黄色い肉塊だった。
否、肉団子である。
黄色い肉団子がごろごろと転がっている。カナズミシティにあるデボンコーポレーション経営のホテル、そこに逗留を決めてから数日、未育成のポケモンを育成する為にホテル裏手のグラウンドを利用している。実家の様な安定したトレーニング用の器具はないが、それでもポケモンを自由に動かせる様に意図された場所になっている為、育成をここで行っている。育成以外にもポケモンと遊んだり、バトルしたり、そういう事も出来る広い場所になっている。そこでポケモンの育成を自分がやるのは当たり前の話だろう、適した場所なのだし。ただ、
目の前に繰り広げられている光景はなんだ。
黄色い肉塊が芝生の上をゴロゴロと転がりながら縦横無尽にフィールドを駆け抜けている。それを最初は黄色い姿から何らかのポケモンかと思って皆は見て、そして肉塊の正体に気付き、そして発狂している。そう、しっかりと見たものは気付いてしまったのだ。冒涜的で、そして救いのないどうしようもない真実を。
転がっている物体がピカチュウの顔をした生物であると。
えびぞりに体を曲げて足を肩の上まで持ち上げて乗せる。そこから体を丸めてビルドアップしつつ両手で足や体を押さえ、その状態で体を転がせる―――肉弾戦車ピカネキが完成した瞬間だった。筋肉モリモリの丸い肉塊が転がりながらピカチュウ顔の笑顔でゴリ、や、ピカ、と偶に思い出すかのように鳴いて転がりながら縦横無尽に移動しているのだ。
恐怖と絶望でホテル裏の空間は満たされていた。
「な、なんなんだあれは、どうしろっていうんだぁ―――!!」
「まて、ピカチュウなんだ、ストーンエッジを―――」
「転がりながら跳び膝蹴り……だと……!?」
「あぁぁぁぁぁ、ピッピが筋肉に飲まれたあああ―――」
筋肉戦車ピカネキが一瞬だけ肉塊モードを解除するとピッピを両腕でホールドし、取りこむ様に抱きしめたら丸くなって再び暴走戦車を再開した。こういったらアレなのだが、実にテロい。これはもう二度とピカチュウを直視出来なくなるテロさだった。これを街中に解き放てないのが実に残念なぐらいテロい。そうやって元気にピカネキがピカチュウに対する幻想を砕きながら転がっている姿をナチュラルと並んで見ている。
「おかしいなぁ……相性の良い技を探すために色々と教えてただけなのに……」
「まさか”まるくなる”と”ヨガのポーズ”と”ころがる”でこんな事になるとはね。多分誰も思いもしなかっただろうね―――なんて僕が言うわけないだろ!! 君はこれ絶対予想してからやっただろ!」
「はい、面白そうなんでやってやりました」
「誇らしげにするな……!」
ナチュラルの怒りの拳を片手で受け流しつつ、悲鳴で溢れるグラウンドへと視線を向け、そして腕を組む。頷き、そして決心する。
「さっさと事態を収束させて育成を再開すっか。記憶処理とピカネキの処理始めっぞー」
ボールから氷花とナタクを繰りだし、さっさとここの始末を開始する。
催眠術で集団昏睡事件に偽装し、ナタクがワンパンでピカネキを沈めて事件は終わった。終了した所で育成を再開する為、石を抱かせた状態でピカネキを目の前で正座させている。唯一ピカネキの耐性や能力を無視し、視覚情報に惑わされないナタクはピカネキの背後で腕を組んで立っている。現状、笑わずに問答無用でピカネキを沈める事の出来るのはナタクと……カノンだろうか? 他の面子は割と笑ってお茶目を許している感があるし。
―――ともあれ、
「育成するのはいいとして―――ピカネキお前、割と本気でポケモンバトルで上を目指す意思とかあるのか? 俺はポケモンバトルガチ勢だぜ」
意識調査その2。ピカネキのレベルが80を超え、野生の状態としてはかなり強い部類に入る強さの今、もう一度意識調査を施し、本当にポケモンバトルに対して興味があるかどうかを調べる。というのも、レベル80ともなればもう既に十分強いと言える強さだ。まだ能力開花の育成等を行ってはいないが、それでも、トップリーグじゃなければ十分に活躍できるだけの実力を内包するレベルだ―――それに、
