オーバーロードとフェアリーロード   作:skyline

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カジット、邂逅すandモモンガ様の魔王日和

『モモンガ様。デミウルゴス配下の三魔将が《ヘルファイア・オブ・バベル/バベルの獄炎》を発動、計画は第二段階に移るとのことです。』

「了解だアルベドよ。皆、とても良い働きだ。お前とデミウルゴスの主導の下、最大の成果を期待している。頼むぞ。」

『ーーわっ、わたくしごときには勿体なきお言葉!先ほど単独行動を開始したデミウルゴスにもしかと!しかと伝えておきます!……コホン、それでは、失礼いたします。』

「……ああ、ご苦労。」

 

《メッセージ/伝言》によるアルベドからの定時連絡を聞き、モモンガは骸骨の頬を緩ませた。

ナザリック戦力の確認を兼ねてのエ・ランテル襲撃は順調に進んでいる。

 

ユグドラシルのプレイヤーは王国にいないというセバスとソリュシャンの報告を受けた後、モモンガは溢れる野心を抑えられなかった。

セバスたちを送り込んでから報告を受けるまでの間で、精神が化け物側により近づいたためか、『人間の生者を憎む』というアンデットの本質を抑えるのが難しくなっていたのだ。

階層守護者よりも遥かに信頼の置けるギルドメンバー・ムーマァがこの世界にいると言うのも、安心感を増長し欲望を膨らませる助けになったと言える。

 

(……とは言っても、ちょっと行動を早くやり過ぎたかもしれないなぁ。リ・エスティーゼ王国だけじゃなくて周辺も調べてから攻めるべきだったか?)

 

セバスとソリュシャンの報告により、この周辺にはリ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国という三つの巨大国家が存在することがわかっている。

その中で王国は最も兵士の練度が低く、頭の悪い貴族の政治介入によって国家自体も倒壊しかけていると言うことも。

 

(もし三つの国が三すくみの関係で、その一角が欠けたとしたらどうなるのかーーまぁ、エ・ランテル襲撃を計画したのはデミウルゴスだし、その辺も考えた上での事だろうから任せといても問題ないだろうけど。)

徐々に高度が落ちてきたモモンガは自らに《フライ/飛翔》を掛け直し、眼下にエ・ランテルの街を望む。

 

東西南北にある四つの門のうち、デミウルゴスの三魔将が東・西・南を制圧した。制圧した三つの門の近くから、夜の帳を切り裂くように赤黒い炎の柱が空へと伸びている。

バベルの獄炎(ヘルファイア・オブ・バベル)はやがてある程度の大きさになると竜巻のように回転を始め、エ・ランテルの街をゆっくりと前進する。その暴威が通り過ぎた場所は一面の焦土と化し、もはや燃えるものなど残っていない。地面すら熔解して陽炎を生んでいた。

直接の進路にならない場所も炎の竜巻から発せられる熱風に攫われ、エ・ランテルの市中は更地へと変わっていく。

 

少し視点を移せば、砂糖を見つけたアリのようにおびただしい数の市民が街の中央に集まっている。

エ・ランテルの人口はおよそ50万人。それに相当すると思われる数の人間がひしめきあっているのだ。

事前に三魔将配下の悪魔たちが住民を追い立てていたおかげで獄炎による死者が出ていないこともあり、まさに人間の絨毯のような光景。

 

モモンガはユグドラシルでは感じることのできないリアルさに身を震わせた。

安全に幸せに暮らしている人間を、不条理と理不尽で叩きのめすのがこんなにも愉快だとは。

まるで魔王にでもなった気分だーー

 

「ハハハっ……アハハハッ!ーーアッハッハッハ………むう、セバスか。魔王ロールのいいところだったのに。」

『ーーそれは失礼いたしました。お楽しみを邪魔してしまい申し訳ありません。……ですが、どうしても緊急でお耳に入れておきたいことがございましたので。』

「構わん。なんだ?」

『私は先ほど、シャルティア様から《ゲート/転移門》を通して送られるエ・ランテルの要人たちの収容のためにナザリックに戻ったのですが、ーー我々の留守中にナザリックへの訪問者がいらっしゃった模様です。』

