透物語(トウモノガタリ)壱
1
僕、阿良々木暦には、阿良々木火燐と、阿良々木月火という、二人の妹、ファイヤーシスターズがいる。
あの暴力的で、偽物の妹達がいる。
そしてもう一人、火燐ちゃんにも月火ちゃんにも懐いておらず…というか懐かれている、もう一人の妹、阿良々木蛍火(ケイカ)の話をしようと思う。
蛍火は、小学六年生、月火の二つ下である。
あの小生意気な小学五年生の、一つ上ということになる。
蛍火は朝起こしにも来ないし、僕が制服に着替え終わる頃には、もう学校に出発しようとスニーカーに足を突っ込んでいる頃だから、正直あまり仲がよくはないのだけれど。
火燐ちゃんみたいに道場にかよっていたのもあって、運動神経は人一倍だが、おしゃれに気をつかっているのは、月火ちゃんの影響だろうか。
蛍火は二人を足したような感じだが、その性格は誰に似たのか、消極的で無気力。そして毒舌だ。
今まで影も形もなかったのだから、きっと、こんなのいたっけ?と思っているだろうが、安心してほしい。
これは阿良々木蛍火という妹が、在り続ける話なのだから。
2
日曜日、午後2時半のこと、僕、阿良々木暦は、僕の愛すべき後輩、神原駿河の家に訪れていた。
目的は神原の部屋の掃除なのだけど、かれこれ5時間近く行っていたが、全く終わる気配がなく、今日のところは、これで帰らなければならなかった。
「阿良々木先輩!祖母がまたお昼をご馳走したいと言っていたのだが、どうだろう?今回もたべていかないか?」
「それは魅力的な相談だな」
神原のお婆さんのご飯は、冗談抜きに物凄く美味しい。
しかし、今日は外せない用事があり、遠慮しなければならなかった。
「悪い、今日は用事があるんだ」
「用事?」
「ああ、妹をむかえに」
「阿良々木先輩の妹というと…火燐ちゃんか月火ちゃん?」
「いや、あんまり知られてないんだけれど、僕には三人妹がいるんだ」
「そうなのか。それは知らなかったな…。ん?阿良々木先輩の妹御ならば、すぐに噂になりそうなものだと思うのだが…ファイヤーシスターズなみに」
「実は蛍火ちゃん…じゃない蛍火は、長い間外国にいる知り合いの家に療養に行ってたんだ」
「それはそれは」
神原は、突然、僕の前でスライディング土下座した。
長い廊下の真ん中で。
超びびった。
「阿良々木先輩!どうか阿良々木先輩の妹御に、会わせてはもらえないだろうかッ‼︎」
「はぁ⁉︎」
「お願いだっ‼︎」
そんな神原の頭を踏みつけてみた。
こいつまえMって言ってたから喜ぶと思っていた。
僕が間違いだった。
次の瞬間、神原は頭の上に乗せている僕の足首を、物凄い力で掴んだのである。
それはもう。すごい力で。
「おい神原。痛い」
「…………」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「…………」
「えっ⁉︎ちょっ、神原さん⁉︎かーんばーるさーんっ⁉︎」
「…………」
「駿河ちゃんッ‼︎」
「…………」
「わかった!わかったつれていく!連れて行くからッ‼︎離してくれ!」
「ありがとう!阿良々木先輩!そんな阿良々木先輩が、私は大好きだ!」
「僕はお前のことが大嫌いだよっ‼︎」
こうして、僕は神原を連れ、駅に向かうことにしたのだった。
3
ここまでが唐突だったと思うから、経緯の説明をしようと思う。
我が家の三女、阿良々木蛍火は、数年前重い病にかかり、治療を受けに外国に行ったのである。
手術は成功したのだけれど、あちらで療養していたので、しばらく日本には帰っていない。
公職についている父母たちは、日本に戻らねばならなかったし、僕たちは学校があった。
そのせいで、蛍火は一人あちらに残されていたわけだ。
火燐ちゃんと月火ちゃんは、年に一回ほど会いにいっていたのだけれど、僕は実に数年ぶりに会うのである。
「蛍火ちゃんも兄ちゃんのこと気にしてたし、私はその時間道場があるんだ」
と火燐。
「私は家にいるよー、暑いの苦手だし」
と月火。
一人で来て気まずくなるより、神原がいた方がマシかもしれない。
「じゃあ阿良々木先輩は、蛍火ちゃんの顔とか覚えてないのか?」
「いや、覚えてはいるんだが、小学三年生の時に会ったきりだから、幼いっていうイメージしかないんだ」
「今は六年生だったか。それはお年頃だな」
現在、僕は自転車で駅に向かっているところだ。
神原は、そんな僕の隣をいつも通り走っている。
相変わらず、凄いペースで。
こういう田舎の駅は、駅に屋根がなく、反対側のホームが歩道橋で繋がっていたり、駅員がいなかったり、冬なんか雪が降れば野ざらしのままのコンクリートに雪が積もり、すべってホームに落ちる事故が多発したり、凄く低スペックである。
が、今は夏だ。
むしろ熱中症を心配する。
「あれいないな。まだきてないのか?」
見渡しても、電車を待っている大人が数人しかいなくて、待合室にもいなかった。
その時、僕の携帯電話から、着信音が聞こえた。
