大きな空に手を伸ばしたけれど掴む事のできない雲、どこまでも広がる青空に浮かんだその雲をつかんで見たいと思ったのは何歳の頃だっただろうか。
小学校に入学する頃に空の先の
だから僕は宇宙を目指す。夢はでっかく宇宙飛行士。航空機のパイロットなんかもいいかもしれない。
父さんに無理のないトレーニングプランを練ってもらい体を鍛え、母さんには勉強を教えてもらって頭脳を磨いた。
そんな日々が続く中で起きた事件――白騎士事件――に僕は心を奪われた。
正確に言うのであれば、その事件の発端となったインフィニット・ストラトスと呼ばれるマルチフォームスーツにだが。
ニュースではミサイルや戦艦なんかを両断したなんて兵器を超越した兵装として報道されていたけれど、それよりも空を自由に飛べるということに着目した僕は心を躍らせた。
母さんに頼んでISについての文献を調べてもらった結果、踊っていた心が若干沈静化されてしまう。
何故ならISは女性にしか操ることができないマルチフォームスーツであったからだ。
しかしながら、そのISは宇宙での活動を目的としたマルチフォームスーツであるということがわかった。
僕はいつかISに乗って空を、宇宙を翔けることを夢想した。いつかきっと、自身の手で成し遂げてみせようと考えた。
そこからは工学系の分野の勉強も始めた。
世間は女尊男卑へと傾き始めたようではあるが、僕の家族は変わらず、ただし取り巻く環境だけは変化したけれども、そんな中で励んだ。
年を経て、運命の日は訪れた。
自身の手でとはいかなかったことは残念だが、遂にISに全世界初の男性操縦者が現れたのだ。
初の男性操縦者の名前は織斑一夏……ブリュンヒルデと呼ばれる世界最強の女性操縦者織斑千冬の関係者らしい。
これによって全国各所にて、男性の適性検査が一斉に……といっても、各所で順番にではあるが行われることになった。
僕は歓喜する。ISに触れるだけという簡単な検査、夢にまで見た機体に触れることができるということに。
機体に触ることができるのは、ISを扱うどこかの会社か研究所に行かなくてはならないものだと思っていたから。
順番に他の男性が触っていくが、何も起きない。
自分の番が近づくにつれて胸の鼓動が早まる。
遂に自分の番となり触れる――瞬間、光が溢れ視界が白に染まる。
咄嗟に閉じた目蓋に焼きついた光を払う前に、どよめきが発生する。
今までに感じたことのない感触を得る。
僕はラファール・リヴァイブを身に纏っていた。
第二の男性操縦者になってしまったことも忘れて、歓喜の雄たけびを上げた。
窓際から二番目に位置する机が僕の席である。その机に頬杖をつきながら溜息を零す。
ISを起動できたことは嬉しいのではあるが、世界でも希少な男性操縦者となれば誘拐されたり、拉致されて実験動物の如く扱われた可能性もあったかもしれない。
そんな考えは杞憂で、後ろ盾らしい後ろ盾がなかった僕は家族諸共日本政府に保護され、家族は散り散りに、僕は女性しかいないであろうIS学園に放り込まれることになった。
といっても、今年は男性操縦者を探すきっかけとなった某氏がいるのでまだマシかもしれない。
結局、僕以降に男性操縦者は見つからなかったみたいなので、世界でたった二人の男性操縦者となるのかもしれないが。
僕はそんなことを考えながら窓の外の空を眺めていた。教室に入った途端に突き刺さる女子の値踏みするような目線。
そしてひそひそと話し始めるのはどこにいっても変わらないらしい。
窓際の彼より、黒板の前の彼の方がかっこいい。なんて聞こえてきて若干落ち込んだりもする。
織斑君はイケメンだけど、僕はフツメンだからなぁ……なんて嘆きながら、確認がてら教科書を開いて読みふけることにする。
精神衛生を保全するために周りの情報というか音をシャットアウトするのだ。
「…………く…………君…………天野君」
肩を揺すられて、名前を呼ばれていることに漸く気がつく。
声がした方を向けば、たわわな果実が実っていた。
「あまのくーん……自己紹介の時間ですよー……」
涙目になりながら僕にそう語るのは、童顔でかわいらしい副担任の山田真耶先生だ。
そんな成りでも元日本代表候補生だったのだから侮ってはならないだろう。
それにしても可愛いと思ってしまうけれども。
すいません、一言謝ってから立ち上がる
「
無難な自己紹介をすれば、数少ない男性ということもあってか割と多くの拍手を受ける。
そのまま順調に自己紹介は続くかと思われたが、織斑君も僕と同様に意識が飛んでおり、山田先生に名前を連呼される他、後からやってきた元ブリュンヒルデこと担任の織斑千冬先生とひと悶着を起こす等、一昔前のコメディのような陳腐なネタに見える有様が続き朝のHRは終了した。
次の授業の準備を進めていると、この学園では珍しいであろう男性から声をかけられる。
もう一人の男性操縦者である織斑君が僕に話しかけてきたのだ。
お互いに自己紹介をしなおして、名前で呼び合おうと気軽に話していたのだが、一人の女子に一夏君が連れて行かれてしまった。
「ちょっとよろしくて」
ふと声をかけられる。声のした先に目を向けると金髪の美少女がこちらを見下ろしていた。
確かイギリスの代表候補生のセシリア・オルコットさんだったか。その胸は平坦ではなかった。
幾許か高圧的な感覚がするので、さらりと受け流すようにコミュニケーションをとったところ、業間が終わるまで話に付き合わされた。
要約すれば、代表候補生というエリートと一緒のクラスになったのだから光栄に思いなさい。とのこと。
