学戦都市アスタリスク ~ 死神乱舞 ~   作:武者震威

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星ガ導ク館

星武祭(フェスタ)》とは世界最大のファン人口を誇る総合バトルエンターテイメントである。

 北関東多重クレーター湖上に浮かぶ人工水上都市・六花───通称アスタリスクを舞台として年に一度開催されるそれは、六つの学園それぞれの学生たちが武器を手に覇を競う過激なものだ。

 といっても、もちろん実際に命のやり取りをするわけではない。

 そのルールに関しては星武憲章(ステラ・カルタ)と呼ばれる取り決めに定められているが、わかりやすく言ってしまえば『相手の校章を破壊した方が勝ち』というものだ。意図的な残虐行為は禁止されているものの、戦闘能力を削ぐ目的であれば校章以外への攻撃も認められているし、武器を使う以上は当然怪我人も出る。時には怪我ではすまない場合さえある。

 それでもなお世界中からこの都市へ若者たちがやってくるのは、ここでなければ叶えられない望みがあるからだ。

 そして、彼らが闘う機会は《星武祭《フェスタ》》だけではない。

 腕に覚えのある血気盛んな若者が同じ場所に集まれば、少なからずもめ事が起こるものだ。そうした場合、アスタリスクではルールを則った私闘が許可されている。

 それが『決闘』というものだった。

 《星武祭》と同じく校章の破壊によって勝敗を決定するのだが、硬質加工された校章は内部に情報処理機能を備え、申請された私闘の裁定、ホストコンピュータへの戦闘データ転送なども行っている。できる限り不正行為を防止するためだ。

 特に同じ学園に所属する学生同士の決闘では、その勝敗きよって序列が変動するので、単なる私闘以上の意味があった。

 ユリス自身、数々の決闘を勝ち抜いて序列五位という立場を手にしたのだ。

 だがそのユリスに対し、天霧(あまぎり)綾斗の実力はまるで読めなかった。

 

「咲き誇れ───鋭槍の白炎花(ロンギフローラム)!」

 

 ユリスが指揮棒(タクト)のように細剣を振ると、その軌道にそって巨大な青白い炎の槍が顕現する。テッポウユリの姿をしたその炎は、さながらロケットのような勢いで綾斗を貫こうと飛びかかる。

 

(ほう、面白い炎じゃ)

 

 そして、重國もその彼女が放つ炎に興味が惹かれた。どのような原理で放っているのか知らないが、《炎》には興味が沸いた。

 あのように自在に炎の槍を放つことを、少女が軽々しく出来ていいものなのかと。

 そして、その炎槍に引けを取らないユリスの動きも関心が持てた。

 

(……じゃが)

 

 綾斗はその炎の槍を剣を盾にしてなんとかそれを受け流したが、衝撃で大きくはね飛ばされる。かろうじて受け身をとったものの、ずいぶん息があがっているようだ。

 

「……あの炎を避けますか」

 

「驚きかの、日番谷(ひつがや)

 

「いえ、なんともふざけた避け方かと思いましたよ」

 

「ほう? 何故じゃ、上手く避けたように見えたが……」

 

「……ならもっと上手く避けられます。本当にそこまでのレベルならですが……」

 

「ふむ」

 

「まるで何かに縛られてる感覚をアイツに感じますね……別にどっちでもいいんですけど」

 

 日番谷(ひつがや)は目を鋭くしてユリスを見た。

 

「ユリスの方も驚いてる様子ですが、あれ完全には見抜いてない顔ですね」

 

 日番谷(ひつがや)に言われた通り、ユリスも驚いていた。手加減もしていないが全力全開という訳でもない、だが十分に本気で相手をした。

 今も考えながら『鋭槍の白炎花(ロンギフローラム)』を綾斗に向けて放つも、悉く避けられている。どう見ても始終攻防一方で、まともに近付くこともままならない。

 距離をとったまま圧倒的な火力で相手を封殺するのがユリスの基本戦法なので、まさに理想通りの展開といえる。

 この細剣《アスペラ・スピーナ》もあくまで接近された時の牽制用だ。

 しかし、当のユリスは強い違和感に覚えていた。

 

「お主も違和感を感じたか、日番谷(ひつがや)よ」

 

「…………はい。最初からのようですが、ユリスの攻撃がまったくとは言わないですが、手応えが薄い。そしてどれもギリギリで攻撃をすべて避けている。ですが、呼吸も荒いことから、余裕というわけでもないのかもしれませんが」

