俺がポケモンマスター   作:てんぞー

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トキワの記憶

 ―――若いシルバーを見つけてから()()()()()()()

 

 その間に調査を進める事によってある程度、己の置かれた状況を理解する事が出来た。

 

 まず、初めにサカキが留守にしているという事だった。ジムリーダーとしての仕事が忙しく、家に数日は帰ってこないというのがシルバーの言葉であり、少なくとも自分がほかのジムトレーナー等で確認する限り、同じことを言っていた。これが理想の夢であれば間違いなくサカキも出現するはずなのだが、真っ先に出てこない事に違和感を覚える情報だった。

 

 次にこの夢の広さだった。そらをとぶ、なみのり、自転車やバイクがないので徒歩でしか確認できなかったが、少なくともマサラタウンまでは行く事が出来、トキワの森もニビ側まではしっかりと確認できた。単なる箱庭かと思っていたが、予想外の広さと精巧さはさすがに準伝レベルのポケモン、ダークライが生み出しただけはあった。

 

 そして最後に痛み等で夢からの脱出は不可能らしく、自殺すればそのまま現実の方でも死亡出来るだろう、という事だった。そもそも殺傷の為の悪夢なのだから、ここで殺したりすれば現実でも死亡するのは当たり前の話だった。ただ、左手の傷は妙に速い速度で治癒されている―――これはおそらく現実側からによる治療が影響しているのではないかと思っている。これをヒントに、ツクヨミやカノンへと侵入経路を作る事は出来ないのだろうか、と考えている。

 

 二日間で得られた情報はこれだけだった。たったこれだけ―――相変わらず手持ちとの合流さえもできていない。

 

 割と困る状況だった。

 

 

 

「―――よけろサイドン」

 

 フィールド、正面にいるサイドンに横へと避ける様に指示を繰り出す。ジム用のポケモンとして育成されたサイドンは指示に敏感に反応し、横へとステップを取る様に迫ってくるばくれつパンチを回避した。鈍重なサイドンで回避するには先に読み、それを意識した上でどっちへ避けるかを指示しなくてはならない。簡単なようでそこそこ難易度が高いのが大型、或いは鈍重なポケモンの回避だ。相対するニョロボンもジム用のポケモンで、昔触れたことがある―――それが相手だとしても、この動きは悪くはないだろう。

 

 そうやってサイドンが回避に成功した所でニョロボンの脇ががら空きになる。遠慮する事無くその瞬間を狙ってサイドンを導き、つのドリルを叩き込ませる。狙ったようにそれは突き刺さり、ニョロボンを一撃で戦闘不能に追い込んで倒す。終わった所でふぅ、と息を吐き、反対側にいるジムトレーナーに頭を下げる。

 

「お疲れさまでしたー」

 

「お疲れ様―――って言っている場合じゃないよ! 凄いじゃないかオニキス君、一体いつの間にそんなに強くなったんだ」

 

「ちょっとてっぺん取ってきたからなー」

 

 なんのこっちゃ、と言わんばかりに首を傾げている。まぁ、このころは自分もまさかポケモンマスターを目指そう、という()()()()()()()()のだから。

 

 ―――この頃の俺は外の世界を恐れていた。

 

 トキワの森で恐怖に慣れるために頑張ったり、ジムトレーナー相手に勝負を挑んで練習する事を始めた。それでも根本的にポケモンが怖い、という感覚は拭えなかった。当たり前の話だが、現代を生きる一般人がマシンガンを握ったとして、ほとんど最初に感じるのは恐怖だ。そしてポケモンは銃なんかよりも遥かに強力で。そして恐ろしい武器にもなる。だからポケモンバトルの面白さをサカキから教わったと同時に、またポケモンに対する恐怖を心の底から理解したのだ。

 

「いやぁ、しかし見違える様に強くなったなぁ……」

 

「少し前までなら大型のポケモンなんて絶対に近寄らなかったのにさ―――でも戦い方はすごいサカキさんに似ているなぁ……何というか、若い頃のサカキさんみたいな戦い方だよ。あの人は相手の全力を受け止めたうえで乗り越える……そうやってバトルの間も自分を鍛えようとするからね。今のオニキスの戦い方、すごく似てたよ」

 

 それはそうだ―――ポケモンマスターになろうとしたのも、チャンピオンになったのも、

 

 全ては昔、サカキの背中に憧れたからだ。

 

 

 

 

