オーバーロードとフェアリーロード   作:skyline

3 / 6
「おかえりなさい」「ただいま」

モモンガとムーマァが第六階層の中央に座する円形闘技場(アンフィテアトルム)に着いた時には、アウラとマーレ以外の守護者はまだ到着していなかった。

二人のダークエルフは敬愛する主人の到着に心を躍らせ、嬉しそうにしてモモンガに近づいてくる。

 

「おかえりなさいませ!()()()()()!」

「おっ、おかえりなさいませ!()()()()()ぁ!」

 

元気な方が姉のアウラ、おどおどしている方が弟のマーレ。二人はそれぞれ男装と女装という、なんというか個性的ないでたちをしているが、これは彼女らを作り上げたギルドメンバー・ぶくぶく茶釜によるものだ。

萌えに対する人の所業というのは罪深いものなんだよなぁ、とモモンガは思っていた。

 

「……う、うむ。途中で立ち去ってすまなかったな。お前たちの活躍の一部始終を見届けることができなかった。なにぶん、セバスからの急な呼び出しでな。」

「……!?いっ、いえいえ!モモンガ様が謝られることなんてなんにもないですよ!」

「そ、そうです!モモンガ様の行動を妨げるものなんて、このナザリックにはないと思います!」

 

そうか、わかった、ではまたの機会を楽しみにしよう、等とアウラとマーレに詫びるモモンガの背後。両の手を広げてモモンガに覆いかぶさるような姿勢で、ムーマァはニコニコと笑ってーーその無貌をアウラとマーレに見せていた。

ムーマァの背丈は直立状態でもモモンガより50cm近く高い。その高身長が大きな羽を広げて低空を浮遊しながら見つめているのだから、極めて小柄な二人の視点からだと凄まじい迫力になる。

しかし、二人ともそんな超然とした存在に気づいた様子はない。そんな彼らを面白がって、ムーマァはモモンガに《メッセージ/伝言》を飛ばす。

 

『モモンガさん、これ完全に私に気づいてませんね!ひっさしぶりに使ったんですっごい楽しいです!』

『ひとまずムーマァさんの魔法が正常に発動したようで安心しました。……私にも見えてないんですから、あんまり派手にはしゃがないでくださいよ?』

 

というのも、ムーマァは第六階層に入る前に、第九位階魔法《パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化》を発動したのだ。ユグドラシル時代にこれを度々使っては、ギルメン達に様々な悪戯を働いたことは忘れようのない楽しかった記憶だ。

と言っても、ただの第九位階魔法では、高度の看過スキルを持つギルメンたちには容易く見破られてしまう。そこでムーマァの種族レベルが必要になっていた。

小妖精(リトルフェアリー)〉〈妖精(フェアリー)〉〈妖精王(フェアリーロード)〉の三つを取得することで入手した常時発動型(パッシブ)スキルの名前は、腐れ外道の二枚舌(ダブルタング・オブ・フェアリーロード)

不可知化魔法を使う場合、必要な魔力が単純に倍になる。その代わりに、使用する魔法の位階を倍に昇華させるといったものだ。

使用したのは第九位階の《パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化》なので、推定第十八位階という脅威の魔法を発動したことになる。そしてこのレベルになると、おおよそすべての看過スキルをスルーした上で時間制限も気にせず動くことができた。だが。

 

(普通ではあり得ない第十八位階の魔法っていっても、不可知化魔法だとすごさがわかりにくいんだよなぁ……。)

 

看過スキルを退けることができるというのは確かに凄まじいものであることは理解していても、一部の例外ではない攻撃を仕掛けたり攻撃を受けたりすれば解除されてしまうのは、不可知化魔法の共通の弱点だ。ムーマァはユグドラシルにおいて、様々な職業レベルや種族レベルを考察してこの弱点を補強しようと試みたが、完璧な解決方法を見つけるには至らなかったのだった。

今回はこの魔法を用いて、アウラとマーレ以外の守護者の忠誠心の確認を行うことにした。モモンガがもしも襲われようと、余裕を持って助けに入れる素晴らしい位置に、ムーマァは陣取った。