 

「ほっほ、それはユリス嬢も気付いているようじゃのう」

 

 重國も言ってるように、ユリスは綾斗に興味が惹かれたように注視していた。動き一つひとつに目を向けている。

 

「ええと、ユリス……さん? そろそろ許してもらえないかな?」

 

「ユリスでいい。で、それは降伏の意思表示と受け取っていいのか?」

 

「そりゃもう。いや、そもそも俺としては最初から闘いたくなんてなかったんだけど」

 

「ま、それならそれで構わないが、その場合おまえは変質者として私に中までじっくり焼かれるか、やはり女子寮の自警団に突き出されるのかどちからになるぞ? ちなみに先日、自警団に捕まった下着泥棒は『おしおき』の結果カタコトしか喋れなくなった挙げ句に部屋から一歩も出られない精神状態になったそうだ」

 

「…………もう少しがんばってみようかな」

 

 綾斗は引きつった笑みを浮かべながら剣を構え直した。

 重國は思わず笑い出しそうになったが、やはり興味が尽きなかった。

 これが噂に聞いた《星脈世代(ジェネステラ)》。目に見えぬオーラのようなものだが。それを集中することによって攻撃力や防御力を高めることができる。そしてユリスたち《魔女(ストレガ)》や《魔術師(ダンテ)》にとっては、能力の発動に必要なエネルギーでもある。

 もっとも《魔女(ストレガ)》や《魔術師(ダンテ)》はその能力に星辰力(プラーナ)を割けなければならないという性質上、どうしても防御へ回す星辰力の割合が低くなり、白兵戦では不利になりがちという弱点もある。

 だが、そんなものは近付けさせなければそれで済む問題だ。

 

「咲き誇れ! 六弁の爆焔花(アマリリス)!」

 

 今度は外さない。

 ユリスの前には巨大な火球が出現すると、ギャラリーがざわめいた。

 部屋から綾斗を叩き出した時と同じ技だが、それよりも二回りは大きい。

 

「やべえ! 大技だ!」

「ちょ、冗談じゃねえぜ!」

「待避待避ー!」

 

 巻き込まれても当然自己責任だ。ギャラリーがあわてて距離を取る。

 ユリスはそんな野次馬たちに見向きもせず、最適の軌道を瞬時に計算して火球を放った。

 

「ぬっ」

 

「軌道がこちらのままですね」

 

 重國、日番谷(ひつがや)はなんとも危機感を抱かない顔で不動のまま成り行きを見ていた。

 

「まさかここまで周囲に考えを向けぬとは……やはりまだまだ童女(こむすめ)じゃのう」

 

「彼女からしてみれば、危ない場所に勝手に首を突っ込ん愚か者としか見てないのでは」

 

 日番谷(ひつがや)が重國の前に立とうとする。何かしらで守ろうとしてるのだろうが、重國はゆっくりとした手でそれを止めた。

 日番谷(ひつがや)は別段驚くこともなく、即座に身を引いた。まるで言葉を発することなく何を意味を差すのかを理解しているかのようなその行動。

 

「まぁ、大丈夫じゃろう」

 

「……そうですか」

 

 重國がそう告げる前に、綾斗に放たれた火球は爆発していた。あの至近距離では完全に逃れることは不可能だ。この爆発に巻き込まれれば、いくら《星脈世代《ジェネステラ》》といえどもしばらくは動けないだろう。

 吹き荒れる焔で視界が埋まる。嵐のような爆風から顔を守りつつ、ユリスは勝利を確信していた。

 が、しかし。

 

天霧(あまぎり)辰明(しんめい)流剣術初伝───〝貳蛟龍(ふたつみずち)〟!」

 

 剣閃らしきものが煌めいたかと思うと、炎の花弁が十文字に切り裂かれる。

 

「なっ…………まさか、流星闘技(メテオアーツ)───!?」

 

 流星闘技とはマナダイトへ星辰力(プラーナ)を注ぎ込むことにより、一時的に煌式武装(ルークス)の出力を高める技だ。

 正式には過励(かれい)万応(ばんのう)現象と呼ばれるものだが、一朝一夕で出来るようなものではない。

 それ相応の修練と、なにより煌式武装(ルークス)の綿密な調整が必須とさられている。

 それを借りたばかりの煌式武装(ルークス)でやってのけたとするなら───。

 ユリスが戦慄に近いものを覚えた次の瞬間、炎の切れ目から現れた黒い影が一息で間合いを詰めていた。

 その影が綾斗だと認識した時には、既に懐へ入られている。

 信じられない速度であったが、重國にとっては遅々として映っていただろう。そして、同時に〝ソレ〟も見えた。

 

