理不尽な強さと   作:連邦士官

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文久二年4月某日

 

洋介は基本、寝る、ご飯、診療、ご飯、寝るの繰り返しの毎日を贈っていた。

 

魔法を使っているので治し辛い病気はあっても治せない病気はほぼなかった。

 

癌や免疫異常は幾ら魔法とは言え治し辛い病気だった。

 

薬を使わずに手をかざすだけで治していくのだ。

仙術に長けた道士や病に憂いて仙人が舞い降りてきたとまで噂されてしまった。

 

そんな噂も耳に入れずに魔法で病人を治していくのだった。

 

治した患者に「手洗いうがいはしろよ」いつも通りの言葉をかけた。

 

そしてその日、インターネットで知った寺田騒動を見に京都にテレポを使い行ったのだった。

 

人に聞きながら寺田屋に着いた洋介は中に入った辺りで奥の方からけたたましい音が聞こえていた。

 

寺田屋の奥の方から従業員が出て来て侍が刀を振るってると騒いでいた。

 

そこで奥に入ってみると頭がかち割られた男や背後から切りつけられた男などが居てついいつも通り魔法で治療してしまった。

 

治された方は驚きながらも逃げていき、他の怪我人も治してしまった。

さらに死体同然の人間が治ったのを見て薩摩側の侍達も立ち尽くしたが、次の瞬間妖魔めと斬りかかってきたのである。

 

だがしかし、洋介は全員にサークルをかけると衝撃波で気絶させ逃げた。

 

それにより、島津藩士の一連の事件はうやむやになってしまったのである。

 

(やってしまった?)

ともかくテレポで小田原に逃げ帰った。

 

洋介はその後も忙しい毎日を送っていた。

だが、おかしな事が起こった。

 

流行はしているがインターネットで調べたコレラ大流行が起こらないのである。

原因は簡単で洋介が麻疹患者を大量に治したのと洋介が服装的に西洋医学者だと思われて仁と洋介の手洗いうがい等の予防法を聞いて実践する人々が増えたからであった。

 

洋介はまた江戸に呼び出されコレラの治療をしていた。

前回の麻疹にかかった患者も多くいて、洋介が入ってくると必ず治ると安堵した表情をしていた。

 

毎日、次々にコレラを治していくと髭を生やした大柄(この時代にしては)の男が運び込まれてきた。

 

女性が付き添いで侍姿の男が大八車を引きこの大柄の男を運んできたのだ。

 

直ぐに治すと治された男は不思議そうな顔をして、どうやって治したのか聞いてきたので「私は治せる者しか治せない」と適当に言って追い返すと再び運ばれてくる病人の治療に専念した。

 

これが後に、会うことになる南方仁との初めての出会いだった。

 

文久二年7月から8月まで病人で大忙しだった診療所も一段落つき、江戸から小田原に帰省する途中だった文久二年8月21日である。

 

洋介は神奈川の鶴見で大名行列に会い脇によけて居ると馬の音が聞こえて大名行列の前にやって来た。

四人の外国人が突っ込んだのだ。

 

辺りに居た人々は驚きのあまりに声も出ずに事の次第を見守った。

血だらけの外国人が行列から出てくると馬で逃げて行った。

 

それを追う侍達で騒然とした雰囲気になってしまったのである。

 

洋介はインターネットで調べるとこれは生麦事件らしかった。

 

だが、日付は合わない。

がしかし、直ぐにアンサー・トーカーが発動して、和暦と西洋暦の違いと出た。

 

成る程と思い洋介は帰ろうとしたが、「貴方、有名な医者の田中殿ではないか」と言われて薩摩藩士に捕まり、色々と言われたがこのままだと外交問題になるかもしれないとの事で外国人を生かして捕虜にしたいから協力しろと引っ張られた。

 

そうこうしている間に外国人を担いだ薩摩藩士がやってきた。

 

誰の目にも分かるほど死にかけている外国人であったが、いつも通りまずストップをかけてから命を操る能力とケアルガ、レイズをかけると目を見張るほど傷が塞がった。

 

これを見た薩摩藩士に洋介は連れていかれてしまった。

 

洋介は一体何処に行くのだろうか。




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