真剣で私に恋しなさい!―Existence of a duplicate― 作:輝雪
全校集会は特に何事もなく終わり、生徒たちはそれぞれの教室に戻った。
武士道プランに対する生徒たちの反応は良好であった。
九鬼の関係者も鉄心も笑みを浮かべて頷いていた。
一部の教師はこれからキツそうだ、と軽く鬱になりかけていた。
誰かとは言わなくても解かるだろう……そう、ヒゲである。
「はぁ、梅子先生とデートしてぇなぁ」
そして3-Sでは、
「短い間ですが、よろしくお願いします」
ニコリ、と品のいい笑顔で会釈する清楚。
名は体を表す、という言葉通り、清楚なその姿に魅了されたクラスメイト(主に男子)が声を上げる。
「うぉぉ、可愛えぇ!」
「清楚ちゃん、こちらこそよろしくだぜ」
「やっべー、マジで清楚だわぁ。文学少女バンザーイ!」
テンションの高い男子に少し押されながらも好意的に受け入れられて、清楚は嬉しそうに微笑んだ。
だが、少し不安げに顔を曇らせ、
「すみません、得体が知れなくて……」
俯いて呟く清楚。
今まで傍観に徹していた京極が優しい笑みを浮かべてフォローする。
「京極彦一だ。君の生い立ちは朝礼で聞いた。正体が誰であろうと君は君だ、気にすることはない。自意識過剰にはならないようにな」
捉えようによっては冷たく、突き放しているように聞こえる言葉。
だが清楚は京極が言いたいことをちゃんと理解したようだ。
要するに『誰のクローンであろうが関係はないから不安になる必要はない』ということだ。
一見、冷たそうに見える京極だが意外に世話焼きな性格をしている。
何と言ってもあの我侭、傍若無人の化身である雹の面倒を一年からずっと見て来たのが何よりの証明だろう。
「はいっ、ありがとうございます」
「うむ」
心からの笑みを浮かべ、清楚は精一杯お礼の言葉を述べた。
その様子に満足し頷く京極。
「ああ、やっぱ可愛いなぁ」
「ああ、なんて素敵な笑顔。心が洗われるようだ」
「文学少女サイコー!!」
教室が暖かな空気に包まれて、清楚の歓迎もひと段落したその時、突然教室の扉が乱暴に開かれた。
かなり疲弊した様子で、肩で息をしながら入ってきたのは雹であった。
教室は先程とは打って変わって、怖いほど静まり返っていた。
だが、そんな様子を欠片も気に掛けないで自分の机に向かい座る。
「あのマダオめ、豚丼一杯くらいで……しつこいんだよ」
どうやら釈迦堂と鬼ごっこに興じていたらしい。
もっとも原因は雹にあり、悪いのも雹なので誰にも文句は言えないのだが。
雹の様子を見る限りでは、どうやら逃げ切れたようだ。
「やあ、雹。おはよう、遅かったな」
教室の沈黙を打ち破ったのは京極だった。
何時も通り、澄まし顔で挨拶をする。
「あー、まぁちょっと色々あってな。本当ならもう少し早く来れたんだが……」
また遅刻に関して、説教じみたことを言われると思ったのか、少し言い訳気味の台詞。
色々、とは無論、釈迦堂の事である。
「ふむ、確かに。ずいぶんと疲労しているな。何かあったのか?」
椅子に座り込んで机に突っ伏す雹を横目に京極が呟く。
雹は机に突っ伏したまま、顔だけを京極の方へ向けた。
「ケチなマダオに襲われかけてな……おっさんと朝っぱらからリアル鬼ごっこだ」
「ほう……中々、面白そうだ。後で聞かせてもらおうか」
「後でな、今はマジでしんどいから」
ヒラヒラと手を振り返事をしてから、雹は完全に腕に顔を埋めて何時も通り睡眠の体勢に入る……事は出来なかった。
「えっと、初めまして……」
京極とのやり取りを見守っていた清楚がおずおずと控えめに挨拶をしたのだ。
ん? と、雹は顔だけを清楚に向ける。
「何だ?」
返事をしながら雹は、京極以外のクラスメイトに話しかけられるのは久しぶりだな、等とどうでも良い事を頭の片隅に浮かべていた。
仲が悪いわけではない、ただ関わりが無い
雹はそう思っている……が、正確には間違いだ。
Sクラスというものはエリートの集まりである。
各学年の一部の天才、秀才だけが所属できる……ある意味では選ばれた存在、それがSクラスだ。
だからこそ、雹という存在は好まれていなかった。
雹の素行は知ってのとおり、遅刻、欠席、サボリの常習犯である。
だが、雹は一年頃から一度もSクラス落ちしたことが無かった。
素行は最悪、だが成績優秀。
これがFクラスなどではまったく問題なかっただろう。
しかし、必死に勉強、努力してSクラスに入った者たちからすれば雹の存在は決して面白くはない。