 

数テンポ置いて、アウラとマーレのやや後ろに、人の高さ程度はある黒い半円が出現した。

 

『モモンガさん、《ゲート/転移門》です。誰か来ますよ!』

『……みたいですねー。鬼が出るか蛇が出るかって気持ちです』

『鬼が出るか蟲が出るか、それとも悪魔が出るかって感じですね』

『ひょえー……』

 

やがて姿を現したのは、真祖ーーシャルティアだった。

 

「ーーおや、わたしが一番でありんすか?」

 

全身を露出の少ない黒のボールガウンで包み、清流のように美しい銀髪は片肩から流している。胸の部分は体格に不釣り合いなほど膨らんでいた。

 

その胸を一瞥したアウラは、「うっわ……」と、見苦しいものを見るようにして目を背け、

「わざわざ《ゲート/転移門》なんか使って来るなっての……。そんなに形くずれさせたくないわけ?」と嘯いた。

 

『モモンガさん、一つご報告が』

『はい、なんでしょうムーマァさん』

『ーーマーレが白なのに対して、シャルティアは黒です』

『……なんですって?』

 

ムーマァの報告を受けたモモンガの頭は一瞬だけ真っ白になったものの、すぐさま冷静さを取り戻す。シャルティアの戦闘力は階層守護者でも随一だ。不意を打たれたらいくら神器級防具で固めていようと、取り返しのつかないことになるかもしれない。

少しづつアインズに向けて歩みを進めるシャルティアに身構えながら、先手を取って押さえつけようかと算段を立て始めて、もう一度ムーマァからメッセージが来た。

 

『アウラがズボンなのが悔やまれますね。魔法で透視できないこともないけど、あらぬものまで見えちゃったら覗き魔になっちゃうしなぁ』

『……ムーマァさん、今どこにいるんです?』

『マーレの真下に寝転がってふぐりの膨らみをガン見なう』

『やめろォ!』

 

モモンガは沈静化していく頭の中、ムーマァのユグドラシルでの活躍ーーもとい、所業を思い出していた。あらゆるエロが規制されていたのにも関わらず、様々な手段でスカートの中へと潜り込もうとしていた姿だ。アインズ・ウール・ゴウン随一の変態紳士、ペロロンチーノと楽しそうに会話している姿も度々見かけた。

モモンガが賢者になっている間に、シャルティアはモモンガに飛びつくようにして抱擁した。だが、背丈の差のせいで親子のようにしか見えない。

 

「ああ、我が君。わたしが唯一支配できぬ愛しの君!」

 

『ーークソッ!見損なったぞモモンガさん!《リアジュー・バースト/充実者爆発》!』

『ちょっ、それっぽい適当な魔法作って殺そうとしないで!』

 

シャルティアがモモンガに張り付いてきゃっきゃとしているうちに、また違う足音が聞こえてきた。それと共に巨大な鎧の擦れるような音も聞こえる。モモンガが未だ離れないシャルティアから視線を変えると、その先には巨大な氷の武者がいた。

 

「オ久シ振リデゴザイマス、御方。」

「……お前はコキュートス。よく来たな。ーー最近は侵入者もなく、暇ではなかったか?」

「確カニーーデスガ、何時如何ナル時デモオ役ニ立テルヨウ鍛錬ノ日々デスノデ、然程暇トイウ訳デモ御座イマセン。」

 

耳に残るザラついた声は、口震蟲を用いない蟲人の普通の声だ。顎の近くにある口器からは輝く息が漏れ、空気中の水分をパキパキと凍らせていた。

モモンガが満足して頷くと、コキュートスが何かに気づいたように首を回した。

 

「ーーオヤ、デミウルゴストアルベドガ着イタ様デスナ。」

 

