Spectral/Fate スペクトラルフェイト 作:異界の魂
普段と変わらぬ学園生活を終えた遠坂凛は、家に着くと大きく息を吐いていた。
学園での彼女は、生徒や教師、皆こぞって口にするのは『完璧な優等生』である。事実、彼女は学業においてもそつなくこなす。遠坂の名を貶めぬためにも、やるからには徹底であり、一切手を抜かぬ性格のため、成績も当然優秀である。
だがそれは、表の世界で偽るための彼女の『貌』であった。
遠坂凛の本当の『貌』とは、『魔術』を伝える家系に生まれた魔術師の一族である。
そも魔術師というのは、秘匿されるべき存在となる。
様々な理由がありはするが、基本的に魔術というものは表の世界へ出してはならない。当然ではあるが、一般人に魔術の存在を知られる事は絶対に避けなくてはならない。
仮に、魔術という神秘を知ってしまった一般人は消してしまわねばならなかった。
そんなことを彼女は望むわけもない。そのため、級友ともある一定の距離を保つのみ。
なぜならば、ある特定の人間との付き合いが深くなってしまうと、何かしらの突飛な拍子で魔術が露呈してしまうことにもなりかねない。
そのため、今もそしてこれからも、彼女は要らぬ波風を立てぬようにと努めて日々を送っているのだが。
故に、それらの枷を背負い込むのも家に帰るまでである。
帰宅し、室内へと足を踏み入れた彼女の顔つきは変わっていた。
それは、偽ることも着飾ることもない本来の姿へと戻ることができている証である。
今日もまた何事もなく学園での生活を終えることができた。以降は外出する予定も無いために、早めに休み、ぐっすりと眠ろうかと考えながら制服を脱ぎかけて――留守番電話のランプが点灯していることに気がついていた。
電話をかけてくる相手など思い当たる人物はひとりしかいなかった。
面倒くさいと感じながらも――溜め息は漏れていたが――再生ボタンを押してみれば、予想通りの相手の声に、凛の表情は更に険しくなっていた。
流れる声は、男のものだった。
言峰綺礼――
凛の父である遠坂時臣の弟子であり、彼女にとって見れば兄弟子にあたる。
伝言も、大方想像がついていた内容であった。
「――わかっているとは思うがな、凛、残る席は、セイバーとランサーのふたつとなる。早々にマスターを揃えねばならん」
「…………」
無言のままに聴き入っていた凛ではあるが、相変わらず面白味のない台詞だなと感じていた。冗談のひとつでも混ぜてみろと思いはするが、そんなことを口にする綺礼など想像がつきはしないのだが。
そんな彼女の心情は他所に、流れるメッセージは続いていく。
「もっとも、聖杯戦争に参加しないというのなら話は別だ。命が惜しいということであれば、早々に教会に駆け込むがいい」
「……なんだ、冗談も言えるんじゃないの」
瞬時に早計だったと彼女は捉える。
綺礼にとっては十分笑える冗談だと凛は捉えていた。もっとも、リタイアする気などハナから持ち合わせてはいないのだが。
「命が惜しければ教会に駆け込めですって? 聖杯を手にするのは、
前回の聖杯戦争に赴いた自身の父、遠坂時臣。偏屈者ではありはしたが、魔術師としても父親としても優れており、誇りであった。
そんな父は既にこの世にはいない。
あれほど魔術に精通し、優れた魔術師でありながらも、帰らぬ人となってしまった。
「凛、いずれ聖杯は現れる。
父の言葉を思い出す。
聖杯を手にするのが遠坂の宿願であると、あの日に教えられたのだから。
故に、遠坂凛にとって、棄権する理由など存在しない。
気がつけば、綺礼からの伝言は既に終わっていた。
「……癪だけれど、綺礼が言うことも確かではあるのよね」
この戦いに参加する資格を得るのも今日が限度であろう。よくもまあ引き伸ばしたものだと凛自身も他人事のように感じてしまっていた。
綺礼の言葉では、
更には、残るサーヴァントは二クラス。とりわけ三騎士と呼ばれるセイバー、アーチャー、ランサーのうち、セイバーとランサー枠がまだ空いている事実。どちらを召還したとしても、総じて強力なクラスとされる。とはいえども、欲を出すならば最優のセイバーを引き当てたいものであろう。
「さて……なら、やるしかないわね」
父の遺言を解読し、既に戦う準備は整っている。
十年間待ち続けた彼女の戦いは、これから始まろうとしているのだから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