 

モモンガの眉間にしわが集まる。

今のナザリックは、マーレの作った第零階層に囲まれているはず。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持たない守護者たちが簡単に帰還できるよう、そして侵入者を逃さぬよう、足を踏み入れる者をナザリックへと導く魔法を掛けた森だ。

 

「ーープレイヤーか?被害はあったのか?」

『いえ、迎え撃ったコキュートス様とオーベロン様によりますと、プレイヤーではなかったとのこと。王国戦士長のガゼフ率いる戦士団20名弱と、法国特務部隊長のニグン率いる陽光聖典50名弱と見られております。ナザリックへの被害は第零階層の半焼のみでございます。』

「わかった。ーーオーベロンとは誰だ?そんなシモベは記憶に無いな。」

『ムーマァ様の新たな御尊名と伺っております。名を変えることにより気分を一新すると共に、皆からの対応の変化を期待するものであると。』

 

モモンガの頭に、「守護者たちがタメで話してくれないんだけどどうしたらいいかな」などと聞いてきたムーマァの顔が浮かぶ。

考えあぐねて「デミウルゴス辺りに聞いてみたらどうですか?」と言っておいたが、あいつが上手いこと考えたのだろうか。

 

「ーーほう、把握した。ムーマァさんは階層守護者に溶け込みたがっていたから、それかもしれないな。……それで、現在その不埒者どもはどうなっている?」

『ガゼフとニグンの二名はオーベロン様の手によって、記憶の断裁が行われております。残りの者どもの処遇は拷問部屋などを考えているとのことです。ですが、拷問部屋に送るとしてもニューロニスト殿の手にあまる人数であるとのこと。』

「できれば全員の記憶を洗っておきたいが……ムーーオーベロンさんの魔力では二人が限界か。拷問部屋も手一杯となると、新しく拷問官を追加配置した方が良さそうだな。」

『はい。モモンガ様の御推論の通りにございます。』

「状況が落ち着いたらそちらにマーレを帰す。隊長二名の他に何か重要そうな者がいるなら、マーレから魔力をもらい受けて欲しいとオーベロンさんに伝えてくれ。拷問官についてはデミウルゴスに連絡を取って欲しい。デミウルゴスならば適役を見つけることができるだろう。」

『かしこまりました。』

 

セバスとの通信を切り、モモンガは思案に耽る。

第零階層が半焼したということは、王国か法国のどちらかが森に火を放ったということか。

コキュートスもムーマァもーー今はオーベロンだが、どちらも炎系の魔法を使用することはできないはずだ。

 

法国がナザリックを発見し、王国戦士団と協力して滅ぼしに来たのか。

スレイン法国についての情報は多く集まっていないが……人類至上主義を掲げる宗教国家ならば、国境付近にアンデットの巣窟があった時にどのような行動に出るかは難くない。

 

が、モモンガは即座にその考えを捨て去る。

たまたま森に入ってナザリックを見つけたならともかく、魔法による遠隔視で事前に情報を入手するなど出来るはずがない。

ナザリックの防衛網は完璧なのだから。

 

そのはずみで、五層に分けて魔法干渉防護を張ったその上で各層に五段階の反撃魔法をセットしたシステムを管理している、宝物殿守護者のNPCを思い出す。

黄土色の軍服に包まれた、穴が三つ開いた玉子のようなツルツルの顔を。

モモンガは思い出すのをやめて手で顔を覆った。

 

(……そういや防衛システムの管理はアイツ(パンドラズ・アクター)だったか。この世界に来てから存在ごと忘れてたけど、アイツも動き出してんのかな……顔出しといた方がいいのかな……)

 

