集落の端のスペースを借り、そこにテントを設置する。こういう状況、手持ちの情報はなるべく隠しておきたい……チャンピオン防衛戦のDVDは普通に販売されているので、それを購入すれば普通にこちらの手の内はバレるのだが、こんな場所にそれがあるとは思えない。だから普通にポケモン達はボールの中で待機してもらい、自分一人でテントを設置する。ピカネキとナチュラルはこの光景を見ているはずなのだが、帰ってこないという事はまだ子供たちに遊ばれているのだろうと思う。
「だけど……知名度がないと思うと少しだけ寂しいな」
『そうなのですか?』
『……まぁ、その気持ち、解らなくはないな』
氷花の言葉に苦笑を返すのはナイトだった。ナイトもAパーティーのポケモンだ。既に何度もテレビに映り、活躍している姿を見せているのだ。気持ちは解るだろう。別にちやほやされたいわけではない。だがジョウトではうるさい程にアナウンサーが突撃してくるし、パパラッチが偶にスクープを求めて張り込みをしてくる。街を歩けば誰もが知っている、その地方の顔だ。だけどそれがこちらではほとんどないのだ。あの騒がしさを感じないのは少々寂しい。
まぁ、それはそれだ。もう夜だから夕飯の準備を始めないといけない。幸い、保存してある食料はそこそこあるし、いきなり台所を借りたり竈を出したり等の事で必要以上に注目を集めたくはない。このまま、ナチュラルが帰ってくるまでどうするかを考えておこう。
「とりあえず―――このままだとガリョウテンセイ、教えてもらえそうにねぇな」
『あら、そうなのかしら? あの長老というのは結構いい感触じゃなかったかしら?』
『阿呆。交渉の基本はギブ&テイクだろう。ガリョウテンセイを教えて貰う事だけではギブでしかない―――つまりあちらの取り分、向こう側の利益を提示しなきゃ駄目なんだよ。さっきのはそれが出来ていないからな……たぶん、通るなら向こうから条件の提示が来るだろ』
「ま、そんなところだろうな。ただ問題は、どうやって相手をやる気にさせるかって話と現在の
『動きを把握できない、という事ですか』
そうだな、と呟く。テントの設置を進めながら周りへ気配を向け、そして手の動きは止めない。言葉にすれば実に簡単だがめんどくさい作業だ。それでも長年続けてきた事だけあって、この作業が手に良く馴染む。それでもなぜだろうか。家を購入し、牧場を用意し、そこで短いけど安定した生活を送った後、再び旅に出た時
この作業が妙に懐かしく感じられたのだ。
つい、小さな笑い声を零してしまう。
『こぉーん』
ロコンの……黒尾の鳴き声がボールの中から聞こえた。
「そうだなぁ……」
そうだな、きっとそうなのだ。騒がしく、バトルばかりでポケモン達と駆け抜けている日常も素晴らしく美しく、俺は好きだが―――あの静かな、ポケモン達が自由に生きているのを眺めている日々も好きなのだ。ジョウトの事を思い出すと、なぜだか妙にエヴァの事を思い出す。仮面夫婦、というか書類上の結婚だが、
意外とあいつのことを愛しているのかもしれない。
……今度また電話するか。そう思いながらさて、と言葉を零して、懐かしさを拭う。今はそんな事に浸っている場合ではない。
『というか、そもそもガリョウテンセイは誰が覚える予定だったのかしら』
「ん? 誰にも覚えさせねぇよ。まぁ、しいて言うならカノンだけど……伝承者がガリョウテンセイをポケモンへと覚えさせることが出来るなら、きっとガリョウテンセイは”おしえワザ”の一種なんだろ。だったらあとは用意しておいた空っぽのわざマシンにガリョウテンセイのデータを取れば―――それでガリョウテンセイは確保完了だ」
『グラードンとカイオーガが暴れてもいつでも好きなタイミングでメガシンカさせられるし、隕石に対する武器も出来るという事か。一番の問題はマッハの速度で飛行するレックウザをどうやって空の柱まで呼び寄せるか、だな』