時刻は深夜――
時計の針は午前二時を指そうとしている。遠坂凛にとって、もっとも波長が合う時間帯であり、中でも万全の態勢となるのが午前二時ジャストとなる。
彼女が最大限に生かせる機会は、この僅かな時間しかない。
「……っと、時間までもう少し……最初で最後のこのチャンス、絶対にポカするわけにはいかない……」
地下室の床に刻まれた召還陣を前に、凛は最後の確認を行っていた。
今まで貯めに貯めこんできた宝石の半分を溶解して描かれた陣――
「…………」
と――
直感で時間だと悟る。
彼女はひとつ大きく息を吐くと、左腕を突き出していた。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
精神を極限まで研ぎ澄ませ、集中力を乱さずに一心に言葉を紡いでいく。
「
全霊をもって召還陣の前に対峙する。
「――
その一言とともに、凛は自身の体内に形の存在せぬスイッチをオンにする感覚を受けていた。
本来の常人たる神経ではなく、魔術師たるべく魔力を伝わせるための回路へと切り替えられていく。
身体は熱を帯び、汗が滲む。
額、背面、腕部、脚部――身体の至るところから在り得ぬ錯覚が生まれてくる。
「…………」
集中を途切れさせるわけにいかず、さりとて魔術回路の循環を緩めるわけにもいかない。
身体を刃物で切り刻まれるような痛みすら覚えるが、『繋げる』ために無視を決め込む。
とりわけ一際痛みが激しいのは、魔術刻印が有る左腕。術者である凛の補助をしながらも、独自の詠唱がはじまり神経を圧迫していた。
異物が体内を這い回るかのごとく。
不意に――
唐突に彼女は手応えを感じていた。
全身に満ちる力。今の自分は、完全である、と。
「――告げる」
血液へと取り入れていた
ただひたすらに、召還陣へ魔力を注ぎ込み続けるだけに。
「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
刹那に――
肉眼では捉えられぬ第五要素が吹き荒れる。
「――っ」
一瞬声を詰まらせ、視えぬ恐怖に背筋をぞくりと震わせ彼女。
本能的に、自分が呼び寄せようとしているモノへ何かしらの不安を覚えるが――
此処に来て、後退りなど出来るハズもない。
「――――」
僅かな間を空けてしまったことに――途中で停めるなどもってのほかであろう。
視界は閉ざされながらも、口にする言葉は止まず。
「――誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」
瞬間、召還陣に輝きが生まれ、眩い光波の媒質が地下室を包んでいた。
「――やった!」
エーテルが乱舞する中、凛は確信を得ていた。
自分は、間違いなく
「いよっしっ、かんっっぺきよ! これは絶対にセイバーでしょ! 我ながら最っ高の手応えってなモンよ! どんなヤツが来たのよ、もう――ほらほら、早いとこわたしに顔を見せなさいっての」
浮き足立つのも無理はない。
うっすらと視覚が戻る中、凛は居ても立ってもいられなかった。自分は、果たしてどのようなサーヴァントを呼び寄せたのか、と。
が――
刹那に、僅かな視界の中を銀の閃光が奔りぬいていた。
なにが起きたのか理解する間もなく――しかしながら、気がついたところで凛は己が身が、どういう状況に直面しているのかを強制的に思い知らされることとなる。
ひたり、と冷たく抜き身の刀が首筋へと添えられていることに。
「――――」
一振りの長い刀を握るのは、
左肩には、大袖と呼ばれる肩から上腕部を防御する楯状の部品。
上は長着に、下は袴じみた恰好。
特に眼を惹くのは、着崩したかのように肌蹴て覗く引き締まった肉体。割れた腹筋から胸板に描かれる龍の刺青のような紋。
一目見て、身なりは正にサムライであろう。
だが、
「――――」
凛の意識は鮮明になっていく。
ゾッとしながらも冷静を装う彼女の口が開かれると、気丈にも言葉が発せられていた。
「アナタ、誰……?」
見据える凛に対し――
「……アンタこそ誰だ?」
数秒の間を置くと、長身のサムライは怪訝そうな表情を浮かべてそう問い返していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――――」
