オーバーロードとフェアリーロード   作:skyline

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史上最悪の大蹂躙ーーエ・ランテルの虐殺
智のあるイワトビペンギン


ナザリック大墳墓の第九階層はかつて、41人のギルドメンバーの居住空間として機能していた。各個人の部屋があり、会議を行う円卓の間があり、従業員用とギルドメンバー用の食堂に、41人が一斉に入っても問題ないぐらいに大きな浴場もある。

今でこそ、そのどれもが必要不可欠な設備となっているが、元々は趣味本位のギルドメンバー達によってフレーバー気味に作られたものだった。

 

そんな中でも群を抜いて趣味に走った部屋が、階層の奥まったところにひっそりと佇んでいる。

全体的に明るく、訪れる者に清潔なイメージを与える第九階層の大半と相反する、必要最低限の明かりを灯したその場所は、バー『ナザリック』。

食堂を管理する役目を与えられたNPCーー巨大な毒キノコのような頭部を持つ、食堂の副料理長でもあるマスターが、本業の当番の合間を縫って運営している。ナザリックで唯一アルコールを提供することのできる場所であることから、時たま階層守護者も訪れる程度に人気の店だ。

そんな店のマスターである副料理長は、自分より上の立場である階層守護者のデミウルゴスやコキュートスが、ナザリックの今後について語らい合う姿をカウンター越しに見るのが好きだった。彼らは自らの体に付与されている毒耐性を解除し、副料理長お手製のカクテルのアルコールと、しんみりとしたバーの雰囲気に酔いながら、静かにーーそして楽しげに会話するのだ。

 

副料理長自身も、この素晴らしい一国一城を運営できることの喜びに酔いしれていた。

そんな自己陶酔の中、不意に訪れた予想外の上客たちにもきちんと接客できたのは、きっと褒められてしかるべきだろうと彼は思った。

 

店に入って一番奥のカウンターに浅く腰をかけているのは、至高の41人の一席、妖精王のムーマァ。その隣にはデミウルゴス、コキュートスが続いている。

種族的な問題で図体の大きい二人がデミウルゴスを挟んでいることにより、デミウルゴスが相対的に小柄に見えた。

 

「……ムーマァ様。やはりそのご提案、ムーマァ様を始めとする至高の方々に創造されし私どもとしてはーー」

「ーーよしてくれデミウルゴス。もう私は君と同じ、ナザリックを守る階層守護者の仲間だ。様づけで呼ぶのはやめてくれ。」

「申シ訳アリマセンガ、コノコキュートストシテモ、デミウルゴスト同ジ考エニ御座イマス。至高ノ御方ノ名ヲ呼ビ捨テナド、ソウ簡単ニ出来ルモノデハアリマセン!」

 

ムーマァは二日前に、自らモモンガの隣の地位から降りることを表明した。理由は至極真っ当であり、「長くナザリックを離れていた私は、皆の支持の下でナザリックの為政をする者として不適当だ」というものだ。その後正式に第零階層・地上陵墓の守護者としてモモンガに任命された。

そこまでならばデミウルゴスもコキュートスも苦い顔をしながら渋々納得できたが、今度は「同じ階層守護者と話すように接してほしい」というのだ。

二人が今まで神のように敬っていた存在に、急にフレンドリーにしろと言われても無理なものは無理だった。

 

(参ったな……。ナザリックでも上位者の立ち場にいるデミウルゴスとコキュートスが折れてくれれば、シモベたちに共通の認識を持たせるのは楽なんだけど……。)

内心、ムーマァは独り言つ。酒の席であれば重い口も軽くなるかと思ってこの場所を選んだのだが、当の二人はさっきからほとんどグラスを口にしていない。目論見は外れてしまった。

 

「無論、至高のお方であらせられるムーマァ様ご自身が、部下への命令という形で仰るのであれば、至高の方々に創造されし者として、喜んでそのご下命に従わせていただきます。」

 

デミウルゴスはグラスの脚を指で挟んで持ち上げる。副料理長の卓越した技術によって生み出されたそれは、小さなグラスの中を多層にし、ナザリック地下大墳墓に見立てたものだ。一番上から青、黒、無色、水色、緑、赤、白と様々な液体が美しく分かれているそのカクテルの名前は、『ニュー・ナザリック』。ムーマァとコキュートスの前にも同じものが置かれていた。デミウルゴスは中に入っている様々なエキスを攪拌するようにグラスをくるくると回しながら、徐々に混ざっていくカラフルな色を眺める。