「ぬっ」

 

 思わず『杖』からまたしても『刀』を出現させると否や、重國の一太刀が空を切り、ユリスに向けて放たれた光り輝く矢を斬り落とした。それも、ユリスが放った炎に似せるよう、微量の炎を放ちながらの剣閃。

 抜刀術が如く、一太刀浴びせた後、重國は既に『刀』を『杖』に戻していた。

 神速の如き速さの斬撃。これは近くに居た日番谷(ひつがや)がやっと気付いた程のものであった。

 

「いかんのう。若人(わこうど)の著しい成長を邪魔をしてしもうたわい」

 

「……重國さん。見た目は俺と変わらないのですから、口調を変えた方がよろしいかと思いますが」

 

「ほっほっほ」

 

 ほっほっじゃないでしょ………。若干疲れたような顔になる日番谷(ひつがや)を後に、件のユリスと綾斗に目を向ければ、

 

「お、おま、おまえ、なにを……!」

 

「…………あ」

 

 少女(ユリス)の発展途上ともいえる胸の膨らみを思いっきり鷲掴みしていた。おそらく綾斗と光の矢に気付き、ユリスを庇おうとしたみたいだが、急なことだったからか、受け身が取れず奇跡的奇跡(ラッキースケベ)をその身に受けたらしい。

 

「ご、ごめん! いや、あの、俺は別にそんなつもりじゃなくて!」

 

 当然、綾斗も赤面になりながらあたふたと弁解する。ユリスもあの炎の中から狙われたことに気付いていたが、それよりも今の状態ではまともに考えることもままならなかった。

 それに外野からも『お姫様を押し倒してやがったぜ!』『ひゅー! すげぇ度胸だな!』『情熱的なアプローチだわ!』等と、煽る煽る。

 

「お、お、お、おまえぇ…………!」

 

 ユリスの怒気に反応して、周囲に炎が吹き出す。怒りの余り星辰力(プラーナ)が制御できなくなっているらしい。

 

(こりゃいよいよもって儂が抑えるかのう?)

 

 重國は杖を突きながら、ユリスに手刀でも放とうか、等と考えていると、

 

「はいはい、そこまでにしてくださいね」

 

 深く落ち着いた声と共に、パンパンと手を打つ乾いた音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「確かに我が星導館学園は、その学生に自由な決闘の権利を認めていますが…………残念ながらこの度の決闘は無効とさせていただきます」

 

 そう言いながら、野次馬(ギャラリー)の中から現れたのは、目もくらむような金色の髪をなびかせた一人の少女だった。しっとりと落ち着いた雰囲気の、ユリスとはまた違った美しさの持ち主だ。

 ユリスのそれは華やかなバラのような美貌だが、その少女の美しさは静かな湖のように深く穏やかだった。そのせいか年齢はユリスの同じくらいだろうに、ずいぶんと大人びて見える。

 

「……クローディア、一体なんの権利があって邪魔をする?」

 

「それはもちろん星導館学園生徒会長としての権利や、ユリスちゃん」

 

 そんな、美しい金髪の美少女の後ろからダルそうにして歩いてきたのは、同じ金髪でもこちらはおかっぱあたまにしたなんとも気の抜けた声で話す少年からだった。

 いや、少年と言うには少し大人のような雰囲気を放つその少年とも青年とも見てとれる人物はユリスに微笑みを送る。

 

「余り暴れるのもいけないんやで、ユリスちゃん」

 

「……馴れ馴れしいな、平子(ひらこ)

 

「そうですよ。そこは私の台詞だったのに。カッコよく『生徒会長として』って自分で言いたかったのに」

 

「やや、これはこれは失敬失敬! ワハハハ」

 

 平子と呼ばれた男子生徒はわざとらしく恭しい礼をして一歩下がると、クローディアは気を改めて、自分の校章に手をかざして言う。

 

「赤蓮の総代たる権限をもって、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトと天霧綾斗の決闘を破棄します」

 

 すると、それまで赤く発光していたユリスと綾斗の校章がその輝きを失う。

 