首に当てられるている刃は、間違いなく殺傷能力を有する本物であると感じ取る。
なによりも、サーヴァントは使い魔と呼ばれるだけに、彼女はカタチのないものだとばかりに思っていた。眼前の男は見紛うことなき人間そのものである。
「…………」
とはいえども、ごくりと喉を鳴らして固唾を飲み込み彼女。相手の姿形はどうあれ、桁外れの魔力を帯びていることだけは否応なしに理解できる。
人間以上、人の身ながらも精霊の域に達する正体である。
「――――」
頬を汗が伝う。
このまま恐怖に圧倒され続けるわけにもいかず、震える声音で問いかける。
「――で、訊くけれど……アナタは、わたしが呼び出したサーヴァントで間違いないのね……?」
なによりも、召還者であるマスターの首に当てられている
だが――
相手からの返答は、予想外のものであった。
「……サーヴァント? なんだそりゃ?」
「…………」
些か会話が噛み合っていない。
(どういうこと……? 記憶に混乱がある? 召還に何か手違いがあった? 詠唱は間違っていなかったし……なら、何が問題だったってのよ)
あれこれと不安を覚える凛よりも先に、サムライはぐるりと室内に視線を這わせた上で問いかけていた。
「おい……ちっとばかり訊ねるが……
「此処はどこだとは随分ね……此処は日本の冬木市で、アナタはわたしが呼び出したサーヴァント……加えて、わたしはアナタのマスターよ。わかった? ならいい加減に、この物騒なの下ろしてくれない?」
「……ニホン? フユキ? サーヴァント……? だから、先から何のことを言ってんだ……?」
ブツブツと呟きながらも警戒の色は残したまま刀を下ろすサムライに――本格的に凛は不安を覚えていた。
サーヴァントとは、皆こんなものなのか、と。
「ちょっと、アナタ本当にどこかおかしいっていうの……?」
「いや、待て……正直言って、状況が掴めてねぇんだ。それに……」
言って、指先をこめかみに添えて彼。
「頭ン中に流れてくるコイツは……」
こめかみから額に指を動かし、しばし無言となるサムライ。
時間にしては僅かな間であるが――
「聖杯戦争……サーヴァント……マスター……」
「…………」
「なるほど……そういうことか……」
言って、納得したかのように腕を下ろした彼は視線を凛へと向けていた。
「……まず、結論から言うとだな。俺は、アンタが召還したサーヴァントってヤツに相違ねぇ。クラスってのも、セイバーに該当する」
「――ッ!? いよっしっ! さすがわたし! やる時はやる自分の才能が恐ろしすぎるわ! この聖杯戦争なんて、もう勝ったも同然じゃないの!」
セイバーと告げるその言葉を聴き、凛は拳を握り締めていた。
歓喜に沸きあがる彼女を前に――
しかし、サムライはどこか居心地悪そうな何とも言えぬ顔をしていた。
「あー、なんつーか、喜んでるトコに水注すようで悪ィんだがな……問題がひとつばかりあるんだがよ」
申し訳なさそうに告げる相手を――だが、凛は然したる事とは捉えていなかった。今の彼女の意識はセイバーを召還したと言う事実に集中している。
「問題? そんなの後で追々考えればいいわよ。それよりもセイバー、アナタその身なりからすると日本人よね? 戦国武将てよりは……どっちかっていうとサムライって感じだけれど……正体如何によっては、これからの戦略を考えないといけないし。で? どこの英霊? 類別は?」
サムライであれば、宮本武蔵か佐々木小次郎といったところだろうかと考える。これが仮に『剣豪』と謳われる宮本武蔵であるとするならば、刀は一振りしか持っていないように見えたとしても、所持する宝具によってどうとでもなるだろうと考えていた。
戦国武将であるならば、第六天魔王と呼ばれる織田信長を筆頭に、伊達政宗や上杉謙信、真田幸村といった名立たる者たちがいる。
セイバーという強力なクラスは基より、ついでに言えば、日本という地の利があるため、本来の力に加えて伝説の知名度や信仰による恩恵を更に得て力を振るうことができる。
この点に関しては、かなりのアドバンテージを得ていることになる。
いずれにせよ、凛はこの聖杯戦争が正式に始まってすらいないにもかかわらず、自身の勝利を疑いすらしていなかった。
だが、そんなところへ――
「……それなんだが……生憎と、俺は、そのエイレイってヤツじゃねえんだよ」
「へ?」