闘技場の入り口から、ゆっくりとした歩調で歩いてくる二人の姿を見つける。

オレンジ色のスーツを着た、撫でつけ髪のメガネの男がデミウルゴス。

羊の様に湾曲したツノを二本持ち、薄手の白いドレスを纏い、腰に黒い翼を持っているのがアルベドだ。

十分に彼我の距離が近づくと、デミウルゴスとアルベドはモモンガに深く一礼した。

 

「皆さん、お待たせして申し訳ありません。このデミウルゴス、モモンガ様のお呼び出しとあっては緊張せずにはいられないものでして、少々時間をお掛けしました。」

 

とはいえ、デミウルゴスは緊張しているという言葉には似つかわしくない、慈愛に満ちた笑みを湛えていた。

モモンガが頷いたのを見て、階層守護者が皆、並んで片膝をついた。前に出たアルベドが、顔を下へ向けたまま集合の言葉を告げる。

 

「第四階層守護者ガルガンチュア、及び第八階層守護者ヴィクティムを除く各階層守護者、御身の前に平伏し奉るーー」

 

『モモンガさん!ここで重要なお知らせが!』

『なんかもう大体予想できるので聞きたくもないんですが。』

『アルベドはーー穿いてません!桃源郷がここに!』

「ーーッ!!!」

 

「ーーモモンガ様、顔色がすぐれないご様子ですが……なにかわたしに落ち度が御座いましたでしょうか?!」

「えっ!?……いや、なんでもない。気にするなーーアルベド。」

 

『アルベドって正面から見た感じパンツ穿いてるような感じに見えなかったんすけど、やっぱりそうだったんですねー!いやー眼福ですわ!製作者ってタブラさんでしたっけ?いい仕事してますねー!悪魔系の種族なだけあって毛の方m(ブチッ)

 

モモンガは精神沈静化の効果で平静を取り繕うと、アルベドのドレスの中の実況を始めようとするムーマァとの通信を切断した。どうやらムーマァには性欲が残っているらしいが、あいにく自分にはあまり無く、興味も微妙だ。それに、ムーマァには告げていないが、「ビッチである」という設定を「モモンガを愛している」というものに変えてしまっただけあって罪悪感も大きい。

 

「……すまんな。アルベド。」

「ーーはいっ!?ど、どうされたのですか!?モモンガ様?!?」

「独り言だ……気にするな……。」

「ーー!!??」

 

状況が理解できていないアルベドに、モモンガが申し訳なさを感じていると、入り口の方からセバスがやってくるのが見えた。接近するのを待って、モモンガは声を掛ける。

 

「おお、セバス。ご苦労だった。それでは、()()()()()()()()()()()()。階層守護者達も聞く必要があるからな。」

「かしこまりました。ーーまず、ナザリックの半径1キロから見える範囲は全て草原です。特に知性を持った動物はおらず、小動物を数えるのみでした。()()()()。」

 

その言葉に守護者達が困惑を示す。ナザリック大墳墓は、ユグドラシルにおいて、沼地の奥に控えているはずだったからだ。

だが、モモンガはその言葉に意味を感じて微笑んだ。

もちろん、ナザリック外部に草原が広がっていることではない。セバスがムーマァについて言及しなかったことについてだ。

 

「わかった。それ以外に見つけたものはないな?」

「はい。前述の通りにございます。」

 

どうやらムーマァはセバスに対して記憶操作を行うことにしたらしい。記憶操作も正常に発動できたようだ。

確認を取ったところで、再度ムーマァから《メッセージ/伝達》が入った。

 

『……もしもし。』

『いきなりぶち切るなんて酷いじゃないですか!』

 

憤慨をあらわにしつつも、ムーマァは自らの行動を説明していった。

 

『セバスの記憶なんですが、草原でわたしを発見したところからわたしがギルドへと転移するまでを切り取ってあります。結果的に空白の時間が生まれていますが……まぁ特に問題はないでしょう。』

『切り取った記憶は?』

『もちろん保存してあります。わたし自身で確認をとったので、セバスが言っためぼしい発見をしていないことは事実ですね。』

 

