文久三年7月6日夜
洋介は仁に心配されながらもよたよたと治療に戻った。
(ペニシリンてなんだ?)
ふとした間にペニシリンをインターネットで調べた洋介はその効能に驚愕し仁を支援することに決めた。
治療所で雇っているお手伝いの康に聞くことにした。
「康、今治療所の蓄えはいくらぐらいある?」
「洋介さん、1万3000両位ありますよ。米の寄付も多いですし奉行所(コロリや事あるごとに呼びつけた時に貰った報酬)や薩摩から(生麦事件の後に貰った)の褒賞金や商家からの献金もありますからね。」
さらりと答えた康の金額に洋介は驚いていた。
(一万両は今の1億円ぐらいか……しかも、これから生まれる明治政府の軍資金と同じ位とは。)
「治療所を開いておくために幾らぐらいいるんだ?」
洋介は聞いた。
「だいたい100両あれば年は越せますね。」
康は不思議に思ったが答えた。
決心した洋介は康に命令をした。
「そうか……1万両を小田原から持ってこい。」
「はっ?一万両を?吉原の遊女買い占めでもする気ですか?」
ひきつった顔をしながら康は洋介を見ていた。
「素晴らしい新薬をあそこにいる南方先生が作っているから投資したいんだ。」
洋介の言葉に康は渋い顔をした。
「先生ならあんな病人の体をいじくり回したり薬をあんなに使わないじゃないですか……一流の先生がなんであんな木っ端医者に投資するんですか!」
康は声を荒げた。
(いや、俺の方が医者としては南方先生の足下どころか谷底にも及ばないんだが……。)
「あの人は素晴らしい医者なんだ。いいな。わかったら一万両持ってこい。」
洋介はひやひやしながら康に言った。
「先生がそこまで言うならわかりました。」
康としては洋介に家族を救って貰った過去を持つため洋介が一番と思っていた。
だからこそ、仁に恨みは無いが敵意を現したのだった。
洋介は康の家族を救ったことを覚えてはいないが。
翌日の早朝になり治療を終わらせた洋介の元に康は来た。
「持ってきましたよ。」
ムスッとしながら金を持ってきたと言う康に苦笑しながらも馬に繋いだ大八車(万病医術所の旗を着けた)を牽きながら小田原の町人に頼んで護衛付けて貰って持ってきた一万両を確認してから南方のところに向かった。
「こんな大金持ってきて襲われなかったのか?」
洋介はムスッとした康の機嫌を治すために聞いてみた。
「万病医術所の車を襲ったらどうなるか関東人なら知っていますから襲いませんよ。大商家から幕府、町人、異人まで深く信頼されていて幕府に今呼ばれているのに襲ったら死罪決定じゃ無いですか。それに護衛が30人ばかり付いてるんですよ賊だって逃げますよ。」
康の機嫌がちょっと良くなった所で仁のところに着いた。
文久三年7月7日朝方
「もしもし、南方先生はいらっしゃいますか!」
洋介は声高く部屋の中にいるであろう仁を呼んだ。
誰かが歩く音が聞こえ戸が開いた。
「はい、誰でしょう……か。」
武装した30人ばかりの男たちに驚いた仁に洋介は
「私ですよ南方先生。」
頭に被った傘を上げてニッコリと笑って見せた。
「どうしたんですか?こんな物騒な。」
ちょっと渋い顔をする仁に洋介はニコニコとしながら
「こちらに来てください。」
仁の片手を捕まえて大八車の前まで連れてきた。
「これは?」
少々困惑した表情の仁は大八車に載せられた箱を指差した。
「開いてみてください。」
洋介はささっどうぞといいながら仁に開くように催促した。
不思議そうな表情をしながらも仁は箱を開いた。
「こっ、これは!」
あまりに驚いて声がでなさそうな仁をよそに洋介は
「全部で一万両あります。医術の進化のために使ってください。」
と告げ護衛の人たちに箱を運ばせようとした。
「貴方はなぜこんなにしてくださるんですか?」
仁の問いに
洋介はただただ
「同郷のよしみでは駄目ですか?二人ともこんな遠いところに来てしまいましたし。」
と格好をつけて仁の有難うと言う言葉と共に洋介は帰っていくのだった。
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