転勤、年度末、引っ越し……。
どうも忙しい部署になりそうで、これまで心がけてた月二回どころかかなり不定期の更新になるかもです。
それはさておき今回も色々な意味で暴露回。
「ーーー断る」
回答に要した時間は、そう長くなかった。
「どうして、と訊ねていいかな?」
にべもなく切り捨てられた響は目を瞬かせたが、物静かな表情は変わらなかった。
鏡の様に澄んだ瞳と裏腹に、その内心を読むことは難しい。
だがその内心がどうであろうと、春也もまた自分の答えがそうそう変わることはないだろうと思っていた。
「質問で返すぞ。ーーーーなんで俺がそんなことすると思うんだ?」
響が春也に要求したのは、つまりは彼の祈りによって世界全てを支配し、その渇望が偏く反映された世界。
つまりは『誰も理不尽に殺されることが無い世界』。
戦争はおろか通り魔も強盗も、交通事故すら存在しないという平和そのものの理で満ちた理想郷。
少なくとも現状の地獄に比べれば天と地ほどに住みやすい世界にはなるだろう。
裏を読みたくなるくらいに、甘い都合のいい話である。
が。
春也にとって引っ掛かるのは、それともまた別の話。
「世界全てを塗り替える渇望か。
で、塗り替えられた側はどうなる?」
壮大な話ではあるのだが、要は陣取り合戦だと思えば分かりやすいだろう。
盤面を全て白に塗り替えられた黒がその後どうなるか。
「敗者も含めて万事大団円、めでたしめでたしの結末が迎えられると思えるほど頭お花畑じゃないんだが?」
「なら誰も犠牲にならない、でも深海棲艦は居なくなる、もっといい選択肢があるとでも?
そちらの方がお花畑だと思うけどね」
他でもない自分が人殺しの片棒なんか担ぐものか、と怒りすら滲ませる春也にしれっと響は切り返す。
機先を制され吐息を呑み込み、それでも静かに言い募った。
「別に俺は命の選別にまでどうこう言うつもりはねーよ。
深海棲艦に襲われてる十人から一人だけ助けて他九人を見殺しにした奴がいたとして、そいつは人命救助のヒーローなことには違いない」
「………」
「だが、だからって。俺がその立場になりたいなんて思わない。
俺が深海棲艦を全滅させたいのは、純粋に人殺しのゴミ共の存在そのものが不愉快だからだ。
正義感でも責任感でもない、自己満足だ」
だから、たとえそれで何万という命を救えるとしても、誰かを切り捨てて命の責任なんてものを負うのは真っ平御免だ。
神だの法則だのと抽象的な言葉を並べたところで、そこにあるのはただ一つの命でしかない。
「他を当たってくれ」
「………そうか」
結局最後まで響の泰然とした表情は変わらなかった。
だが、ふと春也は見た目幼女に強い口調で演説してしまった自分に思い当たる。
……実態はともかく、物静かな響相手だと電に対するのとは違って妙な気まずさが湧いて来た。
「ちょっと外の空気吸ってくる。甲板には出られるんだろ?」
「出て廊下を左。暫く行けば階段だよ」
「ありがとよ」
先程までとても寒い思いはしていたが、元凶がなくなっている以上それも収まっているだろうし、今は気分を一度入れ換えたい。
波を伝える床を苦もなく歩きながら、春也はその船室を後にした。
そして、未だベッドで横たわる夕立に響は声を掛ける。
「まあ、いいよ。どうせあらゆる状況が彼を定められた一本道の果てに押し流す。
そうだろう、夕立?」
「提督さんはなんで自分が提督になったか、気付かないふりしてるっぽい」
とうに目覚めていた彼女は、ぱちりと目を開けて響に返答を返した。
命が奪われていくことが許せない性質だから、何の力を持たない時でさえ夕立を助けようとし、その結果提督になっているのだという事実を指摘して。
彼女が狸寝入りしていたことは春也は当然気付いていたが、口を挟むつもりは無いという夕立の意思表示だと触れないでいた。