ムーマァはユグドラシルにおいて、職業レベルをほとんど放棄して種族の変更を幾度も行い、様々な種族レベルを手にしている。

旧支配者というサブカテゴリーに属するそのうちの一つ、イースの大いなる種族(Great Race of Yith)には少し特殊な記憶操作スキルが付随した。

その名も《記憶の裁断》と言い、対象一人の記憶の一部を、発動時に消費した魔力に釣り合う分だけ切り取り、閲覧したり記憶同士を交換したりできるようにするというものだ。

その強大な能力はレンジも関係なく、位置さえわかればどんな存在からも記憶を強奪することができる。

その代わりにコストはえげつなく、先に使った腐れ外道の二枚舌(ダブルタング・オブ・フェアリーロード)効果付きの《パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化》と合わせて、モモンガと同程度ーーシステム上限まで拡張してあったムーマァの魔力を全て食い潰していた。

 

 

「それでは、各階層守護者に命ずる。ナザリックの警備レベルを最大まで引き上げ、各自自らの階層の守護に尽力せよ。そして、侵入するものがあれば必ず生きて捕えよ。可能ならば無傷でだ。」

「「「「「はっ!」」」」」

 

全守護者の声が重なり、闘技場に心地よく響く。統率をとって重なるのではなく、図らずとも声を同じにするのだ。ひとえに忠誠心のなせる技だと、モモンガーーそしてムーマァも実感していた。

 

「セバスは解散ののち、私の自室まで来るように。アルベドはデミウルゴスと相談し、ナザリックの警備体制を整えよ。マーレはナザリックの入り口を隠匿するように。手段は問わない。」

「「「はっ」」」

「では……、ここにいる全ての者に問う。」

 

 

 

「お前たちにとって、ナザリックを開拓した41人のギルドメンバーは、どういった存在か。ーーシャルティアから順に答えよ。」

「わたしがこの身を捧げるに相応しい方々、そしてわたしども階層守護者の創生者様でありんす。」

 

「ーーコキュートス。」

「我々ヲ生ミ出サレタ神ノゴトキ方々デアリ、モモンガサマノゴ友人にアタル存在カト。」

 

「ーーアウラ。」

「私たちを作ってくださった尊い方々であり、ナザリックの最高のご主人様たちーーでした。」

 

「……。ーーマーレ。」

「ぼ、ぼくたちとナザリックを作って下さった、とても慈悲深い方々です。」

 

「ーーデミウルゴス。」

「我々ナザリックの創始者であり、涯しないお力を持つ方々。そして、我々がいつまでもお戻りになられる時を待つ、恋しき方々です。」

 

「ーーセバス。」

「この世に並ぶ者のいない至高の方々であり、我々の主人であります。」

 

「最後になったがーーアルベド。」

「……、失礼を承知での発言、お許し頂けますでしょうかモモンガ様。」

 

守護者たちが順に次々と淀みなく答えていく中で、アルベドだけは何やら考える素振りを見せた。他の全ての者の視線が注がれ、モモンガもその鬼火のような目を光らせる。

 

「嘘をつくくらいならば構わん。答えよ。」

「感謝いたします。では。」

 

「わたくしの愛するモモンガ様をたった一人でナザリックに残された上、我々守護者やメイド、シモベたちのことも忘れ、『りある』へと渡られた……。」

そこで一度区切り、アルベドは畏怖のせいで咥内に溜まったつばを飲み込むと、

 

「端的に申し上げるならば、憎いです。ーー至高なる方々への無礼な発言、この首を以って償う所存でおります。どうぞ、如何様にも罰して下さい。」

 

アルベドが両膝をついて頭を下げーー土下座をしたところで、周囲の空気が止まった。

 

 

そのまま一分ほど経過するも、誰一人としてその場を動こうとする者はいなかった。

アルベドは地に頭をつけてピクリとも動かず、他の守護者たちは片膝をついたまま俯き加減に冷や汗を吹き出し、モモンガはアルベドを見下して無言で直立していたーーように見えた。

 

 

 

