転移を終えて視界がはっきりした時、ムーマァはナザリック第九階層の自室にいた。しばらくユグドラシルにログインしていなかったおかげで、かつて集めた数々の家具たちがとても懐かしく思える。
ムーマァは妖精としてのロールを大事にしたプレイを心がけていたため、室内の様相も必然的に、緑豊かで神秘的な森の中をイメージしたものとなった。壁と天井にはツタや草木が埋め尽くすように広がり、木漏れ日を想起させるような薄暗い明かりを作った。椅子と机は大きな切り株。部屋の隅には課金アイテムで小川を作り、小鳥の鳴き声がどこか遠くの方から聞こえる。そして、そこかしこで十人十色の光をまとった、手のひらサイズの妖精たちが宙を舞い、楽しげな踊りを踊っていた。
妖精たちはムーマァに気づいたそぶりはない。ユグドラシルでは話しかけることもできない家具だったのだから、まぁ当然といえば当然だが。
(NPCのセバスが喋れるってことは、この妖精とも会話できたりするのかな?設置した時は家具扱いだったと思うけど)
切り株の椅子の上、妖精が三人集まって羽休めをしているところにムーマァは近寄る。
「……ええと、ただいま。」
どう声をかけていいものかわからず、当たり障りのないものを選ぶ。すると、妖精たちはそれまでのお喋りを中止し一斉にムーマァを向き、……一斉に腰を抜かした。
『……!!……ご、ごしゅじんさま!』
『……い、いらっしゃる!ごしゅじんさまいらっしゃる!』
『……みなのもの、おちつけー!これゆめぞ!まやかしぞ!』
「まやかしじゃねぇよ。」
三人の妖精が騒いでいるうちに、部屋中から妖精が集まってくる。そして、皆一様に同じような反応を示した。
『ごしゅじんさまだ!』『ゆめをみているようですわ!』『ほんとうにごしゅじんさまなのかそうではないのか、それがもんだいだ』『おれたちがごしゅじんにこいこがれるあまり、ありもしないまぼろしをつくりだしたのだぜ』『まぼろしでもそうぞうりょくでおぎなえばもんだいないんじゃないかな』『そうぞうでめしはくえぬ』『それな』
あっという間にその人数は膨れ上がり、総数二十の小さな妖精たちがムーマァの前で喧々諤々の論争を始めた。間もなく、切り株の椅子の上でおしくらまんじゅうが始まった。踏みしばれずに落とされた妖精たちは椅子の周りでふわふわと浮かびながら、まだ残っている妖精たちにエールを送っている。そのどれも、ムーマァのことを気にしているのはいなかった。
「……こいつらこんなにうるさかったのか。配置する数、半分くらいでもよかったかもなぁ。」
ユグドラシルにおいて妖精は、森に訪れた人間にいたずらを仕掛ける雑魚敵だ。上位種でなければ知能は低く、様々なことに一喜一憂して面白おかしく暮らしている、そういう設定である。
それにしたってうるさいなぁと思いながら、ムーマァはふとそんなつぶやきをもらした。
すると、一番手前で切り株から落ちないようにしていた一人の妖精が、ムーマァに視線を向けて怯えたように言った。
『……はんぶんいらない?』
途端に妖精たちは静まり返り、一斉にムーマァを向く。
その瞳にはどれも恐怖の色が浮かび、処刑を待つ死刑囚のようだ。
「あ、いや、そうじゃない……いや、そうじゃないわけでもないんだが……。」
ぴぃぃぃっ、というような泣き声がいくつも上がった。
今までのユグドラシルであれば、物言わぬ家具を撤去するのと同じように普通に間引きできただろうが、現在でそういうことをするのはなんというか、暴君の圧政のような気がしてくる。
「ま、まぁお前たちをこうやって配置したのは私だからね。今さらそれを変えるのは酷というものだろう。」
その言葉に、妖精同士皆が皆、顔を合わせてほっとしたのがわかった。安心した妖精たちを見て、ムーマァも一息つくことができた。
妖精たちはひとしきり心を落ち着かせると、矢継ぎ早に話しかけてきた。
『ごしゅじんさまは、ほんとうにごしゅじんさまですね?』『ごしゅじんさまじゃないごしゅじんさま?』『このまりょく、このふんいき、ごしゅじんさまにまちがいないのである』『ほんまや』『おかえりなさいませ』『それな』『おちゃのじゅんびしなきゃなるまいに』『おかしだしてれっつぱーてぃだぜ』『おゆをわかしてくれませんこと?』
主人の帰りを歓迎しようと、妖精たちが慌ただしく飛び始めた時、部屋の扉がコンコン、と軽くノックされた。ムーマァは来訪者に応対しようと、草と蔦に埋もれた扉を開く。
「はい、どなた……も、モモンガさん!おひさです!」
扉を開けて姿を見せたのは、黒い衣をまとった動白骨。彼の名前は当然覚えている。このギルド、アインズ・ウール・ゴウンの長、