パンドラズ・アクターは宝物殿の管理を行う100レベルNPCだ。モモンガの手によって作られた唯一のNPCでもある。ギルドメンバー41名の姿を再現し、その力の片鱗を振るうことができるドッペルゲンガーという設定だった。

だが付随する設定の一部が非常にデリケートなため、できれば顔を見たくないとまでモモンガは思った。

 

流暢なドイツ語でモモンガへの尊敬と崇拝を繰り返すパンドラズ・アクターを頭の中から払い捨て、モモンガは開き直って考えるのを中止した。

すべてはオーベロンが記憶を取り出してから考えることにしよう。

それに、デミウルゴスは何か面白いことを考えて単独行動をしているそうだ。

舞台を観賞するのに、悩み事を抱えていては楽しめない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カジッちゃーんっ?いるー?」

 

エ・ランテルの墓地の地下にできた神殿に、猫のような女の声がこだまする。ミスリル製の靴底は石畳に当たってコツンコツンと鈍い音を立て、歩いているのが一人であることを証明していた。

足音とは別に、女の胸元からはジャラジャラと金属の音がする。見る者が見れば軽く目を剥くであろうそのアクセサリーは、なんと冒険者が組合から貸与される身分証代わりのプレートたちだった。

 

組合から貸与されるプレートは、悪用を防ぐために複数貸し出されることはない。万が一紛失したりなどすればその弁償金額はひっくり返るほどに高く、その金額も冒険者の位階が金、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトと高くなるにつれ青天井に思えるほど上がっていく。

 

女の胸元のアーマーから下がっているのは銀や金が中心だが、ミスリルもちらほらと顔を覗かせる。それはつまり、この女が唾棄すべき生業に手を染めていることを如実に示した上で、ミスリルをはるかに超える実力を持った者であることも自明にしていた。

 

女はゆらゆらと酩酊したような歩みを進めながら、同胞の名を呼び続ける。

 

「カジッちゃーん?いるんでしょー?」

「ーーその呼び方は止めろと言っておるだろうが。誇り高きズーラーノーンの名が泣くわ。」

 

呼び声に応え、奥の石室から姿を現す老人然とした男が一人。

カジッちゃんと呼ばれた男ーーカジットは、魔法詠唱者らしい薄汚れた茶色のローブをまとっていた。頭には一切の毛髪が生えておらず、髭も同様に無毛だ。

片手に木でできた杖を携え、もう片手には薄紫に色づいた宝玉を手にしている。

老人のようではあるが、顔にシワがないためそれほど年をとっているわけでもないのかもしれない。

 

「ズラなんとかなんて私どうでもいいし。利用できるから利用させてもらってるだけよ?……ぷふー」

「ズラではない。ズーラーノーンだ。……おい。人の頭を見て何を笑っている?」

「だってぇー?カジッちゃんがズラって言うの面白すぎじゃなぁーい?」

「貴様が言わせたのであろう!それにその名で呼ぶなと言っておろうがクレマンティーヌよ!」

 

チェシャ猫のように不気味な笑いを浮かべた女ーークレマンティーヌは、カジットとの間合いを確保した状態で立ち止まった。

表情こそ狂人のようなものではあるが、一挙一動には全く隙がない。その動きは、カジットを殺せる一瞬を見計らっているようにも感じ取れるものだ。

 

対するカジットも杖と宝玉を握りしめ、いつクレマンティーヌが凶刃を向けてこようとも対応できる状態で構えている。

 

「ーーそれで。何をしにここに来た?……ただ単に顔を見に来たとでも言うのか?」

「カジッちゃんの景気の悪そうな顔なんてわざわざ拝みに来るわけないじゃん。ーーほら、これ。」

 

クレマンティーヌは己の胸部アーマーの下ーーどこから出しているんだとカジットが説教したくなるような場所から、煌びやかな装飾の付いたサークレットのマジックアイテムを取り出した。

それを見たカジットの目が軽く見開かれる。

 

