俺がポケモンマスター   作:てんぞー

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コミュニケーション スティング

 ―――目が覚める。

 

 周囲を見れば死屍累々とした状況になっている。何があったのか、それを思い出そうとして、自分の体が優しい柔らかさの中に沈んでいる事に気づく。定まってきた視線の中で自分の居場所を確認すれば、そこは黒尾自身よりも遥かに大きい、彼女の尻尾の中だった。尻尾がベッドや枕の代わりになっており、非常に快適な温度で保たれており、目が覚めた筈なのに、また眠気を誘ってくる。その眠気を何とか振り払いながら視線をもっと確かにすれば、部屋の状況と惨状が良く見えて来る。

 

 そこはフエンタウンで宿泊している旅館の居間だった。テーブルの上ではナイトが酒瓶を抱いて眠っており、その隣の椅子ではミクマリが逆立ちして眠っている。また、視線を少し外せば見事なポーズを決めたカノンがポーズを決めたまま、立って眠っている。器用さは生来のものだな、なんて事を想いながら視線を外せば、ダビデが窓の外から部屋の中に入ってくるのが見える。眠そうに眼を擦りながら小さく前足で朝の挨拶をしてくるので、此方も片手で返す。

 

 それを見送ってから、問題児の方へと視線を向けた。

 

 問題児その一、ツクヨミ。頭から天井に突き刺さったまま眠っている。以上。

 

 問題児その二、シド。頭が冷蔵庫に挟まったままギターを寝ながら弾いている。以上。

 

 問題児その三と四、ヒガナ&ピカネキ。ピカネキが両腕で掴むようにダイゴに腕枕しながら、ヒガナがアンクルホールドを決めている。寝ているときぐらい解放してやれよ。その執拗なイケメンへの攻撃力はなんなんだ。

 

 問題児その五、ナチュラル―――野生のポケモンに拉致されて旅館から喪失。いい奴だった。

 

 段々周りの惨状を確認していくにつれ、昨夜のどんちゃん騒ぎを思い出す。そうだ、交流の為に一緒にパーティーした結果、盛大に酒が入ったのだった。そしてなんだったか―――そうだ、シドが近所で買ってきた体に良い白い薬とやらを持ってきて、酔った勢いで皆に盛大にばら撒いたのだったか。

 

「……漢方薬……だよな……?」

 

 危ない方の白い薬じゃないよな、と少し不安に思いながら唾を飲む。だが、待て、名前の元となったシド・ヴィシャスは割と真面目に極度の白いお薬なジャンキーだった筈だ。NNを付けてから割とカットビ始めているし、これはもしかしてありえなくもない―――そこまで考えた所で、昨夜の出来事をなかった事にすれば問題は解決だな、と息を吐く。やはりこういう時、最大の武器は権力と金だな、と確信する。

 

 さて、起きて家に連絡でも入れるか、そう思ったところで毛布代わりに体を包んでいた尻尾の一角が自然と退いてくれた。小さく、他の連中を起こさないようにありがとう、と黒尾に呟いてから立ち上がり、そーっと、静かに、部屋の中を邪魔しないようにゆっくりと部屋の外へと出て、そこから借りている家の外まで出る。そこで温泉の方へと向かって桶を片手に歩いて行く氷花とビクティニの姿が見えた。元気だなぁ、なんて事を思いながらポケモンマルチナビを取り出す。

 

「さて、ジョウトナンバーは、っと―――」

 

 マイワイフの声でも聴くかなぁ、なんて事を呟いた矢先、

 

 ―――パスン、と鋭い、空気を貫く音が聞こえた。

 

「ん……お……?」

 

 ひたすら同じ間隔、乱れる事も力加減を変える事もなく、小さい音だがパスン、パスン、と空気を貫く音が聞こえる。集中しなければ聞き取れぬ程度の音だが、誰が何をしているのかは大体想像がついた。小さく苦笑しながらポケモンマルチナビを一旦しまい、そして音源の方へと向かった。

 

 

 

 

 旅館の中庭の一角、大型のポケモンでも自由に走り回れるための巨大なスペースの中、その端へと視線を向ければ予想通りのスティングの姿があった。地面スレスレの所でホバーし、完全に高度をそれ以上は下げないように維持しつつ、右手に該当するスピアーの鋭い針をまっすぐ、繰り出していた。その動きも非常に慣れており、しかし技巧のあるものだと解る。右手の針を繰り出すとき、左半身をやや後ろに引きながら右半身を前に押し出し、突き刺す右針をまっすぐ、伸ばしきる様に突き出す。もっとも基本的な突きの動作だ。スピアーである以上、その武器はその両腕の針だ。それはメガスピアーへとメガシンカしても変わる事はない。その為、練習のし過ぎという事はない。