『ムーマァさん、これもしかしてアルベドが一番ヤバいタイプの奴ですよね!?これムーマァさん出てこれませんよね!?』

『あー、そうっすね。憎いって言った瞬間のアルベド、絶対殺すっていうオーラがにじみ出てましたし。他の守護者たちは問題ないでしょうけど、アルベドだけはヤバいやつっすね。』

のこのこ顔出したら惨殺されかねないなぁ、と茶化すように付け足したものの、ムーマァは確かにナザリックに戻ることに対して引け目を感じていた。

 

ユグドラシルが衰退していく中で、一人、また一人と引退していくギルドメンバー。そんな流れを見て、ムーマァも装備をモモンガに渡して引退することを決めたのは、どのくらい前だったか。記憶が曖昧でよく覚えていないが、ログインしなくなってから一年は経っているような気がする。

現実での記憶が飛んでしまったせいで、どんな理由で引退を決意したのかを思い出せないことも、ムーマァの引け目に追い打ちをかけていた。仕事が忙しくなったのか、ゲームをする環境でいられなくなったのか、はたまた、ただ飽きただけだったのか。

もしかすると飽きて捨てたかも知れないオモチャ(ナザリック)に、戻ってくる資格があるのか、ムーマァにはわからないでいた。

 

『ーーモモンガさん、あなたはどう思いますか?一度はこの場所を捨てた私を、軽蔑せずにもう一度歓迎してくれますか?』

『……!ーーそんなの……ッ!』

『ギルドの維持費だって、ナザリックの大きさだと毎月バカにならない通貨を消費するでしょう?それを、最後にはモモンガさんが一人でサービス終了までまかなってくれてたんですよね。モモンガさんがそんな苦心をされていた中で都合よく、元ギルメンだから戻れるよねーっ、っていうのは図々しいですよね……。』

 

モモンガには不可知化しているムーマァの姿は見えない。だが、モモンガは直感的に、ムーマァは自分の目の前にいると確信した。

 

『セバスの記憶を消したのは、ナザリックに戻れないかもしれないからです。セバスは私を見てとても喜んでいましたが、ナザリックにいる全ての人が私を歓迎するとは限らない。……モモンガさんを含めてです。』

『ーー本気でそう思ってらっしゃるんですか?』

『……え?』

 

ムーマァの反応は、思ってもいなかった所を突かれたようなものだ。

だからこそ。

 

『私がナザリックを今まで保たせてきたのは、私がギルドマスターだからでも、暇を持て余していたからでもありません。全てはそう、ムーマァさんをはじめ、たっちさん、タブラさん、ぶくぶく茶釜さん、ペロロンチーノさん、ウルベルトさん、ブルー・プラネットさんーー辞めていったギルドメンバーの誰がいつ戻ってきてもいいように、また楽しくゲームができるような環境を整えておくためです。決して、引け目を感じさせるわけではありません。』

まくしたてるように一気に繋げ、モモンガは本心からの言葉を口にする。

 

『私ーーモモンガは、ムーマァさんの帰りを歓迎しますよ。おかえりなさい。』

 

 

 

「ーーただいま……っ!」

停止した時間を切り裂いたその声に、顔を下に向けていた守護者たちは迷った。まごうことなく男の声色でありながら、セバスでも、デミウルゴスでも、ましてやマーレやコキュートスではない。無論、主人たるモモンガ様のものでもない。

だが、聞き覚えはある。記憶を辿る僅かな逡巡の後、その声の主に思い当たった瞬間ーーアルベド以外の守護者たちは一斉に顔を上げた。

 

「ーームーマァ様!」

 

誰となく、驚きと歓喜に満ち溢れた声で、モモンガとアルベドの間に立つ後ろ姿の者の名を呼んだ。

トレードマークの虹色の薄羽は、今は小さく萎れたように彼の背中に収まっている。そしてその姿勢は、モモンガへの謝罪ーー否、感謝の意を示す、直角以上に曲がったお辞儀だ。

それに応えるように、モモンガは返しの言葉を紡ぐ。

「改めてーーおかえりなさい、ムーマァさん。」

 