ーーーだが、いかに主であろうと、何故口を挟まないことにしたのかという思考までは読めない。
「それで、夕立の方はどうなのかな。
彼が覇道の主になることに、反対?」
「まさか」
即答。
ある意味で、敬愛する春也の言葉を蔑ろにしながら、その可憐な声には何の後ろめたさも無い。
「そうだよね。だって、『艦娘』だからね?」
「……それは、関係ないっぽい」
「じゃあ何故?」
「だって今のままじゃ提督さん、夕立のことちゃんと愛してくれないっぽい」
電あたりに聞かせれば鼻で笑われそうな台詞を、夕立は至極真剣に放っていた。
確かに普段から夕立は嫁と言いながら春也は彼女を可愛がっている。
逢い引きもしている、接吻だって何度も交わした、もしもの時は互いに最期を共にする覚悟すら出来ている。
それでも、と夕立は思うのだ。
伊吹春也が最も重きを置いているのは命の価値。
そしてそれは命ある限り全てのものを平等視しているとも言える……夕立も含めて。
愛とは平等の対極にある概念というのが夕立の持論だ。
全てを愛しているなどというのは誰も愛していないのも同然の戯言。
愛しているならその絶対だけを求め、狂わんばかりに相手の歓心を惹くのが唯一解。
夕立の属性は『侵略を砕く者』。
線の内側に対してはどこまでも蕩けるような甘さを、外側には拒絶と非寛容を。
刷り込みで動く人形だった羽黒だから辛うじて入れたというのが奇跡だっただけ、愛する相手にとって自分と他人が同じ境界線に括られるのは深刻に我慢がならない。
夕立は春也のことしか考えてないのに、今のままでは彼の中で“平等”にしかなれない、だから。
「全部の“平等”から提督さんと夕立は逸脱する。
ーーー“特別”になった二人きりの世界で、あらゆる殺意(ドロボウネコ)が消えた世界で、本当の意味で提督さんと愛し合うのっ」
だから夕立は歓喜する。
このまま行けば、その望みが叶う時はそう遠くない。
命は尊くとも、それら全ては自分が作った箱庭の中の家畜でしかなく、例外は春也自身と夕立のみーーーそうなれば春也は夕立だけに“ほんとうのあい”を向けてくれる、そんな未来図。
それを朧気に想像しただけで、夕立は全身に火照りを感じた。
衝動的にぱたぱたと脚を振りながら右に左に寝返りを打つ、その動作だけなら微笑ましい恋する乙女。
だが、スカートが捲れて太ももの付け根あたりまで肌の覗く脚が、はだけたシーツを抱く腕が、潤んだ紅眼が。
その幼さを差し引いても男に生唾を呑ませる扇情的な艶姿を晒しながら陶酔する。
「あはっ……本当に楽しみ、っぽい」
そんなはしたない姿の夕立を横目に見ながら、響はやっと少しだけ顔を綻ばせた。
「うん、期待している」
神の自壊衝動たる、艦娘としての本能のままに。
☆設定紹介☆
※響(艦娘)
属性は『時を俯瞰する者』、表性は『不動・情動の超越』、対性は『冷淡・無関心』。
その提督の渇望は生理的なものを完全に凌駕した睡眠欲求であり、永年惰眠を貪り続ける怠惰な主をそれでも二人きりの幽霊船であやし続けている。
いかなる理屈が紛れ込んだのか、共鳴した渇望は集合無意識へのアクセスを可能にした。
意志が現実を侵食するこの世界において彼女は人がイメージ出来る限りの万物を具現化可能であり、また現在過去のみならず可能性という形だが未来までも、人の観測し得る万象を知ることができる。
だが、出力をはじめとして器の限界は歴然と存在し、所詮浮世は夢幻、その邯鄲〈ユメ〉を操る以上でも以下でもない、というのが響自身の言である、
それでも現段階の春也と夕立では逆立ちしても叶わない相手だが……眠りたいという内向きの願いでは如何に強大でも世界全てを塗り替えるまでの理の広がりなどあり得ない為に、より平和な眠りの為の現法則の打倒は他力本願で託すしかない模様。
それを春也に唆す理由は、己の提督の為だけという訳でもなさそうだが……?