僕の椅子
僕の椅子。
大好きなパパとママから貰った。僕の椅子、座ると音が鳴るお気に入りの椅子だ。大切にしよう。
可愛い弟が生まれた。僕の椅子、お気に入りの椅子だったけど、僕にはもう小さすぎるから……弟にあげよう。大切にしてくれるといいな。
小学校に入って友達ができた。僕の椅子、毎年変わった。綺麗だったり、汚かったり、傷ついていたり、誰かが使った後の椅子、僕が使って、また誰かが使う。
中学生になって体も大きくなった。僕の椅子、小学生の頃に比べると、少しだけ小さく感じる。やっぱり誰かが使ったお古の椅子だけど、僕が使って、また誰かに渡るから、大事に使おう。
高校生になった。私の椅子、前とは違うタイプの椅子だ。それでもやはり、誰かが使った椅子だった。そしてそれを私が使い、誰かに渡る。大切に使おう。
大学生になった。私の椅子、いや私の席か。定位置を決めてそこへ座る。たまには別の誰かが座っているけど、そんな日もあるだろう。今日は別の所に座って講義を聴こう。
社会人になった。私の椅子、私のデスク。外回りが多いから、1日のうちにそれ程座ることはないけれど、この席があるだけで私は頑張れる。
昇進した。私の椅子、仕事を教えてくれた先輩から引き継いだ私のデスク。外回りが少なくなり、1日中座り続けることもしばしばだ。これからも仕事を頑張ろう。
さらに昇進した。私の椅子、やっと、やっとこの席に辿り着いた。世話になった先輩を容赦なく蹴り落として、漸く辿り着いた私の地位、絶対に、絶対に逃しはしない。
年を経た。私の椅子、私好みに変えた椅子、座り心地のいい私の椅子だ。そうまでした私の椅子をまだまだ青い若造なんぞに明け渡せなど、許すことはできない。
さらに年を経た。私の椅子、絶対にどかず、譲らず、守り抜いた、この私の、私だけの椅子。もう、私以外の誰も絶対に座ることができない。させはしない。
そして私は死んだ。私の椅子、私が必死にしがみついて放さなかったボロボロの椅子。私がいなくなったことで簡単に、容易に、捨てられた。捨てられてしまった。誰かに譲ろうなんて話すら出ずに、捨てられてしまった。
私の椅子、本当は誰かに使って欲しかったはずなのに、私はどうして椅子を手放すことをしなかったのだろうか。どうして昔のように誰かに渡すことができなくなってしまったのか。どうして……
私の椅子、残って欲しかった私の椅子。
私の椅子。私の椅子はもう、残っていない。