「ふふっ、これで大丈夫ですよ。天霧綾斗くん」

 

「はぁー……」

 

 どうやら今度は本当になんとかなったらしい。

 額の汗を拭う綾斗を見ながら、重國はその場から眺めている。

 

「うん? おの娘子(むすめご)はなんじゃ?」

 

「この学園、星導館の生徒会長です。クローディア・エンフィールドと言うらしいです」

 

 日番谷(ひつがや)が答えると、向こうも綾斗たちとなにかを話していた。

 すると、数分話していたと思うと、クローディアは野次馬たちに授業に遅れないよう解散することを告げれば、ギャラリーたちは三々五々に散っていった。

 

「(それでは……後ほど)」

 

「むぅ? あい分かった」

 

 日番谷(ひつがや)も上手く散っていく生徒たちに紛れてその場から居なくなった。

 重國が一人ポツンと立っていると、綾斗がさきほど奇襲した者がギャラリーに居たのではないかと重國の隣まで来るが、それを足を引っ掻けて転ばせた。

 

「ぶはっ! な、なにすんだよ重國」

 

「阿呆、もうとっくに逃げておろう」

 

 口数少なくそう答えると、『むぐっ』と口を噤んだ綾斗。そしてそこにはユリス、クローディア、平子もやって来た。

 

「そこの者が見えていたことに驚いたが、まさしく言う通りだ。既に居ないだろうし、《冒頭の十二人(ページ・ワン)》が狙われるのは別に珍しいことではない」

 

「ええ、残念ながらそういうケースは少なくありません。ですが、今回のはさすがにやりすぎです。決闘中に第三者が不意打ちで攻撃をしかけるなど言語道断。風紀委員に調査を命じましょう。犯人が見つかり次第、厳重に処理いたします」

 

 その言葉に綾斗は少なからず驚き、重國は興味が沸く。このクローディアもさきほどの狙撃が見えていたということになる。ギャラリーは大勢いたが、他には誰一人として気がついていなかっただろう。重國や日番谷(ひつがや)を除いて、

 

「ところで……その先ほどは、その……庇ってくれたのだろう? あ、ありが、とう」

 

「はは、でも途中で誰かに(・ ・ ・)に砕かれちゃってたけどね。とにかくよかった」

 

 綾斗が重國を見ているが、肝心のその白髪頭が目立つ少年はあご髭など無いというのに、無意識あごを摩って考え事をしていた。

 

「それはそうだが、私は完全に気を取られ、やられていた。それを助けようとしてくれたことは変わりないだろ? た、確かに不埒なマネを受けたことで怒っていないかと問われれば怒っている、だが、助けようとしてくれたことは変わりはない」

 

 ユリスの言葉に僅ながらも、しっかりとしった感謝の気持ちが感じ取れた。それを綾斗も素直に受け入れ、仲直りの握手をしようと手を伸ばすも、空を掴む。

 

「だ、だが勘違いするな。今度のことは貸しにしとくだけだ」

 

「貸し?」

 

「あぁ、分かりやすいだろう?」

 

 貸し借りの関係。ということなのだろう。重國からしてみれば素直になれない少女にしか見えず、やはり無いはずの髭を触るようにあごを撫でる。

 

「まったく。相変わらずやなユリスちゃんは」

 

「まったくですね。素直になればいいのに」

 

 クローディアと平子が異口同音に呆れながら頷き合うと、ユリスはキッと睨んでくる。

 

「もう少し素直になったほうが生きやすいと思いますよ、ねぇ平子さん」

 

「そやなぁ。そうすりゃググッと可愛さアップ間違いなしやろ」

 

「余計なお世話だ生徒会コンビ。私は十分に素直だし、これで人生になんの支障もない」

 

「あら、でしたらタッグパートナー探しのほうもさぞかし順調なのでしょうね?」

 

「う……そ、それは…………」

 

 ユリスは言いづらそうに視線を落とした。

 なんとも分かりやすい。

 

「《鳳凰星武祭(フェニクス)》のエントリー締め切りまであと二週間。あまり余裕はありませんよ」

 

「わ、わかっている! それまでに見つければいいんだろう!」

 

 ユリスはくるりと背を向け、肩を怒らせて寮へ戻っていった。それをクローディアは『あらあら』と駄々をこねる子供を見守る母親のような顔で見送り、平子は『ツンデレのツンやな』と少し検討違いなことを思い、綾斗はこま困った様子で彼女の背を見送り、重國もクローディア同様に優しく見守っていた。