 

 ……が、それも適度な運動であり、配分の守られた、或いは監修されている事なら。

 

「本当に努力家だなぁ、お前は」

 

 此方を認識し、軽く頭は下げるが、それでも基本動作を止める事無く続ける愚直なスピアーの姿を見ながらそう言った。止めはしない。それがスティングの選んだ道であるなら、プロフェッショナルのポケモントレーナーとしてその道を阻む事はできない。そもそもスティングには契約ポケモンとしての()()()()()()()()イレギュラーなポケモンだ。このスピアーは相性の良さという要素でどこまで行けるかを確かめるために試験的に捕獲したビードルを育成し、そして鍛えあげたものだ。その為、選手として活躍する必要も何もない。

 

 だがコイツはそれで終わらなかった。闘争心―――果ての無い闘争心がスティングを満たしていた。戦いたい、戦い続けたい。或いは恵まれない種族という絶望そのものと戦いたいのかもしれない。スピアー―――メガ化が発覚するまではそもそも競技としても一般トレーナー向けでもない、人間に襲い掛かる為に害虫扱いまでされるポケモンだった。

 

 それが今、チャンピオンの手持ちの中でアタッカーとして計算されるほどに努力を重ねているのだから、天賦の才がある訳でもないのに、凄まじいと表現できる。

 

「落とされた事が悔しい……じゃないな、純粋に(デルタギャラドス)をぶちのめせなかったのが悔しいか」

 

「ヴ―――ヴ―――ヴ―――」

 

 スティングの繰り出す突きが一瞬だけ加速し、そして空を穿った。響く音は今までのよりも遥かに強く、早朝の冷たい空気が顔に叩き付けられる。それを通してスティングの体に宿る闘志と心を感じ取ってそうか、と小さく呟く。

 

 スティングの針が突き出される―――良く見ればそこには多くの細かい傷が刻まれている。何十、何百回と繰り出された攻撃、その経験がその傷一つ一つに凝縮されていた。スティングは戦いを求めるだろう。多くを語らずに―――またナタクとは違う方向性で。ナタクは修羅だ。アレは戦う事が日常の一部であり、鍛錬やバトルはルーティーンワークの一部でしかない。サラリーマンが会社へ仕事をしに行くように、ナタクは朝起きて、鍛錬をして、戦う。それが修羅という生き物だ。だからスティングは違う。

 

 戦いは日常の延長線上にある―――しかしその胸にあるのは強い憤怒と闘争心だ。ひたすら、強さを求めているのではない。()()()()()()()()()()()()様に見える。復讐蜂、死蜂という言葉はコイツにこそ合ったものだ―――こいつは酷く俺に似ている、それがこいつに関する感想の全てだった。或いは……そう、もっとシンプルに考えればいいのかもしれない。

 

 ()()だ。

 

「スティング……お前、もっと強くなりたいよな」

 

「ヴ―――」

 

 羽音で肯定してくる。針を突き出すその動きは一切変わりはしない。そう、最初からその胸にある闘争心と情熱は変わりはしていないのだ。おそらくはビードルの頃から一切、選手としてではなく手持ちのポケモンとして捕獲してから一切ブレていないのだ。

 

「―――お前の中にゃあまだ可能性が残っている。()()()()()()()()()()だ」

 

 スティングの動きを止める事無く教える。まだスティングには可能性が残されている、と。そもそもポケモンの進化のメカニズム、そして能力の上昇のメカニズムに関しては未知の領域が多すぎるというのが事実だ。その為、解っている事の方が遥かに少ないというのが事実だ。ただ、色々と個人的に憶測出来る事はある。それは自分がニンテンドー、ゲームフリーク、そしてポケットモンスターという存在を理解しているからこそ理解できる事だ。

 

「スティングよ、この世界は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ。俺自身が異能を獲得した事によって解ったよ。異能ってのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っても言えるな」

 

 他人からすればお前は一体何を言っているんだ、と言われかねない話だ。

 