「そこら辺は是非とも流星の民と協調したいんだよな。ぶっちゃけ空の柱に確実にレックウザを呼ぶことが出来る伝承者の力ってのには興味があるし、一番楽な方法なんだわ。だからこそ強硬策に出たくはないし、印象を悪くするような手段はとりたくないんだよな。だけどそうなると相手の欲しいものを提供する必要が出て来るから―――」
『ふふ―――男と女の関係の様にめんどくさそうね! あ、待って、そこまでめんどくさくないわね。あえて言うなら炎上した芸能人のブログに出て来る粘着くんぐらいのめんどくささね』
『比べ難いわッ!』
どちらにしろ面倒事である事実に変わりはない。そうだな、と声を零す。
「―――ここでちょいと状況と流れを纏めようか」
ポケモンマルチナビを取り出し、インストールしておいた情報整理用のアプリを起動、そこに情報を入力しながらモンスターボールと共有を開始する。こういう事が簡単にできる様になったのだから、世の中本当に便利になった。ともあれ、
「簡単にまとめるとこうだ―――」
大目標:ホウエン地方の崩壊阻止
小目標1:伝説種グラードンと伝説種カイオーガの鎮静化
小目標2:隕石の阻止
こうやって出すと目標が解りやすく、明確になる。これを表示した上で、情報を追加して行く。
大目標:ホウエン地方の崩壊阻止
内約:伝説大戦による破壊と隕石の落下を阻止
小目標1:伝説種グラードンと伝説種カイオーガの鎮静化
内約:復活の阻止、もしくは復活後に撃破する
注意点:グラードンとカイオーガの復活阻止は不可能に近い
小目標2:隕石の阻止
内約:宇宙から落下してくる隕石を到達前に破壊する
注意点:レックウザの協力が必要不可欠である為、流星の民の手が欲しい
ここから更に細かくして行く。持っている情報を整理し、解りやすく、そして考えやすいように並べて行く。そうやって整理しながら思い出すのはもう十年以上も前に遊んだゲームソフトの内容だ。ポケットモンスタールビー、サファイア、そしてエメラルド。その詳細な内容はもはや思い出せはしない。だけども、それでも主要事件の内容は覚えている。グラードンとカイオーガの衝突は……確かエメラルドではレックウザの仲裁によって終わった、そんなだったはずだ。
バージョンなんて概念がない世界となってくるとそこらへん、少々怪しいものとなってくるのだが、それでもレックウザが二体を再び眠らせるだけの力を持つというのは伝説でもなんでもなく、実際の事実とデータとして知っている。特にそう、デルタストリームだ。アレがあれば一気にグラードンとカイオーガの引き起こす異常気象だって封じ込めることが出来る。エアロックよりもはるかに凶悪な気流の操作能力。
それこそ真空空間で気流を生み出し、活動を許す程のすさまじい能力。
アレが、隕石を砕く為と、二体の伝説を止める為に必要なのだ。
きっと自分の考えが正しければ今、このホウエンには破壊されたシナリオの皺寄せがきている。そのせいで自分でも知らない事ばかりが発生し、この大地を蹂躙している。今までは盛大にプロットをぶっ壊すように進行してきたが、
なぜだかそれが妙に、ここへ来てからは成功しない、実行に移せない。
「誰か近づいてるよーん」
ビクリ、と肩を震わせながら視線を横へと向ければ、空間の亀裂がゆっくりと溶ける様に消えて行くのが見えた。相変わらず突飛な行動にでるツクヨミに頭を痛めつつも、ポケモンマルチナビを素早く消し、それをポケットの中へと押し込む。そこで振り返ればちょうど到着したらしい人の姿が見えた。
「え、っと……お邪魔でした?」
「いんや、ちょっとメールチェックしてただけだから気にしないでくれ。えーと……」
正面、立っているのは女だ。長い白髪を持ち、ゆったりとしたローブ型の民族衣装で体を覆っている。そのすその部分が若干ボロボロなのはなんとも”らしい”格好となっており、どこかはかなく、おとなしい雰囲気が彼女にはあった。その両手にはバスケットが握られており、
「長老様の方から今から夕食の準備をするのは大変でしょうから、との事です。お届けに来たのですけど……大丈夫でしょうか?」
「あ、いや、すごく助かるわ。本当に。ありがたくこれは貰うよ」