 ジムでいつの間にか参加していたトレーニングを流し終わり、ポケモンなどを返却したり放したりしてからジムの入口へと向かえば、そこには俺を待つように大地に座る、黒いロコン―――黒尾の姿があった。片腕を前へと差し出せば、軽快な動きで腕に飛び移り、それを駆け上がって肩の上に乗ろうとする……が、ロコンの体ではちょっと難しい。落ちそうになるのを苦笑しながら受け止めて、両腕で胸に抱く。そこを気に入ったのか、満足げな息を吐いていた。

 

「お帰り黒尾」

 

「こぉーん」

 

 テレパシーも辞書も必要ない。黒尾との付き合いは長く、トキワシティにいた頃は黒尾もまた今と同じロコンのままだった。彼女は一番最初の手持ちであり、俺の生涯のパートナーとなっている。レッドのピカチュウがそうである様に、俺も黒尾を手持ちから外す事は一生ないだろう。

 

「あの頃は種族値。努力値、個体値とレベルが育成の全てだと思ってたんだよなぁ……もう十年近い前の話か。道理で懐かしむわけだ。あの頃のお前はかなりヤンチャだったからなぁー」

 

 黒尾が恥ずかしい話は止めろ、と言わんばかりに腕を甘噛みしてくる。こらこら、と言いながらジムを出て、適当にトキワシティを歩き出す。そうやって思い出すのは黒尾の出会い、そしてそれを通した自分のポケモントレーナーとしての成長だ。

 

 あの頃は何をやっても未熟で、知識があれば大丈夫だと思って、リアリティの違いにショックを受けていた。その中で出会ったのが黒尾だった。色違い、デルタ種。それはまだデルタ種も色違いもあまり認識がなかったころ、通常の群れから追い出されるには十分すぎる要素だった。そのせいか黒尾は何に対しても噛みつく様子を見せており、普段見せている淑女っぷりからはまるで想像の出来ない時代があった。

 

 俺も初めはポケモンが怖かった。だけどそれでも黒尾を拾ってしまった責任として、彼女の面倒を見ようとしたのだ。そしてそうやって自分だけのポケモンに触れている内に、色々と学ぶ事が出来た。ポケモンはデータだけの存在ではなく、ちゃんと生きている生物である事。心があって食べ物には好き嫌いが存在する事。かまってあげれば喜ぶし、放置すると拗ねる事。トレーナーどころか、人間としても未熟だった時代の話、

 

 俺は黒尾というポケモンを通してこの世界に触れていたのだ。

 

「心の底からお前と出会えて良かったと思う。たぶんお前じゃなきゃ今の俺はいないしな」

 

 ぶつかった、怒鳴った、和解した、そして成長した。常に順風満帆だったわけじゃない。むしろ最初の数年間は問題だらけだった。ゲームと現実の差に混乱して、怖くなって、逃げたりもした。だけどその結果、今の自分という存在があるのだ。だから黒尾で良かったと思う。彼女がいて、一緒に成長して、そして今も支え続けてくれているからこそ、ポケモンマスター・オニキスがいるのだ。だから、

 

「―――浸るのはそこそこにして、そろそろこの世界を抜ける方法を探そうか」

 

「こん!」

 

 どうやら黒尾も黒尾でこの世界には飽き飽きしていたらしく、返事は気持ちの良いものだった。このトレーナーとしての冒険は二人で始めたのだ―――なら出来ない事は何もない。それを確信しながらトキワシティのはずれ、小さな池の畔に到着し、池を囲む草地に腰を下ろす。横に腰を下ろす黒尾はロコンといえども、そのレベルは100に達している。野生のポケモンを警戒する必要はなく、考えと情報を纏められる。

 

「んじゃ、情報を纏める」

 

 頭のゴーグルを軽く弄りながら言葉を口にする。

 

「―――まず最初にこれはダークライが俺達を捉える為に生み出した夢、悪夢だ。ダークライ本体が現実側で確認できない以上、夢の中から確認するしか方法は残されていない。だから俺は連れていけるポケモンを連れてこの夢の中へと落ちた。連れてきたのは黒尾、氷花、そしてロトムウマ、しかし場所はバラバラである、と」

 

 一旦そこで言葉を区切って間を空けて、

 

「俺はトキワシティ、そして()()()()()()()()()()()()()、か」

 

 黒尾が頷く。

 