「はい?」
『隣にいるのは彼女さん?』
「はあ?」
『お兄ちゃん後輩趣味なの?』
「蛍火か?」
『ピンポン大正解。あなたには私の場所を教えてあげましょう』
「ていうか蛍火ちゃん。じゃなかった蛍火。こいつは彼女じゃなくてただの後輩だよ」
『私にちゃん付けしないでくれる?絶賛反抗期をなめるなよ』
「わかってるよ。で、お前今どこにいるんだ?」
『私は西に』
「西?」
『太陽が落ちる方に立ってますわ』
「てことは反対側のホームか。どこだ?」
あっち側のホームで、スーツケースの上に乗りながら、手を振ってる女の子の姿が見えた。
…………スーツケースの上に、立っていたのである。
「おいっ!あぶねーぞ!」
『ごめんごめん』
雪降ってなくてもホームに落ちるわ。
「今そっち行くから。ちょっと待ってろ」
蛍火が、スーツケースから降りたのを確認して、僕と神原は、反対側のホームに向かった。
「相変わらず元気でもなさそうで安心したよ。お兄ちゃん」
「お、おう。お前が元気そうで嬉しいよ」
「こんにちは。そしてお久しぶり」
4
3年ぶりに会った妹、阿良々木蛍火は、思いのほか少し痩せて、前に会った時と同じように、髪をボブに切りそろえていた。
生意気そうな顔は性格が出ているのか、それともわざとそうしているのかはわからないけれど。
僕たち3人は、駅から僕の家に向かって歩いていた。
今日一番の暑さなのか、汗がとまらない。
「神原さんだっけ?よろしく。詳しいことは大きい方のお姉ちゃんから聞いてますよ」
「うむ。よろしくな蛍火ちゃん!」
「よろしくー」
「なんで神原はちゃん付けオッケーなんだよ…」
「お兄ちゃんとは人間価値が違うからだよ」
「人間価値⁉︎そんなものがこの世にあるというのかっ⁉︎」
「当たり前でしょう。神原さんは人間価値が世間体的に高いんだよ」
「じゃあお前の中で、僕の人間価値はどれくらいなんだっ⁉︎」
「家族の中でも最低ランクだし、『よく知らない人だけど、なんかよくしてくれた人ランキング』の一部ですけど…?」
「ひでぇっ!」
「何が酷いの?お兄ちゃんと神原さんが同じランクだと思ったの?それとも私の中では上位に入っていると思ったのかしら?」
「図星だし事実だがなんで僕にそんな辛辣なんだ⁉︎」
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんだからだよ」
「はあっ⁉︎」
思い出した。
こいつ昔から僕に対して凄い辛辣なのだった。
「阿良々木先輩、蛍火ちゃんは病気だと言っていたけれど、一体なんの病気だったんだ?」
「ん。いや、僕も詳しく聞かされてないんだよ。蛍火もよく知らないらしいし」
「まあ手術すれば助かるって言われればやるよね」
「そうなのか」
その後、神原の家の前で神原と別れ、家に向かって歩き出した。
「なあ蛍火。これはお兄ちゃんからの一生のお願いなんだが」
「なんだよ改まって」
僕は瞬間、ガバッと蛍火の肩を掴んだ。
「神原には、関わらないでくれ…」
「え?なんで⁇」
「お前が変態の仲間入りするのを、僕は見たくないんだっ!」
「はあ?」
「あら阿良々木君。こんにちは。また小学生を連れ回しているの?」
「前々から言おうと思っていたのだけれど、阿良々木君ってロリコンよね」
羽川と戦場ヶ原だった。
最悪のタイミングだった。
「羽川…と戦場ヶ原。えっと…」
羽川翼と戦場ヶ原ひたぎは、僕のクラスメイトであり、戦場ヶ原ひたぎにいたっては、僕の彼女である。
そして二人とも、怪異と関わったものたちだ。
「それで、阿良々木君、その子は誰なのかしら?ああ、もしかして誘拐とか?答えによっては警察に電話する前に殺すわよ」
「待て待て待て戦場ヶ原。これは僕の妹の蛍火だよっ!」
「あれ?阿良々木君の妹って、二人じゃなかったっけ」
「海外で暮らしてたんだよ。病気の療養で」
病気という単語に、戦場ヶ原の眉がピクリと動くのがわかった。
「それは大変だったわね」
いつも通り、淡々とした様子でも、わかっている。
それに、どんな意味が込められているかなんて。
「大変でした。色々あって」
「というか戦場ヶ原。なんで羽川と一緒にいるんだ?」
「私はさっき会ったから一緒に歩いてたのよ」
羽川は、相変わらず、三つ編み眼鏡で、制服を着ていた。
「蛍火ちゃんだっけ?」
「えっと、はい」
「いくつ?」
「12歳…です」
「若いなぁ。あ、なんかおばさん臭いかな」
「そうですね。おばさん臭いですね」
「おい」
「いいんだよ阿良々木君。自分で言ったことなんだし」
「お、おう」
「日本の生活はなれないと思うけど、頑張ってね。困ったことがあったら、ここに電話して。例えば、阿良々木君にセクハラされた時とか」
「わかりました」
「おいぃっ⁉︎」
「またね!阿良々木君!」
「また明日ね。阿良々木君」
こうして、僕はあの面倒な二人組から、離れることができたのだった。
《つづく》