女尊男卑な思考に囚われている可愛そうな代表候補生だということは理解した。
面倒なので特に関わる必要もないだろう。同じクラスであるから、結局はどこかで関わらざるを得なくなるのだろうけれど。
予鈴が鳴る頃にはオルコットさんは席へ戻り、先ほど出て行った二人が戻ってきて授業が始まる。板書に目を向け山田先生の声に耳を傾ける。
昔から調べていたことと、予習をちゃんとしていたこともあり、特にわからない点などはないのであるが、もう一人の男子生徒である一夏君は頭の後ろに手をやり掻いている。
おそらくわからないことが多過ぎるのだろう。
山田先生の問いに全てわからないと答えた挙句、入学前に届いた教材を電話帳と間違えて捨てたらしい。そのミスはどうなのだろうか。
数少ない男子生徒である一夏君がわからないと答えたせいで、山田先生が心配そうな顔で僕にもわからないところがないかと尋ねてくる。
「大丈夫です、問題ありません」
僕の問題がありそうな返答に、山田先生はほっと一息ついて授業を再開する。
授業が終わると、オルコットさんは今度は一夏君に僕にやったように話しかけていたが、どこかズレた返答をする一夏君にご立腹のようである。
そんな滑稽なやりとりを見てクスリと笑ってしまった。
「クラス対抗戦に出る代表者を決める、自薦、他薦は問わない」
織斑先生が放った言葉に女子がざわめき、他薦を始める。
「織斑君がいいと思いまーす」
「私は天野君を推します」
まるで撒き餌のような数少ない男性操縦者の二人に群がる魚か鳥かの如く、クラスメイトの女子の他薦が集中する。
しかし、このクラスにはオルコットさんというイギリスの代表候補生がいるのだから、そちらを他薦すべきではなかろうか。
本来であれば自薦するのが良いことなのだろうが、僕らの年代では積極的に立候補する人間がいない限りは事なかれ主義と言うか、面倒ごとは他人に……的な態度がありありと出てしまうことだろう。
実力を考慮した上で、オルコットさんを他薦しようと思ったが、大きな音に遮られてしまう。
「納得いきませんわ」
オルコットさんであった。どうやら、実力がないであろう男子等を推薦したことに怒り心頭らしい。
くどくどと言いたい放題のオルコットさんはヒートアップして行き、お国を罵倒されたことにカチンと来てしまった一夏君
何をやっているのやらと若干呆れていると、オルコットさんが決闘だと言い出した挙句に一夏君がそれを受けてしまったため、一週間後に総当りの試合の結果で代表が決まることになる。
何もしていないのに巻き込まれることになってしまった僕は一体どうすればいいのだろうか。
身を守るためにIS学園へ放り込まれたではあるが、自発的な戦闘などもっての外であるという自論のため、辞退の旨を織斑先生に伝えてみたが
「ダメだ」
「どうしても、ですか」
「ああ、ダメだ。天野にも参加してもらう」
一体何の権限か、自薦したわけでもないのに辞退が出来ないなんて面倒だ。
僕が目指すのは空を翔けることであり、その先の宇宙(そら)を翔けることだ。
例え兵器としての側面で生み出された機体であったとしても、元は宇宙での活動を目的としたマルチフォームスーツなのである。
僕がそれに拘る以上、戦うという選択肢は存在しないのだが。
試合は攻撃を避ける訓練にでも充てようと諦めることにした。
溜息を一つ、了承の旨を伝える。訓練機を借りて狭い空間を翔ける軌道練習をするのもいいだろう、そう思うことにした。
放課後、職員室の山田先生のところまで訓練機の貸し出し申請を行ったところ、一週間は予約で埋まっているらしい。
本番まで操作に慣れることができないのに、既に訓練済みの代表候補生と戦えという織斑先生は頭がおかしいのだろうか。
一夏君も僕と同様な状態であるのだろうが、彼には試合の日に専用機が与えられるというではないか。
僕にはそんなものがないのだから、やはり後ろ盾というのは大切なのだろう。そう思えてしまう待遇である。
「あ、そうだ天野君。はい、これ寮の部屋の鍵です」
手渡された寮の部屋の鍵だが、まだ部屋の用意が出来ないから自宅……ではなく滞在しているホテルから暫くは通学する予定ではなかったのだろうか。
「それが急に政府が決定したことでして……ごめんなさい、天野君。」
申し訳なさそうにする山田先生を尻目に、急な引越しというか寮生活の開始に着替えや携帯の充電、勉強の為の専門書などはどうするのだろうと考えていると
「着替えと携帯の充電器は用意した。それだけで十分だろう」
何を考えていたのかわかっていたかのように、急に現れた織斑先生が回答する。
全く持って十分ではないのだが、必要最低限という意味合いでは及第点なのかもしれない。
僕が荷物を受け取ると、担任と副担任コンビは職員室を出て行った。
僕は諦めて部屋に向かい、扉をノックしてから反応を待ち、無反応なのを確認してから鍵を開けて部屋へ入る。
物音は聞こえず、奥に進めばベッドが二つ並んでいた。
手前側の机に荷物を置き、シャワーを浴びてから食堂へ向かう。
初日の夕飯時ということもあり、食堂ではクラス以上に視線が集中していたように感じられ非常に居心地が悪かったので、さっさと食事を摂って部屋へと退散する。
暫くは自炊すべきか、慣れるまで我慢するか、どうするか。そんなことを考えながら机に向かって再度教科書を読み直して翌日以降の予習を始める。
時は過ぎて夜の時分になったが、部屋に訪れる人は誰もおらず、同じ部屋で暮らすであろう同居人がいないと推測されたので、気にせずに手前側のベッドを占拠して眠ることにした。
酔った勢い
どっちの方がいいんだろうか