 

「ーーもちろん御察しだと思うが、それでは意味がないんだデミウルゴス。これは上司としての命令ではなく、友として、仲間としての頼みなのだ。」

「ーー。」

 

デミウルゴスは手遊びを止めてグラスをカウンターの上に置く。

中にある液体はおおよそ、名状しがたくも鮮やかな混合色をしていたが、唯一その表面部分だけは、混ざり気のない半透明の青い層が変わらずにそこにあった。

『ニュー・ナザリック』は、前進となるカクテル『ナザリック』の一番上に新たな青い一層を追加した作品だ。そしてその層は特別混ざりにくい液体で構成されていた。

 

「ーーソコニ立ツマスターモ同ジ考エヲ持ッテイルヨウデスナ。」

デミウルゴスの手の中の様子を見たコキュートスが口を開く。手持ち無沙汰に後ろ手を組む副料理長は同意こそしないが、その寡黙さが何よりも考えを如実に示していた。

 

3対1で不利になってしまったと思ったムーマァは、ひとまず話を切り上げようとする。

「……まぁ、今すぐに直してほしいとは言わないけれど、ゆくゆくは気軽に話してもらえるようになると嬉しい。ーーおや、誰か来たのかな?」

 

ちょうどその折、バーの扉が開いて新たな客が入ってきた。

姿を現した、桃色の長い髪を迷彩色のプリムで整え、左目を隠す眼帯をしたメイド服の少女は、店の奥におわします先客たちを目にするなり、

「ーーうわぁ。すごいタイミングで足を踏み入れてしまったかもしれない。」

等と平坦な口調で驚きを口にした。。

 

シズ・デルタ。六連星(プレアデス)の四女であり、自動人形(オートマタ)の少女だ。自動人形であるが為にアルコールをはじめとした毒物の完全耐性がある彼女だが、このバーを訪れるのは珍しくない。その理由は、彼女が小脇に抱えた灰色の生き物にあった。

 

「おや、もう先客がいらっしゃるのかな?ーーシズくん、この状態だと私は床しか見えないんだ。私の眼光に耐えかねて床が逃げ出してしまう前に、はやくカウンターに私を座らせてくれたまえ。」

尊大な口調に対してシズは「うん」とだけ言うと、灰色の生き物をコキュートスの隣の席に置いた。

 

そうして全貌を見せたのは、極地に姿を確認できるであろう氷上の鳥類・イワトビペンギンである副執事長、エクレア・エクレール・エイクレアーだった。

ペンギンであるエクレアは高低差のある場所ーーナザリックのいたる箇所に存在する階段を越えることができないので、こうして誰かに持ち運んでもらうことで移動しているのだ。

そうしてやっと席に着いたエクレアの隣に、シズも腰をかける。

 

一息ついた一人と一匹に、デミウルゴスが声をかける。

「エクレアにシズですか。お先に邪魔していましたよ。」

「これはこれは、デミウルゴスではありませんか。ーー失礼、コキュートスの姿の陰になっていたもので、気付くことができませんでした。申し訳ない。」

「ム、邪魔ニナッテシマッタカ。スマナイ。場所ヲ変エタ方ガイイカ?」

「まぁ別に問題ないーーいえ、私の隣には至高の御方であらせられるムーマァ様がいらっしゃいます。エクレアは挨拶をさせていただいた方がよろしいのではないですか?」

 

至高の存在の一人がすぐ近くにいると聞き、エクレアの表情が即座に理知的なものに変わる。

その顔つきは様々な思考を巡らせる、商人のようなものであり、王に仕える家臣のようでもある。ペンギンであるために他の者にはわかりにくいのだが。

 

「いや、デミウルゴス……もう私は一介の階層守護者なんだと言っているだろう。エクレアも、私にはデミウルゴスやコキュートスと同じように接してくれて構わない。ーーというかそうしてほしい。」

 

苦笑いを隠したようなムーマァの言葉に、エクレアは機敏にこの状況を察する。もしやするとこの状況は今後ナザリックを支配する計画の一歩になるのではないかと考え、

「ーーふむ。ではこの不肖エクレア、一つ見て頂きたいものがある。皆様、お時間は宜しいかな?」

 

