【悲報】この作品、原作表示を間違えていた模様
まず感じたのは『既知』――――。
この景色を見た覚えがある。この匂いは嗅いだことがある。
明らかに初めて経験する出来事である筈なのに、記憶がそれを知っていると囁く。
デジャ・ビュと呼ばれるものに、聞き覚えはあるだろう。
その原理の説明などはこの際置いておく。
何せ、この場合そんなものは露ほどにも役に立たないのだから。
さて、ある内向的な少年が現代日本に住んでいた。
友と呼べる者もさしておらず、学業に熱意を注ぐでもなく、趣味と呼べるものはと言えば親の買い与えたパソコンでネットを漁るくらいのもの。
それがある日、とあるブラウザゲームを始めた。
転も破も無い、発展しようもない成り行きだった。
そのゲームに少年が熱中し、イラストレーターの描いた電子画像にヒロインという記号を張り付け、そして恋をしたのだってまあそこそこに聞く話だ。
だが、特異な点があるとすればただ一つ――――その少年が天性とは言えないが、飛び抜け過ぎたある才能を有していたことだった。
“原理の説明などはこの際置いておく”が、少年と同様の才能を持つ伊吹春也もかつて育ったその同一世界において、そういった者達に影響するある特色があったのだから。
既知。
お気に入りの娘が敵の化物を倒した時、感覚の無くなった時刻を教えてくれた時、困難を乗り越えて新たな海へ辿り着いた時、指示の誤りによって悲痛な嘆きを漏らしながら消滅した時、そして、至高と思えるただ一人のヒロインに出会えた時。
少年は現実に己がそこに居て体感したかが如く感情を震わせ、なおかつその一方で。
それら全てに彼は『これはかつて己が体感したことである』という認識を抱いていた。
だから、それはやがて彼の結論になる。
“これはかつて己が体感したことである”。
このゲームはただの虚構なんかじゃない、この魅力に溢れた世界はどこかにある。
自分はそこでヒロインと結ばれ、そして戦いの歴史を刻んでいた。
今すぐにでも行きたい、否、戻りたい、旅立ちたい、どこにあるのだ理想郷!!
…………忽ち少年の中で確信になってしまった認識を、果たして現実と妄想を混同した愚かな白痴と笑うべきだろうか。
そうは思わない存在がいた、だから少年はある日突然愛する現実(ゲームのモニターの前)から弾き飛ばされ、世界の壁を超えて不信の邪性が蔓延るある地獄へと漂着する。
そこで春也と同じように、人々を虐殺する異形を見て………彼は悦んだ。
深海棲艦(バケモノ)がいる。ならばここには艦娘(ヒロイン)がいるに“違いない”―――――!!
その認識は、少年の圧倒的な才能と何よりも強い妄信を『祈り』へと変えた。
斯くして法則は流れ出る。
旧き世界の終わりであり、一つの始まりだった。
…………。
「――――ッッ!!?」
断片的な映像と、何故か繋がる物語。
そんな奇妙な夢から我を取り戻し、伊吹春也は跳ね起きる。
白いシーツを捲りあがらせ、ベッドから飛び降り、一定のリズムで揺れる船室の床に立ち尽くす。
どれも荒れ果てた終末世界に有り得ない筈のモノで、しかし確かに夢から覚めたことに安堵する不思議な心境。
「ぽぃ……」
眠りが深いのか、春也が先程まで意識を沈めていた寝床にすっぽりと収まっている夕立が、春也の動転にも拘わらずすやすやと安らかに寝顔を曝していた。
それを見て平静を取り戻した春也が、毒づくようにして疑問を吐きだした。
「なんなんだ一体……」
「―――最も新しい創世神話、かな」
「ッ!?」
部屋の出入り口は軋みの大きそうな木製のドアのみ、あとは白塗りの壁と丸い子窓くらいの密室で、やはり突然現れた少女がそれに答える。
気付かない筈が無い気配が急に生まれる感覚にどうしてもペースを乱されながら、春也は海上でもこうして現れた響の前で急に意識を失ったことを思い出した。
ここはどこだ。俺たちに何をした。一体何が目的だ。
当然に湧いて出る春也の更なる疑問が分からない筈はないのに、落ち着いた、しかしどこかからかうような声で自分の言いたいことを話し続ける。
「その少年はどこまでも純粋だった。夢見た世界が実在すると確信し、いつかそこに辿り着くのだとごく自然に信じていた。
悲しいかな、あるいは滑稽かな世界の仕組みは、そういう人の最も真摯な祈りを受け止めるように出来ている。
だからこそ――――この世界は、少年が望んだ世界に姿を変えた」
「わけが分かんねえよ。話が抽象的過ぎるわ」
「抽象的?まさか。至って現実の仕組みの話だよ?