間の抜けた声音が凛の口から漏れていた。
頭を掻きながら――サムライは、さてどうしたものかと視線を逸らす。
「……英霊じゃないってどういうこと?」
英霊とは、基本的に生前優れた活躍をした者たちとなる。神話や伝承の中、大昔に存在した人物を指す。
凛の右手に刻まれた印が疼く。
聖杯戦争の要となり、サーヴァントを律するための絶対命令権が行使されるというみっつの令呪。
その右手の甲に浮き出た証を見せつけるのだが――
「いや、まぁそうなんだがよ、どっから話せばイイもんだか……エイレイ……英霊か? その英霊じゃねぇのは確かなんだがな……」
「は? なに言ってるのよ? 自分で言ったじゃない、アナタ、サーヴァントなんでしょ?」
「そこなんだよなぁ……確かに俺は、サーヴァントてヤツで、セイバーではあるんだがよ、この世界の英霊じゃないんだよ」
「なによソレ……サーヴァントでセイバーなのに、英霊じゃないって……サーヴァントはサーヴァントで変わりないんじゃ――」
と――
そこまで口にした凛はハッとなり、相手が告げた言葉を今一度確認していた。
その顔には、まさかという表情を浮かべながら訊き返す。
「ちょっと待って……今、なんて言ったの? この世界の英霊じゃない? この世界の英霊じゃないって、今、そう言った? この世界の英霊じゃないってどういうことよ……まさか、宇宙人とか言うんじゃないでしょうね?」
冗談めかしてそう告げる凛ではあるが、サムライは至極真面目な顔をして応えていた。
「ああ、俺はこの世界とは別の世界……ネバーランド大陸ってとこから来た者だ」
「……はあっ!?」
素っ頓狂な声を上げて凛。
「……なに、それ……?」
淡々と口にした――凛の眼が徐々に釣りあがっていく。
「アンタ、わたしを馬鹿にしてるワケ!? そんっな、くだらない話を――」
「待て待て。別にふざけてるワケじゃねぇんだよ。アンタにゃ信じられねぇだろうが、俺は、本当のことを言ってるだけなんだよ」
「――――」
別の世界――?
ネバーランド――?
どこぞの夢の国で浸透するような名前を述べられて、此処とは別の世界からやって来たなどにわかには信じられない。
「あのねぇ、そんな話……」
信じられるわけがないと口にしようとして……はた、と不意に思い当たる存在が脳裏によぎる。
荒唐無稽であり信じられぬ話ではあるが、真っ向から否定することもできなかった。何故ならば、凛には心あたりがないわけではなかったからだ。
それは、遠坂の大師父とされるシュバインオーグの存在である。魔導元帥、
現在は並行世界を放浪中につき、消息不明とされている人物である。
大師父の偉大さを知る以上、此処とは別の世界から来たという話もあながち信憑性がないわけではない。
「ごめん……もう一度訊くけれど……ソレ、本気で言ってるの……?」
「信じてもらえるとは思ってねェが、俺にとっては本当のことを口にしてるだけなんだが……この時代は、魔導世紀でいうところの何年に当たるんだ?」
「…………」
凛は信じられないといった表情で、自身の顔を片手で覆っていた。
馬鹿げた話ではあるが、眼の前にいる男は本気で言っているというのがわかる。
つまりは、自分は平行世界ではなく、まったく別の世界から、これまたまったく無関係の者を自身の都合によって呼び寄せたことになる。
いや、なによりも、異世界の人間を呼び寄せたなど考えれば考えるほどに、作り話としか思えない領域を遥かに超えている。
「……どこの空想世界の話だってのよ……」
見ためが子どもだからといってこちらを試そうとしているのかとも思いもしたが、それにしては妙な違和感が拭いきれていない。
魔術師の身である凛にとって、契約による繋がりを眼前のサムライから感じとれている。
魔力の何割かは確実に相手へと流れ、内に閉じていた神経も外に向っている感じを覚える。
相手もそのことに気づいていたのか、肯定するように口を開いていた。
「ああ、アンタからの魔力供給てモンを受けて此処にいる。アンタは俺のマスターってことになるな」
「……なによ、それ……もう何がなんだかわからないわよ……」
我慢も限界を迎える。
気丈に振舞い続けはしたが、さすがに魔術師とはいえども年頃の少女でもある。緊張の糸が切れた凛は、その場にすとんとへたり込んでいた。
有頂天が落胆へと変わる。
「おい、大丈夫か?」