一言で表すなら『嫉妬』この一言に尽きた。
なので雹はクラスメイトの顔など、ろくに覚えていない。
清楚の事もあれ、こんな奴いたっけ? くらいにしか考えておらず、清楚が転入生だとは露ほども気付いていなかった。
「今日、転入してきた葉桜清楚です。これからよろしくお願いします。えっと、雹くん……でいいのかな?」
「?? 転入? どうゆう事だ、京極」
イマイチ状況が読めない雹は隣に佇む京極に説明を求めた。
京極は、ふむと一息ついてから言われた通りに簡潔に説明を始めた。
「彼女は武士道プランの関係者、というよりは当人だ。今日からこのクラスに編入した。同じSクラスの仲間だ」
敢えて京極は清楚の正体には触れなかった。
この友人ならそんな細かい事に興味を持たないだろうと考えたのと同時に清楚に対する配慮でもあった。
『武士道プラン』
その言葉に反応した雹は机から体を起こし、清楚と向き合う。
椅子に座る雹は立っている清楚に比べ、必然的に目線が低くなる。
軽く見上げる形で清楚と視線を交わす。
「武士道プラン……ねぇ」
雹の目が鋭く細められる。
『武士道プラン』により、創られた生命。
神が、自然が生んだ|生命(もの)ではなく、人が創り出した|人造生命(もの)。
それの存在が自分にとっていかなる意味を持つのか、雹は分からなかった。
否、分かる気などなかった。
普段の雹からは想像できない氷のように冷たい視線が清楚を射抜く、葉桜清楚という存在を構成しているすべてを見透かすように。
清楚はただ不安げに微笑んでいるだけ。
視線の意味に気付いた訳ではない。
得体のしれない自分が拒絶されるのではないか、という不安を湛えた表情。
「お前は一体なんだ?」
抽象的な問いかけ。
まるで哲学者が問うような質問を投げかけた。
雹は出来るだけ何時も通りに、軽く問いかけたつもりだったがその声音は少し堅かった。
普段の雹を知る京極だけがその違和感に気付いた。
「分からない……分からないの。私だけ誰のクローンか知らされてなくて……やっぱり気味が悪いよね。自分が誰か解からないなんて……」
「……」
沈黙し続ける雹。
視線は清楚に向けられたままだった。
だが、隣で傍観していた京極には分かった。
あの眼は清楚を視てはいない、雹が今視ているものは何か別の物だ。
一体、何を考えているのか……今の雹の心の内はまったく読むことが出来なかった。
「……少し気分が悪い。保健室に行ってくるから適当に言い訳頼んだ」
突如、それだけを言い終えると、急に雹は立ち上がり教室を出て行った。
静まった教室に扉の開閉する音だけがやけに大きく響く。
京極は雹のらしくない行動に目を見張る。
――いったいどうしたのだ、雹
胸中で呟き、友人が出て行った扉を見つめる。
それなりに付き合いが長いと自負している京極(じぶん)でも、こんな|雹(友人)を見るのは初めてだった。
雹が出て行ったことで、先程まで外野だったクラスメイトたちが次々と雹の陰口を叩きだす。
『またかよ、あいつ。ほんと何であんなやつが』
『とっととS落ちしろよ』
『本当に自己中よね、サイテー』
所々から聞こえる陰口を京極は無視する。
怒ることも、悲しむことも、注意することもしない。
薄情という訳ではなく、あの友人が陰口(こんなもの)を気にも留めないと知っているからだ。
「すまないな、どうやら今はあまり機嫌が良くないらしい。普段はもう少し優しいのだが……まぁ、今は許してやって欲しい」
陰口よりも京極は清楚に対して雹のフォローを入れた。
清楚は首を横に振り、
「うん、大丈夫。誰でも機嫌の良し悪しはあると思うから」
「そうか、……そういってくれると助かる」
そう言いつつも清楚の表情は晴れなかった。
寂しげに微笑むだけ。
拒絶されるかもしれないと、覚悟はしていたつもりだった。
だが、実際に拒絶されるのは想像していた痛みよりも遙かに痛かった、心が悲鳴を上げた。
「……」
その様子を京極は静かに見つめていた。
掛ける言葉が見つからなかった。
ただ静かに見守ることしか出来なかった。
★★★
綺麗に澄んだ青空。
さまざまな形を魅せる雲が浮かんでいる。
春の季節、気温も湿度もちょうど良く、まさに絶好の昼寝日和である。
何時もなら十秒もせずに夢の世界に旅立てるはずなのに。
だが、今は中々眠ることが出来ずにいた。
「クソッタレめ……」
その悪態は誰に対しての物なのか?