何を始めるのかと観察する周囲に、エクレアは了承の意を受ける。

格好をつけてカウンターのテーブルの上に飛び乗ろうとしてーー飛び乗れなかった。ペンギン特有のふわふわな腹部が縁に引っかかってしまい、反動で椅子から転げ落ちる。

もんどりうってバタバタと転がるエクレアをシズが抱え上げて、かろうじてテーブルの上に乗っかることができる。

 

「ーーう、うむ。ではマスター。『ムーマァ』を作ってくれたまえ。そしてその後、全く同じ製法で同じものをもう一杯作ってほしい。」

 

小さく了承の意を示し、注文のカクテルを作り始める副料理長に満足したエクレアは、カウンターの上を歩いてムーマァの前に移動する。……進行上にあるグラスを退けてくれたデミウルゴスとコキュートスに、エクレアは心の中で感謝した。

 

「ムーマァ様、私はナザリック第九階層の副執事長、エクレア・エクレール・エイクレアーにございます。もし覚えておいででしたら光悦の極みにございますが……私ごときの名前はすぐにお忘れになっても構いません。ただ、ペンギンにしては知恵者な奴がいたな、ということを記憶の片隅に置いておいていただければと。」

「とんでもない。君の名前と姿を忘れたことはないよ。……それで、その『ムーマァ』というのはどんなカクテルなんだい?」

 

これは嘘ではない。かつてエクレアはその特異な外見と設定から、第九階層のアイドルとして、エクレアの設定者である餡ころもっちもちを筆頭にギルドメンバー女性陣の抱き枕にされていたのだ。ーーぶくぶく茶釜(ピンクの肉棒)にまとわり付かれている姿には見るも堪えないものがあった。

 

「まず、このバーには全ての至高の方々の名を冠した創作カクテルが一杯ずつございます。都合41杯ということになりますね。」

「そのようだね。自分の名前のカクテルがあるとは……少し驚いた。」

「ーー至高の方々の名前を使わせていただいているのは、名前負けしないようにしようというバーの側の意気込みを表すものであり、同時に至高の方々への敬意を示す意味もあります。……そうだね?マスター?」

 

副料理長は相槌を打つと、出来上がった一杯をエクレアとムーマァの前に音も立てずに置いた。

『ムーマァ』は先ほどの『ナザリック』と違い、赤から始まる虹の七色で構成されていた。雰囲気を損なわない程度に軽く混ぜられており、その乱れた美しさは、ムーマァの背にある薄羽を想起させる。グラスのフチには鎌の形にカットされたレモンが掛かっていた。

 

「ホウ、コレガムーマァ様ノ名ヲ冠シタカクテルカ。見テイルト虜にナリソウナ色鮮ヤカサダ。」

「本当ですね。我々は精神撹乱耐性を持っていますが、このカクテルからはそれすらも凌駕する、怪しくも美しい魅力を感じます。」

眺めたコキュートスとデミウルゴスが感嘆していると、もう一杯同じものが出される。エクレアは二杯をムーマァの前に並べた。

 

「右にあるこちらが『ムーマァ』。そして左のこちらがムーマァによく似た製法で作られたーーそうですね、『エクレア』というカクテルにしておきましょう。ーーさて、デミウルゴス。コキュートス。シズくん。この二つのうち、どちらからより魅力を感じるかな?」

「無論、ムーマァ様ノ方ニ決マッテイル。」

「ーーわたしも、そう思う。エクレアの名前も嫌いじゃない。けど、ムーマァ様の名前のほうが魅力的。」

「そんなの問うまでも無いでしょう。ムーマァ様の御名を冠しているこちらの方が、君の名前の方より強い魅力をーー……!!そういうことかエクレア!」

 

何かに気づき驚いた表情を浮かべるデミウルゴスから視線をそらしてムーマァに向き直り、エクレアは得意満面のペンギン顔で言う。

「ーー至高なるお方の名前が与える影響力は絶大なのです。ムーマァ様のそのお悩み、解決いたしましたでしょうか?」

「……流石はナザリックの副執事長というところだ。ありがとう。今後、私は名を改めることにしよう。」

いえいえこれしき、と言いつつシズに抱かれて、エクレアは元の席に戻り『ニュー・ナザリック』を、シズはアイスミルクをオーダーした。

 