サムライから声をかけられるが、こちらを心配されるのもおかしな話であろう。
「大丈夫じゃないわよ……よりにもよって……別の世界の人間を呼び寄せたですって……? 悪い夢にも程があるわよ……しかし参ったわ……こんなことになるなんて……あれだけの宝石を使って呼び出したのがせっかくのセイバーだって言うのに、コレじゃ戦っていけるわけないじゃないのよ……」
嘘か真か、異世界の人間を引き寄せたなど前代未聞の事故であろう。
協会でさえ驚く事案になるというのは想像に難くない。
(規格外すぎる、とんだ貧乏くじを掴まされることになるなんて……)
とはいえど、彼女はそこで失言に気づいていた。
「あ……」
セイバーを引き当てたという現実に浮かれていた彼女ではあるが、徐々に人間としての罪悪感が生まれてくる。
知らぬとはいえ、相手の立場を考えずに一方的な都合で使い魔として仕えさせるなど考えてはいない。
時間が経てば経つほどに、今のこの状況がどれほどの状況であるかを理解していく。
深刻そうな表情となる凛とは対象に―――サムライはといえば、顎先に指を触れさせ、さてどうしたものかといった顔でいるのみ。事態をより深くは捉えていないというのが風貌でわかる。
「その……ごめんなさい」
「あん? どうした? 急に謝り出したりして」
「ううん、その……なんて言ったらいいのかわからない……ごめん……わたし浮かれすぎてた。セイバーを呼んだと思ってたけど……」
それ以上は言葉をなくし彼女。
サムライもまた相手の心情をなんとなくではあるが察したのか、視線を一度薄暗い天井へと向けてから再度彼女へと戻し訊ねていた。
「訊くが、元の世界に戻れる方法はあんのか?」
「…………」
それを訊かれると言葉はない。本来のサーヴァントたる英霊であるならばまだしも、別の世界の人間を元の世界に送り返す方法など、自分は知るはずもない。
左腕をぎゅっと抱きしめ、凛は相手の顔を見ることもできずに静かに首を左右に振るのみ。
「わかんない。聖杯であれば、もしかしたら元の世界に戻ることも可能かもしれないけれど……」
だがそれも、どこまでが可能かすらわからない。
曰く、聖杯はあらゆる願望を叶えるといわれているが、根本的な次元が違いすぎる願いであろう。
力なく言葉を洩らす凛ではあるが、サムライは飄々としていた。
「そうか。なら、過ぎたことはしょうがねぇし、やることは決まっただけだしな」
「……やることは決まったって……?」
落胆するでもなく、怒るでもなく、相手の言っている意味が理解できずに、顔を上げた凛は思わずオウム返しのままに訊き返していた。
「つまるところ、要はその聖杯戦争に勝ちゃいいんだろう? 簡単な話じゃねえか」
「――――」
耳を疑う。あろうことか、この男は聖杯戦争に参加するという。
挙句、簡単だと豪語するが、セイバーのクラスとは言えどそれはイレギュラーの身となる。他の六騎である、残るアーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカーはもとより、魔術を得意とし白兵戦能力に劣るサーヴァントであるキャスター、サーヴァント最弱の呼び名も名高いクラスであるアサシンにすら勝てるかどうかすらわからないのだから。
コレに驚くのは、当然凛であった。
「ちょっと待って……勝つって……戦うのよ?」
その問いかけこそ、サムライにとってはつまらない指摘であったことだろう。
ニタリと笑い、彼は告げる。
「他に方法が無いってんなら、それしかねェだろう?」
「それは、そうだけれど……聖杯でも可能かどうかわからないかもしれないのよ?」
「そん時はそん時だろ? ダメならダメで、またそん時にでも考えればいいだけでしかねぇよ。微々たるモンじゃねぇか」
「微々たるって……」
豪放磊落とはこのことだろうかと凛は思わされるだけだった。些末なことだと語り、相手は問題視していない。
「戦えンならまたとねェ。この世界の
「…………」
彼女はただただ呆れてしまうのみ。この男は純粋に、未だ見ぬ戦いに興奮しているのがわかる。
成り行きとはいえ、不完全なサーヴァントとして召還された身とは言えど、根本的に言えば聖杯戦争に関わる義理などないのだから。
興味本位で戦いに巻き込まれるなど、どうかしているとしか思えない。