女からバスケットを受け取る。その蓋をあけて中を確認すれば、中には焼きたての薄く延ばした生地の様な、パンの様な食べ物に、ジャグの中にカレーの様なソースが見える。
「あ、体を温める為に香辛料が多めに入っているので気を付けてください。そっちのパンの方をちぎって、ソースを掴むように食べるんです。今日は滝の方で新鮮な魚が釣れたので具はそれです。お口に合うかは解りませんが……」
「あぁ、いやいや。こうして食べ物を貰えるだけでもありがたいよ。
「そう言ってくださると助かります」
そう言って彼女は微笑むと軽く頭を下げ、去ろうとする。が、その前に足を一度止め、そして言葉を口にしようとして言い淀むのが見える。かける言葉が特にないのでそのまま待っていると、話した方がいいと判断したのか、言葉が来る。
「その……あまり、あの人たちを悪く思わないでください。私達は生まれた時から使命に生きてきましたから。少々余所者には排他的になってしまうんです。普段は子供たちと遊んであげたり、ポケモンバトルを教えていたりいい人達なんですが……」
その言葉に小さく笑う。大丈夫だ、と言葉を置く。
「その気持ちは別に解らなくもないなぁ……俺も他人に任せたくはない事の二、三はあるしね」
「そう、でしたか。安心しました。それではおやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
笑顔を浮かべ、彼女は背を向けて去って行く。こんな辺境でもやっぱり美人とはいるもんだなぁ、なんてことを思っていると、一瞬だけ、視界にノイズが走る。その瞬間だけ、まるで世界が反転した様な色を見せ、そして次の瞬間には去って行く彼女の体に亀裂が入り、肉が割けるのが見えた。
だが一瞬。一瞬の出来事。
その一瞬が終われば世界は元通りになっていた。
「……」
まぁ、疲れてはいるな、と軽く自分の調子を確認した所で奥の方からナチュラルとピカネキがやってくるのが見える。メシがあるぞ、ともらったバスケットを軽く持ち上げると、ピカネキがナチュラルの頭を鷲掴みし、ホップ・ステップ・ジャンプで一気に接近し、大地をスライドする様に近づいてくる。相変わらず犠牲になってしまっているナチュラルには心の中で合掌しつつ、軽く笑い声を零す。
「さ、メシにして今夜はさっさと寝ようか。予想が正しけりゃあ数日は動きがなさそうだから―――おい、Nくん今お前、流れ作業で俺の記憶を読もうとしたな」
「いや、妙に幸せそうだからその記憶を奪おうかなって」
「いい感じに図太くなってきたな、アシの分際でお前」
「あえて言わせてもらうとアシスタントも助手も生贄にも立候補したつもりは一切ないからね? 僕の処遇に関しては、半ば拉致で連れまわしているという事実を思い出してもらおうか!!」
「船代と飯代と宿代と生活費にお小遣いだって出してやってるだろ!! いったい何が不満なんだよ! この間カナズミで一番おいしいって評判のレストランにも連れてってやっただろ!!」
「ありがとう! あそこ凄い美味しかったよ! でも誰もここまでやれって言ってないよね! 僕だってキレる時はキレるぞ!」
「キレる! そう思った時に既に手は出てる!!」
「か、会話中の不意打ちは、あっ、あっ……ピカネキは卑怯だっ―――!」
げらげらと笑い声を夜空と集落に響かせ―――流星の滝、そこに住まう流星の民の集落に世話になる。未来の事は未だ解らないし、そもそも最初から正しいのかどうかも理解はできていない。しかし今みたいにこの先も馬鹿笑いが出来るのなら―――それはそれでいいのではないのだろうか。
ナチュラルも半分キレながらだが、普通に怒鳴って、普通に笑うようになった。
それはきっと、平和だけどひたすらフラットだったあの頃よりは遥かにいいだろうと思う―――。
ナチュラルくんも結構リアクションが激しくなってきたなぁ、というお話。でも完全にサイコパスってた昔よりは今の方が遥かに楽しそうなんじゃないかと。まぁ、犠牲ェ……しているのは間違いないのだが。
で、バトルは何時なんじゃ……。