伊吹春也、あなたが夕立を通して常にやっていることだし、私もこうして『駆逐艦・響』でいる為に私の提督の祈りを受けていなければならない」
具現化した渇望による、世界法則の塗り替え。
「………ッ!?」
嘯いた響の言葉に、何故か背筋に寒いものが走った。
そして対照的にその長い銀髪をくるくる弄びながら、至極軽い様子で話す響。
「たとえばあなたの場合。命が奪われるのが憎いから、許せないから、殺傷行為が全て“倍”害報復という形で跳ねかえる……そんな法則で満たされた世界を“創造”する。
法則の内容については勿論人によって千差万別。
あるいは実力不足で部分的に“形成”する、更に実力不足で外装を“活動”することしか出来ないにしても。
――――艦娘の根幹機能としてその原理はたった一つ、提督の祈りを汲み上げているということ、ただそれのみ」
極論、艦娘というものは媒介でしかないのだ。
世界というキャンバスに、異常な渇望を抱く狂人達が好き勝手な絵を塗りたくる為の絵筆。
だが、世界というものは意外と狭く脆い。
法則を塗り替えることによる“副産物に過ぎない”異能に一喜一憂するようなせせこましい者達が染みを作る程度なら、深い影響がある訳ではない……が。
「もし、その“創造”した世界が途轍もなく大きな代物だったら?
世界全てよりも重くて深い、そんな規模の祈りが、一切合財塗り潰して元あった姿を全くの別物へと変えてしまったら?
――――ごく個人的な狂気である筈の異界法則が、万物普遍の“常識”になり果てるんだ」
世界の枠に収まらなくなり、“流出”した理が全てを異界に変えてしまう。
「つまり根暗を拗らせたコミュ障が人間が化物に変わる世界を作ったり、ゲーム脳を拗らせたヒキオタがそれを更にゲームの世界観に落とし込んだりすることになる」
「………いきなりぶった切るな。そんなに軽い話かよそれ」
「軽いよ?たとえ艦娘という便利な媒介がなくたってふとした拍子にそんな簡単に崩壊するくらいには、人一人の意思に負けるくらいには、意思を持たない世界なんてその程度の軽さしかない」
だからこの世界は、こんなにも無残な異界と成り果ててしまった。
異界の名は、艦隊これくしょん。
だって、そうあれかしと願われてたった一人の渇望の法則に支配された箱庭であるのだから。
“ここが艦隊これくしょんの世界でない訳が無い”。
「………っ」
信じたくはない、と春也の心が拒絶する。
話がぶっ飛び過ぎて現実的じゃない、と春也の理性が否定する。
だが、魂の部分で響の話が真実だと理解してしまった。
「…………待てよ。艦娘はこの世界じゃ何十年も前から居るんだろ?
俺のいた世界の数年前に始まったゲームを知る人間がそれを生んだってのはおかしい話じゃないか。計算が合わないだろ!」
「世界を移動するなんて経験をしておきながら何を言うのやら。
二つの世界の時間が全く同じ向きに、同じ速さで流れているとでも?
―――なんならいいことを教えてあげる。今やこの世界の“神”となったあなたの同輩は、あなたから見て未来から来た人間だよ?」
呆れたような口調で反駁が切り捨てられられるのは、それがいくら論理的に正しく見えても苦しい逃げ道でしかないからというのは自覚している。
春也自身が、この世界に移動した時点から理解しているのだから。
そもそも、全く異なる世界に移動してしまったことも。
艦娘と呼ばれる少女がいて、自分が提督になって―――“その程度”でもここが『艦隊これくしょん』の世界だと信じて疑わなかったことも。
元いた世界で常に感じていた既知感が消失した、常に全くの未知の世界という感覚に疑問すら湧かなかった理由も。
知識は今この瞬間までなくても、果たしてここがどんな世界になっているのか、どこかで分かっていたということだ。
「ようこそ、『艦隊これくしょん』の世界へ」
響の字面だけは歓迎の言葉を趣味が悪い、と皮肉ることはできなかった。
軽過ぎる。
世界も、人の命も。
春也が至高の価値と信ずるそれは、ただ一人の精神異常者に弄ばれてしまうものでしかないのかと。
無常、無情。
世界の在り方などという途轍もなくスケールの大きい現実を突きつけられ、春也は―――、
「流石、『人生は輝いているからこれが何万回目だろうとその価値が褪せることなんかない』と、永劫回帰の世界を苦痛とすら思わずに過ごしていた人間だ。
“どうして、笑っているのかな”?」
「――――え?」
