の姉妹艦である艦娘・響(ひびき)の着任の挨拶を、明らかに意図していた。

 

 

 

 

 

 





☆設定紹介☆

※出オチ姫(深海棲艦)

 もう敢えてどのボスキャラかは言わない、というか言えない扱いになってしまった敵ユニット。

 化物に変えられ、暴虐を撒き散らせと囁く本能が――――ひたすらに煩わしかった、幸か不幸か素質を持っていた元人間がそれを抑え込む為に音というか全ての振動を停止させる異能を開花させた深海棲艦。
 別段正義に目覚めたとか化物になってしまった悲哀とかではなく、単純に自分の行動を勝手に制御する衝動が忌々しかっただけの模様。

 勿論その間に何人もの人間を殺してきたし、深海棲艦からも裏切り者扱いされて狙われ………と、こいつ主人公でダークヒーローもの書いてもいけそうな経歴は辿っていたのだが、厨犬改二に一撃で吹っ飛ばされてしまう。
 詠唱?あったけどする暇なかったよ!
 一応ある程度の実力を持っていなければ近付くだけで心臓の動きも止められてしまうし、作者の精神を削りながら † 詠 唱 † すればザ見えるさんの炎と完全に相殺して張り合えるくらいの冷凍空間を展開できるという設定があったとかなかったとか―――やっぱりなかったとか。

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