ムーマァは顔を上げると守護者達に向き直る。

「本当に済まなかった。みんながそんなにーー私をはじめ、ギルドメンバーのことを恋しく思っているなんて……。生み出すだけ生み出した挙句、浅慮さでみんなを傷付けてしまった。私はモモンガさんと並んで立つ者として失格だ。ーーけれど思い出したんだ。私は、この……この、ナザリックが大好きだってことを。」

 

周囲にいる守護者たちは皆が皆、至高の存在が告げる一言一句に傾聴している。

それに感動したムーマァは未だ頭を下げたままのアルベドに寄りーーその肩を力を持って持ち上げて起こした。隠されていた顔が露わになり、ムーマァは息を飲む。アルベドはその美しい美貌を汗と涙に歪ませ、土で汚し、ぐしゃぐしゃにしていた。

 

「ーーそんな、そんなことを言われてしまいましては……憎かったことなど……どうでもよくなってしまうではありませんか!」

 

 

 

 

 

 

静けさを取り戻し、守護者たちが各階層へと戻った後。ムーマァ、そしてアウラとマーレにもこの場を離れる様に命じたモモンガは、アルベドと二人になった。

落ち着きを取り戻したアルベドの肩に、モモンガは骸骨の手を載せる。

 

「ーーアルベドよ、美しい顔が台無しだぞ。」

「……申し訳ございません、モモンガ様。」

 

空いた手でアルベドの髪についた汚れを払うと、モモンガはこれからのことを優しく話す。

 

「ムーマァさんは、ナザリックの地表部分ーーつまり入り口付近である第零階層守護者としての役割を担いたいと言っている。それに伴ってマーレに頼んでいた入り口の隠匿は必要なくなった。後はアルベドーーお前の指揮下で、ムーマァさんを贖罪させてあげてくれ。」

「ーー本当によろしいのですか?」

「……あぁ、ムーマァさん自身がそれを望んでいる。こんな言い方は変かもしれないが、指揮してあげないのは逆に不敬にあたるぞ?」

「あ、いえ、それについては納得しております。ーー問題は、私の無礼な発言です。至高の方々への中傷……、あまつさえ、ムーマァ様のいらっしゃる面前で!」

 

あぁ、とモモンガは理解した。要するにこの愛すべきバカ(アルベド)は、ムーマァさんと同じ様に、贖いに自らの癒しをもとめているのだ。

 

「ムーマァさん自身、それを全て事実だと認めたのだ。ーー他のギルドメンバーが文句を言いに現れるまで、それは不問とする。」

「ですがーー!」

「……仕方ないな。それでは一つ命令をするとしようか。」

 

 

「下着は穿いたほうがいいぞ。風邪をひくからな。」

「……??……………?。ーーわたくし如きでは考えの及ばないモモンガ様のご配慮に感謝致します。しかしお言葉ですが、わたくしはきちんとタブラ様に設定されたスキャンティを着用しておりますが……」

 

予想と違う反応に疑念を感じたモモンガだったが、数秒考えたのち、悪戯好きの友人に一杯食わされたことに気づく。それに対してアルベドは腰のスリットに手を伸ばし、何かの布地を確認するようにまさぐる。しかしモモンガが失敗を感じたと同時、カンガルーが飛び跳ねるような奇妙な動きをした。

 

「ーーもしや、夜伽の際の装いということでございましょうか!?!!今夜は寝かさないぞ、という比喩でございますね!!?く、くふー!!オブラートに包まれたモモンガ様のお言葉を即座に理解できず、このアルベド一生の不覚!!!ですが光栄の極みでございます!早速体を清めなければ!!!そ、それではお先に失礼いたします!!では!!!くふぅー!!!」

「え?ちょ、ま」

 

一人で考えて誤解して完結し、アルベドは凄まじい勢いで走り去っていった。

ムーマァの置き土産を見事に爆発させたモモンガは闘技場に一人取り残され、やがてモモンガの寝室に飛び込んでくるだろうアルベドを考え、頭を抱えた。




引退理由の回想を一部削除しました(11/2)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。