誰も居ない青空のもとで雹は独り吐きだす。
教室から逃げるように出てきた雹は屋上に寝転がっていた。
腕を頭の後ろで組んで、枕代わりに。
当たり前の事だが地面に寝転がっている以上、視線は自然と空に向かう。
目に映る空は雹のドロドロとした心情の真逆を表すようにどこまでも清く澄んでいる。
雹はゆっくりと眼を閉じて、静かに先程の教室での出来事を思い返す。
『お前は一体何だ?』
一体何だ? だと。
我ながら何てくだらないことを聞いたのか、と呆れた、哲学者でもあるまいし。
お前は何者だ? なんて事を聞かれて真っ当な回答を返せる人間が果たして世界にどれだけいるのか。
本当にアホだな、と再び自嘲する。
だが冷静ではいられなかった、彼女は関係ないと解かっていても。
理性がどれだけ納得させようとしても、感情が納得しなかった。
気に入らなかった。
クローンが認められないとか、気味が悪い――などという事ではない。
生命を創ったという事が、雹の心を掻き乱す。
過去の忌まわしい記憶が疼く。
もう断ち切ったはずなのに、もう引き摺らないと決めたはずなのに、こんなにも容易く蘇ってくる。
過去は変えられない、だからこそ何時までも生きている者を苛み、責め立てる。
「あー、クソ! なんて無様な! 悩むなんて俺の趣味じゃないだろうに!」
バッ、と一呼吸で立ち上がる。
ふん、と今の自分を一笑。
――気分転換に本でも読むか
そう決めてからの雹の行動は速かった。
屋上を出て、一直線に図書室を目指す。
図書館を目指す雹の足取りに迷いは無かった、結構な広さを持っている川神学園だが雹は完全に図書室の位置を把握していた。
意外な事だが雹はよく図書室を使用する、授業中や昼休み、放課後など使用する時間は様々だ(使ってはならない時間もあるが気にしたら負けだ)。
雹の日常は基本的に睡眠と読書に費やされているといっても過言ではない、というより正にその通りだ。
つまりは雹にとって図書室とは本も読めて、尚且つ静かで睡眠も取りやすい、まさに絶好の暇潰しの場だった。
「……」
図書室の前にたどり着くと、息を顰める。
扉のガラス部分から中を見回し、教師が居ないことを確認。
そして部屋に侵入する。
普通は扉に鍵が掛かっていて侵入などできないはずだが、鍵は一年の頃に少し拝借(無断で)、複製(犯罪です)してあるので問題無い(違う意味で大問題)。
小説が置いてある本棚から適当に本を抜き出し、特等席へ向かう。
毎回使用している一番奥、本棚の陰に隠れる席に雹は腰掛ける。
此処は貸し出しのカウンター等に対して、本棚が横向きに遮る形で隠れて見えない位置にあるので雹はかなり重宝している。
寝るにも蛍光灯の光が当たりづらく丁度いい照度を保ってくれている。
(うむ、実に良い場所だ、まさに運命だな。まぁ……とりあえず飯まで時間つぶすか)
心で呟いて、雹は本を読む作業に没頭した。
『梅子先生、今夜、二人で食事でも?』
『結構です。用事があるので、では失礼します』
『くぅぅ、今夜も空振りか。ガードが堅い、そんなところもまたイイねぇ』
『おい、オヤジ。廊下で何やってんだ?』
『忠勝か……。オジサン、また当たらなかった……何回空振ったら当たるんだろう?』
『知るかよ。何でも良いが、どっちにしろ代行業が忙しくて行けなかったと思うが?』
『あー、忠勝、代わりに頼むわ。俺はちょっとバーに行って自分慰めてくる』
『チッ、しかたねぇな。分かったよ、こっちでやっとくから勝手に行って来い』