「……これだけ距離が離れた場所が再現できるとなると世界構築に費やしている力は相当なもんだな。物理的に壊す事はどう足掻いても無理そうだな、と」

 

 となると氷花とロトムウマの飛ばされた場所が気になる。カントー以外までを再現できるとなったら相当ヤバイ広さになってくるし、合流できる自信がなくなってくる。だが、それと同時にどこかで限界と制限はあるという確信がある。このカントーが俺の思い出から構成されているのであれば、間違いなく思い出の残っている範囲内にいる筈だと。トキワシティ付近にいる事はまず間違いがないと思う。

 

「カグツチとワダツミ、ツクヨミの契約も感じられるって事は隔離されているってわけでもないんだよな……んじゃあ―――どこにいるんだ?」

 

 二日間の間にそれっぽい所は探して回った。マサラタウン、トキワシティ、そして一人で行ける範囲でのトキワの森も。ここまで来るとダークライが誰かに擬態しているのではないかと思いさえする。こういう状況、小説や漫画だとどういうパターンだったか。

 

「……一番行き辛い場所、疑うことが出来ない相手に化けたりするよな」

 

 そこまでは今までも考えた事だ。だがぶっちゃけ、行き辛い所ってどこだろうか―――ポケモンなしでは踏み込めない場所だろうか。だとしたら……間違いなくトキワの森の最深部だろう。黒尾という戦力が今はあるからこそ踏み込むことのできる場所だ。監視をするにしたって基本的に近い場所の方が都合が良い筈だし、距離的にそこらへんが妥当ではないか、と思っている。それにヒントがないのなら適当に思いつくことを片っ端から片づけて行くしか方法はないのだ。

 

「改めて冷静になって考えると結構ヤバイ状況だなぁ、これ」

 

 見つからなかったらどうするのだろうか―――さすがにデッドエンドはいやだ。

 

 いや、()()()()()()()()()()のだが。死ぬ事よりも怖い事は確かに存在する。しかしこの状況でそれを心配する必要はないだろう。とりあえず、今の自分には黒尾がいる。それが一番大事な事だ。彼女さえいればこの時代であればほぼ負ける事はありえないだろう―――一部の例外を除けば。

 

「……まぁ、足を使って探すしかない、って事か」

 

 立ち上がり、トキワの森の方へと視線を向ける。手持ちのポケモンなしで奥へと踏み込めば、たちまち五十を超えるスピアーの群れにでも遭遇して殺されるのがオチだ。だがこうやって黒尾が合流した今、探索することが出来る場所でもある。理想としては氷花、そしてロトムウマと合流しておきたい所ではあるが、不測の事態に贅沢を言う事は出来ない。

 

 魂の伴侶が傍にいるのだから、問題はないだろう。

 

 なら、決まりだろう。

 

「本格的に脱出を目指す―――トキワの森を攻略しよう」

 

「こぉーん?」

 

 いいのか、と黒尾が聞き返してくる。横に連れる様に、トキワシティへと背を向けて歩き出す、その答えはもうすでに決まっている。

 

「過去は所詮過去だよ―――もう終わっちまったもんを何時までも追いかけていてもしょうがないんだよ……」

 

 勝ちたかった。あぁ、凄く勝ちたかった。あの頃、今の自分と黒尾がいればどうにかなったのかもしれない。赤帽子の理不尽な運命をどうにかできなくてもロケット団の天下は見れたのかもしれない。それは理想であり、そして夢―――そう、夢なのだ。

 

 夢は見ているからこそ価値がある。

 

 人が手にすればそれはただの儚い幻想となって散ってしまう。

 

 何より終わったことにぐだぐだうじうじするのは自分らしくはない。懐かしい。だが、それだけだ―――オニキスというポケモントレーナーは選んだのだ。

 

 ロケット団を抜ける事を。

 

 サカキを超える事を。

 

 チャンピオンであり続ける事を。

 

 ポケモンマスターである事を。

 

 ―――人々の心に残る、立派なトレーナーであることを。

 

「だから夢は終わらせないとな……」

 

 そう呟き、足をトキワの森へと向ける。何時までも夢ばかり見ていられるような子供の時代は終わったのだ。

 

 大人は、現実に生きなきゃいけないのだ―――……。




 夢は夢というお話。そして正妻合流。次回、魔境トキワの森。記憶から再現するからそうなるんだよ!!! という阿鼻叫喚のお話。さて、皆はダークライの居場所が分かったかなあ、と。

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