文久三年7月2日朝
燃え盛る薩摩の町並みにただ呆然と洋介は立ち尽くしていた。
町は巨大な火の手が上がっていた。
ウォータを連発して鎮火させると洋介は疑問を覚えた。
(すべてはアンサー・トーカーの教え通りやっていた筈だ……しかし、実際はこんな事になっている。)
逃げ惑う人の中で洋介は力を使うことにわずかばかりの意味の無さ、無情さを感じた。
責任感を感じて怪我人を積極的に治すとすぐさま着替えにいった。
着替えてからも洋介は怪我人を見つけては治していった。
洋介はアンサー・トーカーに従い黒い前回の長州での姿で港に行くと浪人や薩摩藩士達が口々に
「鬼神様がやって来た!」
「勝てるぞ!勝てるぞ!」
と喝采が起こったがそれに対して洋介は悩んでいた。
(俺がやったことでこんなことになる引き金になったのに俺が誉められるのはマッチポンプて奴じゃないのか?)
洋介は唸ると
(だからといって俺には何ができた?別の事は出来たか?俺はアンサー・トーカーを使っているのか?アンサー・トーカーに使われているのか?それとも……。)
ぐるぐると同じ考えをループさせているのだった。
元来、アンサー・トーカーとはそんなに性能が低いものではない。
しかし、田中洋介と言う人物はこの能力を使う事ができる高嶺清麿やデュフォーなどよりも知識や経験全てが乏しく、乏しさ故に他の能力で無理矢理補っているに過ぎないのだ。
彼がもし、高嶺清麿やデュフォー並みの頭脳等を持っていたらスキルを作るスキルでアンサー・トーカーを使いこなすスキルを作っていただろう。
だが、それがアンサー・トーカーから出ないや思い付かないのが残念ながら洋介の限界である。
彼は更に能力を得た時点で努力を能力を得る前より怠っていた。
彼が真面目に勉強すれば、アンサー・トーカーはこう答えただろう……スキルを作るスキルでアンサー・トーカーとインターネットを繋げるスキルを作れと。
残念ながらそれは出ない洋介は元々の性格上から最低の努力で最高の見返りを求める人間だからだ。
己の性格による補正で誰がチート能力が劣化すると思うだろうか?
思わないからこその傲慢さである。
洋介は鎮火させた町並みを背中にある決意を決めた。
洋上の艦隊達は笑っていた。
(チュウシュウでの一件は津波でパニックになった船員が見た何かだろう。)
横浜に突如として現れた船員に着いては本国の情報封鎖により彼らは知らなかったのだ。
洋介は目の前の艦隊の責任を負うつもりで動いた。
「マイティガード!順応、気迫、奇跡、闘志!」
自身を強化する
海上を高速で滑空する人型の“ナニか”元々の士気が低いフランスとロシアは狼狽した。
一気に上陸使用としていた船団との距離を詰め
「悪いな……。」
衝撃波で船を壊した。
まだ味方撃ちする可能性がある三国艦隊は悩んでいた。
(自国民だけなら撃つのだがな……。)
そんな指揮官キューパー提督の思いも知らず現場の砲兵達は洋介に向かって砲撃を始めた。
(なっ!味方もいるのに撃ち始めただと!)
洋介は驚愕するがそれも束の間、テレポで船団の人員を横浜に転送する。
「これが、お前らのやり方か!!」
気力が昂って上限まで上がっている洋介は怒りに奮えた。
フランスの側面に取り付き同士討ちを恐れて攻撃出来ない間に洋介は船体をライブラで人がいない場所を確認し指を鳴らし真っ二つにした。
イギリス艦隊の先頭に陣取っていたイギリスの旗艦が沈むとイギリス艦隊はフランスの船ごと洋介を攻撃してきた。
(まさか……ここまでやるのか?ならば……。)
洋介は瞬く間に次々とイギリス艦に触るとテレポで鹿児島の町の郊外に転送させた。
残ったフランス艦隊とロシア艦隊は離脱を始め一部の艦が白旗を揚げて時間稼ぎに出た。
後に文久三大大火の一つ鹿児島事件は事を終えた。
(俺は責任を果たせただろうか?)
空を見上げると雲が空を包み込んでいた。
洋介は陸に転送させたイギリス艦を降伏させて戦後処理に入った。
降伏させたイギリス艦を島津に寄付し海に送る代わりにイギリス捕虜をすぐに死刑にさせないことを確約させた。
だが、薩摩を納得させるのに3日も掛かってしまったのである。
島津海軍は8隻西洋船を得て発言力を高めたのだった。
戦後処理も終わり、洋介が小田原に帰ると北の空が赤く染まっていた。
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