ある王達の話をしよう。
それは護国の王、
それは毒の根源の王、
それは信仰の王、
それは征服の王
それは破壊の王、
それは騎士の中の王、
それは英雄の頂点に立つ王、
本来、合間見えることのない王達は1つの“戦争”に集結する。
各々の王道を貫く。それがこの“戦争”の最大条件であり、唯一条件。
主人無き従者になるのは、この“戦争”において主人は無力だからである。能力的な面ではなく、器の問題として。
さぁ……聖杯“戦争”を始めよう。
(■■■……貴方を…愛している……)
私が喚び出された数々の戦いの中で、唯一愛したマスター。その名を、私は思い出せないでいる。顔も、声も、背格好も、癖も、彼と過ごした日々の何一つ思い出せない。覚えているのは、その時の胸の高鳴り、そしてこの手に残る温かさ…。
私はサーヴァント。所詮、戦いの道具に過ぎない。それは解っている。だが心の中の、像を塗り潰された彼が、それは違う、と言っているような気がする。たかが使い魔風情が自律神経失調症の真似事など、と思う。思うがしかし……。
私は今もまた、かの聖杯に導かれ戦場へと降り立つ。体が構築されていくのを感じながら、私は聖杯に願うことを考えていた。
目を見開くと、そこは小さなあばら家。ざっと見回したところ、人の姿はなく、ネズミが一匹慌てたように走っているだけだ。
「…………。」
もう一度、小屋を見回す。ネズミのキィという鳴き声がやたら大きく響いた。
(な、何か理由があって姿を隠しているのかもしれない)
そう思い声を出す。
「問おう。貴方が私のマスターか」
返事はない。声と同時に思念も送っているので聞こえている筈…とここで一つの異常に気付く。
(パスが…感じられない…?いや、これはパスが土地と接続している…?)
本来、マスターとサーヴァントを繋ぐ霊的パスが何故かこの土地を流れる霊脈と通じているのだ。確かに理論的にはそれでサーヴァントの現界は可能だが、これではマスターとサーヴァントの関係が崩壊してしまう。
(まぁ問題ないでしょう。これはマスターのいない聖杯戦争なのですから…。??マスターのいない?)
どうもおかしい。記憶と経験に矛盾がある。だがそれもすぐに理解した。
(聖杯から与えられた知識…)
そう。聖杯戦争に喚ばれるサーヴァントはルールと最低限の情報を召喚時に記憶に刷り込まれるのだ。つまりこの聖杯戦争においてはマスターがいないというのは何ら異常なことではなく、それこそがこの戦争の主旨という訳である。
納得はしても理解はし難い。そもそも聖杯戦争とはマスターが願いを叶えたいがために協力者であり使い魔であるサーヴァントを用いて行うものではなかったか。
色々と思うところはあるが、一先ず体勢を整える必要がある。そう思い、あばら家から外に出た。
一瞬、自らの終焉の場所、カムランの丘に見えたがその丘の向こうにみえる近代的な建物でここが現代の都市であることを実感する。
私はその人気のない都市へと歩みを進めることにした…
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