「一応もう解ってるかもしれないけど、俺達育成型のトレーナーは”層が厚い”ぜ」
それが育成型トレーナーの特権だ。チャンピオンである自分は必要以上に強力なポケモンを生み出す事を禁止されている為、年間の育成数に制限を受けている。その為、育成出来る数には限りがある。だがそれを抜きにしてもレギュラー争いは苛烈を極めているといっても良いレベルだ。確実にレギュラーにも控えにも入れないポケモンが出てくるのが、育成型トレーナーの特権であり環境なのだ。
「ウチの選手層は他と比べるとハンパないぜ―――」
先発:黒尾
物理アタッカー:災花、蛮、ナタク、サザラ、スティング、クイーン
サポート:月光、ダヴィンチ、ミクマリ、氷花、ダビデ
特殊アタッカー:カノン、アッシュ
受け:メルト
アドバイザー:ナイト
「―――っと、まぁ、ジョウトに置いて来た面子も含めればこんな感じかな。……物理アタッカーを見れば激戦区になってるのが解るだろ? サポートに関しても支援型と妨害型で二分したとしても激戦区だ。唯一対抗馬の存在しない先発、受け、そしてアドバイザーは”レギュラー確定枠”だと思ってくれてもいい。基本的に俺がチャンピオンとして1シーズンの防衛戦で使用を許可されるのは”6体のみ”だ。リーグやトーナメント出場時は”6体+控え4体”になって来る。アタッカーとサポートの控えでそれぞれ2:2で枠を競うとして―――凄まじいレギュラー争いが繰り広げられているのが解るだろ?」
「ゴリ」
ピカネキが石を抱いたまま頷く。話には付いてこれているらしい。
「お前のポケモンとしての得手不得手は今日までに調べる事が出来た。結果、お前に一番向いている役割は物理アタッカー―――一番激戦区って事になる。俺が考えている運用方法になってくると”変則的な先発”ってのもまず考えられる。だけどな、いくら俺が運用を考えたって、お前が他の連中全員蹴落としてトップに立つってぐらいの気概がなきゃ意味はねぇ。俺の手持ちとして活躍するってのはそういう意味だ。可愛いから、面白いから、愛しているからって理由で俺はポケモンをレギュラーに選んだりはしない。努力し、そして成果を見せた奴だけを俺は起用するぜ」
―――そういう面子の中で、恐らく一番尊敬、或いは凄いと思えるのはナイトだろう。ヌメルゴン最大サイズのメルトを見つけ、スカウトに成功した時、ナイトは迷う事無く受け、中継ぎの役割から降板することを選んだ。強力すぎる受けポケモンの登場の予感に、こいつなら絶対に自分よりも優秀な受けになると、それをナイトは理解してしまったのだ。だから受けから役割をアドバイザーに転向した。的確な状況でアドバイスし、アシストし、トレーナーの判断や動きをアシストする専門職に自身の役割を転向したのだ。幸い、10年近い戦闘経験とセンスがナイトにはある。その為、役割の転向はうまく行き、そして確定枠に自身の存在を置いた。
レベル1から役割を捨ててやり直す、並大抵の覚悟ではそれは出来ないし、自分で判断して言い出せない。トレーナーがすべき決断や判断をナイトは自分で行ったのだ―――それがセンス、或いは才能とも言えるものかもしれない。
「お前は”天賦”でも”色違い”でもない、そして対抗馬には天賦や特異な能力を持った変種がいる―――そういう連中を相手にレギュラー争いをする気があるってなら、これから本格的な育成を施して、超一線級のポケモンに育て上げる事を約束する。だけど努力したからって必ずレギュラーになれるってわけじゃねぇ。どれだけ努力してもそれが報われないって可能性もある」
それでも、
「やるか?」
問うた先で、ピカネキは抱いていた石を抱き壊し、立ちあがり、ビルドアップをしながら大胸筋をピクピクと動かし始める。その姿を見てからナチュラルへと視線を向ける。
「流石に僕でも筋肉の言葉は……馬鹿な、頭の中にこいつ直接……!」
「で、なんて」
「我に一番相応しい育成を施してください、だって」