「……それはッ!もしや叡者の額冠!?」

「あったり〜♪……さすがはカジッちゃん、よく知ってるねー。」

「見間違う筈がなかろう!ーー巫女姫の証、叡者の額冠。スレイン法国の最秘宝の一つではないか!」

「うんうん、その通り。このあいだ法国を出てくるときに、闇の巫女姫ちゃんからプレゼントされちゃったんだぁ!綺麗でしょぉ?」

 

ガントレットを嵌めた手でサークレットを弄ぶクレマンティーヌに、カジットはあまりにも馬鹿げた大罪に目を覆いたくなる衝動にかられる。

 

巫女姫が叡者の額冠を自ら手放すわけがない。そもそも巫女姫が自我を取り戻して行動などできるはずがない。もし無理矢理強奪してきたのだとすればそれはーー

 

「愚か者め。100万人に一人という適合率でしか扱う者の現れぬ叡者の額冠を盗んでくるとは、法国をただ敵に回しただけではないか。」

「ーーべつによくなぁい?今ごろのスレイン法国は大パニックになってるかもしれないしー!……それとも隠蔽すんのかなー。そーしたらつまぁんないなぁー。」

「表向きはこれまでと変わらないかもしれんが、六色聖典のいずれかがお前を死に物狂いで探しにくるであろうな。ーーエ・ランテルまでの道中、それらしき者には遭遇しなかったのか?」

「……さ〜ぁね〜?」

 

何やら含むような誤魔化し方に、カジットは処置無しとため息をつく。

 

「……それでどうした?ガラクタの自慢だけならもう帰って欲しいものなのだがな。」

「ーーんっとねー?もしこいつがガラクタじゃなく、『叡者の額冠』として使えたらカジッちゃんはどうするかなぁ、って。」

「何?」

「なんでもこの街には"ありとあらゆるマジックアイテムを使うことができる"っていうタレント持ちがいるらしいじゃなーぁい?」

 

カジットは記憶を辿る。エ・ランテルに住む様々な者の顔が頭に浮かんでは消え、やがてとある薬屋の家が思い当たった。

 

「ーーリィジー・バレアレの孫息子に、そんなのが居たような気がするな。」

「せーいかーい!……んで、そいつを攫ってくるからさー?一つ頼まれてくんなぁい?」

「お前の考えることは常に破綻しておるな。バレアレ家の跡継ぎの消息が不明となったら、エ・ランテルの冒険者という冒険者が駆り出されて足取りを追うぞ?」

「そこで、ガキ一人の誘拐がちっぽけに思えるようなおっきな事件をカジッちゃんに起こして欲しいのさー。アタシもそれに便乗して楽しませてもらうって寸法でどうよ?そっちに損はないっしょ?」

 

クレマンティーヌの口から白い八重歯が覗き、獰猛な虎のような笑顔がカジットに向けられる。

 

「……ほぅ。盟主ズーラーノーンの伝説とも言える魔法、《死の螺旋》を使ってみろということか。」

「あー、そんな名前だったよね、うん。ーーで、やるの?やらないの?」

「答えが必要なのか?クレマンティーヌ。ーー我が悲願を叶える第一段階だ。喜んで手伝うとも。」

 

《死の螺旋》は第七位階の魔法だ。

人の死体を媒介にして大量のアンデットを生み出し、それを誘導して惨劇を起こすという外道の魔法で、下位のアンデットが多く集まると自然に上位のアンデットが生まれていくという法則から、それが過去に使用された際は一つの街がいとも簡単に滅んだほどの威力を持つ。

カジットの使うことのできる魔法は第五位階までだが、叡者の額冠を使えば第七位階の《死の螺旋》を発動することができる。

 

両者の利害が一致し、カジットが不敵な、クレマンティーヌは美しくも残酷な笑みを浮かべたーー

ーーその時、二人の視界がぐらりと傾いた。

 