「……本気? 言っておくけれど、聖杯戦争は最後のひとりになるまで戦うの。つまりは、殺し合いなのよ!? 死ぬかもしれないっていうのに、遊び気分じゃ済まされないのよ!?」
思わず語気を荒くする凛ではあるが――サムライは待ってましたとばかりの顔をする。
「そんな話を聴いたらなおさらだ。
「だからって……」
「なんだ嬢ちゃん、心配してんのか?」
「…………」
「これも何かの縁だ。此処が噂に聴いてた『チキュウ』ってんならまたとねぇ。一度行ってみてぇとは思ってたところだしよ、この世界に来た以上は、それなりに愉しませてもらうだけさ」
もはやここまで来てしまうと呆れを通り越し感心すらしてしまう。
「呆れた……死ぬかもしれないっていうデメリットがあるっていうのに、それでも自ら戦いを望むだなんて」
「コレばっかりは性分なモンでな。そういう嬢ちゃんだって同じだろうに。聖杯戦争ってのは、ただひとりになるまで争いあうんだろう? 嬢ちゃんにとっても、このいざこざに加わる理由がある……違うか?」
「…………」
「それに、マスターにはサーヴァントが必要なんだろ? 経緯はどうあれ、サーヴァントとして俺がアンタに呼ばれたってんなら、つまりはそういう意味なんだろうよ」
「…………」
凛にとっては、相手の考え方が割り切り過ぎていることに言葉もない。
だが、かといって新たなサーヴァントを呼ぶ時間もない。貯えである宝石にも限りがある。
不測の事態とはいえど、長年待ち続けた聖杯戦争を諦められもしない。
逡巡がないわけではない。むしろ不安の方が多すぎる。
だというのに――
迷いが顔に出ていたのだろう。そんな彼女に対し、サムライは頭の中に流れてくる情報を汲み取り告げていた。
「生憎だがよ、自分で言うのもなんだが、俺はそれなりに腕が立つんだぜ?」
「…………」
正直に言えば、凛にとっては半信半疑に近い。その自信は一体どこから来るのかとさえ感じてしまう。
「アンタから流れるこの魔力てヤツも、俺が知る限りの中でも結構なモンだと思うんだがな。それにだ、アンタほどの女が呼び出したサーヴァントってヤツが、
「…………」
自信に満ち溢れた眼差しで、サムライは真っ直ぐに凛を見据えるのみ。
「見てな。セイバーの名にかけて、アンタを勝たせてやるからよ……とでも言やぁ納得してもらえるか?」
「――っ」
そんな言葉を何の前触れもなく不意にぶつけられてしまっては凛の顔は赤くなるのみ。
照れを誤魔化すためにそっぽを向く。
不安が無いといえば嘘になる。信じたり得る要素もない。
しかしながら、何の確信もないはずだというのに、何故かこの男の言葉には説得力があるように感じ取れていた。
このセイバーは、最強である、と。
「……正体がわからないっていうことは、能力もわからないってことになるわよね……よくよく考えてみれば、有利であるのは確かよね」
「…………」
「いいわ。セイバー、アナタを信じる……だから、このわたしに、アナタの力を貸して」
どこまで通じるかわからない。
どこまでやれるかもわからない。
もはや自身が想像していた
サムライは、くはっ、と笑い出していた。
「な、なによっ! 笑うことないじゃないっ!」
くつくつと笑う相手に凛は激昂しかけるが、まあ待てとばかりにサムライは手で制す。
「待てって。俺は別に馬鹿にしたつもりは微塵もねェよ。ついさっきまで泣きそうなツラした仔犬みてェだったってのに、イイ貌するじゃねぇかよ」
「だ、誰が泣きそうですって!? それに仔犬だなんて、アンタ本気でわたしのこと馬鹿にしてるでしょ!?」
吼える彼女に――サムライは然して取り繕うとはしなかった。
「いいねぇ。その意気だ。ますます気に入ったぜ。俺の名は、
「
それが彼の真名であるのだろう。
相手の名を反芻し凛。やはりその名は聴いたことがなく、自分が知る限りのサムライや戦国武将からは思い当たる者もいない。
「しばらく厄介になるが、まぁ、よろしく頼むぜ」
「ええ、不安は拭いきれてないけれど、こっちこそよろしく」
「おう。と、いうワケでだな、早速だが……ちょいとひとつばかり教えてもらいてェことがあるんだがよ」
「なに? わからないことなら出来得る限りなんでも応えるけれど」
その返答に彼は頷き――
「まずは一番大事なことだ。嬢ちゃんの名前を教えてもらおうか? これから先、名無しじゃなんて呼べばイイかわからねェからな」
サムライは答えを求めるように、そう問いかけていた。