「まぁそもそも(アルセウス)の存在自体、明確に解っているのが調べまわっている妖怪アイス狂いとボスだけだからな。この世界の構造を考えている奴自体いないだろうなぁ―――まぁ、それはどうでもいい話なんだがな。それよりも重要なのは見えざる神の手によってお前の種族というのはクソの中のクソと呼べる底辺の領域にあるって事だ」

 

 スティングの動きは変わらない。だが話の続きを求めているのは解る。

 

「……だけど、まぁ、神の慈悲があって、スピアーって種族にはメガスピアーって進化先が用意された。ここまでは仕様の範囲だが、レベル100の突破とかは仕様範囲外の事だ。神の作った(システム)から逸脱している事だ。つーか今でも割と逸脱しまくっている事があるのは解るんだが―――」

 

 まぁ、そこは重要な話ではない。重要なのは、

 

「お前はまだ可能性が残っている。メガストーンは力を与えるものではない―――()()()()()()()()()()()()だ。つまりスピアーって種族の中にはあと一段階進化するだけの可能性が、ポテンシャルが残されているって訳だ」

 

 そこまで判明しているならあとは色々と出来る事がある。その手始めに、

 

「―――()()()()()()、スティング」

 

 スティングの動きが止まり、その視線が此方へと向けられた。その視線を受け止めながら話を続ける。

 

「今まではこういう物だった、と見ていた物事も異能を手にして、明確に世界の法則と言えるモノに喧嘩を売ってからは見えるものが増えてきた。お前が天賦を倒し、超える事が出来るなら―――俺が世界そのものを騙して、成り上がらせる事だって出来る」

 

 ―――天賦とはなんぞ。

 

 天賦とは種族最強の称号。その種族における頂点に立つ王者の証。その種族を代表する存在。その種族にとっての希望とも言える存在。故に、天賦とはその種族における最強である。故に、天賦は同じ種族の存在に普通は絶対に敗北しない。それがよほど歪ではみ出ている存在ではない限り、天賦に同じ種族の存在が勝利するのは()()()()()なのだ。スピアーの天賦個体なんて聞いた事はないが―――おそらく探せば出て来るだろう。セキエイか嫁に頼めばそう時間はかかりはしないだろう。

 

「強さを求めるなら、手段を()()()()()()。お前がいる場所とはそういう所だ。天賦を簒奪するもよし、簒奪しないも良し。その判断はお前に任せる。だがお前がまだまだ可能性を追求したいというのなら―――俺はそれを一切止めない。全力で助けよう。お前のポケモントレーナーとして、全力で支援しよう」

 

「ヴ」

 

 羽音を鳴らして頷き、スピアーが返答する。ひたすら闘争心を燃やし、バトルでは殺意を纏いながら敵を貫くスピアー―――本来は弱小である故に手数を好む筈の種族、しかしこのスピアーは変種であり、ひたすら一撃による殺傷を目的としている。まるでナタクの真逆を進みながら同じ着地点を目指している様にさえ思える。

 

 天賦のコジョンド、ナタク。

 

 天賦のサザンドラ、サザラ。

 

 天賦のリザードン、アッシュ。

 

 クイーンが競技には興味がなく、天賦を殺す事だけに興味を向けている今、スティングがメインのアタッカーとしてスタメンを狙うには三体の天賦からその座を簒奪しなくてはいけない―――種族値弱小のスピアーとして生まれた以上、その戦いは絶望的だと言わざるを得ない。環境最上位に潜り込む以上、メインとしてのアタッカーには天賦、或いは天賦級の実力とセンスが欲しくなってくる。

 

 だから、最低限同じ種族の天賦に勝てないのであれば、()()()()()()()()()のだ。

 

「同じトキワの森出身の兄弟なんだから、お前には期待してるぞ」

 

「―――ヴ」

 

 やる気に漲っているスティングに視線を向け、激励する―――そこで朝の空を切り裂くようなナチュラルの悲鳴が聞こえた。それをしっかりと聞き届け、あぁ、そっちか、と大体どっちの方へと拉致られたのかを察する。

 

「さて、ポケモンばかりじゃなくて俺も朝の運動を始めるか」

 

 そうやって、本日もまた一日が始まる。




 真面目なようで真面目じゃないお話。スティングさんが最低限スタメンを張るには天賦を倒すか、或いは天賦を1:1で越える必要があるようです。はたして1v、2vのスピアーで6vには勝てるのだろうかというお話。これぐらい出来なきゃスタメンにはなれないよ!

 お前ら酒乱ひどすぎね? という事で次回もまたコミュで。

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