「……地震か?」

杖で体を支えて、カジットが呟く。

地下神殿の天井からパラパラと土が剥がれ落ちてくる。ローブに付いた汚れを払うと、さらに大きな揺れが通り過ぎて行った。

 

「……私ちょっと外見てくるわ。ほんのすこーしだけ嫌な予感がするし。」

「猫の第六感というやつか。ーーどれ、付いて行ってみよう。」

「にゃんにゃ〜ん。ストーキングは嫌にゃーん。」

「……。」

 

醜悪なものを見るような顔をしたカジットを連れーーその反応にほんのちょっと傷つきながら、クレマンティーヌは来た道を戻って歩き出す。

迷路のような通路を歩いている間にも、度々揺れは起きる。戦士として優れた体幹を保有するクレマンティーヌはともかく、カジットはフラフラとした足取りだ。

 

足音が離れる度にクレマンティーヌは少し立ち止まって、老人もどきが追いつくのを待った。

揺れと共に地に響く大きな衝撃音も聞こえるようになっていく。

 

歩いてきた距離がそれなりになった時、クレマンティーヌの頬を微かな風が撫でる。風が吹いてくるのは今まで歩いてきた方向だ。

 

(ーーマズいかな?)

カジットの足音が遠ざかってきたのを感じ、立ち止まって振り返った瞬間、クレマンティーヌの動体視力は嫌なものを捉える。

杖を片手にノロノロと歩むカジットの頭上の岩盤ーー

ほんの数瞬遅れて気づいたカジットは冷静に魔法を唱えて対処しようとするが、それは誤った防ぎ方だ。

(風が奥から吹いたってことはーー!!)

 

「……む。《スケルトン・ーー/骨のーー》」

「ーーッ!」

 

魔法で頭を守ろうとしたカジットよりも速く、クレマンティーヌが一息で距離を詰めた。

 

「!?……貴様なにをーーグエェッ」

 

想定外の乱入に目を見開くカジットに突進を食らわせ、勢いに任せるまま、地面に触れない高さをカジットごと前転する。

体勢を戻して足元をガリガリと削りながら慣性を殺すと、クレマンティーヌは自分の腕の中でカエルのように呻くカジットを肩に担ぎ上げ、洞窟奥から吹き上がってきた猛風と共に出口へと疾走した。

 

「わっ、儂が魔法で防御をーー」

「岩一枚くらいならカジッちゃんの魔法でなんとかなると思ったけどさぁ。アレは天井が全部落ちてくるタイプのヤツだっつーの。……お口チャックしとかないと吐くよー。」

「貴様それで恩をーーげぼぉ」

 

 

 

月明かりが差し込む入り口である狭い霊廟にまで上がり、二人は新鮮な空気を吸う。

担がれていたカジットは疲労困憊の極みという風に座り込んでいるが、当のクレマンティーヌは大きく伸びをして余裕を見せた。

やがてクレマンティーヌは外の景色を眺めに霊廟を出ると、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら一方向を見つめる。

 

しばらく腰をさすっていたカジットは長いまばたきをした後、延々ニヤニヤとして外を見るクレマンティーヌに声をかけた。

 

「ーーまぁ、なんというか。お前のような奴にこんな事を言う時が来るとは思わなかったぞ。……助かったとだけ言わせてもらおう。」

「べつにー。カジッちゃんにこんなしょうもない段階で死なれちゃうと楽しみが減ると思っただけー。」

 

ーー言葉に抑えきれない高揚が表れている。

カジットはクレマンティーヌの視線を奪うものに興味を持った。

 

「……いやに上機嫌だな。外に何か面白いものでも見えたか?」

「面白いかどうかはわかんないけどー、すっごく面白そうなことは起きてるみたいねー。カジッちゃんも見てみたら?」

 

