文久三年7月14日早朝
洋介はウィスキーのせいで痛む二日酔いの頭を抱えながら着替えていた。
痛む頭を押さえながら井戸から水を汲み康に鏡とカミソリを用意させた。
この時代のカミソリは、正に日本刀の様と称されるような鋭く鈍く輝く刃を持っていたが臆せずに洋介は髭を剃っていた。
実際、多少切れてもケアルで無理やり治してしまうので、鋭い刃にも恐怖はしなかった。
それでも、他人の血はまるで映画を見てるように感じるが自分の血は妙にこの世界が本当だ現実だと分からさせられている様でより体を切り裂かれた気がして嫌いだった。
髭を剃り終わると伸びた髪の毛を結び直し、井戸水を沸かしてからその水で手洗いうがいをした。
一応、大きな水瓶を改造した浄水器もあるが面倒くさくて使っていなかった。
が、患者が何か聞いてくるので浄水器の説明をすると同じものを作ってくれと言われて売れ筋の商品の一つになっていた。
アメリカ土産に買ってきたネジやレンガなどさまざまな工具や材料を元に今日は何かを作ろうと洋介は決めた。
耐熱レンガをwebで調べるとロケットストーブと呼ばれるものが出てきた。
すぐさまレンガとモルタルを使い組み上げて遊んでいると康が来て何かと聞いてきた。
小枝を持ってこいと洋介その間にヘイストをロケットストーブにかけて安定化させるとロケットストーブを使い釜戸がわりに鍋で味噌汁を作った。
「康どうだ。すぐに煮立っただろ?これはすごく熱くなるんだよ。」
洋介の作ったロケットストーブを康は見ると
「これはすぐに作れるんですか?」
と目をキラキラさせながら洋介に聞いてきた。
「あぁ、組み上げるだけだからすぐに作れるぞ。」
(こういう時には子供らしくなるんだからな)
と思いながら洋介は笑いながら答えた。
「じゃあ材料を集めれば直ぐにでも売れますね。お隣の若旦那に相談してきます。」
康はそういうと隣に言ってしまった。
ポカンとした顔をして康の後ろ姿を見ている洋介が残された。
康が居なくなると直ぐに中国へ洋介は変装し飛んだ。
文久三年7月14日朝
中国~今この時は清と呼ばれている地域である。
清は今ヨーロッパ憎しで燃え上がっていた。
日本がイギリスの艦隊をあれだけの数を討伐しているのだから、清が勝てないわけがないとたかを括っていたのである。
清では槍や型落ち銃、連弩、大刀や柳葉刀を持ち歩いている人々が行き交い上海租界地を取り囲んでいた。
イギリスやフランスの兵隊が租界の周りを警護しにらみ合いを続けていた。
清側の一部が国から出てけと言いながら石を投げた。
一部が投げ始めると清側全員が石を投げ始め、怯えたフランスの兵士一人が発砲してしまった。
洋介は遠くから聞こえた銃声に振り返っている合間に何処かで一人が撃ち始めると次々に発砲し清側も数にまかせた暴徒化しフランス兵士とイギリス兵士は敗れさりアメリカ兵はアメリカ側のみとイギリスとフランス以外は自国の領域防衛に勤めた。
イギリスとフランス側が再編成している間にイギリスやフランスの租界は略奪され女子供は犯され、抵抗する者は殺された。
清の暴徒の一部では死体を食べる動きが見られたらしい。
洋介は押さえられる地域は押さえたが上海租界全体で起きた事件であり、アメリカで一回で止めた兵士の数を越えていたからである。
上海での参加した暴徒の数は後に分かるのだが50万人を遥かに越えていたらしい。
暴徒になったが怪我をした清人や租界の人々を治療していった。
後に上海事変と呼ばれる事件は幕を閉じた。
上海事変を契機にイギリスなどのヨーロッパ勢力は清に賠償を要求し、清はこれを拒否……世界はキナ臭い雰囲気に包まれた。
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