エクレアにとって、『ムーマァ』という名を敬称無しで呼ぶのは無理だった。ならばそう呼ばなければいいという簡単な理屈だ。

もっとも、そう簡単に対峙する姿勢まで変えられるわけではないから、隔たりなく話すための第一段階に過ぎないだろう。しかし、形から入ることも時には重要だということを、エクレアは知っていた。

 

そして、デミウルゴスが先ほどとは打って変わって快活にムーマァに話しかける。

「ムーマァ様、新しいお名前を公布する際は私にご用命下さい。その日のうちにナザリック全域に広めさせて頂きます。」

「ありがとう。では、その時は頼むよ。」

 

一通りの話が終わり、何やらコキュートスがそわそわしている。

「ーームーマァ様、ソノ2ツアリマスグラスハドウイタシマショウカ?モシヨロシケレバ私ガ!」

「コキュートス……すまないが、至高の御方の名が冠されたものに関しては私も譲れないよ。ーームーマァ様。エクレアが実演に使った2杯は提供されてから少し時間が経っております。マスター殿に新しいカクテルをお頼みになった方が、より冷たく美味しいものが飲めるかと。」

 

ゆえ、そちらの2杯は私どもが。と言うデミウルゴスは、『ムーマァ』の方を自らに引き寄せて『エクレア』をコキュートスに渡そうとする。

 

「デミウルゴス!コレハ『エクレア』ダ!私ガ欲シイノハ『ムーマァ』デアッテ『エクレア』デハナイ!」

「中身は同じなのですから別に良いではないですか。細かいことを気にしていては守護者の名が泣きますよ?」

「ダッタラデミウルゴスガ『エクレア』ニスレバイイダロウ!ソレニ、中身ガ同ジデモ違イハ大キイト先程説明サレタバカリデハナイカ!!」

 

喧騒を大きくする二人の守護者を見て、ムーマァは机端に寄せてあった『ニュー・ナザリック』を一息で飲み干し、静かな声で『モモンガ』を三つオーダーした。

 

(ーーはやく新しい名前決めなきゃ。)

 

 

 

 

 

 

 

城塞都市エ・ランテルは、その名の通り高い城壁に囲まれた武装都市だ。毎年起こる帝国との戦争における最終防衛拠点であり、ここが転んだ先にあるのは王都ということで、戦争の時期になると、かなり大規模な兵力が置かれることも少なくない。冒険者の数も他の都市と比べて多く、当然そんな者たちの寝泊まりする宿屋も複数存在していた。

そんな宿屋のうち、最も取り柄がなくーーかと言って汚らしいわけでもない一番平均的で普通の宿、竈の女神亭の一室の扉をセバスは開く。中に入っておおよその間取りを確認し、念のため危険物や変な物がないかを調査した後、《メッセージ/伝言》を使用して我が主へと部屋の座標を送った。

 

ほどなくして部屋の隅に《ゲート/転移門》が現れ、吸い込まれそうな闇の中から続々とナザリックの守護者たちーー大きさ的な問題でコキュートスとムーマァとガルガンチュア、それとヴィクティムを除く面々が現れる。さながら百鬼夜行だとセバスは思ったが、別段口に出す気はない。やがて最後にモモンガが現れ、転移門の深い闇は口を閉じた。

 

シャルティア、アウラ、マーレ、デミウルゴス、アルベド、モモンガ、セバス。そこまで広くない室内の総人数は7名を数えるため、重圧が重圧を呼んでひどく狭く感じる。

モモンガは小声で、部屋に対して防音と耐久力を一時的に上昇させる魔法二つを発動した。

 

「ーーさて、諸君。セバスも加えたところで、作戦の概要を最後におさらいしよう。まず、セバスとソリュシャンの実地調査により、このエ・ランテルには脅威となるほどの戦力が存在しないことが分かった。この地に諸君らの行動の妨げとなる敵はいない。」

モモンガは尊大な口調で、視線を注ぐ守護者たちに告ぐ。注がれる視線には熱がこもり、これから起こす大騒動を待ちわびているように感じる。

 

「もし万が一、ユグドラシルのプレイヤーと思われる強者と遭遇した際は撤退の一手だ。この作戦はユグドラシルプレイヤーをナザリックへと釣る餌であり、なおかつ『アインズ・ウール・ゴウン』の凶名をこの世界の歴史に深く刻み込む第一歩である。それを胸に置いておくように。ーーそれではデミウルゴス、作戦内容を。」




(エ・ランテルの)雲行きが怪しくなってまいりました
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