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 唐突にだが、山本重國が知っている『世界』は、大災害《落星雨(インベルティア)》と呼ばれる隕石群の襲来で全世界に未曾有の被害をもたらしたのだという。

 三日三晩にわたって降り注いだ隕石により、世界は否応なく変質させられた。既存国家の衰退と統合企業財体の台頭、それに伴う倫理観の変容、隕石がもたらした〝万応素《マナ》〟による新人類───つまり綾斗やユリスたち《星脈世代(ジェネステラ)》の誕生、さらには万応素(マナ)研究を基軸とした発達した落星工学による科学技術の飛躍的発展などなど、良くも悪くも人類の歴史は《落星雨(インベルティア)》を境にして大きく塗り替えられたと言うべきもの。

 しかも、最近の学説だと《落星雨(インベルティア)》は通常の隕石ではなかったというのが主流のようで、なにしろどこの天文台でも前触れさえ察知できなかった上、衝突の際に生じるはずのエアロゾルもほとんど観測されなかったという。

 ここで重國は『えあろぞる?』と首を傾げていれば、生徒会室の道すがら平子が答える。

 

「エアロゾル、ちゅうんは気体の中に微粒子が多数浮かんだ物質で、煙霧体ともいわれるもんや」

 

「微粒子だけをエアロゾルとも呼ぶことありますが、まぁ簡単に言ってしまえば霧や煙といったものです」

 

「ほぅほぅ……なるほどのぅ」

 

 生徒会コンビから説明を受け、重國は重苦しく頷く。

 年よりには難しいものじゃ、と逃避行する。

 

「こんな朝早くから授業をやってるんですね。まだホームルーム前でしょ?」

 

「……むっ、確かにそうだの」

 

「ええ、確かにホームルーム前ですが、今こちらでやっているのは補習ですね」

 

「朝一から補習ですか……」

 

「一応、我が学園のモットーは文武両道となっていますので。あなたも気を付けてくださいね」

 

 いかにもクラシックな外観だった女子寮とは違って、星導館学園の校舎は近代的で開放的な高層建築だった。

 大学部校舎・高等部校舎・中等部校舎の三棟が広大な中庭を囲むように立っており、中でも学生数が多い高等部校舎が最も広く大きな造りとなっている。

 

「そうそう。それと私と綾斗くん、そして重國くんは同じ学年ですから、もっと砕けたしゃべり方で結構ですよ」

 

「なんと、その落ち着き様で高等部一年生かの。驚きじゃな」

 

「私はあなたのしゃべり方に驚きです」

 

「あれ、でもそれで生徒会長ってことは……」

 

 どういう方式で選出されたのかは知らないが、さすがにそんな短期間で生徒会長になるというのは難しいのではないだろうか。

 

「ああ、私は中等部時代から生徒会長を任されておりますので。今は三期目になります」

 

 燦々(さんさん)と日の差し込むガラス張りの廊下を歩きながら、こともなにげにクローディアがそう言った。

 重國が知っているのは、生前(?)己が建てた『真央霊術院』という学院ではそこまでのことしていたか思い出していた。若干うろ覚えなのは何故だろうか。

 話を聞けば、ここでは高等部や中等部ごとに自治組織があるわけではなく、学園全体を統括する組織として生徒会が一つあるだけなのだという。そのため生徒会のメンバーも中等部の学生と大学部の学生が入り混じっていたりするのだそうだ。この水上学園都市ならではのルールなのかもしれない。

 

「へぇ……」

 

「なるほどのう」

 

「ですから、どうぞ名前でお呼びください」

 

「え~と、分かったよ、クローディアさん」

 

 綾斗が遠慮がちにそう呼んでみる。すると、

 

「クローディア、で結構ですよ」

 

「いや、いきなりそれは……」

 

 ユリスの時はそんなこと言っている場合ではなかったので仕方ないが、さすがに初対面の女の子の名前を呼び捨てにするのは抵抗がある綾斗。

 

「クローディア、です」

 

「ええっと、だから……」

 

「ク・ロ・オ・ディ・ア」

 

「……了解、クローディア」

 

 見た目とは裏腹に意外と押しが強いことに重國は彼女を観察していた。綾斗が根負けし、その通りに名前を呼ぶと、クローディアは嬉しそうに目を細めた。

 

「あなたも構いませんよ」

 