「こちらこそお久しぶりです。セバスから連絡を受けてはいましたが、まさかムーマァさんにもう一度会えるなんて思ってもいませんでしたよ!」
「いや、私も本当に同じ気持ちです。つもる話もお聞きしたいこともあるんですが、部屋の前というのもなんですので、とりあえず中へどうぞどうぞ。」
「あー、申し訳ないですが、第六階層へ階層守護者を集めているので、移動しがてらでのお話で。一度座っちゃうと時間を忘れて話し込む自信があるんで……。」
「はーい、りょかです。」
妖精たちにお茶を先延ばしにすることを伝えーー全員が心底がっかりしていたが、モモンガさんの希望なら仕方ないと妖精たちに納得させた。
廊下に出て、並んで歩きながら今までの出来事を共有する。
ユグドラシルのサービス終了と共にNPCが自我を持って動き始めたこと、元の沼地ではなくどこか違う草原に転移していたこと、システムコマンドは出ないけれど《サモン・プライマル・ファイヤーエレメンタル/根源の火精霊召喚》をはじめ、ある程度の魔法は使えることを確認したこと。
中でもムーマァが興味深かったのは、ユグドラシルで作ったアバターの体が、自分の体として馴染み、違和感なく動かせているということだった。
モモンガに言われなければ気づかないほどに、自分自身が異形の体を普通に受け入れていたのだ。本来ユグドラシルではある程度まで体感共有ができるが、流石に人間に存在しない尻尾や羽などの感覚はない。実際に、背負っている虹色の薄羽をバッサバッサと動かしてみて、やっとわかったほどだ。
そしてもう一つ気づいたことは、ムーマァ自身、ナザリック近くの草原でセバスに発見される前の記憶がないことだ。ユグドラシルにログインした記憶もなければ、ムーマァのリアルーー現実での生活や素性についても靄がかかったように思い出せない。だが、不思議とユグドラシルでの経験は記憶している。どうやらモモンガはどちらでのこともはっきりと覚えているようだが、その辺りの違いも不明瞭だった。
「ということは、階層守護者のNPCがセバスやアルベドと同じように忠誠心を持っているか、確認するわけですね?」
「はい、その通りです。アウラとマーレは確認しましたが、シャルティアとコキュートス、デミウルゴスの確認もしなくちゃならないので。」
「確認ご苦労様ですモモンガさん。私個人の想像では、アウラとマーレ同様におそらく刃を向けてくることはないだろうとは思いますが……。メンツがメンツなだけに、もしものことがあったらと思うと不安になりますね。」
ムーマァの覚えが確かなら、
そんな三人が、万が一にも敵意を持って襲い掛かってきたら。神器級防具で固めているモモンガなら大したことなくやり過ごせるだろうが、そんな装備を持ち合わせていない自分はどうか。ムーマァは少し考えて、恐ろしくなった。
そんな心中を察したのか、ふと気づいたようにモモンガは空中に手を突っ込み、ムーマァの記憶にある懐かしい装備一式を取り出した。
「ムーマァさんが戻ったって聞いたので、宝物殿からムーマァさんの装備品を取ってきておいたんですよ。一応装備しといてください。」
「おお、さすがはモモンガさん!気が回りますね。あざす!」
ムーマァがユグドラシルを引退する際に、モモンガへと預けた装備。売ってしまっても交換に出してしまっても構わないと言ったものを、きっちりと保管しておいてくれたモモンガに感謝を覚えながら、受け取って装備を整える。
ムーマァの身体の基調となっているのは、よく磨かれた鋼のような色だ。だが、背中の薄羽がもたらす虹色の発光を受け、見る者によって様々な色に見える。ムーマァ自身、そんなアバターを気に入っていたため、体を必要以上に隠さないようにした防具の見た目はかなり軽装だ。
恥を以って身体を覆い隠すような必要もない異形の身をしているため、下半身は両脚首に嵌める一対のリングと爪を保護する金属の覆い。上半身に至っては蔦をモチーフにした濃緑色のストール一枚のみと、防護面では頼りなく思える。
だが、これらは妖精であるムーマァの能力を最大限引き出すための必須アイテムだった。
(これを作るためにどれくらいの
最後にエモノを受け取ると、ムーマァの表情ーーほぼ無貌は、モモンガから見てこころなしか引き締まったように見えた。
エモノは、彼の羽と同じく、刃の部分が淡く虹色に発光する大鎌だった。
「……さぁ、行きましょうモモンガさん。」
「そうですね。……戦闘にならないことを願いましょう。」
妖精にナザリックへの忠誠心はありません。家具なので部屋から出ることもできません。