クレマンティーヌはマントを翻して戻ってくると、未だ立てないでいるカジットに手を差し出す。

ガントレットこそつけているが、ほっそりとした20代の乙女の手だ。

その手に自分の知らないーー目の前にいる女と酷似しているものの、中身の全く違う女の姿を垣間見たカジットは、差し出されたそれを払いのける。

 

「クレマンティーヌ。まさかとは思うが貴様、男が出来たか?」

「ーーへぇー。体は腐っても目は生きてるみたいじゃん。ちょっと気になる男がいてねー。……あ、カジッちゃんじゃないよ?」

「儂ではないのか。ここは拗ねるべき場面か?」

「ハゲの男の拗ねる姿なんて金積まれても見たくないねー。ーーあいつのならちょっと興味あるけど。」

 

(やはり男か。……少し態度が柔らかく変わっているものの、それでもこの儂に虐殺を勧めてくる辺りはこの女らしいーーいや、この女的な意味での恋してる(殺してみたい)なのか?)

 

カジットは杖を使ってかろうじて二本足で立つと、何を思い出したのかヘラヘラと締まりない笑みを浮かべるクレマンティーヌを連れ、歩いて霊廟の外に出た。

 

 

空は曇っていて、月明かりはなかった。

ランタンも《コンティニュアル・ライト/永続光》も無く辺りの様子がわかったのは、空が赤く染まっていたからだ。

いや、赤いのは空ではない。赤く大きなものが視界にあるため、空が赤いように見えていたのだ。

 

霊廟の正面、市中と墓所を隔てるエ・ランテル第二番壁の向こうで、天まで届く巨大な火柱が三本上がっていた。火柱は遠目で見てかなり大きく、直径100メートルは下らないように見える。それが距離を隔てて三本だ。

 

「……壁の向こう側では何が起きているのだろうな。」

「思わず笑っちゃうくらいの悲劇じゃなーい?」

「いや、そうではない。死の宝珠の反応が弱いのだ。……おそらく、人っ子一人死んでいまい。」

「……そりゃ妙ねー。こんだけメチャクチャになってれば、その100倍は死んでてもおかしくないと思うけど。」

 

エ・ランテルの人口はおよそ50万。人口密度だけで考えれば王都よりも高いと思われる街だ。その数の人間が住む土地に直径100メートルの爆炎が生じたら、被害は3桁では済まないだろう。もしかすると一万人に達するかもしれない。それが三つ。

カジットの持つ紫の宝玉、死の宝珠は死した者の力ーー別の世界で言うところの経験値を蒐集する力がある。集まった力は魔力に変わり、魔法を行使する際にカジットの負担を軽減するのだが、カジットはその力を感じない。

 

彼が至った疑念に答えたのは、前方から現れた影だった。

 

「簡単なことだ。これから、このバベルの獄炎(ヘルファイア・オブ・バベル)などよりもっと素敵なことを君におこなってもらうからだよーーカジット・デイル・バダンテールくん。」

 

獄炎の塔と壁を背後に背負って立つ、スーツと呼ばれる南方の召物を着た背の高い男だ。顔は逆光で確認することができないが、レンズの丸い眼鏡をかけているように思われる。そして右肩には大きな何かーーおおよそ小柄な人間のようなものを担いでいた。

 

カジットは人影を睨みつけ、死の宝珠を握りしめる。

 

「……何者だ?」

「私の名は至高の御方に与えられた栄誉あるもの。あいにくと君のような人間に名乗るような名ではないがーー存在を区別するための役割としての名前であれば、ヤルダバオトと呼ぶことを許そう。」

「そんなものどうでもよい!貴様は私の敵か否かと聞いておるのだ!」

 

悠長ながらも高圧的な語り口の男ーーヤルダバオトに触発され、カジットは不快感をあらわにした。

そんなカジットを見かね、背後にいたクレマンティーヌがカジットの前に出る。

 