「そうじゃの、よろしく頼む、くろであ」

 

「……クローディアですよ」

 

「……?……くろーであじゃろ」

 

「……ええっと、近いですが、何故か発音が違うと感じてしまいます」

 

「ふむ、まぁ良かろう。クロと呼ぼう」

 

「あらあら? 何故か勝手に解決しちゃいました」

 

 クローディアは重國のその勝手な呼び名に文句でも言っても仕方ないと思われるのだが、何故か出会った当初からこの山本重國という少年からはとても言い勝てそうにないのが感じられてしまう。なんと言えばいいのだろう。

 

(ね、年季が違うと肌で感じてしまいます)

 

 だからか、何を言っても頑なに変えようとしない昔ながらの老人を相手するような感覚だった。

 実際に直接言えば重國とて改めようとするのだが、その重國の雰囲気(オーラ)がそれを(はば)れる。

 

「えっと、重國はこういう人だから慣れていって」

 

「あ、あはは。そうですね」

 

「じゃあ、俺のことも綾斗でいいよ。なんかくすぐったいし」

 

「儂も名で呼んでも構わぬよ」

 

「了解です、綾斗、重國」

 

「ついでにその敬語もやめてくれていいんだけど?」

 

「いえ、こちらはたはただの習慣ですのでお気になさらず」

 

「習慣?」

 

「はい。私はとても腹黒いので、せめて外面や人当たりは良くしておかないといけないのです。それが染み付いてしまいまして」

 

 にっこりと慈母のような笑みを浮かべながらそんなことを言うので、綾斗はその意味を理解するまで少々時間がかかり、重國はどことなく生前、悪逆の限りを尽くした〝藍染惣右介〟を思い浮かべるが、似ているのは、

 

(偽ることに慣れているのう……)

 

 初見で、重國は彼女が何かを抱え込み、それを隠して接していることに敏感に気付いた。

 当然、綾斗は何も気づかぬまま、彼女の言葉の意味をそのままの解釈で聞き返す。

 

「……腹黒いんだ?」

 

「ええ、それはもう。私のお腹ときたら、暗黒物質(ダークマター)に煮立てて焦げ付かせるものをブラックホールにぶちこんで黒蜜をかけたくらいにはまっ黒ですから」

 

「……黒蜜じゃとっ!」 

 

「「えっ、そこ(です)?」」

 

 クローディアは予想していた反応は違い、綾斗もそこに反応するのかと思わず二人して足をカクンとさせてしまう。

 

(くっ、やはりこの方は少し他の生徒たちと違いますね)

 

 調子を狂わせる重國に、クローディアはさっそく警戒を強めるが、ここはおとなしく話を進めることにする。

 

「あの、どうかした?」

 

「いいえ、なんでもありません」

 

 この星導館学園の説明を歩きながら少しだけ話していれば、生徒会室にへと着いた。高等部校舎の最上階にあることに驚いていた綾斗だったが、重國は少年だというのに体の関節や腰を気にしていていて、またしてもクローディアを困惑させていた。

 クローディアが校章による認証システムをパスして扉を開けると、そこはとても生徒会室には見えない空間が広がっていた。

 床にはダークブラウンの絨毯に革張りの応接セット、壁には星導館学園を遠景で描いた絵図が掛けられ、空を切り取ったかのような巨大な窓の前には樫造(かしづく)りの重厚な執務机がでんと座っている。それこそまるで大企業の社長室のようだ。

 慣れた様子でその執務机についたクローディア、そして先に生徒会室に向かって待っていた平子(ひらこ)は部屋の壁には背をかけていた。

 

「あの人は……」

 

「おぉ~、自己紹介してなかったなぁ。俺は平子(ひらこ)真子郎(しんじろう)。星導館学園生徒会副会長を任されとるわ。気楽に〝シンジさ~ん〟て呼んでもかまへんよ」

 

「あはは、ええっと」

 

「彼のことは気にしないでください、綾斗。重國もですよ」

 

「……そうじゃのう」

 

 重國が目を細めて平子を見れば、クローディアや綾斗に気づかれないくらいかなり微妙な汗を滴らせていた。

 

(…………平子真子郎のう)

 

 重國がニタリと笑みを浮かばせれば、平子はピクリと反応する。面白い。

 

「では、あらためました……星導館学園へようこそ、綾斗、重國。歓迎いたします」

 

 

 

 

 







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