響に指摘されて、自分の口元が歪んでいたことに気が付いた。
無意識に湧き上がったその希望という感情にも。
そんな内心の流れすら読んだかのように、銀髪の少女は微笑む。
「うん、やはりあなたにこの世界の真実を教えて良かった」
「……本当に、何なんだお前は?何故こんなことを知っていて、そして何故俺にそれを伝えた?」
「私の存在に大した意味は無いよ。元は妄想から生まれた存在だし、折角こうしてカタチを持っていても提督が提督だから、空想の中を漂っているのと大差が無い」
何せ自分の提督の渇望が“ただ寝たいだけ、眠っている時間こそが至福なのになんで起きないといけないんだろう、いや実はそんな必要はないに違いない”、だ。
繋がって以来言葉を交わしたこともない主はずっと邯鄲(ユメ)の中。
そこからどういう理屈になるのかは面倒で語る気も起きないが、こうしてゆりかごとして一つの艦を作って延々と海を彷徨うくらいには便利な色々と応用が利く能力にはなるし、人間の集合無意識とやらにアクセスして様々な知識も手に入る。
けれど、持ち主が何一つ意思表示をしないため、ただその惰眠を妨害しない為の警邏番にしかなり得ないのが響という艦娘だと言う。
「お前の提督もこの船のどこかに居るってことか?」
「見てくる?見ても呆れる以外の感情は出てこないと思うけど」
「いや、いい。それで?お前の目的は?」
春也がそう問いを重ねると、波の揺れが少しだけ強くなったように感じた。
それに釣られるように、すっと距離を詰めた響が上目遣いにそれを告げた。
「実は私、“世界の終わり<サービス終了>まで深海棲艦とずっと殺し合いを続ける世界”なんて真っ平御免なんだ」
「いきなり艦娘が艦これ全否定か、おい」
「それにひきかえ、“絶対に生命が害されることがない世界”。
うん、実にすばらしいと思う。
そうだよね、伊吹春也?」
「―――ッ!!?」
輝くような透き通る蒼眼が、春也を捉える。
同意を求めるようでありながら、否定されることなどあり得ないという確信を秘めた強い眼光だった。
響は伊吹春也の祈りを知っている。
人が殺されること、それに対する絶対の拒絶感を知っている。
極まった人間の渇望が世界を塗り替えるなら――――春也の手で深海棲艦を世界中から全て消し去ることも出来ると、そういう考えが浮かんだことも、おそらく知っている。
その希望を肯定するような囁きは、何故か悪魔の契約のように感じられた。
「ねえ、ちょっと世界を壊してみてくれないかな?」
新たな神話を始める為に神殺しを唆す―――それは確かに悪魔の所業なのかもしれない。
☆設定紹介☆
※水銀の蛇(コズミック変態)
ご存じ神座世界の第四天。
春也やとある少年、そしてとある練炭や黒円卓が属していた永劫回帰の世界、その理の支配者。
女神と奉じたある少女による至高の結末以外を認めないと何度も何度も世界を巻き戻してループしている。
ループの弊害は水銀自身や一部の才能ある者に既知感という形で表れ、どんな喜びや幸せも以前体感したことであると新鮮さがなく白けてしまうようになるし、どんな絶望や悲嘆も初めてのものではない、所詮運命で決まっていた予定調和だと思わされてしまうある種の牢獄になっている。
ループの自覚が全く無い有象無象の凡俗にとっては自由放任でそれなりに暮らしやすい世界ではあるのかも知れない。
まあ、既知の呪いがあっても「人生って素晴らしい!」「艦これサイコー!」で全く苦痛と思っていないバカもいる訳だが。
世界の支配者として至高の結末を汚しかねないイレギュラーの芽を摘む作業も行っており、これによってバカ二名が追放されてある異世界に別々の時間に漂着した。
そのおかげで漂着先の世界が現状人類滅亡を逃れてはいるんだが、うーん………。
ちなみにこの作業を怠った場合、『オタ提督による艦娘総進撃』VS『黄金の獣の修羅総軍』というテラシュールな怒りの日になったり、金髪巨乳の女神をオリ主がゴミ認定して滅殺しにかかるという非難囂々の展開になったりしていた模様。
この作品で異世界の筈なのに異能の発展レベルが水銀製準拠の活動→形成→創造→流出になっていたのも、つまりはこいつと無関係ではないから。
決してただでさえ変な設定でパンクしそうなのに無理やり別の造語に置き換えるのが面倒だったからなんてことはない。ないったらない。
…………で、設定紹介が一つじゃ足りないくらい今回一気に色々明かしちゃったけど、読者の皆さん、どこまで予想してました?