「……アンタ名前変えたの?この前会った時にはもっとカッコいい名前だったような気がするんだけどなー。」

「褒めても何も出ないよ、クレマンティーヌ。君には私たちの同朋になってもらう価値があり、この男にはその価値がないということだ。」

「突然出てきたかと思えば問いにも答えず好き勝手に喚きおって!ズーラーノーン十二高弟が一人、このカジットを愚弄しておるのか!」

 

既にカジットの怒りは沸点に達している。心の昂りに応ずるように、手に握った死の宝珠が輝きを増していた。

ヤルダバオトはそれを見て戯けたように「おお、こわいこわい」と言うと、二人との距離を詰めていく。

 

「カジットくんの先ほどの質問に答えよう。l君が私に危害を加えようとしない限り、私は君の敵ではない。」

「……おぬしはどこの所属だ?ズーラーノーンか?それとも法国の暗部か?」

「二つ目の質問に答えよう。私は至高なる方々の作り上げた偉大なる組織の守護者。君の想像する限りのどこの組織にも属していないだろう。」

 

互いの顔がわかる距離まで近づく。

男は髪を後ろに流しており、表情はとても柔和に見える。

しかし眼鏡の奥の瞳は見えず、何を考えているか読み取ることができない。

 

「おぬしは先に、儂にやってもらうことがあると言ったな。それはどのようなことだ?」

「三つ目の質問に答えよう。この街の中央に集めた人間を、君とコレの力を使ってアンデットに変えてみてもらいたい。」

 

ヤルダバオトはそれだけ言い終わると、肩に担いでいた物を墓地の地面に転がした。ボロ雑巾のように仰向けで転がったのは、気を失ったままの中柄の少年だ。

カジットはその人間の顔を確認して、納得したようにほくそ笑んだ。

 

「ーーほう、こいつを持ってきたか。ということは、クレマンティーヌに碌でもないことを吹き込んだ張本人という認識でよいかな?」

 

そこでヤルダバオトは初めて言葉を迷わせた。

カジットの目には、乱雑に詰め込んだ思考を整理しているように見える。

数秒の後に眼鏡の橋を指で持ち上げて、ヤルダバオトは口を開いた。

 

「碌でもない……か。やはり君とクレマンティーヌは違う。人間を道具のように考える点が同じだと思ってみれば、根幹部分で認識のズレがある。私の見立ては間違っていなかったようだ。」

「殺人狂と比べられても困るな。」

「比べろと言われても比べないよ。君は彼女と違って、心がまだ人間だ。人間は逆立ちしても魔物に勝てない。」

「……。」

 

カジットはその視線を、ムスッとした顔で静観しているクレマンティーヌに向ける。

確かにこの女の性根は本当に魔物だろうと思いながら。

 

「まぁ、人の身では魔法の準備をするにも時間がいるだろう。一時間程度なら猶予があるから、私の持ってきたその人間を使ってさっさと始めたまえ。」

「ーーまるで貴様自身は魔物であるかのような口ぶりだな?万事を先回りし、炎の柱を立て、それで儂の力を見せろなどと言うお前の正体はなんだ?」

「優れた()()は三つまでしか質問に答えない、という古からの定石があるらしくてね。その質問に答えることはできない。話は終わりだ。ーーさて、クレマンティーヌ。待たせてしまい申し訳なかった。」

 

用は終わったとばかりにカジットから目を移し、ヤルダバオトはクレマンティーヌを見る。

一歩ずつ近づくと、その距離は手の届くものになる。

 

「……え?私?忘れられたかと思ってたわー。」

「ああ、すまないーー君を私たちの組織の拷問官として徴用させてもらいたい。そのためにもとりあえず一度、私たちの拠点へと招こうと思ってね。」

「……は?……ごめんねー、話が急すぎて付いてけねぇ。」

「まぁ、来てみればわかるとも。」

 

ヤルダバオトは懐からスクロールを取り出し、ーー少し勿体無さを感じるそぶりを見せてから、魔力を注入した。

ーー《ゲート/転移門》




ナザリック内じゃない時のデミウルゴスの口調難しくない?
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