ピカネキへと視線を向ければ、ナタクへと向かってシャドウボクシングを始めるピカネキの姿が見える。どうやら本気でレギュラーを狙っている様だ。その姿を見て小さく笑いながら、ピカネキの育成プランを素早く頭の中で構築を始める―――ポケモンにやる気があるなら、全力を出せる様にその力を引きだすのがトレーナーの仕事だ。だからこれからツツジ戦を行うまでの間、全力でピカネキを育てることに集中する。
「ナタク、そのままピカネキの体術指導を頼む。俺が教えるよりもお前の方がポケモンの体術指導、上だろ」
「任されました。それではピカネキ殿、指導を開始しますので……あぁ、いえ、意思さえ抱いてくれれば波動を読み取りますので。それでは基本的な動きを見ますので―――」
そのままピカネキの指導を開始するナタクを軽く眺めていると、横からナチュラルが話しかけてくる。
「ねぇ……本当に彼女を育てる?」
勿論育てるに決まっていると答えると、そうか、とナチュラルが息を吐く。それは嫌がってる―――のではなく、何処か安心した様な、そんな感じの表情だった。少し予想外だった為、少々面喰ってしまったが、ナチュラルがポケモンの味方である事を思い出す。
「彼女の過去をちょっと見てしまったんだ。”どうしてあんな性格になってしまったんだ”、って思ってね。そうしたら彼女、元々は普通のピカチュウだったんだけど、突然変異でああなってしまったらしく、ああなったのも彼女一人だけだ。ピチューでもなく、ライチュウでもなく、ピカチュウでもない彼女を群れは気味悪がって離れて……しばらくはどこにも受け入れられる事なく放浪してたみたいだね」
過去を見てしまって後悔している、という表情をナチュラルは浮かべている。ピカネキの今の態度やモチベーションは集団で生活できる事への喜び、そしてグループで活動できる事に対する喜び、今までが孤独だったことに対する反動だったのかもしれない。ナチュラルボーン畜生じゃなかったことに喜べばいいのだろうか、少しがっかりすればいいのだろうか―――まぁ、手持ちとなった以上、過去は”どうでもいい”事だ。
「ピカネキはピカネキさ」
「うん、そうだね。それはそれとしてテロ自体は楽しんでるらしいけど」
畜生は畜生だった。
「ふぅ―――……気が重いな」
今、手持ちは全てボールから出して離している為、何を言っても聞かれる事はない。だから少しだけ、愚痴とも言える言葉を吐きだす。それを聞いたナチュラルが頷く。
「―――レギュラー選びだね」
「ちっとは解ってきたじゃねぇか」
「そりゃあ一緒に旅をしていればいやでも、ね。それで……今の暫定で誰が確定している?」
「―――ナイト、メルト、カノンが確定しているな。残りの三枠が未定だわ」
その言葉にナチュラルが一瞬黙り、そして視線を向け直してくる。
「……黒尾を追加すると思ってたんだけど」
「相棒だから、愛しているから、そんな理由でレギュラーに起用出来るほど甘い世界じゃねぇ。今までは準禁止制限で許されてたが、恐らく自動みちづれも禁止されるだろうし、狐火も”便利すぎる”からな、設置しちまえば物理アタッカーはお釈迦になるし。現在の黒尾の仕様が潰されたら、再育成だ。ポケモン協会は一体俺をどれだけ弱体化させれば気が済むんだろうな……」
「は、ははは……厳しいんだね」
そうだなぁ。自分にも、ポケモンにも、他人にも、少々厳しくしているかもしれない。だけどそれぐらいしなきゃチャンピオンで居続ける事は出来ないのだ。だから、
「厳しくするのを止めるのは……楽になるのはチャンピオンを止めたらにするわ。やめれば育成制限も解除されるだろうし、ゆっくり育成屋でもやって、のんびり暮らすさ―――ま、それにはまずこのホウエンを救わなきゃいけないんだけどな」
カンフー映画みたいに空中戦を繰り広げるナタクとピカネキを眺め、そして息を吐く。
―――まぁ、今の生活も悪くはないのだ。だったら、頑張るのみだ。
みちずれと狐火が便利すぎたので後日禁止制限行きになりました(
日本からコンニチワ。